第13話 俺は化け物ルートを選ぶ
宣言した瞬間から、体はもう戻れない方へ動き出していた。
【化け物ルート:適応を開始】
内側で、何かが組み替わっていく感触があった。前に最強適応を選んだときと、入り口だけはよく似ている。あのときも、こんなふうに輪郭の内側がざわめいた。そして、上がるだけ上がった数字に、体が置いていかれて裂けた。
同じ道じゃないと、頭では分かっている。だが、体の記憶は正直だった。震えが、勝手に走る。
【白毒変換:出力上昇】
数字が伸びた。白毒を活動力に変える働きが、目に見えて強くなっていく。今までは薄い場所でようやく動けた程度だったのが、濃い層のふちでも息ができる。強くなっている。それは、確かだった。
だが、強くなる分だけ、体が軋んだ。
【警告:構造が不安定】
来た、と思った。輪郭のあちこちが、内側から引っぱられるように歪む。膜が薄くなり、保っていた形が崩れかける。最強適応で死んだ、あの感触だ。あのときはここで、止められずに裂けた。
「――ぐっ」
崩れる。そう思った瞬間、膜の奥で欠片が、これまでにない強さで暴れた。
――やめろ。
初めてだった。舌打ちでも、揺れでもない。ぼやけてはいるが、確かに意味を持った何かが、内側から俺に向かって突きつけられた。
――それは進化じゃない。自殺だ。
言葉になりかけた、最初の一言だった。住みついてからずっと、危険の方向を指すだけだったこいつが、初めて俺の選択そのものに「否」を返してきた。
「……喋れたのか、お前」
答える余裕は、向こうにもないらしい。ただ、崩れかける俺を内側から必死に押し留めようとしているのだけは、伝わってきた。心配されている。舌打ちする居候に。
だが、止まるわけにはいかなかった。
「分かってる。……分かってるよ」
軋む体を、意志で押さえつける。最強適応のときと違うのは、これが借り物の強さじゃないことだ。あのときは、都合よく差し出された器に飛びついて、勝手に裂けた。今度は違う。崩れるところまで込みで、自分で選んだ。
「これで次の俺に残るなら、それでいい」
たとえここで崩れても、化け物になる素地は継承される。次の俺は、もう少し先まで行ける。耐えるだけでも、最強にすがるだけでもない道を、確かに一歩進める。それだけで、この崩れかけには意味がある。
欠片が、ぐっと黙り込んだ。反対はしている。それでも、止めるのをやめて、崩れかける俺を支える側に回ったのが分かった。呆れたように、けれど確かに、俺の無茶に付き合う方へ。
【共生:同調深化】
崩壊の一歩手前で、体が、ぎりぎり踏みとどまった。
裂けなかった。最強適応では越えられなかった線の、すれすれ内側で、俺はまだ「俺」の形を保っている。荒い呼吸のようなものを繰り返しながら、俺は自分の輪郭を確かめた。
そこで、気づいた。
輪郭の一部に、これまでにない感触の膜が生じている。柔らかいだけだった俺の縁に、ざらりと硬い、鎧のような手触りの部分ができていた。押しても、簡単には凹まない。白毒の濃さに、少しだけ耐える。
黒い枝だ、と直感した。あの得体の知れない異物感が、化け物ルートの強化に合わせて、初めて目に見える形になった。何のための膜なのか、これが最後にどうなるのかは、相変わらず何も分からない。だが、無駄な異物じゃなかったことだけは、また一つ、証明された。
その硬い縁で、俺は薄い流れの光を、そっと囲った。
前よりも、力が入る。濃い筋が近づいても、硬くなった縁で受け止められる。光を押しやって逃がすだけだった俺が、今は、光の周りに留まって壁になれる。守れる時間が、確かに延びた。
小さな光は、逃げなかった。俺の硬い縁の内側で、離れずに揺れている。まるで、ここが安全だと分かっているみたいに。押し出される対象でしかなかった光が、初めて、自分から俺のそばに留まっていた。
「……上等な化け物じゃないか」
崩れかけて、それでも守れる形になった。名前のとおりの何かになりかけているのかもしれない。だが、悪い気はしなかった。
そのときだった。
強くなった感覚が、遠くの流れの変化を捉えた。濃い白の奥、これまで壁のように立ちはだかっていた濁りの一角が、ゆっくりと裂けるように開いていく。その奥から、重く、古い圧が流れ出してくる。
【外部環境に変化を検出】
覚えのある圧だった。古き王。あの気配の、本拠地へ続く流れが、今、開いた。
欠片が、警戒するように張り詰めた。強くなった俺を、あの領域が呼んでいるのか。それとも、化け物になりかけた俺を、ようやく「喰う価値のある獲物」と認めたのか。どちらにしても、逃げるだけの俺は、もう終わりだ。
硬くなった縁の内側で、光が小さく揺れる。それを確かめて、俺は開いた流れの奥を見据えた。次に待っているものが何であれ、今度は、こちらから踏み込む番だった。
第13話は、宣言を「実行」に変える回でした。化け物ルートは確かに主人公を強くしますが、その分だけ体は崩れかけます。最強適応で死んだあの感触の中、欠片が初めて言葉になりかけた声で「それは自殺だ」と止めにかかる――住みついた居候が、ただの警報から相棒になる瞬間です。それでも主人公は「次の俺に残るなら、それでいい」と押し通し、崩壊のすれすれで、黒い枝由来の硬い縁を手に入れます。押し出すだけだった光を、今度は囲って守れる形に。そして光は、初めて自分から主人公のそばに留まりました。次話、開いた流れの奥――古き王の領域へ、今度はこちらから踏み込みます。ご期待ください。




