星に還る日
宿に戻った。
両親は別の部屋で、私たちはミオと同じ部屋だった。
ミオはベッドに籠ると、今日見た景色や星について満足するまで語った。
部屋が静かになった。
ミオの寝息の先から、星空が見える。
レインは窓際の棚の上から、その星空を眺めていた。
ミオの頭に触れると、温かい熱が籠っていた。
「ねえ、シラちゃん」
ナナシが静かに囁く。
「どうしたの?」
月明かりに隠れて、ナナシの顔が見えなかった。
「私さ、ここに来る前ね……」
ナナシの影は、眠るミオの方に向いていた。
その手が、ミオの頭に触れた。
「お父さんに売られちゃったんだ。知らない場所に。……馬鹿だからって」
差し込む、青白い月明かりが冷たかった。
ナナシは、大きく息を吸う。
そして、息を吐くようにして言った。
「もっと私が賢かったらこんなことにはならなかったんだけどね」
ナナシは、眠っているミオを見ていた。
ナナシの言葉は、ふわふわの白いベッドに吸収されていく。
「どうして、話したの?」
「今更だけどさ、シラちゃんには聞いて欲しくて。別に、慰めて欲しいとかじゃなくて、ただ、話したかっただけだよ。だから、適当に受け流していいからね。もちろん、ここで言う適当は、いい加減って意味だから安心してね」
私は、ナナシの頭に触れた。
熱を帯びて温かかった。
「私は、昔、人を殺したんだ」
雲に隠れた月が顔を出す。
ナナシの顔が上がった。
目が合った。
「そのせいで、レインは死んだ。私が、もっと人だったら、レインとずっといれたって思ってた」
黙って私を見つめていた。
「いきなりだね……。どうして、話してくれたの?」
「私も、ナナシには話したくなった。嫌いになった?」
「驚いただけかな。どんな過去があっても、シラちゃんはシラちゃんで、嫌いにはならないよ。私は」
「私も、ナナシが賢くても、そうじゃなくても、ナナシはナナシだから嫌いにならないよ」
ふふ。
ナナシは静かに、夜空を見て笑った。
流れ星の余韻に浸った夜空が良く見えた。
「ありがとう。話を聞いてくれて……。明日はミオちゃんのおじいちゃんのお葬式だし、寝ようか」
「うん。おやすみ」
余韻の中、ゆっくりと目を閉じる。
真っ白な陽光が窓から射し込む。
目が覚めた。
星は青い空に隠れてしまっていた。
チクタクと音を刻む時計に目を向ける。
「んん……」
「目、覚めたのか?」
レインが言った。
目を細めながら、窓から凛然と広がる雪景色を見る。
「こいつらが起きるまで時間はまだ、ありそうだな」
レインは青い陽光が差し込む先を見つめている。
「レイン。一緒に外に出たい」
「いいぞ」
レインは、私の肩の上に乗った。
風でどこかへ行ってしまいそうな軽さだった。
足跡が雪に落ちていく。
「私たち、結構歩いてきたね」
「そうかもな」
歩くと、白い雪の上に足跡が残った。
「また、会えるかな?」
「……」
レインはしばらく黙って帽子の中に手を入れた。
瞳は、薄明るい空を向いていた。
「そう思いたいな」
「そっか。私も」
澄んで、心地よかった寒さが、身体に染みてきた。
「ナナシ、起こしに行こうかな。なかなか起きないから」
部屋に戻ると、ミオは起きていたのに、ナナシはまだ寝ていた。
「あ、シラお姉ちゃん。どこ行ってたの?って、それはいいや。ナナシお姉ちゃんがさっきからずっと起きてくれなくて……」
「じゃあ、窓を開けて、布団を取ろう」
私は部屋の窓を開けた。
冷たい風が入ってくる。
「わかったよ!シラお姉ちゃん」
ミオは、ナナシの布団を一気に取った。
「……わ、な、なに?……てか、寒っ!」
驚かされ、冷やされたナナシは一気に目を覚ました。
「もう朝だよ。ナナシお姉ちゃん!」
「あ、ああ……。もうそんな時間なの?」
「もう7時だよ!」
「え?まだそんな時間……。道理で眠たいわけだ……。くしゅっ!」
ナナシは、寒そうにベッドから起き上がった。
外は、良く晴れた心地の良い日だった。
――そして、その日の朝。
今日は、私のおじいちゃんのお葬式の日だった。
私は、シラお姉ちゃんたちと、みんなで朝ごはんを食べた。
みんなでお話しして、これだけだったら、ただの楽しい一日みたいだった。
「そろそろ行きましょうか?」
お母さんが部屋に呼びに来てくれた。
「うん」
やっぱり本当だった。
全部、夢なんじゃないかって期待していた反面、みんなと過ごした日が、夢だったら悲しいとも思っていた。
みんな黒い服を着ていた。
昨日行った、教会の葬式場まで歩いて行く。
白い雪が、いつもよりも綺麗に見えた。
教会の葬式場は、清潔で、祭壇の上には真っ黒な棺がぽつんと置いてある。
あの中におじいちゃんがいる。
すぐにわかった。
けれど、見る勇気が湧いてこなかった。
人が祭壇に上がり、おじいちゃんの姿を拝もうと棺を覗いていた。
あちこちから、涙ぐんだ声が聞こえてくる。
神父様がやってくると、全員、棺を見守るように座った。
お葬式が始まった。
「それではご来席いただいた皆様。順にお焼香のほうをどうぞ……」
棺の前に立つ神父様は片手に重たそうな本を持っていた。
導かれるみたいに、前列から順に棺へと向かってゆく。
粉末にされた葉を手につまみ、熱のこもるお焼香の中に入れていく。
焼香をつまんだ指には、その粉がついていた。
みんなは、その手でポケットから手紙や、花を棺の中に入れる。
私の番が近づくにつれて、おじいちゃんの入った棺は幸せで溢れていく。
いっぱいの手紙。
青や紫を除いた幸せな色の花。
死んでいるのに幸せそうな棺になっていく。
段々、私の番が近づいてくる。
身体が震えていた。
「大丈夫?」
シラお姉ちゃんが心配してくれた。
「うん。ちょっと、怖い」
「何をすればいい?」
シラお姉ちゃんはちょっと、普通の人たちとは違った。
慰めてくれるわけでも、寄り添ってくれるわけでもない。
でも、お姉ちゃんなりの温かさに、震えが落ち着いた。
「……じゃあさ、シラお姉ちゃん」
「何?」
「その……。手、握ってくれる?」
「……わかった」
シラお姉ちゃんは何かを言おうとして、結局言わなかった。
ただ、手を差し出した。
その手は温かった。
目を閉じて、深呼吸する。
瞳を閉ざすと、シラお姉ちゃんの手のぬくもりを感じた。
「ありがとう。私、もう大丈夫だから」
前の人が戻ってきた。
流れに任せて、私も立ち上がった。
棺の前に着くと、煙っぽい匂いと、花の香りが混じった、独特な匂いがした。
棺の中を覗き込んだ。
あれだけよく見たおじいちゃんが静かな表情で眠っていた。
大好きだったおじいちゃんは、活発で、よくしゃべっていた。
あれだけよかった血色も、花に吸われてしまったかのように青くなって、冷たそうだ。
おじいちゃんを心配させずにしようとしていたのに、目のあたりがじわじわと熱くなっていく。
おじいちゃんとの思い出が蘇ってくる。
もう……、どうしてこんな時に……。
視界がぼやけて、もう、まともにおじいちゃんを見れなかった。
ポツリと落ちた雫が、おじいちゃんの顔に触れた時だった。
おじいちゃんと話したことを、思い出した。
「もし、じいが死んだら、ミオには笑って欲しいな」
望遠鏡で星空を眺めた日。
おじいちゃんは、いつになく、静かな表情をしていた。
「なんで、なんで……。そんな悲しいこと言っちゃうの?」
「悲しいから笑って欲しいんだ。だって、じいのせいで泣いてるミオなんて見たくないからな。ミオにはいつだって、笑っていて欲しいんだ」
今、おじいちゃんは、あの時と同じ、静かな表情と重なって見えた。
私は、棺に顔を突っ込んだ。
眠っていてもわかるくらいの笑顔をぶつけた。
シラお姉ちゃんは、悲しんでくれるのは嬉しいと言った。
でも、おじいちゃんは違う。
笑った。
でも、笑ってるはずなのに、雫が棺に落ちた。
シラお姉ちゃんの隣に戻った。
涙は、真っ暗な夜空みたいな棺の中にこぼしてきた。
「おかえり。ミオ」
「ただいま。シラお姉ちゃん」
「あら?私たちは入ってないのかな?」
ナナシお姉ちゃんが少し笑って言った。
「ナナシお姉ちゃんも、レインも……、本当に、みんなありがとう」
「よかったね、レインも入ってて」
「まだ、葬式中だぞ……。まあ、こういうのも悪くないがな」
レインに言われ、お葬式中だということをすっかりと忘れてしまっていた。
みんな、静かだった。
周りの人たちがシラお姉ちゃんや、私たちを無言で見ている。
だから、最初は怒られると思っていた。
ーーふっ。
誰かの小さな笑い声が聞こえた。
緊張が解けたみたいに、静まり返ったお葬式場に、みんなの声が広がっていく。
賑やかになるお葬式場で、お父さんとお母さんが二人で話しているのが見えた。
「ねえ、あなた……。さっきより、こっちの方がいいわね……」
「そう、だね。なんだか、すごいお葬式だよ」
「私のお父さんにはぴったりね」
「そうだね」
「あっ。何かわからないけど、みんな集まってるわ。私たちも行きましょ」
「ほんとだ……。急がないと」
神父様は重たい本を置いて、代わりにカメラを手に取った。
「全員揃いましたね。行きますよ。皆さん」
カメラのシャッターが切られた。
おじいちゃんを入れた棺は外に運び出されると、土の中に埋められてしまった。
私は、土を見ていた。
「ミオ……。よくがんばったわね」
「ありがとう。きっと、おじいさんにとっても、いいお葬式になったよ」
お父さんと、お母さんが抱きしめてくれた。
望遠鏡は、青い空を向いていた。
また、夜になれば星空を見れる。
「どうしたの、ナナシお姉ちゃん。空を見て?」
「……ううん。なんでも。いいお別れだなってね」




