第118話 目指すモノ
宙に浮かぶ魔導船。
ソコに居たのは骨だった。
服を着ていないし、椅子に座って頬杖を付いて、遠くを見詰めている。
頬は無いし、目も無くなっているけど。
「あれ、先生の魔核は?」
魔核は目の前のテーブルの小さなクッションの鎮座していて、弱々しいが、怪しい輝きを放っている。
「ちょっと魔力を使い過ぎたら身体が崩れてしまって、時間で元に戻るのですが、足りない分を魔核から補填したので」
「元に戻るんなら良いんだけど、このままだと戦いが長引きそうだから……」
「もう理解していると思いますけど、実に大ピンチです。あの巨大なベヒモスを撃退できたのはピタンのお陰ですし……」
腕を組まないで、鼻を高くしないで、なんで私を見るのよっ。
「穴に落とす作戦はなかなか良かったですね」
ふふーん。
「ですが……想定以上に魔素濃度が濃いようです」
見慣れた骨の姿だから分かる、本当に困っているという事が。
「ベヒモスの出現で収まらないという事は、想定の20倍以上の濃度が有りそうです」
「……戦闘力だけでも私より強いベヒモスが、今後何体も出るのか?」
メルスの質問に先生は簡潔に答えた。
「そうです」
無言でピタンに抱き付いたホゥディの身体が震えている。
メルスに頭を撫でられているが、震えは止まらなそうだ。
私に抱き付かない理由を知りたいわね。
……コホン。
「結界は完成しているのよね?」
「範囲と対象の幅に差が有る所為もあって時間を要しましたが、何も無ければ7日ほどは維持する予定です。魔素溜まりの発生源はまだ分からないというか、魔獣が多過ぎて捜索も進んでいないようですし……」
先生が溜息を吐いている。
流石にこのまま終わるような先生とは思えないけど。
「先生は戦闘に参加できる?」
「ちょっと無理かもしれませんね」
少しの思案するそぶりも無く、即答である。
「ベヒモスは確かに地上最強と言われていますが、地上に足がついていなければドラゴンでも倒せるはずなんですが」
メルスがそっぽを向いて顔を赤くした。
相手がベヒモスなら、落ち着いて対処すれば、戦闘力に差が有っても負ける筈の無い実力の持ち主なのだ。
「私が防御に徹した理由は魔王様の為でもありますし、魔王国の為でもあります」
それについて詳しく説明すると、国内における政治的な問題が有る所為で、魔王として国民の上に立つに相応しい実力を示さなければならない事も、マリアが参加しない理由になっている。
「今は形骸化してしまいましたが貴族制度を利用する為にも強くならなければなりませんし、統治にも影響が出ます。まぁ、国が沈みそうになったら逃げて行くような役に立たない貴族なんて、戻ってきても邪魔なだけですけど」
それでも残った貴族は大事にしたいし、貴族であるのなら特権も与えるし、与えた特権に責任も押し付ける事が出来る。
「貴族って残ってないわよね?」
「下級貴族に生き残りはいますけど、リストを見ませんでしたか?」
あれっ、ココで先生がメガネをかけるなんて……あ、落ちた。
肉が無いもんね。
「コホン……まぁ、ココで生き残れればの話ですから、それは後にしましょう」
なんでピタンが笑うのよっ。
「と、とりあえず7日の間に何とかすれば良いのよね?」
「もしかしたら魔素溜まりの封印も厳しいかもしれませんが」
「そんな重要な事をサラッと言うのやめて欲しいんだけど」
「まぁ……ここに居るとピンチなのかどうなのか感じられなくて困るのよね」
先生に対する信頼感と安心感で成り立っている。
そうなっては困る。
マリアが100年不在でも、アイシャがたった一人になっても、魔王国が継続されなければ意味は無いのだ。
マリアにしてみれば、とても意地の悪い事をしている気分も有るが、余分な魔力が残っていないのも、事実であった。
「ココで休憩したり作戦を考えたりするのは自由にして構いません」
先生は今もアイシャの方を向いていない。
遠くを見詰めたままだ。
それがアイシャにとってどれだけ寂しい事かを知っている。
「魔王様」
その声が、あまりにも優しく感じたので、聞き逃してしまうところだった。
それは、メルスも、ピタンも、ホゥディも、同様に感じたのか、身が引き締まる。
「これが解決しましたら一緒に世界樹に行きましょう」
声は近くから聞こえるのに、とても遠くに目指すモノがあるような雰囲気で、マリアがとても遠くに居るように感じた。
「解決したら戻ってくるから、安心して待っててね」
その言葉の重さは、ベヒモスと対峙する時の緊張感以上に重かった……。
ベヒモスは魔獣の群れとともに再び現れた。
ただ、今回は対処法を理解しているし、戦いにも陣形を効率的に使い、冒険者達の協力にも助けられた。
町に入り込もうとしてくる魔獣は完全に冒険者に任せ、結界に近寄らせないように戦い、兵士達は傷つきながらもベヒモスの突進を受け流し、ピタンとアイシャの魔法で吹き飛ばす。
トレインは城の警備の為に置いてきたレノアの代わりにメルスと二人で陣頭に立ち、指揮だけではなく、戦闘にも直接参加している。
その中の一部隊で戦うホゥディが、ベヒモス以外の中型魔獣を拳撃で弾くのを見て、兵士達の士気が上がっていく。
魔王より年下なのは周知の事実なのだが、直接戦っていてその背を見る兵士にとって、これほど頼もしい存在は無い。
戦闘は優位に進み、第4波まで防ぎ切ったが、そこまでで3日が経過し、死者数は3桁に達した。
どんなに回復魔法に優れていても、失った四肢を再生させる治癒魔法でも、死者蘇生は不可能だった。
冒険者達にも多くの死者が出始めると、士気は確実に下がって行く……。
「森に近付く事すらできないじゃないのよっ」
一時的に後退し、怒りながら緊急糧食に用意された干し肉をカジる。
傍にはピタンしかいないし、大好きなリンゴジュースはもう無い。
「ハッキリ言うけど、アンタを少し見直してるわ」
「あによ?」
食べながら返事をしたので発音が悪い。
「同じ年齢の普通の女の子だったら、今頃は家で震えてるわ」
干し肉を口に放り込み、軽く噛み砕いてのみ込む。
リンゴジュースが無いのでただの井戸水を飲み、喉を潤す。
頭髪や、服を軽く叩くと、土の臭いの混じった埃が出る。
「普通なんて忘れたわよ」
そう言って立ち上がる。
流石に不眠不休では戦えない為に、今はピタンが魔法で作った水のベッドに身を沈めた。見た目は悪いがとても気持ちいいのだけは認めている。
「メルスが3時間は頑張るそうよ、少しでも寝ること」
「………」
アイシャは少し無理して戦っている事をピタンは知っているし、それに合わせている。ピタンは年上で、アイシャと同じ年齢の頃はただ泳いでいるだけの少し知性の高いナマズだった。
こんなに戦う子供を知らない。
こんなに強い子供を知らない。
こんなに不幸を背負っても元気な子供を知らない。
それだけでも優しい気持ちで見詰めてしまう。
静かな寝息の向こうでは、兵士や冒険者が今も戦っている。
「子供を倖せにするのは大人の責任だもんね」
埃が舞い、血の匂いの広がる戦地の外れで、子供が次の戦いに備えて寝ていた。
第5波は突然やってくる。
魔獣の掃討が片付かないうちに、新たに現れた魔獣は数万を超えた。
そこにベヒモスが居なかった事が更に悪化させた。
「何だこのとんでもない数は?!」
「吹き飛ばしてもキリが無いなっ」
応じたメルスも魔力が尽きそうで、節約しつつ戦っているから、いつものような全力は出せない。
魔獣の群れが波のように襲い掛かり、次々と兵士が押し流されていくと、防衛線が決壊するのは時間の問題で、それが解っていても止める事が出来ないと唇を噛んだとき、異変は起きた。
「何だこの光は……?!」
瞬く間に視界を奪う白過ぎる光が、戦地だけではなくその周囲を包み込んだ。
光が消えると魔獣が動かなくなり、力無く崩れていくと、魔素に還元されたかのように崩れ去る。
まるで信じられない光景だが、その光を放った者の姿を確認した時、伝説の聖女だと確信した。
「あーしたてんきになぁーれぇー♪」
気の抜けるような声の後、晴天の空から雨が降る。
まるで力が湧いてくるような不思議な雨は、とても僅かな時間だったが、そこに生き残った者達の心と体を癒した。
※おまけ
「もう少しその魔法は何とかならないのか?
「えー、たのしぃじゃーん
「威力と呪文の差が激し過ぎて、なんか納得できん
「ふとんがふっとんだー、の方が良かった?
「もっとやめてくれ……




