【6】ブラック魔導研究所をホワイト化していいねをもらいたい
アトラスから、いいねがもらえそうなブラック職場を教えてもらった。
魔導研究所だ。なんとなく分かる。経理と並んでワンオペブラック度が高いのってIT系じゃないですか。魔導研究所ってITっぽいよね。月月火水木金金、死のロードって言ってそうな部署。
神ペンで改善して、いいねを稼げるといいな。
今日の私は白髪と白ヒゲの老仙人に化けている。若造だと話を聞いてもらえないと思ったからだ。
アトラスと一緒に足を踏み入れた魔導研究所は、死屍累々という言葉が似あう職場だった。
明らかに寝てない、休んでない、家に帰ってない魔導士たちが鬼気迫る表情で働いている。なんだろう、毎日が決算日って雰囲気。か、かわいそう。
「ア、アトラス殿下。どうなさいました? 塔から出て大丈夫なのですか?」
ひとりの魔導士が近づいてきた。
「ああ、実はな。この賢者に魔力の流れを整えてもらったのだ」
アトラスが老賢者に化けてる私を紹介してくれる。私はなるべく賢人に見えるよう、ガンダルフ的仕草でふぉっふぉっふぉと笑った。
「賢者が魔導研究所に興味をお持ちなのでな。今日一日見学させてもらう。我々の存在が邪魔にならないよう、存在感を限りなく薄くしておく。俺たちが来たことは忘れるように」
「は、はいっ」
アトラスが王子パワーを使って、一日見学をねじこんでくれた。
ちゃんと現場の問題を見ないとね。場当たり的な改善でお茶を濁してもいいんだけど、それだと真のいいねはもらえないじゃない。
認識阻害ベールをかぶり、こっそりと観察する。
ひとりの魔導士が入ってきた途端、全魔導士が起立する。空気がピーンと張り詰めた。
「所長だ」
アトラスが小声で教えてくれる。なるほど、恐怖政治を敷いている系のトップなのね。ブラック職場にありがち。
所長が窓際の一段高い演題に立って、滔々と訓戒を垂れ流し始めた。
「最近の若い者はたるんでいる。ワシの若い頃は魔力を枯渇寸前まで使い、国に尽くしてきた」
うわっ、典型的な俺の若い頃は上司じゃないの。これが、話によく聞く昭和系。
ぞぞぞーっと全身の鳥肌が立つ。
「魔力に貴賤はない、それは確かである。が、しかし、実績を出しているのは高位貴族出身の魔導士ばかり。下級貴族とごくわずかお試しで入れている平民魔導士たちは、より一層職務に励むように」
顔色のよい魔導士たちが反り返り、青白くヨレヨレの魔導士たちがうつむく。
ひどすぎる。これ搾取構造じゃん。上にいいように使われて、手柄だけ横取りされてる現場の魔導士たちじゃん。このうつむいているボロボロの魔導士たち、前世の私と一緒。
こき使われていたワンオペ経理時代を思い出したら、鼻の奥がツーンとする。ヒゲが濡れないよう、ハンカチで目と鼻を抑えた。アトラスがそっと背中に手を当ててくれる。
所長とゆかいな仲間たちを見て、これは組織構造を変えないとダメだと分かった。小手先の改善をしたら、下っ端がもっとこき使われる羽目になるかもしれない。
私は神ペンをそっと取り出し、所長とお仲間たちの額に追跡タグ顔マークを描いた。これで、この人たちの不正の証拠をつかめるといいんだけど。
研究所の天井に防犯カメラ替わりの顔マークも書いておく。魔力がごっそり抜けていって、羽根ペンのチャージが減ってしまった。少しよろめくと、アトラスが後ろから抱きしめてくれる。
「無理をしないで」
こ、これは、マンガでよく見るバックハグ。は、はわー。
「今日のところはもう帰ろう」
アトラスが私を姫抱っこしてくれた。は、はうう。こんな夢展開、望んで、望んで、もちろん望んでたー。
『条件キュンキュンキュン死が達成されました。推しからの姫抱っこで、チャージが爆速になります。これ以上チャージが貯められません。おすそ分けしますか?』
「はい。現場でこき使われている人たちにおすそ分け」
羽根ペンからハートが飛び散り、酷使されてる魔導士たちに降り注いだ。
それに気づく様子もなく、所長と仲間たちは部屋を出て行く。残された魔導士たちは顔を見合わせ、ささやいた。
「なあ、急に体が軽くなった気がするけど」
「オレも。頭痛と肩こりと腰痛が消えた」
「魔力が戻った」
「す、すげー、なんだこれ」
みんな、応急処置じゃなくって、根本的な改善方法をみつけるからね。待っててね。
アトラスに姫抱っこされたまま、社畜ナカーマにエールを送る。
塔に戻ってからも、アトラスが心配して離してくれない。
「あの、おかげさまで魔力も羽根ペンのチャージも満杯です。もう降ろしていただいても大丈夫です」
「本当か? マリエラの魔力が急速に枯渇するのを感じた。君を失ってしまうのではないかと恐ろしかった。お願いだ、俺の魔力をいくらでも使ってくれていいから、気をつけてほしい」
アトラスに懇願されて胸が熱くなった。推しに心配されるなんて、役得すぎる。
こみあげるニマニマを抑えながら魔導研究所を監視していると、私とアトラスの笑顔が凍るできごとを目撃してしまった。
「父上に会わなくてはならない。君も一緒に行ってくれるか、マリエラ」
「はい」
エリオット王子と婚約していたときでさえ会ったことのない国王陛下にお目通りすることになってしまった。大変だ。




