第129話 公爵令嬢様は、俺と一緒に魔法を使うのが楽しみで仕方ないらしい
翌朝、パウリー公爵邸の中庭には、昨夜の冷え込みを思わせる薄い朝露が残っていた。食堂へ向かう廊下の窓から庭園を見下ろすと、手入れの行き届いた植え込みの葉が朝日を受けて輝き、噴水の水面には澄んだ秋空が映り込んでいる。
俺はその景色を眺めながら、昨日の学院での出来事を思い返していた。
婚約について尋ねられたとき、俺だけで答えようとするのではなく、リビアと一緒に考えていく。そんな話をしたばかりだったが、実際に彼女と相談してみると、自分では思いつかなかった考え方がいくつも見つかった。
これから先も、同じように考えなければならないことは増えていくのだろう。けれど、昨日のリビアは、それを負担に思うどころか、むしろ嬉しそうにしていた。
(俺も、リビアと一緒に考える時間が好きなんだろうな。自分だけでは気づかないこともあるし、何より、彼女が何を大切にしているのかを知ることができるから)
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、食堂の手前で見慣れたシルバーブルーの髪が揺れた。
「おはよう、セス。今日は少し早いのね」
リビアは俺の姿に気づくと、嬉しそうに微笑んだ。いつもどおり制服をきちんと着こなしているが、今朝はその表情にどこか期待を含んだ明るさがある。
「おはよう、リビア。今朝は少し早く目が覚めたんだ。リビアも早いね」
「ええ。今日は魔法の授業があるでしょう? 昨日、時間割を確認してから楽しみにしていたの」
「そういえば、今日は実習だったね」
俺が答えると、リビアは小さく頷いた。
「来月の二属性魔法実習に向けて、今日は基本的な魔力操作を確認するそうよ。詳しい内容までは聞いていないけれど、エレナ先生が昨日の授業の終わりにおっしゃっていたでしょう?」
「うん。確か、各自の制御を確かめてから、必要に応じて組み合わせの練習をするって話だったね」
来月予定されている二属性魔法の実習については、まだ正式な日程も詳しい課題も発表されていない。だからこそ、今日の授業で何を行うのかは気になっていた。
俺は火、水、風、土、雷の五属性を扱えるけれど、複数の属性を使えることと、それらを適切に組み合わせられることは必ずしも同じではない。以前の授業でも、魔力量だけに頼らず、周囲への影響や制御の安定性を考える必要があると教わっている。
「リビアは、どんな練習をすると思う?」
俺が尋ねると、彼女は少し考えるように視線を上げた。
「そうね。先生が安全性を重視していらっしゃることを考えると、いきなり大きな魔法を使うことはないと思うわ。まずは魔力を一定に保つ練習や、途中で止める練習かしら」
「なるほど。確かに、途中で止められることは大切だね」
「ええ。それに、私はあなたの魔法を近くで見られるかもしれないと思うと、それだけでも楽しみなの」
リビアはそう言って、少しだけ頬を染めた。
俺は思わず苦笑する。
「俺の魔法なんて、今まで何度も見ているだろう?」
「何度見ても楽しいものは楽しいのよ。それに、あなたが新しいことを学ぶ姿を見るのも好きだって、昨日お話ししたでしょう?」
その言葉に、俺は昨日の剣術実習を思い出した。
先生から自分の動きについて指摘され、ガレスと互いに観察しながら練習した時間は、思っていた以上に充実していた。リビアはそんな俺の姿を見て嬉しかったと言ってくれたし、俺自身も、誰かに教わることの楽しさを改めて感じていた。
「……それなら、今日も頑張らないとね」
俺がそう答えると、リビアは少し悪戯っぽく微笑んだ。
「無理をして頑張る必要はないわ。でも、楽しみにしているのは本当よ」
彼女はそう言ってから、俺の袖へそっと指先を添えた。
「それに、もし一緒に練習できるなら、私もあなたに負けないくらい頑張りたいもの」
俺はその言葉を聞き、自然と笑みを浮かべた。
「うん。俺も、リビアと一緒に練習できたら嬉しいよ」
リビアは満足そうに頷き、俺の隣へ並んだ。
食堂の扉を開ける直前、彼女が少しだけ声を落とす。
「……でも、セス。もし今日、一緒に組めなかったとしても、あとで感想は聞かせてね」
「もちろん。リビアも、どんなことを学んだか教えてほしいな」
「ええ。約束よ」
そう言って微笑む彼女と一緒に、俺は朝食の席へ向かった。
◇
学院へ到着すると、教室にはすでに多くの生徒が集まっていた。
今日の魔法実習について話している者も多く、普段より少し賑やかな雰囲気がある。窓際では数人の生徒が魔法理論の教科書を広げ、魔力の流れについて確認していた。
ガレスは俺たちの姿を見るなり、勢いよく手を振った。
「おう、セス! リビア様もおはようございます!」
「おはよう、ガレス。今日はずいぶん元気だね」
「そりゃそうだろ。今日は魔法実習だからな。剣術も好きだけど、魔法を実際に使う授業はやっぱり楽しみなんだよ」
ガレスはそう言って笑ったあと、少しだけ表情を引き締めた。
「ただ、前に魔力の調整で失敗しかけたことがあるから、今日はそこを気をつけようと思ってる。先生にも、力を入れすぎるなって言われたしな」
「うん。魔法は強く出せばいいってものじゃないからね」
俺が答えると、ガレスは頷いた。
「そうなんだよな。頭では分かってるんだけど、いざ使うとつい力が入るんだ」
そこへサザリーが近づいてきた。
「ガレスは、魔力を出すことよりも、一定に保つことを意識した方がいいかもしれないね。前回の実習でも、最初は安定していたのに、途中から出力が少し上がっていたように見えたよ」
「やっぱりそう見えたか。自分でも途中から強くなってる気はしたんだよな」
ガレスは苦笑しながら頭をかいた。
エミリアも俺たちの会話に加わり、穏やかに微笑んだ。
「今日は先生が細かく見てくださるそうですし、焦らず取り組めば大丈夫だと思います。私も、魔力を途中で止める練習は少し苦手なので、気をつけたいです」
リビアはエミリアへ顔を向けた。
「エミリア様は、魔力の流れを丁寧に整えていらっしゃる印象がありますわ。止めるときに難しさを感じるのですか?」
「はい。急に止めようとすると、最後のところで少し揺れてしまうことがあるんです。大きな問題にはなっていませんが、先生からも注意するよう言われています」
その説明を聞き、俺は少し考えた。
魔力を出すことと止めることは、似ているようで違う。出力を安定させられても、終わらせるときに急激な変化が生じれば、魔法の形が崩れる可能性がある。
「今日の実習では、そういうところも確認できるといいね」
俺がそう言うと、エミリアは嬉しそうに頷いた。
「はい。私もそう思います」
サザリーは俺たちの様子を見ながら、少しだけ口元を緩めた。
「それにしても、今日は皆、ずいぶん真剣だね。以前なら、魔法実習と聞くだけで、もっと大きな魔法を使いたがる人も多かった気がするけれど」
「それは今でもいるんじゃないか?」
ガレスが笑いながら答えると、サザリーも小さく頷いた。
「そうかもしれないね。ただ、少なくとも僕たちは、制御の大切さを少しずつ理解してきたんじゃないかな」
その言葉に、俺は静かに頷いた。
魔法を使えることと、安全に使えることは違う。
それを理解するためにも、今日の実習は大切な時間になるのだろう。
◇
午前の座学が終わると、俺たちは学院の魔法実習場へ移動した。
実習場は校舎の西側にあり、広い石造りの床と、周囲を囲む頑丈な防護壁が特徴だった。壁の内側には魔力を吸収するための術式が組み込まれており、通常の授業で扱う程度の魔法なら、周囲へ影響が及ばないよう設計されている。
もっとも、防護設備があるからといって、どんな魔法でも自由に使っていいわけではない。
実習場の入口には注意事項が掲示されており、許可されていない魔法の使用や、指定された範囲を超える出力は禁止されている。
俺たちが中へ入ると、すでにエレナ先生が中央付近で準備を進めていた。
先生の前には、手のひらほどの大きさの透明な魔導具がいくつも並べられている。
「皆さん、集まってください。今日は魔力の安定性と、制御を途中で止める技術を確認します」
エレナ先生は全員が整列したことを確かめると、落ち着いた声で説明を始めた。
「来月には二属性魔法の実習を予定していますが、今日の授業はその本番ではありません。詳しい日程や課題については、改めて正式にお知らせします。今日はあくまで、各自の基礎を確認する時間だと考えてください」
その言葉に、数人の生徒が小さく頷いた。
俺も、改めて気を引き締める。
先生は机の上から透明な魔導具を一つ持ち上げた。
「これは、流れ込んだ魔力の変化を光で示す訓練用の魔導具です。魔力が安定しているときは光が一定に保たれ、出力が変化すると明るさも変わります」
先生が魔導具へ魔力を流すと、内部に淡い青色の光が灯った。
その光はほとんど揺れることなく、静かに輝き続けている。
「まずは、一定の魔力を流し続ける練習を行います。強い魔力は必要ありません。むしろ、必要以上に流すと正しく測定できなくなるので注意してください」
先生はそこで一度魔力を止めた。
魔導具の光は急に消えるのではなく、ゆっくりと弱まり、最後には完全に消えた。
「次に、魔力を止める練習です。急激に遮断するのではなく、魔力の流れを整えながら終わらせてください。ただし、魔導具の反応が不安定になった場合は、無理に続けず、すぐに教員へ知らせること」
説明を終えた先生は、生徒たちをいくつかの組に分けた。
俺はガレス、サザリーと同じ組になり、リビアはエミリアと別の組になった。
少し離れた場所へ向かうリビアと目が合うと、彼女は小さく微笑んだ。
俺も微笑み返し、目の前の課題へ意識を戻した。
◇
最初に魔導具を使ったのはガレスだった。
彼は先生の指示どおり、魔導具の表面へ手を添え、慎重に魔力を流し始めた。
内部に淡い光が灯る。
最初のうちは安定していたものの、しばらくすると光が少し強くなり、再び弱くなった。
「……あれ? 今、ちょっと明るくなったよな」
ガレスは眉を寄せながら、魔導具を見つめた。
サザリーが隣から頷く。
「うん。最初より少し強くなったと思う。魔力を流し続けるうちに、無意識に出力を上げているのかもしれないね」
「やっぱりそうか。自分では同じくらいのつもりなんだけどな」
ガレスはそう言いながら、少しだけ肩の力を抜いた。
すると、魔導具の光が再び安定し始める。
「お、今度は少し落ち着いたか?」
「うん。さっきより安定しているよ」
俺が答えると、ガレスは嬉しそうに笑った。
けれど、その直後、光がわずかに強くなった。
「……ああ、まただ」
ガレスは苦笑しながら魔力を止めた。
俺たちはその様子を見て、思わず笑ってしまった。
「笑うなよ。結構難しいんだぞ、これ」
「ごめん。でも、ガレスが楽しそうだったから」
俺がそう答えると、ガレスは少し照れくさそうに笑った。
「まあ、楽しいのは確かだけどな」
次にサザリーが魔導具を使った。
彼は最初から慎重に魔力を流し、光を比較的安定させていた。
ただし、途中でわずかに明るさが変わることがあり、本人もその変化に気づいているようだった。
「……なるほど。自分では一定にしているつもりでも、完全には安定していないんだね」
サザリーは魔導具を見つめながら呟いた。
「でも、かなり安定していたと思うよ」
俺がそう言うと、彼は小さく首を振った。
「ありがとう。ただ、まだ改善できるところはありそうだ。特に、魔力を止めるときの変化が少し急だった気がする」
サザリーはそう言って、もう一度魔導具を見つめた。
俺は彼の姿を見ながら、昨日の剣術実習を思い出した。
得意なことでも、自分では気づかない部分がある。
そして、誰かに見てもらうことで、新しい課題が見つかることもある。
魔法も、きっと同じなのだろう。
やがて、俺の番になった。
俺は魔導具の前へ立ち、手のひらをそっと添えた。
魔力を流し始めると、内部に淡い青色の光が灯る。
俺はその光を見つめながら、できるだけ一定の魔力を保つよう意識した。
普段なら、魔力を流すこと自体は難しくない。
けれど、今日は魔導具の反応を見ながら、細かな変化まで確かめようとしている。
そのため、いつもより慎重になっていた。
しばらくすると、ガレスが小さく声を上げた。
「……すげえな。ほとんど光が変わらないじゃないか」
サザリーも興味深そうに頷いた。
「確かに安定しているね。セスは、普段から魔力の制御を細かく行っているんだろうな」
俺は二人の声を聞きながら、魔力を流し続けた。
けれど、褒められたからといって、気を抜くわけにはいかない。
むしろ、ここからどうやって魔力を止めるかが大切だった。
俺は先生の説明を思い出しながら、少しずつ魔力の流れを弱めていく。
魔導具の光はゆっくりと薄くなり、最後には完全に消えた。
「……よし」
俺が小さく息を吐くと、ガレスが感心したように笑った。
「いやあ、やっぱりセスはすごいな。俺なんて、途中で何回も光が変わっちまったのに」
「でも、ガレスも途中から安定していたよ。肩の力を抜いたときは、かなり落ち着いていたと思う」
俺がそう答えると、ガレスは少し嬉しそうに頷いた。
「そうか。じゃあ、次はそこを意識してみるかな」
サザリーも魔導具へ目を向けた。
「それにしても、セスの魔力制御はやっぱり細かいね。今の止め方も、ほとんど急な変化がなかった」
「ありがとう。でも、俺もまだ考えながらやっているところがあるよ」
俺がそう言うと、サザリーは少し笑った。
「それなら、今日の実習はセスにとっても勉強になりそうだね」
「うん。そう思う」
俺たちはそのあとも順番に練習を続け、先生の巡回を受けながら、それぞれの課題を確認していった。
◇
実習の後半になると、エレナ先生は全員を一度集め、次の説明を始めた。
「ここまでで、各自の魔力制御についてある程度確認できたと思います。次は、二人一組で魔力の変化を観察する練習を行います」
先生はそう言って、机の上に別の魔導具を置いた。
先ほどのものより少し大きく、中央には二つの小さな魔石が並んでいる。
「この魔導具は、二人がそれぞれ流した魔力の変化を、別々の光として示します。互いの魔力を混ぜるものではありません。あくまで、二人の出力の変化を同時に観察するためのものです」
先生はそこで一度言葉を切り、生徒たちの表情を確かめた。
「二属性魔法の実習では、複数の魔力を扱う際の安定性が重要になります。ただし、今日の段階では、異なる属性を同時に発動させる練習は行いません。まずは、他者の魔力の変化を見ながら、自分の制御を保つことを学びましょう」
その説明を聞き、俺は少し興味を覚えた。
自分の魔力を安定させることはできても、隣で別の人が魔力を流しているときに、同じように集中できるかは別の問題だ。
先生は生徒たちを新しい組み合わせに分け始めた。
そして、俺の名前を呼んだあと、続けてリビアの名前を告げた。
「シルフィール、パウリー。二人は同じ組で行ってください」
その瞬間、少し離れた場所にいたリビアが、ぱっと顔を明るくした。
俺も思わず彼女の方へ目を向ける。
リビアは嬉しそうに微笑みながら、こちらへ歩いてきた。
「セス、一緒ね」
「うん。よろしく、リビア」
俺が答えると、彼女は少しだけ頬を染めた。
「ええ。こちらこそ、よろしくお願いするわ」
その様子を見ていたガレスが、少し離れた場所から楽しそうに笑っている。
サザリーも何か言いたそうな顔をしていたが、結局何も言わず、別の組へ向かっていった。
俺たちは指定された魔導具の前へ立ち、先生の説明を待った。
リビアは隣に並ぶと、少しだけ声を落とした。
「……セス。私、今日は一緒に練習できないかもしれないと思っていたから、嬉しいわ」
「俺も嬉しいよ。リビアの魔力制御を近くで見るのは、久しぶりな気がする」
俺がそう答えると、彼女は少し得意げに微笑んだ。
「それなら、今日は私の方もよく見ていてね」
「もちろん」
俺たちは顔を見合わせ、静かに頷いた。
◇
二人での練習が始まると、俺たちは魔導具の左右へそれぞれ手を添えた。
先生の合図に従い、まずは俺が魔力を流し始める。
左側の魔石が淡い青色に輝いた。
続いて、リビアが魔力を流す。
右側の魔石にも光が灯り、二つの光が並んで輝き始めた。
俺は自分の魔力を一定に保ちながら、隣の光へ視線を向けた。
リビアの魔力はとても安定している。
光の強さはほとんど変わらず、まるで最初からそこに灯っていたかのように静かに輝いていた。
(……やっぱり、リビアの魔力制御はすごいな。結界魔法を使うときもそうだけど、細かな調整がとても丁寧だ)
俺がそんなことを考えていると、リビアが小さく声をかけてきた。
「セス、あなたの光も、とても安定しているわ」
「ありがとう。リビアの方も、ほとんど変化していないね」
俺が答えると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「ええ。でも、あなたの光を見ていると、少しだけ意識がそちらへ向いてしまうの」
「俺も同じだよ。自分の魔力を保ちながら、リビアの方も見ようとすると、思ったより集中が必要だね」
リビアは頷いた。
「そうね。普段は自分の魔法だけを意識していることが多いけれど、誰かと一緒に使うときは、相手の状態も考えなければならないもの」
俺たちはしばらく、互いの光を見ながら魔力を流し続けた。
途中でリビアの光がほんの少しだけ揺れた。
彼女はすぐに気づいたらしく、静かに呼吸を整える。
すると、光は再び安定した。
「……今、少し変わったね」
俺が声をかけると、リビアは小さく頷いた。
「ええ。あなたの光を見ていたら、少しだけ自分の魔力が強くなってしまったみたい」
「俺も気をつけないと。リビアの方を見ていると、自分の魔力を意識するのが少し難しくなるから」
俺がそう答えると、彼女は少し照れたように微笑んだ。
「……それなら、私たちはお互いに気をつけないといけないわね」
その言葉に、俺も笑ってしまった。
けれど、練習そのものは真剣だった。
俺たちは先生の指示に従い、魔力を一定に保ちながら、相手の光の変化を観察する。
やがて、魔力を止める合図が出た。
俺はゆっくりと魔力を弱め、リビアも同じように流れを整えていく。
二つの光はほとんど同じタイミングで薄くなり、最後には静かに消えた。
その様子を見ていたエレナ先生が、俺たちのもとへ歩いてきた。
「二人とも、安定していましたね。特に、魔力を止めるときの変化が穏やかでした」
「ありがとうございます、先生」
俺たちが礼を言うと、先生は小さく頷いた。
「ただし、今の練習では互いの魔力を混ぜていません。二人が同時に魔力を流せることと、二つの属性を一つの術式として扱えることは別です。その違いを忘れないようにしてください」
「はい。分かりました」
俺が答えると、リビアも静かに頷いた。
「承知いたしました」
先生は満足そうに微笑み、次の組へ向かっていった。
俺たちは魔導具から手を離し、顔を見合わせた。
「……セス。楽しかったわね」
「うん。思っていた以上に勉強になったよ」
俺が答えると、リビアは嬉しそうに微笑んだ。
「私もよ。あなたと一緒に魔力を流していると、普段とは少し違う感覚があったわ」
「そうだね。相手の状態を見ながら自分の魔力を保つのは、意外と難しかった」
俺たちはそのあとも、今日の練習で気づいたことを話し合った。
リビアは自分の光が揺れたときの感覚を説明し、俺は相手の魔力へ意識を向けたとき、自分の制御にどんな変化があったのかを伝えた。
それは、ただ一緒に魔法を使うだけでは分からなかったことだった。
◇
実習が終わり、教室へ戻る途中、リビアはいつもより少し楽しそうに歩いていた。
彼女は俺の隣へ並ぶと、周囲に聞こえないくらいの声で話しかけてきた。
「……セス。今日、一緒に練習できて本当によかったわ」
「俺もだよ。リビアの魔力制御を近くで見られたし、勉強になった」
俺が答えると、彼女は少しだけ頬を染めた。
「それも嬉しいけれど……私は、あなたと同じ課題に取り組めたことが嬉しかったの」
その言葉に、俺は彼女の方へ顔を向けた。
リビアは少し恥ずかしそうに微笑んでいる。
「今までも一緒に勉強することはあったけれど、今日みたいに、同じ魔導具を使って互いの魔力を確かめるのは、少し特別な感じがしたわ」
「うん。確かに、普段とは違ったね」
俺が頷くと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「来月の実習でも、もし一緒に取り組める機会があったら嬉しいわ」
「そうだね。でも、組み合わせは先生が決めるかもしれないし、まだ分からないから」
「ええ。分かっているわ」
リビアはそう言ってから、少し悪戯っぽく笑った。
「でも、楽しみにするくらいはいいでしょう?」
俺は思わず笑ってしまった。
「もちろん。俺も楽しみにしているよ」
彼女は満足そうに頷き、俺の隣を歩き続けた。
◇
公爵邸へ戻ったあと、俺は父さんへ今日の実習について報告した。
父さんはいつものように静かに話を聞き、俺がリビアと同じ組になったことを伝えると、少しだけ表情を和らげた。
「お嬢様も、さぞお喜びだったでしょう」
「うん。とても楽しそうだったよ。俺も、一緒に練習できて嬉しかった」
俺が答えると、父さんは穏やかに微笑んだ。
「それは何よりです。ただし、魔法の実習では、親しい相手だからこそ注意が必要なこともあります」
「……うん。相手のことをよく知っているつもりでも、実際の魔力の状態は毎回同じとは限らないからね」
俺がそう答えると、父さんは満足そうに頷いた。
「そのとおりです。信頼していることと、確認を省いてよいことは違います。今日のように、互いの状態を確かめながら取り組むことを大切にしてください」
「分かった。来月の実習でも、気をつけるよ」
俺は父さんへ礼を言い、執務室をあとにした。
廊下を歩きながら、今日の実習を思い返す。
リビアと並んで魔導具へ手を添えたとき、二つの光が静かに輝いていた。
あの光景は、今もはっきりと覚えている。
互いの魔力を混ぜたわけではない。
けれど、同じ課題に取り組み、相手の状態を確かめながら、自分の魔力を保つ。
それだけでも、学べることはたくさんあった。
◇
夕食まで少し時間があったので、俺は自室で今日の実習についてノートをまとめることにした。
机の上へ教科書を広げ、魔導具の反応や、自分の魔力制御について気づいたことを書き留める。
特に印象に残っていたのは、リビアと一緒に練習したときの感覚だった。
自分の魔力だけを意識しているときと、隣で別の人が魔力を流しているときでは、集中の仕方が少し違う。
相手の状態を見ようとすると、自分の魔力への意識がわずかに薄くなることがある。
その変化を理解しておくことは、今後の実習でも役立つかもしれない。
(……来月の二属性魔法実習では、もっと複雑なことをするのかな。まだ内容は分からないけど、今日の練習はきっと無駄にならないはずだ)
俺はそんなことを考えながら、ノートを閉じた。
そのとき、扉の向こうから控えめなノックが聞こえてきた。
「セス、今少しだけいいかしら?」
リビアの声だった。
「もちろん。入っていいよ」
俺が答えると、扉が開き、リビアが顔を覗かせた。
彼女はすでに制服から着替えており、柔らかな色合いの部屋着を身につけている。
「お邪魔するわ。……あら、今日の実習をまとめていたの?」
「うん。忘れないうちに書いておこうと思って」
俺が答えると、リビアは嬉しそうに微笑んだ。
「私も同じことをしていたの。そうしたら、あなたがどんなことを書いたのか気になってしまって」
彼女はそう言いながら、机の上のノートへ視線を向けた。
「もしよかったら、少し見せてもらってもいい?」
「もちろん。リビアのノートも、あとで見せてもらえると嬉しいな」
俺がそう答えると、彼女は満足そうに頷いた。
「ええ。もちろんよ」
リビアは俺の隣へ椅子を寄せ、ノートを覗き込んだ。
そこには、今日の魔導具の反応や、自分の魔力制御について気づいたことが書かれている。
彼女は一つ一つ丁寧に読み進め、時折小さく頷いていた。
「……セス。あなた、私と一緒に練習したときのことも、こんなに詳しく書いていたのね」
「うん。自分一人で練習したときとは違うことが多かったから」
俺が答えると、リビアは少し嬉しそうに微笑んだ。
「私も、同じようなことを書いたわ」
彼女はそう言って、自分のノートを開いた。
そこには、俺が書いたものとは少し違う観点で、魔力の変化や集中の仕方についてまとめられていた。
俺たちは互いのノートを見比べながら、今日の実習について話し合った。
リビアは結界魔法を使うときの感覚と比較し、俺は五属性の魔法を使い分けるときの意識の違いについて説明した。
ただし、今日の練習では実際に二属性を組み合わせたわけではないため、分からないことも多い。
俺たちはその点を確認しながら、来月の実習に向けて何を意識しておくべきかを考えた。
しばらくして、リビアがノートを閉じた。
「……セス。今日、あなたと一緒に練習できて、本当に嬉しかったわ」
彼女はそう言って、俺を見つめた。
「私、あなたと一緒に魔法を使うのが好きなの。もちろん、勉強になるからという理由もあるけれど……それだけではないのよ」
俺は彼女の言葉を聞き、少しだけ胸が温かくなった。
「うん。俺も、リビアと一緒に何かをする時間が好きだよ」
俺が答えると、彼女は少し驚いたように目を見開いた。
それから、頬を薄く染めながら微笑む。
「……そう。嬉しいわ」
リビアはそっと俺の手へ触れた。
俺もその手を握り返す。
窓の外では、夕日が庭園の木々を柔らかく照らしていた。
今日、俺たちは同じ魔導具を使い、互いの魔力を確かめながら練習した。
それは、まだ二属性魔法の実習ではない。
けれど、俺にとっては大切な経験だった。
リビアと一緒に学ぶこと。
互いの得意なことや、まだ知らないことを確かめ合うこと。
そして、同じ目標へ向かって努力すること。
その一つ一つが、これから先の俺たちにとって、大切な時間になっていくのだろう。
やがて、夕食の準備を知らせる声が廊下から聞こえてきた。
俺たちは顔を見合わせ、ゆっくりと立ち上がった。
「そろそろ行こうか、リビア」
「ええ。でも……セス、もう一つだけお願いしてもいい?」
彼女は少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「今日の実習のこと、また今度も一緒に話したいの。あなたと考えていると、次に何を学ぶのかが楽しみになるから」
俺はその言葉を聞き、自然と笑みを浮かべた。
「もちろん。俺も、リビアと一緒に考えるのが楽しいから」
リビアは嬉しそうに頷いた。
「……約束よ」
「うん。約束する」
俺たちは手をつないだまま、部屋を出た。
夕暮れの廊下には、窓から柔らかな光が差し込んでいる。
来月の実習で、どんな課題が待っているのかはまだ分からない。
けれど、今日のように一つずつ学んでいけば、きっと新しい発見があるはずだ。
そして、そのとき隣にリビアがいてくれたなら。
俺はきっと、今よりもっと魔法を学ぶことが好きになるのだろう。
```
```text
第129話 公爵令嬢様は、俺と一緒に魔法を使うのが楽しみで仕方ないらしい
翌朝、パウリー公爵邸の中庭には、昨夜の冷え込みを思わせる薄い朝露が残っていた。食堂へ向かう廊下の窓から庭園を見下ろすと、手入れの行き届いた植え込みの葉が朝日を受けて輝き、噴水の水面には澄んだ秋空が映り込んでいる。
俺はその景色を眺めながら、昨日の学院での出来事を思い返していた。
婚約について尋ねられたとき、俺だけで答えようとするのではなく、リビアと一緒に考えていく。そんな話をしたばかりだったが、実際に彼女と相談してみると、自分では思いつかなかった考え方がいくつも見つかった。
これから先も、同じように考えなければならないことは増えていくのだろう。けれど、昨日のリビアは、それを負担に思うどころか、むしろ嬉しそうにしていた。
(俺も、リビアと一緒に考える時間が好きなんだろうな。自分だけでは気づかないこともあるし、何より、彼女が何を大切にしているのかを知ることができるから)
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、食堂の手前で見慣れたシルバーブルーの髪が揺れた。
「おはよう、セス。今日は少し早いのね」
リビアは俺の姿に気づくと、嬉しそうに微笑んだ。いつもどおり制服をきちんと着こなしているが、今朝はその表情にどこか期待を含んだ明るさがある。
「おはよう、リビア。今朝は少し早く目が覚めたんだ。リビアも早いね」
「ええ。今日は魔法の授業があるでしょう? 昨日、時間割を確認してから楽しみにしていたの」
「そういえば、今日は実習だったね」
俺が答えると、リビアは小さく頷いた。
「来月の二属性魔法実習に向けて、今日は基本的な魔力操作を確認するそうよ。詳しい内容までは聞いていないけれど、エレナ先生が昨日の授業の終わりにおっしゃっていたでしょう?」
「うん。確か、各自の制御を確かめてから、必要に応じて組み合わせの練習をするって話だったね」
来月予定されている二属性魔法の実習については、まだ正式な日程も詳しい課題も発表されていない。だからこそ、今日の授業で何を行うのかは気になっていた。
俺は火、水、風、土、雷の五属性を扱えるけれど、複数の属性を使えることと、それらを適切に組み合わせられることは必ずしも同じではない。以前の授業でも、魔力量だけに頼らず、周囲への影響や制御の安定性を考える必要があると教わっている。
「リビアは、どんな練習をすると思う?」
俺が尋ねると、彼女は少し考えるように視線を上げた。
「そうね。先生が安全性を重視していらっしゃることを考えると、いきなり大きな魔法を使うことはないと思うわ。まずは魔力を一定に保つ練習や、途中で止める練習かしら」
「なるほど。確かに、途中で止められることは大切だね」
「ええ。それに、私はあなたの魔法を近くで見られるかもしれないと思うと、それだけでも楽しみなの」
リビアはそう言って、少しだけ頬を染めた。
俺は思わず苦笑する。
「俺の魔法なんて、今まで何度も見ているだろう?」
「何度見ても楽しいものは楽しいのよ。それに、あなたが新しいことを学ぶ姿を見るのも好きだって、昨日お話ししたでしょう?」
その言葉に、俺は昨日の剣術実習を思い出した。
先生から自分の動きについて指摘され、ガレスと互いに観察しながら練習した時間は、思っていた以上に充実していた。リビアはそんな俺の姿を見て嬉しかったと言ってくれたし、俺自身も、誰かに教わることの楽しさを改めて感じていた。
「……それなら、今日も頑張らないとね」
俺がそう答えると、リビアは少し悪戯っぽく微笑んだ。
「無理をして頑張る必要はないわ。でも、楽しみにしているのは本当よ」
彼女はそう言ってから、俺の袖へそっと指先を添えた。
「それに、もし一緒に練習できるなら、私もあなたに負けないくらい頑張りたいもの」
俺はその言葉を聞き、自然と笑みを浮かべた。
「うん。俺も、リビアと一緒に練習できたら嬉しいよ」
リビアは満足そうに頷き、俺の隣へ並んだ。
食堂の扉を開ける直前、彼女が少しだけ声を落とす。
「……でも、セス。もし今日、一緒に組めなかったとしても、あとで感想は聞かせてね」
「もちろん。リビアも、どんなことを学んだか教えてほしいな」
「ええ。約束よ」
そう言って微笑む彼女と一緒に、俺は朝食の席へ向かった。
◇
学院へ到着すると、教室にはすでに多くの生徒が集まっていた。
今日の魔法実習について話している者も多く、普段より少し賑やかな雰囲気がある。窓際では数人の生徒が魔法理論の教科書を広げ、魔力の流れについて確認していた。
ガレスは俺たちの姿を見るなり、勢いよく手を振った。
「おう、セス! リビア様もおはようございます!」
「おはよう、ガレス。今日はずいぶん元気だね」
「そりゃそうだろ。今日は魔法実習だからな。剣術も好きだけど、魔法を実際に使う授業はやっぱり楽しみなんだよ」
ガレスはそう言って笑ったあと、少しだけ表情を引き締めた。
「ただ、前に魔力の調整で失敗しかけたことがあるから、今日はそこを気をつけようと思ってる。先生にも、力を入れすぎるなって言われたしな」
「うん。魔法は強く出せばいいってものじゃないからね」
俺が答えると、ガレスは頷いた。
「そうなんだよな。頭では分かってるんだけど、いざ使うとつい力が入るんだ」
そこへサザリーが近づいてきた。
「ガレスは、魔力を出すことよりも、一定に保つことを意識した方がいいかもしれないね。前回の実習でも、最初は安定していたのに、途中から出力が少し上がっていたように見えたよ」
「やっぱりそう見えたか。自分でも途中から強くなってる気はしたんだよな」
ガレスは苦笑しながら頭をかいた。
エミリアも俺たちの会話に加わり、穏やかに微笑んだ。
「今日は先生が細かく見てくださるそうですし、焦らず取り組めば大丈夫だと思います。私も、魔力を途中で止める練習は少し苦手なので、気をつけたいです」
リビアはエミリアへ顔を向けた。
「エミリア様は、魔力の流れを丁寧に整えていらっしゃる印象がありますわ。止めるときに難しさを感じるのですか?」
「はい。急に止めようとすると、最後のところで少し揺れてしまうことがあるんです。大きな問題にはなっていませんが、先生からも注意するよう言われています」
その説明を聞き、俺は少し考えた。
魔力を出すことと止めることは、似ているようで違う。出力を安定させられても、終わらせるときに急激な変化が生じれば、魔法の形が崩れる可能性がある。
「今日の実習では、そういうところも確認できるといいね」
俺がそう言うと、エミリアは嬉しそうに頷いた。
「はい。私もそう思います」
サザリーは俺たちの様子を見ながら、少しだけ口元を緩めた。
「それにしても、今日は皆、ずいぶん真剣だね。以前なら、魔法実習と聞くだけで、もっと大きな魔法を使いたがる人も多かった気がするけれど」
「それは今でもいるんじゃないか?」
ガレスが笑いながら答えると、サザリーも小さく頷いた。
「そうかもしれないね。ただ、少なくとも僕たちは、制御の大切さを少しずつ理解してきたんじゃないかな」
その言葉に、俺は静かに頷いた。
魔法を使えることと、安全に使えることは違う。
それを理解するためにも、今日の実習は大切な時間になるのだろう。
◇
午前の座学が終わると、俺たちは学院の魔法実習場へ移動した。
実習場は校舎の西側にあり、広い石造りの床と、周囲を囲む頑丈な防護壁が特徴だった。壁の内側には魔力を吸収するための術式が組み込まれており、通常の授業で扱う程度の魔法なら、周囲へ影響が及ばないよう設計されている。
もっとも、防護設備があるからといって、どんな魔法でも自由に使っていいわけではない。
実習場の入口には注意事項が掲示されており、許可されていない魔法の使用や、指定された範囲を超える出力は禁止されている。
俺たちが中へ入ると、すでにエレナ先生が中央付近で準備を進めていた。
先生の前には、手のひらほどの大きさの透明な魔導具がいくつも並べられている。
「皆さん、集まってください。今日は魔力の安定性と、制御を途中で止める技術を確認します」
エレナ先生は全員が整列したことを確かめると、落ち着いた声で説明を始めた。
「来月には二属性魔法の実習を予定していますが、今日の授業はその本番ではありません。詳しい日程や課題については、改めて正式にお知らせします。今日はあくまで、各自の基礎を確認する時間だと考えてください」
その言葉に、数人の生徒が小さく頷いた。
俺も、改めて気を引き締める。
先生は机の上から透明な魔導具を一つ持ち上げた。
「これは、流れ込んだ魔力の変化を光で示す訓練用の魔導具です。魔力が安定しているときは光が一定に保たれ、出力が変化すると明るさも変わります」
先生が魔導具へ魔力を流すと、内部に淡い青色の光が灯った。
その光はほとんど揺れることなく、静かに輝き続けている。
「まずは、一定の魔力を流し続ける練習を行います。強い魔力は必要ありません。むしろ、必要以上に流すと正しく測定できなくなるので注意してください」
先生はそこで一度魔力を止めた。
魔導具の光は急に消えるのではなく、ゆっくりと弱まり、最後には完全に消えた。
「次に、魔力を止める練習です。急激に遮断するのではなく、魔力の流れを整えながら終わらせてください。ただし、魔導具の反応が不安定になった場合は、無理に続けず、すぐに教員へ知らせること」
説明を終えた先生は、生徒たちをいくつかの組に分けた。
俺はガレス、サザリーと同じ組になり、リビアはエミリアと別の組になった。
少し離れた場所へ向かうリビアと目が合うと、彼女は小さく微笑んだ。
俺も微笑み返し、目の前の課題へ意識を戻した。
◇
最初に魔導具を使ったのはガレスだった。
彼は先生の指示どおり、魔導具の表面へ手を添え、慎重に魔力を流し始めた。
内部に淡い光が灯る。
最初のうちは安定していたものの、しばらくすると光が少し強くなり、再び弱くなった。
「……あれ? 今、ちょっと明るくなったよな」
ガレスは眉を寄せながら、魔導具を見つめた。
サザリーが隣から頷く。
「うん。最初より少し強くなったと思う。魔力を流し続けるうちに、無意識に出力を上げているのかもしれないね」
「やっぱりそうか。自分では同じくらいのつもりなんだけどな」
ガレスはそう言いながら、少しだけ肩の力を抜いた。
すると、魔導具の光が再び安定し始める。
「お、今度は少し落ち着いたか?」
「うん。さっきより安定しているよ」
俺が答えると、ガレスは嬉しそうに笑った。
けれど、その直後、光がわずかに強くなった。
「……ああ、まただ」
ガレスは苦笑しながら魔力を止めた。
俺たちはその様子を見て、思わず笑ってしまった。
「笑うなよ。結構難しいんだぞ、これ」
「ごめん。でも、ガレスが楽しそうだったから」
俺がそう答えると、ガレスは少し照れくさそうに笑った。
「まあ、楽しいのは確かだけどな」
次にサザリーが魔導具を使った。
彼は最初から慎重に魔力を流し、光を比較的安定させていた。
ただし、途中でわずかに明るさが変わることがあり、本人もその変化に気づいているようだった。
「……なるほど。自分では一定にしているつもりでも、完全には安定していないんだね」
サザリーは魔導具を見つめながら呟いた。
「でも、かなり安定していたと思うよ」
俺がそう言うと、彼は小さく首を振った。
「ありがとう。ただ、まだ改善できるところはありそうだ。特に、魔力を止めるときの変化が少し急だった気がする」
サザリーはそう言って、もう一度魔導具を見つめた。
俺は彼の姿を見ながら、昨日の剣術実習を思い出した。
得意なことでも、自分では気づかない部分がある。
そして、誰かに見てもらうことで、新しい課題が見つかることもある。
魔法も、きっと同じなのだろう。
やがて、俺の番になった。
俺は魔導具の前へ立ち、手のひらをそっと添えた。
魔力を流し始めると、内部に淡い青色の光が灯る。
俺はその光を見つめながら、できるだけ一定の魔力を保つよう意識した。
普段なら、魔力を流すこと自体は難しくない。
けれど、今日は魔導具の反応を見ながら、細かな変化まで確かめようとしている。
そのため、いつもより慎重になっていた。
しばらくすると、ガレスが小さく声を上げた。
「……すげえな。ほとんど光が変わらないじゃないか」
サザリーも興味深そうに頷いた。
「確かに安定しているね。セスは、普段から魔力の制御を細かく行っているんだろうな」
俺は二人の声を聞きながら、魔力を流し続けた。
けれど、褒められたからといって、気を抜くわけにはいかない。
むしろ、ここからどうやって魔力を止めるかが大切だった。
俺は先生の説明を思い出しながら、少しずつ魔力の流れを弱めていく。
魔導具の光はゆっくりと薄くなり、最後には完全に消えた。
「……よし」
俺が小さく息を吐くと、ガレスが感心したように笑った。
「いやあ、やっぱりセスはすごいな。俺なんて、途中で何回も光が変わっちまったのに」
「でも、ガレスも途中から安定していたよ。肩の力を抜いたときは、かなり落ち着いていたと思う」
俺がそう答えると、ガレスは少し嬉しそうに頷いた。
「そうか。じゃあ、次はそこを意識してみるかな」
サザリーも魔導具へ目を向けた。
「それにしても、セスの魔力制御はやっぱり細かいね。今の止め方も、ほとんど急な変化がなかった」
「ありがとう。でも、俺もまだ考えながらやっているところがあるよ」
俺がそう言うと、サザリーは少し笑った。
「それなら、今日の実習はセスにとっても勉強になりそうだね」
「うん。そう思う」
俺たちはそのあとも順番に練習を続け、先生の巡回を受けながら、それぞれの課題を確認していった。
◇
実習の後半になると、エレナ先生は全員を一度集め、次の説明を始めた。
「ここまでで、各自の魔力制御についてある程度確認できたと思います。次は、二人一組で魔力の変化を観察する練習を行います」
先生はそう言って、机の上に別の魔導具を置いた。
先ほどのものより少し大きく、中央には二つの小さな魔石が並んでいる。
「この魔導具は、二人がそれぞれ流した魔力の変化を、別々の光として示します。互いの魔力を混ぜるものではありません。あくまで、二人の出力の変化を同時に観察するためのものです」
先生はそこで一度言葉を切り、生徒たちの表情を確かめた。
「二属性魔法の実習では、複数の魔力を扱う際の安定性が重要になります。ただし、今日の段階では、異なる属性を同時に発動させる練習は行いません。まずは、他者の魔力の変化を見ながら、自分の制御を保つことを学びましょう」
その説明を聞き、俺は少し興味を覚えた。
自分の魔力を安定させることはできても、隣で別の人が魔力を流しているときに、同じように集中できるかは別の問題だ。
先生は生徒たちを新しい組み合わせに分け始めた。
そして、俺の名前を呼んだあと、続けてリビアの名前を告げた。
「シルフィール、パウリー。二人は同じ組で行ってください」
その瞬間、少し離れた場所にいたリビアが、ぱっと顔を明るくした。
俺も思わず彼女の方へ目を向ける。
リビアは嬉しそうに微笑みながら、こちらへ歩いてきた。
「セス、一緒ね」
「うん。よろしく、リビア」
俺が答えると、彼女は少しだけ頬を染めた。
「ええ。こちらこそ、よろしくお願いするわ」
その様子を見ていたガレスが、少し離れた場所から楽しそうに笑っている。
サザリーも何か言いたそうな顔をしていたが、結局何も言わず、別の組へ向かっていった。
俺たちは指定された魔導具の前へ立ち、先生の説明を待った。
リビアは隣に並ぶと、少しだけ声を落とした。
「……セス。私、今日は一緒に練習できないかもしれないと思っていたから、嬉しいわ」
「俺も嬉しいよ。リビアの魔力制御を近くで見るのは、久しぶりな気がする」
俺がそう答えると、彼女は少し得意げに微笑んだ。
「それなら、今日は私の方もよく見ていてね」
「もちろん」
俺たちは顔を見合わせ、静かに頷いた。
◇
二人での練習が始まると、俺たちは魔導具の左右へそれぞれ手を添えた。
先生の合図に従い、まずは俺が魔力を流し始める。
左側の魔石が淡い青色に輝いた。
続いて、リビアが魔力を流す。
右側の魔石にも光が灯り、二つの光が並んで輝き始めた。
俺は自分の魔力を一定に保ちながら、隣の光へ視線を向けた。
リビアの魔力はとても安定している。
光の強さはほとんど変わらず、まるで最初からそこに灯っていたかのように静かに輝いていた。
(……やっぱり、リビアの魔力制御はすごいな。結界魔法を使うときもそうだけど、細かな調整がとても丁寧だ)
俺がそんなことを考えていると、リビアが小さく声をかけてきた。
「セス、あなたの光も、とても安定しているわ」
「ありがとう。リビアの方も、ほとんど変化していないね」
俺が答えると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「ええ。でも、あなたの光を見ていると、少しだけ意識がそちらへ向いてしまうの」
「俺も同じだよ。自分の魔力を保ちながら、リビアの方も見ようとすると、思ったより集中が必要だね」
リビアは頷いた。
「そうね。普段は自分の魔法だけを意識していることが多いけれど、誰かと一緒に使うときは、相手の状態も考えなければならないもの」
俺たちはしばらく、互いの光を見ながら魔力を流し続けた。
途中でリビアの光がほんの少しだけ揺れた。
彼女はすぐに気づいたらしく、静かに呼吸を整える。
すると、光は再び安定した。
「……今、少し変わったね」
俺が声をかけると、リビアは小さく頷いた。
「ええ。あなたの光を見ていたら、少しだけ自分の魔力が強くなってしまったみたい」
「俺も気をつけないと。リビアの方を見ていると、自分の魔力を意識するのが少し難しくなるから」
俺がそう答えると、彼女は少し照れたように微笑んだ。
「……それなら、私たちはお互いに気をつけないといけないわね」
その言葉に、俺も笑ってしまった。
けれど、練習そのものは真剣だった。
俺たちは先生の指示に従い、魔力を一定に保ちながら、相手の光の変化を観察する。
やがて、魔力を止める合図が出た。
俺はゆっくりと魔力を弱め、リビアも同じように流れを整えていく。
二つの光はほとんど同じタイミングで薄くなり、最後には静かに消えた。
その様子を見ていたエレナ先生が、俺たちのもとへ歩いてきた。
「二人とも、安定していましたね。特に、魔力を止めるときの変化が穏やかでした」
「ありがとうございます、先生」
俺たちが礼を言うと、先生は小さく頷いた。
「ただし、今の練習では互いの魔力を混ぜていません。二人が同時に魔力を流せることと、二つの属性を一つの術式として扱えることは別です。その違いを忘れないようにしてください」
「はい。分かりました」
俺が答えると、リビアも静かに頷いた。
「承知いたしました」
先生は満足そうに微笑み、次の組へ向かっていった。
俺たちは魔導具から手を離し、顔を見合わせた。
「……セス。楽しかったわね」
「うん。思っていた以上に勉強になったよ」
俺が答えると、リビアは嬉しそうに微笑んだ。
「私もよ。あなたと一緒に魔力を流していると、普段とは少し違う感覚があったわ」
「そうだね。相手の状態を見ながら自分の魔力を保つのは、意外と難しかった」
俺たちはそのあとも、今日の練習で気づいたことを話し合った。
リビアは自分の光が揺れたときの感覚を説明し、俺は相手の魔力へ意識を向けたとき、自分の制御にどんな変化があったのかを伝えた。
それは、ただ一緒に魔法を使うだけでは分からなかったことだった。
◇
実習が終わり、教室へ戻る途中、リビアはいつもより少し楽しそうに歩いていた。
彼女は俺の隣へ並ぶと、周囲に聞こえないくらいの声で話しかけてきた。
「……セス。今日、一緒に練習できて本当によかったわ」
「俺もだよ。リビアの魔力制御を近くで見られたし、勉強になった」
俺が答えると、彼女は少しだけ頬を染めた。
「それも嬉しいけれど……私は、あなたと同じ課題に取り組めたことが嬉しかったの」
その言葉に、俺は彼女の方へ顔を向けた。
リビアは少し恥ずかしそうに微笑んでいる。
「今までも一緒に勉強することはあったけれど、今日みたいに、同じ魔導具を使って互いの魔力を確かめるのは、少し特別な感じがしたわ」
「うん。確かに、普段とは違ったね」
俺が頷くと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「来月の実習でも、もし一緒に取り組める機会があったら嬉しいわ」
「そうだね。でも、組み合わせは先生が決めるかもしれないし、まだ分からないから」
「ええ。分かっているわ」
リビアはそう言ってから、少し悪戯っぽく笑った。
「でも、楽しみにするくらいはいいでしょう?」
俺は思わず笑ってしまった。
「もちろん。俺も楽しみにしているよ」
彼女は満足そうに頷き、俺の隣を歩き続けた。
◇
公爵邸へ戻ったあと、俺は父さんへ今日の実習について報告した。
父さんはいつものように静かに話を聞き、俺がリビアと同じ組になったことを伝えると、少しだけ表情を和らげた。
「お嬢様も、さぞお喜びだったでしょう」
「うん。とても楽しそうだったよ。俺も、一緒に練習できて嬉しかった」
俺が答えると、父さんは穏やかに微笑んだ。
「それは何よりです。ただし、魔法の実習では、親しい相手だからこそ注意が必要なこともあります」
「……うん。相手のことをよく知っているつもりでも、実際の魔力の状態は毎回同じとは限らないからね」
俺がそう答えると、父さんは満足そうに頷いた。
「そのとおりです。信頼していることと、確認を省いてよいことは違います。今日のように、互いの状態を確かめながら取り組むことを大切にしてください」
「分かった。来月の実習でも、気をつけるよ」
俺は父さんへ礼を言い、執務室をあとにした。
廊下を歩きながら、今日の実習を思い返す。
リビアと並んで魔導具へ手を添えたとき、二つの光が静かに輝いていた。
あの光景は、今もはっきりと覚えている。
互いの魔力を混ぜたわけではない。
けれど、同じ課題に取り組み、相手の状態を確かめながら、自分の魔力を保つ。
それだけでも、学べることはたくさんあった。
◇
夕食まで少し時間があったので、俺は自室で今日の実習についてノートをまとめることにした。
机の上へ教科書を広げ、魔導具の反応や、自分の魔力制御について気づいたことを書き留める。
特に印象に残っていたのは、リビアと一緒に練習したときの感覚だった。
自分の魔力だけを意識しているときと、隣で別の人が魔力を流しているときでは、集中の仕方が少し違う。
相手の状態を見ようとすると、自分の魔力への意識がわずかに薄くなることがある。
その変化を理解しておくことは、今後の実習でも役立つかもしれない。
(……来月の二属性魔法実習では、もっと複雑なことをするのかな。まだ内容は分からないけど、今日の練習はきっと無駄にならないはずだ)
俺はそんなことを考えながら、ノートを閉じた。
そのとき、扉の向こうから控えめなノックが聞こえてきた。
「セス、今少しだけいいかしら?」
リビアの声だった。
「もちろん。入っていいよ」
俺が答えると、扉が開き、リビアが顔を覗かせた。
彼女はすでに制服から着替えており、柔らかな色合いの部屋着を身につけている。
「お邪魔するわ。……あら、今日の実習をまとめていたの?」
「うん。忘れないうちに書いておこうと思って」
俺が答えると、リビアは嬉しそうに微笑んだ。
「私も同じことをしていたの。そうしたら、あなたがどんなことを書いたのか気になってしまって」
彼女はそう言いながら、机の上のノートへ視線を向けた。
「もしよかったら、少し見せてもらってもいい?」
「もちろん。リビアのノートも、あとで見せてもらえると嬉しいな」
俺がそう答えると、彼女は満足そうに頷いた。
「ええ。もちろんよ」
リビアは俺の隣へ椅子を寄せ、ノートを覗き込んだ。
そこには、今日の魔導具の反応や、自分の魔力制御について気づいたことが書かれている。
彼女は一つ一つ丁寧に読み進め、時折小さく頷いていた。
「……セス。あなた、私と一緒に練習したときのことも、こんなに詳しく書いていたのね」
「うん。自分一人で練習したときとは違うことが多かったから」
俺が答えると、リビアは少し嬉しそうに微笑んだ。
「私も、同じようなことを書いたわ」
彼女はそう言って、自分のノートを開いた。
そこには、俺が書いたものとは少し違う観点で、魔力の変化や集中の仕方についてまとめられていた。
俺たちは互いのノートを見比べながら、今日の実習について話し合った。
リビアは結界魔法を使うときの感覚と比較し、俺は五属性の魔法を使い分けるときの意識の違いについて説明した。
ただし、今日の練習では実際に二属性を組み合わせたわけではないため、分からないことも多い。
俺たちはその点を確認しながら、来月の実習に向けて何を意識しておくべきかを考えた。
しばらくして、リビアがノートを閉じた。
「……セス。今日、あなたと一緒に練習できて、本当に嬉しかったわ」
彼女はそう言って、俺を見つめた。
「私、あなたと一緒に魔法を使うのが好きなの。もちろん、勉強になるからという理由もあるけれど……それだけではないのよ」
俺は彼女の言葉を聞き、少しだけ胸が温かくなった。
「うん。俺も、リビアと一緒に何かをする時間が好きだよ」
俺が答えると、彼女は少し驚いたように目を見開いた。
それから、頬を薄く染めながら微笑む。
「……そう。嬉しいわ」
リビアはそっと俺の手へ触れた。
俺もその手を握り返す。
窓の外では、夕日が庭園の木々を柔らかく照らしていた。
今日、俺たちは同じ魔導具を使い、互いの魔力を確かめながら練習した。
それは、まだ二属性魔法の実習ではない。
けれど、俺にとっては大切な経験だった。
リビアと一緒に学ぶこと。
互いの得意なことや、まだ知らないことを確かめ合うこと。
そして、同じ目標へ向かって努力すること。
その一つ一つが、これから先の俺たちにとって、大切な時間になっていくのだろう。
やがて、夕食の準備を知らせる声が廊下から聞こえてきた。
俺たちは顔を見合わせ、ゆっくりと立ち上がった。
「そろそろ行こうか、リビア」
「ええ。でも……セス、もう一つだけお願いしてもいい?」
彼女は少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「今日の実習のこと、また今度も一緒に話したいの。あなたと考えていると、次に何を学ぶのかが楽しみになるから」
俺はその言葉を聞き、自然と笑みを浮かべた。
「もちろん。俺も、リビアと一緒に考えるのが楽しいから」
リビアは嬉しそうに頷いた。
「……約束よ」
「うん。約束する」
俺たちは手をつないだまま、部屋を出た。
夕暮れの廊下には、窓から柔らかな光が差し込んでいる。
来月の実習で、どんな課題が待っているのかはまだ分からない。
けれど、今日のように一つずつ学んでいけば、きっと新しい発見があるはずだ。
そして、そのとき隣にリビアがいてくれたなら。
俺はきっと、今よりもっと魔法を学ぶことが好きになるのだろう。




