第10話:悪臭と水不足で暴動寸前の帝都〜勇者様、香水を浴びるほど振りかけてもウンコ臭が消えない〜
帝都アルカディアは、もはや国家の首都としての機能を完全に喪失していた。
「おい、パンを売れ! 金なら払うと言っているだろうが!」
「無理なものは無理だ! 粉を捏ねる水が一滴もないんだよ! 水道の蛇口から出てくるのはドス黒いヘドロだけだ! そんな水でパンを焼いたら客が全員死んじまうわ!」
商業区の目抜き通りでは、連日食糧と水を求める市民たちによる暴動が頻発していた。
道端には、悪臭を放つゴミと汚泥の山が放置され、ハエの大群が飛び交っている。
水洗トイレが使えなくなったため、人々は汚物をバケツに溜めて裏路地に投げ捨てるしかなく、千年の都と謳われた美しい白亜の街並みは、わずか五日にして巨大な肥溜めへと成り果てていた。
そんな地獄絵図のメインストリートを、一台の豪奢な馬車と、重装備の騎士団が進んでいた。
「どけ、下民ども! 筆頭勇者レオン様の御通りだ!」
先導する騎士たちが槍の柄で市民を押し退ける。
馬車の中から姿を現したのは、全身を香水でビショビショに濡らした勇者レオンであった。
だが、かつて帝都の女性たちを虜にしたその美貌は見る影もない。
顔色は土気色で、目の下には濃い隈。
何より、五日間まともに体を洗えていないため、頭皮から分泌される皮脂の悪臭と、ヘドロの腐敗臭、そして無理やり浴びた高級香水『白百合の雫』が最悪のケミストリーを起こし、近寄るだけで眼球がチカチカするような強烈な悪臭を放っていた。
「オエッ……! なんだこの臭いは……! 勇者様から漂ってないか……?」
「おい見ろよ! あいつが例の無能貴族と一緒に、地下の優秀なドブ掃除の兄ちゃんをクビにした張本人だろ!」
「そうだ! 兄ちゃんがいた時は、蛇口からいくらでも綺麗な水が出てたんだ!」
「人殺し! 水を返せ! 街を元に戻せ!!」
群衆の中から、怒りの声が爆発した。
ビチャッ!!
「ひぎゃっ!?」
レオンの磨き抜かれた白銀の胸甲に、腐ったトマトと汚泥の塊が直撃した。
ドロリと垂れ落ちる赤い汁。
「貴様ら……! 英雄たるこの僕に何をするんだ! 無礼者どもめ、全員斬首刑にしてやる!!」
レオンが激昂して聖剣を抜き放とうとした瞬間、今度は石や生ゴミの雨あられが飛んできた。
「引っ込めドブ勇者!」「香水くせぇんだよ!」「さっさと兄ちゃんを連れ戻してこい!!」
「ヒィィッ! レオン殿、早く馬車の中へ! 殺されますぞ!!」
馬車の中から顔を出したバルトロメオ伯爵が、半狂乱でレオンの腕を引っ張った。
バルトロメオもまた、水不足による極度のストレスと脱水で顔がパンパンに浮腫み、かつての威厳など塵芥ほども残っていない。
「くそっ……! くそがああああああっ!!」
レオンは馬車の中に逃げ込み、座席を思い切り殴りつけた。
「全部あいつのせいだ……! アッシュとかいう薄汚いドブネズミのせいだ! 僕をこんな目に遭わせやがって……許さない、絶対に許さないぞ!」
「レ、レオン殿……! 荒野へ急ぎましょう! 特務騎士団百名を連れてまいりました! 力づくであの男を捕縛し、首輪をつけて帝都へ引きずり戻すのです!」
「ああ、そうだ! 生かして連れ戻せばいいんだろ!? 両手足の骨を叩き折って、地下水槽の壁に鎖で繋ぎ止めてやる! 死ぬまで泥水を啜りながら僕たちのために浄化を続けさせてやるんだ!!」
怒りと憎悪で目を血走らせた二人は、百名の重装騎士団を引き連れ、東の荒野へと猛スピードで馬車を走らせた。
自分たちが向かっている先に、どんな『怪物』が待っているのかも知らずに。




