第119話 期待は誰のモノ
突然空中に現れた二人は、ゆっくりと地上に降下し、辺りを見回している。
かじられて腕の無い死体。
そこから広がる血だまり。
埃に塗れて動かない魔獣。
「いきなり消し去ったんだが?」
「抑え付ける程度のハズだったんだけど」
実は魔法の威力が凄かったのではなく、魔素で産まれたばかりの魔物だから効果があった。既に固定化した魔物は消えておらず、その事実には気が付いていない。
「しかし、なんでこんな魔物だらけのトコロに飛ばされたんだ……」
「修ちゃん、ココってどこなの?」
浮遊魔法のお陰でいきなり落下することは無いが、その魔法を使用しているのは修ちゃんと呼ばれた方ではない。
「知らん」
満身創痍の人だかりが見える。
冒険者や兵士らしき者達も混ざっているし、どういう理由なのか、こんな混成部隊は珍しい。
「魔物消し飛ばしちゃったけど、戦ってたのかな?」
「いや、それはそれで良かったんじゃないか」
強そうな奴が二人、こちらにやってくる。
威圧感は凄いが、どう見ても疲労と困惑の混じった警戒心が剥き出しになっていた。
「魔物では無いな……」
「アイツは……ギデオンか……」
「コイツがギデオンなのか?」
なんか勝手に話が進んでやがるな。
しっかし……隣の奴はえっらい美人だな……イテッ……抓るな。
「私達はただの旅人なんだけど、あんたっちはココで何してるの?」
すっごい目で見られた。
睨まれたというより疑惑の色が濃い。
「私はピピン。こっちはー……」
俺を見て頬を染めている。
「私の夫の修ちゃん」
「……まあ、否定はしない」
「やったー!」
喜ぶな、飛び跳ねるな、抱き付くな……。
「シューチャンって名前なの?」
「あ、いや。シュウイチだ」
「いや、お前はギデオンだろ」
「そういう時も有ったが、今はその名は名乗っていないし、勇者でもないぞ」
トレインは話では知っている。
だが、魔王様を殺した男なのも知っている。
今の魔王国がこうなった、諸悪の根源、最大の元凶が目の前に居る。
その事実だけなら襲い掛かったかもしれないが、今は戦う気力が殆ど残っていない。
歯ぎしりするトレインを見て、これほど敵意を剥き出しにしているのを初めて見たメルスが宥める。
「今はそんな時じゃない。分かっているだろ」
「………」
ピンスが嫌な空気が流れているのを無視してこちらを見守る集団を眺める。
「あららー、みーんな、お疲れちゃんねー?」
ピンスが軽い足取りで二人の横を駆け抜けていくと、小さくジャンプしながらくるくると回りだす……。
「集まれ~」
高くジャンプする。
「癒しの~」
宙に浮かんで停止すると、身体が光りだす。
「ぱわぁ~」
不思議な輝きを持った雪のような物体が周囲に出現し、仄かに輝く……。
回転しながら浮き上がると謎のポーズを決め、魔法を放つ。
「ベホ○ズ~ン♪」
不思議な言葉が周囲に響くと、兵士や冒険者達に変化が現れる。
欠損部位が再生し、傷が癒え、疲れが吹き飛んだ。
地べたに倒れていた者が次々と起き上がり、自分の傷を確認する。
流石に死んだ者は生き返らなかったが、死の寸前で踏みとどまっていた者にとっては、それは神の奇跡と変わらない。
ポーズを決めてにっこにこのピンスが、輝きながら地上に降りて来るのを見れば、最早疑う余地はない。
「なんでアイツは変な事だけしっかり覚えてるんだ……」
修一が渋みを含んだ困り顔に、腕を組んでその光景を眺めている。
ピンスのやり方は置いておくとして、その効果は絶大だった。
「女神だ」
「女神様だ」
「聖女なんかよりも凄いゾ……」
トレインとメルスの疲労も消え、魔力が湧き上がってくる感じがする。
「あ、あいつは何をやったんだ?」
「ただの回復魔法だ」
「ただの……?聖女並みじゃないか」
修一はピンスのやっている事をただ眺めていて、腕を組んで待っているだけだ。
敵意は何も感じないし、勇者のような強者感や覇気も感じない。
「一応感謝はするが……」
「それは言う相手が違うな」
このような場合、メルスの方が純粋で素直なのかもしれない。
何しろ敵だった者の下で働いているというのは、良く言えば臨機応変に対処できているという事にもなるのだから。
トレインの前に出て、武装を解いたメルスは、突然後ろからの強い視線を感じ、その方向へ振り向いた。
「ちょっとー、何コソコソしてんのー!」
物凄い勢いで飛んで来て、修一に抱き付いたが、勢い余って地面に倒れた。
手を差し伸べて引き起こすと恥ずかしそうに笑う。
「とんでもないスピードだな」
「多分、俺より強いぞ」
「えー、そんな事無いよー」
「戦いは結果だ。ステータスの数値はあくまで目安でしかないのは知っているが、それでも基本能力に差が……」
「鑑定でも使えるのか?」
「いや、経験での話だ」
トレインと修一の会話はまだ堅いが、メルスの方は打ち解けたのではなく信用したという感じで話しかける。
「一瞬で消し飛ばした魔法の方が興味ある」
「あー、あの魔法は聖女の力でー……」
女同士の方が話が弾むのだろうか?
すごく楽しそうに話すピンスを見ると、心が和む。
ただ、こちらはこちらで聞きたい事、知りたい事が有った。
「これは、魔素溜まりの魔物か?」
「そうだ」
「なるほど、俺達がココに飛ばされた理由はそれだったのか……」
「飛ばされた?」
ピンスが俺の背中からニョキっと顔を出す。
「私達ねー、世界樹から飛ばされて来たんだよっ」
「………は?」
ピンスが楽しそうに世界樹の事を話すと、二人は強い関心を示して聞き入った。
ただ、直ぐに中断されたのは、ココが戦場であるという事だった。
「詳しく聞きたいが時間が無い」
「そのようだな……」
本来ならピンスが予感なり予兆なりを察知して教えてくれるのだが、何も言わない。
魔素量が半端なく、森の中からから間欠泉のように噴き上げていた。
折角死地から帰還できたと思った兵士も冒険者も、その光景を見詰めて呆然としている。
なにしろ、あのベヒモスがまた大量に現れる……筈だった。
「なんだ、アレ?」
修一の疑問に応じたのはメルスだった。
「アレは、全てを喰らう蟲だ」
珍しくメルスの声が僅かに震えているのは、恐ろしさを感じ取った所為である。
トレインは驚き、修一とピンスはキョトンとしている。
全てを喰らうとはどういうことなのか?
「火の魔法が得意な者が居れば……」
巨大な、うねうねと蠢く細長い生き物は、修一は子供の頃によく見た生物と似ていて思わず口にした。
「なんだ、あの巨大なミミズは」
「巨大なミミズが何なのかは知らないが、あの口は何でも食べる。それこそ人でも魔物でも岩でもだ」
森が土埃をあげていて、木々が周囲に吹き飛ばされている。
轟音と地響きが周囲に広がると、冒険者が逃げ出していく。
兵士達も逃げ出そうとするのを何とか堪えている状態で、武器を構えて立っている者は少数だった。
全身が震えるのは、恐怖なのか、地面の揺れなのか、区別できない。
「あんた達の先生がいるだろ、どこだ?」
「先生は町を守る結界を張っていて動けないんだ」
「結界?」
「修ちゃん、アレじゃないかな」
ピンスが示したのは宙に浮かんでいる船らしきものだ。
「魔導船だ」
「へー、アレが……」
まだ余裕のある修一が目を細めて見詰める。
特に変化は無いようだが、強力な魔法結界が張られているのは分かった。
それも今までに見た事が無い、聖女による結界とも違う。
「それより急いで斃さないと巨大化していくんじゃないのか」
「そもそも斃せるのなら魔素そのものを焼き払えばいい」
簡潔にそのやり方が不可能であることを伝える。
「魔素も喰らうからある程度成長するまで待って倒せば、魔素の噴出も一時的に抑えられる……と、思う」
不確定要素が含まれたのは、メルスの経験ではなく伝聞で知った事だからである。
「それでも生物なのは変わりが無いからな、焼き尽くせば再生はしない……」
「焼き尽くせるのか?」
ギデオンがそう言うと、トレインが睨む。
「私の火炎程度では皮膚を焼くので精一杯だ。だから火が得意なモノは……」
「火なら任せなさ―い!」
休憩する為に一時避難した筈の少女が、空から降って現れた。
※おまけ
■:全てを喰らう蟲
魔素からしか生まれない魔物で、なんでも食べて成長する
成長速度が異常で、食べた分だけ身体が大きくなる
見た目はミミズ
斬ると分裂し、口が生成される
倒すには消滅させる(焼失)させるしかない
魔素より生まれたのに魔法に弱い




