第136話 公爵令嬢様は、俺の魔法が誰かを怖がらせるなんて思っていなかったらしい
王立学院へ向かう馬車の中で、俺は膝の上に置いた鞄を開き、昨日の授業で使ったノートが入っていることを確かめた。歴史の授業で扱った街道と物流の関係について、昨夜のうちに疑問点をいくつか書き出しておいたのだが、今日はその続きを調べるつもりだった。
向かい側に座るリビアは、窓の外を眺めながら時折こちらへ視線を向けている。朝の光を受けたシルバーブルーの髪が馬車の揺れに合わせてわずかに動き、その穏やかな表情を見ていると、昨夜交わした言葉が自然と思い出された。
「セス、今日は何か予定があるの? さっきから鞄の中を気にしているようだけれど」
「昨日の歴史の授業で気になったことがあったから、休み時間に少し調べようと思ってるんだ。街道の整備について、昔の記録と今の制度を比べたら面白そうだなって」
俺が答えると、リビアは興味を示したように身を乗り出した。彼女も昨日の授業を熱心に聞いていたし、道の整備が人々の生活へ及ぼす影響について、昼休みに何度か意見を交わしている。
「それなら、私も一緒に調べていいかしら。歴史の授業では、街道が整備されることで町同士の交流が増えたという説明があったでしょう? でも、道を整えるだけで本当にそれほど変わるものなのか、少し気になっていたの」
「もちろん。俺も同じところが気になってたんだ。ただ、今日は魔術の授業もあるから、調べる時間がどれくらい取れるか分からないけど」
そう口にしたところで、俺はノートを閉じる手を止めた。
魔術の授業。
その言葉から思い出したのは、以前の実習で使った魔導具のことだった。
あの実習では、俺とリビアがそれぞれ別の入力石へ魔力を流し、魔導具に表示される反応を観察した。二人の属性を混ぜ合わせたわけではなく、個別の入力に対する表示を確認するための実習だったのだが、途中で表示の変化が実際の魔力入力よりわずかに遅れる場合があると分かった。
エレナ先生はその現象を確認し、魔導具の状態を調べることになっている。俺たちも自分たちが使った器具について確認をお願いしていたものの、まだ正式な説明は受けていなかった。
「……セス?」
リビアの声に顔を上げると、彼女は俺の手元を見つめていた。いつの間にかノートの端を指で押さえたまま考え込んでいたらしく、その様子を不思議に思ったようだ。
「ごめん。前に使った実習用の魔導具のことを思い出してたんだ。まだ調査中だから、今日の授業で何か分かるとは限らないけど」
「そうね。私も気にはなっているけれど、先生から説明があるまでは決めつけない方がいいと思うわ」
リビアはそう言ってから、少しだけ眉を寄せた。
「でも、セス。あなたがあの実習のことを気にしているのは、成績のためだけではないのでしょう?」
俺は返事をする前に、彼女の表情を確かめた。
リビアは責めるような顔をしていなかった。ただ、俺が何を考えているのか知りたいという気持ちが、真っ直ぐな視線から伝わってくる。
「……うん。俺の魔力の扱い方に問題があったなら、ちゃんと知っておきたいんだ。魔力量が多いからこそ、何かあったときに周りへ迷惑をかけるかもしれないし」
「でも、あのとき危険な反応は確認されなかったわ。少なくとも、私たちが見た範囲ではね」
「そうだね。だから、俺が原因だと決まったわけでもないんだけど」
俺がそう答えると、リビアは少し考えるように目を伏せた。
「あなたが慎重なのは、悪いことではないと思うの。ただ、自分に責任があるかもしれないという考えと、本当に責任があるという事実は、分けておいてほしいわ」
その言葉に、俺は小さく頷いた。
父さんからも似たようなことを教わっている。仕事で問題が起きたとき、まず確認するべきなのは実際に起きたことであって、自分の想像した原因ではない。
魔術についても、同じなのだろう。
「ありがとう、リビア。先生から説明があったら、ちゃんと聞いてから考えるよ」
「ええ。それに、私も同じ実習を受けたのだから、あなた一人の問題ではないわ」
彼女はそう言って微笑んだが、その直後、何かを思いついたように俺の顔を覗き込んだ。
「ところでセス、今日の魔術の授業が終わったら、一緒に復習してくれる?」
「もちろん。何か分からないところがあるの?」
「まだ分からないわ。だって、これから授業を受けるのだもの」
リビアは澄ました顔で答えたあと、口元を押さえて笑った。
「でも、あなたと一緒に勉強する約束なら、今のうちにしておきたいと思ったの」
俺は思わず苦笑した。
「……それなら、俺からお願いしてもよかったのに」
「ふふっ。先に誘った方の勝ちよ」
何の勝負なのかは分からなかったが、彼女が嬉しそうなので、それ以上は聞かなかった。
◇
学院の教室へ入ると、普段よりも少し騒がしい空気が漂っていた。
窓際では数人の生徒が魔術の教科書を開き、別の一団は机を寄せて何かを話し合っている。ガレスもその輪の近くにいたが、俺たちに気づくと大きく手を振った。
「おはよう、セス! リビア様も!」
「おはよう、ガレス。今日はずいぶん賑やかだね」
「魔術の授業で、何か説明があるらしいんだよ。朝、先生が準備室から資料を運んでるのを見たってやつがいてさ」
ガレスの言葉に、俺は少しだけ驚いた。
けれど、資料を運んでいたからといって、以前の実習の件とは限らない。授業で使う教材かもしれないし、単に別の学級で必要なものだった可能性もある。
そのことを伝える前に、近くにいたサザリーが口を開いた。
「ガレス。その話なら、僕も聞いたよ。ただ、エレナ先生が何を運んでいたのか、実際に見た人ははっきり覚えていないそうだ」
「そうなのか? じゃあ、まだ分からないってことか」
「うん。今のところはね」
サザリーは落ち着いた声で答え、机の上に広げていた教科書を閉じた。
その隣にいたエミリアは、少し困ったような笑みを浮かべている。
「でも、みんな気になっているみたいです。以前の実習のあと、先生から詳しい説明があるのを待っている方もいますから」
「そうだよね。俺たちもまだ結果を聞いていないし」
俺が答えると、エミリアは頷いた。
そのとき、教室の後ろから聞こえてきた会話が、ふと耳に入った。
「……だから、魔力量が多すぎると器具がおかしくなることもあるんじゃないのか?」
「でも、あの実習で誰かが魔導具を壊したって話は聞いてないぞ」
「壊れてなくても、表示が変になることはあるだろ?」
話していたのは、同じ学級の男子生徒たちだった。
声を潜めているつもりなのだろうが、周囲の話し声が途切れた瞬間、最後の言葉だけが妙にはっきりと聞こえてきた。
俺は思わずそちらへ視線を向けた。
男子生徒の一人と目が合うと、相手は気まずそうに口を閉じた。もう一人も俺を見てから慌てて教科書へ目を落としたため、会話はそこで途切れてしまった。
「……セス?」
隣でリビアが小さく俺の名前を呼んだ。
「大丈夫。何か言われたわけじゃないよ」
俺はそう答えたものの、自分でも少し不自然な返事だったと思う。
あの生徒たちは、俺の名前を出していなかった。魔力量の多い生徒について一般的な話をしていただけかもしれないし、俺たちの実習を念頭に置いていたとしても、何かを断定していたわけではない。
それなのに、俺は自分のことを言われているような気がしてしまった。
(……俺が気にしすぎているだけなのかもしれない。でも、あのときのことが原因で、魔術の実習を不安に思う人がいるなら……)
そこまで考えたところで、リビアが俺の袖へそっと触れた。
振り返ると、彼女は教室の後ろではなく、俺の顔を見ていた。
「セス。今は授業の準備をしましょう。分からないことがあるなら、先生に確認できる機会もあるはずよ」
声は穏やかだったが、その表情には少しだけ心配そうな色が浮かんでいる。
俺は小さく頷き、鞄から教科書を取り出した。
教室のざわめきは、始業の鐘が鳴るまで続いていた。
◇
午前の授業が終わり、魔術の時間が近づくと、生徒たちは指定された実習室へ移動した。
実習室は通常の教室より広く、中央には複数の作業台が間隔を空けて配置されている。壁際には教材を保管する棚が並び、窓から入る光が磨かれた床の上へ長方形の模様を落としていた。
今日は作業台の上に魔導具が置かれていなかった。
代わりに、各席には数枚の紙と、細い線が描かれた小さな板が用意されている。
「おっ、今日は何か動かすのかと思ったんだけどな」
ガレスが少し残念そうに呟いた。
「道具がないなら、説明が中心なのかもしれないね」
サザリーがそう答えたところで、実習室の扉が開いた。
入ってきたエレナ先生は、いつものように落ち着いた足取りで教卓へ向かい、持っていた資料を机の上へ置いた。生徒たちが席についたことを確認すると、先生は黒板へ二つの言葉を書き始めた。
『入力』と『表示』。
その間には一本の矢印が描かれた。
「今日は、魔導具を使った観察について、もう一度基本から確認します」
先生は教室全体を見渡した。
「以前の実習で、入力した魔力の変化と、器具に表示される結果との間に時間差が生じる場合があることを確認しました。この現象については現在も調査を続けていますが、今日は調査結果の発表ではありません」
その説明を聞き、教室のあちこちで小さな反応が起こった。
何人かは残念そうに肩を落とし、別の生徒は安心したように息を吐いている。
俺も少しだけ緊張を解いた。
少なくとも、今日は何か重大な結果が発表されるわけではないらしい。
「調査中の事柄について、確定していない原因を推測すること自体は学習の一部です。ただし、推測と事実を混同してはいけません。特定の生徒の魔力や操作が原因だったとする根拠も、現段階では示されていません」
先生の言葉に、俺は思わず顔を上げた。
エレナ先生は特定の誰かを見ることなく、全員へ向けて説明を続けている。
「また、今回確認されたのは表示の時間差です。危険な魔力の放出や、使用者の負傷が確認されたという話ではありません。この二つを混同しないようにしてください」
教室の空気が、少しだけ変わった気がした。
さっきまで周囲の様子を窺っていた生徒たちが、黒板へ視線を戻している。後方の席では、朝に魔力量の話をしていた男子生徒の一人が、隣の友人と顔を見合わせていた。
先生はそこで説明を区切り、各席の紙を手に取るよう指示した。
「今日の課題では、実際に魔力を流しません。皆さんには、あらかじめ用意した観察記録を読み、そこから確実に言えることと、まだ分からないことを整理してもらいます」
俺は配られた紙を広げた。
そこには、ある魔導具へ一定の間隔で入力を変化させた場合の記録が、表としてまとめられていた。入力を変えた時刻と、表示が変わった時刻が別々に記されている。
ただし、実際の学院の魔導具についての調査記録ではなく、授業用に作られた例題だと明記されていた。
「この記録は説明のために作成したものです。以前の実習で使用した器具の測定結果ではありませんから、その点も混同しないでください」
先生は念を押したあと、生徒たちへ作業を始めるよう促した。
俺は紙の最初の行から順に確認した。
例題では、入力を変えた直後に表示が変わる場合もあれば、少し遅れて表示が変わる場合もある。さらに、入力を変えていないのに表示だけが揺らいでいる箇所もあった。
俺はその違いを見比べながら、ノートへ確実に読み取れることを書き始めた。
隣ではリビアも真剣な表情で紙を見つめている。
彼女の指先が表の一部分で止まった。
「セス、ここを見て。入力が変わっていないのに、表示だけが一度変化しているわ」
「本当だね。でも、この記録だけだと、器具の問題なのか、記録の取り方の問題なのかは分からないかな」
「そうね。入力が本当に一定だったのか、別の方法で確認した記録も必要になりそうだわ」
俺たちは小声で意見を交わし、それぞれの紙へ考えを書き込んだ。
少し離れた席では、ガレスが表を睨みながら唸っている。
「なあ、サザリー。これ、表示が遅れたってことは、入力した魔力も遅れて届いたってことじゃないのか?」
「そこまでは言えないと思うよ。分かっているのは、入力を変えた時刻と表示が変わった時刻が一致していないことだけだから」
「じゃあ、魔力が届くのが遅かったのか、届いてから表示するまでが遅かったのか、まだ分からないってことか?」
「うん。その区別が必要なんじゃないかな」
ガレスはしばらく考えたあと、納得したように頷いた。
そのやり取りを聞いて、俺も自分のノートへ一つ書き加えた。
表示が遅れたという事実だけでは、魔力そのものの動きまで断定できない。
当たり前のようで、実際に表を前にすると見落としそうになる部分だった。
◇
課題が始まってしばらくすると、エレナ先生は各席を回り、生徒たちの記録を確認し始めた。
先生は答えをすぐに教えるのではなく、どの記録を根拠にしたのか、ほかの可能性を考えたかを尋ねている。教室のあちこちから説明する声が聞こえ、最初は静かだった実習室にも、少しずつ活気が戻ってきた。
俺たちの席へ先生が来たのは、課題の半分ほどが終わった頃だった。
「シルフィール、パウリー。進み具合はどうですか?」
「はい。表から確認できることと、まだ分からないことを分けて書いています」
俺が答えると、先生は俺のノートへ目を落とした。
続いてリビアの記録も確認し、いくつかの項目へ視線を向ける。
「二人とも、表示の変化だけで原因を断定していない点はよいですね。ただ、ここにはもう一つ考えるべきことがあります」
先生は俺のノートの端を指した。
「入力の変化が記録された時刻と、表示の変化が記録された時刻は、どのような方法で測ったのでしょうか」
俺は例題の紙へ目を戻した。
そこには時刻が書かれているものの、誰がどのような方法で記録したのかは説明されていない。
「……記録方法が書かれていません」
「そうですね。では、そのことは結論に影響しますか?」
俺が考えていると、リビアが隣から口を開いた。
「影響すると思います。記録する人が別々だった場合、時刻の合わせ方によって差が出る可能性もありますから」
「そのとおりです。実際の器具に問題があるかどうかとは別に、観察方法が結果へ影響する場合もあります」
先生は頷き、俺たちのノートを返した。
「観察した結果を疑う必要はありません。ただし、結果をどのように得たのかを確かめることは大切です」
俺はその言葉を聞きながら、以前の実習で自分が見ていた表示を思い出した。
あのとき、確かに入力の変化と表示の変化に時間差があるように見えた。
けれど、その現象がどこで生じていたのかまでは分かっていない。
自分の魔力の扱い方に問題があったのではないかと考える前に、確かめるべきことがまだいくつもあるのだ。
「先生、一つ質問してもよろしいでしょうか」
俺が声をかけると、エレナ先生は足を止めた。
「何でしょう、シルフィール」
「以前の実習で使った魔導具について、俺たちが追加で確認した方がいいことはありますか? 当日の操作で覚えていることなら、お伝えできると思うのですが」
先生は少し考えたあと、落ち着いた声で答えた。
「今のところ、追加の聞き取りは必要ありません。実習当日の記録は保管されていますし、必要な確認があればこちらから声をかけます」
「分かりました。ありがとうございます」
「あなたが気にしていることは理解しています。ただ、調査は担当者が進めていますから、現段階では授業で学ぶべきことへ集中してください」
先生の言葉は厳しいものではなかった。
むしろ、俺が何かをしなければならないと考えていることを見透かされたようで、少し恥ずかしくなる。
リビアは隣で静かに頷いていた。
先生が次の席へ向かったあと、彼女は俺のノートをちらりと見た。
「セス、今の質問はよかったと思うわ。自分で勝手に調べようとするのではなく、先生に確認したのだもの」
「ありがとう。でも、結局は待つことになったね」
「ええ。でも、待つ理由が分かったでしょう?」
俺は彼女の言葉を聞き、もう一度ノートへ目を落とした。
確かに、ただ何も分からず待つのとは違う。
今の段階で俺にできることがないのは、必要な記録がすでに保管され、担当者が調査を進めているからだ。
それなら、余計なことをして調査を混乱させるより、結果が出たときに正しく理解できるよう勉強しておく方がいい。
「……そうだね。今日の課題も、ちゃんと意味があるんだと思う」
俺がそう答えると、リビアは嬉しそうに微笑んだ。
◇
授業の終わりが近づいた頃、エレナ先生は生徒たちの手を止めさせた。
黒板には、今日の課題で多くの生徒が挙げた意見が整理されている。入力と表示の時刻の差、記録方法の確認、別の原因が存在する可能性など、いくつもの項目が並んでいた。
「今日の課題で大切なのは、正しい原因を一つ選ぶことではありません。そもそも、この例題には原因を確定するための情報が十分に与えられていないのです」
先生がそう説明すると、ガレスが少し驚いたように顔を上げた。
「先生、じゃあ、答えが一つに決まらない問題だったんですか?」
「そうです。ただし、何でも正解という意味ではありません。記録から言えることには限界があり、その限界を理解することが今日の目的です」
先生は教室を見渡しながら続けた。
「魔術を学ぶ皆さんは、これからさまざまな現象に出会うでしょう。自分の魔力が思ったとおりに働かないこともあれば、道具の表示が予想と異なることもあります。そのとき、原因を急いで決めつければ、必要な確認を見落とすかもしれません」
俺は先生の言葉を聞きながら、手元の紙を静かに揃えた。
魔力の扱いには自信がある。
けれど、魔力を使うことと、魔導具の仕組みを正しく理解することは同じではない。
俺がどれほど多くの魔力を扱えたとしても、知らないことまで分かるわけではないのだ。
「それから、以前の実習について心配している人もいると思いますので、もう一度伝えておきます」
先生はそこで少し声を落とした。
「現時点で、特定の生徒に責任があると判断された事実はありません。誰かの魔力量や属性を理由に、確認されていない話を広めることは控えてください」
教室が静かになった。
俺は反射的に顔を上げそうになったが、先生は俺たちの席を見ていなかった。
その代わり、教室の後ろまで視線を巡らせ、一人ひとりが説明を聞いていることを確かめている。
「分からないことを質問するのは構いません。ただし、質問する相手や場所にも配慮してください。実習について確認したいことがある場合は、私へ直接申し出るように」
先生はそう言って授業を終えた。
生徒たちは静かに立ち上がり、道具を片づけ始めた。
普段ならガレスが真っ先に話しかけてくるところだが、今日は少し考え込んでいるようだった。サザリーもノートを閉じながら、先生の説明を振り返っている。
俺は紙を鞄へしまい、リビアと一緒に席を立った。
すると、教室の後方から一人の男子生徒が近づいてきた。
朝、魔力量について話していた生徒の一人だった。
◇
「シルフィール、少しいいか?」
声をかけてきた男子生徒は、俺より少し背が高かった。
普段は同じ授業を受けていても、個人的に話す機会はあまりない。名前と顔は知っているものの、剣術や魔術の実習で同じ組になったこともほとんどなかった。
「うん。どうしたの?」
俺が答えると、彼は一度リビアへ視線を向け、それから俺の顔を見た。
表情には緊張が浮かんでいる。
「朝、教室で魔力量の話をしてただろ。聞こえてたかもしれないと思ってさ」
俺は少し迷ったあと、正直に頷いた。
「少しだけ聞こえたよ。でも、俺のことを話していたのかどうかは分からなかったから」
「……そうか」
彼は気まずそうに後頭部へ手を当てた。
「別に、お前が悪いって決めつけてたわけじゃないんだ。ただ、あの実習のあと、ちょっと気になってて」
その言葉を聞き、俺は彼の表情を見直した。
怒っているわけでも、俺を責めようとしているわけでもない。
むしろ、何かを言い出しにくそうにしている。
「何が気になってたの?」
俺が尋ねると、彼は少しだけ視線を逸らした。
「……魔力が強いやつと同じ器具を使ったとき、何か変なことが起きるんじゃないかって」
俺はすぐには答えられなかった。
彼は慌てたように言葉を続けた。
「いや、危ないって決まったわけじゃないのは分かってる。先生もさっき説明してたし。でも、俺は魔力の制御があんまり得意じゃないから、もし何かあったときに自分で対応できるのかって考えたら、少し怖くなってさ」
その声には、からかいや悪意は感じられなかった。
俺は彼の言葉を聞きながら、自分が考えていたこととの違いに気づいた。
俺は、自分の魔力が原因で誰かへ迷惑をかけることを心配していた。
けれど、彼が気にしていたのは、自分の知らない現象が起きたとき、対応できないかもしれないという不安だった。
同じ出来事を考えていても、見ているものが違っていたのだ。
「……そうだったんだ」
俺が答えると、彼は少し肩を落とした。
「変なこと言って悪かったな。お前が魔力をちゃんと制御してるのは、授業を見てれば分かるんだけど」
「ううん。話してくれてありがとう」
俺はゆっくりと首を振った。
「俺も、魔導具のことはまだ分からない部分があるんだ。だから、絶対に何も起きないって言うことはできないけど、先生が安全を確認してから実習を進めてくれるはずだと思ってる」
彼は俺の顔を見つめた。
「……お前でも、分からないことがあるんだな」
「もちろん。魔力を扱うことと、魔導具の仕組みを知っていることは別だからね」
俺がそう答えると、彼は少し意外そうな顔をした。
その反応が気になったが、すぐに理由を尋ねるのも不自然な気がして、俺は言葉を続けた。
「不安なことがあるなら、先生へ相談してみるといいと思う。実習でどんな安全確認をしているのか、俺も全部知っているわけじゃないから」
「……そうだな。次の実習までに、一度聞いてみるよ」
彼はそう言って、少しだけ表情を和らげた。
俺も頷いたところで、隣にいたリビアが静かに口を開いた。
「不安なことを確かめようとするのは、大切なことだと思います。ただ、まだ分からない原因について、特定の誰かと結びつけて話してしまうと、その方も不安になるかもしれません」
彼はリビアの方へ向き直り、少し緊張したように背筋を伸ばした。
「……はい。すみません、パウリー様」
「責めているわけではありませんわ。私も、今回の実習については分からないことがありますもの」
リビアは穏やかに答えた。
「だからこそ、先生から正式な説明があるまでは、お互いに気をつけたいと思ったのです」
彼はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「分かりました。シルフィールも、変な話をして悪かった」
「気にしないで。話してくれてよかったよ」
俺がそう答えると、彼は少しだけ笑った。
そして、もう一度軽く頭を下げてから、友人たちのいる方へ戻っていった。
その背中を見送りながら、俺は胸の奥に残った感覚を確かめていた。
彼は俺を嫌っているわけではなかった。
けれど、俺の魔力について、少し怖いと感じていたらしい。
そのことは、思っていた以上に心へ残った。
◇
実習室を出ると、廊下には次の授業へ向かう生徒たちの声が響いていた。
窓から差し込む午後の光は少し傾き始めており、磨かれた床には長い影が伸びている。俺たちは人の流れを避けるように廊下の端へ寄り、ほかの生徒たちが通り過ぎるのを待った。
リビアはしばらく何も言わなかった。
けれど、俺が歩き出そうとすると、彼女は小さく俺の袖を引いた。
「セス。少しだけ、お話ししてもいい?」
「うん。どうしたの?」
彼女は周囲を確かめ、近くに人がいないことを確認してから、俺の顔を見上げた。
「さっきの方のお話、あなたはどう感じたの?」
俺はすぐには答えられなかった。
彼の言葉を聞いたとき、最初に感じたのは驚きだった。
俺の魔力が多いことは、これまで何度も周囲から指摘されてきた。驚かれたり、珍しがられたりすることはあっても、同じ授業を受ける相手が不安を感じていると直接聞いたのは、少なくとも最近ではあまりなかった。
「……少し、驚いたかな」
俺が答えると、リビアは黙って続きを待ってくれた。
「俺は、自分の魔力をちゃんと制御しないといけないって思ってた。でも、それとは別に、俺の魔力が多いっていうだけで不安になる人もいるんだなって」
言葉にしてみると、胸の奥にあった感覚が少しはっきりした。
自分では何もしていないつもりでも、相手からは違って見えることがある。
それは魔術に限った話ではないのだろうが、今まであまり考えてこなかったことだった。
「……セス」
リビアは少しだけ眉を寄せた。
俺は彼女を心配させたくなくて笑おうとしたが、うまく表情を作れなかった。
「大丈夫だよ。あの人が悪いって思ってるわけじゃないんだ。ただ、俺が気をつけるだけじゃ足りないこともあるのかなって」
その言葉を聞いた瞬間、リビアの表情が変わった。
彼女は怒ったわけではない。
けれど、何かを言おうとして、一度言葉を飲み込んだようだった。
「……セス。あなたが気をつけることと、誰かが不安に感じることは、必ずしも同じ問題ではないと思うわ」
俺は彼女の顔を見た。
「あなたが魔力を正しく扱う努力をするのは、大切なことよ。でも、あなたの魔力が多いという事実まで、悪いことのように考えてほしくないの」
リビアは静かに続けた。
「私は、あなたの魔法が好きよ。初めて見たときから、ずっとそう思っているわ」
その言葉に、俺は思わず目を瞬かせた。
彼女は少し頬を赤くしたものの、視線を逸らさなかった。
「もちろん、危険な使い方をしていいという意味ではないわ。でも、あなたが努力して身につけたものまで、誰かの不安を理由に否定する必要はないと思うの」
俺は返事をする前に、彼女の言葉をゆっくりと考えた。
リビアは、俺の魔法を無条件に褒めているわけではない。
安全に扱うことの大切さを認めたうえで、俺自身がその力をどう受け止めるかを気にしてくれている。
そのことが、少し嬉しかった。
「……ありがとう、リビア」
俺が答えると、彼女はほっとしたように微笑んだ。
「ええ。でも、まだ少し心配だわ」
「どうして?」
「あなた、今の話を聞いて、もっと自分を抑えなければならないと思っていそうなのだもの」
図星だった。
俺が返事に困っていると、リビアは小さく息を吐いた。
「やっぱり」
「……そんなに分かりやすかった?」
「ええ。私には、とても」
彼女はそう言って、少しだけ笑った。
その笑顔を見ているうちに、俺も自然と肩の力が抜けていった。
◇
その日の放課後、俺たちは予定していた歴史の調べ物を短い時間だけ進めることにした。
図書室では司書の方が通常どおり貸し出しの対応をしており、入口の案内表示についても、以前と同じ状態が続いている。確認が進んでいるかどうかは分からなかったが、俺たちは勝手に何かを変更せず、必要な資料の場所を尋ねてから書架へ向かった。
リビアが探していたのは、古い街道の整備に関する記録だった。
俺は授業で扱った時代に近い資料を探し、彼女は街道沿いの町について記された本を確認することになった。
書架の間を歩いていると、リビアが一冊の本を取り出した。
「セス、これを見て。昔の街道沿いにあった宿場について書かれているみたい」
俺は彼女の隣へ寄り、開かれたページを覗き込んだ。
そこには、旅人が休むための施設だけでなく、荷物を運ぶ人たちが使う場所についても簡単な説明があった。
「なるほど。道が整備されても、途中で休める場所がなかったら長い距離を移動するのは大変だもんね」
「ええ。それに、荷物を運ぶ人と旅人では、必要なものも違うのでしょうね」
リビアは興味深そうに文章を読み進めた。
俺も隣から確認しながら、昨日の歴史の授業を思い出していた。
道を整えるということは、ただ地面を平らにするだけではない。
そこを使う人たちが、どのような目的で移動するのかを考える必要がある。
その点では、屋敷の搬入路についても共通する部分があるのかもしれない。
ただし、今の俺たちが読んでいるのは歴史資料であって、現在の搬入路の状態を判断するための資料ではない。
俺はその違いを意識しながら、気になった箇所をノートへ書き留めた。
しばらくすると、リビアが本を閉じた。
「今日はここまでにしましょうか。思っていたよりも、いろいろなことが分かったわ」
「うん。続きはまた時間があるときに調べよう」
俺が答えると、彼女は嬉しそうに頷いた。
俺たちは本を所定の場所へ戻し、図書室を出た。
廊下を歩きながら、リビアはふと俺の顔を見上げた。
「セス。今日の魔術の授業のこと、まだ考えている?」
俺は少しだけ笑った。
「……うん。でも、朝よりは落ち着いたと思う」
「そう。それならよかったわ」
彼女は安心したように微笑んだ。
俺はその横顔を見ながら、今日の出来事を思い返した。
魔導具の調査結果は、まだ分かっていない。
あの男子生徒が感じていた不安も、話をしただけで完全になくなったわけではないだろう。
けれど、少なくとも俺は、彼が何を怖がっていたのかを知ることができた。
そして、彼も俺がすべてを知っているわけではないと理解してくれたようだった。
それだけでも、今日の会話には意味があったのだと思う。
◇
屋敷へ戻ったあと、俺は父さんへ学院での出来事を簡単に報告した。
魔術の授業で観察記録の読み方を学んだこと。
以前の実習については、まだ調査中であること。
そして、同級生から魔力の多い相手と同じ器具を使うことへの不安を聞いたこと。
父さんは最後まで黙って話を聞いていた。
「なるほど。その方は、あなたの魔力そのものを非難していたわけではなかったのですね」
「うん。何か起きたときに、自分で対応できるか心配だったみたい」
「それなら、その方が不安を感じたこと自体を責める必要はないでしょう。ただし、確認されていない原因を誰かへ結びつけることについては、先生の説明どおり慎重であるべきですね」
父さんはそう言って、机の上の書類を整えた。
「セス。あなたは、その方へ何と答えたのですか?」
俺は自分が伝えた内容を説明した。
自分も魔導具についてすべてを理解しているわけではないこと。
安全に関する疑問は、担当の先生へ確認した方がよいこと。
そして、現段階では原因が分かっていないこと。
父さんは頷き、穏やかな声で言った。
「それでよかったと思います」
「……本当に?」
「ええ。あなたが分からないことを、分かっているように説明する必要はありません。相手が安心できるようにと考えるあまり、根拠のない約束をしてしまう方が問題です」
俺はその言葉を聞き、少しだけ息を吐いた。
あのとき、相手を安心させるために、何も心配はいらないと言うこともできたかもしれない。
けれど、実際には調査が続いている。
俺自身が原因を知らない以上、絶対に問題がないと断言することはできなかった。
「……そうだね。俺が知らないことまで、無理に答える必要はないんだ」
「そのとおりです」
父さんは静かに微笑んだ。
「それに、あなたは魔力を扱う能力が高いからこそ、周囲から何でも分かると思われることがあるかもしれません。しかし、能力が高いことと、すべての知識を持っていることは別です」
俺は小さく頷いた。
学院での出来事を思い返すと、あの男子生徒が驚いていた理由も、少し分かる気がした。
俺は魔力を扱うことには慣れている。
だから、魔術に関することなら何でも理解していると思われていたのかもしれない。
けれど、実際には知らないことばかりだ。
それを認めることは、恥ずかしいことではないのだろう。
「ありがとう、父さん。少し気持ちが整理できたよ」
「それなら何よりです。ですが、学院での出来事を考えるあまり、今夜の復習を忘れないようにしてください」
父さんが少しだけ冗談めかして言うと、俺は思わず笑ってしまった。
「大丈夫。リビアと一緒に復習する約束をしてるから」
「それは結構です。ただし、遅くなりすぎないように」
「うん。気をつけるよ」
俺は父さんへ礼を言い、自室へ戻った。
◇
夕食後、リビアは約束どおり俺の部屋を訪ねてきた。
手には今日の魔術の授業で使った紙と、自分のノートを持っている。彼女は椅子へ腰を下ろすと、机の上に資料を広げ、昼間の課題についてもう一度確認し始めた。
俺たちはまず、入力と表示の違いについて整理した。
次に、記録方法によって結果の解釈が変わる可能性を確認し、最後に、今日の例題だけでは原因を特定できない理由を書き出した。
勉強そのものは順調に進んだ。
けれど、リビアは途中でペンを置き、俺の顔をじっと見つめた。
「……セス。少し休憩しましょうか」
「そうだね。ちょうど一区切りついたところだし」
俺が答えると、彼女はノートを閉じた。
窓の外では夜の風が木々を揺らしており、部屋の中には静かな空気が流れている。
リビアはしばらく窓の方を眺めていたが、やがて俺へ視線を戻した。
「ねえ、セス。今日、あの方とお話ししたときのことなのだけれど」
俺は静かに頷いた。
「うん」
「私、少し驚いてしまったの。あなたの魔力を怖いと感じる方がいるなんて、あまり考えたことがなかったから」
彼女は少しだけ視線を落とした。
「もちろん、魔力が大きければ、それだけ注意しなければならないこともあるのでしょう。でも、私はあなたが魔法を使うところを何度も見てきたし、あなたがどれほど慎重に扱っているかも知っているつもりだったの」
俺は彼女の言葉を聞きながら、机の上に置かれた自分の手へ視線を落とした。
リビアは昔から、俺の魔法を怖がらなかった。
俺が五つの属性を扱えると知ったときも、驚きはしたものの、距離を置こうとはしなかった。
むしろ、俺の魔法について興味を示し、何ができるのかを知りたがってくれた。
そのことが、俺にとってどれほどありがたかったのか。
今になって、少し分かった気がした。
「……リビアがそう思ってくれてるの、嬉しいよ」
俺が答えると、彼女は顔を上げた。
「でも、あの人が怖いと思ったことも、間違いじゃないんだと思う。俺の魔力のことを、リビアみたいによく知っているわけじゃないから」
リビアは少し考え込んだ。
俺は続けた。
「俺だって、知らない魔導具をいきなり使えって言われたら、慎重になると思う。自分でどうなるか分からないものを怖いと感じるのは、自然なことなんじゃないかな」
彼女はゆっくりと頷いた。
「……そうね。私も、知らないものを怖いと感じることはあるわ」
少しの沈黙が流れた。
そのあと、リビアは小さく微笑んだ。
「でも、セス。私は、あなたの魔法が好きだという気持ちを変えるつもりはないわ」
「……うん」
「あなたがどれほど強い魔法を使えるかだけではなくて、どういうときに使おうとするのかも含めて、好きなの」
彼女の声は柔らかかった。
俺は少し照れくさくなりながらも、視線を逸らさずに聞いていた。
「あなたは、誰かを守るために魔法を使おうとするでしょう? もちろん、無茶をしてほしくはないけれど、その気持ちまで否定したくないの」
リビアはそこで少し頬を赤くした。
「……それに、あなたが魔法を使う姿は、とても格好いいと思うもの」
最後の言葉が思いがけず真っ直ぐだったので、俺は返事に困ってしまった。
「……リビア」
「ふふっ。照れた?」
「……照れるよ。そんなふうに言われたら」
俺がそう答えると、彼女は嬉しそうに笑った。
けれど、すぐにその表情を和らげ、俺の手へそっと触れた。
「セス。あなたが誰かを怖がらせてしまうかもしれないと考えることは、大切だと思うわ。でも、そのために自分の力を嫌いにならないでほしいの」
俺は彼女の手を見つめた。
温かな指先が、俺の手の甲へ静かに重なっている。
「……うん。分かった」
俺はゆっくりと頷いた。
「俺も、自分の魔法を嫌いになりたいわけじゃないんだ。ただ、ちゃんと扱えるようになりたいし、周りの人が安心できるようにもなりたい」
リビアは嬉しそうに微笑んだ。
「ええ。それなら、私も一緒に考えるわ」
彼女は俺の手を握り直した。
「私だって、結界魔法についてまだ知らないことがたくさんあるもの。あなたに教えてもらうこともあれば、私があなたの役に立てることもあるでしょう?」
「そうだね。リビアの結界魔法については、俺も教えてもらいたいことがたくさんあるよ」
俺が答えると、彼女は少しだけ得意そうに胸を張った。
「それなら、今度は私が先生になってあげるわ」
「……リビア先生?」
思わずそう呼ぶと、彼女は目を丸くした。
そして、次の瞬間には頬を真っ赤に染めていた。
「も、もうっ! そういう呼び方は、少し恥ずかしいわ!」
「ごめん。でも、リビアが先生になるって言ったから」
「それはそうだけれど……!」
彼女は困ったように俺を見つめたあと、とうとう笑い出した。
俺もつられて笑ってしまう。
さっきまで胸の奥に残っていた重たい感覚が、少しずつ薄れていくのを感じた。
◇
リビアが自室へ戻ったあと、俺は机の上の資料を片づけながら、今日一日の出来事を振り返っていた。
魔導具の調査結果は、まだ分からない。
来月予定されている二属性実習についても、詳しい条件は発表されていない。
それでも、今日の授業で学んだことは、きっとこれから役に立つのだろう。
入力と表示の違い。
観察記録の限界。
分からないことを、分からないまま正しく扱うこと。
そして、誰かが不安を感じたとき、その理由を確かめずに決めつけないこと。
俺はノートを閉じ、窓の外へ目を向けた。
夜の庭園には穏やかな風が吹き、木々の葉がかすかな音を立てている。
(……俺の魔力を怖いと思う人がいることは、忘れないようにしよう。でも、それだけで自分の力を悪いものだと思う必要もないんだ)
リビアが言ってくれたことを、もう一度思い出した。
彼女は、俺の魔法が好きだと言ってくれた。
強いからというだけではなく、俺が何のために使おうとするのかも含めて、好きだと。
その言葉は、思っていた以上に嬉しかった。
俺はこれからも、魔法を学び続けるだろう。
自分の力を正しく理解し、必要なときに安全に使えるようになりたい。
そして、誰かが不安を感じているなら、その気持ちを無視せずに話を聞けるようになりたい。
すべてを一度に解決することはできない。
けれど、分からないことを一つずつ確かめながら進むことなら、今の俺にもできるはずだ。
俺は明日の授業で使う教科書を鞄へしまい、机の上の灯りを少し弱めた。
今日、あの男子生徒と話せてよかった。
そして何より、リビアが俺の気持ちを聞いてくれてよかった。
そんなことを考えながら、俺は静かな夜の中で、明日もまた彼女と一緒に学院へ向かうことを楽しみにしていた。




