第18話:熱波サウナと神聖水風呂で【完全にととのう】〜ドワーフ親父たちの昇天〜
大帝国アルカディアとの歴史的な水利条約の締結から、わずか三日後。
オアシス都市『アクア・リゾート』の金庫には、帝都で消費された水利使用料として、初日だけで金貨数万枚という天文学的な前受金が転がり込んできた。
さらに、帝国から無償供出されたオリハルコン原石百トンと、古代水利魔導文献の山。
資金、資源、技術のすべてを手に入れたアッシュと開拓民たちの熱意は、とどまるところを知らなかった。
「旦那! 言われていた【極楽の蒸し風呂小屋】、細部まで完璧に仕上がったぜ!」
ドワーフの棟梁ガンツが、額の汗を分厚い腕で拭いながら、会心の笑みを浮かべて親指を立てた。
温泉浴場のすぐ隣、荒野の心地よい風が吹き抜ける高台に建設されたのは、見事な丸太組みのログハウス。
壁面には、古代魔導文献の知識を用いて防腐・耐熱加工を施した樹齢数百年の『神聖ヒノキ材』が惜しげもなく使われ、近づくだけで爽やかな森林の芳香が鼻腔をくすぐる。
「おお……素晴らしいな、ガンツ。外気の遮断も完璧だ」
アッシュがログハウスの重厚な木製扉を押し開けると、室内には階段状に三段の木製ベンチが設えられていた。
そして、部屋の最奥に鎮座しているのは――ドワーフの鍛冶技術の粋を集めて鍛え上げられた、巨大な鉄鋼製薪ストーブ。
その上には、アッシュが《真理の濾過》によって硫黄やヒ素などの有害成分を極限まで取り除き、純粋な蓄熱性だけを結晶化させた最高純度の【神聖マグマ鉱石】が、ゴロゴロと山積みにされていた。
ストーブの底で赤々と燃え盛る薪の熱を吸い込み、鉱石はほんのりと赤紫色に発光している。
「サウナ……って言ったか、旦那。部屋をクソ熱くして汗をかくだけの代物に、なんでこんな高級な木材と神鋼ストーブを注ぎ込むんだ? 普通に温泉に浸かるだけじゃ駄目なのかい?」
ガンツが不思議そうに首を傾げた。
背後には、物珍しそうに覗き込む猫人族の男たちや、エプロン姿のエレナも立っている。
アッシュは不敵に笑うと、腰に布を一枚巻いただけの姿で、サウナ室の最上段のベンチに腰を下ろした。
「まあ入ってみろ、ガンツ。温泉が『癒やし』なら、サウナは『肉体と魂の完全なる再起動』だ。……騙されたと思って座ってみな」
「へっ、そこまで言われちゃあ、ドワーフの男が引くわけにゃいかねえな!」
ガンツと屈強な猫人族の男たちが、半信半疑でベンチに腰を下ろした。
室内の温度計は摂氏九十五度を指している。
だが、木材の調湿効果のおかげで、嫌な息苦しさは全くない。
「よし、それじゃあ……いくぞ」
アッシュはオリハルコン製の柄杓を手に取ると、木桶に汲んでおいた【神聖水】をたっぷりと掬い上げた。
そして、赤熱したマグマ鉱石の山へ向けて、ゆっくりと注ぎ落とす。
ジュワァァァァァァァァァッッッ!!!!
瞬間、心地よい重低音の蒸発音と共に、超高純度のマイナスイオンを含んだ熱波が爆発的に室内に立ち込めた!
アッシュが白樺の枝束を両手で持ち、頭上でリズミカルに旋回させる。
バサッ、バサッ、バサッ!
室内の空気が一気に撹拌され、清涼な白樺の香りをまとった猛烈な熱風が、男たちの全身を包み込んだ。
「うおおおおおおっ!? 熱い! だが……なんだこれ、肌が痛くねえぞ!?」
「毛穴が……毛穴という毛穴が全部開いて、汗がナイアガラの滝みたいに噴き出してきますにゃあぁぁぁっ!」
神聖水の蒸気には、一切の不純物や刺激臭がない。
肺いっぱいに吸い込むだけで気管支が広がり、体内の老廃物がドバドバと汗となって体外へ押し流されていく。
五分、十分――。
男たちの身体から滴り落ちる汗がベンチの床を濡らし、心拍数が心地よく上昇していく。
「だ、旦那……! もう限界だ! 身体が芯から燃え尽きそうだぜ……!」
「よし、出るぞ! だが、絶対にそのまま座り込むなよ。掛け湯で汗を流したら、目の前のアレへ直行だ!」
アッシュがサウナ室の扉を押し開け、男たちが湯気を噴き上げながら雪崩れ出た。
木桶の神聖水で頭からザバザバと汗を洗い流した瞬間、彼らの目の前に広がっていたのは――。
岩盤を削り出して作られた、深さ一・五メートルの巨大な水風呂。
そこには、雪解け水のように底まで透き通った、摂氏十二度の【神聖水】がドバドバと掛け流されていた。
「ひ、冷水!? こんな熱々の体で飛び込んだら、心臓が破裂しちまう――」
「いいから飛び込め! 世界が変わるぞ!!」
アッシュが率先して、躊躇なく水風呂の深みへと身を沈めた。
「…………っっっっっっっっっっ!!!!」
瞬間、全身の血管がキュッと収縮する超絶冷却。
しかし、呼吸を整えて数秒じっと耐えると――奇跡が起きた。
体表の熱によって冷水が温められ、肌の周囲に薄い膜のような温かいヴェール――『熱の羽衣』が形成されたのだ。
冷たいはずなのに、痛くない。むしろ、母の胎内に抱かれたような究極の浮遊感。
「お、俺も死なば諸共だぁぁぁっ!」
ガンツと猫人たちも悲鳴を上げながら次々と水風呂へダイブした。
「「「ぶっ……ひぃぃぃぃぃぃぃっ!?」」」
冷たさに悶絶したのも束の間、一分も経つ頃には全員が「……あれ? 寒く……ない?」と目を丸くしていた。
そして――。
「上がるぞ。ここからが本番だ」
アッシュに促され、水風呂から上がった男たちは、外気浴スペースに並べられた特製のリクライニングチェアへと倒れ込んだ。
頭上には、抜けるような荒野の青空と、心地よい乾いたそよ風。
「……あ」
ガンツの口から、魂の抜けたような声が漏れた。
ドクン……ドクン……と、力強く脈打つ全身の血液の鼓動。
急速に広がった血管を通じて、神聖水のエーテルが脳の隅々まで酸素を送り届けていく。
視界の輪郭がキラキラと淡い光を帯び、手足の先がフワフワと宙に浮いているかのような究極の多幸感。
重力すらも消え去り、意識が銀河の彼方へと溶け出していく感覚。
「と……ととのったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ…………!!」
ガンツは両手をだらりと垂らし、白目を剥いて完全に天国へと昇天していた。
猫人たちも「ふにゃあああ……宇宙が見えますにゃ……神様が見えますにゃあ……」と口から魂を半分吐き出してガンギマリ状態。
「わふん!」
コハクが心配そうにガンツの鼻先をツンツンと小突くが、頑固親父はピクリとも動かない。
極上の熱波、奇跡の神聖水風呂、そして大自然の外気浴。
オアシス都市に、一度味わったら二度と文明社会へ戻れなくなる『究極の快楽インフラ』が、完全に定着した瞬間であった。




