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第116話 実は絶体絶命

 魔獣の群れを蹴散らしながらベヒモスに向かって行くが、メルスもトレインも腰が引けている。その所為でついてきた兵士も、冒険者達も、あまりの数と、巨大な魔獣を見て震えている。


「いくわよー」


 ちょ、まって、何あれ、軽く手を挙げているようにしか見えないけど、膨大な魔力は何?!


「エムブレムー……サーン……ブレイク!!」


 巨大な魔法陣が展開された直後、魔獣達の地面から光が空に向かって伸びる。

 こんな魔法は見た事が無いし、なんで地響きが……?

 マリアが掘削に特化するように開発した土木用の魔法で、生物に効果が無く、石や土を砕くのでは無く、消し去っている……。

 正確に言うと地面が塵となったトコロに、ベヒモスの重さで塵が吹き飛んだのだ。

 巻き上がる土埃は砂よりも細かい為に、ただの風でも流されてゆく……。


「ねえ、なんか沈んてくよ」


 無理矢理ついてきたホゥディが、トレインの肩に座ったまま叫ぶ。

 メルスが鱗を変形させて翼を広げた。


「ちょっと見てくる」


 アイシャよりもさらに前に出て上空を飛ぶと、土埃の中に沈んでいく魔獣が確認できた。沈んでいくというのが正しいのか分からないが、まるで巨大な落とし穴が出来たようだった。まだ小型で身軽な魔獣は登ってくるから、その程度は兵士や冒険者で対処できる。本命はベヒモスだ。


「アイツなら任せろっ」


 返答など受けるつもりも無く、メルスは翼を伸ばして剣に形状を変化させると、自分の身体から引き抜いてベヒモスに突き刺す。

 咆哮が悲鳴に変わるまで斬り刻み、一体を斃すと、次のベヒモスが飛び上がってくるが、やはり数が多いのは問題だった。


「すげー……あのねーちゃん、デケー魔獣をたった一人で斃しちまったぞ」

「メルスおねーちゃんすげぇー」

「よし、次は俺達が行くぞ」

「うんっ!!」


 トレインとホゥディがベヒモスに対峙すると、上から何かが降ってきた。


「どっせーーーーい」

「うわっ、おねーちゃん?!」

「魔王様、一体なにを?」

「先生直伝の天地無意味パンチよ」


 凄く悪いネーミングだと思ったがトレインは黙っている。

 質問はホゥディにさせた。


「どういう事ー?」


 目の前のベヒモスが仰向けに倒れた。

 簡単に言うと指定の物体の上下を逆転させたるだけの魔法で、たいしたダメージは無いのだが、一瞬にして上下が逆転するのは気分の良いモノではない。


「転がす魔法の強化版だって」

「それは是非覚えたいですな」

「生き残ったら教えてあげるわ」


 ひっくり返ったベヒモスに急襲し、再び斬り刻んだメルスが返り血を浴びてビチャビチャのままアイシャの元へ来る。


「ねぇ、こんなんじゃいつまで経っても終わらないけど」

「終わらせるのは無理だから、耐えるしかないのよ」


 そう言っているアイシャは冷静だった。

 冷静でいられる理由は先生の助言である。


「とにかく一番面倒な奴を足止めしておくから、残りは出来る限り斃さない方針で魔素溜まりを目指すわ。魔素の封印のやり方は紙に書いてもらったから大丈夫」

「しっかし、先生はどんな相手でも冷静なのが凄いな」

「あぁ、ベヒモスと戦えば空中に居るドラゴンの方が有利なのだが……」


 メルスが言う前にアイシャが答えた。


「重力魔法で地上に落としてくるからね」

「なるほど、飛べないドラゴンなら負けない自信が有る訳ですか」

「正確に言うと獲物を捕食する時のやり方らしいわ。魔素から生まれた魔獣は生きているけど、生命としての生きる目的が無いから野生の本能のみで行動するんだって」


 散り散りになった小型の魔獣達に兵士と冒険者達は連携せず、独自に対応しているが、それでも何とか勝てる相手だ。ベヒモスさえいなければもっと楽だったと、マリアはアイシャには愚痴をこぼしていた事を思い出す。


「それじゃあ、ココはメルスとトレインに任せるから私達は魔素溜まりを探すわ」

「私達って、僕も行くの?」

「当たり前でしょ、か弱い女性を守るのもあんたの仕事よ」


 少なくともこの場に居る四人で一番強いのはアイシャである。

 だが、ホゥディに選択権は無い。


「う、うん。頑張る!!」

「魔王様でないと封印できないとなれば仕方がないのですが……本来ならもっと後ろで戦況を……」


 トレインは首を横に振った。

 自分の考えが間違っている事に自分なりの理由で気が付いたからだ。


「俺が弱いから悪いのだ。魔獣を……あのベヒモスは単独で斃せねば!!」


 一番巨大なベヒモスは、深く開いた穴の底で、降ってくる土埃に視界を遮られ、地上へ這いあがってくるにはかなりの時間を必要とする。

 必要とするハズ……。

 必要とするよね?

 ……なんでもう出てきたのーーーー?!


「おねーちゃん、さっきの魔法で二人を助けないの?」

「……あんなに早く出て来るんじゃ意味が無いし、穴だらけになっちゃうわ」


 巨大なベヒモスを落とすだけの巨大な穴である。

 それほどの穴だらけになってしまったら、勝ったとしても巨大な穴を埋め戻す作業が大変になる。

 ……ただ、そうも言っていられない状況になっていた。


「……ねぇ、先生……ホントに大丈夫なの?」


 見上げた先の宙に浮かぶ魔導船は、魔法陣を展開し続けている。

 少なくともあの結界構築が終わらないと、次の作戦も考えられない。

 余裕が有れば魔素溜まりを探した方が早く対処できるとの事だったが、その余裕がなくなったのだ。


「ねぇ、先生、実は、意外にも、やっぱり、絶体絶命だったのでは?!」


 見上げたまましばらく動かないアイシャを、ホゥディが不思議そうに見詰めていた。





 ベヒモスはその巨体に関係なく、移動速度が速く、どうにか斃した2体は生きているベヒモスに食べられている。


「共食いをするのか……」


 メルスは3匹のベヒモスに追われて逃げ回っている。

 重力魔法も回避しているから何とか逃げているが、捕捉されたら……。


「しまっt!?」


 高速飛行での回避に徹していたが、疲労を感じて少し休もうと、真上に逃げたのが失敗だった。3匹から同時に放たれる魔法に足を引っかけ、鈍化したところを重ね掛けされ、メルスは地面に叩き付けられた。


「ぐほっ!」


 それを目撃した者達には絶望を叩き付けられた。

 メルスの強さは既に有名で、あの美人メイドの正体がドラゴンだという事も、この町では知れ渡っている。

 慌てるホゥディを抱えて逃げたのはトレインで、メルスの救出に向かったのはアイシャである。

 身を低くして走り、魔獣の隙間を縫うように接近したが、土埃で視界が遮られると、その土埃から突然ベヒモスが現れ、前足の爪で斬られ、その衝撃で吹き飛び、宙に舞ったところを重力魔法で地面に叩き付けられた。


「ぐはぁぁぁぁぁ!!!」


 アイシャの悲痛な叫びはトレインの耳にもホゥディの耳にも届き、兵士達も冒険者達も、顔面どころか、全身蒼白になった。


「お、おいやめろー!!!」


 ホゥディの無益な訴えは当然のように無視され、アイシャはベヒモスの巨体に圧し潰された……。

 絶望的な状況に、魔王が死んだと思った者は少なくない。

 冒険者は見た事を信じるし、兵士達は魔王を信じるにしても、目の前の光景が地獄的過ぎた。トレインでさえ、死んだとは思っていなくとも、絶望的な考えが頭の中をよぎっている。

 収まらない土埃の中は、魔獣がウロウロしていて、助けに行けばトレインも生き残れる自信が無かったのだから。





 ……鼓膜を何かが叩く。

 ……声が、聞こえた。


「……ほら……まったく、ナニやってんのよ」

「……へ?」

「なにやってんの!!」

「あれ?」


 アイシャは球体の中に居た。

 正確に言うと水に覆われた結界に似た防御壁で、目の前にアイシャを助け起こすもう一人の少女の姿をした者が居た。

 見た目は少女だが、アイシャよりも50倍近い年上である。


「ちょっとケガしてるわね。まぁ、そのくらいなら」


 その手から湧いてくる水はとても綺麗で、ちょっとだけリンゴの香りがする。

 なにこれ美味しい。


「……飲まないで傷を洗いなさいよ」

「あっ……ってピタンは何でここに」

「ベヒモスに囲まれてるんだけど、あんた余裕ね」


 その防御壁が球体の所為なのか、ベヒモスが不思議そうに爪で突いてくるが、ビクともしない。


「メンドクサイの相手にしてるわねー」


 平然とし過ぎていて、驚く事を忘れた。

 それが冷静さというより、今の状況を再確認する事が出来た。


「そうよ、武器を使えば良かったのよね」


 ピタンがあきれ顔で言った。


「何の為に強化したと思ってるのよ。それに、ベヒモスの弱点は水よ」

「そうなんだ?」

「そもそも魔獣系の殆どが水を苦手としてるわ。意外と火の方が効果が薄いのよね」

「へー……」


 ピタンが挑戦的な笑顔を魔王に向ける。


「そんなんで私を従えられると思ってちゃ、ダメねー」

「ふふん。大丈夫、すぐに勝って見せるから」


 不敵な笑みを返すアイシャが、釣竿をストレージから出し、ついでにリンゴジュースを出して、のどを潤す。


「それ私にも頂戴」


 リンゴジュースをもう一つ取り出して渡すと、有難みを感じられない使い方をした。

 飲むのではなく、中身を水玉にして宙に浮かせた。


「それどうするのよ」

「甘い匂いでベヒモスを誘い、引き寄せて、かーらーのー……」


 防御壁を解除すると、リンゴジュースの霧が辺りに広がる。

 仄かに香る匂いの元に、ベヒモス達の目がこちらに向くと、襲い掛かってくる前にピタンが全身から溢れるほどの水を出現された。

 それはまるで、その場に湖が出来たかと見間違えるほどの量で、逃げ遅れた魔獣達は流され、先程アイシャが作った大きな穴に落ちていく……。

 ベヒモスも例外なくな流され、流されないようにピタンの肩に座ったアイシャが追撃を加える。


「ほらほらっ、そっちに落ちろっ」


 釣竿の先端から放たれる水圧レーザーはベヒモスが嫌がって逃げる程度の威力だが、雑魚個体なら十分に貫く威力だった。


「これ狡いわー、楽ちん過ぎるっ」

「じゃあ、もっかいピンチになる?」

「おらおら、喰らえっ!」

「無視しないで、肩に座らないで」

「ヤダ」


 ピタンはアイシャを肩に乗せたまま水の上を滑るように突撃し、ベヒモスの巨体を水魔法だけでひっくり返した。

 さらに水を放出し、あの巨体が背中から穴に落ちて行くのを見ると、さっきまでの絶望感が木っ端ミジンコ状態である。


「すごーい、楽だわー」

「あんたねぇ……貸しにしてあげるから覚悟してよね」

「周りがうるさくて聞こえなーい」


 分り切った嘘を言って、アイシャはピタンの身体にがっしりと足でしがみ付いた。

 頼りにされている事を理解したピタンは、今は不在のアイツを思い出す。


「ベルちゃんが居たらもう少し楽になるんだけどね」

「どっか行っちゃったもんねー」

「聞こえてるじゃないの」

「おらおら、水圧レーザーを喰らえー」


 他の雑魚は無視して、全てのベヒモスを穴に落とすと水で埋め、逃げ出す事が出来ない様に渦を作る念入りである。

 それを眺めているのがピタンで、慌ててメルスの姿を捜したのがアイシャだった。


「まさか、メルスまで流されてるんじゃ……」

「あー、あいつならソコに埋まってるよ」


 ピタンが示したところには小さな穴が有り、そこからウロコが見えた。


「気が付いてたなら教えてよっ」

「水圧レーザーを楽しそうに撃ってたの誰よ」

「ぐぬぬ……あ、助けなきゃ」







※おまけ



うーん……なんか呼ばれてる気がするんだよなあ……

でも嫌な予感しかしねぇ……


成長は必要……でも……

……ピタンが居て助かりました……




  

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-**-*-

 

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