78.昼過ぎ騒動
「空を飛ぶための技量には関係ありませんが航空の歴史、とりわけ偉人と呼ばれる飛空士達について知識を深めることは教養として必須です。この国において極めて大きな功績を残した飛空士と言えばウルフとキングの二人。国から功績を認められた飛空士には二つ名が与えられますが、ウルフとキングという呼び名は彼らの二つ名ですね。彼らは高度7500へ到達し人類最高到達点を記録。以後この記録は10年以上破られていません。遡れば両名もこの学園で学び――」
ここ最近、空は青く晴れ渡っているものの浮遊島の姿が見られない。浮遊島無しには魔力を得られない人類にとって、今は空へ上がることができない。故に飛空士科の訓練生たちも座学に専念せざる得ない。
座学は座学でも実技に結び付く内容ならまだしも、そうでない歴史学などは退屈な授業の一つである。歴史書を読めば書いてあるような内容を口に出して読み上げたり、板書したりすることにどれ程の意味があるのか。
今題材に上がっているウルフとキング。
この二人は空を目指す者でなくても知らぬ人はいない偉人だ。この国において最も偉大な飛空士として、伝説の偉人として称えられているのだから。
中でもウルフという二つ名、これはジークの父親に与えられた名である。そんな偉人も元はこの学園の卒業生。そしてその息子も幾年の時を得て同じ場所で学んでいる。
彼に対し講師陣が期待を一心に向けるのも頷ける話だ。
――俺の父親も飛空士だったんだけどな。まぁアイツみたいに名に恥じない二世を語るにはまだまだ遠いな。
少しの悔しさと、言葉で表せない嫉妬のような感情がレンの心を巡る。自分だって父の名に恥じない立派な男になりたい。彼は自分なりに今日も精進に励む。
――いや、前言撤回。ジークは訓練生としてはともかく、人としてはアレだけどな……
所変わって飛空士科の授業棟。そこのロビーには大掲示板と呼ばれる掲示スペースがある。情報収集の為にそこへ訓練生たちが集まり、掲示物に目を通す。特にリーダーは念入りに情報を集める。ここには観測台から発表される浮遊島接近予報が随時掲示されるのだ。
ここ暫く浮遊島と縁がない中央都市の上空。明日こそは浮遊島が中央都市に接近するだろうか。そんな期待を胸に空へと焦がれた訓練生たちが入れ替わり差し代わりやってくる。
もちろん隊長務めるイリスも毎日、足を運ぶ場所だ。
「みんな朗報よ!」
「なにかいい事でもあったんっすか隊長? 腹回りが痩せたとか」
「私は太くないわよ! カティアあなたね、私が人前でそんな下らない事を報告する訳ないでしょ」
「じゃあなんっすか?」
「浮遊島接近予報を見てきたの、明日の昼過ぎから飛行可能になるわよ」
チーム部屋へ顔を出すや否やイリスは、ようやく実技が再開出来るようになったと嬉し気に伝える。座学に次ぐ座学で腕が鈍りかけていた彼と彼女らにとっては朗報だ。まだまだ消化しなければならないカリキュラムは山積みで、どれから片付けたものかと暫し話し合う。
四人が再集結したチームは今日もいつもと変わらぬ一時を過ごしている。いや以前と、変わった点はある。仮ではない正式なチームとしてより互いを信じ、頼り合いやっていける関係を築けていた。
それから一晩明け、翌朝。
今日は昼を過ぎた頃には飛行許可が下り、久方ぶりに空へ上がることができる。四人は気が早っているのか、朝っぱらから格納庫へ顔を出し機体の整備を進めていた。
といっても、手を動かしているのは実質レン一人だけで、女子三人は彼に指示された時だけ手を貸す様な役柄。声を掛けられない限りはしょうも無い雑談を繰り広げるだけだ。
手伝おうにも整備の知識がなければどうにもならない事だってある。
さて肝心の整備はどんな具合だろうか。学外では整備場で店主の手伝いに暮れているレン。飛行前の点検整備程度であればすっかりお手の物となっていた。スパナを握りボルトを締める手つきなどそれはもうしなやかで、無駄の無い最低限の動作は見る者に残像にすら刻み込ませる。
最初こそ借金返済という後ろめたい理由で整備場の手伝いを始めた彼。しかし、メカニカル面での知識を確実に習得できていると考えれば悪く無い事なのかもしれない。長い目で見れば借金どころか寧ろ、技術という利息が付いてきそうな感じだ。
「どうしたんっすか、そんなにシケた顔して?」
「ちょっとな…… カティア、トーナメントで最後に飛んだとき魔力炉の調子はどうだった?」
レンは作業する手を止め、芳しくない表情でカティアへ視線を送った。当のカティアは魔力の扱いに関しては丁寧で抜群の安定性を誇る。多少魔力炉の調子が悪くとも手中に収めてきた。しかしそんな彼女でも、炉の調子が悪くなってきていた事を他人に隠すには限界があったようだ。炉の中まで覗かれては素直に答えるしかない。
「正直扱いにくくなってきてるっすね」
「具体的にどんな感触だ?」
「魔力炉を扱えないレンには分からないと思うっすけど、注ぎ込んだ力が大きく空いた穴から流れ出してしまっているような感覚っす」
「やっぱりそうか…… あとなカティア、俺を引き合いに出すのは止めてくれ。事実だけど結構傷つく」
カティアがいつも世話を見ている左側の魔力炉は飛行中に突然停止してもおかしくないほど痛んでいた。これだけ劣悪な状態でトーナメントを戦っていた彼女。そう考えると彼女のセンスが如何ほどに優れているかうかがえる。しかし調子が悪いなら悪いと言ってほしい、というのがレンの心の内である。
「今日の飛行は無理そう?」
「そうだな。危なっかしくて、俺は乗りたくないな。想像してもみろ、空高くで魔力炉が止まったときの恐怖を。あれは怖い、怖かったぞ……」
「まるで経験者みたいな語りっぷりね……」
久方ぶりの飛行練習は無理と告げられ、落ち込みぎみのイリス。しかし、隊長として事故に遭わない事がなにより重要と分かってか、素直に彼の言葉を聞き入れる。
今日の飛行が無理となると、いつ修理が完了して飛ばせるのか。費用的にどれ程の額が必要になるのか。ハード面での知識に乏しい彼女たちには想像もつかなかった。
しかしこのチームには何時しか頼れるメカ担当になった彼がいる。彼曰く、整備場に掛け合って部品を集めれば明日にでも飛ばせる状態に持っていけるかもしれないという。おまけに費用も対した額にはならないだろうと。
「レン凄い。頼りになる」
「そっち方面も随分手に付いてきたみたいね。本当に頼りになるわ」
エイルとイリスから称賛を送られ少し誇らしげなレン。
「じゃあウチらは明日、此処でお留守番っすね。隊長なにか暇つぶしになるような面白い事考えておいてくださいっす」
折角彼が褒め称えられた余韻に浸っていたところをぶち壊しにきたカティア。自分たちは暇を潰しているから、レンはさっさと街の整備場に赴いて部品を集めてこいとでも言いたげな物言い。彼女らしいと言えば彼女らしい。いずれにしてもこの場にいても今出来ることは何もない。
他のチームは久しぶりに注がれる魔力の恵みを浮け、全機が空へと出払っている。思い返してみれば、自分たちだけ飛べずに、足切り試験に怯えていた頃のようだ。その時に比べればどれだけ自分たちは進歩したのだろうか。互いの命、未来を預けられる関係になった仲間がいる。技量や成績以上に大きな進歩だ。
「まぁ今日は何もできないから、早めに帰ろうか」
「うん賛成。帰る、帰る、帰って寝る……」
レンの言葉につられエイルも帰り支度を始め、全員で明日へ備えようとしていた矢先の事。
講師陣がドタドタと慌しく格納庫へと駆け込んできた。普段は自分たちに一切期待を寄せず、向こうから声をかけてくることも無い講師たちが自らお出ましとは。いったいどういった用件なのだろうか。
講師陣は息を切らしながら、普段とは手のひらを返した態度で彼らに助け船を求めた。それはもう途轍もなく緊急の要請であった。




