第22話:「その奇跡の泉を教会に寄進せよ」〜やってきた強欲な大司教〜
ルビーがオアシスの仲間に加わり、天空の見張り番として荒野の安全を確保し始めた頃。
西の街道から砂煙を巻き上げて近づいてきたのは、眩いばかりの純白と黄金に彩られた豪奢な馬車の一団であった。
馬車の側面には、太陽と交差する二本の聖剣を象った紋章――大陸最大の信徒数を誇る宗教組織『大聖堂・聖光教会』の紋章が刻まれている。
護衛につくのは、純銀のプレートメイルに身を包んだ精鋭部隊『異端審問聖騎士団』三十名。
馬車の中から現れたのは、金糸で織られた重厚な司教服をまとい、十本の指に大粒の宝石指輪をはめた老人――聖光教会の大司教、マクシミリアンであった。
「ホホホ……見えてまいりましたぞ。あれが噂の奇跡のオアシスですか」
マクシミリアンは扇子でパタパタと胸元を扇ぎながら、泉のほとりで設計図を広げていたアッシュへと歩み寄った。
「そなたが、アッシュ・ウォーカーですな?」
「そうだが。あんたたちは何者だ?」
「無礼者! 大司教マクシミリアン猊下の御前であるぞ! 頭が高い、直ちに平伏せよ!」
聖騎士隊長が剣の柄に手をかけて一喝したが、アッシュは静かに首を横に振った。
「平伏する理由がないな。ここはアルカディア帝国との不可侵条約により、完全なる主権を認められた独立領だ。帝国の法も、教会の権威も及ばない。何の用だ?」
「おやおや、野蛮な平民はこれだから困りますな」
マクシミリアンはわざとらしく溜息を吐き、首に下げた巨大な黄金の聖印を掲げた。
「神の慈悲を以て、そなたに福音をもたらしに来て差し上げたのですよ。……この不毛の地に湧き出た『神聖水』。我が教会の高位神学者たちの調査により、これは太古の昔に主神が地上に残された神聖なる雫であることが判明いたしました。すなわち――この泉は最初から、神の代理人たる聖光教会の所有物なのです」
「……教会の所有物?」
「左様! そなたのような平民が私利私欲のために水を独占し、金を取って帝国に売り捌くなど、神への許されざる冒涜! 即座にこの泉の管理権、ならびに周辺の全土地を我が大聖堂へ【無償寄進】しなさい!」
マクシミリアンは当然の権利であるかのように胸を張り、分厚い誓約書を差し出した。
そのあまりの身勝手さに、工房から出てきたエレナが眉を吊り上げた。
「相変わらずの盗人猛々しさですわね、聖光教会は! 帝都で水が止まり、人々が苦しんでいた時、あなたたち教会は何をしましたの!? 高い壁に閉じこもり、信徒たちの救済要請を無視して、ただ自分たちの貯水槽に鍵をかけていただけではありませんか!」
「黙りなさい、没落貴族の小娘が!」マクシミリアンが目を吊り上げる。「神への奉仕に理屈など要らぬのだ! 教会の命令に背く者は、すべて火刑に処されるべき異端であるぞ!」
アッシュは静かに足元の誓約書を見下ろした。
そして、冷淡に言い放った。
「断る。ここは俺が仲間と共に開拓し、俺のスキルで泥水を濾過して作り出した水源だ。神様とやらがスコップ一本握って手伝ってくれた覚えはない。……寄進など金輪際あり得ない。さっさと帰れ」
一切の迷いなき拒絶に、マクシミリアンの唇がピクリと痙攣した。




