温度
「起きろ……朝だ」
何気ないレインの一言で目が覚めた。
「おはよう」
私はレインを見ていた。
やっぱり、ベッドで抱きしめた人形だった。
けれど、確かに、レインはそこにいた。
「なんだ?」
思わず、レインを抱きしめていた。
「うおっ、どうしたんだ?いきなり」
涙が出てしまいそうだった。
レインはふわふわで、すごく温かった。
「ずっと、こんな日を待ってた」
私は落ち着くと、レインを離した。
「怒ってるか?」
レインの一言に、一瞬戸惑った。
「ううん、怒ってないよ……。ただ、ずっと、会いたかった」
「そうか」
「ごめんね……。レインは歩けないんだよね」
私はお風呂場で見た傷跡を思い出す。
「……歩くのが面倒なだけだよ」
「本当に、ごめんなさい。私、レインになにもできなかった」
「いいや。お前は俺に、下手な笑顔を見せてくれた。それだけで十分だ。それに、最後には泣いてくれたしな」
「泣いてくれた?」
レインは少し躊躇ってから答えた。
「俺の為に、悲しんで、泣いてくれる人がいるからな」
そう言うと、恥ずかしそうに帽子をいじる。
「これ以上は、お前なら言わなくても伝わるだろ」
「うん。ありがとう。レイン」
私は満たされる心地がした。
冷たい心に、温かい布をかけてくれたみたいだった。
窓のカーテンからのぞき込む光は眩しく、外の景色が見えなかった。
「先にリビングに行っとけ。俺はナナシを起こしとく」
レインに指示をされ、私は先にリビングへ行った。
「……行ったぞ」
レインは小さな声で、眠っているはずのナナシに向かって言った。
「うん。ありがとう」
ナナシはするりと起き上がった。
「もう、あとちょっとだね」
「ああ」
「寂しくはない?大丈夫?」
「ああ。大丈夫だ。もう、立派になったからな」
「シラちゃん。これで、ようやく、ターミナルへ向かえるね」
「あっという間だったよ。本当に……」
レインとナナシを置いて、一足先に、私はリビングへ着いた。
食卓の上には、色とりどりの野菜や、お肉、パンが贅沢に並んでいる。
「すごい……」
私は思わず声とお腹を鳴らした。
「あはは……お客さんが来てたから作りすぎたの」
「そうだね。僕も、お礼にと、少しやりすぎてしまったよ」
少し遅れてレインとナナシも来た。
「うわあ。立派な朝食だね」
「少し作りすぎてしまったから、ナナシちゃんもいっぱい食べてね」
食卓に着くと、ミオを除いて朝食を食べた。
「美味しい……」
こうして、誰かと食卓を囲んで、美味しいご飯を食べられるのはいつ以来だろうか。
私は、この贅沢を味わう。
「良かったな。ところでシラ。お前、ミオと一緒に食べたらどうだ?」
レインが突然言った。
「あいつもお腹が空いてるだろうから持って行くついでだ」
ミオは昨日から食事を摂っているようには見えない。
お腹が空くのは辛い。
「うん、持って行ってくる」
私は朝食を盛って、ミオの部屋に持って行くことにした。
リビングを出ようとした時だった。
「ついてこないの?」
いつもなら一緒に来るレインが来なかった。
「ああ、もうお前なら大丈夫だ」
「ありがとう。行ってきます」
私はレインを残して二階に上がった。
コンコン……。
私はミオの部屋をノックした。
ギシッ。
すると、扉に人がもたれかかったような音がした。
「私、行かないよ」
扉越しに女の子の声がした。
「朝食を持って来ただけだよ」
これは長くなりそうと思った矢先だった。
「そうなの?じゃあ入っていいよ」
「え、いいの?」
「うん。それにお姉ちゃんのこと気になるもん」
ミオはすんなりと扉を開けた。
「お姉ちゃん、名前は?」
「私はシラ」
「私はミオ。入っていいよ」
部屋に入れてもらうと、天井付近に天体の模型が吊るされいた。
ミオはまだ、十歳前後の子どもだった。
「聞いたよ。お葬式に行かないの?」
一緒に朝食を食べながら聞いた。
「……うん。行かない」
「そっか」
「なんで皆、お葬式にミオを連れていきたがるの?」
お葬式の会話以降、ミオの口数が減った。
私に対する信用を失ったかもしれない。
けれど、私は続けた。
「お葬式、私は行きたかった」
「え?」
ミオは驚いたように目を見開いて、私を見た。
私はそれを言うか、躊躇ったが伝えることにした。
「私、大事な人が突然、いなくなったの。それで、そのまま、もう二度と、会えなくなった」
私はミオに向かって伝える。
「お葬式でもいいから、私はもう一度だけ、会いたかった。顔を見たかった。声を掛けたかった。もう大丈夫だよって」
それはミオの説得じゃなかった。
ただ、私がした後悔を、してほしくないと思っただけだった。
「会えるのに、会わないと、後から後悔する……」
私は上手く言葉で伝えることができない。
ミオは私をじっと見ていた。
「でも……私、きっと、おじいちゃんを見たら泣いちゃうよ。泣いちゃった姿を見たら、おじいちゃん、きっと心配しちゃう」
ミオは聞こえないくらい小さな声で、ぽつりと言った。
そんなミオを見ていると、やっぱり放って置けなかった。
「私は……、来てくれなかったら悲しい……。でも、泣いてくれたら、嬉しい」
私はさっき、レインからもらった言葉をミオに伝えた。
「え、どうして?」
私と同じような反応をしている。
「私の為に泣いてくれるから」
レインの気持ちが今なら、よくわかる気がする。
「……わ、たし……」
ミオは言いずらそうにしている。
今にも泣きだしてしまいそうだった。
ミオは謝るように告げた。
「だって、本当に、おじいちゃんが死んじゃったって分るんだもん。だから……、怖いの」
ミオは泣き出してしまった。
頬を伝う雫には、模型の天体が写って、零れる。
その涙を手で掬ってあげると、温かった。
それは、あの時の私に、触れている気がした。




