● 終点と一線 【3】
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紙一重の活況と混沌。
ケータイ小説サイトの草分け的存在である魔導の図書館はその全盛期、七百万人を超える利用者で日々そのような状態であった。そのさなかに比良坂優子は自身の創作小説へ、【モジョン】から感想という声を掛けられた。
『感銘いたしました』から始まった付き合いはその後も友好的に続き、優子が彼のHPの雑談スレッドに足跡を残していると、そこからいつしか彼の側の読者が優子のHPへと訪れるようになっていた。そんな連鎖で顔見知りが増えて行き、その中に【宮田 美代彦】がまぎれ込んでいたのである。モジョンと宮田 美代彦は知己の間柄だったようだ。宮田 美代彦もまた優子の作品の感想をくれたので、お返しとして彼の作品を試しに読んでみた。
あくが強い……というのが正直な感想だった。良くも悪くもただただくどいのである。印象として決してよろしいものではなかった。
……ちょっと苦手かも……
戸惑う優子に対して、しかし当の本人に自覚はもちろん無くその数日後、宮田 美代彦は再び優子の雑談スレッドに足跡を残していた。
『アルパカさん、ありがとうございます』
礼を言われる筋合いなど……と、自問して思いつく。宮田 美代彦の短編にどこをどう切り取っても角が立たない、ふんわりとした軽めの感想を寄せていた。それに宮田 美代彦は頭を下げているのである。
『もはや誰も読んでいないと思っていました。感謝しかありません』
変なため息が漏れた。作品が歪のみならず、本人の人間性にも厄介な屈折があるようだ。
たかだかケータイ小説の感想ごときで自虐的になってどうするのだろう……そこに謙虚さはあまり感じられず、ただ卑屈な印象を強くするだけである。モジョンへの相談も考えたが、ここはなんとか自分だけで凌ぐ事とした。
『ただ感想を頂けていないだけで、誰も読んでいないという事は無いと思います。でも、それは無料で読んでもらうケータイ小説の特徴のひとつではないでしょうか。僭越ながら、宮田さんはケータイ小説サイトへの期待が過ぎるのではと感じます。野球が上手くなりたくても、子供だけで草野球を繰り返すだけではせいぜいクラスでちょっと上手い程度かと。プロを目指すのならば大人が指導してくれるリトルリーグなりに参加し、基礎からみっちりと鍛錬する方が正しい近道なのではないでしょうか。あくまでも私的な見解ですけれど、しょせんケータイ小説サイトは草野球です。ここでスポットライトを浴びる方も極めて稀に存在しますが、彼らは最初から逸材として破格だという事です。『ここで人生を変えよう』ではなく、『創作を存分に楽しもう』というのを滞在理由にしておいた方が、精神衛生上とても健全だと私個人は考えます』
宮田 美代彦からの回答には多少の時間を要した。彼なりに悩んだようであり、『わたしの捉え方は少し異なります』と、異議を唱えて来た。
『おっしゃる事は一部うなづけますが、他の部位は頂けません。読みつ読まれつの理に従えば、たとえ刃を潰したナマクラ刀同士の斬り合いであっても、間合いなり駆け引きなりは身に付くのでは無いでしょうか? 何より、剣の重さそのものを常に感じられるのは、とても重要な事だと思います』
優子はただ困惑した。
……素人が振るう剣に、何の重さが伴うと言うのか……まずい、こいつ相当に闇が深い。うかつに関与してはならない人種だったのだ。ここはあえての自重、話題をすり替える。
『ところで宮田さんのハンドルネームって本名由来なのですか?』
『一部はそうです。わたしの本名ではありませんが』と即答があった。
違和感しかない文言が唐突に出て来た。問わずにはいられない。『本名ではない一部とは?』
『一度改名しています。モジョンさんたちと出逢う前は『宮田ザイオン』と名乗っていました。ある時に魔導の図書館内でたまたま知り合った方がいて、色々と指導していただきました。その方の名前を一部いただいたのです。彼女のおかげで今のわたしがあります』
宮田 美代彦は相手の事を【M】と呼んでいた。
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【M】と宮田ザイオンの出会いは、作品へと寄せられた酷評から始まった。【M】は、最初の接触からして容赦が無かった。
『荒唐無稽が突出している』
『力技が過ぎる』
『何もかもすべてを不可解現象もしくは謎設定もしくはいかさま能力などで開き直っているだけ』
『モノガタリに明確な背骨が無く、結局ただのご都合主義』
『界隈に履いて捨てるほど湧いている、安易で無責任なサクシャのひとり』
……等々と、雑談スレッドは一時【M】からの罵詈雑言で埋め尽くされた。あまりの罵倒ぶりに黙殺しても良かったのだが、何かが宮田ザイオンの気を引いた。興味本位で少しだけ水を向けてみる。
『創作に対して、わたしは何か欠けているのでしょうか? わたしにどうしろと?』
『根本的に色々と誤っている』と、【M】は早々に宣言した。予感が不吉めいてくる。くどく、冗長な内容になりそうだ。
……ちょっと苦手かも……
開始前からうんざりしつつも時すでに遅く、その口上に耳を貸すしかなかった。
……未熟さを盾にしてはいけない。創作は茨の道である。安易さを求めてはいけない。下手なのは当然、だからここにいる。ここで牙を研いでいる。『修行中ゆえ長い目で見てくれ』などという甘い考えは破棄すべきである。情は無用、遠慮なくサクヒンを斬り刻んでくれと、HPを訪れたすべての客に懇願しなければならない。欠点を指摘し、弱点を暴き、補うべき点を残さず挙げてくれと。驕ってはいけない。うぬぼれてはいけない。慢心は害悪でしかない。お前に才能は無い。凡人である。ただ、諦めが悪い。今はそれしか武器が無い。開き直れ。弱音を吐くな。言い訳を考えている暇が有るのなら、手を動かせ。脳を働かせろ。『勉強の時間が必要です』、『他の仕事があります』等々の釈明は不要である。だから何なのだ? お前の都合なんぞ知ったことか。客はそんな事に何の興味も無い。当然である。サクヒンの面白さにしか正義は無い。時間が足りないのなら睡眠と休息を削れ。客は東野圭吾の都合を考えて東野作品を読んでいるのか? 村上春樹の都合を意識して村上作品を選んでいるのか? そんな馬鹿な事はあるまい。信頼している作者の作品だからこそ、客は身銭を切り、時間を割いて読んでくれるのである。お前に足りないのは覚悟である。決定的に不足している。サクヒンを傷つけられるのがそんなに嫌か? 才能が無いのを突き付けられるのがそんなに嫌か? 慣れろ。呑み込め。受け入れろ。客からの非難轟々こそが先のお前を生かす。ここでたっぷりと血を流せ。存分に痛めつけられろ。満身創痍、苦杯に次ぐ苦杯、何度も何度も絶叫を繰り返しながらも、それでもここに居続けろ。魔導の図書館とはそういう場所である。苦しめ。もがけ。でも諦めるな。胸を張って血を吐け。滴り落ちたその血の点の数々が、いつか必ず一本の線と成って、お前を未来へと導く……
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『だから……』
と、宮田 美代彦の返信は続いていた。
『【M】は恩人なのです』




