↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/97

第27話:水脈を断たれた十万の軍勢、渇きと暑さで白旗乱舞

「おのれ……! 化け物どもめが!」


 両断された愛用の魔導大剣の残骸を投げ捨て、グスタフ元帥は砂の上に立ち尽くしていた。

 周囲を見渡せば、五千の精鋭兵たちは武器を失い、灼熱の太陽の下で息も絶え絶えにへたり込んでいる。

 気温は摂氏四十五度。

 液状化した砂漠から立ち上る猛烈な湿気と熱波が、兵士たちの体力を容赦なく奪い去っていく。


「ハァ……ハァ……! 水……水を……!」

「舌が……喉に張り付いて息ができない……!」


 激しい突撃の直後に訪れた極度の脱水症状。

 兵士たちが一人、また一人と熱中症で意識を失い、砂の上に倒れ伏していく。

 五千の命が、荒野の熱砂の中で消えかけていた。


「くそっ……! 余の判断ミスだ……! 兵たちを、こんな乾いた地獄で全滅させるわけにはいかん……!」


 グスタフ元帥は自らのプライドをかなぐり捨て、ステーションの屋上に立つアッシュを仰ぎ見た。


「アッシュ・ウォーカー殿! 余の首は貴殿にくれてやる! 好きに切り刻むがいい! だが頼む……我が兵たちに、一口でいいから水を恵んでくれえええっ!」


 歴戦の将の、魂を削り出すような敗北宣言。

 しかし――アッシュは屋上から飛び降り、砂煙を上げてグスタフの目の前へと着地すると、静かに首を横に振った。


「元帥。首など要求しないと言ったはずだ」

「な……何……?」


 アッシュは腰の作業ポーチから、一枚の魔導符を取り出すと、地中の配管へと魔力を流し込んだ。


「――《真理の濾過(フィルター)・神聖気化冷却(ミスト・シャワー)》!」


 サアァァァァァァァァァッッッ……!


 ステーションの周囲数百メートルのノズルから、純白の細やかな霧が噴き上がった。

 それは、ただの冷水ではない。

 アッシュの神聖水を極微細なミスト状に気化させ、周囲の気温を一瞬で摂氏二十度まで引き下げると同時に、呼吸をするだけで水分と電解質が肺胞から直接吸収される【奇跡の医療散水】であった!


「……っ!? 涼しい……!?」

「身体の熱が……頭の痛みが引いていくぞ……!」


 砂の上に倒れていた兵士たちが、信じられない面持ちで起き上がった。

 乾ききっていた喉が潤い、脱水で痙攣していた筋肉が瞬時に回復していく。

 敵であるはずのアッシュが、自分たちを殺すどころか、全員の命を救ったのだ。


「あ……アッシュ様……!」

「神様だ……! この方は、俺たちを救ってくださったんだ……!」


 兵士たちの目から涙が溢れ出し、誰からともなく膝を突いてアッシュへ向けて祈りを捧げ始めた。

 グスタフ元帥は、その光景を震える瞳で見つめていた。

 力で奪おうとした自分たちに対し、相手は知略で武力を封じ、最後は圧倒的な慈悲と技術で命を救ったのだ。

 武人として、人間として――これほど完膚なきまでの完全敗北はなかった。


「……見事だ、アッシュ殿」


 グスタフ元帥は、砂の上に右膝を突いた。

 それは惨めな命乞いの土下座ではなく、心からの敬意と忠誠を誓う武人の礼であった。


「我が軍の完全なる敗北だ。……貴殿の圧倒的な器量と技量に、我が命と全軍の忠誠を捧げよう」


 五千の精鋭軍団が、一人の元下水掃除人の前に、心から剣を納めた瞬間であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。