第109話 公爵令嬢様は、俺が見つけた違いを一緒に確かめたいらしい
パウリー公爵邸の朝は、まだ庭園の芝生に露が残る頃から始まる。
厨房では朝食の支度が進み、使用人たちがそれぞれの持ち場へ向かっていた。廊下の窓から差し込む光は柔らかく、磨き上げられた床には、窓枠の細い影が規則正しく伸びている。
俺は食堂へ向かう前に、昨夜読んでいた本をもう一度開いていた。
昨日、リビアと図書室で借りた古い街道の記録だ。
最初は、昔の人々がどのような道を使って町から町へ移動していたのか、それを知りたくて手に取った本だった。けれど、読み進めているうちに、同じ地域を扱っているはずの二つの記録に、気になる違いがあることに気づいたのである。
一方の図では、街道が川の東側を通っているように描かれている。
ところが、別の年代の記録では、道が川の西側へ回り込んでいるように見えた。
どちらも、王国内の交通路についてまとめられた資料として紹介されている。ただし、作成された年代も、記録の目的も同じではない。
(道そのものが変わったのか、それとも、描き方が違うだけなのか……)
俺は机の上に置いたノートへ目を落とした。
昨夜のうちに、分かっていることと、まだ分からないことを簡単に書き出してある。以前なら、疑問を見つけた時点で、答えが出るまで資料を探そうとしていたかもしれない。
しかし、今回は途中で本を閉じた。
翌朝には学院があるし、夜更かしをしてまで調べる必要はない。何より、リビアと一緒に勉強する約束をしているのだから、俺だけで先へ進めてしまうのも違う気がした。
そのとき、扉を控えめに叩く音が聞こえた。
「セス、起きているか?」
「父さん? うん、起きてるよ」
俺が返事をすると、父さん――グレイヴ・シルフィールが部屋へ入ってきた。
いつものように身だしなみを整えた父さんは、机の上に広げられた本とノートへ目を向けると、わずかに眉を上げた。
「朝から勉強か。感心ではあるが、朝食の時間までには切り上げるようにな」
「分かってるよ。昨日借りた本を少し確認していただけだから」
「何か気になることでも見つけたのか?」
父さんは俺の返事を聞きながら、机から少し離れた場所で足を止めた。勝手に本を覗き込むのではなく、俺が説明するのを待ってくれている。
俺は二つの記録に描かれた街道の違いについて話した。
すると父さんは、すぐに答えを教えるのではなく、まず資料の年代を尋ねてきた。
「正確な年号は、まだ確認しきれていないんだ。ただ、片方は古い時代の街道をまとめたもので、もう片方はその後の時代に使われていた道を扱っているみたい」
「なるほど。では、その二つが同じものを示していると考えた理由は何だ?」
「近くに書かれている町の名前が同じだったから。でも、川の曲がり方まで一致しているわけじゃないし、縮尺も違うんだ」
俺が説明すると、父さんは静かに頷いた。
「それなら、まだ同じ区間を描いていると断定するのは早いな。古い地図には、旅人に分かりやすく道順を示すことを優先したものもあれば、土地の境界や管理上の区分を記録するためのものもある」
「地図の目的によって、描かれるものが違うってこと?」
「ああ。たとえば、旅人にとって重要なのは、どの町を経由すれば目的地へ着けるかということだろう。だが、橋の維持管理を担当する者にとっては、川幅や橋の位置、周辺の土地の状態が重要になる」
父さんはそこで一度言葉を切り、俺のノートへ視線を向けた。
「同じ場所を扱っていても、必要な情報が違えば、記録の形も変わる。だからこそ、何のために作られた資料なのかを確かめる必要があるんだ」
俺はその言葉を聞きながら、昨夜書いた項目の下に、新しく一行を書き加えた。
『資料の目的を確認する』
「ありがとう、父さん。そこまでは考えてなかったよ」
「礼を言うのは、調べ終わってからでも遅くない。もっとも、私の説明も一般的な話だ。お前が見つけた二つの記録について、どちらが正しいかを判断したわけではないぞ」
「うん。それは分かってる」
父さんは満足そうに頷いたあと、扉の方へ向かった。
「では、そろそろ食堂へ行きなさい。オリビアお嬢様も、もう準備を終えられている頃だろう」
「分かった。すぐ行くよ」
俺は本を閉じ、栞の位置を確かめてから鞄へ収めた。
父さんが部屋を出ていくと、廊下の向こうから食器を運ぶ音が聞こえてきた。いつもの朝の音なのに、今日は少し違って感じられる。
同じものを見ても、人によって気づくことが違う。
そのことを、俺は少しずつ理解し始めていた。
◇
食堂へ入ると、リビアはすでに席についていた。
銀青色の髪を丁寧に整え、学院の制服に身を包んだ彼女は、俺の姿に気づくと嬉しそうに微笑んだ。
「おはよう、セス。今日は少し早いね」
「おはよう、リビア。昨日の本を読んでいたら、気になるところがあって」
「本当? どんなところ?」
俺が席へ着くと、リビアは手元の本を閉じてこちらへ身体を向けた。朝食が運ばれてくる前の短い時間だったが、俺の話を聞くつもりらしい。
俺は二つの街道記録の違いと、父さんから教えてもらったことを説明した。
リビアは途中で何度か頷き、最後まで聞き終えてから、少し考えるように指先を重ねた。
「川の東側と西側……。もし本当に道が変わっているなら、橋の位置が関係している可能性もあるよね」
「俺もそう思った。でも、まだ同じ区間の記録かどうかも分からないんだ」
「そうだね。古い橋が使えなくなったとか、新しい橋ができたとか、いろいろ考えられるけれど……」
リビアはそこで言葉を止め、俺の顔を見た。
「セスは、どこから調べたい?」
その問いかけに、俺は少し驚いた。
彼女なら、すぐに一緒に資料を探そうと言ってくれると思っていたからだ。
「まずは、二つの記録が作られた年代を確認したいかな。それから、同じ場所を扱っているのか確かめたい」
「うん。私も、それがいいと思う」
リビアは嬉しそうに頷いた。
「それなら、今日の放課後に図書室へ行ってみない? 私も、昨日借りた地域の暮らしについての本で、少し気になるところがあったの」
「もちろん。何か見つけたの?」
「街道沿いの町では、通行する人が増えると、宿屋や市場の位置が変わることもあるって書いてあったの。もし道が変わったなら、その周辺の町にも何か変化があったのかもしれないでしょう?」
俺は思わず目を見開いた。
道そのものの違いばかり気にしていた俺には、町の暮らしがどう変わったかという視点が抜けていた。
「なるほど……。それは面白そうだね」
「でしょう?」
リビアは嬉しそうに笑った。
ちょうどそのとき、朝食が運ばれてきた。
温かいスープと焼きたてのパンが並べられ、食堂には香ばしい匂いが広がっていく。俺たちは本の話をいったん切り上げ、食事を始めた。
けれど、リビアは何度か俺へ視線を向け、そのたびに楽しそうな笑みを浮かべていた。
「……リビア?」
「ふふっ。何でもないよ。ただ、セスが楽しそうで嬉しいなって」
俺は少し照れくさくなった。
「そんなに顔に出てた?」
「うん。昨日、ガレスの剣術を見ていたときとは、また違う顔をしてる」
「違う顔?」
「剣術のときは、どうすれば相手の動きがよくなるかを考えているでしょう? でも、今は自分が知らないことを見つけて、わくわくしている顔」
そう言われると、何だか恥ずかしい。
俺が返事に困っていると、リビアは少しだけ身を寄せてきた。
「そういうセスも、私は好きだよ」
「……朝からそういうことを言うんだね」
「だって、本当のことだもの」
彼女は少し頬を染めながらも、視線を逸らさなかった。
俺はそんなリビアを見つめ、自然と笑みを浮かべた。
「ありがとう。俺も、リビアと一緒に調べられるのが楽しみだよ」
彼女は満足そうに微笑み、再びスープへ手を伸ばした。
◇
学院へ到着すると、教室ではすでに何人かの生徒が集まっていた。
窓際の席ではガレスが剣術の教本を広げており、その隣ではサザリーがノートを整理している。エミリアは少し離れた席で、魔術の基礎理論に関する資料を読んでいた。
「おはよう、みんな」
俺が声をかけると、ガレスが顔を上げた。
「おう、クルセス! おはよう!」
「おはようございます、クルセス君。パウリー様も」
エミリアが穏やかに微笑み、サザリーも軽く会釈した。
俺たちが席へ向かおうとすると、ガレスが教本を閉じて立ち上がった。
「そうだ、クルセス。昨日はありがとうな。帰ってから、父上にも構えを見てもらったんだ」
「そうだったんだ。どうだった?」
「肩に力が入りすぎているって、やっぱり言われた。でも、昨日教えてもらったことを意識したら、少し動きがよくなったってさ」
ガレスは嬉しそうに笑った。
昨日、訓練場で彼の構えを確認したとき、剣を握る手に力が入りすぎていることが気になっていた。本人もそれを自覚していたが、どうすれば改善できるのか分からず、悩んでいたのである。
「よかったね。でも、無理に全部直そうとしなくてもいいと思うよ」
「分かってる。父上にも同じことを言われた。まずは基礎の動きを安定させろって」
ガレスはそう答え、少しだけ照れくさそうに頭をかいた。
「それにしても、クルセスって教えるのもうまいよな。俺だったら、あんなふうに説明できる気がしない」
「そんなことないよ。俺も、昨日はリビアに指摘されるまで、自分の肩に力が入っていることに気づかなかったし」
俺がそう言うと、リビアは少し得意そうに微笑んだ。
「ふふっ。セスだって、集中すると周りが見えなくなることがあるんだよ」
ガレスは一瞬きょとんとしたあと、豪快に笑った。
「ははっ! そういうこともあるんだな!」
その隣で、サザリーが静かに口を開いた。
「人に教えるときほど、自分の動きには気づきにくいのかもしれないね。相手を観察することに集中しているから」
「確かに、そうかもしれない」
俺が頷くと、エミリアも小さく笑った。
「でも、パウリー様が気づいてくださったんですよね。二人で見ていると、そういうことも分かるんですね」
リビアは嬉しそうに頷いた。
「ええ。私も、セスに教えてもらうことがたくさんあるもの」
そんな会話をしているうちに、授業開始を知らせる鐘が鳴った。
俺たちはそれぞれ席へ戻り、教科書とノートを取り出した。
◇
午前の歴史の授業では、王国内の交通路と町の発展について学んだ。
先生は黒板に簡単な地図を描き、主要な街道がどのように整備されてきたのかを説明していた。
「街道は、単に町と町を結ぶだけのものではありません。人々の暮らしや、地域の産業にも大きく関わっています」
先生はそう言って、地図上のいくつかの町を指し示した。
「たとえば、ある地域で新しい橋が建設された場合、旅人や商人が利用する道が変わることがあります。その結果、以前は人通りの多かった場所が静かになり、別の場所が発展することもあるのです」
俺はその説明を聞きながら、今朝の話を思い出した。
川の東側と西側。
もし橋の位置が変わっていたなら、街道の記録が違う理由になるかもしれない。
ただ、それはまだ仮説にすぎない。
俺はノートの余白へ、小さく書き留めた。
『橋の位置の変化? 時期の確認が必要』
授業の途中、先生は生徒たちへ質問を投げかけた。
「では、古い地図を調べる際、どのような点に注意する必要があるでしょうか?」
何人かの生徒が手を上げた。
サザリーが静かに答える。
「作成された年代と、何のために作られた地図なのかを確認する必要があると思います」
「その通りです。地図には、作成目的によって省略される情報もあります」
先生は頷き、続いて別の生徒へ視線を向けた。
リビアが手を上げた。
「同じ地域について複数の資料がある場合、違いがあることだけでなく、その違いが何を意味するのかを慎重に考える必要があると思います」
「よい指摘ですね。違いを見つけたからといって、すぐにどちらかを誤りと判断してはいけません」
俺はその言葉を聞き、静かに頷いた。
まるで、今朝の話の続きを聞いているようだった。
先生はさらに、同じ町を描いた二種類の図を黒板へ掲示した。
一方には主要な道と建物が簡潔に記されている。もう一方には土地の区画や水路が細かく描かれており、道の形も少し違って見えた。
「この二つは、同じ時期に作られたものです。では、道の形が違うからといって、どちらかが間違っていると言えるでしょうか?」
教室のあちこちから、小さな話し声が聞こえた。
ガレスは腕を組み、少し困ったような顔をしている。
「同じ時期なら、どっちかが間違ってるんじゃないのか?」
近くの生徒がそう呟くと、サザリーが静かに首を横へ振った。
「まだ分からないよ。目的が違うなら、道を簡略化して描いている可能性もある」
先生はそのやり取りを聞き、穏やかに微笑んだ。
「そうですね。地図を読むときには、描かれているものだけでなく、描かれていないものにも注意が必要です」
俺はその言葉をノートへ書き留めた。
同じ場所を見ていても、必要な情報が違えば、記録の形も変わる。
それは、街道の地図だけの話ではないのかもしれない。
◇
昼休みになると、俺たちは食堂の一角へ集まった。
ガレスは今日の歴史の授業について、少し困ったような顔をしていた。
「街道が変わると町の様子まで変わるって、考えてみるとすごいよな」
彼はそう言って、手元のパンを見つめた。
「俺、道なんて目的地に行ければいいと思ってたけど、商人とか旅人にとっては大事なんだな」
サザリーは穏やかに頷いた。
「そうだね。物資の輸送や移動時間にも関わるから、地域によっては大きな影響があるだろうね」
エミリアも静かに口を開いた。
「運ぶものによって、必要な道も違うと思います。重い荷物を運ぶ場合と、人が歩いて移動する場合では、便利な道が同じとは限りません」
俺はその言葉に頷いた。
「確かに。道の幅や橋の強さも関係するかもしれないね」
ガレスは感心したように目を丸くした。
「なるほどな。そう考えると、地図って思ったより奥が深いんだな」
リビアは嬉しそうに微笑んだ。
「だから、調べてみると面白いのよね」
そのあと、俺は昨日借りた本で見つけた違いについて、みんなへ簡単に説明した。
サザリーは興味深そうに耳を傾け、少し考えたあと口を開いた。
「それなら、まず二つの資料が同じ時期を示しているのか確認した方がよさそうだね」
「うん。俺もそう思ってる」
「それと、川の位置がどの程度正確に描かれているのかも重要かもしれない」
俺は少し驚いた。
「川の位置?」
「古い地図では、地形が簡略化されている場合もあるからね。道の位置が違って見えても、実際には表現方法の違いという可能性もある」
なるほど。
俺は思わず頷いた。
「それは考えてなかった。ありがとう、サザリー」
サザリーは小さく微笑んだ。
「どういたしまして。ただ、僕も実物を見たわけではないから、あくまで可能性のひとつだよ」
エミリアも静かに頷いた。
「調べるときは、分かったことと、まだ分からないことを分けて書いておくとよさそうですね」
俺はその言葉を聞き、ノートを取り出した。
「そうだね。今日の放課後、そうしてみるよ」
リビアは嬉しそうに微笑んだ。
「私も一緒に書くね」
俺たちは顔を見合わせ、小さく笑った。
◇
午後の授業が終わると、俺とリビアは図書室へ向かった。
廊下には帰宅する生徒たちの声が響き、窓から差し込む夕方の光が床を柔らかく照らしている。
図書室へ入ると、受付ではマリエッタ・クロード先輩が職員と話していた。
俺たちに気づいた先輩は、軽く会釈してくれた。
「こんにちは、シルフィール君、パウリーさん」
「こんにちは、マリエッタ先輩」
「今日は何か調べもの?」
リビアが頷いた。
「ええ。古い街道の記録について、少し確認したいことがあるんです」
「そうなのね。それなら、地理と歴史の棚に関連する資料があると思うわ」
先輩はそう言って、書棚の方向を示した。
「ただ、古い資料は閲覧方法が決まっているものもあるから、必要なら受付で確認してね」
「分かりました。ありがとうございます」
俺たちは礼を伝え、書棚へ向かった。
まず、昨日借りた本を開き、気になった箇所を確認した。
川の東側を通る道。
そして、西側へ回り込む道。
記述は確かに異なっている。
ただ、よく見ると、二つの資料には作成された時期についての説明があった。
片方は古い時代の街道をまとめたもの。
もう片方は、その後の時代に利用されていた道を示したものらしい。
「……やっぱり、時期が違うんだね」
俺が呟くと、リビアは隣から本を覗き込んだ。
「うん。でも、それだけで道が変わったって決められるわけじゃないよね」
「そうだね。記録の目的も違うかもしれないし」
俺たちはノートへ確認できたことを書き留めた。
資料の作成年代。
記録されている道の位置。
地図の目的。
そして、まだ分からないこと。
しばらく調べていると、リビアが別の本を見つけた。
「セス、これを見て」
彼女が開いたのは、古い橋の建設についてまとめた資料だった。
そこには、ある時期に川を渡るための橋が新しく整備されたことが記されていた。
ただし、その橋が俺たちの調べている街道と直接関係しているかは、まだ分からない。
「……関係があるかもしれないね」
俺がそう言うと、リビアは静かに頷いた。
「うん。でも、場所と時期をもう少し確認しないといけないと思う」
俺たちは慎重に記録を照らし合わせた。
地図の縮尺が違うため、単純に重ねることはできない。
川の曲がり方も、資料によって少し異なっている。
それでも、いくつか共通する地名が見つかった。
俺はノートへ書き込みながら、少しずつ興味が深まっていくのを感じていた。
最初は、ただ道の位置が違うことが気になっただけだった。
けれど、調べてみると、その違いの背景には、橋の建設や町の発展、人々の暮らしが関係している可能性がある。
ひとつの疑問から、いくつもの新しい疑問が生まれてくる。
(……面白いな)
俺は思わず笑みを浮かべた。
その様子を見ていたリビアが、嬉しそうに微笑んだ。
「セス、楽しそう」
「うん。思っていたより、ずっと面白いんだ」
「ふふっ。よかった」
彼女はそう言って、ノートへ目を落とした。
「私も、セスと一緒に調べられて楽しいよ」
俺は少し照れくさくなった。
「ありがとう、リビア」
彼女は満足そうに微笑んだ。
◇
しばらく調べたあと、俺たちは資料を元の場所へ戻し、受付で閲覧した本の確認を済ませた。
今日分かったことは、まだ限られている。
二つの資料は作成された時期が異なること。
街道の位置に違いがあること。
近い時期に橋が整備された記録が存在すること。
ただし、それらが直接つながっているかは、まだ分からない。
俺はノートを閉じながら、静かに息をついた。
「今日はここまでかな」
「うん。続きはまた今度にしよう」
リビアはそう言って微笑んだ。
図書室を出ると、廊下には夕方の光が差し込んでいた。
窓の外では、校庭を歩く生徒たちの姿が見える。
俺たちは並んで歩きながら、今日の調べものについて話した。
「セス、今日のことで一番面白かったのは何?」
リビアが尋ねた。
俺は少し考えた。
「……最初は、どっちの地図が正しいのか知りたかったんだ」
「うん」
「でも、今はそれだけじゃなくて、どうして違う記録が残っているのかが気になってる」
リビアは嬉しそうに頷いた。
「私も。同じ場所でも、時代が変われば人の暮らしも変わるんだよね」
「うん。そう考えると、地図ってただの道案内じゃないんだなって思った」
俺がそう答えると、リビアは少しだけ目を細めた。
「セスって、こういうことを考えているとき、本当に楽しそうだね」
俺は少し照れくさくなった。
「そうかな?」
「うん。目がきらきらしてるもの」
彼女はそう言って、小さく笑った。
俺は何となく顔が熱くなった。
「……リビアだって、楽しそうだったよ」
「本当?」
「うん。新しい資料を見つけたとき、すごく嬉しそうだった」
リビアは少し驚いたように目を丸くしたあと、頬を染めた。
「……そっか。セス、ちゃんと見てくれてたんだね」
「もちろん」
俺が答えると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
◇
屋敷へ戻る馬車の中で、俺たちは今日のノートをもう一度確認していた。
リビアは窓際の席に座り、俺はその隣で資料の題名を整理している。
馬車が石畳の道を進むたびに、車輪の音が静かに響いた。
「セス、これからも一緒に調べものをしていこうね」
リビアがそう言った。
「うん。俺もそうしたい」
「ふふっ。よかった」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
しばらくして、リビアが少しだけ真剣な表情になった。
「ねえ、セス」
「何?」
「今日、分からないことを分からないままにしておけたの、よかったと思う」
俺は少し驚いた。
「……そうかな?」
「うん。前のセスだったら、もっと頑張って答えを見つけようとしていたかもしれないでしょう?」
俺は少し考えた。
確かに、以前の俺なら、何か疑問があれば、できるだけ早く答えを出そうとしていたかもしれない。
けれど、今日は違った。
分からないことが残っていても、焦らず次へつなげようと思えた。
「……そうかもしれないね」
俺が答えると、リビアは穏やかに微笑んだ。
「私は、そういうセスも好きだよ」
俺は思わず彼女の顔を見つめた。
「……また急にそういうことを言う」
「だって、本当のことだもの」
リビアは少しだけ頬を染めながら、嬉しそうに笑った。
俺は苦笑しつつ、彼女の手をそっと握った。
「……ありがとう」
リビアは満足そうに目を細めた。
馬車の窓の外では、夕暮れの街並みがゆっくりと流れていく。
今日も、特別に大きな出来事があったわけではない。
けれど、俺にとっては大切な一日だった。
違いを見つけること。
その理由を考えること。
そして、分からないことを誰かと一緒に調べること。
どれも、これから先の俺にとって必要なことなのだと思う。
俺は隣に座るリビアへ目を向けた。
「リビア」
「なあに、セス?」
「また、続きを一緒に調べてくれる?」
リビアは嬉しそうに微笑んだ。
「もちろん。何度でも一緒に調べようね」
俺は静かに頷いた。
「うん。約束する」
俺たちは顔を見合わせ、小さく笑った。
馬車は静かに進み、やがてパウリー公爵邸の門が見えてきた。
まだ分からないことは、たくさんある。
けれど、それを急いで埋める必要はない。
ひとつずつ確かめながら、少しずつ理解を深めていけばいい。
そして、その隣にリビアがいてくれるなら、きっと調べものの時間も、これからの毎日も、もっと楽しくなるだろう。
そんなことを考えながら、俺は彼女の手を優しく握り返した。




