第44話 途中で条件が変わるなら、最初の答えにしがみつかない方がいいらしいです
翌朝、目を覚ました俺が最初に考えたのは、サザリーとの共同学習だった。
今日の放課後。
第二学習室。
一時間。
持ち物は筆記具だけ。
課題の途中で条件が変わる。
そこまで思い出してから、机の上へ視線を向ける。
筆記具は昨夜のうちに揃えてある。
紙はサザリーが用意する。
資料も向こうで用意する。
定規はいらない。
参考書もいらない。
「……本当にこれだけでいいんだよな」
確認したくなる。
でも昨日、サザリーから「筆記具だけでいい」と言われた。
グレイヴにも、明日の課題が時間内での判断なら延長しない方がいいと言われた。
なら今日は、それを守ればいい。
ベッドから起き上がり、窓を開ける。
昨夜より雲が厚い。
風も少し湿っている。
雨になるかもしれない。
庭へ目を向けながら、朝の剣をどうするか考える。
身体は問題ない。
昨日は朝に三十分ほど基本動作を行い、放課後はリビアから結界を教えてもらった。
薄い障壁。
板ではなく布のように広げる。
右を意識しすぎれば左へ偏り、左を気にすれば今度は下が厚くなる。
まだ安定していない。
少し試したい気持ちはある。
でもエレナ先生から、今はリビアと一緒に薄く均一に作るところまで、と言われた。
「一人でやるのは違うか」
結界はやらない。
剣は。
今日の放課後は頭を使う。
身体を少し動かすくらいなら問題ない。
ただ、実技確認用の調整は昨日やった。
「今日は休みでいいな」
決める。
朝の時間が空いた。
以前ならそこで別の課題を探していた。
今日は椅子へ座り、何も持たずに窓の外を見る。
五分ほどして、リビアのことが浮かんだ。
昨日の夜、俺は彼女の部屋へ行った。
小説を読むためではなく。
結界の話をするためでもなく。
ただ話したかったから。
手も繋がなかった。
それでも楽しかった。
「……」
今朝も会いたいと思う。
でもどうせ朝食で会う。
だから今すぐ部屋へ行く必要はない。
会いたいと思ったからといって、全部すぐ行動にする必要もないらしい。
少し待てば会える。
それでいい。
◇
朝食の席へ行くと、リビアはまだ来ていなかった。
「あれ?」
いつもなら先にいることが多い。
席へ座り、グレイヴから紅茶を受け取る。
「お嬢様は?」
「もうすぐいらっしゃるかと」
「寝坊?」
「さて」
「知ってる?」
「私の口から申し上げることではございません」
それは知っている時の言い方だ。
旦那様はすでに新聞を読んでいる。
俺が何となく扉を見ると、新聞の向こうから声がした。
「気になるか?」
「何がです?」
「オリビアが来ないことだ」
「気になります」
「そうか」
それだけ言って、また新聞へ戻る。
何なんだ。
少し待つ。
扉が開いた。
「おはようございます」
リビアだ。
いつも通り髪も整っている。
でも、ほんの少しだけ目が眠そうに見える。
「おはよう」
「おはよう、セス」
彼女が席へ座る。
「寝坊した?」
「してない」
「でもいつもより遅い」
「五分くらいでしょう?」
「うん」
「寝坊じゃない」
グレイヴが静かに紅茶を置く。
「起床予定時刻より十二分遅れておられました」
「グレイヴ!」
「十二分」
「冬じゃないのに」
「セスまで!」
「昨日遅くまで本読んだ?」
「少しだけ」
「結界?」
「うん」
「何時まで?」
「そんなに遅くないよ」
「じゃあ疲れてた?」
「たぶん」
リビアがパンへ手を伸ばす。
「昨日、委員会はなかったけど、授業と結界練習もあったし。少し眠かっただけ」
「今日放課後は図書館?」
「そのつもりだったけど、疲れてたら早く帰る」
「うん」
自然に返事をする。
前なら「無理しないで」と何度も言っていたかもしれない。
今はリビア自身が判断すると分かっている。
「セスは朝、剣した?」
「してない」
「二日連続じゃないんだ」
「昨日やったから今日はいいかなって」
「本は?」
「読んでない」
「何してたの?」
「窓の外見てた」
「また?」
「うん」
リビアが少し笑う。
「上手になったね」
「何が?」
「何もしないの」
「それ上手い下手ある?」
「セスにはある」
旦那様の新聞がわずかに揺れた。
また笑っている気がする。
◇
馬車へ乗る。
昨日と同じように、俺はリビアの隣へ座った。
向かいも空いている。
でも今日は迷わなかった。
リビアが俺を見る。
「今日もこっち?」
「うん」
「理由は?」
「隣がいいから」
昨日と同じ答え。
今日は少しだけ言いやすかった。
「そっか」
リビアも昨日より自然に受け取った。
肩が触れるほどではない。
でも近い。
馬車が動き出す。
「今日、サザリーとの課題でしょう?」
「うん」
「準備した?」
「筆記具だけ」
「本当に?」
「本当に」
「参考書は?」
「なし」
「定規」
「なし」
「予備の紙」
「なし」
「すごい」
「そんなに?」
「セスにしては」
「でも筆記具は予備一本ある」
「それはいいんじゃない?」
「よかった」
少し安心する。
「課題、何だと思う?」
リビアが聞く。
「考えないようにしてる」
「考えた?」
「三つくらい」
「やっぱり」
「でも予想しても仕方ないから途中でやめた」
「何を予想したの?」
「領地の災害対応か、税の配分か、交易路」
「全部ありそう」
「だろ?」
「途中で条件変わるなら、災害かな」
「リビアも予想してる」
「私は受けないからいいの」
「ずるい」
笑う。
「セス」
「何?」
「今日、終わった後にすぐ答え出そうとしなくていいからね」
「課題の答え?」
「違う。自分が上手く出来たかどうか」
「ああ」
「終わった直後って、失敗したところばっかり気になるでしょう?」
「そうかも」
「サザリーと話してから考えればいいよ」
「分かった」
覚えておく。
◇
教室へ着くと、サザリーはまだ来ていなかった。
珍しい。
席へ鞄を置き、授業の準備をする。
少しして扉が開いた。
サザリーが入ってくる。
片手にいつもの鞄。
もう片方には、厚い紙束を入れた封筒を持っていた。
「あ」
「何だ?」
「それ今日の?」
「見るな」
すぐ封筒を背中側へ隠された。
「まだ何も見てない」
「見ようとしただろう」
「見えたら見る」
「だから隠した」
サザリーが自分の席へ向かう。
俺も追わない。
「準備してきた?」
「当然だ」
「何時間くらい?」
「それを聞いてどうする?」
「参考に」
「しなくていい」
「じゃあ秘密?」
「秘密だ」
最近、周りが秘密ばかりだ。
「一つだけ聞いていい?」
「課題内容以外なら」
「本当に一時間で終わる?」
「ああ。五十分で課題を止め、最後の十分を振り返りに使う」
「延長は?」
「しない」
「俺がもっと考えたいって言っても?」
「終了だ」
「分かった」
条件は明確だ。
少し緊張する。
でも楽しみでもある。
◇
午前の授業は普段通り進んだ。
歴史。
数学。
魔術理論。
今日の課題を意識しているせいか、数学の文章問題で条件を読み飛ばさないよういつも以上に慎重になってしまう。
「クルセス」
「はい」
「その問題に十五分使うつもりか?」
「使いません」
教師に言われ、慌てて次へ進む。
隣からリビアが笑いを堪える気配がする。
「何?」
「放課後の練習、もう始まってるね」
「違う」
「条件全部確認してたでしょう?」
「計算問題だから」
「普段より長かったよ」
「……気をつける」
サザリーとの課題のために、通常授業まで遅くなったら意味がない。
今は今。
放課後は放課後。
◇
昼休み。
食堂では、イザークが真っ先に今日の共同学習を話題にした。
「今日だろ?」
「うん」
「勝てそう?」
「勝負じゃないって昨日も言った」
「じゃあ上手く出来そう?」
「分からない」
「珍しいな」
「始まってないから」
「前なら『たぶん大丈夫』くらい言いそう」
言われてみれば、そうかもしれない。
「今回は条件知らないし」
「終わったら教えろよ」
「話せる範囲なら」
「サザリー、秘密なの?」
ミリアナが聞く。
「課題そのものは別に秘密ではない」
サザリーが答える。
「ただ、今後似た形式を使う可能性があるから、細かい条件まで他の生徒へ広める必要はないだろう」
「先生みたい」
「教師から頼まれたわけではないぞ」
「分かってる」
ナナリーが少し興味深そうにサザリーを見る。
「サザリー様も課題を受けるのですよね?」
「ああ」
「ご自分で作ったのに?」
「私が条件をすべて知っていては意味がない。途中変更の一部は先生に協力してもらった」
「先生?」
俺も初耳だ。
「誰?」
「学年担当の一人だ」
「誰?」
「それは始まれば分かる」
「また秘密」
「一時間くらい我慢しろ」
カイゼル殿下が楽しそうに笑う。
「クルセス、今日一番の課題は秘密に耐えることかもしれないね」
「それは嫌です」
「もう失敗しそうだ」
「まだ始まってません」
皆が笑う。
その後はアルフォルド殿下との六日後の剣術について少し話した。
場所は第二剣術訓練場で申請中。
時間は放課後。
正式確定は教師の許可待ち。
「俺も練習しないとな」
アルフォルド殿下が言う。
「殿下も?」
「当然だ。お前相手に何もせず当日を迎えるほど余裕はない」
「俺も練習します」
「ただし互いに実技確認前だ。怪我をするような無茶はなしだ」
「はい」
「迅雷撃破もなし」
「分かってます」
カイゼル殿下が肩をすくめる。
「みんな先に言うようになったね」
「信用されてない?」
「逆じゃないか?」
アルフォルド殿下が答える。
「言えば守るようになったから、先に確認している」
「……そっか」
少し嬉しかった。
◇
午後の授業を終える。
放課後。
リビアは図書館へ。
俺とサザリーは第二学習室へ向かう。
「終わったら?」
廊下の分かれ道でリビアが聞く。
「一時間。振り返り込み」
「私は先に帰るかもしれない」
「うん」
「無理に待たないからね」
「分かってる」
「屋敷で会おうね」
「うん」
そこで一度別れる。
以前なら、リビアが先に帰ることへ少し寂しさを感じても、それを変だと思っていたかもしれない。
今は違う。
少し寂しい。
でも帰れば会える。
だから大丈夫。
「行くぞ」
サザリーに呼ばれる。
「うん」
◇
第二学習室には、すでに一人の教師がいた。
領地行政と法務の基礎を担当するハロルド先生だ。
四十代半ば。
普段から表情の変化が少なく、授業では生徒が曖昧な言葉を使うと必ず「具体的に」と返してくる。
「来たか」
「はい」
「本日は私が条件追加を担当する」
「サザリーも知らないんですよね?」
「大枠は知っている。追加条件の内容と順番は知らない」
「なるほど」
机は二つ。
少し離して置かれている。
それぞれに同じ資料。
時計。
白紙。
「相談は?」
「最初の二十五分は禁止」
先生が答える。
「その後、十分間だけ許可する。残り十五分で各自最終案をまとめる。最後の十分が振り返りだ」
「合計一時間」
「そうだ」
「途中条件はいつ来ます?」
「教えない」
「何回?」
「教えない」
「何種類?」
「クルセス」
サザリーが横から止める。
「始まる前から情報を増やすな」
「……はい」
先生がほんの少し口元を動かした。
笑ったのかもしれない。
「今回の目的は、最初の情報で判断し、その後条件が変わった時に必要なら修正することだ。最初の答えを守ること自体に価値はない。逆に、新情報が出るたび全てを捨てる必要もない」
「はい」
「正解は一つとは限らない。ただし、理由は必要だ」
前回と同じ。
領地運営に唯一の答えがないこともある。
「では始める」
先生が時計を動かした。
◇
最初の資料を読む。
王都から南西へ三日の位置にある中規模領。
人口約一万八千。
領都のほか、農村が七つ。
主な産業は小麦と果樹。
北側には小規模な鉱山。
今年は春の長雨で、一部農地の作付けが遅れている。
領の中央を流れる川に、二つの主要橋。
そのうち南橋は去年から老朽化が指摘されている。
領の予算には余裕が少ない。
今年使える臨時予算は、金貨換算で四百二十枚。
提示された課題は三つ。
一つ。
南橋の本格補修。
費用三百八十枚。
二つ。
春の長雨で作付けが遅れた三農村への農業支援。
費用二百二十枚。
三つ。
北鉱山へ続く道の崩落防止工事。
費用二百六十枚。
全部は出来ない。
組み合わせても予算を超える。
ただし、各事業には縮小案がある。
橋は応急補修百六十枚。
農業支援は対象を絞れば百二十枚。
鉱山道は危険箇所一つだけなら百四十枚。
「……」
俺は資料を読む。
質問したい。
橋の利用量。
農村の備蓄。
鉱山の収益。
代替路。
過去の崩落。
全部知りたい。
でも今回は、資料の裏に「初期質問は二つまで」と書かれていた。
「二つ」
思わず呟く。
サザリーも資料の裏を見ている。
顔は変わらない。
まず、何を聞けば判断が変わる?
橋。
農業。
鉱山。
三つのうち一つを切るのではなく、縮小案を組み合わせることも出来る。
予算四百二十。
応急橋百六十。
農業縮小百二十。
鉱山一箇所百四十。
全部合わせれば四百二十。
「……ぴったり」
怪しい。
全部縮小すれば予算を使い切る。
でも全部を少しずつやるのが最善とは限らない。
前ならここで質問を増やしたかった。
今日は二つ。
一つ目。
どの情報が一番判断を変える?
俺は質問用紙へ書く。
『南橋が今年中に通行不能となる可能性と、代替路利用時の影響』
二つ目。
農村か鉱山か。
鉱山の道が崩れれば収益が止まる。
農村の作付けが遅れれば食料と収入へ影響する。
農村の備蓄状況を知りたい。
『支援対象三農村について、現時点の食料備蓄と、支援なしの場合に予測される収穫減少』
提出する。
先生が回答用紙を渡す。
南橋。
現状のままなら、次の大雨または増水後に重量車両の通行制限が必要となる可能性が高い。完全通行不能の可能性は低いが否定出来ない。代替路は北へ一時間半遠回り。領都への農産物輸送に影響。
農村。
食料備蓄は平均して次の収穫期まで持つ見込み。ただし現金収入が減るため、翌年の種子購入と農具修繕に影響が出る可能性。支援なしなら三農村全体で平年比二割前後の収穫減少予測。
食べられなくなるわけではない。
でも翌年へ響く。
橋は今すぐ落ちるわけではない。
でも輸送へ響く。
鉱山は情報がない。
聞かなかった。
それでも決めなければならない。
最初の案を書く。
橋の応急補修百六十。
農業支援二百二十。
合計三百八十。
残り四十。
鉱山道は今回は工事せず、監視強化と通行制限が予算外の通常業務で可能か確認――。
そこまで書いて止まる。
通常業務で可能か確認。
これは条件にない。
勝手に出来ると決めてはいけない。
なら「可能なら」だ。
でも最初の答えに細部を増やしすぎるな。
橋と農業。
理由。
橋は本格補修ではなく応急で今年を凌ぎ、農業支援は翌年への悪化を防ぐため全額。
鉱山道は保留。
書く。
時計を見る。
開始から十二分。
まだ時間がある。
見直す。
質問をもう使い切った。
追加は出来ない。
なら、今ある情報で待つ。
紙から手を離した。
◇
開始から十五分ほどしたところで、ハロルド先生が立ち上がった。
「追加条件一」
来た。
新しい紙が配られる。
『北鉱山で予定より大きな鉱脈が確認された。来年度以降、領収入が大幅に増える可能性がある。ただし現在の道が雨季に崩落した場合、採掘開始が半年以上遅れる見込み』
俺は紙を見る。
「……」
鉱山の重要度が上がった。
最初に聞かなかった情報。
どうする?
農業支援を縮小する?
橋をやめる?
全部縮小なら四百二十。
橋応急百六十。
農業縮小百二十。
鉱山危険箇所百四十。
ぴったり。
さっき怪しいと思った組み合わせ。
でも今は意味が変わった。
三つとも今年放置しにくい。
全部縮小。
ただし農業支援を半分にすれば、翌年への影響を完全には防げない。
橋も応急。
鉱山道も一箇所だけ。
全部中途半端になる。
それでも今は広く守るべきか。
俺は最初の案を消さない。
横に第二案を書く。
まだ確定しない。
サザリーを見る。
彼も紙へ何か書いている。
相談時間ではない。
自分で決める。
鉱山の収入増が「可能性」なのが気になる。
確定ではない。
でも道が崩れれば半年以上遅れるのは見込みとして出ている。
今、全額農業支援を維持する理由は、翌年の種子と農具。
縮小支援でも対象を絞れば、最も厳しい農家は守れるかもしれない。
「変更」
小さく呟き、第二案へ印をつける。
橋応急。
農業縮小。
鉱山危険箇所。
全部やる。
最初の答えを変えた。
少し落ち着かない。
でも、新しい情報が出たのに最初の案へしがみつく理由はない。
◇
二十五分。
「ここから十分間、相談を許可する」
先生の声。
俺とサザリーが同時に顔を上げる。
「どうした?」
サザリーが聞く。
「最初は橋応急と農業全額」
「私は橋本格補修と――いや、先に理由を言うべきだな」
「うん」
「私は最初、南橋の本格補修三百八十を選んだ」
「一つだけ?」
「ああ」
「何で?」
「橋は農産物、住民移動、鉱山から領都への輸送のいずれにも関係する可能性がある。共通基盤へ予算を集中した」
「でも鉱山は北じゃない?」
「北鉱山から領外へ直接出すとは資料に書いていない。領都へ集積する可能性を考えた」
「確認した?」
「していない」
「じゃあ仮定?」
「ああ。そこは弱い」
サザリーが自分で認める。
「追加条件の後は?」
「鉱山道の危険箇所補強百四十を入れたい。だが橋本格補修と両立しない」
「合計五百二十」
「ああ」
「橋を応急に落とす?」
「それを考えている」
「俺は全部縮小に変えた」
「理由は?」
「今の情報だと全部放置しにくいから」
「逆に言えば、全て不十分になる」
「そう」
そこが怖い。
「農業支援を全額にしたい気持ちはまだある。翌年へ響くから」
「だが備蓄はある」
「うん」
「なら今年の生存に直結するわけではない」
「でも来年悪化する」
「鉱山収入が増えれば来年支援出来る可能性がある」
「鉱脈が本当に収益になるなら」
「そこだな」
俺たちは黙る。
新しい鉱脈は「大幅に増える可能性」。
確定ではない。
「追加条件について質問出来る?」
俺が先生を見る。
「相談時間中、二人で一問だけ許可する」
一問。
俺とサザリーが顔を見合わせる。
「何聞く?」
「鉱脈の確度」
サザリーが即答した。
俺も同じだった。
「具体的には?」
「採算性調査がどこまで進んでいるか」
「うん」
質問する。
先生の回答。
「鉱脈の存在は確認済み。埋蔵量は推定段階。現時点の試算では、採掘開始後三年間は現在の鉱山収入の一・五倍から二倍程度となる可能性が高い。ただし採掘設備の追加投資が必要」
「追加投資額は?」
「一問までだ」
「ですよね」
聞きたい。
ものすごく聞きたい。
でも駄目。
「クルセス」
「分かってる」
「顔に出ている」
「サザリーも聞きたいだろ」
「聞きたい」
「じゃあ同じ」
「だが止める」
「俺も止める」
残りの相談時間で考える。
「俺、全部縮小のまま行くと思う」
「理由は?」
「橋を今年完全に直すより、応急で時間を買う。農業は最も厳しいところへ絞る。鉱山道は採掘開始が遅れる危険を減らす」
「来年、橋の本格補修と農業追加支援が同時に必要になる可能性は?」
「ある。でも鉱山収入が増える可能性もある」
「増えなければ?」
「その時はまた決める」
口にして、自分で少し驚いた。
未来全部を今決めない。
今の情報で選ぶ。
必要なら修正する。
サザリーが少し笑う。
「前回より早いな」
「サザリーは?」
「橋応急百六十、鉱山道危険箇所百四十。残り百二十を農業縮小へ回す」
「同じじゃん」
「結果はな」
「考え方違った?」
「私は橋本格補修を捨てるまでに時間がかかった」
「何で?」
「最初に共通基盤へ集中すると決めたからだ」
「最初の答えに引っ張られた?」
「ああ」
サザリーが素直に認める。
「お前は逆に、最初の案をすぐ変えたな」
「新しい情報出たから」
「変えるの怖くなかったか?」
「ちょっと」
「なら同じだ」
相談時間が終わる。
先生が告げる。
「ここから十五分。各自で最終案をまとめろ」
俺たちは再び紙へ向かった。
◇
残り十三分ほどになった時。
「追加条件二」
「まだあるの?」
思わず声が出た。
「ある」
先生は淡々としている。
紙が配られる。
『上流域で記録的な降雨。三日後に領内河川が増水する可能性が高い。南橋は現在のままでも歩行者と軽車両の通行は可能だが、増水時は安全確保のため一時閉鎖が推奨される。応急補修工事は着工から十日必要』
「三日後」
間に合わない。
橋へ百六十使っても、増水には間に合わない。
でも本格補修ならもっと間に合わない。
今、橋へ予算を使う意味が変わった。
増水後の復旧には必要かもしれない。
でも三日後の危険は工事で防げない。
「……」
ここで質問は?
資料の下。
『追加質問なし』
決める。
橋応急百六十を今入れるか。
工事開始しても三日後の増水前には完成しない。
ただし一時閉鎖して、増水後に工事再開は可能かもしれない。
書いていない。
勝手に決めない。
それより、橋が一時閉鎖されるなら農産物輸送へ影響。
でも今は春。
収穫期ではない。
鉱山道は雨で崩れる危険が高まるかもしれない。
追加条件には鉱山道への影響が書いていない。
そこを勝手に増やすな。
今分かるのは南橋。
そして応急補修が直近の増水には間に合わない。
なら。
橋予算を外す?
農業二百二十。
鉱山道一四〇。
合計三六〇。
六十余る。
橋は増水後に再評価。
でも橋が損傷すれば、補修費が増える可能性がある。
予算を残す意味がある。
「……これだ」
最終案を書く。
農業支援全額二百二十。
鉱山道危険箇所補強百四十。
残り六十は南橋の増水後再評価に備え保留。
ただし、鉱山道補強が三日以内に着工・安全確保出来るかは資料にない。
そこは「工事計画を開始」とするしかない。
橋は一時閉鎖。
代替路使用。
増水後に状態確認。
必要なら臨時予算の残額六十と翌年度予算を含め再判断。
農業は全額支援へ戻す。
何度変えてるんだ。
最初は橋応急+農業全額。
次に全部縮小。
最後は農業全額+鉱山道+保留。
でも条件が変わった。
なら答えも変わる。
時計を見る。
残り七分。
もう一度だけ読む。
もっと情報が欲しい。
でもない。
この状態で決める。
紙の端へ理由を三つに絞る。
一、南橋補修は三日後の増水に間に合わないため、現時点の工事費投入効果が低下。
二、農業支援は翌年度の生産維持へ繋がる。
三、鉱山道補強は将来収入源確保のため優先。ただし鉱脈収入を確定扱いしない。
書き終える。
まだ三分ある。
質問したくなる。
修正したくなる。
でも理由は通っている。
手を止める。
残り時間を待った。
◇
「終了」
先生の声で筆記具を置く。
サザリーもほぼ同時だった。
「まず互いの最終案を説明しろ」
俺から話す。
農業二百二十。
鉱山道百四十。
六十保留。
橋は増水時閉鎖、増水後再評価。
サザリーは。
「農業縮小百二十。鉱山道百四十。残り百六十を橋の応急補修費として確保。ただし工事開始は増水後の点検結果を待つ」
「使わず確保?」
「ああ」
「じゃあ実際使ってるのは二百六十?」
「現時点ではな」
「何で農業全額に戻さなかった?」
「鉱山収入が増える可能性を考えれば、今年の農業支援は最も影響の大きい農家へ絞り、橋復旧余力を残す方がいいと考えた」
「俺は逆だ」
「ああ」
「橋は被害分からないから六十だけ残して、農業を今支援する」
「どちらもあり得る」
先生が口を挟む。
「重要なのは、条件変更に対して何を固定し、何を変更したかだ」
先生は俺の紙を見る。
「クルセス。最初の質問二つを選んだ理由は?」
「橋と農業の影響が分かれば、鉱山を聞かなくても最初の優先順位を作れると思いました」
「結果として鉱山の追加条件が出た」
「はい」
「最初に鉱山を聞かなかったことを失敗だと思うか?」
少し考える。
「思いません」
「なぜ?」
「その時は追加条件を知らなかったからです」
「よろしい」
先生が頷く。
「後から重要になった情報を、最初から知るべきだったと考えるのは結果論だ。質問数に制限があるなら、その時点で重要だと思うものを選ぶしかない」
「はい」
「ただし、お前は最初の回答を得た後、質問出来ない鉱山について自分で複数の仮定を作りかけた」
「……はい」
「途中で止めたな」
「書いてないことを勝手に決めるのは違うと思って」
「そこは改善だ」
嬉しい。
「サザリー」
「はい」
「お前は最初の橋本格補修案へ拘った」
「はい」
「なぜだ?」
「一度、共通基盤を優先するという判断軸を置いたためです」
「判断軸を持つこと自体は悪くない。しかし新情報で前提が変われば、軸を見直す必要がある」
「はい」
「相談時間で変えられたのはよかった」
サザリーが頷く。
「最後の降雨条件では、二人とも橋への見方を変えた。クルセスは工事予算そのものを縮小し、サザリーは予算を確保したまま着工判断を遅らせた」
先生が二枚の紙を並べる。
「ここに性格が出ている」
「どういう意味ですか?」
「クルセスは以前より判断が早くなった一方、新情報が出ると比較的大きく案を組み替える。サザリーは以前より保留を使えるようになった一方、一度重要と見たものを完全には捨てにくい」
確かに。
「どっちが正解ですか?」
「聞くと思った」
「駄目ですか?」
「駄目ではない。今回、唯一の正解は設定していない」
「やっぱり」
「ただし明確な誤りはある。例えば、三日後の増水へ間に合わない橋工事を『増水対策』としてそのまま開始すること。あるいは新鉱脈を確定収入として来年度予算を先食いすることだ」
「俺たちは?」
「どちらもしていない」
「じゃあ合格?」
「試験ではない」
「そうだった」
サザリーが小さく笑う。
「最後に一つ」
先生が俺たちを見る。
「条件が変わった時、最初の判断を変えることを失敗と思うな。最初の判断は、その時点の情報に対する答えだ。後の情報で修正するなら、それは別の判断だ」
前回サザリーが言ったことと似ている。
未来を完全に当てることではない。
今ある情報で選ぶ。
必要なら修正する。
「逆に」
先生は続ける。
「新しい情報が一つ出るたび、理由なく全てを捨てるのも違う。何が変わったから、何を変えるのか。それを説明出来るようにしろ」
「はい」
「以上だ」
時計を見る。
ちょうど一時間。
本当に延長しなかった。
◇
先生が退出した後、俺とサザリーは紙をまとめた。
「疲れた」
「私もだ」
「サザリーでも?」
「当然だろう」
「楽しかった?」
「かなり」
「俺も」
顔を見合わせて笑う。
「俺、最初の質問で鉱山聞かなかった時、追加条件見てちょっと失敗したと思った」
「顔に出ていた」
「見てた?」
「一瞬な」
「でも先生に結果論って言われた」
「ああ」
「何か、楽になった」
「何が?」
「後から分かったことまで、前に知ってなきゃ駄目だったって思わなくていいんだなって」
サザリーの手が止まる。
「領地運営以外の話か?」
「……少し」
ライゼル。
もっと早く気づけたか。
もっと違うことが出来たか。
そう考えたことはある。
でも、あの時知らなかったことを、今知っているからといって過去の俺が知っていることには出来ない。
「前にも言ったが」
サザリーが静かに言う。
「人間関係と領地運営を同じ問題として扱うな」
「うん」
「ただ、判断の仕方から学べるものが全くないとは言わない」
「どっち?」
「同じではない。しかし考え方の一部は使える」
「なるほど」
「全部を一つにしようとするな」
「はい」
先生が増えた。
「次、いつやる?」
俺が聞く。
サザリーが呆れた顔になる。
「終わった直後だぞ」
「面白かったから」
「少なくとも来週以降だ」
「前もそう言ってた」
「毎日やったら通常の勉強が出来なくなる」
「確かに」
「それに次は私も課題を作る時間が必要だ」
「今度は俺が作る?」
サザリーが少し考える。
「それも面白いかもしれない」
「本当?」
「ただし、お前が作ると条件が多すぎる危険がある」
「減らす」
「そこから課題だな」
「じゃあ次は俺?」
「候補として考えておく」
確定ではない。
覚えておく。
◇
学習室を出ると、外は雨になっていた。
朝の雲がそのまま厚くなったらしい。
窓を細かな雨粒が流れている。
「傘持ってきた?」
俺が聞く。
「馬車までなら学園の貸し傘を使う」
「俺も」
玄関へ向かう途中、図書館の前を通る。
リビアはもう帰っただろうか。
時計を見る。
共同学習を始めてから一時間。
片づけも含めれば少し過ぎている。
待たないと言っていた。
たぶん帰っている。
少しだけ寂しい。
でも屋敷で会える。
「クルセス」
「何?」
「顔が笑っているぞ」
「え?」
「何を考えた?」
「帰ったらリビアに会えるなって」
言ってから、サザリーが黙った。
「何?」
「いや」
「何?」
「以前のお前なら、今の台詞をそのまま言っただろうかと思っただけだ」
「分からない」
「私も分からない。だからそれ以上は言わない」
「何それ」
「事実だけにしておく」
「今日の課題の影響?」
「たぶんな」
俺たちは玄関で別れた。
「また明日」
「ああ。また明日」
◇
屋敷へ戻る。
玄関へ入ると、雨音が遠くなる。
「お帰りなさいませ」
使用人へ挨拶を返し、外套を預ける。
「リビア帰ってる?」
「はい。三十分ほど前にお戻りです」
「ありがとう」
自室へ荷物を置く。
課題の紙は持ち帰っていいと言われたので、机の上へ置く。
見直したい。
でも今すぐではない。
リビアに会いたい。
昨日と同じ。
理由はそれでいい。
部屋を出る。
廊下を歩き、彼女の部屋へ向かう。
扉を叩く。
「はい」
「俺」
すぐに扉が開いた。
「お帰り、セス」
「ただいま」
「終わった?」
「うん」
「一時間?」
「本当に一時間で終わった」
「延長しなかった?」
「しなかった」
「えらい」
「そこ?」
「そこも」
リビアは今日は制服から部屋着へ着替えていた。
「入る?」
「うん」
部屋へ入る。
机には本が一冊。
結界の古い資料らしい。
「図書館どうだった?」
「四十分くらい読んで帰った」
「疲れた?」
「少し眠かったから」
「じゃあ休んだ?」
「帰ってから三十分くらい」
「寝た?」
「横になっただけ」
「そっか」
それ以上は言わない。
リビア自身が休むと決めた。
「セスは?」
「頭六くらい」
「高いね」
「でも嫌な疲れじゃない」
「課題どうだった?」
「面白かった」
ソファへ座る。
今日は俺から隣へ座った。
リビアも自然に受け入れる。
「どんな課題?」
「細かい条件は広めない方がいいってサザリーが言ってたから、大まかにだけ」
「うん」
「領地の予算を三つに配る問題」
「前回と似てる?」
「似てるけど、途中で条件が二回変わった」
「二回?」
「鉱山の情報と、大雨」
「大変そう」
「最初の答え、二回変えた」
「それで?」
「先生に、変えていいって言われた」
俺は今日言われたことを話す。
最初の判断は、その時点の情報への答え。
後から情報が増えて修正するなら、それは別の判断。
後で分かったことを、最初から知るべきだったと思うのは結果論になることがある。
リビアは途中で口を挟まず聞いていた。
「セス、それ嬉しかった?」
「うん」
「どうして?」
「……前のことも、少し考えた」
「ライゼル?」
俺は頷く。
「俺、あいつがあそこまでやるって知らなかった」
「うん」
「リビアに執着してるのは分かってた。でも、攻撃するところまで行くとは思ってなかった」
「私も」
「今なら、もっと早く先生に相談するとか、距離取るとか考えられる」
「うん」
「でも今知ってるからだよな」
リビアはすぐには答えなかった。
膝の上で両手を重ね、少し考えてから口を開く。
「私は、そう思う」
「うん」
「もちろん、後から振り返って次に活かすことは出来るよ。でも、あの日のセスが今の全部を知ってたわけじゃない」
「うん」
「私も同じ」
「リビアも?」
「もっと強く拒絶すればよかったのかなって考えたこと、あるから」
胸が少し詰まる。
「リビアはちゃんと断ってた」
「今ならそう思える。でも事件の直後は、私の言い方が足りなかったのかなって」
「違う」
すぐに言葉が出る。
「うん。今は分かってる」
リビアが俺を見る。
「セスも同じだよ」
「……そっか」
「うん」
しばらく雨音を聞く。
窓を細かな水滴が叩いている。
ライゼルを許すかどうかは、まだ決めていない。
もう一度会うかも分からない。
でも、あの日のことを考える時、自分が悪かった場所を探し続ける必要はない。
「今日の課題、やってよかった」
「サザリーにお礼言わないとね」
「言った」
「先生にも?」
「終わった時に」
「ちゃんとしてる」
「普通だよ」
「普通の執事だから?」
「それは違う使い方」
リビアが笑った。
◇
少しして、俺は今日の別のことも思い出した。
「リビア」
「何?」
「帰り、図書館の前通った時」
「うん」
「もう帰ったかなって思った」
「うん」
「ちょっと寂しかった」
言える。
昨日より自然に。
「でも帰れば会えるから大丈夫だった」
リビアの表情が柔らかくなる。
「私もね」
「何?」
「図書館出る時、セスまだ勉強してるなって思った」
「うん」
「少し待とうかなって思った」
「待ってもよかったのに」
「でも約束したでしょう? 無理に待たないって」
「うん」
「眠かったし、帰った」
「正解だと思う」
「でも帰る馬車で、ちょっと寂しかった」
「同じ?」
「同じ」
嬉しい。
寂しかったと言われて嬉しいのは少し変な気もする。
でも、離れているのが嫌だったという意味ではなく、会いたいと思ってくれたことが嬉しい。
「リビア」
「何?」
「今、手繋ぎたい」
彼女が少し目を丸くする。
「今日は?」
「今日は繋ぎたい」
「昨日は話すだけでよかったのに?」
「毎日同じじゃなくていいんだろ?」
リビアが笑う。
「うん」
差し出された手を取る。
指を絡める。
温かい。
それだけで肩の力が少し抜ける。
「今日、頭六なんでしょう?」
「うん」
「少し休んだら?」
「こうしてるの休みになる?」
「セスが休めるなら」
「休める」
「じゃあ少しだけ」
「うん」
話さない。
雨音を聞く。
手を繋いで座る。
昨日は触れなくても楽しかった。
今日は触れていたい。
どちらも本当。
どちらかだけが正しいわけではない。
◇
しばらくして、自室へ戻った。
頭の疲れは四くらいまで下がっている。
机には今日の課題用紙。
見直すか迷う。
今なら出来る。
でも明日でもいい。
俺は紙を一度手に取り、引き出しへ入れた。
「明日にしよう」
今日の答えを今夜さらに直しても、課題はもう終わっている。
振り返るなら、少し時間を置いた方が違うところも見えるかもしれない。
代わりに、実技確認のメモを見る。
六日後のアルフォルド殿下との剣術。
まだ正式確定ではない。
結界練習の次回も未定。
古い中継板の調査も続いている。
全部ある。
でも全部今日やる必要はない。
ベッドへ腰を下ろす。
今日の課題を思い返す。
最初の答え。
追加条件。
変更。
さらに追加。
また変更。
それでも、最初の自分が間違っていたわけではない。
その時知っていたことが違っただけだ。
「……じゃあ」
ふと、リビアのことを考える。
最初の俺は。
公爵令嬢と元平民の執事見習いが婚約するなんて無理だと思った。
身分が違う。
立場が違う。
俺では釣り合わない。
だから「無理があります」と思った。
今は。
リビアと一緒にいたい。
婚約者でよかった。
婚約者じゃなくなるのは嫌だ。
会いたい。
隣に座りたい。
手を繋ぎたい日もある。
最初の頃には分からなかったことが、今は増えている。
「……条件が変わったっていうのとは違うか」
思わず笑う。
リビアは領地運営の課題じゃない。
サザリーに言われたばかりだ。
人間関係を同じ問題として扱うな。
でも。
知らなかったことを知った。
気づかなかった自分の気持ちに、少しずつ気づいている。
それなら、最初に出した答えへずっとしがみつく必要はない。
昔の俺が「無理だ」と思ったからといって。
今の俺まで、ずっと同じ答えでいなくてもいい。
「……」
胸の奥が少し熱くなる。
まだ「好き」とは言わない。
その答えを、今日の課題みたいに急いで決める必要はない。
でも。
『公爵令嬢様、俺を婚約者にするのは無理があります』
そう思っていた自分から。
今はもう、かなり遠いところまで来ている。
それだけは、はっきり分かった。




