第115話 初陣
パテリアの町では冒険者達がギルドで騒いでいて、住民が家に隠れたり、既に逃げ出した者達も現れるくらい混乱している。
招集された正規兵は全員が常に同じ場所にいる訳ではない為、全軍が揃う事は無ない。それでも任務中の兵士を含めて約800名が集まり、将軍のトレインがミィを背負って現れると町の人達や冒険者達から歓声が上がる。
トレインは有名人なので、多くの人が知っているし、その信頼度も高いのだ。
「凄い歓迎ね」
「時間的に余裕が出来ましたので」
メルスが先行して魔獣の群れに突撃していて、多くの雑魚を文字通り吹き飛ばしている。ついでに森も地面が抉れるほど吹き飛んだが。
「待て待てー!!」
冒険者の一人が慌てて逃げてきた。
理由はメルスの戦いが常軌を逸していて、迎撃に向かった冒険者達もまとめて吹き飛ばされたとの事。
「お怪我されている方は私のトコロへ!!」
「そうか、治癒魔法が使えるんだったな」
トレインは怪我人が冒険者ギルドに運び込まれた事を知って直ぐに向かう。
「そーです、おまかせっ!!」
到着すると、跳ねるようにトレインの背から跳び降りたミィは、吹き飛ばされて怪我をした冒険者の治療の為に、ギルドに避難所を設置してもらい、姉が来るよりも早く治療を始めた。
子供とはいえその魔法の効果は凄まじく、折れた骨も綺麗に治っていく。
「すげぇ…」
「ふふーん、私にお任せー!!」
ドヤ顔するミィと、その頭に座るカラーのアオコ。
「さぁー、バンバン怪我人を……って、あれ???」
「いや、流石に、まだいねーよ」
「あうぅっ……」
「ガッカリしなくてもこれからたくさん来るからよ、頼りにしてるぜ、お嬢ちゃん」
頭を撫でようとしたがカラーが邪魔だったのであきらめ、助けてもらった仲間に血で汚れた代わりの服を手渡した。
「しかし凄い子だね?」
「若いのにこんなに凄い治癒魔法とはなぁ」
「マリアせんせーに教えて貰ったのー」
にっこにこで答えるが、マリアを知らなかった為、そこまで驚かれなかったが、現実として子供にこれほどの才能が有ったとしても、それを見出せる人物の方が稀有なのだ。
ミィと別れたトレインは兵士達と合流し、隊列を整える。
その上空に魔導船が移動してきて、着陸する前に二人が飛び降りた。
「なっ、なな、なんで僕を引っ張るのー?!」
ホゥディは自分の意思ではなく、アイシャに付き合わされて、上空から落ちてきている。
「ダイジョーブよっ……ハッ!!」
地面スレスレで浮遊魔法を使い、ふわっと着地した。
綺麗な隊列は訓練の賜物で、装備一式も統一されたばかりだった。
今回の事態に合わせたワケでは無いが、実戦をするにはタイミング的に悪くない。
ただ、魔獣の数が多過ぎる。
「麾下802名の第一正規兵です。魔王アイシャ閣下、ご命令を!!」
この中の2名はトレインとホゥディで、トレインによって現在は自分の配下として軍人登録されている……実はホゥディも給料を貰っているので、最年少の兵士である。
戦闘能力だけなら隊長に任命しても問題の無い強さだが、若過ぎるという理由でまだ先の話になっている。
そのホゥディはトレインの横に立っているが、他の兵士からの苦情はない。
何しろあの訓練を軽々とこなしているのを見て、兵士達が勝手に上司扱いしていたのだった……。
「よぉーしっ、全軍突撃ィィィィ!!」
「「「おぉーー!!」」」
作戦も何もない出撃命令は、即実行された。
とは言っても駆け足で魔獣の群れに向かって行くだけである。
男達が統一された動きで、整列したまま向かって行く先は死地とは言わないまでも、既に戦った者達が何人も怪我をして後退している。
それをミィの待つギルドまで運ぶのだが、戦うよりも後退する方が大変な作業で、メルスが来ていなかったらもっと苦戦していただろう。
何しろ怪我人を運ぶとなれば運ぶ者が必要で、それだけ人数が減れば戦力も低下する。気軽に後退しろなんて、言うは易しだ。
「なんか凄いモノを見た気がするわ」
「初陣式はどうしましたか?」
魔導船を着陸させてから現れたマリアに指摘されて忘れていた事に気が付いた。
「わすれてたーーーー!!」
魔獣の群れを前に戦闘は自然に開始された。
相手が魔獣である以上、そこに組織立った作戦などは無い。
なのでこちらは作戦通り、敵を分断して誘い込み、半包囲して叩く。
予定通りに作戦は進み、大きな怪我人も出すことなく、数多の魔獣を屠っていく。
「おりゃー!!」
ホゥディの活躍は目覚ましく、破壊王の名に相応しい破壊力で、特に生物では無い魔物に強く、ゴーレムやスケルトンを次々と破壊していた。
「流石次期四天王だ、ホゥディ殿に続けー!!」
正規兵の士気は高く、自分達よりも大きな身体の魔物にも抵抗し、戦っている。
魔物の中には体躯が巨大な魔物も存在すが、それは当たり前の話で、魔獣が現れているのだから、次々と巨人族系の魔物が現れるとホゥディでは対抗できなくなった。
「戦い方を変えるのよ」
余裕のあるメルスが実地で戦い方を教えながら抵抗するが、一瞬にして余裕がなくなった。
「な、なんか巨大な奴が―――」
現れたのは地上最強の魔物と呼ばれる魔物で、メルスでも苦戦する相手だ。
苦戦だけなら良い、負けるワケでは無いから。
だが、それが一匹、二匹……10を数えた時、メルスの顔色が変わった。
それも、とてつもなく悪い方へ。
「なんでただの森にこんな魔獣が出てくるんだ?!」
トレインの疑問は直ぐに解決しなかった。
メルスが一匹目の魔獣に戦いを挑もうとした時、戦況は悪化した。
魔獣が吼えると、次々と共鳴していく、その啼き声だけで耳が引き千切られそうだ。
メルスがホゥディを抱き寄せて身を守るのを一部の兵士が羨ましく見ているが、それどころじゃない。
耳鳴りが残る不快さで、次はもっと不可思議なモノを見る事になった。
「お、おい……アレは何かの冗談だよな……?」
森の中から、その森を破壊してた現れたのは、聖獣まで育ったと思えるほど巨大な魔獣、ベヒモスだった―――
トレインはその時の判断を間違えたりしない。
だからこそ、みんなに信頼される男である。
直ぐに決断し、叫んだ。
「全員撤退だ……いや、逃げろ、全力で!!」
逃げ道はある。
目の前の敵を進ませないように視界を奪えばいい。
土埃を巻き起こし、メルスが竜巻を発生さてベヒモスの歩みを止める。
巻き込まれた小さな魔獣が空から降ってくる中を、潰走同然に兵士達が逃げて行くのをトレインとメルスは最後まで残って見送る。
魔王軍の記念すべき初陣は、全軍敗走という悲しい結果に成ったのだった。
「くっ……なんで……なんでこんなところに現れたんだ……アイツは?!」
冒険者ギルドは怪我人が押し寄せた。
その殆どが逃げる兵士と、戦いに来た冒険者達の小競り合いで、これはトレインも予想できなかった。
魔獣を斃せば貴重な薬の原料に成り、特別な道具の材料にも成る。
それを目的にやって来た冒険者に行く手を邪魔されたのだ。
「貴様等っ、何をやっているか!!」
トレインの登場でその場は収まったが、冒険者達は不満が爆発寸前だった。
「お前達が邪魔をするから俺達が商売出来ねーんだよっ!!」
「何だとっ?!」
言い返そうとする兵士の頭をトレインが叩いた。
「やめておけ、こいつらは俺達が逃げてきた事を考えようともしない」
「逃げてキタだと?」
トレインは有名な戦士である。
それは常に戦ってきた事を意味するが、それは戦場において生き残った勇者であり、英雄であり、強さの証明なのだ。
「魔王軍の将軍だろ、なんで逃げて来たんだ?」
「やっと会話する気に成ったみたいだが、遅かったな」
魔獣の動きを監視していた兵士が報告に来た。
一言二言を伝えて許可する。
「おい、無視するな」
「無視をしているワケじゃないぞ、相手にする暇がないだけだ」
「もう、けんかしちゃだめー!!」
子供の声が響く。
大きくは無いが、悲痛に似た叫びだ。
「ミィちゃん、こっちに来たらアブn」
その冒険者が杖で頭を叩かれている。
予測も出来たし、回避できるが、動けなかった。
「先生が物理結界を展開するので早くギルドに戻ってください」
姉のティルが回復魔法をバラ撒きながらトレインにそう言って、また戻っていく。
ミィの方は、冒険者の腕を掴んて引っ張って行った。
あの太い腕を、あの細くて小さい手だけで、屈強な冒険者でも逆らえない、強い意志を感じる……。
「可愛いは正義だからね」
「ま、魔王様?!」
「逃げて来たって聞いたから様子を見に来たんだけど、かなりヤバいみたいね」
「魔獣ベヒモスが現れまして、我々では対抗できなく……」
トレインがかなり落ち込んでいて、片膝を付いて頭を垂れた。
「……先生が防衛に徹するって」
「え……防衛に?」
「アレは相手にしちゃダメだって言ってたわ……」
「どういう意味ですか、先生でも勝てないと?」
アイシャはマリアの言葉を思い出し、それをトレインに伝える。
「魔素溜まりから直接生まれた魔獣は、斃してもまた別の個体が魔素溜まりから現れる。森の中のどこかにある魔素溜まりを封印した上でベヒモスを斃す必要がある……」
「その原因そのものを断たねばならないという事ですか」
「先生はせっかく造った町を破壊される方が人心のダメージが大きくて、次の復興に時間が掛かるどころか魔王国の衰退に繋がるから、それだけは守るって」
「た、確かに……」
魔王が部下の頭を撫でた。
「守る対象が多過ぎて今回は先生の力を頼りに出来ないわ」
マリアは防御に徹する為に多重結界を展開、魔力の殆どを使用し、余力が無い。
町だけではなくそこに住む人や畑、それらを結界のみの力で守るというのだから、やっている事は何処かの聖女と変わらない。
「で、先生は何処に?」
アイシャが真上を見たので同じ方向を見ると、浮いた魔導船が有り、複数の魔法陣が見える。
「あれって、何人も集めて展開する組手魔法を一人でやってるんですか……」
「そーみたい」
かなり深刻な状況であるはずなのに、落ち着いている。
メルスが戻ってくると、悔しそうに歯ぎしりをしているのを慰めていて、魔王様の器がでかく見えた。
「何か良案が有るんですか?」
「それがねー、全く無いのよ」
有れば何かしているだろうし、最前線で戦線を維持していれば参加も可能だった。
だが、今はのそのそと接近してくる魔獣の群れに対して、冒険者や兵士が牽制する程度に魔法を放っている程度である。
「最終防衛のラインを教えて貰ったんだけど、この辺りらしいわ」
「その辺りって、もうすぐ突破されますけど……」
「それは拙いわね、直ぐに迎撃に出るわよ」
魔王様が頼もしい。
何だろう、この感覚は……。
※おまけ
パテリアに向かう二人と一匹
トレイン「俺も魔導船に乗りたかったな
ミィ「おにーちゃんの背中も乗り心地良いよ?
アオコ「揺れないので安心です
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