第27話:水脈を断たれた十万の軍勢、渇きと暑さで白旗乱舞
「おのれ……! 化け物どもめが!」
両断された愛用の魔導大剣の残骸を投げ捨て、グスタフ元帥は砂の上に立ち尽くしていた。
周囲を見渡せば、五千の精鋭兵たちは武器を失い、灼熱の太陽の下で息も絶え絶えにへたり込んでいる。
気温は摂氏四十五度。
液状化した砂漠から立ち上る猛烈な湿気と熱波が、兵士たちの体力を容赦なく奪い去っていく。
「ハァ……ハァ……! 水……水を……!」
「舌が……喉に張り付いて息ができない……!」
激しい突撃の直後に訪れた極度の脱水症状。
兵士たちが一人、また一人と熱中症で意識を失い、砂の上に倒れ伏していく。
五千の命が、荒野の熱砂の中で消えかけていた。
「くそっ……! 余の判断ミスだ……! 兵たちを、こんな乾いた地獄で全滅させるわけにはいかん……!」
グスタフ元帥は自らのプライドをかなぐり捨て、ステーションの屋上に立つアッシュを仰ぎ見た。
「アッシュ・ウォーカー殿! 余の首は貴殿にくれてやる! 好きに切り刻むがいい! だが頼む……我が兵たちに、一口でいいから水を恵んでくれえええっ!」
歴戦の将の、魂を削り出すような敗北宣言。
しかし――アッシュは屋上から飛び降り、砂煙を上げてグスタフの目の前へと着地すると、静かに首を横に振った。
「元帥。首など要求しないと言ったはずだ」
「な……何……?」
アッシュは腰の作業ポーチから、一枚の魔導符を取り出すと、地中の配管へと魔力を流し込んだ。
「――《真理の濾過・神聖気化冷却》!」
サアァァァァァァァァァッッッ……!
ステーションの周囲数百メートルのノズルから、純白の細やかな霧が噴き上がった。
それは、ただの冷水ではない。
アッシュの神聖水を極微細なミスト状に気化させ、周囲の気温を一瞬で摂氏二十度まで引き下げると同時に、呼吸をするだけで水分と電解質が肺胞から直接吸収される【奇跡の医療散水】であった!
「……っ!? 涼しい……!?」
「身体の熱が……頭の痛みが引いていくぞ……!」
砂の上に倒れていた兵士たちが、信じられない面持ちで起き上がった。
乾ききっていた喉が潤い、脱水で痙攣していた筋肉が瞬時に回復していく。
敵であるはずのアッシュが、自分たちを殺すどころか、全員の命を救ったのだ。
「あ……アッシュ様……!」
「神様だ……! この方は、俺たちを救ってくださったんだ……!」
兵士たちの目から涙が溢れ出し、誰からともなく膝を突いてアッシュへ向けて祈りを捧げ始めた。
グスタフ元帥は、その光景を震える瞳で見つめていた。
力で奪おうとした自分たちに対し、相手は知略で武力を封じ、最後は圧倒的な慈悲と技術で命を救ったのだ。
武人として、人間として――これほど完膚なきまでの完全敗北はなかった。
「……見事だ、アッシュ殿」
グスタフ元帥は、砂の上に右膝を突いた。
それは惨めな命乞いの土下座ではなく、心からの敬意と忠誠を誓う武人の礼であった。
「我が軍の完全なる敗北だ。……貴殿の圧倒的な器量と技量に、我が命と全軍の忠誠を捧げよう」
五千の精鋭軍団が、一人の元下水掃除人の前に、心から剣を納めた瞬間であった。




