第29話:大陸全土へ広がる【神聖魔導水道パイプライン】〜蛇口を捻れば金が湧く〜
それから一ヶ月。
最果ての死の荒野は、大陸中のどの国家よりも活気に満ちた超巨大インフラの心臓部となっていた。
「オラッ、もっと深く掘れ! オリハルコン製パイプの水平を保てよ!」
「おうよ! ガルド軍の元戦車隊長が、スコップの扱いでドワーフに負けてたまるか!」
砂漠のあちこちで、ドワーフとガルド軍の元兵士たちが肩を並べ、汗を流しながら巨大な送水管を敷設していた。
敵味方の垣根を越え、美味い飯と温泉を共有する仲間となった彼らの作業スピードは、予定の五倍を超えていた。
中央作戦室のモニターには、大陸全土に広がる青白い送水ラインが克明に表示されていた。
オアシスの巨大水源から送り出される神聖水は、アッシュが開発した『多段中継濾過バルブ』を介して、アルカディア帝国全土、ガルド軍事帝国、そして周辺の自由都市群へと張り巡らされている。
蛇口を捻れば、どんな寒村であっても、冷たく澄んだ奇跡の水が湧き出る。
農作物は劇的に実り、伝染病は根絶され、大陸全土の衛生環境は劇的な近代化を遂げた。
しかし――そのすべての蛇口には、アッシュが特許を持つ『魔導スマート・バルブ』が設置されていた。
【カチリ……カチリ……カチリ……!】
【チャリン、チャリン、チャリン、チャリン……!】
大陸全土の数千万人が水を一口飲むたびに。
風呂に湯を溜めるたびに。
畑に散水するたびに。
オアシス都市の中央銀行へ、適正かつ持続可能な水利維持管理費として、莫大な富が昼夜を問わず自動転送され続けていた。
「ふふふ……今月の純利益、金貨数千万枚を安定して突破いたしましたわ」
帳簿を閉じたエレナが、満足そうに眼鏡を押し上げた。
「この資金で、街に新しい学校と大病院、そして世界樹の苗木を植える広大な植物園を建設できますわね。私たちの街は、大陸で最も豊かな理想郷ですわ」
「ああ。だが、富を集めるのが目的じゃない」
アッシュは窓の外、力強く水を汲み上げる巨大水車を見つめながら微笑んだ。
「蛇口を捻れば、綺麗な水が出る。誰も泥水に苦しまず、当たり前の幸せを守れる……そのためのインフラだ。元栓の責任は、俺が死ぬまで背負い続けるさ」
アッシュの掌で静かに光る、オリハルコン製のマスターキー。
十年間の地下労働で培った職人の誇りは、今や大陸全土の命を支える揺るぎない礎となっていた。




