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第78話 決められた役割、決まっていない答え



 翌朝、朝食を終えた俺は学園へ向かう準備をする前に、グレイヴへ一つだけ確認した。


 ディーンたちを屋敷へ招く話について、今日は候補日を決めるために友達の予定を聞いてもいいのか。それとも、公爵家側で避けた方がいい日を先に確認するべきなのか。


 昨日の時点では、旦那様から「人数と候補日が決まったら改めて確認するように」と言われている。ならば俺たちで候補を出していいのだと思っていたが、全員の予定を合わせた後で、その日だけ屋敷側の都合が悪いと分かるより、先に大まかな範囲を聞いておいた方が楽な気もした。


「次の休養日につきましては、旦那様に外せないご予定がございます。その翌週であれば、現時点で屋敷側に大きな支障はございません」


 玄関広間の脇で俺の質問を聞いたグレイヴは、少し考えてからそう答えた。


「ただし、これは正式な日程確定ではございません。皆様のご都合を伺う際の候補としてお考えください」


「分かった。じゃあ、翌週の休養日を第一候補にして聞いてみる」


「それがよろしいかと存じます」


「人数は昨日ロズベル家へ行った七人で考えていい?」


「セス、そこは皆様とご相談なさってください」


 穏やかに返され、俺は口を閉じた。


 そうだった。


 屋敷側へ何人来るかを報告するのは俺だとしても、誰を誘うかまで俺一人で決める必要はない。


「……先にみんなと話す」


「はい」


 グレイヴの口元がわずかに緩む。


 その表情を見ていると、何か試されたような気もしたが、たぶん考えすぎだ。


「セス、そろそろ行くよ」


 玄関の方からリビアに呼ばれ、俺はグレイヴへ軽く頭を下げてから彼女のところへ向かった。


「何話してたの?」


「みんなを呼ぶ日の候補。次の休養日は旦那様に予定があるから、その次なら今のところ大丈夫だって」


「じゃあ今日聞けるね」


「うん。でも誰を呼ぶかもみんなと相談してから」


 俺が答えると、リビアは少しだけ目を丸くした後、嬉しそうに笑った。


「うん。それがいいと思う」


 理由までは聞かれなかった。


 俺たちは並んで屋敷を出た。


     ◇


 朝の教室で候補日の話をすると、思っていたより早く全員の予定が確認出来た。


 ディーンはその場では家の予定が分からなかったものの、従者へ確認を頼めば昼までには返事が分かるという。イザークは昨日の反省を生かしたらしく、「たぶん空いてる」とは言わず、家へ確認してから答えると言った。


 サザリーも同じだった。


 ナナリーとミリアナは、次の休養日はそれぞれ予定があるものの、その翌週なら今のところ問題ないらしい。


「じゃあ第一候補は、その日で聞いてみる?」


 リビアが言う。


「そうだね」


 ディーンが頷き、それから少しだけ周囲を見た。


「人数は昨日の七人でいいのか?」


 俺が朝グレイヴへ聞きかけたのと同じ疑問だった。


 昨日ロズベル家へ行ったのは、ディーン、俺、リビア、イザーク、サザリー、ナナリー、ミリアナの七人。


 でも、学園で一緒に話す相手は他にもいる。


 アルフォルドやカイゼルも友達だ。


「殿下たちはどうする?」


 ナナリーが声を少し落として尋ねる。


 俺はアルフォルドたちの席へ視線を向けた。


 まだ朝の授業前で、二人とも教室にいる。


「聞くだけ聞いてみる?」


「でも王族二人が来たら、私的な集まりのままでいられるのかな」


 ミリアナが不安そうに言う。


 ディーンも頷いた。


「うちの時も話したけど、王族が来るとなると警備とか変わるんじゃないか?」


「勝手に決めないで、本人たちに聞けばいいんじゃない?」


 サザリーが静かに言った。


「参加したいかどうかと、実際に参加出来るかどうかは別だからね。僕たちだけで『王族だから呼ばない』と決めるのも違うと思う」


「それもそうだね」


 俺は席を立った。


 アルフォルドとカイゼルのところへ行くと、こちらの話が少し聞こえていたらしく、カイゼルが面白そうに俺を見る。


「今度は公爵邸で遊ぶ相談か?」


「聞こえてた?」


「イザークの声はよく通る」


「俺のせいかよ」


 後ろからイザークの声が飛んできた。


 俺は苦笑してから、二人へ候補日の話を説明した。


「俺たちは来てほしいと思ってる。でも、王族が参加すると警備とか変わるかもしれないから、二人が来たいかどうかも含めて先に聞こうって話になった」


 アルフォルドはすぐには答えず、カイゼルと一度だけ視線を合わせた。


「私は嬉しいが、今回は遠慮しておこう」


「いいの?」


「ああ。ロズベル家の集まりへ参加しなかった理由と同じだ。私が参加すれば、護衛や事前確認が必要になる。パウリー公爵家なら受け入れ自体は可能だろうが、君たちが友人同士で遊ぶための集まりへ、余計な形式を持ち込む必要はない」


 穏やかな答えだった。


 拒まれた感じはしない。


「私も今回はやめておく」


 カイゼルも続ける。


「ただし、別の機会に遊びへ誘うことまで遠慮するなよ」


「もちろん」


「盤上遊戯があるなら、そのうち混ぜろ。イザークが負けたという話を聞いて興味がある」


「何でそこだけ広まってるんだ!」


 再びイザークの声が飛ぶ。


 教室の何人かが笑った。


 アルフォルドもわずかに口元を緩める。


「私も盤上遊戯なら興味がある。公的な予定と切り離せる機会があれば声をかけてくれ」


「分かった」


 俺は頷いた。


 呼ばないのではない。


 今回は参加しないだけだ。


 それなら変に気にする必要もなかった。


     ◇


 朝の話がまとまった直後、一時間目の教師が教室へ入ってきた。


 その後は通常どおり授業が進んだが、二時間目が終わったところで担任教師が姿を見せた。


 手には昨日より厚い紙束を持っている。


「次の授業へ移る前に、学年交流演習について追加の連絡を行う」


 教室の空気が変わった。


 昨日は形式の概要だけだった。


 班分けと具体的な課題は後日発表すると言われている。


 今日すぐに班が決まるとは思っていなかったが、担任教師は教壇へ紙束を置くと、黒板へ二つの言葉を書いた。


『基礎役割』

『変更役割』


「今回の交流演習では、班員それぞれに開始時の基礎役割が指定される」


 ざわめきが起こる。


 俺も黒板を見る。


「ただし、これは演習中ずっと同じ仕事だけを行えという意味ではない。状況変化によって役割の変更、兼任、引き継ぎが必要になる可能性がある」


 昨日説明された「班員の一部が別の役割を求められる」という話が、少し具体的になったらしい。


 教師は黒板へさらに書き足した。


『前衛対応』

『術式対応』

『情報整理』

『物資管理』

『連絡・誘導』


「現時点で公開する基礎役割の分類はこの五つだ。実際の班では人数や課題に応じ、一人が複数の役割に関わる場合もある。また、名称から想像出来る仕事だけを行うとは限らない」


 イザークが前衛対応の文字をじっと見ている。


 隣の席の生徒がそれに気づいて笑っていた。


「先生」


 別の生徒が手を上げる。


「得意な役割にしてもらえるんですか?」


「得意分野は考慮される。ただし、それだけで決めるわけではない」


「苦手なものを指定されることもありますか?」


「可能性はある。ただし、出来ないことを無理にやらせるための演習ではない。例えば魔術を扱えない者へ、単独で高度な術式対応を任せるような配置はしない」


 教師はそこで教室全体を見渡した。


「重要なのは、自分へ与えられた役割を『自分だけの仕事』と考えすぎないことだ。情報整理担当が得た情報を抱え込めば班は動けない。前衛対応が自分だけで危険へ対処し続ければ、他の役割が意味を失う。物資管理担当が物資を守ることだけに固執し、必要な場面で使わせなければ、それも適切とは言えない」


 俺は前衛対応の文字を見る。


(自分だけで危険へ対処し続ければ、か)


 少し前の俺なら、そこへ自分が置かれたら出来る限り全部止めようとしたかもしれない。


 今は、それが班の課題なら違うと分かる。


 俺一人で出来ることと、俺一人でやるべきことは同じではない。


 けれど、その考えを聞いて安心したところで、教師は次の言葉を続けた。


「そして今回、基礎役割は本人の希望制ではない」


 教室の数か所から残念そうな声が漏れた。


 イザークもその一人だった。


「班分けと同時に学園側から指定する。発表は数日後を予定しているため、それまでは通常授業を続けること。役割を予想して独自訓練を始める必要はない」


 最後の一言で、何人かの視線がこちらへ向いた気がした。


「……何で見るんだよ」


 俺が小さく呟くと、近くのディーンが笑いを堪えていた。


     ◇


 休み時間になった途端、イザークが黒板の前まで行った。


「前衛対応以外だったらどうするかな」


「もう希望みたいになってるじゃない」


 ミリアナが呆れる。


「剣が使えるんだから一番向いてるだろ」


「情報整理になったら?」


「やる」


 思ったより迷わない返事だった。


「文句言わないの?」


 ナナリーが尋ねると、イザークは少しだけ考えた。


「言うかもしれないけど、決まったらやるだろ。演習なんだから」


「そこはちゃんとしてるんだね」


「俺を何だと思ってるんだ」


 俺たちが笑っていると、サザリーが黒板の五つの役割を見比べた。


「クルセスは、どれをやりたい?」


「うーん……」


 聞かれて初めて考える。


 剣が使えるから前衛対応は出来る。


 五属性を扱えるから術式対応も出来ると思う。


 領地課題の経験を考えれば物資管理にも興味があるし、情報整理も面白そうだ。


 連絡や誘導も、実際に何をするのか分からないから気になる。


「どれでもいいかも」


「一番困る答えだな」


 ディーンが言う。


「だって、全部ちょっとやってみたい」


「前衛以外でも?」


 イザークが聞く。


「うん」


「お前が情報整理で、俺が術式対応だったら笑うぞ」


「イザークに術式対応を任せるなら、使える魔術の範囲に合わせるって先生言ってたでしょ」


「分かってる。でも俺、術式より剣の方が得意だからな」


「だからこそ違う役割になる可能性もあるんじゃない?」


 リビアが会話へ加わる。


「私も結界を使えるからって、術式対応になるとは限らないと思う」


「オリビアは何やりたい?」


 ナナリーが聞く。


「情報整理か連絡・誘導もやってみたいかな。委員会で人の流れを考えてるから、少し興味ある」


「じゃあ今の経験が使えるかもしれないね」


「課題が違えば、そのまま使えるとは限らないけどね」


 リビアはそう答えてから、俺を見る。


「セスと同じ班でも、役割は別になるかもしれないね」


「それが普通じゃない?」


「うん。何になるか楽しみ」


 俺も同じだった。


 班分けだけでなく、役割まで分からない。


 昨日より知らないことが増えたようにも思えるのに、不思議と嫌ではなかった。


     ◇


 昼休みになると、ディーンの家から候補日の返事が届いた。


 第一候補にしていた休養日は問題ないらしい。


 イザークとサザリーも、それぞれ家から了承を得ていた。ナナリーとミリアナも改めて確認した結果、同じ日で大丈夫だという。


「じゃあ七人でいい?」


 ディーンが確認する。


「アルフォルドとカイゼルは今回は参加しないって言ってたし」


「うん」


 リビアが頷く。


「他に誘いたい人いる?」


 誰かがすぐに答えることはなかった。


 友達が七人しかいないわけではない。


 でも、人数を増やせば増やすほど楽しくなるとも限らない。


「昨日と同じ七人でいいんじゃないかな」


 ナナリーが言う。


「今度は私たちも最初から参加出来るし」


「私もそれがいい」


 ミリアナも同意する。


 イザークとサザリー、ディーンも異論はなかった。


「じゃあ、俺とリビアから屋敷に確認する」


 俺が言う。


「正式に大丈夫って分かってから、時間とか服装とか伝えるよ」


「頼む」


 ディーンが頷く。


 それで今日決めるべきことは終わった。


 誰かが「何をして遊ぶか」まで決めようとはしなかった。


 俺も決める必要を感じなかった。


 前回だって、細かな予定を詰めなくても楽しかった。


 今度は俺たちが招く側になる。


 それでも、朝から帰るまでの予定表を作る必要はないだろう。


     ◇


 昼食後、食堂を出ようとしたところで、エレナ先生に呼び止められた。


「クルセス、少しいいですか?」


「はい」


 リビアたちは先に教室へ戻ることになり、俺は食堂脇の人通りが少ない場所へ移動した。


 エレナ先生は手元の書類を一枚確認する。


「来月の実技確認について、あなたの魔術確認で使用する第一指定属性と第二指定属性の候補を絞りました」


 俺は自然に姿勢を正した。


 以前決めた手順では、第一指定属性で低出力から中程度まで上げ、再び低出力へ戻して停止する。その後、身体と魔力の状態に問題がなければ、第二指定属性を低出力で維持して停止することになっている。


 ただし、実際にどの属性を使うかはまだ決まっていなかった。


「候補は水、土、風の三属性です」


「火は入らないんですか?」


「現時点では入れません。以前の確認で、低出力へ戻した際に観察対象となった変化が出たのは水、土、風でした。今回の実技確認は研究実験ではありませんが、あなたが指示どおり出力を変化させ、戻し、止められるかを見る上では、この三属性のいずれかが適切だと判断しています」


「分かりました」


「ただし、当日にどの二属性を指定するかは事前にあなたへ知らせません」


 少し意外だった。


「その場で?」


「はい。三つの中から教師側で指定します」


「理由を聞いてもいいですか?」


「もちろんです」


 エレナ先生は書類を閉じた。


「あなたが特定の属性だけを事前に練習し、そこだけを整えてしまうことを防ぐため――という理由もありますが、それだけではありません。今回確認したいのは、完璧な結果ではなく、指定を受けた時に普段どおり対応出来るかどうかです」


「普段どおり……」


「以前説明した通り、多少の形状変化や出力の揺れが見られたとしても、それだけで失敗とはしません。こちらが停止を指示した時に止められるか。違和感があれば申告出来るか。状態に応じて第二段階へ進むかどうかを教師と相談出来るか。そちらの方が重要です」


 俺は頷く。


「じゃあ、三属性を特別に練習する必要はない?」


「ありません。通常授業の範囲を超えた自主確認も不要です」


「分かりました」


「それから、第二指定属性へ進むかどうかは当日の状態で決めます。第一指定属性が完璧だったから必ず進む、というものではありません」


「はい」


 そこも以前から聞いている。


 でも、具体的な属性候補が決まったことで、実技確認が少し近づいた感じがした。


「質問はありますか?」


「一つだけ」


「どうぞ」


「水、土、風のどれが第一指定になるかも、その日に決めるんですか?」


「はい」


「分かりました。それなら待ちます」


 エレナ先生が少しだけ目を細めた。


「それで結構です」


 会話はそこで終わった。


 廊下へ戻りながら、俺は三つの属性を頭に浮かべる。


 水では低出力へ戻した時に形の均一さが少し崩れた。


 土では形成物の大きさや高さがわずかに残った。


 風では広がりが少し大きくなった。


 原因はまだ分かっていない。


 今回の実技確認で原因を突き止めるわけでもない。


(どれが来るか分からないなら、本当に普段どおりでいいんだな)


 それなら、やることは変わらなかった。


     ◇


 午後の授業を終えた後、俺は教室でリビアへエレナ先生から聞いた内容を伝えた。


「水、土、風なんだ」


「うん。その三つから当日二つ指定するって」


「練習しない?」


「しないよ」


「即答だね」


「先生にするなって言われたし」


「偉い」


「子供みたいに褒めないでよ」


「でも、前だったら気になったでしょう?」


「気にはなるよ。今も」


 俺は正直に答える。


「水になるのか、土になるのか、風になるのか知りたいし、前に出た違いがまた出るのかも気になる。でも、それを今確かめたら実技確認の意味変わるでしょ」


「うん」


「だから待つ」


 リビアは柔らかく笑った。


「じゃあ私も、その日まで聞かない」


「先生に聞いても教えてくれないと思うよ」


「そういう意味じゃなくて、セスと一緒に予想しないってこと」


「ああ」


 なるほど。


 俺たち二人で「水が来そう」「土じゃないか」と考え続ければ、それだけで意識してしまうかもしれない。


「じゃあ予想しない」


「うん」


 それで話は終わった。


 今日はリビアの委員会もない。


 俺たちは一緒に帰るため、鞄を持って教室を出た。


     ◇


 帰りの馬車の中で、リビアは朝決まった候補日を手帳へ書き込んでいた。


「今日、旦那様に確認出来るかな」


「帰ってすぐは仕事中かもしれないから、グレイヴに聞いてからにしよう」


「そうだね」


「大丈夫だったら、明日みんなに正式に伝えられる」


「何して遊ぶ?」


「もう決めるの?」


「聞いてみただけ」


 リビアが笑う。


「盤上遊戯は持ってくる?」


「屋敷にあるでしょ?」


「あるけど、昨日ディーン君の家でやったのとは違う種類もあるよ」


「旦那様が強いやつ?」


「それもある」


 以前聞いた話を思い出す。


 旦那様は盤上遊戯が強く、リビアによれば奥様はさらに強いらしい。


「旦那様たちも一緒に遊ぶの?」


「まだ分からないよ。お父様の予定もあるし」


「そっか」


「でも、もし時間が合えば紹介はしたいかな。セスの友達でもあるから」


 その言葉に、俺は少し考えた。


 旦那様はディーンたちの名前を知っている。


 学園で俺が誰と過ごしているかも、グレイヴを通してある程度は聞いているだろう。


 それでも、「俺の友達」として屋敷へ来るのは初めてだ。


「緊張するかな」


「誰が?」


「俺」


「セスが?」


「だって、旦那様に友達紹介するんでしょ」


 言ってから、自分でも少し変な感じがした。


 執事見習いとして働いている時なら、旦那様へ客人を取り次ぐことはあっても、自分の友達を紹介することはない。


「普通は逆じゃない?」


 リビアが楽しそうに笑う。


「公爵様に会うディーン君たちの方が緊張すると思うよ」


「それもそうか」


「でもセスも緊張するなら、一緒だね」


「何が?」


「私も友達を家に呼ぶの、楽しみだけど少し緊張するから」


 リビアにとっても、これは当たり前のことではないらしい。


 公爵令嬢だから客を迎える機会は多い。


 けれど、学園の友達を私的に招いて遊ぶことは、それとは別なのだろう。


「じゃあ二人で緊張する?」


「うん。でも準備しすぎないようにしようね」


「分かってる」


「本当に?」


「何で疑うの?」


「セス、出来ること多いから」


 その言い方に笑ってしまった。


     ◇


 屋敷へ戻ると、グレイヴがちょうど玄関広間にいた。


「お帰りなさいませ、お嬢様、セス」


「ただいま、グレイヴ」


「ただいま。朝の話なんだけど、みんなの予定が合ったよ」


 俺は第一候補の日付と、参加を考えている七人の名前を伝えた。


 ディーン、イザーク、サザリー、ナナリー、ミリアナ、リビア、俺。


 アルフォルドとカイゼルには声をかけたが、今回は王族としての警備や形式が増えることを避けるため参加しないと本人たちが決めたことも説明する。


「承知いたしました。旦那様へ確認いたします」


「今日聞ける?」


「本日中にはお返事出来るかと存じます。ただし、旦那様ご自身が皆様と長くご一緒出来るかどうかは別途予定確認が必要です」


「そこは大丈夫。俺たちで遊ぶために呼ぶから」


「かしこまりました」


 グレイヴはそこで一礼し、仕事へ戻ろうとした。


 俺は一瞬だけ迷ってから呼び止める。


「グレイヴ」


「はい」


「当日の準備、俺はどこまでやればいい?」


 グレイヴはすぐには答えなかった。


 俺の顔を見てから、静かに問い返す。


「セスは、何をなさりたいのでございますか?」


「え?」


「使用人として何をすべきか、ではございません。ご友人を招く側として、何をしたいとお考えでしょう」


 昨日、リビアにも似たことを言われた。


 俺も招く側なのだ、と。


「……みんなが来た時に迎えたい。あと、一緒に遊びたい」


「では、そのようになさってください」


「準備は?」


「必要な準備は、私ども使用人が旦那様とお嬢様、そしてセスのご希望を伺ったうえで行います。もちろん、セスにしか分からないご友人の好みや、したいことがございましたら教えてください」


「俺が給仕しなくてもいい?」


 聞いた瞬間、グレイヴの眉がほんの少し動いた。


「なぜご友人を招いて、ご自身が給仕へ回るのでございますか」


「いや、何となく」


「今回はセスも客人を迎える側でございます。執事見習いとしての勤務ではございません」


「……分かった」


「もしどうしても茶を淹れたいのであれば、ご友人と一緒に楽しむ行為としてなら止めません。しかし『自分が使用人だから』という理由で給仕へ回ることはお勧めいたしません」


 言い方は穏やかだった。


 禁止されたわけではない。


 何をするかより、どういう理由でするかを見られている。


「じゃあ、みんなと一緒にいる」


「それがよろしいかと存じます」


 グレイヴは今度こそ一礼して離れていった。


 隣を見ると、リビアが笑っている。


「何?」


「セス、給仕するつもりだったんだ」


「つもりっていうか、ちょっと考えただけ」


「当日は隣にいてね」


「うん」


 今度は迷わず答えた。


     ◇


 夕食前、旦那様から候補日について了承が出た。


 屋敷側の予定にも問題はなく、七人での私的な集まりとして受け入れ可能。


 細かな到着時刻と帰宅時刻については、各家の送迎もあるため、後日こちらから目安を伝えることになった。


 旦那様自身も昼食時には顔を出せる可能性が高いらしいが、まだ確定ではない。


「正式に呼べるね」


 小居間へ戻ったところでリビアが言う。


「うん。明日みんなに言おう」


「楽しみ?」


「楽しみ」


「何が一番?」


「……迎えるところかも」


「遊ぶところじゃなくて?」


「遊ぶのも楽しみだけど、みんながこの屋敷に来るの想像したら、ちょっと変な感じする」


「嫌な感じ?」


「違うよ」


 俺は窓の外に広がる庭を見る。


 この屋敷へ来たばかりの頃、俺はここで働けるだけで十分だと思っていた。


 グレイヴに拾われ、シルフィール伯爵家の養子になっても、自分の中では執事としてパウリー家へ仕えることが大きな軸だった。


 リビアのそばにいる。


 彼女を守る。


 旦那様に仕える。


 それが自分の場所だと思っていた。


 今も、それを捨てたいとは思わない。


 執事の仕事は好きだ。


 誰かのために動くことも嫌いではない。


 でも、友達をここへ呼んで、一緒に遊ぶ自分もいる。


「嬉しいんだと思う」


 俺は考えながら言葉にする。


「ここに友達呼べるのが」


「うん」


「俺、この屋敷で働いてるだけじゃないんだなって」


 リビアはすぐには答えなかった。


 俺の隣へ立ち、同じように窓の外を見る。


「セスはここで暮らしてるよ」


「うん」


「私の婚約者でもあるし、グレイヴの息子でもあるし、お父様にも家族として扱われてる」


「分かってる」


「それに、私の幼馴染」


「それはずっと前からだね」


「あと、恋人みたいなもの」


「みたいなもの?」


 思わず彼女を見る。


 リビアもこちらを見ていた。


「婚約者で、両想いなんだから恋人でもあるでしょう?」


「そうだけど……みたいなものって言ったから」


「じゃあ恋人」


 少し頬を赤くしながら言い直す。


 俺まで照れてしまう。


「……うん」


「それから学園の生徒で、研究が好きで、剣も好きで、旅行記も読むし、最近は職人さんの本も読んでる」


「増えてきたね」


「増えていいんだよ」


 リビアの声は穏やかだった。


「一つじゃなくていいから」


 俺はその言葉を聞きながら、自分の手を見る。


 執事の手。


 剣を握る手。


 魔術を使う手。


 ノートへ研究を書き込む手。


 昨日は職人街の本をめくっていた。


 今日は友達を招く日を決めた。


 全部同じ手だ。


「リビアもいっぱいあるよね」


「私?」


「公爵令嬢で、俺の婚約者で、学園の生徒で、委員会やってて、結界の研究もしてる。剣も使えるし」


「娘でもあるよ」


「それも」


「セスの幼馴染も」


「それもだね」


 俺たちは顔を見合わせて笑った。


     ◇


 少しして、俺たちは長椅子へ移った。


 今日は本を持ってきていない。


 何かをするためではなく、夕食までの短い時間を話しながら過ごす。


「交流演習の役割、何になるかな」


 リビアが言う。


「予想しないんじゃなかった?」


「それは実技確認の属性でしょう?」


「あ、そっちか」


「交流演習は予想しても先生に止められてないよ」


「でも役割に合わせて練習するなって言われた」


「予想するだけならいいでしょう?」


「じゃあリビアは連絡・誘導」


「委員会やってるから?」


「うん。でも、だから逆に別の役割にされるかも」


「セスは物資管理」


「何で?」


「領地課題で楽しそうだったから」


「じゃあサザリーが情報整理?」


「それだと得意なものばっかりだね」


「先生、得意分野だけで決めないって言ってたな」


 結局、予想しても答えは出ない。


 それが分かっているから、二人とも真剣には考えなかった。


「前衛対応になったらどうする?」


 リビアが俺へ尋ねる。


「普通にやるよ」


「一人で全部止めない?」


「止めない」


「即答」


「だって班の演習でしょ。俺が全部やったら他の人の役割なくなる」


「うん」


「でも、本当に危ない時は止める」


「それは私も止めるよ」


「だよね」


 安全と課題は別だ。


 危険を見過ごしてまで役割分担へ固執する必要はない。


 でも、安全な演習の中で俺だけが先に全部片づけるのも違う。


「術式対応なら?」


「指定された範囲でやる」


「情報整理は?」


「みんなにちゃんと伝える」


「物資管理は?」


「必要な時に使う」


「連絡・誘導は?」


「……何するか分からないから、説明聞く」


 リビアが吹き出した。


「最後だけ急に普通」


「分からないものは分からないよ」


「でも、それでいいんじゃない?」


「うん」


 俺も笑った。


 決められる役割。


 まだ分からない課題。


 途中で変わる条件。


 全部を今から準備することは出来ない。


 それでも、不安だけではない。


     ◇


 夕食後、自室へ戻る前にグレイヴから声をかけられた。


「セス」


「何?」


「ベルナルト先生より、学園を通して伝言が届いております」


 足が止まる。


「研究?」


「はい。明後日の放課後、第三資料室へ来られるか確認したいとのことでございます」


「何か分かったって?」


「伝言には、『北東部の交易記録について追加確認を行いたい』とのみございます」


 俺は以前の資料を思い出した。


 北東部の工房記録。


 淡灰晶。


 淡晶板。


 流量見。


 前二刻、後三刻。


 名前が同じだからといって同じ素材とは限らず、加工品名なのか地域名なのかもまだ確定していない。


「明後日……」


 口にしてから、予定を頭の中で確認する。


 通常授業以外に、今のところ放課後の予定はない。


 でも、その場ですぐ「行く」と答えるのではなく、俺は一度グレイヴを見る。


「明日の朝、体調確認してから返事でもいい?」


「もちろんでございます。ベルナルト先生からも、急ぎではないとのことです」


「じゃあそうする」


「承知いたしました」


 グレイヴが離れていく。


 研究の続き。


 少し胸が弾む。


 今日の授業で思いついた地域差のことも聞けるかもしれない。


 けれど、明後日になれば全部分かるわけではない。


 追加確認と言っていた。


 何か新しい資料が見つかったとしても、それが答えとは限らない。


(それでも楽しみだな)


 今は、それだけで十分だった。


     ◇


 自室へ戻り、机の前へ座る。


 今日だけでいくつかの予定が少しずつ形になった。


 友達を屋敷へ招く日は、第一候補で正式に受け入れ可能になった。


 交流演習では五つの基礎役割があると分かった。


 実技確認では、水、土、風の三属性から当日に二つ指定される。


 そして明後日には、体調に問題がなければベルナルト先生と北東部の交易記録を見る。


 全部が違う。


 友達と遊ぶこと。


 学園の演習。


 魔術の確認。


 古い技術の研究。


 以前なら、どれが一番重要なのか順番をつけようとしたかもしれない。


 今は、無理に並べなくてもいいと思える。


 どれも今の俺に必要で、どれも俺がやりたいことの一部だ。


 机の端には、昨日借りた『王都職人街の小さな工房』が置いてある。


 俺は研究ノートではなく、そちらを手に取った。


 明後日の研究について考えるのは、明日体調を確認してからでも遅くない。


 ページを開くと、昨日途中まで読んだ馬具職人の章が続いていた。


 一頭ごとに身体つきが違うため、基本となる型があっても最後は細かく合わせる必要があるらしい。


(決まってる形があっても、それだけじゃ駄目なんだな)


 交流演習の役割を少しだけ思い出した。


 前衛対応。


 術式対応。


 情報整理。


 物資管理。


 連絡・誘導。


 名前は決まっている。


 でも、実際に何をするかは課題と班によって変わる。


 俺がどの役割になるかは、まだ知らない。


 知らないままでいい。


 俺は本を読み進める。


 窓の外では、風が少し強くなっていた。


 明日はまた普通に授業を受ける。


 友達へ招待の日程を伝える。


 朝の状態に問題がなければ、ベルナルト先生へ明後日の研究へ参加すると返事をする。


 それより先のことは、その時になってから考えればいい。


 決まったことと、まだ決まっていないこと。


 その両方を抱えたままでも、今の俺は落ち着いて次の日を待てた。

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