星の約束
「ナナシ?」
「ううん。いや、何でもないよ。今の私には、居場所があるからね。それよりも、行こう」
ガス灯の光が薄っすらと示す道を進んでいくと、やがて、教会に到着した。
夜と星の色を大量に取り込んだ窓がちらつく。
「この上だよ!」
ミオは、教会の屋上を指した。
「あそこから登っていくんだ」
すぐ横には、屋上へ続く階段があった。
てっきり教会に行くのだから、中に入るものだと思っていたが違ったらしい。
階段を上ると、ミオは望遠鏡を組み立てる。
「できたよ!」
望遠鏡は細い足で空を向き、立っていた。
「これでね、こうやって……」
ミオは望遠鏡を操作しながら、使い方を説明する。
「あとは、ピントを合わせて……」
ミオの頬から、ポツポツと雫が落ちた。
「……ピント、あってるはずなんだけどな……。見えないや」
ミオは望遠鏡から目を離し、自分の目をこすった。
レインから貰った布を、ミオの頬に当てた。
布越しに触れた頬は温かかった。
「……ご、ごめんね。おじいちゃんと、一緒に見た時を思い出しちゃって……」
「いいよ。今は、私たちしかいないから」
ミオは、布を受け取った。
教会は、山の傾斜に沿って建っていた。
屋上からは、景色を見下ろせる。
星空を遮るものも、光も何もない。
ミオが調節してくれた望遠鏡を覗いた。
息を忘れてしまうくらいの星空が目の前に現れた。
淡く輝く光は優しく、ゆったりと時間を過ごしていた。
「……」
まるで、星空へ行ってしまったみたいだった。
「どう、ちゃんと見えるかな?」
ミオの声がした。
望遠鏡から目を離した。
手元にあるように感じた星は、遥か遠くにあった。
「うん。すごく、綺麗に見えるよ」
一つ、光が流れた。
流れ星だった。
ミオは、その流れ星が消えた後も、光の道筋をなぞるように、夜空を見上げていた。
ーーミオの瞳は、おじいちゃんとの記憶を辿るように、遠くを見ていた。
ーー「やっぱり、ミオはいい子だ……。そんだけ優しかったらあの子もきっと、安心できるな」
おじいちゃんがそう言った。
「どうして、そんなの分かるの?」
「そりゃあ、流れ星になっとるからなぁ……」
「流れ星?」
「そう。死んだ人や生き物はみんな流れ星になって輝いとる。うちのばあちゃんだって、ああやって、たまに、じいたちを見とる」
「……」
「あっ!今、嘘だと思ったろ?」
「……だっておかしいもん。夢じゃないのに……」
おじいちゃんはその笑顔を絶やすことは無かった。
「じいはミオには夢をみてほしいと思っとる……。夢は見れるなら見といた方がええ。見れるのに見ないなんて勿体ないと思わんか?」
純粋に、楽しそうに星空を見上げるおじいちゃんを見て、段々そう思えてきた。
夢かぁ……。
「おっ!流れ星だ、ほら!ミオ!」
おじいちゃんが興奮気味に言って空を指さす。
「どこ?」
そう聞いた瞬間だった。
天のお告げのように、空が一瞬、白く輝いた。
その直後、空から何かが降ってくる。
「ほら!あそこも、あそこにも!」
まるで、子どものように星空のあちこちに指を向ける。
「あっ、ほんとだ……」
見上げた夜空からは、無数の光の雨が大地に降り注いでいた。
「ミオ、またじいと一緒に、この望遠鏡持って、見にこようなあ」
おじいちゃんは笑顔でそう言っていた。
ーーあの日と同じ光が、夜を満たしていた。
刹那の間を、夜空を切り裂くようにして、光が落ちてゆく。
ミオは、胸に手を当てていた。
「ありがとう……おじいちゃん」
やがて、それは、夜空を埋め尽くすように増えてゆき、驟雨のように天から降り注ぐ。
夜空を光で満たすと、それは、慈雨となり、ぽつぽつと落ちていく。
「折角だから、この教会の中にも入らない?」
ミオは名残惜しそうにしていた。
「うん。いいよ」
私たちは、教会に入った。
内部は、色鮮やかなステンドグラスで覆われていた。
月明かりを受け、七色の光が、フロアを仄明るく照らす。
「ナナシお姉ちゃん、ステンドグラスに色々書かれてるけど、なんで?」
ミオはステンドグラスに刻まれた絵を見上げていた。
「昔は文字が読めない人が多かったんだ。だから、こうやって、絵で祈れるようにしてるんだよ」
「へぇ……」
ミオの驚嘆する声さえ、こだまする静寂に包まれていた。
ナナシが、ミオをガイドするようにして、ステンドグラスの解説をしていた。
七色の光を受けた長椅子が、誰もいないのに律儀に、壇上の方を向けて、整えられていた。
私はレインを膝に乗せ、一番手前の長椅子に座っていた。
天井は高く、真っ黒だった。
月のスポットライトを当てられた壇上が際立つ。
「それじゃあ、冷えてきたし帰らない?」
ミオとナナシは既に、外の扉の前にいた。
「レイン、行こう?」
「ああ、行くか」
レインを膝から持ち上げた。
人形のように軽かった。
「レイン」
「なんだ?」
「私、レインと会えてよかった。楽しかったよ」
「そうか……。それは良かった」
レインを肩の上に乗せた。
「ミオ、私たちも、もう大丈夫だよ」
「じゃあ決まり。帰ろう!」
静寂な空間に明るい声が木霊した。
誰もいない教会は、月明かりに照らされていた。




