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第143話 公爵令嬢様は、俺の隣で一緒に困ることまで楽しみにしているらしい


 翌朝、パウリー公爵邸の使用人たちが行き交う廊下には、いつもより少しだけ慌ただしい空気が漂っていた。厨房からは朝食の準備を進める音が聞こえ、開け放たれた窓の向こうでは、庭師たちが朝露の残る植え込みを手入れしている。俺は担当していた食堂の確認を終え、廊下の壁際で一枚の連絡票へ目を通していた。


 連絡票には、今朝の搬入について担当者から報告が記されていた。雨の影響で通行制限が続いている屋敷裏手の搬入路については、今日も北側の迂回路を使用することになっている。荷物の数量に問題はなく、予定していた品物もすべて届いているようだったが、搬入にかかった時間が通常より長かったため、担当者がその理由を確認していた。


(……迂回しているんだから、多少時間がかかるのは当然だけど、以前の配送記録で分からないままになっていることもある。だからといって、今回の遅れまで同じ理由だと考えるのは早いよな)


 俺は連絡票に記された内容をもう一度確認し、今朝の搬入については迂回による所要時間の増加が報告されていることを確かめた。以前の配送で発生した予定外の立ち寄りについては、まだ理由が分かっていない。二つの出来事を混同しないようにしながら、俺は書類を担当者へ返した。


「確認しました。今日の搬入については、北側の迂回路を使用したことと、到着した品物の数量に問題がないことが記録されていますね」


「はい。搬入にかかった時間については、担当者が確認した内容を記載しております。以前の配送に関する確認とは別に扱っています」


「ありがとうございます。俺から新しく指示することはありませんので、必要な報告があればグレイヴ様へお願いします」


 担当者は丁寧に頭を下げ、書類を持って持ち場へ戻っていった。俺はその後ろ姿を見送りながら、自分が直接確認する必要のある仕事と、担当者へ任せるべき仕事を区別できていたか考えた。


 以前なら、搬入に少しでも気になる点があれば、その場で詳しい事情を調べようとしていたかもしれない。けれど、今は俺が学院へ通っている間も、屋敷の仕事を進めてくれる人たちがいる。任せられた仕事を丁寧に行うことと、すべての仕事を自分で抱えることは、同じではないのだ。


「セス、少しよろしいですか」


 顔を上げると、廊下の向こうから父さんが歩いてきていた。いつものように整った執事服を身につけた父さんは、俺の手元に書類が残っていないことを確認してから、穏やかな表情で声をかけてくれた。


「おはよう、父さん。今朝の確認は終わったよ」


「おはようございます。報告は受けています。搬入担当者からも、必要な確認を終えたと聞きました」


「うん。今日は迂回で時間がかかったみたいだけど、荷物の数量には問題がなかったよ」


「そのとおりです。ただし、以前の配送で確認が続いている件とは、記録を分けて扱ってください。似たような状況だからといって、同じ原因があるとは限りませんからね」


 父さんの言葉に、俺は頷いた。ちょうど自分でも考えていたことだったので、改めて注意する必要があると感じる。


「分かった。今朝の報告だけで、前の件について何か分かったとは考えないようにするよ」


「ええ。それで結構です。ところで、学院の公開講習については、まだ知らせがありませんか」


「昨日の時点では、参加者と役割を調整しているって案内だけだったよ。今日、何か分かるかもしれないけど」


 俺が答えると、父さんは小さく頷いた。


「結果がどうなるにせよ、よい経験になるといいですね。もっとも、希望した役割を任されるとは限りませんし、参加そのものが決まっているわけでもありません。知らせを受け取るまでは、普段の授業を大切にしてください」


「うん。リビアも、同じ班になれるか分からないって話してたよ」


「お嬢様は、あなたと一緒に学ぶことを楽しみにしておられるのでしょう」


 父さんはそう言って、ほんの少しだけ口元を緩めた。その表情が何となく意味ありげに見えて、俺は思わず視線を逸らしてしまう。


「……俺も、一緒だったら嬉しいけどね」


「それは結構なことです。ただ、別の班になったとしても、お互いに学んだことを話し合えるでしょう。何事も、同じ場所にいることだけが協力ではありません」


 父さんの言葉を聞き、俺は昨夜リビアと交わした約束を思い出した。彼女は、俺が誰かに頼られているとき、自分にもできることがあるなら一緒に考えたいと言ってくれた。俺も、彼女にもっと相談すると約束したばかりだ。


「ありがとう、父さん。今日もいろいろ考えてみるよ」


「ええ。では、学院へ向かう準備をなさい。お嬢様はすでに支度を進めておられます」


 父さんに見送られ、俺は自室へ向かった。


     ◇


 玄関広間へ下りると、リビアは窓際で庭園を眺めながら待っていた。朝の光を受けたシルバーブルーの髪が柔らかく輝き、白い指先が制服の袖口を整えている。俺の足音に気づいた彼女は振り返り、いつもの公爵令嬢らしい落ち着いた表情から、俺だけがよく知っている嬉しそうな笑顔へと変わった。


「おはよう、セス。今朝のお仕事は無事に終わったの?」


「おはよう、リビア。うん。搬入の確認が少しあったけど、担当の人がちゃんと進めてくれていたから大丈夫だったよ」


「そう。あなたが安心して学院へ通えるように、皆さんが支えてくださっているのね」


 リビアはそう言って微笑み、俺の隣へ歩み寄った。彼女が使用人たちの働きを自然に気遣ってくれることが、俺には嬉しかった。


「うん。俺も、みんなに任せることを少しずつ覚えているところかな」


「ふふっ。とてもよいことだと思うわ。以前のセスなら、確認することが増えたら、その分だけ自分で動こうとしていたもの」


「……そんなに分かりやすかった?」


「ええ。少なくとも、私には分かりやすかったわ」


 リビアは楽しそうに笑い、俺の顔を覗き込んだ。俺は少し照れくさくなりながらも、彼女が長い間、自分のことを見ていてくれたのだと改めて感じていた。


 馬車の準備が整ったことを知らせる声が聞こえ、俺たちは並んで玄関を出た。庭園を抜ける道には朝露の名残があり、植え込みの間を通る風がひんやりと頬を撫でていく。


 馬車へ乗り込むと、リビアは向かいの席へ腰を下ろし、何かを思い出したように小さく笑った。


「ねえ、セス。昨日のお約束、覚えているかしら」


「もちろん。俺が誰かに頼られているとき、リビアにもできることがあれば、一緒に考えるって約束だよね」


「ええ。ちゃんと覚えていてくれて嬉しいわ」


 彼女は満足そうに頷いたあと、少しだけ悪戯っぽい表情を浮かべた。


「でも、私からもあなたを頼ってよいのよね?」


「それはもちろん。今までも頼ってくれていたと思うけど」


「そうね。でも、これからはもう少し遠慮しないことにするわ。セスが私に相談してくれるなら、私もあなたに相談する。そうしたら、どちらか一人が頑張りすぎることも少なくなるでしょう?」


 その考え方は、俺にも自然に受け入れられるものだった。俺は彼女の言葉に頷き、何か困ったことがあれば一緒に考えようと答えた。


「……ただ、リビアが困っているとき、俺がすぐに手を出しすぎないようにするのは、まだ練習が必要かもしれない」


「ふふっ。私も同じよ。あなたが困っていたら、すぐに助けたくなってしまうもの」


 リビアはそこで少し考え込み、窓の外へ視線を向けた。馬車が石畳を進むたび、柔らかな揺れが座席へ伝わってくる。


「でもね、セス。私、少し楽しみなの」


「何が?」


「あなたと一緒に、何か分からないことに出会うのがよ。今までは、セスが答えを見つけてくれることが多かったでしょう? けれど、私たち二人とも分からないことがあって、それを一緒に考える時間も、きっと素敵だと思うの」


 俺はその言葉を聞き、思わず彼女の顔を見た。


「……困ることまで楽しみなの?」


「ええ。もちろん、本当に大変なことが起きてほしいわけではないわ。でも、勉強で分からない問題があったり、誰かから相談されて答えに迷ったりしたとき、二人で考えられたら嬉しいでしょう?」


 リビアはそう言って、少しだけ頬を染めた。


「それに、あなたが何でも一人で解決してしまったら、私の出番がなくなってしまうもの」


 その言い方があまりにもリビアらしくて、俺は思わず笑ってしまった。彼女は少しだけ唇を尖らせたものの、すぐに自分も楽しそうに笑い始めた。


「笑わないでちょうだい。私は真剣なのよ」


「ごめん。でも、嬉しかったんだ。リビアがそう思ってくれているなら、俺ももっと相談しやすくなるよ」


 俺が答えると、彼女は安心したように微笑んだ。


「それなら、よかったわ」


 馬車は穏やかな朝の道を進み、やがて王立学院の正門が見えてきた。


     ◇


 教室へ入ると、ガレスが机の上へ何枚もの紙を広げ、サザリーと何やら話し込んでいた。昨日も展示会の配置について相談していたはずだが、今日はさらに書き込みが増えているらしい。俺たちが挨拶すると、ガレスは顔を上げ、待っていたと言わんばかりに手を振った。


「おはよう、セス! ちょっと見てくれよ。昨日の配置図、もう少し考えてみたんだ」


「おはよう。ずいぶん書き込んだね」


「だろ? 昨日の話を聞いてから、実際に人が動くところを想像してみたんだよ。そしたら、机を置く順番だけじゃなくて、見に来る人がどこを通るかも考えないといけないって気づいてさ」


 ガレスは嬉しそうに説明しながら、紙の上の矢印を指でたどった。昨日よりも細かな配置が描かれており、展示物を運ぶための通路と、見学者が歩く場所を分けようとしていることが分かる。


「なるほど。昨日よりずっと分かりやすくなってるね」


「そうだろ! でも、ここで悩んでるんだよな」


 ガレスが指差したのは、教室の奥に設ける予定の展示場所だった。入口からそこへ向かう通路が一つしかなく、見学者が集中すると、出入りする人同士がぶつかりそうな配置になっている。


「奥まで行った人が戻ってくるとき、これだと入ってくる人と向かい合うんだよ。通路を広げればいいんだけど、そうすると展示する場所が狭くなるだろ?」


 俺は配置図を眺めながら考えた。机の位置を変えれば通路は広がりそうだが、その分だけ展示できるものが減ってしまう。かといって、見学者が安全に動けない配置では意味がない。


「……まず、展示物がどれくらいあるのか確認した方がいいかもしれないね。全部を同じ場所に置く必要があるのかも分からないし」


「それは僕も考えていたんだ」


 サザリーが頷き、別の紙を差し出した。そこには展示物の種類を仮に分けた一覧が書かれている。


「ただ、僕たちは実際に展示会を開くわけではないから、展示物の大きさも数も仮の条件なんだよね。だから、何を優先するか決めないと、いつまでも配置が決まらないと思う」


 サザリーの言葉に、俺は頷いた。確かに、すべての条件を都合よく満たそうとすると、現実には使えない案になってしまうかもしれない。


「そうだね。まず安全に人が動けることを優先して、その範囲で展示できるものを考える方がよさそうだ」


「なるほどな。じゃあ、展示するものを少し減らすってことか」


「それも一つの方法だと思う。ただ、まだ決めなくてもいいんじゃないかな。ほかにも案があるかもしれないし」


 俺がそう答えたところで、隣からリビアが静かに声をかけた。


「ガレス様、少しよろしいかしら。こちらの展示物は、必ず教室の奥へ置かなければならないものなの?」


 ガレスは少し驚いたように顔を上げ、配置図へ視線を戻した。


「いや、別に決まってないけど……奥に大きいものを置いた方が、見栄えがいいかなと思ってさ」


「そうなのね。でしたら、入口から見える位置に置く方法もあるのではないかしら。奥へ行く必要がなくなれば、見学する人の動き方も変わると思うの」


 リビアはそう言いながら、配置図の端を指で示した。俺はその位置を見て、確かに大きな展示物を手前へ移せば、奥の通路を広く使えるかもしれないと気づいた。


「……それ、いいかもしれないね。大きいものを先に見てもらって、奥には小さいものを置くようにすれば、通路も確保できそうだ」


「おお! そうか、その手があったか!」


 ガレスは勢いよく頷き、すぐに紙へ新しい配置を書き込み始めた。サザリーもその様子を見ながら、入口付近が混雑しないようにする必要があると付け加える。


 俺たちは机を囲み、それぞれの考えを出し合った。ガレスは思いついた案をすぐに形へしようとし、サザリーは条件を整理し、リビアは見学者の立場から気づいたことを話してくれる。俺も自分の考えを伝えながら、誰か一人の意見だけで決める必要はないのだと感じていた。


(……昨日、リビアにもっと相談するって約束したばかりだけど、こうして一緒に考えると、俺だけでは見えなかったことが本当にたくさんあるな)


 俺がそう考えていると、ガレスがふと顔を上げた。


「なあ、セス。お前とオリビア様って、こういうとき本当に息が合ってるよな」


 突然の言葉に、俺は思わず瞬きをした。リビアも少し驚いたようだったが、すぐに頬を赤くして微笑んだ。


「そう見えるかしら?」


「見える見える。セスが考えてるところへ、オリビア様が別の案を出して、それをまたセスが考えて……って感じでさ。二人で一つのことを考えるの、慣れてるんだなって思うよ」


 ガレスは何気なく言ったつもりなのだろうが、リビアはその言葉をとても嬉しそうに受け止めていた。


「ふふっ。ありがとう。私たちは昔から一緒にいる時間が長いけれど、こうして学院で新しいことを学ぶのは、また違った楽しさがあるのよ」


 サザリーは二人の様子を見て、穏やかに微笑んだ。


「確かに、考え方が同じというより、違うところを補い合っているように見えますね」


 その言葉に、俺は少し考え込んだ。俺とリビアは、いつも同じことを考えているわけではない。むしろ、彼女が別の見方をしてくれるからこそ、気づけることがある。


「……そう言ってもらえるなら、嬉しいな」


 俺が答えると、リビアは隣で満足そうに微笑んだ。


     ◇


 午前の授業が始まる頃には、教室の賑やかな空気も落ち着き、生徒たちはそれぞれの席へ戻っていた。窓から差し込む光が黒板の端を照らし、教師が準備した資料の紙が静かにめくられていく。


 今日の授業では、複数の人が関わる仕事で意見が分かれた場合、どのように話し合いを進めるかが扱われた。教師は最初に、全員が同じ考えを持っているとは限らないことを説明し、意見が違うからといって、どちらかが間違っているとは限らないと話した。


「例えば、ある催しの準備で、参加者を多く受け入れたい人と、安全のために人数を制限したい人がいたとします。皆さんなら、どのように考えますか」


 教師が問いかけると、教室のあちこちから手が上がった。参加者を増やすために場所を広くするという意見もあれば、人数を減らして安全を確保すべきだという意見もある。


 俺はそれらを聞きながら、朝にガレスたちと考えた展示会の配置図を思い出していた。多くのものを展示したいという希望と、人が安全に歩ける通路を確保したいという条件は、どちらも大切なことだ。


「シルフィール君、あなたはどう考えますか」


 教師に指名され、俺は姿勢を正した。


「はい。まず、どちらの人が何を大切にしているのか確認する必要があると思います。そのうえで、変えられない条件があるなら、それを守りながら別の方法を考えたいです」


 教師は頷き、黒板へいくつかの言葉を書き加えた。


「よいですね。では、変えられない条件が何なのか分からない場合は、どうしますか」


「その条件を決めている人や、詳しい人へ確認すると思います。自分たちだけで判断してよいことかどうかも、確かめる必要があると思います」


「そのとおりです。話し合いは、必ずしもその場で結論を出すためだけに行うものではありません。何を確認する必要があるのか明らかにすることも、大切な成果です」


 その説明に、俺は静かに頷いた。


 授業の後半では、数人ずつの組に分かれ、意見が分かれる場面を想定した話し合いを行うことになった。俺たちの組には、学院の中庭で小規模な催しを開くという設定が与えられた。


 ただし、催しを開くこと自体が決まっているわけではない。あくまで授業のために用意された仮の状況であり、場所の使用許可や参加人数などについては、必要な確認事項を考えることが目的だった。


「じゃあ、俺はできるだけ多くの人に来てもらいたいって立場をやるよ」


 ガレスが元気よく手を上げた。サザリーは安全面を重視する役を引き受け、エミリアは参加する生徒の立場から意見を出すことになった。


 俺とリビアは、話し合いを進めながら必要な確認事項を整理する役割を担当した。


「せっかく催しを開くなら、たくさんの人に見てもらいたいんだよ。だから、できるだけ人数を制限しない方がいいと思う」


 ガレスがそう言うと、サザリーは落ち着いた口調で答えた。


「気持ちは分かるけれど、中庭の広さには限りがあるよ。人が多くなりすぎると、移動しにくくなるかもしれないし、ほかの生徒の通行にも影響が出ると思う」


「でも、人数を減らしたら、見たいと思ってる人が入れなくなるだろ?」


「だからこそ、何人までなら安全に利用できるのか確認する必要があるんじゃないかな」


 二人はそれぞれの考えを述べたあと、俺たちへ視線を向けた。俺はすぐに答えを出すのではなく、まず何が分かっていないのか整理することにした。


「今のところ、中庭を使えるかどうかも、何人まで集まれるかも分からないよね。だったら、まずその二つを確認する必要があると思う」


「そうね。それから、催しを開く時間によっても、通行する人の数が変わるかもしれないわ」


 リビアがそう付け加えると、エミリアも小さく手を上げた。


「参加する側としては、混雑している場所に長くいるのは少し不安です。でも、時間を分けて参加できるなら、人数が多くても落ち着いて見られるかもしれません」


 その意見に、ガレスが目を輝かせた。


「それだ! 一度に全員入れるんじゃなくて、時間を分ければいいんだな!」


 サザリーは頷きながらも、すぐに別の点を指摘した。


「ただ、時間を分けるなら、その案内をどうするか考えないといけないね。参加する人が知らずに集まってしまったら、結局混雑するかもしれない」


「確かにそうだな。じゃあ、先に知らせておく必要があるのか」


 話し合いは少しずつ具体的になっていった。俺はそれぞれの意見を聞きながら、ノートへ確認事項を書き留めていく。


 中庭の利用許可、利用できる時間、参加人数の目安、ほかの活動との重なり、参加者への案内方法。考えるべきことは多かったが、一つずつ整理していくと、何から確認すればよいのかが見えてきた。


「……ねえ、セス」


 リビアが小さな声で呼びかけてきた。


「何?」


「私たち、今すぐ結論を出そうとしていないでしょう? でも、こうして話し合っているだけでも、最初よりずっと分かることが増えたと思うの」


 俺は彼女の言葉に頷いた。


「うん。最初は人数を増やすか減らすかって話だったけど、今はほかの方法も考えられるようになったね」


「ええ。意見が違うことは、悪いことばかりではないのね」


 リビアはそう言って微笑んだ。俺もその笑顔を見ながら、今朝の馬車で彼女が話していたことを思い出した。


(……二人で分からないことを考える時間も楽しいって、リビアは言ってたな。確かに、こうしてみんなと話していると、答えがすぐに出なくても嫌な気持ちにはならない)


 授業の終わりに、教師は各組が考えた内容を簡単に発表させた。俺たちの組ではサザリーが代表して、結論を急がず、まず確認すべき条件を整理したことを説明した。


 教師はその内容を聞き、必要な確認事項を明らかにできた点を評価してくれた。ただし、実際の催しでは、確認した結果によっては希望どおりに開催できないこともあると付け加えた。


 俺はその言葉を聞きながら、屋敷の仕事にも同じことが言えるのだろうと感じていた。誰かの希望を叶えたいと思っても、すべてを実現できるとは限らない。だからこそ、何ができて、何ができないのかを丁寧に確かめる必要がある。


     ◇


 昼休み、俺たちは食堂で昼食を済ませたあと、中庭の端にあるベンチへ向かった。今日は風が穏やかで、木々の間から差し込む日差しが心地よい。近くでは数人の生徒が談笑しており、少し離れた場所からは鳥の鳴き声が聞こえていた。


 ガレスとサザリーは午後の授業で使う資料を確認するため、先に教室へ戻っていた。エミリアも図書室へ寄る予定があるらしく、俺とリビアは久しぶりに二人だけで昼休みの時間を過ごすことになった。


「今日は、いろいろなことを考えたわね」


 リビアはベンチへ腰を下ろし、隣の空いた場所を軽く示した。俺がそこへ座ると、彼女は満足そうに微笑み、膝の上で両手を重ねた。


「うん。朝の展示会の話も、授業の話し合いも、思っていたより難しかったよ」


「でも、楽しかったでしょう?」


「うん。特に、みんなの意見を聞いていると、自分では思いつかなかったことが分かるのが面白かった」


 俺が答えると、リビアは嬉しそうに頷いた。


「私も同じよ。ガレス様は思いついたことをすぐに形にしようとするし、サザリー様は条件を丁寧に整理してくださるでしょう? エミリア様も、実際に参加する人の気持ちを考えていらっしゃったわ」


「そうだね。みんな、それぞれ違うところに気づいてくれるんだ」


 俺たちはしばらく、午前の授業について話し合った。どの意見が正しかったかを決めるのではなく、それぞれの考え方にどんなよさがあったのかを振り返っていく。


 話しているうちに、リビアがふと真剣な表情になった。


「……ねえ、セス。私、少しだけ気づいたことがあるの」


「何かな?」


「あなたは、誰かから相談されると、その人が困らないように答えを探そうとするでしょう? それはとても素敵なことだけれど、今日のあなたは、いつもより少しだけ違って見えたの」


 俺は彼女の言葉を聞き、首を傾げた。


「違って見えた?」


「ええ。すぐに答えを出すのではなく、相手が何を考えているのか聞いていたわ。それから、自分の意見を伝えるときも、ほかの方法があるかもしれないと考えていたでしょう?」


 リビアはそう言って、俺の顔を見つめた。


「私、それがとても嬉しかったの。セスが誰かを助けることだけでなく、一緒に考えることも大切にしてくれているように見えたから」


 俺はその言葉に、少し照れくさくなった。自分では意識していなかった部分まで見てもらえていたことが、嬉しかったのだ。


「……父さんにも、似たようなことを言われたよ。俺は仕事を覚えるのが早い分、周りの人が何を考えているのか聞く前に動いてしまうことがあるって」


「グレイヴらしい言葉ね」


 リビアは穏やかに微笑んだ。


「でも、私はセスがそうやって少しずつ変わっていくところを見るのが好きよ。昔から変わらない優しさも大好きだけれど、新しく知るあなたの一面も、同じくらい大切にしたいの」


 その言葉に、俺は胸の奥が温かくなるのを感じた。


「……ありがとう、リビア」


「ふふっ。どういたしまして」


 リビアは嬉しそうに微笑んだあと、少しだけ視線を落とした。


「それに、私も変わっていきたいの。セスに守ってもらうだけではなくて、あなたと同じように、誰かの力になれる人になりたいわ」


 俺は彼女の言葉を聞き、静かに頷いた。


「リビアはもう、いろいろな人の力になってると思うよ。今日だって、ガレスたちの相談で大事なことに気づいてくれたし」


「そうかしら?」


「うん。俺も助けられたよ」


 リビアは少し驚いたように目を見開いた。それから、頬を赤くしながら微笑んだ。


「……そう言ってもらえると、嬉しいわ」


 彼女の指先が、ベンチの上で俺の手にそっと触れた。周囲にはほかの生徒たちもいるため、リビアはそれ以上近づこうとはしなかったが、その小さな仕草だけで十分に気持ちが伝わってくる。


 俺も彼女の手へ軽く触れ返し、静かに微笑んだ。


     ◇


 午後の授業を終え、俺たちが教室で帰り支度を進めていると、廊下の掲示板の前に生徒たちが集まっていることに気づいた。何か新しい案内が掲示されたらしく、通りかかった生徒たちが足を止めて内容を確認している。


 ガレスもその様子に気づき、窓際から廊下を覗き込んだ。


「何だろうな。公開講習の案内でも出たのか?」


 その言葉に、俺とリビアは顔を見合わせた。申し込みを済ませてから、参加者や役割についての知らせはまだ受け取っていない。


「確認してみようか」


 俺がそう言うと、リビアも頷いた。


 廊下へ出ると、掲示板の前には数人の生徒が集まっていた。俺たちは邪魔にならないよう少し離れた場所で順番を待ち、人が減ってから案内へ目を通した。


 そこには、来週予定されている公開講習について、申し込みの受付を締め切ったことが記されていた。希望者が多かったため、参加人数と役割の調整を続けており、正式な結果は後日知らせるという内容だった。


「……まだ決まっていないんだね」


 俺がそう呟くと、リビアは小さく頷いた。


「ええ。でも、申し込みが締め切られたのなら、少しずつ準備が進んでいるということなのでしょうね」


 ガレスは案内を読み終えると、少し残念そうに頭をかいた。


「てっきり、もう結果が出たのかと思ったぜ。俺、商人の役をやってみたいんだけどな」


「希望した役割になれるとは限らないからね」


 サザリーがそう言うと、ガレスは苦笑した。


「分かってるよ。でも、せっかくならやってみたいだろ?」


 その気持ちは、俺にもよく分かった。俺も屋敷の管理者という役割を希望しているし、リビアは使用人の役割を体験したいと言っていた。


 ただ、申し込みを受け付けてもらえたからといって、参加できることが決まったわけではない。役割や班分けについても、正式な案内を待つ必要がある。


「結果が出るまでは、普段の授業を頑張るしかないね」


 俺がそう言うと、リビアは穏やかに微笑んだ。


「ええ。もし参加できたら、そのときは精いっぱい学びましょう。別の役割になったとしても、きっと得られるものはあると思うわ」


 ガレスはその言葉に頷き、少し元気を取り戻したようだった。


「そうだな。まあ、何の役になっても面白そうだし、結果を楽しみにしておくか!」


 俺たちは掲示板の前を離れ、それぞれ帰り支度を整えた。


     ◇


 学院の門へ向かう途中、俺たちはレオルと顔を合わせた。彼は手にしたノートを抱え、いつものように落ち着いた様子で歩いていたが、俺たちの姿を見つけると軽く手を上げた。


「セス、オリビア様。ちょうどよかった。少しだけ話してもいいかな」


「もちろん。どうしたの?」


「昨日話していた案内板のことなんだけど、今日も少し確認してみたんだ」


 レオルはそう言って、ノートを開いた。そこには学院内の簡単な通路図が描かれており、北側の階段から図書室へ向かう道が線で示されている。


「実際に歩いてみたら、途中の曲がり角でどちらへ進むか迷いやすい場所があると思ったんだ。ただ、これは僕が歩いて感じたことだから、ほかの人も同じように迷うかどうかは分からない」


 俺はノートを覗き込み、昨日リビアと確認した場所を思い出した。


「確かに、その曲がり角は初めて来た人には少し分かりにくいかもしれないね」


「うん。でも、案内板の設置や変更については先生が確認してくれているから、僕たちが勝手に何かするつもりはないよ」


 レオルはそう説明したあと、少しだけ笑った。


「ただ、実際に歩いてみると、図だけでは分からないことがあるんだなって思ったんだ。だから、もし今後何か相談されたら、気づいたことを伝えられるようにしておこうと思って」


 リビアはその考えに賛成し、昨日の下級生を案内したときのことも、必要なら説明できると話した。


「私たちも、あの場所で少し迷いやすいのではないかと感じたわ。でも、実際に案内を変更する必要があるかどうかは、管理している方の判断が必要でしょうね」


「そうだね。先生も、まずは今の案内がどういう目的で設置されているのか確認すると言っていたよ」


 レオルは頷き、ノートを閉じた。


「ありがとう。二人の意見も参考になったよ」


「こちらこそ。教えてくれてありがとう」


 俺が答えると、レオルは穏やかに微笑み、別の廊下へ向かっていった。


 その後ろ姿を見送りながら、俺は今日の授業で学んだことを思い返した。何か気になることがあっても、すぐに結論を出す必要はない。分かっていることと、まだ分かっていないことを整理し、必要な人へ相談することも大切なのだ。


     ◇


 パウリー公爵邸へ戻ると、玄関広間では父さんが俺たちを迎えてくれた。リビアは学院での授業について楽しそうに話し、俺も公開講習の申し込みが締め切られたことを報告した。


「そうですか。正式な結果は、まだ先なのですね」


「うん。希望者が多いから、参加人数と役割を調整しているみたい」


「それなら、知らせを待つほかありませんね。結果がどうなるにせよ、今日学んだことを無駄にしないようにしてください」


 父さんはそう言って頷いた。リビアもその言葉に賛成し、今日の授業で意見が分かれたときの話し合い方を学んだことを説明した。


「とても興味深い授業だったわ。意見が違っていても、すぐにどちらかを選ぶのではなく、何を大切にしているのか確かめることが必要なのね」


「ええ。屋敷の仕事でも同じことが言えます。立場や担当が違えば、優先するものが異なる場合がありますから」


 父さんは穏やかに答えたあと、俺へ視線を向けた。


「セス、あなたは今日の授業で何を学びましたか」


 俺は少し考え、朝からの出来事を思い返した。


「……自分の考えだけで答えを出さないことかな。みんなの意見を聞いていると、最初は分からなかったことが見えてくるし、何を確認する必要があるのかも分かってくるから」


 父さんはその返事を聞き、満足そうに頷いた。


「よいですね。では、その学びを屋敷の仕事でも生かしていきましょう」


「うん。頑張るよ」


 俺が答えると、リビアは隣で嬉しそうに微笑んでいた。


 そのあと俺たちはそれぞれの部屋へ戻り、夕方の予定へ向けて準備を整えた。


     ◇


 夕食前、俺は食堂の準備を確認する仕事へ戻っていた。厨房から運ばれてくる料理の順番や、配膳に必要な道具の配置を確かめながら、担当者たちと必要な情報を共有していく。


 今日は大きな変更もなく、準備は予定どおり進んでいた。ただ、食堂の入口付近で一人の若い使用人が、少し困ったように立ち止まっていることに気づいた。


「どうかしましたか?」


 俺が声をかけると、彼は少し緊張した様子で振り返った。


「申し訳ありません。配膳の順番について確認したいことがあるのですが、担当の方が別の準備をされていて、すぐにお聞きできなくて……」


 俺は彼の手元にある確認表へ目を向けた。そこには料理を運ぶ順番が記されているが、一部の表記について、どちらを先に進めるべきか迷っているらしい。


 以前の俺なら、その場で確認表を読み取り、すぐに答えを伝えようとしたかもしれない。けれど、今日は少しだけ考え方を変えてみることにした。


「まず、どの部分が分からないのか教えてもらえますか」


 若い使用人は頷き、確認表の一箇所を指差した。


「こちらの料理と、次の料理の準備が重なっているように見えるんです。どちらを先に運べばよいのか、判断できなくて」


 俺は内容を確認し、彼が迷った理由を理解した。ただし、実際の配膳順については担当者が調整している可能性もあるため、俺だけで決めるべきではない。


「なるほど。ここは確かに分かりにくいですね。ただ、順番を変更するかどうかは担当の方へ確認する必要があります。今すぐに判断しなくても大丈夫ですから、一緒に確認してみましょう」


 俺がそう伝えると、彼は安心したように頷いた。


「ありがとうございます。自分で判断してしまうところでした」


「分からないことを確認するのは、悪いことじゃありませんよ。むしろ、迷ったまま進めるよりずっといいと思います」


 俺たちは担当者のもとへ向かい、確認表の内容について説明した。担当者はすぐに状況を理解し、配膳の順番について必要な指示を出してくれた。


 若い使用人は丁寧に礼を言い、自分の持ち場へ戻っていった。俺も担当者へ礼を伝え、食堂の確認を続けた。


(……今日は、俺が答えを出さなくても問題を解決できたな。むしろ、担当の人へ確認したからこそ、間違えずに済んだんだと思う)


 そんなことを考えていると、少し離れた場所で様子を見ていた父さんが、静かに歩み寄ってきた。


「今の対応は、よかったですよ」


 突然の言葉に、俺は少し驚いた。


「父さん、見てたの?」


「ええ。必要なところだけですが。あなたが自分の判断で順番を決めず、担当者へ確認したことは適切でした」


「ありがとう。今日の授業で、分からないことを整理してから相談するのが大切だって学んだから、少し意識してみたんだ」


 父さんは穏やかに頷いた。


「学んだことをすぐに実践できるのは、あなたの長所ですね。ただし、毎回うまくいくとは限りません。これからも、状況に応じて考えることを忘れないでください」


「うん。気をつけるよ」


 俺はそう答え、残りの確認を進めた。


     ◇


 夜、仕事を終えて自室へ戻ると、窓の外には静かな庭園が広がっていた。昼間の明るさはすっかり消え、遠くの木々が月明かりの中で淡い影を落としている。


 俺は机へ向かい、今日の授業で取ったノートを開いた。そこには、意見が分かれたときの話し合い方や、確認すべき条件を整理することの大切さが書かれている。


 しばらく内容を読み返していると、扉の外から控えめなノックが聞こえた。


「セス、少しいいかしら」


 リビアの声だった。俺は立ち上がり、扉を開けた。


「もちろん。どうしたの?」


 リビアは少し照れたように微笑んだ。


「今日の授業のことを、もう少しお話ししたくて。……それに、あなたが何を考えていたのか、聞いてみたくなったの」


 俺は頷き、彼女を部屋へ招いた。リビアは机の上のノートを見て、嬉しそうに微笑んだ。


「セスも、今日のことを振り返っていたのね」


「うん。屋敷の仕事でも、今日の授業で学んだことが役に立ったんだ」


 俺がそう話すと、リビアは興味深そうに目を輝かせた。


「まあ、どんなことがあったの?」


 俺は夕食前の配膳準備で、若い使用人が順番について迷っていたことを説明した。自分だけで判断せず、担当者へ確認したことで、必要な指示を受けられたことも伝える。


 リビアは最後まで静かに聞き、嬉しそうに微笑んだ。


「素敵ね。セスが誰かを助けたことも嬉しいけれど、その方が自分で確認できるように、一緒に考えたことがとてもよかったと思うわ」


「うん。俺も、そう思ったよ」


 俺が答えると、リビアは少しだけ考え込んだ。


「……ねえ、セス。私、今日一つだけ分かったことがあるの」


「何かな?」


「私たちが一緒に何かを考えるとき、必ずしも同じ答えを出す必要はないのね」


 俺は彼女の言葉を聞き、静かに頷いた。


「そうだね。今日の授業でも、みんな違う考え方をしていたけど、それぞれ大事なことを言ってたし」


「ええ。だから、もし公開講習で私たちが違う役割になったとしても、きっと大丈夫だと思うの」


 リビアはそう言って微笑んだ。


「私は使用人の立場から考えて、セスは管理者の立場から考える。もし同じ班になれなくても、それぞれ学んだことを話せば、もっといろいろなことが分かるかもしれないでしょう?」


 俺はその言葉に頷いた。彼女が希望している役割と、俺が希望している役割は違う。だからこそ、同じ場面を見ても気づくことが異なるかもしれない。


「うん。俺もそう思うよ。結果がどうなるかはまだ分からないけど、もし参加できたら、リビアが何を学んだのか聞いてみたい」


「ふふっ。私もよ。あなたが何を考えて、どんなことに気づいたのか、全部聞かせてほしいわ」


 リビアは嬉しそうに微笑んだあと、少しだけ頬を赤くした。


「……でも、やっぱり同じ班になれたら嬉しいわね」


 その言葉に、俺は思わず笑ってしまった。


「うん。俺も、同じ班だったら嬉しいよ」


「本当?」


「もちろん。リビアと一緒に考えるのは楽しいからね」


 俺が答えると、彼女の表情がぱっと明るくなった。


「……ありがとう、セス」


 その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。


 リビアは椅子から立ち上がると、俺の隣へ歩み寄った。そして、少しだけためらうように手を伸ばし、俺の袖口へそっと触れた。


「ねえ、セス。もう一つだけ、お願いしてもいいかしら」


「うん。何?」


「これからも、私と一緒に困ってくれる?」


 思いがけない言葉に、俺は少し驚いた。


「……一緒に困る?」


「ええ。あなたが何でも一人で解決してしまうのではなくて、私にも分からないことを話してほしいの。そうしたら、二人で考えられるでしょう?」


 リビアはそう言って、少し照れたように微笑んだ。


「もちろん、困ったことがない方がいいのだけれど。でも、もし何か分からないことがあったら、私も一緒に考えたいわ」


 俺は彼女の言葉を聞き、静かに頷いた。


「……分かった。これからは、リビアにももっと相談するよ」


 彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「約束よ?」


「うん。約束」


 俺が答えると、リビアはそっと俺の手を取った。俺も自然にその手を握り返し、二人で静かな時間を過ごした。


 窓の外では、夜の風が庭園の木々を揺らしている。学院の公開講習については、まだ参加者も役割も決まっていない。俺たちが同じ班になるかどうかも、分からないままだ。


 けれど、今日の俺は、その結果を少し楽しみに思っていた。


 同じ役割でなくても、同じ場所にいなくても、互いに学んだことを話し合える。分からないことがあれば、一緒に考えられる。そして、どちらか一人が頑張りすぎそうになったときには、もう一人が声をかけることもできる。


 それは、俺たちにとって大切なことなのだろう。


 リビアは俺の手を握ったまま、少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。


「……でも、セス」


「何?」


「あなたが誰かに頼られるのは嬉しいけれど、私が一番頼りにされたいと思う気持ちは、やっぱり変わらないわ」


 俺は思わず笑ってしまった。


「それは、どういう意味?」


「ふふっ。秘密よ。でも、あなたが困ったときに、最初に私の顔を思い浮かべてくれたら嬉しいなって思うの」


 リビアはそう言って、頬を赤くした。


 俺はその表情を見ながら、胸の奥が温かくなるのを感じていた。


「……じゃあ、俺も一つお願いしていい?」


「もちろんよ。何かしら?」


「リビアも、困ったときには俺に話してほしい。俺だけが頼るんじゃなくて、リビアにも頼ってもらいたいから」


 彼女は少し驚いたように目を見開いた。それから、ゆっくりと微笑んだ。


「……ええ。もちろんよ」


 リビアはそう答え、俺の手を少しだけ強く握った。


「私たち、婚約者なのだもの。これからも、いろいろなことを一緒に考えていきましょうね」


「うん。そうしよう」


 俺が答えると、彼女は満足そうに微笑んだ。


 しばらくして、リビアは名残惜しそうに手を離し、自室へ戻るために立ち上がった。俺は扉まで見送り、彼女が廊下の向こうへ歩いていく姿を見届けた。


 部屋へ戻ると、机の上には今日の授業で使ったノートが開かれたままになっていた。俺はそこへ視線を向け、最後のページに書かれた言葉を読み返した。


 意見が違うことは、必ずしも悪いことではない。


 その言葉を見て、俺は小さく微笑んだ。


(……リビアと一緒なら、分からないことがあっても、少しずつ考えていける気がする。俺だけで答えを出さなくてもいいんだ)


 俺はノートを閉じ、明日の準備を整えた。


 明日もまた、学院で新しい一日が始まる。


 そして、その隣にはきっと、今日と同じようにリビアがいてくれるのだろう

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