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第20話:火山の火口で苦しむ赤い鳥〜煤まみれの不死鳥(フェニックス)を洗浄せよ〜

 極上のサウナと濃厚魚介豚骨ラーメンで腹を満たした翌朝。

 荒野に昇る太陽はすでに肌を刺すような熱量を帯びていたが、アッシュは朝一番から背嚢に頑丈なピッケルと耐熱ロープを詰め込んでいた。


「よし、準備完了だな。ガンツ、留守中のサウナの薪管理は頼んだぞ」

「おうよ旦那! 任せときな! ……しかし、本当に一人で行くのかい? あの『灼熱の竜骨山』は、魔獣すら近づかねえ死の活火山だぜ?」


 ガンツが心配そうに北東の地平線を指差した。

 そこには、ギザギザとしたドラゴンの背骨のような稜線を持つ巨大な火山が聳え立ち、その火口からは紫黒色の不気味な噴煙がモクモクと立ち上っていた。


「ああ。サウナ用の神聖マグマ鉱石のストックが心許なくなってきたし、何より、あの火山の噴煙の色がここ数日でおかしくなっている。……一度、地脈の様子を見ておきたいんだ」

「わふん!」


 アッシュの足元で、コハクが頼もしげに胸を張った。

 白銀の毛並みを朝日に輝かせ、アッシュの作業着の裾に頭を擦り付けてくる。


「コハクも一緒だから大丈夫だ。何かあれば、すぐに引き返すよ」

「気をつけてくださいましね、アッシュさん。お弁当に神聖米のおにぎりを持たせましたわ」

「ありがとう、エレナ。行ってくる」


 アッシュはコハクを連れ、北東の火山地帯へと足を踏み出した。


 荒野を進むにつれ、周囲の風景は荒涼とした岩肌から、赤黒い溶岩石が剥き出しになった灼熱の登攀路へと変わっていく。

 気温は優に四十度を超え、足元の大地からはジリジリと靴底を焦がすような地熱が伝わってくる。

 普通の人間の立ち入りを拒む過酷な環境だが、アッシュの水筒には冷えた【神聖水】が満たされており、一口含むだけで全身の細胞が瞬時に冷却され、疲労が吹き飛ぶ。


「ぐるるる……」


 山頂の火口の縁、標高千五百メートルに達した時、先を歩いていたコハクがピタリと足を止め、喉を低く鳴らした。

 金色の双眸が、激しく煙を噴き上げる火口の底をじっと睨みつけている。


「……これは、酷いな」


 アッシュは火口を覗き込み、思わず眉をひそめた。

 煮えたぎるマグマの海。

 だが、その赤熱した溶岩の表面には、ドス黒いヘドロのような油膜がドロリと浮かび、有毒な火山ガスと硫黄、そして重金属の混ざった殺人的な紫黒の煙が渦巻いていた。

 帝都アルカディアの上流階級が、何十年にもわたって山間部の鉱山開発から垂れ流してきた魔毒廃棄物。それが地脈を通じて地下深くへと浸透し、この活火山のマグマ脈を根底から汚染してしまっていたのだ。


「ピィ……ピィィ……」


 ゴウゴウと唸る火口の轟音に混ざり、微かな、だが胸を引き裂くような悲痛な鳴き声が聞こえた。

 アッシュは岩棚の縁へと身を乗り出した。

 火口の内壁、煮えたぎるマグマからわずか数メートル上に突き出た黒い溶岩の岩棚。

 そこに――一羽の大きな鳥が、力なく横たわっていた。


「鳥……? あんな猛毒の火口の中に……!」


 体長は三メートルほど。

 本来であれば、燃え盛る紅蓮の太陽のように美しく輝いているはずの翼。

 しかしその全身は、マグマから噴き出したドス黒いタールと酸性の煤にまみれてカチカチに固まり、所々の羽毛は焼け焦げて皮膚が爛れていた。

 呼吸をするたびに、有毒ガスを吸い込んで激しく胸を波打たせている。

 火を司る聖なる生き物でありながら、冷酷な魔毒ヘドロに蝕まれ、体温を奪われて今にも命の灯火が消えかけていた。


「鑑定……!」


 アッシュは右眼に魔力を集中させ、鳥のステータスを読み取った。


【個体識別:緋色の不死鳥(クリムゾン・フェニックス)】

【状態:重度タール中毒、魔毒肺気腫、神炎凍結、瀕死】

【解説:太古より火山の火種を守護し続けてきた神聖なる霊鳥。人間の垂れ流した呪詛汚泥によって心臓の不滅炎が窒息しかけている】


「不死鳥……! 神話の霊鳥が、こんなところで……!」


 コハクがアッシュの腕をキュッと咥え、助けてくれと訴えるように鳴いた。同じ神獣として、その苦痛が痛いほど伝わっているのだ。


「よし、待ってろ! 今すぐ助ける!」


 アッシュは迷わず耐熱ロープを岩に結びつけ、火口の岩棚へと一気に滑り降りた。

 足元には煮えたぎる摂氏千度のマグマ。

 迫り来る紫黒の有毒ガス。

 鳥はアッシュの接近に気づき、弱々しく嘴を開いて威嚇の炎を吐こうとしたが――口から漏れ出たのは、黒い煤煙の塊だけであった。


「もういい、戦わなくていいんだ」


 アッシュは優しくその煤まみれの頭を抱き寄せ、作業着の袖でドロドロの目を拭ってやった。


「十年間、地下の泥の中で生きてきた俺にはよくわかる。息ができなくて、誰にも届かない場所でじっと耐えるのが、どれだけ苦しいか……。よく今まで耐えたな」


 鳥の琥珀色の瞳が、驚きに見開かれた。

 アッシュは背嚢から、オリハルコン製の給水ノズルを取り出し、大地の水脈へと直結させた。


「――《真理の濾過(フィルター)・神聖高圧散水(ホーリー・ジェット)》!!」


 ザアァァァァァァァァァッッッ!!!!


 ノズルの先端から噴射されたのは、アッシュの魔力を限界まで込めた、超高純度の【神聖水】の激流であった!

 ジュウウウウウウウッ!!

 鳥の全身を覆っていたベタつく黒いタールが、神聖水の圧倒的な浄化力によって一瞬で分解され、ボロボロと剥がれ落ちていく。

 有毒な煤が水蒸気となって吹き飛び、爛れていた皮膚が一瞬で美しい桃色の地肌へと再生していく。

 さらにアッシュは、鳥の嘴をそっと押し広げ、冷えた神聖水を喉の奥へと直接流し込んだ。


「ごくり……っ」


 神聖水が一滴、不死鳥の胃袋へ届いた瞬間。

 ドクンッ!! と、火口全体を揺るがすような巨大な心臓の鼓動が響き渡った。

 凍結しかけていた不死鳥の核に、再び不滅の神炎が灯ったのだ!


 カアァァァァァァァァァッッッ!!!!


 目も眩むような深紅と黄金の光が爆発し、火口の有毒煙をすべて吹き飛ばして、天高くへと巨大な火柱が突き抜けていった!


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