71.僅かな可能性
こんな時間まで何処をほっつき歩いていたんだ、お前もこっちに来て一杯飲もうや。
レンが帰ってくるなり宿舎の先輩達から掛けられた第一声はそんな言葉だった。酒に付き合うつもりはない。そもそも、年齢的に付き合う事もできない。しかし彼は先輩達に相談を持ちかけたかったからこそ、この宿舎の魔界こと、酒盛り部屋に顔を見せていた。
「そりゃまた無理難題だな」
「ですよね」
無理な話だと渋い顔をされるのも仕方ない。
レンが相談した内容。それはチームの旧型機で、他校が保有する能力の高い機体に対抗するにはどうすればいいか、というものであった。
それ程の性能差があっては小手先だけの小細工では差は埋まらない。そもそも何世代も前の旧型機を限界まで攻め立て、タイムレースに挑もうとするのが誤っているという。
あくまであれは空の基礎を学ぶ為の機体であり、性能を重視したものではない。
「いいかお前さん。例えるならば銃から放たれた弾を弓から放った矢で追うようなものだ。それだけ性能差はでかい。せめてA判定の供給能力を持った奴がいれば渡り合えるかも知れないけどな……」
A判定の強者こそいないにしろ、レンのチームだって魔力の供給能力に関しては平均より上だ。魔力炉運転を担当するカティアはC判定、イリスに至ってはB判定で学年でも上から数えた方が早い能力の持ち主。しかしそんな二人の総力を決しても手の打ちようがないのか。
周りの先輩達も首を縦に振り打開策は無いといった様子の中、一人の飛空士がある一つの可能性を口にした。
「雨に振られれば或いは…… 僅かにだが、対抗できる可能性はある」
「雨ですか?」
そうか、それならばもしかして…… 僅かな突破口に周りの先輩飛空士達も唸りだす。
メカニカル面に詳しいその飛空士はレンにも分かるよう、こう説明した。
現行型の魔力炉は旧型に比べ雨天時に弱い。
というのも今時のそれは内部が精密に作られ過ぎていて、浸水すれば直ぐにヘソを曲げるのだとか。勝手にヘソを曲げられた日には命がいくつあっても足りない。
そうならない様、雨天の際には水滴の侵入を減らす為に給気口を狭める必要がある。するとどうなるか、冷えた空気を満足に取り込めず炉の冷却が不十分になる。そのため冷却を疎かにしないためには、苦肉の策で出力を落とさざる得ない。
「一方でお前たちの機体に搭載されている旧型の炉はデカイ図体のわりに、中身は単純極まりないものだ。おかげで雨天時の影響を受けにくく、パフォーマンスを落とさずに済む」
「なるほど、雨ですか。結局は運任せか……」
打開策が見つかったものの、その手が打てるか否かは空の気分次第。またしても土壇場での運頼みとなりそうだ。
ならば皆で雨乞いでもするか、先輩達はそんな冗談を抜かしながら悪酔いに浸る。
「いや。明日は雨じゃ」
その言葉の主は今しがた酒盛り部屋にやってきた大先輩こと、宿舎オーナーの爺さんだった。
「いやいや爺さんなんで明日の天気なんて断言できるんだ。観測台の連中ならともかく、全くの素人にしてみれば明日になってみないと、天気なんて分からないだろ」
御もっともな意見を浴びせられる年寄だが、尚も彼は言葉を曲げようとはしない。長い年月飛んでいると、そういう事もなんとなく読めるようになるんだと。
迎えた翌朝。案の定、分厚い雲が陽を遮り、いつ雨を降らせてもおかしくない様相を呈していた。




