第82話 役割を決める前に
第三班の顔合わせを終えた翌朝、俺が食堂へ入ると、すでにリビアは席についていた。
窓から差し込む朝日はまだ淡く、磨かれた食器や銀のカトラリーの縁を柔らかく照らしている。使用人たちが朝食を整える静かな物音の中、リビアは手元の紙へ視線を落としていたが、俺に気づくと顔を上げて笑った。
「おはよう、セス」
「おはよう、リビア。それ、委員会の?」
「ううん。昨日もらった交流演習の案内をもう一度見てただけ。昨日の顔合わせで話したことを思い出してたの」
そう言ってリビアが紙を畳む。俺も向かいではなく彼女の隣へ座り、運ばれてきた朝食へ手を伸ばした。
「俺も少し考えたよ。ガレスは剣と火、土。エミリアは水と風、それに応急手当。レオル先輩は雷と風と野外実習の経験。サザリーは情報整理と条件比較」
「セスは五属性と剣術、体術、それから状況が変わったときの対応。私は結界と剣術と魔術かな」
「こうやって並べると、結構いろいろできる班だな」
「うん。でも、それだけで役割を決めちゃ駄目なんだよね」
昨日の時点で役割を固定しなかったのは、そのためだった。学院側から示されている五つの基本役割は、前衛対応、術式対応、情報整理、物資管理、連絡・誘導。ただし、それは最初の役割でしかなく、状況次第では途中で交代したり、一人が複数を兼ねたりすることもある。
何より、具体的な課題がまだ分からない。
「リビアなら術式対応か情報整理になりそうって、つい考えそうになるけど」
「セスだって前衛か術式対応になりそうって思われるでしょう?」
「まあ、そうだな」
「でも、先生たちは得意分野だけで決めないって言ってたよ。だから私は、セスが物資管理になっても驚かないようにする」
「俺、物資管理は割と好きだと思うけど」
必要量を確認し、使用状況を見ながら残量を調整する仕事なら、執事として覚えてきたこととも近い。そう考えて答えると、リビアが目を丸くしたあと、楽しそうに笑った。
「そうだった。セス、そういうの好きだよね」
「地味だとは思うけどな」
「地味だからつまらないってわけじゃないでしょう?」
「うん」
自分でも、そこは素直に頷けた。
剣を振るうことも魔術を使うことも好きだが、それだけが俺の得意なことではない。物の数を確認したり、限られた条件から必要なものを割り振ったりするのも嫌いではないし、以前サザリーと領地課題に取り組んだときも、そういう部分を面白いと感じていた。
食事を続けていると、食堂へグレイヴが入ってきた。朝の仕事を一段落させたらしく、いつもと変わらない整った姿勢で俺たちの近くまで来る。
「おはようございます。お二人とも、少々よろしいでしょうか」
「おはよう、父さん。どうしたの?」
「先日お伝えした、ご友人をこちらへお招きする件です。旦那様とも改めて予定を確認し、候補日を二つまで絞りました」
俺は手を止め、リビアもグレイヴへ身体を向けた。
以前の確認では、友人たちをパウリー邸へ招くこと自体と参加者については認められている。ただし、学院側の予定や屋敷の都合があるため、具体的な日付までは決めていなかった。
「一つ目は次の休養日の午後、二つ目はその次の休養日です。ただし、一つ目については旦那様が昼過ぎまで外出される予定がございます。お戻りの時刻が確定していないため、ご挨拶されるかどうかは未定となります」
「二つ目なら?」
「現時点では大きな予定はございません。ただし、学院の交流演習の日程がまだすべて確定しておりませんので、皆様のご都合も含めて確認してから正式決定するのがよろしいかと」
「分かった。今日、みんなに聞いてみる」
俺が答えると、グレイヴは小さく頷いた。
「なお、どちらの日であっても、昼食から夕刻前までの私的な集まりとして準備可能です。小食堂、西側談話室、庭を使用できます。服装は学院外の私的な外出着程度で問題ございません。個人的な贈り物も不要とお伝えください」
「前にミリアナたちが気にしてたから、それも伝えるよ」
「お願いいたします」
そこでグレイヴは俺を見て、わずかに目元を和らげた。
「それから、セス」
「うん?」
「お茶についてですが、ご友人へご自身で淹れたいのであれば止めません。ただし、その場合も給仕係としてではなく、ご友人と共に過ごす者として行ってください。すべての給仕を引き受ける必要はございません」
前にも確認したことではあるが、具体的な日程を決める段階になったからこそ、改めて伝えてくれたのだろう。
「分かってる。みんなに飲んでもらいたいから淹れるならやる。でも、仕事だから全部やるってことにはしないよ」
「それで結構です」
グレイヴが満足そうに頷き、リビアも隣で笑っている。
(友達を家に呼ぶんだよな)
そう考えたとき、以前ほど「公爵家へ友人を招く」という感覚だけではなくなっていることに気づいた。
もちろん、この屋敷の主人はアルセス様であり、俺が勝手に誰かを招けるわけではない。それでも、許可を得たうえで自分の友人を迎え、一緒に過ごす場所として考えることは、もうそれほど不自然ではなかった。
朝食を終えると、俺たちは学院へ向かった。
◇
教室へ着いてすぐ、俺はディーンたちへ二つの候補日を伝えた。
「次の休養日の午後か、その次の休養日。どっちも昼食から夕方前くらいまでで、服装は普通の外出着でいいって。贈り物もいらない」
「本当に何も持っていかなくていいの?」
最初に確認したのはミリアナだった。以前からそこを気にしていたので、俺はグレイヴから聞いた言葉をそのまま伝える。
「家同士の正式な訪問じゃないから、個人的な贈り物はいらないって。どうしても何か持ってきたいって言われても、たぶん向こうが困ると思う」
「分かった。それなら持っていかない」
ミリアナが納得すると、ナナリーも安心したように頷いた。
「服装も学院へ来るときほど堅くなくていいのよね?」
「うん。私的な外出着で大丈夫」
リビアが補足する。
「私も普段の外出用にするつもりだから、みんなも気にしなくていいよ」
「オリビア様の『普段』がどこまで参考になるかはちょっと不安だけど……」
ナナリーが冗談めかして言うと、リビアは少し困ったように笑った。
「じゃあ、ディーンの家へ行ったときくらい?」
「あ、それなら分かりやすい」
前回の訪問に参加していなかったナナリーとミリアナには完全な基準にはならないものの、ディーンとイザーク、サザリーには伝わったらしい。
「俺はどっちでも空いてるぞ」
イザークが候補日を聞いてすぐ答えた。
「ただ、次の休養日だと交流演習関係で何か入る可能性はないのか?」
「そこなんだよ。学院の予定がまだ全部出てないから、今日すぐ決定はしない方がいいって父さんも言ってた」
「なら、希望だけ出しておいて、学院の連絡を待つのがよさそうだね」
サザリーの提案に全員が頷く。
その場で確認したところ、現時点では七人とも二つ目の候補日の方が予定を合わせやすそうだった。ただし、まだ学院から追加日程が出る可能性があるため、正式決定は保留にする。
「楽しみだな」
ディーンが笑いながら言った。
「この前は俺の家だったから、今度はクルセスの家か」
その言葉を聞いても、俺は以前のように訂正したくならなかった。
「うん。今度は俺たちが迎えるよ」
隣にいたリビアがこちらを見た。
ほんの少し驚いたように目を見開いたあと、すぐに嬉しそうな表情へ変わる。俺は何か特別なことを言ったつもりはなかったので首を傾げたが、彼女は何も言わずに笑ったままだった。
予鈴が鳴り、俺たちはそれぞれの席へ戻った。
午前中の授業は歴史と法制度が中心で、交流演習について新しい連絡はなかった。昼休みになっても状況は変わらず、俺は急いで何かを調べることもなく、普段通り友人たちと食事を取った。
変化があったのは午後の最後の授業が終わったあとだった。
担任が教卓の上に一束の紙を置き、帰り支度を始めかけていた生徒たちを呼び止める。
「交流演習について、各班へ次の連絡が届いている。課題そのものの発表ではないが、基本役割の仮割り当てが決まった」
教室の空気が一気に変わった。
すでに立ち上がっていた生徒も席へ戻り、イザークなどは露骨に身を乗り出している。俺も自然と姿勢を正した。
「先に言っておくが、これは演習開始時の役割だ。途中で変更、兼任、引き継ぎが発生する可能性がある。役割名だけを見て、実際に何をするかまで勝手に決めつけないこと。また、得意分野と完全に一致しない割り当てもある」
以前説明された通りだった。
前衛対応、術式対応、情報整理、物資管理、連絡・誘導。その五種類を基本としながら、六人班なので一部の役割は二人になる可能性があるらしい。
「各班の割り当ては、班別の封筒に入っている。今日中に受け取り、次の班別確認時に全員で共有すること。なお、封筒を受け取った者が一人で開封することは禁止する。班員全員、もしくは欠席者を除く参加可能な班員がそろった状態で確認しろ」
それを聞いた瞬間、教室のあちこちから小さな声が上がった。
「今日開けられないのかよ」
イザークが小声でぼやくと、近くの生徒が笑う。
「第五班は今日集まる予定なの?」
「ない」
「じゃあ待つしかないね」
「分かってるけど、気になるだろ」
俺も気持ちは分かった。
(俺はどの役割なんだろう)
前衛対応かもしれない。術式対応でも不思議ではない。情報整理や物資管理でも面白そうだし、連絡・誘導になったとしてもやってみたい。
けれど、今の段階で予想を絞る理由はなかった。
担任から各班の代表一人が封筒を受け取るよう言われ、第三班については俺たち三人の中から誰が取りに行くか一瞬だけ迷った。
「私が取ってこようか?」
リビアが言う。
「じゃあ頼む」
俺が答えると、サザリーも頷いた。
以前の俺なら、何となく自分が動いたかもしれない。けれど、誰が封筒を受け取っても中身は変わらないし、リビアが行くと言っているなら任せればいい。
少しして戻ってきた彼女の手には、学院の紋章で封をされた薄い封筒があった。
「開けたくなるな」
俺が思わず言うと、リビアが笑う。
「駄目だよ」
「分かってる」
「セスが開けようとしたら止めるけど、今は止めなくても大丈夫そう」
「俺、そこまで信用なかった?」
「今はあるって言ってるの」
そんなやり取りをしているうちに担任から解散が告げられた。
第三班の次の確認日は明日ではなく、二日後の放課後に指定されている。それまでは封筒を開けず、特別な準備もしないことになった。
「二日か……」
教室を出ながら俺が呟くと、サザリーが横からこちらを見る。
「長い?」
「少し気になる。でも、別に困らないかな」
「僕も同じだよ。予想だけならいくらでもできるけれど、それで先入観を作る必要はない」
「だな」
階段のところでサザリーと別れ、俺とリビアは委員会の掲示がある廊下へ向かった。今日はリビアの委員会で、以前調整した確認表示の位置を少人数で試す予定になっている。
「セスはどうする?」
「図書館に行こうかな。返したい本もあるし、次に読むのも探したい」
「じゃあ、今日は待たない?」
「終わる時間が同じなら一緒に帰りたいけど、合わせるために待つつもりはないよ」
そう答えると、リビアは満足そうに頷いた。
「分かった。私も、終わったらセスがまだいるかだけ確認して、いなかったら普通に帰るね」
「うん」
委員会へ向かう廊下の分岐で別れ、俺は一人で図書館へ向かった。
窓の外では午後の日差しが傾き始め、校庭に長い影を作っている。図書館へ入ると、紙と木の棚が混じった馴染みの匂いがして、自然と呼吸が落ち着いた。
借りていた『王都職人街の小さな工房』を返却台へ置き、そのまま旅行記の棚へ向かう。
海辺の町について読んだことで別の土地も気になり、今日は北方地方の旅行記を何冊か眺めてみた。リビアがいつか見てみたいと言っていた雪の山間都市について書かれた本も見つけたが、だからといって旅行計画を立てるつもりはない。
背表紙を眺めながら、一冊を抜き取る。
『北嶺街道と雪灯りの町々』
厚すぎず、旅人向けの記録として読みやすそうだった。
(リビアが言ってた町と同じ場所が載ってるかな)
少し気になったので目次を確認すると、北部の山間都市について扱った章がある。ただし都市名を見ても、彼女が幼いころに読んだ本の場所と同じかまでは分からなかった。
俺はその本を借りることにして、窓際の席へ座る。
交流演習の封筒が頭の隅には残っている。
それでも、二日後まで開けられないものを考え続けるより、今は読みたい本を読んだ方がいい。
◇
同じころ、リビアは第二予備教室前の廊下に立っていた。
今日の委員会確認は大人数を動かすものではなく、前回までの試験で問題になった確認表示の位置を、少人数で確かめることが目的だった。
マリエッタ・クロードが記録用紙を持ち、壁際へ設置した仮表示を確認している。色と番号を組み合わせた札そのものは以前と同じだが、入口直前で札を見直す生徒が重なったことから、確認表示を少し手前へ移していた。
「ここなら歩きながら見えるけれど、立ち止まる人が出た場合も通路の中央を塞ぎにくいですね」
マリエッタが言うと、リビアは実際の歩行位置から表示へ目を向けた。
「高さも前より見やすいと思います。ただ、背の低い生徒が前にいると、その後ろから番号だけ見えにくくなるかもしれません」
「では、二人並んだ状態も確認しましょう。今日は人数を増やさず、見え方だけで構いません」
「はい」
委員の生徒たちが数人ずつ歩き、表示の見え方を確認する。前回のような実人数試験ではないため、実際の混雑を再現することはできない。それでも、表示位置を壁側へ寄せたことで、確認のため少し速度を落としても中央の通行を妨げにくいことは分かった。
ただし、色と番号のどちらを先に認識するかには個人差がある。
「黄色の二番と青の二番みたいに、番号が同じだと数字だけ先に見てしまう人はやっぱりいそうですね」
委員の一人が言う。
リビアも頷いた。
「色の面積を増やす案もあったけど、それで決める前に、枠の形を変える案も比べた方がいいかもしれません。色が見えにくい状況も考えた方がいいでしょうし」
「では次は、色だけでなく形でも区別できる試作品を二種類ほど用意しましょうか」
「お願いします。ただ、それを最終案にはしないでください。実際の雨の日には、傘を閉じる場所や濡れた床も別に考えないといけないから」
リビアが念を押すと、マリエッタは記録用紙へそのまま書き込んだ。
今日の確認で、一つの案が少し前へ進んだ。
それでも完成ではない。
以前のリビアなら、問題が残っている状態に少し焦ったかもしれない。けれど最近は、未完成のものを未完成のまま置いておくことにも慣れてきていた。
(セスも今ごろ図書館かな)
ふと考えたが、時計を見ることはしなかった。
彼が待っているかどうかを確認するために作業を急ぐ必要はない。終わったときにまだ学院にいれば一緒に帰れるし、先に帰っていたなら屋敷で会える。
それで十分だった。
◇
俺が『北嶺街道と雪灯りの町々』を読み始めてしばらくすると、窓の外はさらに赤みを帯びていた。
北方の街道では冬季に雪で道幅が狭くなるため、夏と冬で馬車の通行規則が変わるらしい。旅人向けの本なので制度そのものは簡単にしか書かれていないが、宿場ごとに雪かきの担当区域が決められているという話が面白かった。
読み進めていると、ふと以前の古代交易記録を思い出す。
地域ごとに呼び方や制度が違えば、同じような用途の物でも名称が変わる可能性はある。その考え自体はすでにベルナルト先生へ伝えるつもりでいるが、旅行記を読んだからといって、ここから勝手に古代素材の答えへつなげることはできない。
(これはこれ。研究は研究だな)
俺は本へ視線を戻した。
しばらくして一つの章を読み終えたところで、今日はここまでにする。借りる手続きを済ませて図書館を出ると、廊下の向こうから見覚えのある銀青色の髪が近づいてきた。
「あ」
リビアも俺に気づいた。
互いに少しだけ歩調が速くなったものの、走るほどではない。廊下の中央で合流すると、彼女は俺が持っている本へ目を向けた。
「新しい本?」
「うん。北の旅行記。雪の町が載ってるから、ちょっと気になって」
「私が前に言ったから?」
「それもある。でも、俺も読んでみたくなった」
そう答えると、リビアは本の表紙を見つめたあと、嬉しそうに笑った。
「あとで私も見せてもらっていい?」
「もちろん」
「委員会は?」
俺が尋ねると、リビアは歩きながら今日の結果を教えてくれた。
確認表示を壁側へ寄せたことで通路を塞ぎにくくなったこと、高さも以前より見やすかったこと。ただし同じ番号で色が違う場合の混同はまだ残る可能性があり、次は色だけではなく枠の形でも区別できる試作品を比べる予定らしい。
「でも、まだ最終案じゃないよ。雨の日の傘とか床も確認できてないから」
「そっか。じゃあ、次にまた確認だな」
「うん」
俺はそれ以上案を出さず、リビアもそれを求めなかった。
正門を出て馬車へ乗るころには、空の赤みが少しずつ薄れ始めていた。
座席へ腰を下ろしたリビアが、鞄の中から例の封筒を少しだけ覗かせる。
「ちゃんと持ってるよ」
「開けてない?」
「開けてないよ。セスこそ、気になって仕方ないんじゃない?」
「気にはなる。でも二日後だろ?」
「うん」
「だったら、そのとき見ればいい」
口にしてみると、自分でも驚くほど普通の言葉だった。
以前なら、封筒の中身を予想して、どの役割でも対応できるように何か準備したくなっていたかもしれない。今だって興味がないわけではない。むしろかなり気になっている。
それでも、気になることと、今すぐ答えを知る必要があることは同じではなかった。
「私も気になる」
リビアが封筒を鞄へ戻しながら言う。
「でも、セスが何になるか当てる遊びはしない方がいいかな」
「どうして?」
「当てようとすると、そこから『じゃあこれを練習しておこう』ってなりそうだから」
「……確かに」
二人で顔を見合わせ、笑う。
「じゃあ別の話しようか」
「何の?」
「友達が家に来たら何して遊ぶ?」
その問いなら考えても問題ない。
「盤上遊戯はやりたいな。イザークが絶対やりたがるだろ」
「ディーンもまたやりたいって言ってたね。ナナリーとミリアナは初めてかもしれないから、簡単なものも用意した方がいいかな」
「庭に出てもいいし。剣は……」
「イザークが言い出しそう」
「絶対言う」
「でも今回は遊びに来るんだから、訓練になりすぎない方がいいよね」
「うん。木剣を出すとしても、全員がやりたいってなったときくらいでいいと思う」
そんな話をしているうちに屋敷へ着いた。
帰宅後、俺はグレイヴへ友人たちの予定を伝えた。現時点では二つ目の候補日の方が都合を合わせやすいが、学院の交流演習関係の追加予定を確認してから正式決定したいという話も含めて伝える。
「承知しました。では、旦那様へは第二候補を優先しつつ、学院からの予定確定を待つとお伝えしておきます」
「お願い」
「それと、セス」
「何?」
「お招きする皆様の好みについて、分かる範囲で後日教えてください。食物の好き嫌いや茶の好みなど、自然に把握している範囲だけで結構です。わざわざ調査する必要はございません」
「……調べなくていいんだ?」
「友人を招くために身辺調査を始めるおつもりですか?」
真顔で返され、俺は思わず笑った。
「しないよ」
「でしたら結構です」
グレイヴもわずかに口元を緩めた。
その夜は、夕食のあと小さな居間でリビアと一緒に過ごした。
俺は借りてきた北方旅行記を開き、リビアは別の本を読んでいたが、しばらくすると彼女が俺の方へ少し身体を寄せる。
「雪の町、載ってた?」
「いくつか載ってる。リビアが昔読んだところと同じかは分からないけど」
「見てもいい?」
「うん」
俺は本を二人の間へ移動させた。
肩が触れるくらいの距離で同じページを眺める。そこには雪に囲まれた山間都市の挿絵があり、石造りの家々の屋根へ厚く雪が積もり、夜になると道沿いへ小さな灯りを並べる風習が紹介されていた。
「綺麗……」
「夜にこれだけ灯りが並ぶんだって」
「私が読んだ本も、こんな感じだった気がする。でも、同じ町かは分からないな」
「別でもいいんじゃない?」
「うん。別でも行ってみたい」
リビアの声が少し弾んでいる。
「いつかね」
「いつか」
具体的な日付は決めない。
どの町へ行くかも、今は決めなくていい。
それでも二人で同じ挿絵を見ながら、いつか行けたらいいと話す時間は楽しかった。
しばらくして、リビアが本から顔を上げた。
「セス」
「ん?」
「手、つないでもいい?」
「もちろん」
本を片手で押さえながら、空いている方の手を差し出す。リビアの指が重なり、ゆっくりと絡んだ。
俺たちはそのまま、もう一度本へ視線を戻した。
交流演習の封筒は、今はリビアの鞄の中にある。中には俺たち六人の最初の役割が書かれているはずだが、それを知るのは二日後でいい。
友人たちを屋敷へ招く日も、もう少しで決まりそうだった。
ベルナルト先生との研究には、まだ答えの出ていないことがいくつもある。来月には実技確認もあり、その先の学院生活についても決まっていないことの方が多い。
けれど今夜、俺の隣にはリビアがいて、二人の間には北方の旅行記が開かれている。
握った手の温かさを感じながらページをめくると、次の章には雪の街道を安全に進むため、旅人同士が宿場で情報を交換する習慣について書かれていた。
(知らない道なら、知ってる人の話を聞けばいいんだよな)
それは交流演習にも、研究にも、これから先のことにも当てはまりそうだった。
ただし、だからといって今すぐ何かの答えへ結びつける必要はない。
俺はリビアと手をつないだまま、目の前の旅行記を読み進めた。
二日後には封筒を開ける。
そのときは、俺一人ではなく第三班の六人で中身を見る。
どんな役割が書かれていたとしても、そこから始めればいいのだと思えた。




