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第86話 六人で進むための課題



 友人たちを屋敷へ招いた休養日が終わり、学院での生活が再び始まっていた。


 昨日の朝、担任から交流演習の合同説明について告げられて以来、教室ではその話題が何度も上がっている。もっとも、正式に知らされているのは、今日の放課後に実施場所と基本課題が説明されるということだけで、演習中にどのような条件変更が行われるのかは明かされていない。


 俺も気になってはいたが、まだ分からない内容を予想して特別な準備をするつもりはなかった。


「セス、今日は放課後に講堂へ行くんだよね?」


 学院へ向かう馬車の中で、リビアが鞄から取り出した予定表を確認しながら尋ねてきた。


「うん。昨日の帰りに掲示された案内だと、東講堂に集合だったはず。第三班は六人そろってから指定された席に座るって書いてあったよ」


「レオル先輩たちとは入口で待ち合わせだね。ガレス君が遅れないか、ちょっと心配だけど」


「昨日も確認したし、大丈夫じゃないかな。ガレスは約束を忘れるような人じゃないと思う」


 リビアは小さく笑い、予定表を鞄へ戻した。


 窓の外では、朝の王都を行き交う馬車や人々が少しずつ増えている。商店の軒先には開店準備を進める人の姿があり、石畳を踏む馬の蹄の音が規則正しく響いていた。


「ねえ、セス。昨日のみんな、楽しそうだったね」


「うん。イザークなんて、今日も盤上遊戯の話をするかもしれないな」


「ふふっ。最下位じゃなかったのが、そんなに嬉しかったんだね」


「本人にとっては大事だったんだろうな。俺も次はもう少し勝ちたいけど」


「私だって負けないよ?」


 リビアが楽しそうに微笑む。


 俺はその表情を見ながら、昨日の屋敷で過ごした時間を思い出した。みんなで昼食を食べ、庭を歩き、盤上遊戯を囲んだ午後は、特別な事件が起きたわけでもないのに、妙にはっきりと記憶に残っている。


 以前なら、友人たちが帰ったあとに屋敷の片づけを手伝うことまで考えていただろう。けれど昨日は、グレイヴに任せてリビアと二人で休み、夕食まで穏やかに過ごすことができた。


(ああいう時間を、これからも大切にしたいな)


 そう思ったところで、リビアが俺の手へそっと触れた。


「今日の演習説明も、一緒に聞こうね」


「もちろん。同じ班なんだから」


「それだけ?」


 少しだけ悪戯っぽい目で見つめられ、俺は苦笑する。


「同じ班じゃなくても、終わったらリビアと話したいよ。何があったか聞きたいし、俺の話も聞いてほしい」


「うん。それなら満足」


 彼女は嬉しそうに俺の手を握り直した。


 俺もその手を包み返し、学院へ到着するまでの短い時間を一緒に過ごした。


     ◇


 教室へ入ると、予想通りイザークが昨日の盤上遊戯について話していた。


「だから、最後の勝負は俺も結構いいところまで行ったんだって!」


「いいところまで行ったのは認めるけど、一位じゃなかったでしょう?」


 ナナリーが笑いながら返す。


「そこは次の機会に取っておいてやったんだよ」


「ずいぶん余裕がある言い方だね」


 ディーンまで加わると、イザークは少しだけ悔しそうな顔になった。


 俺とリビアが近づくと、ミリアナがこちらへ手を振る。


「おはよう、二人とも。昨日はありがとうね」


「おはよう。こちらこそ来てくれてありがとう」


「うちでも昨日の話をしたら、母が安心してたよ。公爵邸へ行くって聞いたときは、やっぱり少し心配してたみたい」


「何か失礼がなかったか、とか?」


 リビアが尋ねると、ミリアナは頷いた。


「そう。でも普通に友達と遊んできたって話したら、今度は何をして遊んだのか詳しく聞かれちゃった」


「うちも似たような感じだったよ」


 ナナリーが会話へ加わる。


「最初はお父様にご挨拶したけど、あとは本当に普通だったって説明したら、母がちょっと驚いてた」


 その言葉に、リビアが少しだけ考えるような表情を浮かべた。


「私たちにとっては普通の家だけど、みんなにとっては公爵邸だものね。緊張させちゃったなら、ごめんね」


「謝ることじゃないよ」


 ミリアナはすぐに首を横へ振った。


「むしろ、行ってみたらすごく楽しかったんだから。また遊びたいって思ってるよ」


 リビアの表情が柔らかくなる。


 俺も嬉しくなって、自然に笑った。


 そのあと話題は今日の交流演習へ移った。


「第三班は連絡・誘導が二人だったんだよな?」


 イザークが尋ねる。


「うん。俺とレオル先輩」


「第五班は物資管理が二人だったぞ。班ごとに重なる役割が違うって説明は本当だったんだな」


「その辺りも今日の説明で分かるかもしれないね」


 サザリーが言うと、アルフォルド殿下が近くから頷いた。


「ただし、ほかの班の配置を比較することが目的ではないだろう。自分たちの班で何が必要になるかを考えるべきだな」


「殿下、もう情報整理役らしいこと言ってますね」


 イザークが笑う。


「役割を理由に言っているわけではない」


 アルフォルド殿下は落ち着いた口調で返したが、その表情にはわずかに笑みがあった。


 やがて担任が入ってきたため、俺たちは席へ戻った。


 午前中の授業はいつも通り進んだ。数学では少し複雑な計算問題が出され、魔術理論では複数属性を扱う際の基本的な安全管理について復習したが、交流演習のために特別な内容へ変更されたわけではない。


 午後の授業も終わり、教室へ戻って鞄をまとめるころには、窓の外の光が少し傾き始めていた。


「セス、行こうか」


 リビアが声をかける。


「うん。サザリーも一緒に行く?」


「もちろん。第三班の集合場所は東講堂の入口だったね」


 俺たち三人は教室を出た。


 廊下には同じように講堂へ向かう生徒たちが何人も歩いている。いつもより少し賑やかだったが、走ったり騒いだりする者はおらず、教師たちが要所に立って誘導していた。


 東講堂へ着くと、入口の近くにガレスとエミリアがいた。


「お、来たな!」


 ガレスがこちらへ手を上げる。


「待たせた?」


「いや、俺たちも今来たところ。レオル先輩はまだみたいだな」


「上級学年は授業が少し遅く終わることもあるからね」


 エミリアが答える。


 俺たちは入口の邪魔にならない場所へ移動し、ほかの班が入っていく様子を眺めながら待つことにした。


 しばらくすると、廊下の向こうからレオル先輩が歩いてきた。


「すまない。待たせたか?」


「大丈夫です。まだ集合時刻前ですから」


 リビアが答えると、レオル先輩は安心したように頷いた。


「では入ろう。第三班の席は中央より少し後ろだったはずだ」


 六人そろったところで、俺たちは講堂へ入った。


     ◇


 東講堂は、普段の授業で使う教室よりずっと広かった。


 高い天井には魔導灯が等間隔に設置され、正面には大きな黒板と説明用の台が用意されている。客席は緩やかな階段状になっており、前の席に座った生徒の頭で黒板が見えなくならないよう工夫されていた。


 すでに多くの班が集まっていた。


 俺たちは指定された第三班の席へ向かい、六人で並んで座る。中央にはサザリーとエミリアが座り、その左右へ俺とリビア、ガレスとレオル先輩が位置した。


 しばらくすると、エレナ先生を含む数人の教師が正面へ現れた。


 エレナ先生は全体を見回し、全班がそろっていることを確認してから口を開く。


「それでは、交流演習の合同説明を始めます」


 講堂のざわめきが静まった。


「最初に確認しておきますが、今回の演習は個人の戦闘力や魔力量を競うものではありません。班の中で情報を共有し、役割を活用し、状況の変化へ対応できるかを確認するものです」


 以前から説明されていた内容だった。


 けれど、実際に課題を聞く直前だからか、俺も自然に背筋が伸びる。


「演習の実施場所は、学院北側にある第二総合演習区画です。普段の基礎訓練にも使用されている施設ですが、今回は複数の区域を組み合わせて使用します」


 エレナ先生の隣にいた教師が、黒板へ大きな図面を掲示した。


 そこには、いくつかの区画を通路でつないだ施設の配置が描かれていた。


 中央に広い区画があり、その周囲に複数の小区域が配置されている。通路は一つだけではなく、途中で分岐したり、別の区画へつながったりしていた。


「この図面は施設の基本配置です。ただし、当日の通行可能区域や障害物の位置は、演習開始時に配布される資料を優先してください」


 その説明を聞きながら、俺は図面へ目を向けた。


 通路の幅や区画の広さは分かる。


 けれど、どこが使えるのかはまだ分からない。


(地図だけで作戦を決められないようになってるんだな)


 そう思ったところで、エレナ先生が次の説明へ移った。


「今回の基本課題は、指定された物資を出発地点から目的地点へ運び、必要な情報を確認したうえで、班全員が安全に最終確認地点へ到達することです」


 講堂の空気がわずかに動いた。


 物資を運ぶ。


 情報を確認する。


 全員で到達する。


 単純に聞けば、それほど難しい課題ではないようにも思える。


 けれど、わざわざ交流演習として行う以上、ただ荷物を持って歩くだけでは終わらないのだろう。


「物資は班ごとに内容と数量が指定されます。演習開始前に確認時間を設けますが、途中で追加の指示が出る場合があります。また、目的地点へ到達するだけでは課題達成とはなりません。必要な確認事項を満たし、班全員の状態を確認したうえで終了申告を行ってください」


 エミリアが隣で小さく頷いた。


 物資管理を担当する彼女にとっては、かなり重要な説明だったはずだ。


「演習区画内には、模擬的な障害や通行制限が設けられます。ただし、実際の危険を伴う行為は禁止です。教師の許可なく高出力魔術を使用したり、施設を破壊して通路を作ったりすることは認められません」


 俺は思わず苦笑しそうになった。


 施設を壊して進むつもりなどない。


 ただ、自分が魔術で障害物を取り除ける場面があったとしても、それが許可されていなければ使えないということだ。


「また、今回の演習では班ごとに開始時役割が割り当てられています。前衛対応、術式対応、情報整理、物資管理、連絡・誘導の五種類です。六人班では一部の役割が重複していますが、それぞれの役割を固定して考える必要はありません」


 エレナ先生は一度言葉を切り、講堂全体を見回した。


「重要なのは、誰が何を担当しているかを班全体が理解していることです。必要に応じて補助や引き継ぎを行うことは認められます。ただし、役割を無視して全員が同じ行動を取ることは、適切な連携とは言えません」


 その言葉に、俺は第三班で話し合った内容を思い出した。


 自分の役割だけを見るのではなく、ほかの役割とのつながりを考える。


 昨日サザリーが話していた、情報整理へすべてを集める必要はないという考え方も、ここで役立つかもしれない。


 説明はさらに続いた。


「演習中には、条件変更が行われる場合があります。ただし、どのような変更があるかは事前に公開しません。開始時の計画が最後まで通用するとは限らないため、変更が伝えられた場合は、班内で情報を確認し直してください」


 教師の一人が黒板へ「確認済み情報」「未確認情報」「推測」という三つの項目を書き加えた。


「情報を扱う際には、この区別を意識してください。確認できていないことを事実として伝えたり、古い情報を更新せずに使い続けたりすると、判断を誤る原因になります」


 俺はサザリーの方を見た。


 彼もこちらへ視線を向け、少しだけ頷いた。


 第三班で話し合っていたことが、正式な説明の中でも重要視されているらしい。


「最後に、安全についてです」


 エレナ先生の声が少しだけ厳しくなった。


「実際の体調不良や怪我が発生した場合は、演習の進行より安全を優先してください。申告したこと自体を不利益として扱うことはありません。また、教師が中止を指示した場合は、理由を問わず直ちに従ってください」


 講堂全体が静かになる。


「模擬的な負傷や障害は演習の一部として扱いますが、実際の異常を隠して続行することは認めません。自分の状態だけでなく、班員の状態にも注意を払ってください」


 俺はその説明を聞きながら、自然にリビアへ視線を向けた。


 彼女もこちらを見ていた。


 言葉は交わさなかったが、何を考えているのかは何となく分かる。


 以前の俺なら、多少無理をしてでも課題を達成しようとしたかもしれない。


 けれど今は、そうする必要がないことを理解している。


(安全を守ることも、課題の一部なんだ)


 俺はそう考え、正面へ視線を戻した。


     ◇


 全体説明が終わると、各班へ基本資料が配布された。


 第三班にも一部届き、レオル先輩が受け取って机の中央へ置く。


 資料には実施場所の基本図面、課題の概要、安全規則、役割ごとの基本的な注意事項がまとめられていた。


 ただし、当日の具体的な物資内容や通行可能区域、条件変更の内容は書かれていない。


「思ったより情報が少ないな」


 ガレスが資料をめくりながら呟く。


「でも、今の段階で必要なことは書いてあると思うよ」


 エミリアが答える。


「物資の確認時間があることも分かったし、途中で追加指示が出る可能性もある。少なくとも、何も知らずに始めるわけじゃないから」


「そうだな」


 サザリーが資料の一部を指差す。


「それに、基本課題は三つに分けられると思う。物資を運ぶこと、必要な情報を確認すること、班全員が安全に最終確認地点へ到達すること。この三つを全部満たす必要があるんだろうね」


「途中で一つだけ終わっても駄目ってことか」


 俺が言うと、サザリーは頷いた。


「そう。だから、どれか一つだけを優先しすぎると問題になるかもしれない」


 そのとき、レオル先輩が資料を閉じた。


「ここで具体的な作戦を決めるのは早いと思う。ただ、今日の説明を聞いて、それぞれが気になった点を一つずつ共有しておくのはどうだろう」


「いいと思います」


 リビアが答える。


 ほかの四人も頷いたため、俺たちは講堂の席に座ったまま短い確認を始めた。


 最初に口を開いたのはガレスだった。


「俺は、前衛対応だからって最初から先頭を歩くとは限らないってことが気になった。通路が狭かったり、魔術で確認した方がいい場所だったりしたら、別の人が前に出た方がいいかもしれない」


「それは大事だね」


 レオル先輩が頷く。


「僕は連絡・誘導が二人いることをどう使うかが気になった。ただ、分かれて動く必要があるかどうかは、当日の区画を見ないと判断できないと思う」


 次にエミリアが資料を見ながら話す。


「私は物資の数量確認かな。途中で追加指示があるかもしれないなら、最初の数だけじゃなくて、増減した理由も残しておきたい」


「情報整理の記録ともつながりそうだね」


 サザリーが言う。


「僕は、情報を一度全部集める必要があるかどうか。昨日クルセスにも話したけど、緊急性が高い情報なら必要な相手へ直接伝えた方がいい場面もあると思う」


 そこで俺は頷いた。


「うん。俺も同じことを考えてた。連絡・誘導だからって、何でもサザリーへ持っていくんじゃなくて、誰がその情報を必要としてるかを考えたい」


 リビアは少し考えてから口を開いた。


「私は結界を使う場面かな。物資を守るのか、人を守るのか、通路を確保するのかで必要な結界が変わるから、最初から一つの使い方へ決めない方がいいと思う」


 全員の意見が出そろうと、レオル先輩が穏やかに頷いた。


「なるほど。今の話を聞くだけでも、役割が別々に存在しているわけじゃないことが分かるね」


「うん」


 俺も同意した。


 物資管理が把握した内容を、情報整理が記録する。


 連絡・誘導が必要な相手へ伝える。


 前衛対応や術式対応が、その情報を使って判断する。


 ただし、その順番が必ず固定されるわけではない。


 それぞれの役割は、互いにつながっている。


「じゃあ、今日の確認はここまでにしようか」


 レオル先輩が提案する。


「当日の資料が配られたら、そこから具体的に考えればいい。今はまだ決められないことが多いからね」


「賛成です」


 俺が答えると、ガレスも大きく頷いた。


「俺も。変に考えすぎて、当日違うことになったら困るしな」


「ガレスがそれを言うの、ちょっと意外」


 エミリアが笑う。


「俺だって考えるときは考えるぞ」


「知ってるよ」


 二人のやり取りに、俺たちも笑った。


 講堂の周囲では、ほかの班もそれぞれ資料を確認している。


 中には熱心に話し込んでいる班もあれば、すでに解散の準備を始めている班もあった。


 第三班は資料をレオル先輩が保管することに決め、全員で席を立った。


     ◇


 講堂を出ると、夕方の光が廊下へ差し込んでいた。


 ほかの班の生徒たちも次々と外へ出てくるため、入口付近は少し混雑している。


「じゃあ、今日はここまでだな」


 ガレスが大きく伸びをする。


「課題が分かったら、もっと緊張するかと思ってたけど、意外とそうでもないな」


「まだ具体的な条件が分からないからじゃない?」


 エミリアが答える。


「それもあるか。でも、何をするのか全然分からないよりは落ち着く」


「私もそう思う」


 リビアが頷いた。


「物資を運んで、情報を確認して、全員で到達する。少なくとも目指すところは分かったもの」


 レオル先輩は少し離れたところで立ち止まり、全員へ視線を向けた。


「次の集合は、学院から正式な案内が出てからにしよう。今の段階で追加の集まりを作る必要はないと思う」


「はい」


 俺たちは頷き、そこで解散した。


 ガレスとエミリアは同じ方向へ歩いていき、レオル先輩は上級学年の教室がある棟へ戻っていく。


 俺とリビア、サザリーは正門へ向かった。


「どうだった、クルセス?」


 サザリーが尋ねる。


「何が?」


「今日の説明。連絡・誘導の役割、少しは具体的になった?」


「うん。思ってたより考えることが多そうだけど、面白そうだなって思った」


「僕も同じだよ。情報整理って、ただ記録を取るだけじゃなさそうだから」


「サザリーは楽しそうだな」


「もちろん。こういう課題は好きだからね」


 彼は穏やかに笑った。


 リビアも隣で頷く。


「私も楽しみ。でも、結界を使う場面があるかどうかはまだ分からないね」


「使わない可能性もあるのか」


「あると思うよ。術式対応だからって、必ず結界を張らなきゃいけないわけじゃないでしょう?」


「確かに」


 俺は少しだけ考えた。


 自分が連絡・誘導になったからといって、必ず走り回る必要があるわけではない。


 リビアが術式対応だからといって、必ず結界を使う必要があるわけでもない。


 役割は目的ではなく、課題を達成するための手段なのだろう。


 そんなことを話しているうちに正門へ着き、サザリーとはそこで別れた。


「じゃあ、また明日」


「うん。また明日」


 俺とリビアは馬車へ乗り込んだ。


     ◇


 帰りの馬車の中で、リビアは窓の外を眺めながら、少しだけ考え込んでいるようだった。


「リビア?」


 声をかけると、彼女はすぐにこちらを見る。


「どうしたの?」


「いや、何か考えてるのかなって」


「うん。交流演習のことを少し」


「心配?」


「心配っていうより、楽しみかな。でも、ちょっとだけ気になることもあるの」


 俺は彼女の言葉を待った。


 リビアは少し間を置いてから、静かに続ける。


「セスって、誰かが困ってたらすぐに助けに行けるでしょう?」


「まあ、できることなら助けたいとは思うけど」


「うん。それはセスのいいところだと思う。でも今回、連絡・誘導って役割になったから、助けに行くより先に情報を伝える方が大事な場面もあるかもしれないよね」


「……そうだな」


 俺は頷いた。


 目の前に困っている人がいたら、手を伸ばしたくなる。


 それは今も変わらない。


 けれど、自分が助けに行くことで必要な情報が届かなくなるなら、結果として別の誰かを困らせるかもしれない。


「そのとき、セスはどうするのかなって思ったの」


 リビアは俺を責めるような口調ではなかった。


 ただ、俺がどう考えているのか知りたいのだろう。


 俺は少し考えてから答えた。


「まず、その場で何が必要か考えると思う。俺が直接助けるべきなのか、ほかの人に知らせるべきなのか。それで、もし自分だけじゃ判断できなかったら、班のみんなに相談する」


「うん」


「前なら、たぶん自分で何とかしようとしてた。でも今は、六人でやる課題なんだから、六人で考えればいいと思ってる」


 そう言うと、リビアの表情が柔らかくなった。


「それなら安心」


「リビアも、無理しないでくれよ」


「もちろん。私だってセスに心配かけたくないもの」


「心配すること自体は悪くないと思うけどな」


「そうだね。でも、必要以上に心配させないようにはしたいかな」


 俺たちは笑い合った。


 窓の外では、王都の通りに夕方の灯りが少しずつ増えている。


 馬車が石畳を進む音を聞きながら、俺はリビアの手を取った。


 彼女も自然に指を重ねてくれる。


「セス」


「ん?」


「演習が終わったら、また一緒に本を読もうね」


「演習が終わらなくても読めるだろ?」


「それもそうだけど、終わったあとにゆっくりしたいなって」


「じゃあ、そうしよう」


「約束ね」


「うん」


 リビアは満足そうに笑い、俺の肩へ軽く寄りかかった。


 俺もそのまま彼女の手を握り、窓の外へ視線を向けた。


 交流演習の基本課題は分かった。


 指定された物資を運び、必要な情報を確認し、班全員で最終確認地点へ到達する。


 ただし、具体的な条件はまだ分からない。


 それでも、今の俺には不思議と焦りがなかった。


 全部を一人で考える必要はない。


 第三班には六人いる。


 それぞれ得意なことも、苦手なことも違う。


 だからこそ、一緒に考える意味があるのだろう。


     ◇


 その日の夜、俺は自室で北方旅行記を開いていた。


 演習の資料を読み直そうかとも思ったが、今日の説明で必要なことはすでに確認している。具体的な条件が分からない以上、今から作戦を考えても想像の範囲を出ないだろう。


 だから、いつも通り好きな本を読むことにした。


 北方の雪深い町では、冬になると街道の一部が閉ざされることがあるらしい。


 そのため、旅人たちは宿場ごとに最新の情報を確認し、通れる道を選び直す。前日に通れた道が翌日も通れるとは限らず、経験豊富な旅人ほど古い情報へ頼りすぎないという。


 俺はその一節を読み、少しだけ笑った。


(今日の説明と似てるな)


 もちろん、旅行記を演習の教科書にするつもりはない。


 ただ、違う場所で似た考え方に出会うのは面白かった。


 しばらく読み進めていると、扉が控えめに叩かれた。


「セス、まだ起きてる?」


 リビアの声だった。


「起きてるよ」


 返事をすると、彼女が顔を覗かせる。


「少しだけ一緒に読んでもいい?」


「もちろん」


 俺は椅子をずらし、隣へもう一脚用意した。


 リビアは嬉しそうに座り、持ってきた本を開く。


 今日は庭園の本ではなく、結界魔術の基礎について書かれたものだった。


「演習の勉強?」


 俺が尋ねると、リビアは首を横へ振る。


「違うよ。前から読んでた本の続き。今日はちょうどここが気になってたから」


「そっか」


「セスは旅行記?」


「うん。雪の街道の話」


「まだ読み終わらないんだね」


「結構厚いからな。でも面白いよ」


 リビアは笑い、俺の隣で本を開いた。


 しばらく二人で静かにページをめくる。


 窓の外では夜風が木々を揺らし、遠くから屋敷の時計が時刻を告げる音が聞こえてきた。


 俺は本を読みながら、時折隣のリビアへ視線を向ける。


 彼女は真剣な表情で文字を追い、気になる部分があると少しだけ眉を寄せていた。


 その横顔を見ていると、何となく安心する。


 明日も学院へ行く。


 授業を受け、友人たちと話し、必要なら交流演習について確認する。


 特別なことが起きなくても、こうした日々は続いていく。


 そして、演習が始まれば、また新しい経験が待っている。


「セス?」


 リビアが顔を上げた。


「どうしたの?」


「いや、何でもない。リビアが隣にいるの、いいなって思ってた」


 そう答えると、彼女の頬が少し赤くなる。


「……もう。急にそういうこと言うんだから」


「本当のことだし」


「それなら、私も同じだよ」


 リビアは小さく笑い、俺の肩へそっと寄りかかった。


 俺は本を閉じず、そのまま彼女と一緒に続きを読んだ。


 交流演習の本番は、まだ少し先だ。


 どんな条件変更が待っているのかも分からない。


 けれど、今はその未知の課題を楽しみにしながら、目の前の穏やかな時間を大切にしたかった。


 六人で進むための課題。


 それは、俺一人が強ければ終わるものではない。


 だからこそ、きっと面白い。


 俺はそう思いながら、次のページをめくった。

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