第33話 気にならないわけじゃないけれど、俺たちまで一日中待っている必要はありません
目を覚ました時、昨日より先にライゼルのことを思い出した。
今日は学園側が、もう一度ライゼル本人と話す日だ。
前回と同じ質問を一部繰り返し、時間を空けても答えが変わらないか、誰かに教えられた言葉を覚えているだけではないか、オリビア本人の意思と自分の感情を分けて考えられているかを確認する。面談が何時から始まるのかまでは聞いていないし、俺たちが立ち会う予定もない。
だから、俺が朝から出来ることは何もなかった。
「……身体は一」
ベッドの上で腕を伸ばし、肩を回す。
昨日の剣術練習の疲れが少しだけ残っている。痛みと呼ぶほどではないが、木剣を振った腕や背中に、動かした翌朝らしい重さがあった。
魔力疲労はゼロ。
眠気もほとんどない。
頭の疲れは一か二。
「今日は朝の剣、なしでいいか」
昨日は四十五分とはいえ、イザークやアルフォルド殿下としっかり身体を動かした。
朝からさらに足す必要はない。
そう決めると、以前なら少し落ち着かなかったはずの空いた時間が出来た。
窓の外を見る。
朝日が庭の木々へ斜めに差し込み、葉の先に残った夜露が小さく光っている。庭師たちはまだ来ていないらしく、外は静かだった。
訓練をしないなら、何をするか。
机の上には、リビアと交換した五属性魔術の研究書が置いてある。
「……読むか」
椅子へ座り、本を開いた。
昨日ベルナルト先生へ聞いた変換前の魔力干渉については、当然ながら自分で試さない。けれど、読むことまで止められているわけではない。
頁をめくると、昨日とは別の記述が目に入った。
複数属性適性を持つ術者について書かれた古い研究記録だ。
ただし、五属性ではない。
二属性。
しかも、その術者は二つの属性を同時に使うのではなく、片方を使用した直後にもう片方へ切り替える際、わずかな遅延が生じたと記されている。
「切り替え……」
俺の場合はどうだっただろう。
授業では、火から水。
水から風。
風から土。
土から雷。
連続で切り替えたことがある。
測定の時も、属性ごとの出力差や安定性を見られた。
でも、自分では切り替えに時間がかかっている感覚はほとんどない。
そこまで考えたところで、指が止まる。
「……これも聞くやつだな」
自分で試すやつではない。
机の端に置いていた紙へ、疑問を書き加える。
――属性切り替え時の遅延はあるか。測定可能か。
その下には、すでにいくつか書いてある。
――五属性すべてで変換前の感覚は同じか。
――属性選択と術式構築のどちらが先か。
――無属性結界を使う時の魔力流は属性魔法とどう違うか。
――変換前への外部干渉は観測のみから始められるか。
紙を眺めていると、少し笑えてきた。
「増えたな」
答えではない。
質問が増えた。
それでも、前より困っていない。
ライゼルのことも似ているのかもしれない。
分かったことが増えたら、分からないことも増えた。
それでも、全部を今日解決しなくていい。
俺は本を閉じ、朝食の時間まで机の引き出しへ紙をしまった。
◇
「今日は剣術の朝稽古をしていないのね」
食堂へ入ってすぐ、リビアに言われた。
「何で分かった?」
「髪」
「髪?」
「いつも朝に剣を振った日は、少しだけ前髪が乱れてるもの」
自分の額へ手を当てる。
「そんな違う?」
「私には分かるわ」
「またそれ?」
「またです」
リビアが得意そうに笑った。
昨日と同じ席へ座ると、朝食の香りがふわりと鼻へ届く。焼いたパンと卵料理、それに温かい野菜のスープ。窓の外は昨日よりよく晴れていて、食器の縁へ朝日が反射していた。
「疲れ残ってる?」
リビアが尋ねる。
「身体一。腕と背中がちょっと重い」
「痛みは?」
「ゼロ」
「魔力は?」
「ゼロ」
「頭は?」
「一か二」
「細かいわね」
「リビアは?」
「全部ほとんどゼロ。眠気だけ二」
「寝不足?」
「違うわ。朝だから」
「それ普通じゃない?」
「だから心配しなくていいってこと」
「なるほど」
パンへ手を伸ばす。
旦那様はまだ食堂へ来ていない。グレイヴは使用人へ何か指示を出していたが、俺たちの会話が耳に入ったらしく、こちらへ視線だけ向けた。
「セス」
「何?」
「今日は放課後の剣術練習は入れていないな?」
「入れてないよ」
「ならいい」
「何で?」
「昨日の疲労が残っているなら、連日行う必要はない」
「分かってる」
「本当に?」
「今日は図書館行くかもしれない」
「そうか」
「リビアが昨日行けなかったから」
言ったところで、グレイヴの視線が少し変わった。
「何?」
「オリビア様が行かれるから、お前も行くのか?」
「……それ昨日も言われた」
「答えは?」
俺はリビアを見る。
リビアも俺を見ている。
「俺も調べたいことある」
「何を?」
「属性切り替えの遅延。今朝、本に出てきた」
リビアの目が輝いた。
「どの辺?」
「後半。二属性持ちの古い記録」
「私、そこまだ読んでない」
「あとで見せる」
「うん」
「で、リビアは選択透過型結界だろ?」
「そう」
「だから別々の本探す」
「うん」
グレイヴが頷く。
「それなら結構」
「何か試された?」
「自分の予定をオリビア様の予定と無意識に同一化していないか確認しただけだ」
「最近そういうの多くない?」
「最近のお前が考えるようになったからだ」
「前は?」
「考える前にオリビア様を優先していた」
否定出来ない。
「でも、一緒にいるのも好きだよ」
「それをやめろとは言っていない」
「じゃあいいじゃん」
「自分で選んでいるならな」
その言葉を聞いて、昨日のライゼルの話が一瞬だけ頭をよぎった。
自分で選ぶ。
リビアが俺を選んだ。
俺も、自分がどうしたいのかを少しずつ考えるようになった。
「セス?」
リビアに呼ばれ、顔を上げる。
「何でもない」
「ライゼルのこと考えた?」
「ちょっと」
「私も今考えた」
「同じところ?」
「たぶん」
それだけで何となく分かった。
リビアがパンを小さくちぎる。
「今日だね」
「うん」
「緊張は?」
「二くらい」
「低いのね」
「俺たち何もしないし」
「私は三かな」
「気になる?」
「うん。でも」
リビアは少し考え、スープの表面へ視線を落とした。
「昨日よりは、待てる気がする」
「俺も」
「明日、結果を聞けるかも分からないのよね」
「早くても明日って言ってた」
「追加確認になったら、もっと先」
「うん」
「……じゃあ、今日考えても仕方ないわね」
「図書館行こう」
「うん」
話があっさり別のところへ移った。
それが悪いことには思えなかった。
◇
学園へ向かう馬車では、俺が朝見つけた記述をリビアへ見せた。
揺れる車内で本を広げるのは読みづらいので、該当頁を指で押さえながら要点だけ話す。
「二属性なのね」
「うん。火と風」
「切り替える時に遅延があるって、どれくらい?」
「そこが分からない。『熟練した単一属性術者の連続行使と比較して明確な間が生じた』ってだけ」
「測定方法は?」
「書いてない」
「年代は?」
「百四十年くらい前」
「古いわね」
「今なら測れるかな」
「ベルナルト先生に聞けば?」
「聞く」
「今日?」
「授業ない」
「じゃあ明日以降ね」
「忘れそう」
「紙に書いたんでしょう?」
「何で知ってる?」
「セス、最近疑問が出ると書くようになったもの」
「……俺のこと分かりすぎじゃない?」
「幼馴染ですから」
「それだけ?」
何となく聞いた。
リビアが瞬きをする。
「婚約者でもあります」
「うん」
「何で嬉しそうなの?」
「分からない」
「またそれ?」
「今のはちょっと分かるかも」
「じゃあ何?」
「言わない」
「セス?」
リビアが身を乗り出してくる。
俺は本を閉じて少し身体を引いた。
「近い」
「昨日も同じこと言ったわね」
「近いから」
「婚約者でしょう?」
「婚約者なら近くていいの?」
聞くと、今度はリビアの動きが止まった。
「……いいと思う」
「そっか」
「セスは?」
返された。
「嫌じゃない」
「それだけ?」
「近いと、ちょっと困る」
「どうして?」
「顔が熱くなるから」
口にした瞬間、リビアの頬まで赤くなった。
馬車の中に妙な沈黙が落ちる。
外では朝の街を行き交う人々の声が聞こえ、車輪が石畳を踏む規則的な音が続いている。なのに、俺たちの間だけ急に静かになった気がした。
「……セス」
「何?」
「それ、私が近いから?」
「そう言っただろ」
「うん」
「何でリビアまで赤いの?」
「セスがそういうこと言うからでしょう!」
「聞いたのリビアじゃん」
「そうだけど!」
少し大きな声が出て、二人で同時に御者席の方を見る。
もちろん仕切りがあるので、こちらの様子は見えていない。
「声大きい」
「誰のせいよ」
「俺?」
「セス」
「ごめん」
謝ったが、リビアは怒っているわけではなさそうだった。
むしろ口元が少し緩んでいる。
「……嫌じゃないなら、いいけど」
「うん」
「でも今日は図書館でちゃんと本を読むからね」
「何の話?」
「セスが変なこと言って集中出来なくなったら困るでしょう?」
「俺が悪いの?」
「半分」
「残り半分は?」
「私」
そう言って、リビアは窓の外へ顔を向けた。
耳まで赤い。
俺も何となく外を見る。
ライゼルの面談がある日なのに。
朝から何を話しているんだろう。
でも、不思議と少し嬉しかった。
◇
一時間目の授業が始まる前、イザークが俺の席へ来た。
「身体どうだ?」
「一」
「俺、二」
「昨日三だっただろ?」
「寝たら減った」
「痛みは?」
「なし」
「じゃあよかった」
俺が答えると、イザークが少し変な顔をした。
「何?」
「お前、自然に聞くようになったな」
「何を?」
「疲労とか痛み」
「先生たちにずっと聞かれてるから」
「前から?」
「学園来てから特に」
「俺まで管理されてる気分なんだけど」
「嫌?」
「いや。怪我してるのに黙って次やるよりはいい」
「じゃあいいじゃん」
「でも数字はまだ慣れない」
「便利だぞ」
「二か三とか言い始める奴が言うなよ」
「間でもいいんだって」
「誰に教わった?」
「リビア」
「やっぱり」
イザークが笑う。
「今日は剣なしだよな?」
「うん。図書館行く」
「パウリー嬢と?」
「一緒に行くけど、調べるものは別」
「へえ」
「何だよ」
「いや。何でもない」
「最近皆それ言う」
「便利なんだろ?」
「真似するなよ」
前の席からミリアナが振り返った。
「クルセス君、昨日の一本すごかったね」
「見てたじゃん」
「見てたけど、改めて」
「イザークも強かったよ」
「俺が負けた話を朝からするな」
「でもアルフォルド殿下相手にも惜しかったよね」
「それはいい」
「都合いいな」
ナナリーも席へ着きながら、少し笑う。
「でも、昨日は皆様楽しそうでした」
「ナナリーも最後までいたよな」
「はい。剣術は詳しくありませんが、見ているだけでも面白かったです」
「今度やる?」
「私がですか!?」
「基礎なら」
「クルセス様から教わる基礎が、本当に一般的な基礎なのか不安です」
「普通だよ」
「その言葉が一番不安なんだけど」
ミリアナまで言う。
「何で?」
「セス君だから」
「理由になってない」
話しているうちに、教室へ先生が入ってきた。
俺たちはそれぞれの席へ戻る。
今日ライゼルが別室で何をするのか。
この教室にいる誰も詳しくは知らない。
でも、だからといって俺たちの授業が止まるわけではない。
黒板へ書かれ始めた今日の課題へ目を向ける。
それでよかった。
◇
午前の授業は、思っていた以上に忙しかった。
応用算術では領地間輸送にかかる費用計算。
魔術史では古代の防衛結界が都市設計へ与えた影響。
その後の剣術理論では、実際に剣を振らず、複数人戦闘での立ち位置について扱った。
特に最後の授業が面白かった。
先生が黒板へ三人対三人の配置を描き、誰がどこへ動けば味方の進路を塞がずに済むかを考える。
「強い者が前へ出ればいい、という話ではない」
先生が黒板の中央へ線を引く。
「一人が突出すれば、その後方を守るために残り二人の選択肢が減る。本人が敵を倒せたとしても、集団として不利になる場合がある」
何となく耳が痛い。
隣のイザークが俺を見る。
「何?」
「いや」
「何だよ」
「お前、こういうの覚えた方がいいなと思って」
「俺も今思った」
先生に聞こえたらしく、こちらへ視線が飛んでくる。
「クルセス」
「はい」
「自覚があるなら結構だ」
教室から笑いが起こった。
「そんなに俺だけですか?」
「編入初日に炎の中へ単独で突入した生徒が他にいるなら連れてきなさい」
「いないと思います」
「なら授業を聞きなさい」
「はい」
笑いがもう一度広がる。
以前なら、あの時は必要だったと反射的に説明したかもしれない。
今も、あの時の選択そのものを全部間違いだったとは思っていない。ライゼルのフレイムストームを放置すれば、周囲の生徒が危険だった。
でも。
同じ状況になったら、同じように一人で突っ込む。
それしか考えないのは違う。
授業後、イザークと廊下を歩きながら、その話になった。
「昨日パウリー嬢にも似たようなこと言われてなかった?」
「言われた」
「何点?」
「八十八」
「何が?」
「次に危ないことがあった時の俺の考え方」
「何でそんな高いんだよ」
「前より良くなったから」
「残り十二は?」
「知らない」
「聞かなかったのか?」
「聞いたけど、満点じゃないって」
「厳しいな」
「でもリビアだから」
口にしてから、イザークが俺を見る。
「何?」
「今の言い方」
「何が?」
「いや。もういい」
「また?」
「自分で考えろ」
「皆そればっかり!」
前を歩いていたリビアが振り返る。
「何の話?」
「リビアが俺につけた八十八点の話」
「セス!」
「何で怒るの?」
「人に言わなくていいでしょう!」
「駄目だった?」
「駄目じゃないけど……」
リビアが頬を赤くする。
イザークが笑う。
そんなやり取りをしているうちに、昼休みになった。
◇
今日は教室で昼食を取った。
アルフォルド殿下たちも同じ卓へ集まり、昨日の剣術練習の話が自然と始まる。
「イザーク」
アルフォルド殿下が食後のお茶へ手を伸ばしながら呼ぶ。
「はい」
「昨日の最後の回避だが、なぜ左へ避けた?」
「右だと殿下の剣が残ってると思ったからです」
「見えていたのか?」
「全部は。でも、クルセスとやった時に、剣だけじゃなくて肩を見るようにしてたんで」
俺が顔を上げる。
「俺?」
「お前、前に言っただろ。剣先だけ追うと遅れるって」
「言った」
「だから殿下の肩見てた」
「なるほど」
アルフォルド殿下が楽しそうに頷く。
「では、次は肩も使って誘う必要があるな」
「やめてください!」
「なぜだ?」
「対策したら、その上の対策されるじゃないですか!」
「当然だろう」
「ほら」
俺は笑う。
「俺が言った通り」
「お前も次は別のことするんだろ!」
「する」
「やっぱり!」
「だから面白いんじゃん」
イザークが一瞬黙る。
それから、仕方なさそうに笑った。
「……まあ、それはそうだけど」
「次は私もクルセスと一本だな」
アルフォルド殿下が言う。
「日程まだですよ」
「分かっている」
「俺との決着もまだ」
「分かってるって」
「人気者だね、クルセス」
カイゼル殿下が楽しそうに笑う。
「剣だけですよ」
「本当に?」
「何が?」
「いや、何でもない」
「殿下までそれ使うんですか?」
サザリーが呆れたように息を吐く。
「最近この卓はクルセスをからかうことが目的になっていないか?」
「サザリーもやるだろ」
「私は必要な指摘をしているだけだ」
「一番面倒な言い方」
「何か言ったか?」
「何も」
「聞こえている」
リビアが隣で笑っている。
しばらく剣の話が続いた後、話題は来月予定されている交換実習へ移った。
「委員会では何か決まったのか?」
サザリーがリビアへ尋ねる。
「大枠だけ。まだ生徒へ正式に出せる段階ではないわ」
「言える範囲は?」
「班ごとに条件の違う課題へ対応する形式になる可能性が高い、くらいね」
「条件?」
俺が聞く。
「例えば?」
「そこはまだ秘密」
「決まってないから?」
「それもあるし、委員として先に話しすぎるのは駄目でしょう?」
「そっか」
「ただ、戦闘だけではないと思う」
その言葉に興味が湧く。
「じゃあ何する?」
「だから秘密」
「聞いただけ」
「顔がすごく知りたそう」
「知りたい」
「当日まで待ちなさい」
「まだ一か月くらいある」
「楽しみが長く続くでしょう?」
「最近リビア、それ好きだな」
「何が?」
「楽しみは逃げないって」
「セスに必要だから」
笑顔で言われた。
サザリーが俺を見る。
「条件付きの課題なら、お前は好きそうだな」
「うん」
「即答だな」
「だって面白そう」
「剣だけではなく、物資や時間、人員の制限が入れば、昨日話していた領地経営に近い判断も必要になるかもしれない」
「それやりたい」
「まだそうなるとは決まっていないぞ」
「分かってる。でもなったらやりたい」
自分でも声が少し弾んだのが分かった。
リビアがこちらを見ている。
「何?」
「また増えたなって思って」
「何が?」
「やりたいこと」
昨日、俺自身が言った言葉だった。
剣。
魔術。
領地経営。
物流。
結界。
交換実習。
友達との練習。
リビアと読む本。
「……増えた」
「忙しくなるね」
「全部一日でやらなきゃいいんだろ?」
「正解」
リビアが嬉しそうに頷いた。
その時、教室の扉が開いた。
入ってきたのはレイモンド先生だった。
胸が少しだけ動く。
今日。
ライゼル。
その二つが頭へ浮かぶ。
でも先生は俺たちのところへ来なかった。
教卓へ置かれていた書類を一つ取り、別の教師と短く話した後、そのまま教室を出ていく。
「セス」
リビアの小さな声。
「うん」
「今、気になった?」
「なった」
「私も」
それだけだった。
追いかけない。
先生が何も言わなかったなら、今は俺たちへ伝えることがないのだろう。
「続きは?」
サザリーが聞く。
「何の?」
「交換実習だ」
「ああ」
俺はそちらへ意識を戻した。
思っていたより簡単だった。
◇
午後。
俺とリビアは別々の授業を一つ受けた。
俺は選択の実務基礎。
リビアは魔術応用。
学年共通授業では一緒になることが多いが、選択授業まで全部同じではない。
以前は、リビアと別の教室になる時間が少し落ち着かなかった。
危険があるからというより、長年ずっと近くにいることが普通だったからだ。
今日は違う。
「じゃあ後で図書館?」
分かれ道で聞く。
「うん。先に終わった方が待つ?」
「待たなくていいよ」
「え?」
「図書館にいれば会うだろ」
リビアが一瞬驚いた後、柔らかく笑う。
「そうね」
「俺の方が遅かったら、先に調べてて」
「分かった」
「帰りたくなったら?」
「帰る」
「うん」
「セスもね」
「分かった」
それだけ確認し、別れる。
実務基礎の教室へ入ると、サザリーもいた。
「クルセス」
「サザリーもこれ取ってたんだ」
「前からいるだろう」
「席遠いから」
「お前は最近、授業中に課題へ集中しすぎて周囲を見ていない」
「いいことじゃない?」
「悪いとは言っていない」
今日は、限られた予算の中で橋の修繕と街道整備、備蓄倉庫の補強のどれを優先するかという課題だった。
条件が書かれた紙を受け取った瞬間、俺は少し嬉しくなった。
「顔に出ているぞ」
「何が?」
「楽しそうだ」
「これ面白そう」
「まだ読んで一分だろう」
「だから」
課題へ目を落とす。
川に架かる橋は老朽化が進んでいるが、現時点では通行可能。
街道は一部が雨季にぬかるみ、輸送が遅れる。
備蓄倉庫は容量不足だが、今年の収穫予測は平年並み。
予算は全部を直すには足りない。
さらに、来季に大規模な祭礼が予定され、人の往来が増える可能性がある。
「先生」
「何だ、クルセス」
「追加情報って聞いていいですか?」
「何が知りたい?」
「橋が壊れた時の迂回路と、街道が使えなくなった場合の代替輸送路。それと倉庫以外に一時保管出来る場所があるか」
先生が少し笑う。
「いい質問だ。ただし、すべての情報が与えられるとは限らない」
「じゃあ分からないまま決める?」
「実務ではそういう場合もある」
俺は課題用紙へ視線を戻した。
分からない情報がある。
でも、決めなければならない。
昨日までとは少し違う。
決めなくていい時もある。
決める必要がある時もある。
「では、分からない情報を前提に条件を分けてもいいですか?」
「どういう意味だ?」
「橋の代替路がある場合とない場合で、優先順位を変える」
「構わない」
「じゃあそれで」
書き始める。
隣のサザリーも紙へペンを走らせている。
授業の終盤で互いの案を見せ合うと、俺とサザリーは最初の優先順位が違っていた。
「俺は橋」
「私は街道だ」
「何で?」
「現時点で橋は通行可能とある。対して街道の遅延はすでに発生している」
「でも橋壊れた時の影響大きくない?」
「だから点検と応急補強へ最低限を回す」
「なるほど」
「お前は?」
「迂回路がない場合、橋を先にする。迂回路があるなら街道」
「備蓄倉庫は?」
「今年平年並みなら後。ただし既存施設の安全性に問題があるなら変える」
「条件が多いな」
「分からないから」
「お前らしい」
サザリーが少し笑った。
「何?」
「以前なら、もっと一つに決めたがったんじゃないか?」
「皆それ言うな」
「事実だろう」
「……たぶん」
授業終了の鐘が鳴る。
俺は課題用紙を提出しながら、今日一日ほとんどライゼルのことを考えていなかったことに気づいた。
◇
図書館へ入ると、リビアはすでにいた。
でも、俺を待ってはいなかった。
窓際の席で大きな本を開き、横に何冊か資料を積んでいる。銀青色の髪へ傾いた午後の光が差し込み、頁を押さえる指がゆっくり文字を追っていた。
俺が近づいても、すぐには気づかない。
少し迷う。
声をかけるか。
それとも、自分の本を探すか。
楽しそうに読んでいる。
なら、邪魔しなくてもいい。
俺はそのまま書架へ向かった。
古代魔術史。
複合属性研究。
魔力測定法。
棚を順番に見ていく。
探していたものとは少し違うが、過去の測定器具についてまとめられた本を見つけた。百年以上前のものなので今の測定技術とはかなり違うだろうが、朝読んだ研究と同時期に近い。
「これかな」
取り出し、少し離れた席へ座る。
リビアと同じ机ではない。
数席離れた場所。
でも、顔を上げれば見える。
本を開く。
しばらくすると、周囲の音が気にならなくなった。
紙をめくる音。
司書が歩く足音。
窓の外で枝が揺れる音。
遠くで誰かが小さく咳をする。
そんなものが全部、静かな図書館の空気へ溶けていく。
古い測定器具は、今よりかなり大きい。
魔力の流量を見るだけでも複数の魔石を使い、術者が一定時間魔力を流し続けなければならなかったらしい。
「セス」
いつの間にか、リビアが目の前に立っていた。
「うわ」
「そんな驚く?」
「集中してた」
「知ってる。三回見たけど気づかなかったもの」
「声かけた?」
「かけてない」
「じゃあ分からないよ」
「楽しそうだったから」
「リビアも」
「見てたの?」
「最初だけ」
「声かけなかった?」
「楽しそうだったから」
二人で顔を見合わせる。
同じことをしていた。
「隣、いい?」
「うん」
リビアが椅子を引く。
今度は同じ机へ並ぶ。
「何見つけた?」
「昔の測定器。朝の本と同じくらいの年代」
「属性切り替えの遅延をどう測ったか分かりそう?」
「まだ。でも、この頃でも魔力流量の変化は見てたみたい」
「じゃあ可能性あるわね」
「リビアは?」
「これ」
持ってきた本を開く。
頁には複雑な結界式が描かれていた。
「選択透過?」
「その一種。でも、思っていたのと少し違った」
「どう違う?」
「何を通すかを術者が一つずつ指定するんじゃなくて、基準となる魔力反応を登録して、それに近いものだけ通すみたい」
「登録?」
「たぶん。古い表現だから、現代術式の意味と同じかは分からない」
「じゃあ人を登録したら、その人だけ通す?」
「そこまで単純じゃないと思う」
「魔法だけ?」
「分からない」
「試す?」
言った瞬間、リビアが俺を見る。
「……冗談」
「今ちょっと本気だったでしょう?」
「二割くらい」
「駄目」
「分かってる」
「先生に聞く」
「はい」
小声で話していると、近くの席にいた上級生がこちらを見て笑っていた。
騒いではいないはずだが、内容が少し変だったのかもしれない。
「静かにしよう」
「うん」
それからしばらく、それぞれ本を読む。
隣にいる。
でも、同じものを読んではいない。
時々、気になる記述があると袖を軽く引いて見せる。
俺も同じようにする。
それだけで十分だった。
手を繋がなくても。
ずっと話していなくても。
同じ時間を過ごしている感じがした。
どれくらい経ったのか。
図書館の窓から差し込む光がかなり傾いた頃、リビアが本を閉じた。
「今日はここまで」
「もう?」
「続き読みたい?」
「読みたい」
「でも?」
「明日でもいい」
「うん」
俺も本を閉じる。
「借りる?」
「借りる。リビアは?」
「この一冊だけ」
「他は戻す?」
「うん」
二人で本を抱えて立ち上がる。
その時、図書館の入口が開いた。
反射的にそちらを見る。
入ってきたのは、知らない下級生二人だった。
「……セス」
「何?」
「今、先生かと思った?」
「ちょっと」
「私も」
ライゼルの面談。
完全に忘れていたわけではない。
どこかには残っている。
「気になるね」
「うん」
「でも、聞きに行かない?」
「行かない」
「私も」
本を返却棚へ置く。
借りるものを手続きして、俺たちは図書館を出た。
◇
廊下へ出ると、校舎の中はかなり静かになっていた。
部活動中の生徒たちは別棟や運動場へ移動し、帰宅する生徒もほとんど正門へ向かった後らしい。
「面談、もう終わってるかな」
リビアが言う。
「分からない」
「聞かない?」
「先生見つけても?」
「うん」
「向こうから言われたら聞く」
「私もそれでいい」
並んで歩く。
階段を下り、昇降口へ向かう。
途中で学園長室へ続く廊下が見えた。
行こうと思えば行ける。
昨日までなら、少し迷ったかもしれない。
今日は足が止まらなかった。
「セス」
「うん」
「今、通り過ぎたね」
「うん」
「気づいてた?」
「学園長室の方?」
「うん」
「気づいてた」
「私も」
リビアが小さく笑う。
「成長?」
「分からない」
「便利ね」
「だろ?」
昇降口を出る。
夕方の空は薄い橙色で、校舎の壁にも柔らかな光が当たっている。運動場からはまだ掛け声が聞こえ、剣術場の方から木剣のぶつかる乾いた音も響いていた。
「昨日なら、あそこにいたんだな」
「剣術場?」
「うん」
「今日もやりたい?」
「ちょっと」
「行く?」
「行かない」
「即答」
「身体一残ってるし、今日は図書館行ったから」
「明日は?」
「明日の身体次第」
「本当に変わったわね」
「褒めてる?」
「すごく」
リビアが笑う。
俺も少し嬉しくなった。
◇
正門が見えてきたところで、後ろから足音が近づいてきた。
「クルセス、オリビア嬢」
レイモンド先生だった。
俺とリビアは同時に足を止める。
胸の奥が少しだけ強く鳴った。
「先生」
「面談?」
俺が聞くと、先生は頷いた。
「ああ。予定通り行った」
リビアの表情が少し引き締まる。
「終わったんですか?」
「終わった」
「どうでした?」
聞いてから、俺は先生の手元を見る。
書類は持っていない。
レイモンド先生は俺たちの顔を順番に見た。
「今日は詳しい説明をしない」
「……はい」
「記録を整理し、出席した教師間で評価を合わせる必要がある。前回と同じ質問に対する回答だけでなく、反応や魔力状態も含めて確認する」
「分かりました」
リビアも頷く。
「明日聞けますか?」
「予定では、明日の放課後に説明する」
胸の奥が少し動く。
明日。
「追加確認は?」
俺が尋ねる。
「現時点で、面談そのものをもう一度行う予定は立てていない」
「じゃあ……」
言いかけて止める。
それだけで、会える状態になったとは限らない。
「先生たちの判断はまだ?」
「ああ。明日伝える」
「分かりました」
俺はそれ以上聞かなかった。
リビアも黙っている。
「……質問しないのか?」
逆に先生から聞かれた。
「明日教えてくれるんですよね?」
「ああ」
「じゃあ明日でいいです」
「オリビア嬢は?」
「私もです」
レイモンド先生が少しだけ目を細めた。
「そうか」
「何ですか?」
「いや」
「先生まで何でもないって言う」
「本当に何でもない」
「怪しい」
「クルセス」
「はい」
「せっかく待てるようになったんだ。余計なところで追及するな」
「……はい」
リビアが隣で笑った。
「ただ、一つだけ伝えておく」
先生の声が少し真面目になる。
俺たちも自然に姿勢を正した。
「今日の面談中、攻撃魔法へ繋がるような急激な魔力上昇は確認されなかった」
「そうですか」
「これは安全面の情報として先に伝えて構わないと判断した」
少し安心する。
でも、それだけだ。
「それ以外は明日?」
「ああ」
「分かりました」
「今日は帰って休みなさい」
「図書館でずっと座ってただけですよ」
「昨日は剣術をしている」
「身体一です」
「ならなおさら増やすな」
「はい」
「オリビア嬢も」
「はい」
先生は校舎へ戻っていく。
俺たちはその場に少しだけ残った。
「終わったんだね」
リビアが言う。
「うん」
「どうだったんだろう」
「気になる」
「うん」
「でも明日」
「うん」
それで歩き出す。
正門の外には、パウリー家の馬車が待っていた。
◇
馬車へ乗ってから、しばらくは二人とも話さなかった。
今日は向かい合わせに座っている。
窓の外では学園の校舎が少しずつ遠ざかり、街の景色へ変わっていく。夕方の往来は朝より多く、仕事を終えた人々や買い物帰りの人々が道を行き交っていた。
「セス」
「何?」
「緊張、今いくつ?」
「三」
「上がった?」
「うん。明日聞くって決まったから」
「私、四」
「怖い?」
「少し。でも、前よりは違う」
「何が?」
「明日、先生たちが『面会は出来ない』って言っても、それはそれでいいと思ってる」
「うん」
「『出来る』って言われても、その場で会うって決めなくていい」
「うん」
「どっちでも、私たちが何か失敗したことにはならない」
俺は頷く。
「俺もそう思う」
「本当に?」
「うん」
「もしライゼルが昨日より悪くなってたら?」
「それは嫌だけど」
「うん」
「俺が直すことじゃない」
「うん」
「先生たちが判断する」
「うん」
「もし良くなってても、俺が許さなきゃいけないわけじゃない」
「うん」
「会うかも、その時考える」
「うん」
リビアの表情が少し柔らかくなる。
「セス」
「何?」
「私、今ちょっと嬉しい」
「何で?」
「セスが全部自分で何とかしようとしてないから」
「最近してないだろ」
「だから嬉しいの」
「毎回?」
「毎回」
「そのうち普通になるよ」
「それでも嬉しいと思う」
「そう?」
「うん」
俺は窓の外を見る。
少し照れた。
「リビアは?」
「何?」
「今日、面談のこと考えてた?」
「何回か」
「いつ?」
「朝。昼にレイモンド先生が教室へ来た時。選択授業が終わった時。それから図書館の入口が開いた時」
「俺とほぼ同じ」
「セスも?」
「うん」
「でも、ずっとじゃなかったね」
「うん」
「本読めた?」
「かなり」
「私も」
少し笑う。
「明日も授業あるな」
「当たり前でしょう?」
「放課後まで長そう」
「そう思ったら長くなるわよ」
「じゃあ考えない」
「出来る?」
「授業次第」
「明日は何があった?」
「午前に魔術実技」
「それなら大丈夫そうね」
「何で?」
「セス、絶対そっちへ集中するから」
「リビアもだろ」
「私はセスほどじゃありません」
「結界の時、俺より周り見えてないことあるじゃん」
「ないわよ」
「ある」
「いつ?」
「前の練習で三層目考えてた時」
「あれは集中してたの」
「同じだろ」
「違います」
「同じです」
少し言い合う。
重かったはずの話の後なのに、自然に笑えた。
馬車が大きな交差路を曲がる。
「そうだ」
俺は鞄へ手を伸ばす。
「本」
「今読むの?」
「違う。これ」
図書館で借りた古い魔力測定の本を出す。
「屋敷で一緒に見る?」
「見る」
「リビアのも?」
「もちろん」
「じゃあ夕食前?」
「少しだけね」
「何で?」
「セス、放っておくと夕食までずっと読むでしょう?」
「リビアもだろ」
「私は止められるわ」
「本当に?」
「……たぶん」
「じゃあ二人とも止まらないじゃん」
「グレイヴに時間を決めてもらう?」
「それは嫌」
「どうして?」
「絶対短くされる」
「じゃあ自分たちで決めましょう」
「三十分」
「四十分」
「リビアの方が長いじゃん」
「二冊あるもの」
「じゃあ四十分」
「決まり」
明日の結果。
ライゼルとの面会。
追加測定。
交換実習。
剣の約束。
読みたい本。
調べたいこと。
色々ある。
全部まだ途中だ。
でも、途中のものが多いことを、前ほど嫌だと思わなくなっていた。
◇
屋敷へ戻ると、玄関ホールでグレイヴが迎えた。
「お帰りなさいませ、オリビア様。セス」
「ただいま」
「ただいま戻りました」
リビアが先に挨拶し、俺も続く。
グレイヴの視線が俺の持っている本へ向く。
「図書館か」
「うん」
「剣術は?」
「今日はしてない」
「身体疲労は?」
「朝一。今も一」
「痛み」
「ゼロ」
「魔力」
「ゼロ」
「精神疲労」
少し考える。
「三かな」
「理由は?」
「明日ライゼルの面談結果を聞くことになったから」
グレイヴの表情がわずかに変わった。
「今日の面談は予定通り行われたのか?」
「うん。でも詳しいことは明日。攻撃魔法に繋がるような魔力上昇はなかったって、それだけ先に聞いた」
「そうか」
「旦那様には?」
「学園から正式な報告が来ればお伝えする。お前から詳細を報告する必要はない」
「分かった」
「それで、その本は?」
「昔の魔力測定」
「オリビア様は?」
「選択透過型結界です」
グレイヴが一瞬黙った。
「二人とも」
「何?」
「読むだけだな?」
「読むだけ」
「先生に聞くためです」
「なら結構」
「信用ないな」
「あるから確認だけで済ませている」
前にも聞いた言葉だった。
信用しているから確認する。
今なら、少し分かる。
「夕食前に四十分だけ読む」
「誰が決めた?」
「俺たち」
「なら守れ」
「はい」
「分かりました」
俺たちは顔を見合わせる。
「時間測る?」
リビアが聞く。
「時計見る」
「忘れない?」
「……グレイヴ」
「何だ?」
「四十分経ったら教えて」
「結局私が管理するのか」
「確認だけ」
「言うようになったな」
呆れながらも、グレイヴは断らなかった。
◇
四十分後。
「セス」
「待って、ここだけ」
「四十分だ」
「あと一頁」
「セス」
「何?」
「さっき自分で頼んだでしょう?」
顔を上げると、部屋の入口にグレイヴが立っていた。
向かいではリビアも本を開いたまま止まっている。
「リビアもまだ読んでるじゃん」
「私は今閉じようとしてたの」
「本当に?」
「本当よ」
「オリビア様」
グレイヴが静かに呼ぶ。
「……あと二行でした」
「ほら」
「セスもでしょう!」
「二人とも閉じなさい」
「はい」
「はい……」
二人で本を閉じる。
グレイヴが深く息を吐いた。
「なぜ私が子供二人の読書時間を管理しているんだ」
「俺たち十五歳だよ」
「知っている」
「子供?」
「少なくとも今の二人はそう見える」
「リビア」
「何?」
「明日は自分たちで止めよう」
「うん」
「本当か?」
グレイヴに聞かれた。
俺とリビアは少し黙る。
「……努力する」
「私も」
「最初からそう言いなさい」
グレイヴが去っていく。
俺たちはまた顔を見合わせた。
「面白かったね」
リビアが言う。
「うん」
「続き読みたい?」
「読みたい」
「明日?」
「明日は結果聞くから、疲れてなかったら」
「そうね」
また、条件付き。
でもそれでいい。
リビアが自分の本を抱えて立ち上がる。
「夕食行こう」
「うん」
俺も借りた本を机へ置く。
部屋を出る前に、窓の外を見た。
日が沈みかけている。
明日。
今日行われた面談について、俺たちは先生たちから話を聞く。
ライゼルが前と同じことを言えたのか。
違う答えになったのか。
先生たちが、面会を安全に行える状態だと判断したのか。
まだ分からない。
気にならないわけではない。
たぶん明日、学園長室へ向かう頃にはまた緊張する。
それでも今日は、今日のことが出来た。
授業を受けた。
課題を考えた。
リビアとは別の教室へ行った。
図書館では別々の本を読んだ。
同じ机へ移ってからも、それぞれ自分が知りたいことを調べた。
そして、ライゼルの面談が終わったと聞いても、結果をその場で無理に聞き出そうとはしなかった。
「セス?」
廊下からリビアが呼ぶ。
「今行く」
俺は窓から離れた。
明日の答えは、明日聞けばいい。
その答えを聞いた俺がどう思うのかも、今の俺が先に決める必要はない。
会いたくなるかもしれない。
まだ会いたくないと思うかもしれない。
リビアと同じ答えになるかもしれないし、違うかもしれない。
それでもいいと、今は思える。
部屋を出ると、少し先でリビアが待っていた。
「遅い」
「ごめん」
「何考えてたの?」
「明日のこと、ちょっと」
「やっぱり気になる?」
「うん」
「私も」
リビアはそれ以上聞かなかった。
俺も聞かない。
並んで食堂へ向かう。
明日になれば、また一つ情報が増える。
そしてきっと、その情報を聞いたら、新しく分からないことも増えるのだろう。
それでも。
分からないことが増えるたびに、すぐ答えを出そうとしなくてもいい。
今日一日を普通に過ごせたことが、その証拠のような気がしていた。




