第19話:神聖水で打つ黄金手打ち麺と、極上煮込みチャーシュー〜至高のラーメン飯テロ〜
「ふあぁぁぁ……。完全に生まれ変わった気分だぜ……」
「身体中の毒素が全部抜けて、骨まで軽くなりましたにゃ……!」
サウナ、神聖水風呂、そして外気浴のルーティンを完璧に三往復したガンツと猫人族の男たちは、脱力しきった至福の表情でテラスの長椅子に腰掛けていた。
全身の血行が極限まで巡り、皮膚はツヤツヤと輝いている。
しかし――その極限の爽快感の後に訪れたのは、猛烈な身体の要求であった。
「……腹が減った。死ぬほど腹が減ったぞ、旦那……」
「喉がカラカラで、身体が濃い塩分と旨味を求めて叫んでますにゃ……!」
サウナで大量の汗と共に塩分とミネラルを放出した身体。五感は研ぎ澄まされ、胃袋は空っぽ。
そんな状態で求めるもの――それは、身体の髄までガツンと染み渡る、究極の『サ飯(サウナ飯)』であった。
「よし、一番美味いタイミングだな。席について待ってろ!」
厨房から響いたアッシュの張りのある声。
頭に白い手ぬぐいを巻き、作業着の腕をまくったアッシュの前には、ドワーフの鍛冶技術で特注された巨大な真鍮製の寸胴鍋が二つ、轟々と炎を上げていた。
蓋の隙間から、もうもうと立ち上る濃密な湯気。
そこからテラスへと漂ってきたのは――。
「ぐふっ……!? な、なんだこの暴力的な匂いは……!?」
ガンツが思わず喉をゴクリと鳴らした。
香ばしく炒められたニンニクと生姜の刺激的なパンチ。
醤油が熱せられて焦げた甘美な芳香。
そして何より――豚骨と丸鶏を極限まで煮出した重厚な動物系白湯のコクに、荒野の清流で獲れた乾燥川魚と昆布の奥深い魚介出汁が溶け合った、目眩がするほど濃厚な『ダブルスープ』の香りであった!
「アッシュさん、麺の湯が沸騰しましたわ!」
「よし、エレナ、丼を温めてタレを張ってくれ!」
アッシュが木箱から取り出したのは、自ら手打ちした黄金色の麺であった。
小麦粉に混ぜ合わせたのは、神聖水からアッシュの《真理の濾過》によって抽出された天然アルカリミネラル――すなわち最高純度の『かん水』だ。
神聖水で練り上げ、力強く踏み込んで一晩寝かせた生地を、絶妙な厚みの平打ち太縮れ麺に切り揃えてある。
パラパラと手で揉みほぐし、グラグラと波打つ大釜の熱湯へ投入!
ゴボゴボゴボッ!
わずか一分二十秒。
アッシュは平ザルを構え、湯煙を切り裂くようにして麺を一気にすくい上げた。
チャッ! チャッ! チャッ!
リズミカルな湯切りの音が静まり返った厨房に響く。
エレナが神聖醤油ダレと濃厚ダブルスープを注ぎ入れた漆黒の大丼へ、黄金の麺が滑らかに収まっていく。
そして、その上に盛り付けられる具材の数々――。
神聖水と特製ダレで三日間コトコトと煮込まれ、自重で崩れそうなほどトロットロになった厚切り豚バラチャーシューが、丼を覆い尽くすようにドカンと三枚!
中央には、黄身がトロリと半熟に仕上がった琥珀色の味付け煮玉子。
シャキシャキの自家製メンマ、たっぷりの刻み青ネギ、香ばしい大判の焼き海苔。
仕上げに、熱々の黄金鶏油がひと回し注がれると――。
ジュゥゥゥッ……!
「お待たせ。【特製・神聖濃厚魚介豚骨醤油ラーメン】だ。冷めないうちに食ってくれ!」
ドスンッ! とテラスのテーブルへ並べられた丼。
スープの表面でキラキラと輝く油の膜。立ち上る湯気は、もはや見る者の理性を完全に焼き尽くす神の供物であった。
「く……食うぞ! いただきます!!」
ガンツが震える手で木箸を割り、まずは蓮華で琥珀色のスープをすくって口へ運んだ。
「ズズッ……ズズズズズッ……!!」
その瞬間、ガンツの動きがピタリと止まった。
カッと目が見開かれ、筋骨隆々の身体がガタガタと震え出す。
「ぶ……美味い……!! な、なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
絶叫が荒野の夜空を突き破った。
「濃厚だ! 豚骨と鶏の旨味が津波のように押し寄せてくる! だが……ドブ臭さも油の重さも微塵もねえ! 魚介の出汁が後味をスッと引き締めて、舌の上で旨味の爆弾が炸裂してやがる!!」
「次は麺だ、ガンツ! 伸びる前にすすれ!」
アッシュに促され、ガンツは縮れ麺を箸で持ち上げ、豪快に口の中へと啜り込んだ。
「ズバババババッ! ズズズズズズズッッッ!!」
「んんんんんっ! モチモチだ! 噛んだ瞬間に小麦の甘みが弾けて、スープをごっそり絡め取って喉を通っていくぞ! 喉越しが……喉越しが気持ちよすぎる!!」
「肉……! 肉がぁぁぁぁっ!」
猫人族の男がチャーシューにかぶりついた瞬間、涙をボロボロとこぼした。
「ホロッ……ジュワァァァァァッ!」
「噛む必要がありませんにゃ! 唇で挟んだだけでホロホロに崩れて、極上の肉汁とタレが口いっぱいに溶け出してきますにゃ! こんな美味い肉、王侯貴族だって食ったことありませんにゃあぁぁぁっ!!」
もはや会話は途絶えた。
男たちは憑りつかれたように麺を啜り、チャーシューを頬張り、半熟煮玉子の濃厚なコクに悶絶し、丼を両手で掲げて最後の一滴までスープを飲み干した。
「ぷはぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
ゴトン、とテーブルに置かれた空っぽの丼。
ガンツは満腹の腹をさすりながら、天井を見上げて幸せそうに息を吐いた。
「サウナで汗を絞り出して、キンキンの水風呂に入って、このラーメンを食う……。旦那、俺はもう、ここ以外の場所じゃ生きていけねえ体になっちまったよ……」
「ふふ、私もですわ」
エレナもスープを綺麗に飲み干し、口元をナプキンで拭いながら蕩けたような笑顔を浮かべていた。
傍らでは、塩分を入れずに神聖水だけでトロトロに煮込んだ特大の骨付き肉を、コハクが「わふ! はむはむ!」と夢中で平らげ、お腹をポンポンにしてアッシュの足元に丸くなっている。
極上のサウナと、奇跡の水風呂、そして世界最高のサ飯。
最果てのオアシス都市は、肉体と胃袋の両面から、住人たちを完全なる幸福の虜にしていたのであった。




