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⦿ 枯れゆく日々に



※



枚方市でのオフ会を、今でも時おり懐かしく思い出すことがあります。


モジョンさんとは色々な話をしましたね。特に印象深かったのは日傘と雨傘の話です。


人生は時にどしゃ降りだったり火がつくようなかんかん晴れだったりします。傘が有ればという局面が多々訪れます。それでも都合よく傘を持ち合わせているヒトばかりではなくて、みなそれぞれに歯をくいしばって耐え、前を向くしかありません。その時、隣に誰かがいてくれれば。誰かが共に歩いてくれているのなら、どんなに心強いでしょうか。そういった希望をもたらすお話を書いていきたい……そう語るモジョンさんに、ぼくはとても感銘を受けました。才能あふれる方はやはり考え方からして違うのだと。着眼点……というか、目線が優しい。


モジョンさんはニンゲンが好きなんだなと思いました。ぼくにはすっぽり抜け落ちている部分です。


もし、そういう目線を持ち合わせていたら、ぼくも、そして姉も、闇雲に突っ走るのではなく、立ち止まる勇気を選択出来たのかもしれません。


もはや望むべくもありませんが。



※



ぼくが魔導の図書館を病的に溺愛している事、モジョンさんならご理解頂けると思います。暑苦しいほどに熱を帯びていたあの時を、ぼくらは共にくぐり抜けましたね。仲間も大勢いました。みんなで高揚と興奮を垂れ流しつつ、日々ずっぽりと堪能していました。その歓喜の坩堝(るつぼ)には底が無い……それをぼくは信じてやみませんでした。


が、祭りには必ず終わりが来ます。過熱気味だったケータイ小説ブームの終息。ゆるゆると活況は落ち着き、やがて沈静化。気づけば仲間がひとり、またひとりと姿を消し、あの熱狂を知っている者からすれば、とても信じられないほどに過疎化が進捗していました。


そして告知される魔導の図書館の閉鎖。時代の変遷、移り変わりといえばそれまでです。


ただ、ぼくは去りがたい。ここにいたい。でもここは無くなってしまう。他のケータイ小説へ軸足を移さねばならないのですが、ただただぼくの腰は重かったのでした。


やはり、恩人たる【M】の事は無視出来なかったからです。


改名からしばらくして、彼女はぼくの前に現れなくなりました。理由はわかりません。あれほど絡んでくれていたのに、パタリと姿が見えなくなったのです。ぼくは彼女のHPを訪れました。


待っていたのはもぬけの殻、なんと削除されていました。ぼくは何の報告も受けていません。する必要はないと判断されたのかもしれませんが、私的には結構な衝撃でした。去るのは構わない。個人の都合です。でも、せめて挨拶くらいはさせてくれよと。悔やんだところで仕方の無いことではありましたが。


あれこれ悩んだ結果、『ひどいやつら』の連載を始めました。誰も読んでいない、でも、あるいは、ひょっとしたら【M】だけは読んでくれるかもしれない。魔導の図書館は刻一刻と閉鎖へと向かっていますが、ぼくは色々と複雑な感情を込めて連載を開始しました。先週のことです。


なかなかに心苦しい執筆ではありました。筆が進まない訳ではないのですが、軌道に乗らない。いや、乗ってはいるのですが、相当に難儀していました。


そして昨晩、なんとか第四話の公開を済ませたそのタイミングにて、姉から連絡をもらいました。『来てほしい』の一点張り、要領を得ないので、姉の借家までぼくは車を走らせました。


玄関を開ければ、待っていたのは全身血まみれの姉でした。手には果物ナイフ。抜けそうになる腰を維持し、姉が無言で指差す先、居間を見やれば、血の海の中に男が倒れていました。


青天の霹靂。


非現実的な事実も、度が過ぎると脳が段々と麻痺するようで、ぼくは次第と冷静になっていきました。


……ヘ(・)キ(・)レ(・)キ(・)って漢字、ほんとに書けないよなぁ……


まるで見当違いな事を思い浮かべながら、凄惨な現場を眺めていました。



※



西園寺(さいおんじ) 操(みさお)は、弟のぼくから見ても幸(さち)薄いひとでした。


内面も外面も地味な彼女は未成年時代から目立たず、常に部屋の隅にいる感じでおそらくクラスでもそうであったと思われます。口数も少なく表情も乏しく、友人と呼べる存在をぼくは耳にした事も目にした事もありませんでした。転校した先でも馴染めず、孤立したままに中学を卒業しました。高校でも短大でも、人間関係に悩み続けた数年間だったようです。


それなのに成人として社会に出た途端、つまらない男に引っ掛かり挙句に妊娠。しかし相手は堕胎を強要、姉はかたくなにそれを拒否し出産しました。その後代理人協議の結果なんとか認知は取り付けましたが、月の養育費が満足に支払われたのはほんの数回だけでした。気づけば男は勤務先を内密に退職の上に遁走、唯一の連絡手段であった携帯電話も解約するという念の入れようで、もはや影も形もありません。姉は単身育児に励むしかありませんでした。前後して父と母が相次いで他界。姉たち親子の事を、臨終の瞬間まで気に掛けながらの最期でした。


ただ、出産という転機は彼女にとても前向きに働きかけ、姉は別人のようになりました。表情も明るくなり、軽口すら叩くようになったのです。すべてはたった一人の娘のために。姉は娘のために傘になろうと懸命でした。ぼくは姉と姪を影ながら支えつつ、そんな姉の変化を頼もしく思っていました。人生、何がどう変わるのかなんて誰にもわからない。どうか、この想定外の幸せがいつまでも永くつづきますように……


……との願いは、あの日、むなしく紙のように破れました。


素人が書いた下手なショーセツみたいな、取って付けたような演出はいらないのです。普通でいい。平凡でいい。貧乏で質素でも、ただ幸せであればいい。たったそれだけの事なのに、姉の人生にまた変化点が訪れました。


今からおおよそ二ヶ月前、交通事故により姪は短い生涯を終えました。事故の詳細は省きます。あまり思い出したくはないからです。加害車両はいったんその場から逃走、数時間後にもよりの警察へ出頭したのですが、その呼気から僅かばかりのアルコール成分が検出されました。飲酒運転なのか酒気帯び運転か。残念ながら公判の争点はここになりました。


争う姿勢をまるで崩さない弁護側。かたくなに酒気帯び運転を強調し続けます。


その一方で、姉に接触している事が後日わかりました。複数回に渡ってです。気の弱そう女だから与(くみ)し易(やす)いと踏んだのかもしれません。初回での会話を録音され、『こう言いましたよね』、『そういう意味にとらえました』など、身勝手な解釈で姉の発言をねじ曲げ、あの手この手で示談へ結び付けようと翻弄し続けていました。


娘の死から立ち直れていない姉へ執拗に迫るその執念は、明らかに方向性を誤っています。


お前たちの正義はどっちを向いているのだと。ただただ見苦しいと感じました。


情熱を注ぐべき点はそこではないはずです。なぜ被害者遺族に寄り添おうとしないのか、ぼくにはわからないことだらけでした。


姉がぽつりと漏らした一言が、いまだに脳裏から離れません。


『三十数年生きて来て、はじめて殺意という感情を理解できた』


何も言い返せませんでした。


そして二回目の公判を経て数日、姉は芽生えた殺意を結局飼い慣らせず、懲りずに訪問して来た弁護人を殺(あや)めてしまった。そういう事だと理解しました。


しつこい。くどい。わかってくれない。もういい……姉は怯えるでもなく取り乱すでもなく、ただ静かに怒っていました。あれほど地味で控え目だった彼女が、殺人にはとても積極的だったという事です。でも責められませんでした。


幼い姪が命を奪われ、姉が取り返しのつかない禁忌を犯しました。かけがえのない家族が、二人ともぼくの手から滑り落ちてしまいました。


でもこのままで良い訳はありません。




※




逃げろ、と単刀直入に言いました。姉はまばたきを繰り返すだけで何も答えません。何も考えられないのかもしれません。後は何とかするから、この場は任せてほしいと付け加えました。力なく姉はこくりと首を縦に振りました。


着替えさせ、顔と腕の返り血を洗い流させました。血まみれの普段着は彼女が通勤に使用していたリュックサックへ押し込みました。ここには放っておけません。どこで始末するかは後で考える事としました。


さて、もはや死体は動かす事も隠す時間もありません。殺害現場はここ。姉と被害者には接点があり、間違いなく弁護士事務所の関係者は彼が今日ここを訪ねることを把握しているはずです。消息不明となれば、ここへ電話、でも音信不通、次に訪問、でも応答なし、不在、となれば警察へ捜索願いを提出と、これが自然な流れだと思われます。ぼくは遺体の上着を探り、彼のスマートフォンを取り出しました。指紋認証で画面ロックを解除、着信履歴にまだ新しいものは有りませんでした。が、おそらく数時間以内に確認の連絡が入るのではないのか? そう思うと素早くいくつかの決断をせねばなりませんでした。


「東京へ行ったことは?」と聞くと、姉は素直に「ない」と答えました。「人が多いところは苦手だから」


ぼくは自身のクレジットカードを差し出しながら暗証番号を教えました。すると姉が不思議そうにカードを見つめるだけで受け取ろうとしないので、その手に押し込みました。


「でも東京に逃げよう。福岡のこんな片田舎より、人混みにまぎれやすい」


とにかく今すぐ福岡から離れることを提案しました。JRにしろ飛行機にしろまだ運行に余裕のある時刻でしたが、あえてのフェリーを勧めました。日付けが変わる前に新門司港を出て、翌日の二十一時に横須賀へ着きます。個室に籠もればその間は周囲の目を気にする必要もなく、穏やかな船旅となるはず。


それでもモタモタして良い訳ではない。防犯カメラを気にすることなく先へ進むよう促し、姉を送り出しました。


心配無用。でも万が一、警察に身柄を拘束されても黙秘を貫くようにと、念を押しました。


ぼくが、必ず、何とかするから……と。





※



ただ、いくら策を弄したところで、結局警察の手は姉に及ぶと確信していました。そんなに甘いものではないはずです。ぼくが行う事はひとつです。


姉が拘束される前に、真犯人が自白する。姉に劣らないほど充分な動機がぼくにもあります。


犯行を裏付ける小細工を果たしてどれだけ残せるのか。ぼくは精一杯の知恵を絞りました。


再び遺体の身体検査をすると、目当てのスマートキーは尻のポケットから出てきました。台所の窓から共有の駐車区画を眺め、国産ブランドの高級車を一台見つけました。築五十年越えの集合住宅街に場違いな車種です。


次に姉から奪い取った果物ナイフを改めて握り直しました。姉の指紋を消すのは不自然、別人の指紋を一番新しいかたちで残す事としました。普段から結構な頻度でここを訪れていますから、ぼくの指紋はこの家の至る所から採取されるはずです。家主と近しい者の犯行であると推測され、近所の聞き込みで弟の出入りが発覚するのは造作もないでしょう。


あれこれ考えましたが、この部屋で出来るのは精々これまで、弁護人のスマートフォンとスマートキー、そして姉のリュックサックを持って部屋を出ました。玄関はしっかり施錠します。


駐車区画にて、ここまで乗ってきた自分の愛車には見向きもせず例のブランド車に近づきます。ドアノブに触れるとガチャリとロックが外れました。やはり彼の車だったようです。助手席に彼のスマートフォンを放り、車を起動させました。さすがの高級車、ぼくの大衆向け軽自動車とはまるで乗り心地が異なりました。三十分ほど快適なドライブを楽しみ、適当に見つけたJRの駅前駐車場へ入庫しました。弁護士のスマートフォンに直近の録音と録画のデータが無いことを確認、その後マナーモードを設定してダッシュボード内に放置しました。車内にたっぷりとぼくの指紋を残してからリュックサックを持ち、施錠してから駅舎へ向かいました。建屋入り口横の空き缶回収ボックスにスマートキーを捨て、住居とは反対方向の電車へ乗り込みました。


弁護士事務所関係者が姉の借家を訪問し、そこに彼の車が無いのなら、数回は電話連絡を試みるのではないだろうか……運が良ければ半日は通報をためらうのではないだろうか……そこに一縷の望みを賭けました。北九州市をギリギリ離れた辺り、大きな駅前アーケード街が見えたので、まるで土地勘の無い駅でしたが下車しました。あくまでも不自然さのあまり無い逃避行を装わねばならず、北九州市から離れ過ぎるのは良くないとの判断からです。


ぼくは姉のために人生がぐちゃぐちゃになっても構いません。


ですが、たったひとつだけ気掛かりがあります。それだけはどうにかしたい。なんとかしたい。このまま放置する訳にはいかない。


それが、魔導の図書館でした。



※



警察から指名手配がかかるまで、果たしてどれほどの猶予があるだろうか……悩ましいところではありましたが、なんとか二三日は稼げるのではないか、そのように想定しました。見知らぬ街のビジネスホテルに部屋を取り、一息ついてからモジョンさんへDMを送りました。アルパカさんに都合をつけて欲しい、可能ならばモジョンさんの名前諸々をかたらせて頂けませんかと。快諾を頂けたのは幸いでした。


追ってすぐにアルパカさんから了承を得たとの返事、とても喜ばしいものでした。


『松本清張記念館で正午に待ち合わせましょう』


その様な段取りでお願いすると、こちらも良い返事を頂けた様で、安堵しました。


あとは警察次第です。無宗教のぼくですが、この時ばかりは何でもよいから何かにすがりたいつきたい気持ちでいっぱいでした。


ぼくにはどうしてもアルパカさんに会わねばならない理由があります。


かつて彼女の作品を読ませていただいた時、ある既視感にとらわれました。どこかで一度、触れたことのある作風でした。表現の豊かさも繊細さも素敵でしたが、何よりも描かれている主人公たちの芯の強さに惹かれました。その勇ましさ、不屈さは作者本人に通ずるはず……いつかも、まったく同じ感想を得ました。そう、【M】が手掛けた作品を読んだ時です。


とても偶然とは思えませんでした。アルパカさんが【M】なのでは……とぼくが疑うようになるまで、それほど時間は要しませんでした。


【M】が明かしてくれた数少ない個人情報のひとつに『美代子』が有ります。もし、アルパカさんの本名が『美代子』だったのなら……と、そう考えるだけで妙に緊張する自分がいました。が、それを聞く勇気がなく、悶々と月日だけをいたずらに溶かしていたばかりに、今回の状況とあいなった次第です。もはや背水の陣でした。



※



『ひどいやつら』の完結は諦めました。無理やり終わらせましたという処理に、読者はとても敏感です。ぼく自身そうなのですから。その投げ槍さは減点以外の何ものでもなく、とてもよろしくない。【M】が読んでくれているかもしれない……と考えるだけで、安易に手は抜けません。五話を仕上げたところで日付けが変わり、徹夜で何とか六話を書き上げました。ニュース速報に気付きたのは、その後です。


弁護士殺人容疑で西園寺 操を指名手配。画面に写っている姉の顔写真。


我が目を疑いました。なぜ姉なのだと? 


凶器にも現場にも、あれほど大量にぼくの指紋を残して来たのに、なぜぼくじゃないのかと。しかもこんな短時間で? なぜ……わからない事だらけです。しかし、今はそれどころではありません。


姉は現在フェリーの中です。今晩の二十一時に横須賀に着きます。もし、姉が足取りを正確に追われているのなら、上陸と同時に拘束されてしまう可能性が高いです。事態は急変しました。


その前にぼくが自首し、すべての犯行を供述しなければなりません。今すぐ出頭しなければ……なのですが、しかし、どうしても踏み切れませんでした。怖気づいた訳ではありません。


アルパカさんには、どうしても会わねばならなかったからです。




……どうして、何も言わずに去ってしまったのですか……




ただ、この台詞を聞いてほしい。言わせてほしい。


ぼくの願いはそこに集約されていました。



※



『ひどいやつら』はあ(・)あ(・)い(・)う(・)話(・)になりましたが、当初はもう少し穏やかな内容を予定していました。気楽にゲラゲラ笑える話で、魔導の図書館への手向けにしよう……そのように考えていました。


ですが、やはり姪を理不尽に失った事が、ぼくのココロを病ませていたようです。モノガタリは大幅にズレて行き、妻を殺され公判で争う話となりました。サクシャなのに、まったく制御出来ていなかったのです。


モノガタリの『もう終わろう』という声が頻繁に聞こえました。それでもぼくは止められませんでした。憑かれたように主人公を追い込み、惑わせ迷わせました。俯瞰すれば愚かにも今の自分自身です。


迷走は歯止めが利かず、主人公が弁護士を殺そうとする展開になりました。サクシャのドロドロとした悪意がダダ漏れの出来映えで、もはや毒しか吐いてません、現実に侵されているのは明白であり、安易で無責任な姿勢です。『もう終わろう』の声はますます大きくなりました。でも、仕(・)掛(・)け(・)としては充分です。


これを宮田美 代彦の目の前でアルパカさんに読んでもらう。電話でもメールでも駄目です。彼女が【M】ならば、果たしてどういう反応を示してくれるのか、それを確認したかったのです。激昂……もしくは蔑(さげす)み、憐れみかな……ぼくはひとりほくそ笑んでいました。これでいいと。


もちろん懸念が何も無いわけではありません。六話を読んでもらう前にぼくが宮田だとバレてしまったら……可能性がゼロではないですが、その時は動ぜず押し切ろうと思います。ですので、ギリギリまで彼女に本名を尋ねるのは控えるつもりです。答え合わせは少しでも先の方が、より浸(ひた)れるからです。見方を変えれば、藁(わら)にすがっている……というか、しがみついているだけなのでした。


そのアルパカさんに、松本清張記念館で数時間後にお会い出来る予定です。緊張もありますが、総じて楽しみです。


結果はどうあれ面会の後、ぼくはようやく出頭します。


地図アプリで確認してもらえばわかりますが、松本清張記念館は県道六十三号線、通称・清張通りを挟んで、目の前が小倉北警察署となっています。さえぎるものはありません。アルパカさんと別れたあと、その脚で向かう予定です。正午前後なら、姉はまだ余裕で海上です。


そうこうしていると、『三十代男性を重要参考人として行方を追う』の続報も流れて来ました。ぼくの顔写真と氏名が伏せられていたのは幸いでした。アルパカさんとの面会に支障は無さそうです。


ここから西小倉駅までJRで乗り継ぎを考慮しても、二時間掛からないくらいでしょうか。防犯カメラは今さら意識しても仕方ないです。なるようにしかならないと割り切りました。顔認証システムなんて小賢しいものが、果たしてどこまで浸透している事やら。小倉に近づくとさすがに警戒しないといけないかなぁ……とも思いましたが、捕り物になってもぼくの逃げ脚は遅いので、ここは開き直るしかありません。




※



『点と線』は多数のプラットホームがずらずらと居並ぶという、東京駅構内の特異さが前提にあります。常に列車がどこかのホームに停車しているのですが、一日に於いてその限られた数分間だけ停車車両の無いホームが重なり、さえぎるものが無いので何個か先のプラットホームを見通せるのです。犯人がそれをアリバイ工作に利用するところから物語が動き始めます。


松本清張がそこまで意図したのかどうかは知り得ませんが、人生に於いてもタイミングの是非は軽視出来ません。運の良し悪し、運命だといえばそうなのかも知れませんが、ほんの数秒、数分間の噛み合わせで、生きづらさが天地ほど異なるのはいかがなものかと。自己責任なら過酷さもやむ無しですが、ただの偶然が契機だとしたら、あまりにも気の毒です。


悔やむだけ無駄なのは百も承知、それでも姪があの事故現場に居合わせなければ。


僭越ながら『ひどいやつら』の要所で『タイミング』を繰り返しているのは故意(わざと)であり、ぼくの恨みつらみであります。


ですが、結局は『見える・見えない』の話に寄ってしまいました。少なくともぼくの中では強烈にそうです。


『見えなければならない事が見えなくなった男の話』であり、『見えなくてもよかったものが見えるようになった男の話』です。


どちらもぼくのことです。恥ずかしながら、社会人として、ヒトとしての正気を失いました。正しい方を向いているとは思いません。自覚してます。でも、もう後戻りは出来ない。覚悟は出来ています。




※




とてもとても長いメールになってしまいました。この時間を費やせば、『ひどいやつら』を完結出来たのでは?……という意見は妥当です。


しかし、もはやぼくにはサクシャたる資格は無いように感じます。未完のまま放置。誰かへ譲渡。それが叶わないのならデジタルの藻屑へ。酷い話です。


タイトルにあるひどいやつとは自分の事だと、ここまで拗(こじ)れてやっと気付きました。情けない限りです。


このメールを読まれましたら、アルパカさんに『待ち合わせを十時変更でお願いします。そして報道にある重要参考人の男が宮田 美代彦だ』とお伝えください。また十時になったら『先に入館しています。書斎の前で待っています』と送ってください。これが最後のお願いになります。色々とお手数をお掛けいたしますが、なにとぞよろしくお願い致します。




※




枚方市でのオフ会の別れ際、また呑みましょうと約束しましたね。あの言葉に嘘はないです。本当にそう願っていました。


しかし、約束は果たせそうにありません。ごめんなさい。


本当にありがとうございました。心より感謝しています。お世話になりました。お酒はほどほどに。御自愛ください。


すいません、最後はやはりモジョンさんやアルパカさん、そしてみんなに出会わせてくれた魔導の図書館への感謝と、そして愛を叫んで締めくくりとさせて頂きます。




ありがとう、魔導の図書館。



さようなら、魔導の図書館。




魔導の図書館に








花束を。

















【おわり】







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