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第25話 謝罪する意思があると聞いたのに、どうして会う話はまだ先なんですか

 翌朝の食卓では、誰も昨日の面談について詳しく聞いてこなかった。


 アルセス様には昨夜のうちに、レイモンド先生から聞いた範囲を伝えてある。シュザー家当主がライゼルの行動を正当化していないこと、リビア本人の意思を尊重すると明言したこと、そして謝罪は俺だけでなくリビアにも必要だと考えていること。その先については今日の放課後、学園長室で説明を受ける予定だと話した。


 だから、今ここで改めて確認する必要はない。


 そう分かっているのに、俺はパンへ伸ばした手を一度止めてしまった。


「セス?」


 隣からリビアの声がする。


「何?」


「今、考えてたでしょう」


「何を?」


「今日の放課後のこと」


「……分かる?」


「分かるわよ」


 リビアはカップへ口をつけながら、少しだけ笑った。


 向かい側ではアルセス様が朝の書類へ目を通している。グレイヴもいつもの位置に控えていて、食堂には食器の触れ合う小さな音と、開けられた窓から入ってくる鳥の声が穏やかに混じっていた。


「気にするなとは言わん」


 書類から目を上げないまま、アルセス様が言った。


「今日の説明を聞いた上で、お前たち自身が関わることだからな。考えるなという方が無理だろう」


「はい」


「ただし、昨日も言った通り、今日中に何かを決めなければならないわけではない」


 そこでアルセス様は書類を置き、俺とリビアを順番に見た。


「学園側が確認した事実を聞く。それをどう受け止めるかは、その後だ」


「分かっています」


 リビアが答える。


 俺も頷いた。


「俺も昨日、リビアと話しました。会うかどうかは、話を聞いてから考えるって」


「二人だけで結論は出さなかったのだな」


「出してません」


「それならよい」


 アルセス様の表情が少しだけ柔らかくなる。


 以前の俺なら、何か問題があれば早く答えを出した方がいいと思っていた。


 危険なら排除する。


 敵なら倒す。


 困っているなら助ける。


 必要なものが足りなければ用意する。


 単純な問題なら、それでいい。


 けれど、人の気持ちが絡むと、そうはいかないらしい。


 俺が会いたいか。


 リビアが会いたいか。


 ライゼルが本当に話せる状態なのか。


 謝罪したいという意思が、父親ではなく本人にもあるのか。


 まだ知らないことがある。


「セス」


 グレイヴが声をかけてきた。


「何?」


「今日の朝は鍛錬を?」


「してない」


「理由は?」


「本読んでた」


 昨日と同じ五属性魔術の本だ。


 朝食前に少し読み進め、複数属性持ちの魔力変換について書かれた章を半分ほど終えた。


「それはそれで集中しすぎて朝食を忘れないようにしてください」


「ちゃんと時計見たよ」


「結構です」


「何で毎朝、俺が何かやりすぎてないか確認するの?」


「必要だからです」


「最近は大丈夫だろ」


「最近大丈夫になったからといって、確認をやめる理由にはなりません」


「信用されてない?」


「信用しているからこそ、確認しております」


 よく分からない。


 俺が首を傾げていると、リビアが小さく笑った。


「セスは、信用されることと放っておかれることを同じだと思ってない?」


「違うの?」


「違うわよ」


「そうなのか」


「信用してても心配はするもの」


 それは最近、少し分かるようになってきた。


 俺もリビアを信じている。


 彼女が強いことも知っている。


 それでも危ない場所へ行くなら心配する。


 以前なら、その心配を理由に自分が全部守ればいいと考えていたけれど、今は少し違う。


「じゃあ、グレイヴも?」


「私は十五年近くあなたを見ておりますので、信用と警戒を同時に行っております」


「警戒までされてるの?」


「当然です」


「父親に警戒される息子ってどうなの?」


「自覚してください」


 アルセス様が小さく咳払いをした。


 笑ったのを隠したように見えたが、たぶん気のせいではない。


 今日の放課後には、少し重い話を聞く。


 それでも朝食まで重くする必要はない。


 そんなふうに始まった一日だった。


     ◇


 学園へ着いてからも、午前中は思っていたより普通に過ぎていった。


 一時間目は一般魔術理論。


 今日の内容は魔術を連続使用した際の魔力効率と、術式精度の低下についてだった。


 魔力量に余裕があっても、同じ魔術を何度も使えば制御が雑になることがある。原因は魔力不足だけではなく、集中力や術式構築の微細なずれ、身体的な疲労も関係するらしい。


「クルセス」


 教師に名前を呼ばれ、俺は顔を上げた。


「はい」


「先日の追加測定では、継続使用による精度低下がかなり小さかったそうだな」


「そうみたいです」


「自覚は?」


「途中から少し疲れました」


 教室の何人かが笑う。


「お前の『少し』は参考にならん」


「先生まで?」


「測定記録があるからな。数値で確認した方が早い」


 また笑いが起こった。


 俺は少し困りながらも、以前ほど嫌ではなかった。


「ただし」


 教師は黒板へ向き直り、一本の線を引く。


「クルセスの例を『魔力量が多ければ疲労しない』と理解するな。むしろ逆だ。出力に余裕がある者ほど、本人の感覚より身体や集中力へ負担を蓄積している場合がある」


 何人かの視線が俺へ集まる。


「何でみんな俺見るの?」


「教材だからじゃない?」


 隣からリビアが小声で言う。


「俺、生徒なんだけど」


「珍しい実例でもあるんでしょうね」


「嫌な実例だな」


 俺たちの会話が聞こえたのか、教師がこちらを見る。


「クルセス。何か意見があるか?」


「ありません」


「なら聞け」


「はい」


 教室に笑いが広がった。


 その後、教師は疲労を三つに分けて説明した。


 魔力そのものの消耗。


 身体への負荷。


 集中力の低下。


 どれか一つだけを見るのではなく、全部を確認する必要がある。


 俺はノートへ書きながら、少しだけ面白いと思った。


 以前なら、魔力が残っていて身体が動けば「まだ出来る」と判断していた。


 でも、今はそれだけでは足りない。


 測定の時にも言われた。


 出来ることと、やっていいことは違う。


 休み時間になると、イザークが俺の席へ来た。


「お前のための授業みたいだったな」


「違うだろ」


「途中から完全にお前見られてたぞ」


「先生が名前出すから」


「でも役に立っただろ?」


「うん」


「素直だな」


「何で?」


「前なら『俺は大丈夫』って言ってそう」


「……言ってたかも」


 否定出来ない。


 イザークが笑いながら自分の腕を回した。


「俺も昨日休んだから、今日はもう張りほとんどない」


「よかった」


「次の剣術いつだっけ?」


「明後日」


「長いな」


「自主練する?」


「今日?」


「今日は俺、放課後に学園長室だから無理」


「じゃあ明日」


「いいよ」


 答えてから、少し考える。


「でも授業あるから軽くな」


「分かってる」


「痛かったらやめる」


「分かってるって」


「先生に止められたら――」


「お前、本当に変わったな!」


 イザークの声が少し大きくなり、周囲の生徒が笑った。


「何で怒るんだよ」


「怒ってない! お前から安全確認されるのが変なだけだ!」


「大事だろ」


「大事だけど!」


 俺も笑う。


 明日の予定が一つ決まった。


 今日の放課後に何を聞くか分からなくても、明日は来る。


 それが少し安心する。


     ◇


 昼休み。


 東棟の裏庭へ向かう途中、リビアが俺の袖を軽く引いた。


「今日は二人で食べない?」


「いいよ」


 すぐに答える。


 最近は皆で食べる日と、二人だけの日が自然に混ざるようになっていた。


 最初に二人で昼食を取った時は、アルフォルド殿下が混ざろうとして騒ぎになったし、俺自身も妙に意識していた気がする。今は「今日は二人」と言われても、それほど特別なことには感じない。


 それでも、嬉しくないわけではない。


 いつもの庭へ出る。


 昼前から雲が増え、今日は木漏れ日が弱い。風には少し湿気があり、遠くから土の匂いが漂ってきた。


「雨降るかな」


「夕方かもしれないわね」


「傘持ってきた?」


「馬車だから大丈夫でしょう」


「正門まで濡れるかも」


「その時は結界を張るわ」


「便利だな」


「セスも水を避ければいいじゃない」


「水属性で?」


「出来るでしょう?」


「出来るけど、雨全部避けるの面倒だよ」


「私の結界の方が楽ね」


「じゃあ頼む」


 俺が言うと、リビアが少し嬉しそうに笑った。


「任せて」


 その言葉を聞くたび、昔のことを思い出す。


 俺が前へ出て、リビアへ後ろを頼んだ時。


 今は少し違う。


 雨を避ける程度のことまで任せられる。


「何?」


「いや、頼るのも慣れてきたなと思って」


「もっと慣れていいのよ」


「何でも?」


「何でもは駄目」


「どっち?」


「セスの場合、全部任せるようになる心配より、全部自分でやろうとする心配の方が大きいから、しばらくは多めに頼っていいわ」


「それ基準曖昧じゃない?」


「私が決める」


「それだと俺が自分で決めてない」


「……確かに」


 二人で少し考える。


「じゃあ」


 リビアがパンをちぎりながら言う。


「頼っていいか迷ったら相談する」


「誰に?」


「私でも、グレイヴでも、先生でも」


「それなら分かる」


「でしょう?」


 昼食を食べ始める。


 今日は厨房が用意してくれた肉と野菜のサンドイッチ、それから果物だった。以前のように食べさせ合うことはしない。普通に隣へ座り、それぞれ自分の分を食べる。


 それが不満というわけではない。


 むしろ、こういう普通の時間も好きだった。


「セス」


「何?」


「今日、話を聞いて」


「うん」


「もしライゼルが私に謝りたいって言ってたら、どうする?」


 手にしていたサンドイッチを少し下げる。


「リビアは?」


「まだ分からない」


「じゃあ俺も今は決めない」


「私が決めるまで待つ?」


「それも違うかな」


「どうして?」


「俺が会うかどうかと、リビアが会うかどうかは別だから」


 昨日の馬車で話したことを思い出しながら答える。


「二人とも会う。俺だけ会う。リビアだけ会う。二人とも会わない。たぶん選択肢はそれだけじゃないだろ?」


「……セス」


「何?」


「すごくちゃんと考えてる」


「褒めるなよ」


「まだ何も言ってないわ」


「顔が褒めてる」


「最近セスも分かるようになったわね」


 リビアが楽しそうに笑う。


 でも、すぐに表情を少し落ち着かせた。


「私だけで会うのは、セスは嫌?」


「心配はする」


「止める?」


「先生たちが安全だって言って、リビアが会いたいなら……止めないと思う」


 口にすると、少し胸がざわつく。


 本音を言えば、そばにいたい。


 ライゼルがまた何かしたらと思うと、俺がいた方がいいとも思う。


 でも、それだけで決めてはいけない。


「ただ」


「うん」


「俺も一緒にいていいなら、一緒にいたい」


 リビアの目が少し見開かれる。


「守るため?」


「それもある」


「他には?」


「……何だろ」


 考える。


 リビア一人に嫌なことを言わせたくない。


 でも、それだけでもない。


「一緒に聞きたいから、かな」


「何を?」


「ライゼルが何言うのか。リビアが何言うのか。俺もそこにいたい」


 自分でも少し曖昧だった。


 けれど、嘘ではない。


「俺たち二人に関係あることだから」


 リビアはしばらく黙っていた。


 風が吹き、銀青色の髪が頬へかかる。


 彼女はそれを耳へかけると、ゆっくり笑った。


「それなら、私も一緒がいい」


「会うって決めた?」


「まだ」


「あ」


「もし会うなら、よ」


「そっか」


「急がないんでしょう?」


「うん」


 俺たちは顔を見合わせて笑った。


 答えを出すための昼食ではない。


 ただ、今の気持ちを少しずつ確認する。


 それくらいでいい。


     ◇


 午後になると、予想通り雨が降り始めた。


 最初は窓へ小さな粒が当たる程度だったが、最後の授業が始まる頃には校庭全体が薄く白んで見えるほどになっている。屋根を叩く音が教室まで届き、教師の声の後ろで一定の響きを作っていた。


 最後の授業は基礎魔術制御だった。


 今日は実技ではなく、教室内で術式構築の演習を行う。


 配られた紙には、不完全な術式がいくつも描かれていた。


 足りない部分を補い、指定された効果になるよう修正する課題だ。


「これ、火属性?」


 隣のリビアに小声で聞く。


「たぶん。でも熱だけじゃない?」


「火を出すんじゃなくて温度上げる?」


「私はそう思う」


「じゃあこの線いらないな」


 消して書き直す。


 面白い。


 目の前の課題へ集中している間は、放課後のことを考えなかった。


 ただ、授業終了まで残り十分を切ったところで、一度時計を見てしまう。


 もうすぐだ。


 学園長室へ行く。


 昨日の面談で何が話されたのかを聞く。


「クルセス」


 教師の声が飛んできた。


「はい」


「時計ではなく術式を見ろ」


「すみません」


 教室に小さな笑いが起きる。


 リビアまで笑っている。


「リビアも見ただろ」


「私はセスを見てたの」


「それ同じじゃない?」


「違うわよ」


「何が?」


「私は課題終わってるもの」


「早いな」


「セスもあと一つでしょう?」


「うん」


「なら集中」


「はい」


 なぜ婚約者に注意されているのだろう。


 でも、そのおかげで残りの課題は時間内に終わった。


     ◇


 授業終了の鐘が鳴ってから、俺とリビアはすぐには教室を出なかった。


 急いでも仕方がない。


 教科書を鞄へしまい、机の中を確認し、窓の外を見る。


 雨はまだ続いている。


「行く?」


「うん」


 教室を出る。


 昨日は行かなかった学園長室への廊下を、今日は二人で歩く。


 雨の日だからか、校舎の中は普段より少し暗かった。壁に取り付けられた魔導灯がすでに点けられていて、濡れた窓の向こうでは木々が風に揺れている。


 歩きながら、俺は自分の呼吸を確認した。


 緊張している。


 戦う前とは違う。


 何が起きるか分からない怖さとも違う。


 知らなければならないことを聞きに行く緊張だ。


「セス」


「何?」


「手」


 リビアが自分の右手を少し持ち上げる。


「繋ぐ?」


「嫌?」


「嫌じゃない」


 俺から手を伸ばす。


 指が絡む。


 少しだけ落ち着いた。


「リビアも緊張してる?」


「してるわ」


「そっか」


「セスだけじゃないわよ」


「うん」


 それ以上は話さない。


 手を繋いだまま廊下を進む。


 学園長室の前にはレイモンド先生が立っていた。


「来たな」


「はい」


「オリビアも大丈夫か?」


「はい」


「では入れ」


 先生が扉を開く。


 室内にはオズワルド学園長とエレナ先生がいた。


 ベルナルト先生はいない。


 今日の話は魔術ではないのだから当然かもしれない。


 机の上には何枚かの書類が置かれている。


「座りなさい」


 学園長に促され、俺とリビアは並んでソファへ腰を下ろした。


 レイモンド先生とエレナ先生もそれぞれ席へ着く。


 扉が閉まる。


 雨音が少し遠くなった。


「まず」


 オズワルド学園長が口を開く。


「昨日伝えた通り、シュザー家当主との事前面談は行われた」


「はい」


「先に確認しておくが、今日ここでお前たちに何らかの決断を強制するつもりはない」


 俺は頷く。


 リビアも同じだった。


「今日は事実を伝える。その上で、質問があれば答える。会うかどうかは、その後に考えればいい」


「分かりました」


「では、順番に話そう」


 学園長が書類へ一度目を落とした。


「シュザー伯爵は、息子の行為について改めて正式に謝罪した。火属性魔術による複数回の攻撃、周囲の生徒を巻き込む危険を生じさせたこと、そして最終的にフレイムストームを使用したこと。そのすべてについて、正当化する意図はないと明言している」


 そこまでは昨日聞いている。


「また、クルセスによる制圧についても、現時点でシュザー家から抗議する意思はない」


「鼻の怪我も?」


「治療済みだ」


 エレナ先生が答える。


「それに、あの状況でお前が行った制圧について、学園側も過剰とは判断していない。その点はすでに伝えてある」


「はい」


「問題はここからだ」


 学園長の声が少し重くなる。


 俺は自然と背筋を伸ばした。


「シュザー伯爵は、事件後にライゼル本人と複数回話している」


「何て言ってるんですか?」


「最初の数日は、以前と大きく変わらなかったそうだ」


 胸の奥が少し冷える。


「オリビアが自分を拒絶したのは、クルセスの影響を受けているからだ。クルセスがいなければ、オリビアはいずれ自分を選ぶ。そういった主張を繰り返していた」


 隣で、リビアの指が僅かに動いた。


 俺は手を伸ばしかける。


 けれど、今は繋いでいない。


 どうするか迷った瞬間、リビアの方から俺の袖へ指先が触れた。


 俺はその手へ自分の手を重ねる。


 彼女は拒まなかった。


「今も?」


 リビア自身が聞いた。


 声は落ち着いていた。


 ただ、俺の手を握る力は少し強い。


「そこが昨日の面談で最も時間を使った部分だ」


 オズワルド学園長が答える。


「現在のライゼルは、少なくとも同じ言葉をそのまま繰り返してはいない」


「変わったんですか?」


「変化はある。ただし、それを理解と呼べる段階かは判断出来ない」


 俺は黙って続きを待つ。


「父親から、オリビア本人が明確に拒絶していること、婚約は本人の意思であること、クルセスが意思を操作している証拠など何もないことを繰り返し指摘された。その結果、ライゼルは以前の主張を口にする回数を減らしたそうだ」


「それって」


 俺は少し考える。


「分かったから言わなくなったのか、言うと怒られるから言わなくなったのか、分からないってことですか?」


「その通りだ」


 学園長が頷く。


「だから、すぐに会わせるべきではないと判断した」


 なるほど。


 確かに違う。


 黙ることと、考えが変わることは同じではない。


「ライゼルは謝りたいと言っているんですか?」


 リビアが聞く。


 エレナ先生が答えた。


「クルセスには、謝罪する意思を示している」


「俺には?」


「ああ」


「リビアには?」


 室内に短い沈黙が落ちた。


 雨が窓を叩く音だけが聞こえる。


 俺は嫌な予感がした。


「現時点では」


 エレナ先生が言葉を選ぶ。


「自分がオリビアへ謝罪する必要について、十分に納得しているとは言えない」


 リビアが目を伏せた。


「……やっぱり」


「リビア」


「大丈夫」


 すぐに答えたが、声は少し硬い。


 俺は手を離さない。


「何でですか?」


 自分でも思ったより低い声が出た。


「俺を攻撃したことは悪いって分かるのに、リビアの意思を無視したことは分からない?」


「クルセス」


 レイモンド先生が静かに名前を呼ぶ。


「怒るなとは言わない。ただ、最後まで聞け」


「……はい」


 息を吐く。


 自分の指に力が入っていたことへ気づき、少し緩める。


 リビアの手を痛くしたくない。


「ライゼルの現在の認識は、かなり不安定だ」


 学園長が続ける。


「自分が魔術を使って暴走したことについては、明確に過ちだったと認め始めている。クルセスへ攻撃したこと、周囲を危険へ巻き込んだことについても同様だ」


「でも、リビアのことは違う」


「ああ」


「まだ自分が正しいと思ってる?」


「そこまで単純ではない」


 学園長が少し考えてから言葉を続ける。


「父親から何度も否定され、学園側からも本人の意思を明確に伝えられたことで、自分の認識が間違っている可能性は考え始めているらしい。しかし、それを受け入れ切れていない」


「可能性……」


「『自分が勘違いしていたのかもしれない』というところまでは来た。だが、『オリビアは本当に自分を選んでいない』という事実を、感情として受け入れられてはいない」


 俺は眉を寄せる。


 分かるような、分からないような。


「頭では少し分かってきたけど、気持ちが追いついてない?」


 俺が聞くと、エレナ先生が頷いた。


「近いわね」


「だから会わせない?」


「それも理由の一つ」


「他にも?」


「ある」


 学園長は机の上に置かれた一枚の紙へ手を置いた。


「ライゼル本人から、クルセスへ手紙を書かせている」


「俺に?」


「ああ。ただし、まだ渡さない」


「何でですか?」


「内容に問題があるからだ」


 俺は紙を見る。


 それが手紙なのだろうか。


「見せてもらえます?」


「今日は見せない」


「どうして?」


「添削途中だからだ」


「謝罪文を添削するんですか?」


 思わず聞き返した。


 少し妙な感じがする。


 謝る言葉まで直されたら、それは本人の謝罪なのだろうか。


 俺の疑問が顔に出たらしい。


「違う」


 レイモンド先生が先に説明する。


「正しい謝罪文へ書き直させているわけではない。むしろ逆だ」


「逆?」


「最初に、好きに書かせた」


「それを先生たちが読んだ?」


「父親と学園側がな」


「何が書いてあったんですか?」


 先生たちが一度視線を交わす。


 今度はエレナ先生が答えた。


「クルセスへ魔術を向けたことについては謝罪していたわ。ただ、その理由の部分に問題があった」


「理由?」


「『オリビアを守ろうとして冷静さを失った』という趣旨の文章があったの」


 隣のリビアの表情が変わった。


「私を……守る?」


「ええ」


「私、守ってなんて頼んでません」


「分かっているわ」


「むしろセスを攻撃するのを止めてって言いました」


「それも記録に残っている」


 リビアの声には、はっきり怒りが混じっていた。


 でも、先生たちは止めない。


「だから、その文章をそのまま謝罪として渡すことは出来ないと判断した」


 学園長が言う。


「『オリビアを守るためだった』と書けば、自分の行動を正当化する理由として彼女を再び利用することになる」


 俺はその言葉を聞いて、胸の中に引っかかっていたものが少し形になった。


「それは嫌です」


「ああ」


「俺に謝る手紙なのに、またリビアの気持ちを勝手に決めることになる」


「その通りだ」


「だから書き直させてる?」


「正確には、考え直させている」


 学園長が紙から手を離す。


「文章だけ整えても意味がない。なぜその表現が問題なのか、本人が理解出来なければ謝罪にはならない」


 俺は少し驚いた。


 昨日、馬車の中で考えたことと似ている。


 謝罪は、言わせれば終わりではない。


「シュザー伯爵も同じ考えなんですか?」


「少なくとも昨日の面談ではな」


「怒ってました?」


「息子に?」


「はい」


 学園長はすぐには答えなかった。


「厳しい態度ではあった。ただ、怒鳴りつけて従わせる方法では意味がないとも理解しているようだった」


「軍の人だから、もっと命令するのかと思ってました」


「軍人だからこそ、命令への服従と本人の理解が別物だと知っているのかもしれんな」


 それは少し意外だった。


 ライゼルの父親について、俺はほとんど知らない。


 魔法師団長。


 厳しい人。


 それくらいだ。


 息子がこんなことをしたのだから、家ごと敵になる可能性も考えていた。


 でも今のところ、そうではないらしい。


「ライゼルは、今どこにいるんですか?」


「学園には来ている」


「え?」


 思わず聞き返した。


 最近一度も見ていない。


「通常授業には戻していない」


 レイモンド先生が説明する。


「別室で課題を受け、教師立ち会いの下で学習している。魔術実技への参加は禁止。魔導具の持ち込みも制限している」


「ずっと?」


「事件後からだ」


「知らなかった」


「知らせる必要がなかったからな」


 確かにそうだ。


 俺がライゼルの居場所を毎日知る必要はない。


「外出は?」


「登下校はシュザー家の管理下。学園内で自由に動くことも許可していない」


「じゃあ、偶然会うことも?」


「現状では起きないようにしている」


 リビアの肩が少し緩んだ。


 俺も安心する。


 会うなら、準備して会いたい。


 廊下で突然顔を合わせるのは違う。


「正式な処分は?」


「まだ最終決定ではない」


 学園長の表情が厳しくなる。


「魔術による故意の攻撃、複数生徒への危険、教師到着前まで攻撃を継続したこと。軽い処分で済む内容ではない。退学を含む選択肢も検討対象に残っている」


「退学……」


 初めて、その言葉を現実のものとして聞いた気がした。


「ただし、処分と謝罪、今後の安全確保は分けて考える」


「分ける?」


「謝ったから処分を軽くする、処分を受けたから謝らなくていい、という話にはしないということだ」


「なるほど」


 王国法の授業を思い出す。


 責任を分けて考える。


 悪いことを一つにまとめない。


「それと」


 学園長がリビアを見る。


「オリビア。昨日、シュザー伯爵から明確な要望が一つあった」


「私にですか?」


「ああ」


 リビアの背筋が少し伸びる。


「息子と会ってほしい、ではない」


 先に否定された。


「むしろ逆だ。ライゼル本人が、君の意思を自分の都合のいい形へ解釈しない状態になるまでは、直接会わせないでほしいと申し出ている」


「……シュザー伯爵が?」


「ああ」


 リビアが驚いたように瞬きをする。


 俺も同じだった。


「父親なのに?」


 思わず言う。


「父親だからこそだろう」


 学園長は静かに答えた。


「息子のためにオリビアを利用することは出来ない、と言っていた」


 室内が静かになる。


 窓を叩く雨音が、急にはっきり聞こえた。


「ライゼルは、私と会いたいと言っているんですか?」


 リビアが聞く。


「言っている」


「でも、お父様が止めている?」


「現在はな」


 リビアは視線を落とした。


 俺は彼女の横顔を見る。


 少し驚いている。


 でも、嫌そうではない。


「どう思った?」


 学園長が聞く。


 リビアはすぐに答えなかった。


 俺も代わりに答えない。


 彼女自身の気持ちだからだ。


「……少し、安心しました」


 やがてリビアが言った。


「シュザー伯爵が、私をライゼルを落ち着かせるために会わせようとしているわけじゃないって分かったから」


「そうか」


「でも」


 リビアの指が、俺の手を少し握る。


「ライゼル本人が会いたいと思っているのは、少し怖いです」


 俺の胸が動く。


 昨日は「会うこと自体が怖いわけではない」と言っていた。


 でも今、違う言葉が出た。


 俺はすぐに口を挟まなかった。


「どんな意味で怖い?」


 エレナ先生が柔らかく尋ねる。


「……また、私が何か言えば分かってもらえるって期待されるのが」


 リビアはゆっくり答える。


「私が会えば、ライゼルが納得する。私が説明すれば、考えが変わる。そういう役目を私に求められるのが嫌です」


「うん」


 エレナ先生が頷く。


「それは、あなたが背負う必要のない役目よ」


「はい」


「ライゼルが自分の考えを修正するのは、ライゼル自身の責任。あなたが治してあげる必要はない」


 リビアが小さく息を吐く。


「……はい」


 俺はその横で、胸の奥が少し痛くなった。


 俺も似たことを考えていなかっただろうか。


 リビアが直接言えば、ライゼルも分かるかもしれない。


 以前、一瞬そんなことを思った。


 でも、それはリビアに「分からせる役目」を押しつけることになる。


「俺も」


 声を出す。


「リビアが会えば分かるんじゃないかって、ちょっと思ってました」


 リビアが俺を見る。


「ごめん」


「セス」


「今は違う。ライゼルが自分で分かってからじゃないと駄目だと思う」


 俺が言うと、学園長は何も評価しなかった。


 ただ一度、静かに頷いた。


 それで十分だった。


「では、ここで確認する」


 学園長が俺たちを見る。


「現時点で、ライゼルとの面会を希望するか?」


 俺とリビアは顔を見合わせた。


 昨日なら、「まだ分からない」と答えた。


 今日、話を聞いた。


 情報が増えた。


 それでも全部が分かったわけではない。


「俺は」


 先に口を開く。


「今は会わなくていいです」


「理由は?」


「ライゼルが、まだリビアのことをちゃんと理解してないから」


 そこで少し考える。


「……違うな」


 言い直す。


「リビアの気持ちを理解するんじゃなくて、リビアの気持ちはリビアが決めるってことを、まだ受け入れ切れてないから」


 その方が近い。


「それが出来てないなら、俺が会ってもたぶん同じ話になると思います」


「分かった」


 学園長がリビアを見る。


「オリビアは?」


「私も、今は会いたくありません」


 はっきりした声だった。


「怖いからだけじゃなくて……今会ったら、また私がライゼルを納得させるために話すことになる気がします」


「うん」


「私は、自分の気持ちを証明するために会いたくありません」


 俺は隣で、その言葉を聞く。


 リビアの指には少し力が入っていた。


 でも、声はもう揺れていない。


「私はセスを選びました。それを誰かに信じてもらうために、何度も説明し続ける必要はないと思います」


 胸の奥が熱くなる。


 セスを選んだ。


 もう何度も聞いている。


 それなのに、今は少し違って聞こえた。


 俺は彼女の横顔から目を離せなかった。


「セス?」


「……何でもない」


「顔赤いわよ」


「今はそっちの話だろ」


「ふふっ」


 少しだけ空気が緩む。


 エレナ先生も微笑み、レイモンド先生は小さく息を吐いた。


「二人の意思は分かった」


 学園長が言う。


「では、現時点で面会は設定しない」


「はい」


「ライゼル本人の状態については、引き続き学園とシュザー家で確認する。通常授業への復帰もまだ認めない」


「分かりました」


「変化があれば伝える。ただし、お前たちが毎日その経過を気にする必要はない」


 俺は少し笑った。


「それ、俺に言ってます?」


「主に」


「やっぱり」


「オリビアにもだ」


「はい」


 リビアが素直に返事をする。


「それからクルセス」


「はい」


「手紙についても、本人が問題を理解出来たと判断するまでは渡さない」


「分かりました」


「読みたいか?」


 聞かれて、少し迷う。


「……今のは?」


「最初に書いたものだ」


「見たくないです」


 思ったより早く答えが出た。


「理由は?」


「たぶん読んだら腹立つから」


 エレナ先生が少し笑った。


「正直ね」


「それに、渡すべきじゃないって先生たちが判断したなら、今読む必要ないと思います」


「そうか」


「ちゃんと本人が考えて、それでも俺に渡したいって思ったものなら、その時読みます」


 学園長が一度頷く。


「では、そのようにする」


 話が一区切りついた。


 けれど、俺の中には一つ気になることが残っていた。


「あの」


「何だ?」


「シュザー伯爵は、ライゼルをどうするつもりなんですか?」


 学園長が少し眉を動かす。


「どうする、とは?」


「家で」


 俺は言葉を探す。


「怒って終わりじゃないんですよね?」


「昨日の話では、そうではない」


「なら何を?」


「本人がなぜあのような考え方へ至ったのかを、家でも確認しているそうだ」


「原因?」


「そうだ。ただし」


 学園長の声が少し強くなる。


「原因が分かったとしても、行為の責任がなくなるわけではない」


「はい」


「家庭環境、周囲から与えられた価値観、本人の性格、オリビアへの感情。様々な要素があるかもしれない。だが、現時点で我々が推測だけで決めるべきではない」


 俺は頷く。


 それ以上はまだ分からない。


 なら、勝手に決めない。


「今後、必要な範囲で確認する」


「分かりました」


 学園長が机の上の書類をまとめる。


「今日伝えるべきことは以上だ」


「ありがとうございます」


「ありがとうございました」


 俺とリビアが頭を下げる。


「今日はそのまま帰ってよい」


 レイモンド先生が言う。


「雨が強くなっている。寄り道するな」


「図書室も?」


「今日は帰れ」


「はい」


「素直だな」


「何で先生まで毎回確認するんですか」


「お前だからだ」


 最近、その理由で全部済まされている気がする。


     ◇


 学園長室を出ると、廊下には雨の音が満ちていた。


 窓の外はかなり暗くなっている。まだ夕方のはずなのに厚い雲が空を覆い、庭の木々が雨に煙っていた。


 俺とリビアは並んで歩く。


 しばらく何も話さなかった。


 聞いたことを頭の中で整理する。


 シュザー伯爵はライゼルの行為を正当化していない。


 リビアの意思も認めている。


 俺への攻撃や周囲を危険へ巻き込んだことについて、ライゼル本人も過ちを認め始めている。


 でも、リビアについてはまだ完全ではない。


 自分が間違っていた可能性は考え始めている。


 それでも、受け入れ切れていない。


 最初の謝罪文には、「リビアを守るため」という言葉があった。


 だから渡されなかった。


 父親は、今の状態でリビアへ会わせることを望んでいない。


 俺たちも、今は会わないと決めた。


「セス」


「うん」


「怒ってる?」


 リビアが聞く。


「少し」


「手紙?」


「うん」


「私も」


「リビアも?」


「当たり前でしょう?」


 彼女は少し頬を膨らませる。


「私を守るためにセスを攻撃したなんて言われたら、怒るわよ」


「俺もそこ嫌だった」


「でしょう?」


「うん」


 歩きながら顔を見合わせる。


 同じところで怒っていた。


 それが少しだけおかしくて、二人とも笑った。


「でも」


 リビアの表情が少し落ち着く。


「シュザー伯爵のことは、思っていたのと違ったわ」


「俺も」


「もっと、ライゼルを庇うのかと思ってた」


「俺も。息子に謝らせるために、とにかく俺たちと会わせたがるのかと思ってた」


「逆だったね」


「うん」


 分からないものだ。


 誰かの父親だから、同じ考えとは限らない。


 ライゼルのしたことから、父親まで決めつけるのは違う。


「セス」


「何?」


「さっき」


「うん」


「私がセスを選んだって言った時、顔赤かった」


「……見てた?」


「隣にいたもの」


「忘れて」


「嫌」


「何で?」


「嬉しいから」


「リビアが言った側だろ」


「それでも」


 意味が分からない。


 でも、また少し頬が熱くなってくる。


「最近、そういうの多いな」


「セスが少しずつ分かってきたからじゃない?」


「何を?」


「私のこと」


「リビアのことなら昔から知ってるよ」


「そういう意味じゃないの」


「じゃあ何?」


「自分で考えて」


「難しい」


「授業の問題は楽しそうに考えるでしょう?」


「答えある程度あるから」


「私の問題にはないの?」


「リビアは問題じゃないだろ」


 言うと、彼女が止まった。


「何?」


「……もう一回言って」


「何を?」


「今の」


「リビアは問題じゃない?」


「そうじゃなくて」


「じゃあ分からない」


「セス!」


 静かな廊下に声が響く。


 少し先を歩いていた生徒が振り返り、俺たちを見て笑っている。


「また見られた」


「セスのせいよ」


「何で毎回俺なんだよ」


 そんなことを言いながら歩いていると、正面玄関へ着いた。


 扉の向こうでは激しい雨が降っている。


 馬車まではそれほど遠くない。


 でも、このまま出れば確実に濡れる。


「リビア」


「何?」


「お願いします」


「何を?」


「結界」


 リビアが目を丸くする。


 俺は少し笑う。


「朝、頼るって言っただろ」


「……うん」


「雨避けたい」


 リビアの顔がゆっくり笑顔になる。


「任せて」


 彼女が片手を上げる。


 淡い光が広がり、俺たちの頭上から周囲を覆うように薄い膜が形成された。


 外へ一歩出る。


 雨粒が結界へ当たり、左右へ流れていく。


「すごいな」


「これくらい簡単よ」


「俺が水属性で避けるよりずっと楽」


「でしょう?」


「ありがとう」


「どういたしまして」


 二人で結界の下を歩く。


 すぐ近くでは激しい雨が降っているのに、俺たちの周囲だけは濡れない。


 リビアが作った場所の中にいる。


 それが少し不思議で、心地よかった。


「俺、守られてる?」


「今さら?」


「雨から」


「そうね」


「悪くないな」


 言うと、リビアがまた足を止めかけた。


「今度は何?」


「何でもない」


「絶対何かある」


「嬉しいだけ」


「最近よく嬉しくなるな」


「誰のせいだと思ってるの?」


「俺?」


「そうよ」


 馬車へ着く。


 御者が扉を開けてくれる。


 俺は先にリビアを乗せようとして、少し考えた。


 昔なら当然のように彼女を支える側へ回っていた。


 今もそれが嫌なわけではない。


 だから、手を差し出す。


「どうぞ」


「執事として?」


 リビアが聞く。


 俺は少し考える。


「婚約者として」


 答えると、彼女が俺の手を取った。


 馬車へ乗る。


 俺も続く。


 扉が閉まると、激しい雨音が少し遠くなった。


 今日、全部が解決したわけではない。


 ライゼルとの問題は残っている。


 正式な処分も決まっていない。


 本人の考えも完全には変わっていない。


 謝罪文もまだ受け取らない。


 面会もしない。


 それでも、何も進んでいないわけではなかった。


 俺たちは「今は会わない」と自分たちで決めた。


 それは逃げたのではない。


 必要な時まで待つための選択だ。


「明日」


 リビアが言う。


「何?」


「イザークと剣の練習するんでしょう?」


「うん」


「私も少し見ていい?」


「もちろん」


「図書室も行きたいから、途中からになるけど」


「いいよ」


「それから、今度は私とも」


「剣?」


「約束したでしょう?」


「覚えてる」


「いつにする?」


「明後日は授業で剣術あるから……その次の日?」


「いいわよ」


「じゃあ決まり」


 また予定が増える。


 ライゼルのことだけではない。


 明日はイザークと剣を合わせる。


 リビアは図書室へ行く。


 その後に合流する。


 その次には、リビアとも久しぶりに剣を合わせる。


 授業もある。


 本も読みたい。


 魔術理論ももっと知りたい。


 学園へ来たばかりの頃にはなかったものが、少しずつ先の日へ増えている。


「セス、楽しそう」


「うん」


「何考えてたの?」


「明日もやることあるなって」


「嫌?」


「逆」


 窓の外では雨が流れている。


 けれど、胸の中は思ったより軽かった。


「楽しみ」


 口にすると、リビアが笑った。


 俺も笑う。


 答えが出ていない問題は、まだ残っている。


 それでも、その問題だけを見ながら毎日を過ごす必要はない。


 待つ時は待つ。


 考える時は考える。


 楽しい時は、ちゃんと楽しむ。


 そして必要になった時には、またリビアや先生たちと一緒に考えればいい。


 今の俺には、そのくらいの進み方がちょうどよかった。

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