第35話
翌朝、目を覚ました俺は、天井を見上げたまましばらく動かなかった。
身体が重いわけではない。昨日は剣も魔術の自主練習もせず、本も開かずに休んだから、むしろ身体の疲れはほとんど残っていなかった。頭の中も昨日の夕方より静かで、窓の外から聞こえる鳥の声をぼんやり聞いていられるくらいには余裕がある。
身体疲労はゼロ。
魔力疲労もゼロ。
頭の疲れは一くらい。
緊張は――二。
そこまで確認してから、昨日リビアと決めたことを思い出す。
一晩寝ても同じ気持ちなら、ライゼルと会いたいと学園へ伝える。
「……会いたい、かな」
誰もいない部屋で口にしてみる。
昨日より強くなったわけではない。
早く会わなければならないとも思わない。
ただ、嫌ではなかった。
怖くないわけでもないし、実際に顔を見たらどう思うかも分からない。それでも、先生たちが安全面から実施可能だと判断し、ライゼル自身も以前より自分の行動について考えられるようになったと聞いた今なら、一度話してみたいと思う。
その気持ちは、一晩経っても残っていた。
「じゃあ、俺は会う」
今度はもう少しはっきり言う。
誰かに言われたからではない。
リビアが会いたいからでもない。
学園が準備してくれたからでもない。
ライゼルを待たせたくないからでもない。
俺が会ってみたい。
それでいい。
ベッドから起き上がり、着替えを済ませる。窓から庭を見れば、今朝も剣を振るには気持ちのよさそうな天気だったが、昨日と同じように朝稽古へ出る気にはならなかった。
別に疲れてはいない。
今日は朝食まで、何もしないでいたかった。
机の上には昨日の本が二冊置いてある。
読みたい。
けれど、今開けば朝食まで読み続ける気もする。
「……後でいいか」
椅子へも座らず、そのまま窓辺へ立った。
庭師が植え込みを整え、使用人が朝の仕事で行き来している。いつもなら何となく自分も何かしていないと落ち着かなかったのに、今日はそれを眺めているだけでも思ったより退屈ではなかった。
何もしない時間も、少しずつ普通になってきている。
◇
食堂へ入ると、リビアはすでに席へ着いていた。
「おはよう、セス」
「おはよう」
いつも通りの挨拶をして座る。
旦那様は新聞を読み、グレイヴは朝食を運んできた使用人と短く言葉を交わしている。昨夜、俺たちが今日の朝まで面会の答えを待つと話したことは二人とも知っているはずだが、どちらからも何も聞かれなかった。
スープへ手を伸ばす。
向かい側では、リビアも同じように朝食を始めた。
目が合う。
すぐに逸らされた。
もう一度見る。
また合う。
「……何?」
リビアが先に聞いた。
「いや」
「さっきから見てる」
「リビアも見てたじゃん」
「セスが見るからでしょう?」
「俺も同じ」
「じゃあ、どっちが先?」
「分からない」
「私も」
そこで会話が止まる。
旦那様が新聞の向こうから俺たちを見た。
「何をしている?」
「何でもないです」
「何でもありません」
「そうか」
絶対に何か分かっている顔だったが、それ以上は聞かれなかった。
俺はパンを一口食べる。
馬車で話す。
昨日はそう決めた。
だから、ここではまだ聞かない。
リビアも同じなのだと思う。
「セス」
グレイヴが声をかけてきた。
「何?」
「今朝は庭へ出なかったな」
「うん」
「本は?」
「読んでない」
「体調が悪いのか?」
「またそれ?」
「確認だ」
「身体ゼロ、魔力ゼロ、頭一、緊張二」
「そこまで聞いていない」
「じゃあ何で聞いたんだよ」
リビアが笑う。
「今日は何もしないで窓から庭見てた」
俺が答えると、グレイヴの眉がわずかに動いた。
「退屈ではなかったか?」
「ちょっと。でも別に」
「そうか」
「何?」
「いや」
「またそれだ」
「何もしない時間を自分から選べるようになったなら、悪くない」
「最近、何でも成長扱いされる」
「以前のお前が極端だったからだ」
「そんなに?」
「そんなにだ」
旦那様まで頷いた。
二対一では勝てそうにない。
「リビアは?」
俺が聞く。
「何が?」
「朝、何してた?」
「少しだけ本を読んだわ」
「少し?」
「十五分」
「自分で止めた?」
「止めました」
「偉い」
「子供扱いしないで」
「昨日俺に言ったじゃん」
「昨日のセスは褒める必要があったの」
「俺も今リビアを褒めてる」
「言い方が嫌」
そんなやり取りをしながら朝食を食べる。
面会のことはまだ話していない。
それでも昨日までとは違って、答えを先延ばしにしている感じはしなかった。
たぶん、もう俺の中では決まっているからだ。
あとはリビアがどう思ったかを聞くだけだった。
◇
馬車が屋敷を出て少し経ったところで、俺とリビアはほぼ同時に口を開いた。
「リビア」
「セス」
声が重なる。
お互いに止まった。
「どうぞ」
「セスから」
「リビアからでいいよ」
「昨日、自分の答えは自分で決めるって話したでしょう?」
「ああ」
「だからセスから言って」
「それならリビアも自分から言えばいいじゃん」
「……確かに」
少し考えた後、リビアが笑った。
「じゃあ、一緒に言う?」
「それは何か違う」
「そうね」
「俺から言う」
「うん」
馬車の窓から朝の街並みが流れていく。
昨日の夜にはほとんど答えが決まっていた。
今朝になっても変わらなかった。
だから、変に長く考える必要はない。
「俺、ライゼルと会いたい」
言った。
リビアの表情が少しだけ柔らかくなる。
「うん」
「昨日、先生たちが準備してくれたからとか、待たせたくないからとか考えたけど、それじゃなくて」
「うん」
「俺が話してみたい」
「怖くない?」
「少しは」
「緊張は?」
「今は二か三」
「会う日になったら?」
「もっと上がると思う」
「それでも?」
「うん」
俺は頷く。
「リビアは?」
今度は彼女の番だった。
リビアは膝の上で両手を重ね、少しだけ視線を落とした。
「私も会いたい」
「変わらなかった?」
「うん。一晩寝ても」
「理由も?」
「変わらない」
リビアが顔を上げる。
「ライゼルに、私は自分でセスを選んだって直接言いたい。それを理解してほしいんじゃなくて、今度は私が言った言葉のまま聞いてほしい」
「うん」
「それから、私の言葉を聞かなかったことについて謝りたいって言っているなら、その謝罪も聞いてみたい」
「許す?」
「分からない」
答えは早かった。
「セスは?」
「俺も分からない」
「じゃあ同じね」
「そこは同じ」
会うことと、許すこと。
やっぱり別だった。
「じゃあ今日、先生に言う?」
「うん」
「二人で?」
リビアが少し考える。
「それぞれ言いたい」
「ああ」
「セスが『二人とも会います』って言うんじゃなくて、私も自分で言いたい」
「分かった」
「セスも、自分で言って」
「うん」
それがいいと思った。
同じ答えになった。
でも、一つの答えを二人で共有しているわけではない。
俺は俺で会いたい。
リビアはリビアで会いたい。
たまたま今は、同じ方向を向いている。
「いつ先生に言う?」
「朝?」
「エレナ先生なら授業で会うかも」
「でも急いでないだろ」
「そうね」
「昼休みか放課後でいいんじゃない?」
「じゃあ昼休み、レイモンド先生に聞いてみる?」
「うん」
決めた。
それだけで少し胸が軽くなる。
「セス」
「何?」
「手、繋ぐ?」
聞かれた。
俺は少し考える。
「今はいいかな」
リビアが驚いたように瞬きをする。
「嫌?」
「違う」
「じゃあ?」
「今、別に不安じゃないから」
「不安な時だけ?」
「それも違う」
俺は自分の手を見る。
最近、手を繋ぐ理由はいろいろ増えた。
不安だから。
安心したいから。
リビアが欲しいと言ったから。
俺が繋ぎたいから。
昨日は繋がなくても近くにいると分かった。
「今は、普通に話してたい」
「うん」
「でも後で繋ぎたくなったら言う」
「私も言っていい?」
「もちろん」
リビアが笑う。
「じゃあ、そうする」
手は繋がなかった。
それでも馬車の中で、俺たちはいつも通り話した。
◇
学園へ着くと、教室へ向かう途中でイザークに会った。
「おはよう」
「おう」
イザークは俺を見るなり、少しだけ首を傾げた。
「今日どうする?」
「何が?」
「剣」
「ああ」
昨日は断った。
今日の身体は問題ない。
放課後に面会するわけでもない。
学園へ意思を伝えるだけなら、それほど時間もかからないだろう。
やりたいか。
自分へ聞く。
「やりたい」
「じゃあやる?」
「でも、まだ時間決めない」
「何で?」
「昼に先生へ話したいことあるから、その後で」
「分かった」
「イザークは?」
「俺は今日やるつもり。お前が無理なら一人で基礎」
「じゃあ昼に返事する」
「おう」
それで終わる。
後ろから来たリビアが俺の横へ並んだ。
「やるの?」
「たぶん」
「たぶん?」
「昼に先生と話した後で決める」
「いいんじゃない?」
「リビアは?」
「今日は委員会の予定ないから、図書館へ行きたい」
「昨日行かなかったしな」
「うん。古い結界資料の続きを読みたい」
「見に行っていい?」
「図書館に?」
「終わった後」
「剣をするなら時間次第でしょう?」
「だからまだ決めない」
「本当に予定の決め方が変わったわね」
「前なら?」
「今ここで全部決めてた」
「そうかも」
教室へ入る。
席へ着くと、サザリーがこちらを見た。
「クルセス」
「何?」
「昨日の話は聞いたのか?」
詳しい内容は知らないはずだ。
「うん」
「今日は?」
「普通」
「そうか」
それだけだった。
けれど、その後すぐ別の話が続く。
「では、勉強の日程を決められそうか?」
「あ」
昨日保留にした、領地経営の課題を一緒に考える約束。
「今日の昼まで待って」
「またか?」
「今日の放課後の予定決めてから」
「構わない」
「明日か明後日ならたぶん」
「私もその辺りなら空いている」
「じゃあ後で」
「分かった」
予定が少しずつ増えていく。
剣。
図書館。
サザリーとの勉強。
追加測定。
来月の実技確認。
ライゼルとの面会。
以前なら、全部をきれいに並べようとしていたかもしれない。
今は、今日決めるものだけ決めればいい。
◇
一時間目は王国法基礎だった。
今日扱ったのは、複数人が関わる事故における責任の分け方だった。
一人の行動だけが原因ではなく、管理不足、設備不良、確認漏れなどが重なって事故が起きた場合、誰がどこまで責任を負うのか。
先生が例として挙げたのは、倉庫の荷崩れだった。
積み方を間違えた作業員。
確認を怠った監督者。
傷んだ棚を交換しなかった管理者。
規定以上の商品を詰め込むよう指示した商会。
一つの事故に複数の原因がある。
「では、最初に荷を積んだ者が、すべての責任を負うべきだと思う者」
手を挙げる生徒は少ない。
「では、誰にも責任はない?」
今度は誰も挙げない。
「そうですね。実務上は、行為、予見可能性、権限、回避可能性などを分けて考えます」
俺はノートへ書く。
行為。
予見。
権限。
回避。
少し前にも似た内容を学んだ。
でも今日は、別のことを考えた。
ライゼルが攻撃した。
俺が学園へ来た。
俺とリビアが婚約していた。
リビアがライゼルを拒絶した。
いろいろな出来事は繋がっている。
でも、繋がっていることと、責任が同じことは違う。
「クルセス君」
「はい」
先生に呼ばれた。
「今の例で、倉庫管理者が『作業員が正しく積んでいれば事故は起きなかった』と主張した場合、管理者の責任はなくなりますか?」
「なくならないと思います」
「理由は?」
「棚が傷んでるのを知ってて交換出来る立場だったなら、作業員のミスとは別に責任があるから」
「では、作業員が積み方を間違えなければ事故は起きなかったとしても?」
「それでも別です」
「そうですね」
先生が頷く。
「原因が複数あることと、責任を一人へ集約することは同じではありません」
俺はノートへそのまま書いた。
隣のリビアが少しだけこちらを見る。
俺も見返す。
たぶん、同じことを考えた。
でも授業中だから話さない。
最近、それも出来るようになった。
◇
授業が終わると、リビアがすぐ俺の机へ来た。
「考えた?」
「うん」
「私も」
まだ次の授業まで時間がある。
「ライゼルのこと?」
「うん」
「俺が学園へ来たことと、ライゼルが攻撃したことは繋がってる」
「でも責任は同じじゃない」
「うん」
前なら、俺が来なければ起きなかったと思っていた。
それ自体は、もしかしたら事実かもしれない。
でも。
だから俺が悪い。
にはならない。
「先生に聞いてみたい」
「今の先生?」
「いや、授業の例とライゼルのこと混ぜるのは違うかな」
「そうね。個別の事件には別の事情もあるでしょうし」
「じゃあやめる」
「でも、考え方として覚えておけばいいんじゃない?」
「うん」
ノートの端へ、小さく書き足す。
――関係があることと、責任があることは別。
後で見た時に分かればいい。
「クルセス」
前からイザークが振り返った。
「何?」
「今日、授業中ずっと真面目だったな」
「いつも真面目だろ」
「質問しなかった」
「法基礎でそんな質問しないよ」
「魔術理論の時だけか」
「興味あるから」
「領地経営でも多いぞ」
「……そうかも」
リビアが笑っている。
「何?」
「セス、本当に好きなもの増えたね」
「ああ」
剣だけではない。
魔術だけでもない。
最近は、こういう授業も面白い。
◇
昼休みになると、俺とリビアはレイモンド先生を探した。
職員室へ行く前に廊下で本人を見つける。
「先生」
「どうした?」
「少し話いいですか?」
先生は俺とリビアを見て、すぐに何の話か気づいたようだった。
「面会の件か?」
「はい」
「ここで構わないか?」
周囲には生徒が何人か通っている。
内容まで聞かれたいわけではない。
「出来れば別のところで」
「分かった。こちらへ来い」
近くの小さな指導室へ案内された。
普段は個別面談などに使う部屋らしく、机と椅子が数脚あるだけの簡素な部屋だった。
「座るほど長い話か?」
「たぶん短いです」
「なら、そのままでいい」
先生が俺たちを見る。
「答えが出たか?」
「はい」
俺とリビアは一度だけ顔を見合わせた。
昨日の朝までなら、どちらかが代表して答えたかもしれない。
今日は違う。
「俺は、ライゼルと会いたいです」
先に言った。
先生はすぐに反応せず、俺の顔を見る。
「理由は?」
「俺が話してみたいからです」
「誰かを待たせたくないからではなく?」
「違います」
「学園が準備したからでも?」
「違います」
「オリビア嬢が会うからでも?」
「違います」
そこまで答えると、先生が頷いた。
「分かった」
次にリビアを見る。
「オリビア嬢は?」
「私も、ライゼルと会いたいです」
「理由は?」
「私が自分でセスを選んだことを、直接もう一度伝えたいです。でも、納得してもらうためではありません」
「うん」
「私が言ったことを、そのまま聞いてほしいです。それから、私の言葉を聞かなかったことについて謝りたいというなら、その謝罪も聞いてみたいです」
「許すかどうかは?」
「まだ決めていません」
「クルセスは?」
「俺もです」
「分かった」
レイモンド先生はそれだけ言うと、手元の小さな手帳を開いた。
「では、二人とも面会を希望すると学園長とエレナへ共有する」
「今日、日程決めます?」
「決めない」
即答だった。
「やっぱり?」
「なぜ残念そうなんだ」
「残念じゃないです」
「顔が少しそう見えたぞ」
「会うって決めたから、次は日程かなって思っただけです」
「まず教師側の予定、第二応接室の使用状況、ライゼル側の指導予定を確認する。それから候補日を出す」
「俺たちが全部考えなくていい?」
「昨日も言われただろう」
「確認です」
「良い確認だ」
先生が手帳へ何か書き込む。
「早くても明日ではない」
「はい」
「おそらく数日以内に候補を提示する。二人がその日では嫌なら別日にする」
「理由なく嫌でも?」
「構わない」
「何となくでも?」
「構わない」
「分かりました」
リビアが隣で笑う。
「セス、今日は確認多いね」
「後で勘違いしたくないから」
「いいことだ」
先生も頷いた。
「それと、面会までに言うことを完璧に決めてくる必要はない」
「え?」
俺は少し驚いた。
ちょうど考えようとしていた。
「何で分かったんですか?」
「お前の顔だ」
「皆、俺の顔で分かりすぎじゃない?」
「長く見ていればな」
「先生とはそんなに長くないです」
「密度が濃い」
「どういう意味ですか」
リビアが笑いを堪えている。
「面会は試験ではない。正しい受け答えを用意する場でもない」
先生は少し真面目な表情へ戻った。
「もちろん、言いたいことを整理するのは構わない。ただ、『これを言わなければならない』『こう答えなければならない』と固めすぎるな」
「何で?」
「実際にライゼルが何を言うか分からないからだ」
「ああ」
「用意した通りの流れにならなかった時に、無理に予定へ戻そうとすると負担になる」
「じゃあ、言いたいことだけ考える?」
「それくらいでいい」
リビアが頷く。
「私も、最初に言うことだけ考えてました」
「それで十分だ。実際には、言わなくてもいい」
「はい」
「クルセスもだ」
「分かりました」
先生に礼を言い、指導室を出る。
廊下へ出たところで、俺は息を吐いた。
「決まったな」
「うん」
「会う」
「うん」
「でも日程はまだ」
「うん」
「言うことも全部決めない」
「うん」
「……決まったの、会うことだけだな」
「それでいいんじゃない?」
「そうだな」
昼休みはまだ残っている。
「ご飯食べよう」
「うん」
俺たちは教室へ戻った。
◇
昼食の席へ着くと、イザークがすぐこちらを見た。
「話終わった?」
「うん」
「じゃあ剣は?」
それだけを聞く。
ライゼルのことは聞かない。
「やる」
「何分?」
「三十分」
「昨日休んだんだから四十分でもいいんじゃないか?」
考える。
身体は問題ない。
魔力実技も今日はない。
面会の返事をしたことで、頭の緊張も少し下がっている。
「四十分」
「決まり」
「三本?」
「今日は本数決めないで、時間で区切ろうぜ」
「いいよ」
「基礎を最初に十分」
「残り三十分?」
「ああ」
「先生にも言う」
「もちろん」
予定が決まった。
「リビアは?」
「図書館へ行く」
「何時まで?」
「決めない」
「迎えに行く?」
聞いてから、前と同じになりそうだと思った。
でもリビアは少し考える。
「剣が終わったら来てくれる?」
「うん」
「でも、私がまだ読んでいたら?」
「待つ」
「どのくらい?」
「……十分?」
「その後は?」
「先に帰る?」
「うん。それでいい」
「じゃあそうする」
前なら、リビアが終わるまで何時間でも待つと言ったかもしれない。
でも、今日はそれをしない。
「私も、あと少しだからって長く延ばさないようにする」
「昨日グレイヴに止められたしな」
「セスもでしょう?」
「今日は四十分で終わる」
「先生に止められる前に?」
「もちろん」
「じゃあ競争ね」
「何の?」
「どっちが自分でちゃんと止められるか」
「両方止めれば引き分けじゃん」
「それでいいの」
横で聞いていたミリアナが笑う。
「二人とも、最近休むことで勝負してない?」
「勝負じゃないよ」
「してるように聞こえる」
「リビアが始めるから」
「セスも乗ってるでしょう?」
サザリーが静かに食事を続けながら、俺へ視線を向けた。
「それで、勉強は?」
「あ」
「忘れていたな」
「忘れてない」
「今の間は何だ?」
「思い出した間」
「それを忘れていたと言う」
「……明後日どう?」
「放課後か?」
「うん。一時間くらい」
「私は構わない」
「じゃあ決まり」
「場所は図書館の学習室でいいだろう」
「うん」
「一時間で終える」
「サザリーから言うんだ」
「お前と始めると長くなりそうだからな」
「サザリーもだろ」
「だから最初に決める」
確かにその方がいい。
「何やる?」
「昨日の領地課題を条件変更して考え直す」
「面白そう」
「さらに情報が増えた場合と、逆に情報が不足した場合の二通りを考える」
「それ、今日やらない?」
「明後日だ」
「ちょっとだけ」
「やらない」
「……はい」
ナナリーとミリアナが笑う。
「サザリー様、クルセス様の扱いが上手になりましたね」
「放っておくと今始めるからな」
「始めないよ」
「顔が始めたがっている」
また顔だ。
最近、俺の顔はそんなに分かりやすいのだろうか。
◇
午後の剣術授業では、来月の実技確認を意識した基礎課題が始まった。
派手な勝負ではなく、構え、足運び、受け、回避、基本打ちを一つずつ確認する。
「クルセス」
剣術教師が俺を呼んだ。
「はい」
「今日は速さを落とせ」
「どのくらい?」
「相手が確認出来る速度」
「数字じゃない?」
「相手を見て調整しろ」
「はい」
組んだ相手はイザークではなく、同じクラスの男子生徒だった。
「よろしく」
「よろしく。クルセス、本当にゆっくり頼むぞ」
「分かってる」
「お前の『ゆっくり』信用していい?」
「先生に三割くらいからって前に言われた」
「じゃあ二割五分」
「何で下がった?」
「念のため」
「分かった」
言われた通り、かなり落とす。
相手が俺の木剣を受ける。
一度。
二度。
三度。
「どう?」
「もう少し速くても平気」
「じゃあ三割」
「たぶん」
「たぶん?」
「やってみないと分からない」
「じゃあ一回」
少し上げる。
相手が受ける。
「これなら大丈夫」
「分かった」
自分で決めるのではなく、相手に聞く。
前にもやった。
でも今日は、それがかなり自然に出来た。
逆に俺が受ける番になる。
相手の剣筋は素直だった。
見える。
避けられる。
反撃も出来る。
けれど今日は受ける課題だ。
木剣を合わせ、力を横へ逃がす。
昨日まで読んでいた結界の力の流し方が一瞬頭へ浮かんだ。
もっと試せるかもしれない。
角度を変えたら。
足を半歩ずらしたら。
「クルセス」
教師の声が飛ぶ。
「はい」
「今、別の研究を始めただろう」
「……ちょっとだけ」
「今日は基礎確認だ」
「はい」
周囲から笑いが起きる。
俺も少し笑った。
最近、止められる理由が無茶ではなく、興味を広げすぎることになってきた気がする。
それは良いことなのか。
後でグレイヴに聞いてみようと思ったが、それも今考えることではない。
◇
放課後。
俺とイザークは第二剣術訓練場へ向かった。
担当教師へ四十分の自主練習を申告し、木剣を借りる。
「最初十分、基礎な」
「うん」
足運び。
構え。
踏み込み。
受け。
昨日イザークが一人で直していたという動きを見せてもらう。
「ここ」
イザークが一度下がり、そこから前へ出る。
「前は下がった後、右足が少し外に流れてたらしい」
「ああ」
「それで次の踏み込みが遅れる」
「昨日の一人練習で直した?」
「先生に見てもらった」
「もう一回」
イザークが繰り返す。
確かに前より小さい。
「速くなった」
「だろ?」
「次、俺」
今度は俺が動く。
「クルセス」
「何?」
「お前、受ける時に最近横へ流すの増えたよな」
「リビアの結界から考えたやつ」
「それ、分かってると逆に使えそう」
「前も使われた」
「だからまた使う」
「同じのは引っかからないよ」
「同じに見せて違うことする」
「じゃあ俺も変える」
自然に笑う。
十分钟が終わり、短く水を飲む。
「残り三十分」
「やるか」
「うん」
最初の一本。
イザークは前回のように下がる。
俺は追わない。
「来ないのか?」
「前やられたから」
「じゃあこっちから」
踏み込んでくる。
受ける。
横へ流す。
イザークの剣が外れる。
そこへ俺が踏み込もうとした瞬間、イザークが身体を回して距離を取った。
「逃げた」
「誘ったんだよ」
「また?」
「同じに見せて違うって言っただろ」
「そっか」
面白い。
次は俺から行く。
真正面。
途中で速度を少し落とす。
イザークが受けるために剣を上げる。
そこから足を変える。
「うわっ」
木剣を止める。
肩の手前。
「一本」
「今のずるくない?」
「何が?」
「途中で急に遅くした」
「速くしたんじゃないよ」
「逆に合わせにくいんだよ」
「じゃあ次使う?」
「使う」
「真似するの?」
「友達から学ぶのはいいんだろ?」
「……いいけど」
一本ずつ考える。
勝ち負けより、相手が次に何をするのかが面白い。
何本か繰り返し、途中で休憩を入れる。
「クルセス」
「何?」
「今日、何かあった?」
急に聞かれた。
「何で?」
「何となく」
「顔?」
「いや、動き」
「動きで分かるの?」
「今日は前より考えすぎてない」
意外だった。
「俺、いつも考えすぎ?」
「最近な。結界のやつ覚えてから、剣振りながら研究してる時ある」
「ああ」
「今日は普通に俺とやってる感じ」
少し考える。
昼に、ライゼルと会うと決めた。
その後は授業を受けて。
今はイザークと剣を振っている。
「決めたからかも」
「何を?」
そこまで言ってから、話していいか考える。
詳しい内容は言わなくていい。
「前に話したこと」
「ライゼル?」
「うん」
イザークの表情が少し真面目になる。
「会うのか?」
「うん」
「決まった?」
「会うってことだけ。日はまだ」
「そっか」
それ以上、イザークは聞かなかった。
「怖い?」
「ちょっと」
「嫌ならやめられる?」
「うん」
「先生いる?」
「いる」
「オリビア様も?」
「リビアも自分で会うって決めた」
「なら」
イザークは木剣を肩へ乗せた。
「終わったらまた剣やろうぜ」
「面会の後?」
「その日じゃなくていいぞ」
「分かってる」
「次の日でもなくていい」
「それも分かってる」
「お前、前なら『終わったらすぐやる』って言いそうだから」
「皆、昔の俺の扱いひどくない?」
「事実だろ」
「……たぶん」
「じゃあ、やれる日に」
「うん」
それでいい。
面会が終わった後に、何日休むかも今決めなくていい。
その時の状態で決めればいい。
「続きやろう」
「おう」
残り時間。
最後まで集中した。
終了予定の二分前。
時計を見た俺は木剣を下ろした。
「終わる?」
イザークが聞く。
「うん。あと一本出来るけど」
「やる?」
やりたい。
でも、四十分と決めた。
「今日はやめる」
「了解」
イザークも木剣を下ろす。
先生に終了を報告し、道具を返す。
「自分で止めたな」
教師に言われた。
「最近出来ます」
「知っている」
「先生たちの間で共有されてる?」
「お前は目立つからな」
「普通にしてるだけなのに」
「その台詞を言うと長くなるからやめろ」
「はい」
イザークが横で笑っていた。
◇
図書館へ向かうと、リビアは昨日と同じ閲覧席にいた。
机の上には古い資料とノート。
俺が近づくと、彼女はすぐに気づいた。
「終わった?」
「うん」
「何時?」
「予定の二分前」
「勝った」
「何が?」
「私は五分前に読むの止めた」
「競争じゃないって」
「でも私の方が早い」
「時間違うじゃん」
「自分で止めたことが大事なの」
「じゃあ両方満点でいいだろ」
「……それでいい」
リビアが資料を返却するために立ち上がる。
「何か分かった?」
「少し」
「聞きたい」
「帰りに話す?」
「うん」
「セスは?」
「イザークの足運び変わってた」
「そっちも聞きたい」
「じゃあ交換」
「何を?」
「今日分かったこと」
「いいわね」
資料を返し、図書館を出る。
俺たちは正門へ向かった。
「先生に伝えた後、どうだった?」
リビアが尋ねる。
「普通」
「本当に?」
「剣も楽しかった」
「よかった」
「リビアは?」
「私も普通に読めた」
「会うの、後悔してない?」
「してない」
「俺も」
廊下を歩きながら、俺は少し笑った。
「何?」
「いや」
「教えて」
「会うって決めたら、もっとずっと緊張すると思ってた」
「私も」
「でも普通だな」
「日程がまだだからかもしれない」
「それもある」
「日が決まったら上がると思う」
「たぶん」
「当日はもっと」
「それは絶対」
二人で笑う。
怖くないふりをする必要はない。
緊張しないふりもしない。
それでも、普通に授業を受けて、剣を振って、本を読める。
それでよかった。
◇
帰りの馬車では、向かい合って座った。
リビアは今日読んだ古い結界資料について話してくれた。
「昨日見つけた三層構造の続きなんだけど、外層と内層で維持の仕方が違うみたいなの」
「どう違う?」
「外側は常に一定量の魔力を流し続ける。でも内側は、干渉があった時だけ強くなるような記述があるの」
「普段は弱い?」
「たぶん。ただ、古い表現だから断定出来ない」
「じゃあ魔力節約出来る?」
「出来るかもしれない。でも、必要な時だけ強めるなら検知も必要でしょう?」
「ああ」
「何か当たったって分かってから強くするなら遅いかもしれないし」
「当たる前に分かる?」
「魔力干渉なら可能かも」
「物理は?」
「分からない」
「面白いな」
「でしょう?」
リビアの目が少し輝いている。
さっきまでライゼルの面会について話していた人と同じとは思えないくらい、楽しそうだった。
「先生に聞く?」
「資料をもう少し読んでから」
「自分で試す?」
「試しません」
「確認」
「セスもね」
「俺は無属性結界そこまで出来ないよ」
「だからって変な方法で試さないで」
「しない」
次は俺が剣の話をする。
イザークの足運び。
下がった後の踏み込み。
俺が速度を落として間をずらしたこと。
イザークがそれを次に使うと言ったこと。
「楽しそう」
「楽しかった」
「よかった」
「今度見に来る?」
「行きたい。でも図書館も行きたい」
「じゃあ行きたい日に」
「うん」
「毎回来なくていいよ」
「分かってる」
以前なら、リビアが来ると言えばその日に合わせたかもしれない。
今は、俺が剣を振る日と、リビアが見たい日が同じなら来ればいい。
違うなら、後で話せばいい。
「セス」
「何?」
「今日、私たち面会するって決めたのよね」
「うん」
「何だか変な感じ」
「何が?」
「それだけのことがあった日なのに、普通に剣と結界の話してる」
「駄目?」
「ううん」
リビアは首を横へ振った。
「こっちの方がいい」
「俺も」
窓の外を街並みが流れていく。
面会の日はまだ決まっていない。
いつになるのか。
ライゼルが何を言うのか。
俺が何を感じるのか。
謝罪を聞いて、許すのか。
何も分からない。
でも、分からないままで今日を過ごせている。
◇
屋敷へ戻ると、グレイヴが玄関ホールにいた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
「ただいま戻りました」
いつもの挨拶。
グレイヴが俺を見る。
「剣を振ったな」
「何で分かるの?」
「髪」
「リビアと同じじゃん」
「私はもっと細かく分かるわよ」
「張り合わなくていいから」
リビアが少し胸を張ったので、俺は笑った。
「四十分。最初十分基礎。残り三十分。痛みなし。身体疲労二。魔力ゼロ」
「頭は?」
「二」
「朝より上がったな」
「剣の後だから」
「面会の件は?」
聞かれた。
昨日とは違う。
でも今日は、もう答えられる。
「会うことにした」
グレイヴの表情はほとんど変わらなかった。
「そうか」
「リビアも」
「はい。私も自分で決めました」
「そうですか」
「日程はまだ」
「学園が調整するって」
「分かった」
それだけだった。
「父さん」
「何だ?」
「反対しないの?」
「してほしいのか?」
「違うけど」
「学園が安全面を確認し、お前とオリビア様がそれぞれ自分で決めたのだろう?」
「うん」
「なら、今の私が止める理由はない」
「心配は?」
「する」
即答だった。
「するんだ」
「当たり前だ」
「でも止めない?」
「心配だからといって、お前の選択をすべて代わりに決めるつもりはない」
グレイヴの言葉に、少し胸が温かくなる。
「ただし」
「何?」
「当日の状態が悪ければ止める」
「そこは?」
「そこは保護者として譲らん」
「分かった」
「オリビア様もです」
「はい」
リビアが素直に頷く。
「日程が決まったら教えろ」
「うん」
「それまでは?」
「普通に過ごす」
「結構」
グレイヴが少しだけ笑った。
◇
夜。
夕食と入浴を終え、自室の机へ向かう。
今日は本を開いた。
朝は読まなかった古い魔力測定の研究書。
昨日の続きから読み始める。
けれど、十五分ほど経ったところで、紙を一枚取り出した。
ライゼルとの面会。
レイモンド先生から、言うことを決めすぎるなと言われた。
だから台詞を書くつもりはない。
ただ、忘れたくないことだけ書いておこうと思った。
一つ。
俺がリビアを惑わせていないことを証明しようとしない。
二つ。
ライゼルが俺を嫌いでも、それだけなら問題にしない。
三つ。
謝罪を聞いても、その場で許すか決めなくていい。
四つ目を書こうとして、手が止まる。
リビアを守る。
そう書きそうになった。
でも。
「……違うな」
線を引く。
新しく書く。
――何かあった時、自分一人で対処しようとしない。
先生がいる。
リビアもいる。
結界もある。
俺もいる。
全部を一人に集めない。
その四つだけで紙を置いた。
言う言葉ではない。
自分が忘れないためのものだ。
もう一つ書こうか考えたが、やめた。
増やし始めたら、きっと十個でも二十個でも作れる。
「決めすぎない」
口にして、紙を本へ挟む。
その時、扉が軽く叩かれた。
「セス?」
リビアだ。
「いいよ」
扉が開く。
今日は本を一冊持っていた。
「読む?」
「うん。昨日読まなかったから」
「俺も今読んでた」
「隣いい?」
「うん」
机ではなく、昨日と同じソファへ移る。
リビアが隣へ座り、本を開く。
俺も自分の本を持ってきた。
「何か書いてた?」
「面会のこと」
「言うこと?」
「違う。忘れたくないこと」
「見てもいい?」
少し考える。
「いいよ」
紙を渡す。
リビアが読む。
一つずつ。
最後まで読んでから、少し笑った。
「セスらしい」
「何が?」
「四つ目」
「一人でやらない?」
「うん」
「大事だろ」
「大事」
「リビアは何か決めた?」
「一つだけ」
「何?」
リビアは本を閉じた。
「『私はセスを自分で選びました。あなたが理解出来るかどうかと、私が選んだことは別です』」
静かな声だった。
「それだけ?」
「今は」
「謝罪されたら?」
「その時考える」
「俺と同じだ」
「うん」
「ライゼルが何で俺なのか聞いたら?」
「答えないかもしれない」
「俺は聞きたいけど」
「それは別です」
「いつ教えてくれる?」
「今は面会の話をしています」
「逃げた」
「逃げました」
リビアが笑う。
俺も笑った。
「セス」
「何?」
「会うって決めて、後悔してない?」
「してない」
「怖い?」
「ちょっと」
「私も」
「やめたくなったら?」
「言う」
「俺も」
「途中でも?」
「うん」
「先生に?」
「リビアにも」
「私もセスに言う」
確認する。
それくらいは決めてもいいと思う。
全部の会話を準備するのではなく、止めたくなった時に止めることだけは忘れない。
「じゃあ読む?」
リビアが本を開く。
「うん」
俺も開く。
しばらくは、それぞれ別の本を読んだ。
俺は古い魔力測定。
リビアは古式結界。
同じソファに座っているけれど、読んでいるものは違う。
時々どちらかが気になる箇所を見つけると、相手へ話す。
「セス、これ」
「何?」
「外層の維持量、一定じゃないかもしれない」
「さっき馬車で一定って言ってなかった?」
「別の記録だと、周囲の魔力密度で変えてる」
「じゃあ自動調整?」
「そこまで高度か分からない。でも、術者が意識して変えていた可能性はある」
「後でベルナルト先生に聞こう」
「うん」
少しして、今度は俺が声をかける。
「リビア」
「何?」
「昔の測定器、切り替え時間だけじゃなくて、変化する直前の揺れも記録してるかも」
「本当?」
「この部分」
近くへ本を寄せる。
リビアも身体を寄せて覗き込む。
肩が触れる。
髪が少し俺の腕へ当たった。
「……本当ね」
「これ、俺の変換前も見られるかな」
「古い装置そのものは使えないかもしれないけど、考え方は使えるかも」
「次、先生に聞くこと増えた」
「ちゃんと書いておいて」
「うん」
ノートへ書く。
ライゼルとの面会を決めた日の夜。
俺たちは、魔術の本を読んでいる。
昨日なら、それを少し不思議に思ったかもしれない。
今はもう、それほどでもなかった。
会うと決めた。
だからといって、その日までずっと面会のことだけ考える必要はない。
言うことを全部決める必要もない。
許すかどうかも決めなくていい。
怖くなったら、その時に言えばいい。
そして、面会とは関係のないことで笑ったり、剣を振ったり、本を読んだりしていい。
「セス」
「何?」
「今、何考えてた?」
「今日も楽しかったなって」
「剣?」
「それも。授業も、本も」
「面会を決めたのに?」
「うん」
リビアが少しだけ考え、それから柔らかく笑った。
「私も」
「図書館?」
「それも」
「じゃあ同じだ」
「うん」
ページをめくる。
俺たちがライゼルと会う日は、まだ決まっていない。
明日かもしれないし、数日後かもしれない。
その日になれば、きっと緊張する。
怖くなるかもしれない。
言おうと思っていたことが言えないかもしれない。
ライゼルの言葉を聞いて、腹が立つかもしれない。
それでもいい。
面会は、用意した答えを間違えずに言うための試験ではない。
俺は俺の言葉で話す。
リビアはリビアの言葉で話す。
ライゼルが何を言うのかは、会ってから聞けばいい。
そこまで考えたところで、隣から小さな声がした。
「セス」
「何?」
「ページ、さっきから進んでない」
「……考えてた」
「面会?」
「ちょっと」
「決めすぎないんでしょう?」
「そうだった」
俺が本へ視線を戻すと、リビアが笑った。
「今は本を読みましょう」
「うん」
今度こそ次の行へ目を移す。
会うことは決めた。
でも、会った時の全部までは決めなくていい。
その日までの時間も、俺たちの時間だ。
だから今は、まだ知らない魔術の続きを読んでいていい。
次の頁をめくる音が、静かな部屋の中で二つ重なった。




