↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/14

◎ひどいやつら【三】


※



ほほえましい嘘ならいい。その場の空気をなごませ、居合わせる全員を笑顔にするのなら。


しかし、虚偽の内容で他人をあざむく意図ならば、それは罪である。本人的には保身からの計算ゆえなのだろうが、周囲への実害をかえりみないのなら、それは純粋な悪意だ。


ただ、そのさじ加減は極めて流動的で、場合によってはとりとめがなくなってしまう。嘘に嘘を重ねるという奴である。


もとより嘘は用いらないに限る。そんな事は誰しも理解しているはずなのだが、そこに解決の糸口を求めてしまうのはただの安易さではないように思う。背に腹は代えられない。


両親の指示通りに月並みを装っていた高校生時代のある日、クラスに女子の転校生が現れた。頭抜けて勉強が出来る訳でもなければ、スポーツが得意でもない彼女。地味な外観に沿うようにして性格も控え目らしく、しばらくはクラスに馴染めずにいた。どうやらその点を軸にかなりのストレスを堆積していたようで、一週間ばかりが過ぎたある日、クラスの耳目を一身に集める発言をやおら吐き出した。


「私には月を這う異形が見える」


静まりかえる教室。


「……あ……」


一番驚いていたのは本人のようだったが、もはや取り返しはつかない。


「……へぇー……」


男子の嘲笑がひとつ。そこからぽつりぽつりと各自の意見が短く提出される。嘘つき。ホラ吹き。二枚舌。散々な言われ方をされたが、それでも本人はひるまなかった。「私はあなたたちとは違う」


そして窓の外を指差す。


「アレが見えていないあなたたちは、では何を根拠に糾弾するのか。ならば私の嘘を証明してみせろ」


正論である。返答に窮する一同。そこへ女子の委員長が一歩前へと歩み出た。


「確かに『見える・見えない』は自己申告に頼らざるを得ず、不確実さと不明瞭さは否めない。あなたが嘘をついている事を私たちは証明出来ない。しかし、それでは『見えている』というあなたの真実はどうやって証明するのか?」


「信じてくれればいい。それだけ」


委員長はさらに一歩と前に出る。


「それを承知出来ないから、私がクラスを代表して損な役を買って出ている」


「この学校では他人を信じるなと教えているのか?」と退かない転校生。


委員長は「違う」と返した。「対象による。転校して来て日の浅いあなたの、殻に閉じこもったままのあなたの、いったい何を信じろと」


「だったら……」と、転校生は少しだけ言い淀み、あさっての方へ顔を向けた。


「友達になってよ……」


対して委員長は即答だった。「無理」


ここまでの展開が想定内だったとでも言うように。


「あなたは初手を誤った」


言われた転校生がどんな顔だったか。もはや彼方の記憶につき詳細は思い出せない。転校生は結局そのままクラスになじめず、薄い存在感のまま卒業を迎え、そのまま溶けるように消えていった。十数年後に催された同窓会にも彼女の姿は無く、さりげに幹事役へ話を振ってみれば『連絡先が不明』との事。


「あのコ、本当に見えてたのかなぁ……」


居酒屋での同窓会にて、わたしの隣にはたまたま委員長が腰かけていた。すでに二児の母と成った彼女へ、先日妻をめとった事を報告。するとまるで自身の事のように喜んでくれたのである。


「おめでとう。さっさと子供つくりなさいよ、すごい可愛いから。育児もちゃんと協力しなさいよ」と、委員長気質は健在で、祝辞と激励に伴い熱血指導もたまわった。あれこれ話している流れから学生時代の話題となり、件の転校生が俎上にのぼった。


酔いの助力も有ってか周囲の連中も参加、影の薄かった転校生は格好の肴となった。


「ウソに決まってるやん」、「いや、なんか教室の隅っこで、ずーと昼間の月を眺めてるの何回か目撃したけどな」、「声かけたれば良かったのに」、「出来(け)んて」


……と、十数年を経てもなお、転校生はぞんざいな扱われ方だった。なるほど、ここにいないのが正解である。


ただ、わたしはあの当時から彼女のウソを見抜いていた。


委員長と対峙したあの日、転校生が指差した月面にぐねぐねさんの姿はなかった。少なくともわたしには捉える事が適わなかったのである。


……でまかせ……


何でもいい、自分が中心となる話題が欲しかった。わからなくもない。しかし、嘘の上に居直る悪手では溝は埋まらず、かえって孤立が深まるだけである。


せめて真実だったならと。


本当に見えていたのなら、表立っては無理だが側にいることは可能だったように思う。愚痴を聞いてあげるくらいなら、当時のわたしにも出来たはずである。


彼女の哀しみも苦しみも想像はできた。クラス全員でつまはじきにし、孤独に追いやった。それほど彼女は罪深かったのか。ただのつまらないひとつの嘘である。受け入れる事を早々に放棄したわたしたちに非はなかったのか。


見抜かれない嘘だろうという過信があったのかなかったのか、それはわからない。わたしを除いたクラスの連中にとっては判断のしようがなく、だからこそそこに彼女は一縷の望みを抱いた。


嘘の意図はあった。でも、それは純粋な悪意だったのか。


わたしにはわからない。あの当時もわからなかったが、十数年を経過した今でもわからない。悪意に満ちていたのは、むしろわたしたちの方ではなかったのか。


……見えていたのなら……嘘ではなかったのなら……


あれほどはっきりとわたしには見えるのに。


見えると公言するヒトはほとんどいない。口をつぐみ見えないふりをしている方が賢明という姿勢なのだろう、わたしのように。


ぐねぐねさんが月にいなければ……あるいはまた違った展開だったのでは……答えの見えない自問自答だけが続いてゆく。


……アレは……本当にいったい何なのだろうか……


脳裏に妻の顔がぼんやりと浮かび、わたしはそっと薬指のリングを親指の腹で撫でた。








【魔導の図書館閉鎖まで、あと十日】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。