74.様式美
「えっと、ここであってるわよね?」
「うん? 多分あってる。眠い……」
「ちょっとエイルシファー、まだ寝ちゃだめよ」
煉瓦の路地から生えた街灯と店先の灯りに照らされる夜の都。繁華街は夜の顔へと姿を変え、夜のひと時を楽しもうとする者たちが右往左往に行き交う。制服姿の学生には似つかない大衆酒場の店先に人を待つ女の娘二人の姿があった。
「イリスもう無理、眠い……」
「わかったわ、先に入って休みましょう」
本来年齢的に酒を口にするのが良しとされない彼女たちは、薄暗い店内へと足を踏み入れて行った。しかし、なぜ彼女たちがこんな場所に来ているのだろうか。
――遡る事少し前。トーナメント大会を終え、チーム部屋にてレンがこんなことを口にした。
「大会も思いがけない好成績で終えられ、俺たちは隊長公認の正式なチームになった。そこでだ、打ち上げみたいなモノをやろうかと思うんだけど…… やるか?」
「おぉ、いいっすね。ウチは良いと思うっすよ。ルーちゃんはどうっすか?」
「ルーは別にどっちでもいいけど…… レンとティアが行くなら着いてく。イリスも行く……よね?」
「そ、そうね。皆が行くならもちろん私も行くわ…… そう、隊長だもの」
今までの感謝とこれからの活躍を期待して盛り上がろう。自ら何か率先して催すような柄でも無いレンの提案が事の始まりだった。
好成績に加えチームの復活、そういう場合は皆で祝うべきだ。レンはジークからそう勧められ、そのまま彼女たちに計らってみるとあっさりと乗ってきてくれた。
「おっ、みんな乗り気だな…… よし、わかった。ジークに勧められたリーズナブルな店がある。この後、そこで落ち合おう」
――そんなこんなで、レンに言われた通り祝勝パーティーの会場へとやって来たイリスとエイル。席に着くなりエイルはさっさと船を漕ぎ始め、眠りへと引きずり込まれていく。微妙に脚が不揃いなせいで彼女が上半身を揺らすたびに、ガタガタと音を立てる椅子。
夢の世界に入ってしまった彼女を横目にイリスはしかめ面を浮かべていた。
リーズナブルなのは良いとしても、女の子にとっては些か小汚い店なのが鼻に付く。
乙女である彼女の表情が優れないのも無理はない。テーブルはべた付き、灯りを吊るす鎖には埃が纏わりつき、部屋の壁際にはネズミ捕りが並べられている。
大衆酒場というよりは公衆酒場とでも揶揄した方が正確だろうか。そしてなにより、酒の類を飲まないのに酒場に来ているというのが問題だ。
汚い酒場で酔っぱらい野郎共の視線を我慢しながら待つこと暫く。レンとカティアがやって来て、新生チームイリスのメンバーが全員集結した。
「じゃあ始めるっすか…… で、ウチらはそうい類は飲めない訳っすけど、どうするんすか?」
「それだけどな、飯を頼もう。そう飯だ飯。ディナーだと思って……ね?」
ディナーをするつもりであれば最初からもっと気の利いた店は無かったのだろうか。そんなことを悔やんでいても、もう遅い。今日の晩飯となろう品々が次々にテーブルを飾っていく。
「まぁこの店はこんな成りでも、食事は安くて上手い。ってジークが言ってた…… ささ、遠慮なく召し上がって」
「じゃあ遠慮なく頂くっすよ。お代は隊長持ちってことで」
「あっ、ちょっと待ちなさいカティア! あなた勝手な事言うんじゃないわよ! それに入賞を逃した私たちには学園からの予算増額はないんだから」
各自、食事に取り掛かる。レンは見かけに寄らず胃袋が広いようで、手と口が休まらない。しかし女子三人の手は動きが鈍い。どうにもこうにも女の子達の口に此処のグルメは合わないらしい。
「ちょっと…… どれもこれも味が濃すぎない?」
「そうっすね、珍しく隊長に同感っす。おまけにすごい脂。これは女の子の大敵っすね。特に隊長」
「うっさいわね! 私は太ってないし、スタイルも標準的よ」
「にゃはははは。ルーちゃんの口には合うっすか?」
「美味しくならない……」
エイルはご自慢の自家製調味料を挽き、味を自分好みにしようと試みるも満足がいかないご様子。卓上に並んだ品々はどれも概ね不評で、自ずとレンの胃袋が受け入れることとなる。
ただひたすらテーブルの品と格闘する彼を眺める女の子達。食事を早々に切り上げたのはいいが、明るい話や面白い話の一つも出てこない。
「眠い…… もう帰りたい」
「ちょっと早いなエイル。まだ始めたばかりじゃないか……」
退屈を持て余していたエイルがいよいよ白旗を振り始める。あんなに乗り気だったカティアもついには、こんなことを言い出した。
「実を言うとウチも帰りたいんっすよね」
「ちょっとカティアあなたね、こういう場でそんな事堂々と言わないでしょ普通? せっかくレンが用意してくれた場なのに。店代だって無駄になるじゃない」
「そんな事言っちゃって。隊長だって本当はこういう催し、あまり好きな口じゃないっすよね?」
「そ、そんな事ないって。ほら、チームの絆が深くなるんだったら良いと思うし……」
あっこれは、もしや…… レンも察しが付いた。イリスも口では催し事に賛同しつつ、内心乗り気ではないのだと。冷静に考えてみればイリスは騒がしくて、人の多い場所は好まない。
なにもイリスだけではない。何か話そうとする度に少し声を張り上げないと、周りの騒音によって掻き消されてしまう酒場。そんな雰囲気が好きな女子などいる筈もない。
「なんか悪かったな、俺が言い出したばっかりに。他のチームとかは、よくこういう事をやってるみたいで、ならばウチもと思ったんだけどさ……」
「もう…… 隊長として正直に言います。私もあんまり、こういう場って好きじゃないの。皆と一緒に居るのは良いの、でもこういう場所は嫌い。汚らしいし」
御もっともな話だ。普段小汚い奴らが集う宿舎に床を構える彼にすら、この店は汚く映る。少なくとも女の子とは無縁の場所であって欲しい。
「まぁそうっすね。分かるっすよ。でも世の中にはもっと汚い場所なんて幾らでもあるっすけどね。で、レンはどうなんっすか、こういうの?」
「まぁ、あんまり好きじゃないな。俺もこういう催し事は」
もうここまできたら本音を漏らしても罰は当たらないだろう。言い出しっぺの告白にカティアはこの夜一番の笑いを浮かべる。
「にゃはははは。結局、誰一人として乗り気じゃなかったのに開いちゃったんっすね。祝勝会」
「ほらだって、あなたが『いいっすね』とか言い出して、エイルもついて行くなんて言った時点で断りにくいじゃない……」
「まぁ隊長は場の空気に合わせる事に関しては才能あるっすからね。真面目すぎるというか」
「何が悪いのよ! カティア、あなたはもう少し真面目にやりなさいよ、いろいろと」
食事に手も付けないで、いつもの様に小競り合いを始める二人。一体何なんだろうこの会は。エイルはエイルですっかり眠りの世界に連れ去られている。背もたれに体重を預けすぎてか、今にもひっくり返りそうな状態になっている。
「まぁ無理に周りに合わせなくても良いんじゃないっすか? 他所のくだらない文化をウチのチームでもやる必要は無いっすよ。もともとウチら周りから色々と浮いているじゃないっすか。協調性なんてないんっすから、ウチらはやりたいようにやればいいっすよ」
「カティアあなた…… 身勝手な発言のようにみえて、結構良い事言うのね」
「惚れたっすか、隊長?」
「ちょっとやめてよ。私は女の子同士の趣味とかないからね」




