第24話:聖騎士団の襲来と、不死鳥の神聖浄化炎〜一瞬で丸焦げになる聖剣〜
「死ね、異端者ども! 我が主神の怒りを思い知れぇぇぇっ!!」
マクシミリアン大司教が叩き割った小瓶から噴き出したのは、太古の禁呪によって精製された猛毒兵器【腐蝕の黒涙】であった。
紫黒色の濃密な毒煙が、意思を持つ大蛇のように鎌首をもたげ、オアシスの透き通る大水槽へと向かって猛烈な勢いで雪崩れ込んでいく。
触れた草木が一瞬で黒く腐り落ち、空気を吸っただけで喉が焼けただれるような劇毒の津波。
「きゃあああっ! 水槽に入ったら、街中の水が死んでしまいますわ!」
「旦那、危ねえっ!!」
エレナが悲鳴を上げ、ガンツが身を挺してアッシュを庇おうとした。
しかし――アッシュは冷静だった。十年間、帝都の地下牢で無数の未知の魔毒廃棄物と対峙してきた職人の眼差しが、冷徹に毒煙の流速と濃度を見切っていた。
「慌てるな。……ガンツ、第十三バイパスの逆流防止弁を全閉鎖しろ!」
「な、なにっ!?」
「エレナは水槽の放水門を開放! 毒を迎え撃つんじゃない、水流の力学で【隔離ピット】へ誘い込むんだ!」
アッシュの鋭い指示に、二人が瞬時に動いた。
ガンツが巨大スパナをオリハルコン製バルブに叩き込み、水槽への流路を遮断。エレナが魔導レバーを引くと、大水槽の脇に設けられていた非常用排水路が口を開けた。
そこへ――アッシュの肩から、真紅の閃光が弾け飛んだ。
「ピロロロロロロロロロロロッッッ!!」
ルビーが天高く舞い上がり、瞬時に全長十五メートルの神鳥へと巨大化した。
広げられた神聖な紅蓮の翼。
「ルビー、拡散させるな! 上昇気流を作って一箇所に集めろ!」
「ピィッ!!」
ルビーが羽ばたき、火口のような猛烈な熱風の竜巻を巻き起こした。
荒野に散らばろうとしていた紫黒の毒煙が、竜巻の遠心力によって非常用排水ピットの真上へとギュギュッと強制集約されていく。
そこへ、アッシュが両手を突き出した。
「――《真理の濾過・超高圧相転移隔離》!!」
キィィィィィィィィィンッッッ!!!!
サファイアブルーの魔法陣が、毒煙の塊を球状に包み込んだ。
アッシュの能力は、物質を消滅させる魔法ではない。
不純物を極限まで『分離』し、その危険度を無力化する技術だ。
濃密な毒気から水分と大気を純粋な酸素として分離し、残された純度百パーセントの呪詛毒素だけを――ギチギチと音を立てて分子凝縮させていく。
十数秒後。
あたりを満たしていた猛毒の煙は完全に消え去り、アッシュの手のひらには、コロンと一粒の紫色の硬質な結晶が転がり落ちていた。
「ふう……危ないところだった。【濃縮呪詛毒の結晶石】、完全無害化抽出完了だ」
アッシュがピンセットでその毒結晶を掴み、厳重に鉛の小箱へと封印した。
水槽の水は一滴たりとも汚染されていない。底まで透き通るサファイアブルーの清流が、何事もなかったかのように穏やかに波打っていた。
「ば……馬鹿な……!? 教会の秘伝毒が……たった一粒の石ころにされただと……!?」
マクシミリアンが腰を抜かし、泥濘の中に尻餅をついた。
その時、聖騎士隊長が剣を抜き、怒りに燃える瞳で大司教を取り押さえた。
「マクシミリアン! 貴様の狂気、もはや断じて看過できん! 神の名を騙り、無辜の民と水源を毒で冒そうとした大逆罪……帝都の皇帝陛下の御前で、その罪を償うがいい!!」
「は、離せ! 私は大司教だぞ! お前たちのような平民や騎士風情が私を裁けるものかぁぁぁっ!」
泣き叫ぶマクシミリアンは、自らが率いてきた聖騎士たちの手によって鉄の枷を嵌められ、馬車へと叩き込まれた。
聖騎士隊長はアッシュに向き直り、深々と頭を下げた。
「アッシュ殿……貴殿の圧倒的な技量と慈悲、生涯忘れません。教会の腐敗を必ず正してみせます」
「ああ。帝都の人たちを、これ以上泥水で苦しめないでやってくれ」
聖騎士たちの一団が、失脚した大司教を連れて走り去っていく。
だが――その静寂を破るように、北の空から黒煙の狼煙が上がったのは、それからわずか数時間後のことであった。




