72.再始動
トーナメント大会。
それは各地の飛空士を目指す学生達、厳密な言い方をするのであれば『訓練生』が集い競技を行う場だ。
参加者は国内のみならず同盟国からも集まり、今回で40回目を迎える権威ある大会である。先の予選後、浮遊島が中央都市の空から早々に立ち去った影響で大会は暫し中断となっていた。
それから数日を挟み、ようやく浮遊島群の接近に伴い大会が再開となる次第だ。
惨敗を喫した予選の時と同じく、分厚い雲が覆い陽が全く顔を覗かせない空模様が広がる。しかし今回、レンはひたすら天候悪化、即ち雨を願う。レン達がこれから今日挑もうとしている敗者復活戦。この戦いを突破できるか否かは運任せ、謂わば賭けの要素が強い。
気付けばレンはチーム部屋の前までやってきた。空色ばかりを気にしていたが、天候以前にメンバー四人が揃わなければ飛ぶ事すら叶わない。あの後イリスは残る二人を呼び戻すことができたのか。
そんな彼の心配は扉を開けた途端、綺麗さっぱり消え去った。
「いやぁ、遅いっすよレン」
「んっ…… レン遅い、もう出発する」
彼の到着を待ち焦がれていたカティア、エイルそしてイリス。チーム部屋に見慣れた女子三人が集いレンを出迎える。
イリスが立ち上がり、軽く咳ばらいをして、チーム部屋にいる全員の視線を引き付け発す。
「改めて、このチームの隊長を務めさせてもらうイリスよ。よろしく」
「うわぁ、なに改まっちゃってるんっすか?」
「もう、うっさいわねカティア! 早く会場へ向かうわよ」
――四人が学園近郊の飛行場へと赴く途中。レンはイリスと距離を取り、カティアと二人並んで足を進めていた。
「ちゃんと言葉は交わせたか?」
「なんのことっすか?」
「いや、イリスに謝ったのかって話」
「そうっすね、それとなく伝えはしたっすよ」
「それとなく?」
「隊長がウチを見つけるなり、もう一回大会に賭けるってテンション上がってて。改まって謝るタイミングを逃したっすよ」
「まぁ本人が吹っ切れたならいいんだろうけど」
傍から見れば水と油のような関係性に見えるイリスとカティアだが、互いに上手い距離感で自然と調和できているのはなぜだろう。
人間関係とは実に不思議なものである。
――いよいよ再戦すべく会場入りした四人。
予選敗者が集うタイムレースとはいえ、周りは性能に勝った機材を有する猛者揃い。楽には勝たせてくれまい。
本戦の前に行われる敗者復活戦は上位3チームだけが、後の本戦トーナメントへの参加券を手にできる。純粋なタイム計測による戦いで、予選時のタイムが遅い順から試技を開始。
イリス隊長率いるチームは当然の如く先陣を切ってスタート位置に着く。
「イリス無理はしなくていいから、いつも通りに頼む」
「言われなくても大丈夫よ」
「エイル、昨晩はよく寝れたか?」
「わぅ。大丈夫、今日は起きてられる…… 多分」
「カティア、暫く間が空いたけど腕は鈍ってないか? 今日も頼むぞ、信頼してる」
「にゃはははは。たかが数日じゃ鈍るどころか、いい休養になったっすよ。そういうレンこそ、飛べなくなってたりしないっすよね?」
「心配すんな。お前が知らないところで結構鍛えてきたからな」
こうして三人と言葉を交わせる事がどれだけ嬉しいことか。
ジークのチームにゲストとして迎い入れられた時には感じられなかった心の躍動。
自分(操縦席)の後ろから繋がる、でも目には見えない絆。他所と比べれば決して褒められたパフォーマンスを発揮できていなくても、安心して背を任せられる仲間。今このチームよりも身も心も預けられるチームなど他には無い。いくら個々の実力が優れた者が集まろうと、決して代えは効かない。
スタートの合図と共に四人はあの日以来となる大空へと飛び立って行った。
「んっ。レン、後ろから追ってきてる。たぶん抜かれる……」
今日は居眠りせず、しっかり役割を熟すエイル。唯一機体後方を目視できるポジションである魔力炉監視に就く彼女から、報告が上がってきた。
規定の高度に達し、これから速度を上げようというタイミングで後発のチームが迫ってきたというのだ。自分たちよりも遅れてスタートし、その上まだコースも序盤だというのに、既に背後まで迫って来たライバル勢。
これは直ぐに抜かれるな……
などと思っている矢先、予想よりも遥かに上回る速度で前へと出られた。
「追わなくて良いわ。前に出られた時点で大きなタイム差で負けてるから」
「言われなくて追えないっすよ隊長。この機体、本当遅いっすからね」
予選の時とは違うイリスの落ち着いた判断、これが本来の彼女だ。陣頭指揮を取る彼女の言葉を胸に操縦席のレンはペースを維持する。
『また来た』後発が迫る度にそう伝えるのは最後尾に座するエイル。今日はいつになく機転が利いているが、できれば後方では無く魔力炉の機嫌を窺う為に計器を注視して欲しい。
さて、ここまで何チームに抜かれただろうか。操縦桿を握る彼に指を折って数える余裕などは無いが、少なくともトップ3に入るという条件からは押し出されている。
「レンも隊長も随分と落ち着いてるっすね。何かとっておきの策でもあるんっすか?」
「あるにはあるが、運任せも良いところでな」
「えっ本当っすか? 勿体ぶらずに教えるっすよ」
秘策なんて呼べるかどうかは分からないが、運が味方しない事には何の行動も起こせない。またしても側方から他チームに抜かれようとしていた時だった。
パチ…… パチパチ……
雨粒が窓を叩き始めた。高速で叩きつけられた水滴はガラス上を這い後方へと流れていく。
「わぅ…… 雨降って来た、視界が悪くなりそう。ツイてない……」
「よしでかした!」
「えっ?」
「エイル魔力炉をしっかり見張っていてくれ。ここから一気にペースを上げる」
雨粒が激しく叩きつけられ、視界が悪化していく最中、ここぞとばかりに機体は速力を増す。一機、また一機と彼らは抜かれて行った順位を挽回し始めた。飛空士の先輩が言っていた通り、新型の魔力炉を搭載したチームは止む無く出力を下げているようだ。失速から間逃れる事は叶わず旧型機にポジションを奪われていく。
「敵の心配をするのもアレだけど、他のチームはどうして急に――」
「まぁこれが運任せの秘策ってところかな。今の出力を維持できそうかイリス?」
「大丈夫、体力には余裕があるわ。カティア、あなたも大丈夫?」
「ウチはまだまだ余裕っすよ。地に戻るまでこのまま行けるっす。ルーちゃん大丈夫そうっすか?」
「うん。絶好調、問題なく動いてる」
条件は揃った。行ける所まで行こう。
折り返しを終え、コースも終盤に入る頃には彼らの前を飛ぶ者はいなくなっていた。そして、危なげなく帰還。
その後、リザルトボードには堂々のトップタイムと、チーム代表者イリスの名が誇らしそうに刻まれていた。




