77.三人での一幕
――場所は変わって、学園の構える調理室。
明るく、清潔感の漂う調理台がずらりと並んだこの部屋は、選択授業の時にしか解放されない。昔、料理人を育成する為の科を設立する計画に乗じて用意された調理室。しかし、その計画は資金繰りの問題で頓挫。せめても豪華な設備を活用しようと、選択授業として設けられたのが調理実習だという。
女子生徒の受講者が大半を占めるこの授業に顔を出しているレン。そして彼と同じ調理台で実習に取り組む女子二人の姿が。エイルとカティアである。
「いやぁ、レンがこれほど家事万能だとは思わなかったっすよ」
「地元にいるときは、基本一人で暮らしてたからな。ある程度、自炊できないと困るだろ」
「なるほど。どうりで手際が良いわけっすね」
「そうか、それは光栄だ。それよりもカティア、少しは手伝おうって気はないのか?」
「ないっすね」
調理実習に参加している三人。しかしその中で手を動かしているのはレン一人だけ。
「ルーも面倒くさいから手伝わない」
「おまえらな……」
女子二人はレンが課題を進める姿を眺めながら、私語で盛り上がっている有り様だ。
以前にもこんな光景があった。彼が格納庫で機体の整備をしていた時だっただろうか。
とにかく、清々しいほどやる気のない女子二人である。イリスがいたら二人も仕方なしに手を貸してくれたのかも知れないが、頼りの隊長がいないこの状況下。エイルもカティアも堂々と面倒事をレンに押し付けている。
「自分で手動かす気が無いのに、どうしてこの選択授業取ったんだ……」
「それは簡単な話っすよ。昼食代の節約になるっすからね。そういうレンはどうして女子ばっかりのこの授業を取ったんっすか? まさか女の子とお近づきになろうと――」
「んなわけあるか! まぁ、そのなんだ。しっかり課題をやり切れば、昼食代わりになるだろ」
「にゃははは。結局ウチと同じじゃないっすか」
学生でありながら未だに借金を抱えているレン。賃料タダのヤバい物件に身を寄せ、整備場で汗を流して必死に借金を減らそうとしている。この選択授業なら毎日とまではいかなくても、時頼昼食代を浮かせる程度にはなる。
カティアの私生活は謎に包まれているが、彼女もさほど資金面で余裕はないのだろう。
その傍ら、お金には困っていないであろう者が一人いる。エイルである。なぜ彼女はこの選択授業を選んだのか。
「ルーは他の選択授業は無理そうだったから、この授業にした」
「あぁ確かに。一学年の生徒が選べるのは剣術に、陸上競技、応用魔力学――」
他の選択授業が無理だという判断に至った理由。恐らくそれは、チームメイトの手を借りず一人でやりたくないといった具合だろうか。
「応用魔力学とか良いんじゃないっすか。座学だから寝てるだけで、あっという間に講義終了っすよ」
「むぅ。ティア、なんか失礼なこと考えてる。ルーはそんなに居眠りしない」
「いや毎回してるっすよ……」
「それに、その授業には妹がいるから嫌だ」
急に声のトーンが下がったエイル。それに反応してレンの表情も変化する。
「ルーちゃんに妹がいたんっすね。これは初耳っす。妹さんは飛空士科じゃないっすよね。一般科とかの生徒っすか?」
「うん……」
エイルの身内話に食いついたカティア。
一方で都合の悪そうな受け答えとなったエイル。その件については口に出したくないようだ。
彼女の事情を把握しているレンは、カティアに小声で諭す。
「カティア、その話題は…… あまり出さないでほしい」
カティアも大よその状況を察したらしく、場を仕切り直す。エプロンを纏うと、彼女は宣言を発す。
「じゃあ、ここはウチが腕を振るって調理を手伝うっす!」
「ルーも手伝う」
全てをレンに押し付けていた先程までの態度から一変。カティアもエイルも調理に参加すると言い出した。
「おう、どうした急に。とりあえず、カティアは野菜を切ってくれ」
レンが指示を与えて程なくして、カティアが包丁を握った。
「右利きなんだな」
「そうっすよ。別に珍しくもなんともないじゃないっすか」
まな板の上で断裁を待つ野菜を目掛けて振りかざされた刃。ところが、まな板にまで刃が達しない。対象物が硬い芯を持つ野菜ということもあるが、それ以上に彼女の包丁の扱い方がよろしくない。
「おいおい! どういう切り方してるんだよ!」
片手で握った包丁を頭上高くから、野菜目掛けて振り落とすスタイルが彼女流のようだ。危なっかしくて見ていられない。
「いや、勢い付けないと切れないと思って」
「勢いで切るんじゃないんだよ」
「じゃあ、レンが手本を見せてくださいっす」
そう言うと、カティアは包丁をレンに手渡す。刃先をレンに向けたまま。
「この野菜はかなり硬いからな。こうやって、体重を掛けるようにして」
レンが手本を見せ、包丁をカティアへと手渡す。もちろん刃先は自分を向いた状態でだ。
「やっぱり切れないっすよこれ」
「右手だけじゃなくて、両手で体重を乗せて」
何故か左手を活かそうとしない彼女。またしても野菜の芯に拒まれ断裁するに至らない。
「やっぱり無理っす。レンに任せたっす。体重の軽いウチがいくら頑張ってもこれは切れないっす。隊長なら切れるかもしれないっすけど」
「結局俺がやるのか。それと、イリスに対して失礼だぞ今の発言は」
結局レンはカティアに火の当番を任せる。
「さて、じゃあエイルに手伝ってもらうのは―― って何やってるんだ?」
「うん。肉の風味を調整してた」
頼んでもいないのにメインディッシュとなる肉に対して処置を施していたエイル。何をしていたのかといえば、彼女特製のスパイスを満遍なくふりかけていたのだ。
「やめてくれよ! そのスパイスは色々とヤバいから」
「肉の鮮度が悪かったから、臭い消し――」
「いやいや、臭いは消えても味が壊滅的なことになるから!」
この国では嘗て、香辛料は肉の臭みを取るために需要を伸ばしたから、これが正しい使い方だと主張するエイル。ただし、彼女の持ち寄っているスパイスは劇物である。食べた直後に口内を激痛が襲うだけでなく、消化器を焼き尽くし、挙句の果てに出口にまで痛みを与える代物である。
「あぁ、もう! 味付けも全部俺がやるから!」
「じゃあ、ルーは何すればいい?」
「カティアと適当に火加減を見張ってればいいよ」
「わかった」
結局ほとんどの調理工程を一人でこなしたレン。
なんだかんだで、彼の腕が良かったのか常識的な仕上がりとなった今日の課題。
待ちに待った試食、いや昼食の時間だ。
「さすがレン。あの馬鹿みたいに硬い野菜を上手く仕上げたっすね」
「それはどうも」
「うん、肉も美味しい。でもルーはもっとスパイシーな方が好き」
「悪いがエイル、それはお前だけだ」
試食を終え、後片付けに取り掛かかるレンとカティア。流石にこれくらいは手伝うと申し出たカティア。その傍らエイルは昼寝の時間を迎えていた。
「カティアってさ、こういうのは几帳面だよな」
「こういうのって、どういうのっすか?」
「ほら、皿洗いとか、掃除とかさ。チームの機体だっていつも掃除してくれてるんだろ?」
「まぁ、汚いよりは綺麗な方がいいじゃないっすか」
「ありがとうな」
「そんなに褒めても何もでないっすよ?」
「別に何か貰おうなんて思ってないけど、純粋に助かるって話だよ」
「そうっすか。ところで、隊長だけどうして別の授業を選んだんっすかね」
言われてみれば、イリスだけ別行動というのも違和感がある。
常に四人で行動している彼らは、悲しい事に仲の良い生徒というのがあまり多くない。そんな中イリスが自ら単独行動に出たのには理由でもあるのか。
「レン、隊長に何かしたんっすか?」
「いや、してないぞ」
「祝勝パーティの後、何があったんっすか」
「だから、なにもなかったって」
「それ、絶対なにかあったパターンっすよ……」




