【9】反省しない人たち
王都にある貴族専用の監獄では、悪人たちが疑心暗鬼に陥っていた。
「なぜだ。なぜ裏帳簿がバレた?」
会計士が裏切ったのだろうか。いや、それは考えにくい。私がつかまってあやつだけが無事でいられるはずがないから、裏切ることはないだろう。
誰だ。なぜだ。裏金作りは完璧だった。
高位貴族で、神殿長。高潔と評判の高いこの私を疑う者などいるはずがなかったのに。
「まさか、あの聖女か? いや、まさかな」
孤児でクソがつくほど真面目な子娘。命じれば疑うこともなく、いやがるそぶりも見せず、朝早くから夜遅くまで働いていた。
便利な家畜として飼っていたが、貴族の聖女現れたから用無しになった。
魔力を搾り取ってタダ働きをさせ続ければよかろうとも思ったが、エリオット王子と新聖女セレーナが存在ごと消したいと一歩も引かなかったのでな。
しかし、処刑台から消えたと聞いたときは驚いた。今、どこにいるのであろうか。
***
「くっ、これでも開かぬか」
密度の高い魔力をぶっぱなしても、監獄の扉はびくともしない。
「おかしい。監獄がここまで堅牢とは聞いていない。魔法陣の隙をつこうにも、魔法陣を見ることさえできないとは。監獄を強化したのは相当な手練れなのかもしれない」
そのような者、この国にいるだろうか。優秀な者は配下に引き入れるか、潰した。
魔力量がこのワシに匹敵するのは、アトラス第二王子であろうが。彼には高度な魔道の知識はないはず。
王妃と結託し、目障りなアトラス王子とその母である第二夫人の力を削いできた。
アトラス王子の魔王討伐には、わざと少ない戦力になるよう手を回した。相打ちになってくれることを願っていたのだが、まさかアトラス王子が勝つとは予想外であった。
面倒な、魔王と共に逝ってくれればよかったのにと歯噛みしたものよ。
ところが、魔王の魔力をアトラス王子が吸収したのだ。最高の魔力貯蔵庫がワシの手に入った。
アトラス王子の魔力を使えば、いずれワシがこの国の王になることも可能。
陛下にじわじわと呪いをかけ、その時に備えた。
この国で最も優秀なワシこそが、国王になるべきではないか。
あと一歩であったのに。一体誰なのだ。ワシの計画を邪魔したのは。
***
「どうして、どうしてなの? あなた、エリオット、助けて」
泣いても叫んでも、誰も来ない。
「わたくしは悪くないわ。ええ、なにひとつ。あんな平民聖女を愛したあなたが悪いのよ」
王太子が平民聖女に恋をするなんて、許されないのよ。将来の王妃はわたくしこそがふさわしい。
あらゆる力を使って第一夫人の座を得た。いまいましいことに、平民聖女は第二夫人におさまった。しかも、妊娠時期までほとんど同じ。
いえ、あの女の方がわずかに早かったわ。
絶対に先に産まなければ。無理に陣痛を起こし、死に物狂いでエリオットを産み落としたのよ。純粋な青い血を持つ、れっきとした第一王子。この国の王となる私の息子。
アトラス、あの汚れた血をもつ子ども。幾度となく亡き者にしてやろうとしたのに、毎回失敗に終わった。腹立たしい。
仕方がないので、先に第二夫人に消えてもらったわ。母を失って悲しむアトラスを見ると、世界が光り輝いたわ。
悲嘆にくれる夫がわたくしに向ける疑いの目は、わたくしの喜びをわずかに曇らせた。
でも大丈夫、証拠なんてなにも残してなくてよ。バカなあなた。
わたくしを一番に、いえ、わたくしだけを愛さなかったあなたが悪いのよ。
平民の女と同列に扱われるなんて、わたくしの誇りが許さない。
亡くなってなお、あの女を忘れないあなたを許さない。
魔道研究所から持ち込まれた呪いの水を、毎日あなたに飲ませてあげたわ。
あなたが悪いの。ええ、あなたが悪いのよ。
***
「父上、誤解です。誰か、誰かおらぬのか」
何が何だか分からぬ。セレーナと庭園を散歩していたら、突然捕らえられた。父の命令だと言われた。
聖女マリエラを冤罪で処刑しようとした罪だとも。解せぬ。マリエラなど、ただの孤児。生かすも殺すも、王子である僕の自由ではないか。
そもそも、孤児を婚約者にしたことが間違いなのだ。聖女は王族と婚姻するなど、無意味な決まり事。時代に即していない。マリエラの顔が多少整っていたところで、それがなんだ。悪い血を持つ女と、子を成すことなどできない。
そんな不満を持っていたとき、セレーナと出会った。貴族であるセレーナが聖女の力を使えるようになったのだ。であれば、僕の婚約者はセレーナであるべき。それが正しい道。
マリエラは平民から人気があったので、ただ婚約解消するのでは、僕の評判に傷がつく。だから、マリエラをニセ聖女として糾弾し、処刑することにした。神殿長から、マリエラが寄付金の横領をしていることも知らされたしな。
横領犯など、僕の婚約者であっていいわけがない。
それがなぜか、処刑台でマリエラが魔女の力を使い、逃げてしまった。手の者に探させたが、見つからない。焦り始めたところで、突然逮捕された。
くっ、マリエラめ。いや、しかしこうなってしまった以上、マリエラを使うしかないか。
なに、甘い言葉でもささやけば、僕の潔白を証明してくれるだろう。
マリエラ、早く来い。僕を助けに来い。
***
「どういうこと」
靴を壁に投げても、喉が枯れるほど叫んでも、誰も助けに来ない。
「わたくしは新聖女よ。尊い貴族の血を持つ聖女よ。よくもこのような場所に。許せないわ」
それにしても、どうして露見したのかしら。捕らえられるとき、ニセ聖女と呼ばれたわ。
まさか、従兄の魔導士が吐いたのかしら。
あの、バカ従兄。アトラス王子の魔力を魔石に貯めて、聖女の力を再現したように見える魔道具を使えば、聖女になり切れると言ったではないの。
「あの魔道具、役に立たなかったわ。礼拝堂からはじかれたもの」
中にある女神像に認められた人しか入れないという礼拝堂。わたくしが入ろうとしたら、バチッと音がして拒否された。あれ以来、神殿の者たちがわたくしをおかしな目で見るようになったわ。
なんなの。礼拝堂なんて、入れなくてもちっとも困らないわ。聖水なんて、泉の水を瓶に詰めればいいじゃない。魔石はアトラス王子の魔力を貯めればいいんだし。問題ないわよ。
「マリエラなんて、あんな孤児。ああ、こんなことなら、生かさず殺さず、軟禁してこき使えばよかったわ。そうすれば、あの女の魔力も使えるし、礼拝堂はあの女に開けさせればよかったし」
目ざわりだから消してしまおうと思ったあの時の判断が間違っていた。
平民は、死なない程度に使えばいいという、父の教えを守らなかったからだわ。
「ああ、神よ。処刑の前日まで時をお戻しくださいませ」
生まれて初めて、心から祈った。きっと、祈りは聞き届けられる。だって、わたくしは清い血を持つ貴族ですもの。




