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最弱生命に転生した俺、死ぬたび進化スキルを継承して46億年後の最強種を目指す  作者: 真々


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第7話 海の色が赤く変わった日

体の中で、黒い枝はまだ根を張り続けていた。痛みはない。ただ、自分の輪郭のどこかが、少しずつ自分のものじゃなくなっていくような違和感だけが続いている。古き王のいた海域からは、光を庇いながらじりじりと離れていた。


そのとき、視界の端に妙な色が滲んだ。


最初は見間違いかと思った。乳白色の濁りの向こうに、赤い筋が一本、また一本と交じり始めている。白く汚れた海しか知らなかった目に、その色はやけに生々しく映った。


「……血、みたいだな」


口にした瞬間、それ以外の言い方が見つからないことに気づいた。敵の血じゃない。海そのものが赤く染まっていくような広がり方だった。白毒が広げた濁りの中に、まったく別の何かが混ざり込んでいる――そんな気配だった。これで終わりだと思っていた。白く濁って、それで海はもう十分に変わり果てたのだと。甘かった。この海は、まだ姿を変える途中だったらしい。


赤い筋は、時間が経つごとに太くなっていく。逃げようにも、白毒のときと同じだ。極小の移動能力じゃ、広がる速さに追いつかれる。光を挟むようにして距離を取るのが精一杯だった。


「白だけでも十分だったのに、今度は赤かよ」


周りを見渡すと、古い命たちが赤い筋から逃げ惑っていた。だが様子がおかしい。震えながら遠ざかろうとしていたはずの輪郭が、時折ふらりと向きを変え、赤の濃い方へ引き戻されていく。逃げているのか、引かれているのか、途中から分からなくなっていた。


頭の奥で、文字が浮かんだ。


【環境記録:赤層形成】


「……記録するだけで、意味は教えてくれないんだな」


すぐ近くで、震えも見せずに赤い層を漂う小さな気配があった。怯えていない。それどころか、引かれる様子もなく、赤の中を平然と漂っている。今まで見てきたどの命とも違う動き方だった。あの気配だけは、引っ張られていない――そう思わせるくらい、落ち着いていた。


「……お前だけ、何が違うんだよ」


 


赤い濁りは、下へ下へと沈むように濃くなっていく。逃げ場を探すうち、俺と光は、いつの間にかその底のあたりまで流されていた。


そのとき、輪郭の縁に、何かが触れた。痛みじゃない。もっと妙な感触だった。


【外部要素を検出】


振り払おうとして、気づいた。振り払う先が、分からない。体の向きを変えようとした瞬間、意識のほんの一部が、自分の選んだ方向とは違う方へ引っ張られていた。まるで、震えのリズムを外から書き換えられたような違和感。黒い枝の異物感とは違う。あれは内側から根を張る感触だった。これは、外から手綱を握られるような感触だ。


「……なんだ、これ」


さっき見た、赤の中に引き戻されていく古い命たちの姿が頭をよぎった。あれは怯えていたんじゃない。引かれていたのか。振り払う力も、確かめる術も、今の俺にはない。内と外、両方から何かに侵食されている――そう気づいた瞬間、背筋のあたりに冷たいものが走った。


 


体に張りついた何かは、まだそこにいた。黒い枝の異物感と合わせて、体の内と外、両方に得体の知れないものを抱えたまま、俺は光を連れて赤い海を抜けようとしていた。


耐性はまだLv.1だ。薄い場所ならどうにか動けた、あの頃の余裕はもうない。赤層の濃さは、白毒だけの頃とは比べ物にならなかった。輪郭が軋む感触が、以前よりずっと早く這い上がってくる。案の定だった。


【死亡原因:白毒不適応】


継承の一覧を目で追う余裕もなく、次の個体として目が覚める。光は、離れた場所でまだ弱く揺れていた。


【白毒耐性 Lv.2 を獲得】


「また同じ死に方かよ」


Lv.2の体で、もう一度同じ道を試す。だが、赤層の濃さがそれを上回っていた。


【死亡原因:白毒不適応】

【白毒耐性 Lv.3 を獲得】


「三回目で笑えなくなってきた」


三回も死んで、ようやくLv.3だ。数字だけ見れば前進している。だが、死ぬこと自体には一向に慣れない。死に慣れてなんかいない。ただ、継承進化がその都度、死に方の記録を次へ渡しているだけだ。渡された俺は、また同じ場所で目を覚まし、また光を見つけ、また同じ壁にぶつかっている。


同族の輪郭は、もうほとんど見当たらなくなっていた。減っている、というより、消えていっている。生き残っているのが自分たちだけかもしれない、という考えが頭をよぎった。


Lv.3の体は、確かに前より長く持ちこたえた。光を挟むようにして、安全な方向――薄い層へ向かって進む。今度こそ、届くかもしれない。


そう思った矢先、濃さの伸びが体感を追い越していった。耐性が追いついた分だけ、赤層の方が先に濃くなっている。しかも、濃度による軋みだけじゃない。進もうとする方向が、時折ふっと揺らぐ。あの引かれる感触が、まだ体のどこかに残っていた。耐性を上げても、こっちには効いていない。


頭の奥に、見たことのない表示が浮かんだ。


【耐性上昇速度:環境悪化速度に劣後】


「……上げても上げても、追いつかれる速さの方が勝ってるだけかよ」


耐えて、死んで、耐性を積んで。それを繰り返せば、いつか届くと思っていた。だがこの表示は、その前提そのものを否定していた。積み上げる速さより、壊れていく速さの方が速い。それに、耐性は濃度には効いても、あの引かれる感触そのものは消してくれない。このまま耐えるだけを続けても、詰むのは時間の問題だった。あと何回死ねば足りるのか、考えるだけで気が遠くなった。


光を見た。まだそこにいる。まだ消えていない。それだけが、今の俺にできる精一杯の確認だった。体に張りついたままの何かも、黒い枝の異物感も、まだ何も答えを出していない。今はただ、抱えたまま進むしかなかった。


耐えるだけじゃ、届かない。


それを認めるのは、思ったより悔しかった。継承進化があれば、いつか必ず追いつけると信じていた。数を継いで、記録を継いで、少しずつでも積み上げていけば――そのはずだった。だが積み上げる速さそのものが、相手の悪化する速さに負けている。これはもう、根性でどうにかなる差じゃない。


そう認めた瞬間、頭の奥で何かが切り替わった。


【警告:逃走不能】

【提案:毒性物質の利用】


見覚えのある言葉だった。逃走不能――最初に俺を殺した敗北ログと、同じ言葉だ。あのときは、増えることでそれを超えた。今度は、何で超えればいい。


「……利用、だと?」


意味はまだ分からない。まさか毒そのものを味方につけろというのか。避けるでも、耐えるでもない。耐性を積み上げるだけの戦い方は、ここで一区切りだ。光を庇いながら、俺はその言葉をじっと見つめ続けた。

第7話は、白毒に続く第二の環境変化――赤い海の初登場と、耐性という「積み上げれば勝てる」はずの数字が通用しない現実を描きました。赤層は濃度だけでなく、感覚そのものを外から引っ張る不気味さを持っています。

耐えるだけでは詰む――そんな主人公に新しい選択肢が示されました。

次話、その意味にご期待ください。

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