75.垣間見える本性
眠たげで歩く気力すら湧かない様子のエイル。女子にしては大柄なカティアが小柄なエイルを背負い、一足先に店を後にした。二人が退散し空席ができたところで、イリスはレンの左隣へと移動した。
「手伝うわよ。残された料理、片付けないと無駄になっちゃうでしょ?」
「おう、助かる。でも、そんなに食って大丈夫か?」
「ちょっとデリカシーの無い事を女の子に対して言わないの」
最近二人でいることが多かったが、こうやって落ち着いて食事をするのはいつ以来だろうか。
こんなにも面倒くさい性格の私を、もう一度チームの元へとレンは連れ戻してくれた。またチャンスを与えてくれた。
口に合わない料理と格闘しつつもレンと二人きりの時間を過ごす。そんな光景は傍から見たら付き合いのある男女に見えるかもしれない。そう思うと少し恥ずかしく感じるもののイリスにとっては満更では無いのかもしれない。
大衆酒場の雰囲気こそ最低だが、二人の時間をもう少しだけ堪能したい。
そうだ、まずはこのあいだの礼を言っておかないと。イリスはレンが食事の手を休めたのを見計らって声を掛ける。
「あ、あのねレン……」
「おっ来てる来てる! やってるなレン」
入店してくるや否やレンを見つけ出した飛空士科の男衆が彼の名を呼んだ。イリスが小恥ずかしそうに発した声を掻き消すには十分すぎる声量で。
十人ほどの男衆の中にはジークも混じっており、合同での打ち上げでも催すつもりだろうか。ジークは断りもなくレンの右隣へと腰を下ろした。
「大健闘じゃないか君たち。頑張った、頑張った、うん。俺含めて惜しくも入賞は逃したけど、悪く無かっただろ? やっぱ良いよなぁ空は、夢がいっぱいあるし、楽しいし、ビッグになるチャンスも転がってる。お前もそう思うだろレン?」
「あぁそうだな。お前ジークさ、なんか酒臭いぞ……」
「おっバレちゃ仕方がないな。ここに来る前にちょっとばかしな。今から2ラウンド目だ」
ジークの態度が妙に馴れ馴れしいと思ったら、既に酒の力で出来上がっていたようだ。本来酔って良いような年齢でもない筈なのに、と考えてしまうのはレンが小真面目な性格だからだろうか。
真面目さで言えばイリスの右に出る者はいない。彼女も酔っぱらいに釘を刺す。
「学年の顔がハメ外すなんて感心しないわね……」
「そう固い事言うなよイリスちゃん。もう幾つか歳を重ねないと飲んじゃいけないって、そんなの守ってきた大人なんかこの国に何人もいないだろ」
「ダメなものはダメよ」
「あのなぁ…… 形骸化したルールなんか守ってたら社会は回らないですよお嬢さん。俺たち中央都市の訓練生はエリートなんて呼ばれているけど、陰じゃ酒の力を借りているし、女だって大好きだ。そうでもしなきゃ、こんなエースだなんだ重責背負ってやってられないだろ」
言いたいことは分かる。だがジーク、お前の評価は今の一言、二言でダダ下がりだ。
親友であるレンも付き合っていられない、とばかりに呆れ顔でイリスと目を合わす。彼女も首を横に振り、関わりたくないとでも言いたげである。
レンが卓上に視線を戻すと、目の前には酒瓶が直立していた。
「ほらレンも飲んだ飲んだ。お前だって色々大変だろ。これで少しはリフレッシュしろって」
「いや、俺はいいからそういうのは。というか、制服姿の俺たちの前に酒瓶なんか置くなよ」
普段はすかした優等生の振りをしつつ酒癖はご覧の有り様。偉大な功績を残した親の名が廃れる一方だ。そうこうしていると、今度はジークと入れ替わる様に酔いが回った彼のチームメイトがレンの横へと座る。そして汚い酒場にお似合いの猥談へと引きづりこまれていく。
「このあいだは世話になった。えっと……」
「レンだ」
「そうそうレン。あの後、機体も絶好調で良い順位に付けられたよ。ところでお前、えっと……」
「レンだ」
「そうそうレン、女遊びは間に合っているか」
「えっ? あぁ間に合ってるよ、はい」
名前すら真面に覚える気がないのに、唐突にそっち系の話へと足を踏み入れるこの男。レンは面倒なので適当に回答して差し上げる。
いや別に男だけの場ならそういう話もいいんだろうが、隣にイリスがいるこの場でそういった類の話題は勘弁してほしい。彼女にしてみれば今すぐにでもこの場から立ち去りたいだろう。しかし、レンがお取込み中なのでそうもいかない。彼女は俯き加減に、じっと猥談が収まるのを待つ。
「なんだよ、羨ましいなおい。俺なんかここ最近5日間も童貞なんだぞ。えっと、レンお前あれか。いいよなぁ、女子ばっかりのチームってさぁ。そりゃ毎日毎日やってりゃ間に合うよなぁ」
身を乗り出してレンを挟んで座っているイリスに目線を向け、酔っぱらいは彼女に聞こえる様に言い放つ。そういう話をするのは頼むからやめてくれ。
イリスは向けられた目線とは反対方向に俯き、目を逸らす。
「俺は毎日のように女子から告白されてるが、学園にマトモな女なんかいないよな。やっぱ女っていうのはな――」
「おっジーク首席の武勇伝が始まるぞ」
「いやこのあいだもな――」
自慢げに卑猥な武勇伝を語り始めたジーク。
さすがにイリスも場の空気を読むだのそういうのを抜きにして限界なようだ。彼女の右手はレンの袖を引っ張っていた。
「悪い、自分たちはもう帰るわ」
「なんだレン、もう帰るのか。これからだって言うのに」
「あぁ、また学園で。そうだ、酒癖と女癖には気を付けろよジーク」
状況を察したレンはイリスの引き連れ、ようやく店から脱出した。長居が過ぎたようだ。どうにも自分たちにはこういう場が性に合わないらしい。
「ごめんねレン、途中だったのに。ああいうの本当に無理で。ありがとう、助かった……」
「それくらい気にするな。俺もああいうノリは好きじゃないからな」
「なんか私たち、男女の関係になっているみたいに思われていたけど。そんなこと無いわよね?」
「あぁ大丈夫だ。今度会ったら誤解を解いておく」
「そう……」
最後にイリスが発した小声で会話が途切れた。
店を出てしばらく、彼女の寮が近づいてくると雨粒が落ち始めてきた。足を早めるが徐々に雨粒が体に当たる頻度は上がっていき、強くなる一方だ。
「あ、あの……」
「なんだイリス?」
「良かったら雨宿りしていく? ほ、ほら寮の目の前まで来たし、私の部屋に入るだけなら誰にも気付かれないと思うし」
「お気遣いありがとう。でも俺も宿舎が近いから大丈夫だ」
「そうよね、はははは…… 今のは忘れて、うん」
「あぁ。明日からも頼むぜ隊長さん」
一段と雨足が強まった中、レンは彼女に背を向け小走りに去って行く。
そんな彼の背を見ながら、イリスは髪留めを外し濡れた髪を解く。思いがけず口にしてしまった言葉、自分も何かに酔ってしまったのではないかと、胸に手を当て問う。
「はぁ…… ダメだな私」




