● 終点と一線 【6】
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いわゆる幻聴なのだ。わかってはいる。
それでもそれを軽々と扱いたくない。意味を感じたい。大事な事だから、声無き声を拾っている。
ある程度ケータイ小説を書き続けていると、まれにモノガタリの声を耳にする。キャラの台詞ではない。モノガタリ自体の意思の表明とでも言うか、お話そのものが訴求して来るのである。
得てしてそれは終点を求める。
……もう終わろう……と。
その声が聞こえた時、優子は可能な限り従うようにしている。これ以上このモノガタリを引き伸ばしてはいけない。ろくな事にならない。モノガタリが終わりたがっているのなら、そうしてやるべき。
自分だけの経験則とは思えない。みな覚えがあるはず。優子はそのように感じているのだが、宮田 美代彦はそうではないらしい。モノガタリの断末魔にすら耳を貸さない男。
兆候はより顕著となり、作品に影を落とす。展開が平坦、盛り上がらない、月並み、模倣、既視感、読まなくてもわかる……そして誰にも読まれなくなる。無理に続ける必要など、どこにもありはしない。『ひどいやつら』は終わりたがっている。その声は届いているだろうに……
優子はただただ、この目の前の男が哀れで仕方なかった。
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『ひどいやつら』は見える見えないではなく、タイミングの話だ。優子はそのように咀嚼していた。不都合なタイミングに対して主人公が怒っている。ただ、優子にすればそちらの方がはるかに理不尽だった。
偶然にケチをつけてどうする?……自分ならそう思うのだが、どうにも宮田はそうではなく、脇目も振らずに難癖の塗布を続けていた。だから歪んだ話になってしまっている。
背景に弁護士殺しがあるのは間違いない。西園寺という実行犯の女は宮田と同姓ならば、年齢からして妻か姉か妹、親類縁者なのだろう。
何かが有って、モノガタリの方向性を転じた。どうせ誰も読んでいないので、手前勝手のやりたい放題で構わない。そんな独善的で安易な姿勢も無責任でしかない。
荒唐無稽。宮田 美代彦の依頼はそのひと言に尽きた。
……そのUSBメモリにはぼくが魔導の図書館で公開した全作品の写しが入っています……どうかそれを宮田 美代彦名義で別のケータイ小説サイトにアップして……そして管理してほしい……宮田 美代彦として……『ひどいやつら』の続きも、もうぼくには出来ないんです……でも、宮田 美代彦にはネット上に残っていてほしい……それをアルパカさんにお願いしたいのです……どうかお願いします……アルパカさんにしか頼めないんです……お願いします……
自分には先が無い。彼の言い分を要約するとそうなる。おそらくだが、宮田 美代彦は一線を越えてしまった。殺人事件の重要参考人なのは間違いないのだろう。だからもうケータイ小説に戻れない。そういう意味なのだ。しかし、首を縦に振る事は出来ない。
「お断りします」
「そこを何とか」
「無理です。ご自分で始められた事なのですから、あなた自身の手で畳むべきです」
「その時間がもうない。ご理解頂けませんか」
「出来ません。肝心なカードを何枚も伏せたままのそんな適当な説明では、とてもお受け出来ません」
すると、宮田こ肩に力が入っているのがわかった。焦燥が顔に出る。
「……アルパカさん……お願いします……」
だからといって情けをかける理由はない。優子は首を左右に振った。
「聞こえないですか、『ひどいやつら』の声が。もう終わろうって言ってませんか、作品が。わたしにも聞こえているのに……第一話はあんなに軽快な語り口なのに、どうして最新話では刃物で人を脅す話になっているんです? 主人公が心変わりをしたんじゃない。あなたが心変わりをした。そうじゃないんですか。何があったんです、この二日間で?」
言われて、宮田の表情から余裕が無くなった。ここまで拒まれる事を想定していなかったのか、焦燥だけが前面に露呈し、両の瞳には涙が盛り上がっていた。
「ぼくは……魔導の図書館を失いなくない。ずっとあの場にいたい……あそこにはぼくの居場所がありました。みんなが宮田さん、宮田さんって慕ってくれて……とても大切な場所だったんです……でも、魔導の図書館は閉じてしまう。だから、せめて、ネット上だけでも宮田を残しておきたいくて…それだけなんです……それだけで……」
いい歳をした大人が、初対面の人間の前で嗚咽を漏らす。隠そうともしない。ほんの数分前までは涼しい顔だったじゃないか。情緒不安定にもほどがある。
病んでる。しかし同情には値しない。この人の事を何も知らないからだ。ただ無様に醜態を晒している人。
私が薄情? 違う。この人が協力を求めながらも私情と事情をひた隠すからだ。
……やはり、本当に重要参考人なのか……
すると、宮田 美代彦は右手で涙を拭い、左手首の腕時計へ目線を向けた。長いため息をひとつ。
「すいません、もう時間なので……USBメモリはお預けします。もちろんゴミとして捨てられても構いません。無理なお願いなのは百も承知、最初からわかっていた事です……どう判断されるかはお任せします。アルパカさんの結論を、ぼくには確認する術が有りませんので、どうぞご自由に……今日はありがとうございました。これまでの魔導の図書館内でのお付き合い、本当にありがとうございました……心より感謝しています……」
宮田 美代彦は最後に深々と頭を下げ、そして、優子を置いてその場から離れた。L字通路の途中、階下に繋がる休憩室へと姿を消した。
松本清張記念館の薄暗い二階フロアにひとり、優子はしばらく立ち尽くした。ぼんやりと意識したのは読者の目線だった。
……これが……ケータイ小説なら……ここまで野放図に弛緩したモノガタリを、どのタイミングで収束させるのか……わたしならどうするだろう……
ふと気付く。
あるいは、もう終盤なのか……
決着が近いのならば、伏線の回収が始まってもおかしくないはず。
誰かが、答えを示してくれる。
……でも、誰が?……
そもそもまともに台詞のある主要キャラが少ない。私と宮田 美代彦だけだ。その宮田は去った。他に誰がいるというのか……
だったら最後は犯人の独白か。クリスティの『そして誰もいなくなった』みたいに……わたしも死ぬって事?
違う。ここはどこだ? 『点と線』はどこへいった?……たしか、あの作品も幕引きは二人の刑事の書簡の往来だった。刑事の独白だ。
その閉じ方で本当に正しいのか……
思考が濁りに濁り、乱れに乱れている。落ち着け。これは宮田のペースだ。退場してもなお、わたしはまだ踊らされている。
ここで考えるのを放棄したらどうなる? 宮田の要望に応える? わたしが宮田 美代彦になる? 宮田 美代彦を引き継いで『ひどいやつら』の続きを書いて……わたしの手で終わらせる?……いや、どうしてそうなる……
しかし、収束は始まっていた。




