【5】初めての共同作業は神殿の監査
今日の私は、男装してアトラスの秘書ということになっている。神ペンで、赤髪と金色の目を茶色に替えた。これならバレないだろう。
私とアトラスの上には神ペンで認識阻害ベールをかけたので、塔からの出入りは誰にも見られていないはず。神殿についてから、ベールの機能はオフにした。なんて便利。
神殿を訪れた私とアトラスは応接室に案内された。突然の第二王子の訪問に、神殿が大騒ぎになっているのが見てとれる。
神殿に入ると、ここでのワンオペ聖女生活を思い出した。
朝日と共に起き、自分の部屋を掃除し、魔石に力を込める。
自分の部屋が終わったら、次は礼拝堂を清める。ホコリを払い、床を掃き、モップで水拭き。女神像を乾いた布で磨く。大きな羽を広げた女神像は複雑な形をしていて、少しでも掃除をさぼるとすぐホコリがたまる。聖杯の水と魔石を新しいものに替えれば終了。
その後、パンと果物と水の朝ごはん。
朝食を終えたら、聖杯に入っていた聖水をガラス瓶に詰め、魔石に力を込める。
神殿に来た人たちの病や傷を癒し、孤児院の子どもたちの世話、養老院や救護院にも出向く。
へとへとになった頃にパンとスープの昼食。たまに卵がつくこともある。
午後は寄付金を帳簿につけ、金庫に入れる。寄付者へのお礼状、貴族への手紙などをしたためる。
大口の寄付者から依頼があれば、悩み相談を受けたり、特別な癒しをかけたりすることもある。
夜ごはんはパンとスープ。たまにチーズが出る。
その後は待望の自由時間だけど、疲れ切っているので部屋に戻ったらすぐに寝てしまうことが多かった。
聖女生活、ブラック過ぎ。ワンオペ経理時代が天国に思えるありさまだ。あ、涙出てきた。
「大丈夫?」
ソファーに座っているアトラスが、壁際で控えている私を振り返り聞いてくれる。なぜ私が動揺していることが分かったのだろう。心配そうな顔が尊すぎて、涙は引っ込んだ。
「大丈夫です」
アトラスが口を開きかけたとき、神殿長が入ってきた。
いつもは厳格で近寄りがたいオーラが漂っている神殿長が、すごく低姿勢で愛想笑いを顔面に張り付けている。こんな神殿長、見たことない。
そっかー、孤児院出身の聖女は限界までこき使うけど、王族にはペコペコするんだ。
どこの世界も一緒だな。
納得してたら、ふたりの会話が始まっていた。ちゃんと聞かなきゃ。
「殿下は魔王との戦いで負傷され、療養中と伺っておりましたので、驚きました」
「神への祈りが届いたようだ。感謝の気持ちとして、神殿に寄付をしたい。受け取ってくれ」
アトラスに合図されたので、金貨が入った袋をテーブルの上に置く。
神殿長の笑顔と手もみが商人並みになってきた。もし私がワンオペ経理前世を思い出していなかったら、神殿長の態度にビックリ仰天していただろう。神殿長を高潔で正しい人だと信じていたから。
でも、前世で色んな大人の闇を見てきた私は、まあこんなもんだよねと感じている。権力を持ってる人が、高潔であり続けるのって難しいと思うから。誘惑が多いからね。そもそも、こういう世界で上に立てる人は、清廉潔白とは対極のタイプかもしれない。
純粋無垢で騙されやすいマリエラはもういないんだ。前世を思い出せてよかった。
アトラスが神殿長と談笑している間に、私はこっそり袋の中の金貨とちゃんとつながっているか確認する。
うん、大丈夫。どの金貨も把握できる。神ペンで金貨それぞれに追跡タグをつけたのだ。前世の紛失防止タグを参考にして、金貨に神ペンで顔絵文字をつけておいた。私にしか見えない仕様にしたので、バレない。
ふっふっふ、さて横領犯は誰かなー。
神殿から塔に戻る途中で、屋台に寄ってきた。
屋台で買ってきたホカホカごはんを並べ、塔の中で早速実況中継。
私が金貨を通して見聞きしたものを、スマートグラスを使って塔の壁に映す。
「わー、神殿長のアップ、見たくなーい」
「確かに」
目を細めると、神殿長のアップがいい感じにぼやけた。
神殿長が金貨を一枚一枚、真剣な目で観察し、秤にかけて重さを調べている。
<ほう、素晴らしい。高純度の金貨。さすが王族と言ったところか>
「ちょっと今の、不敬じゃないですか? アトラス様的にはどうですか?」
「まあ、後ろ盾の弱い第二王子だからね。面と向かって言われない限り、なんとも思わないが」
「そうなんですね」
なんて、人間ができた方なのかしら。顔だけでなく、内面まで美しいなんて。さすが私の推し。じーんと喜びをかみしめていると、神殿長が動いた。机に積み重なった金貨を半分取って壁際の本棚まで行く。
本棚の分厚い本を一冊引っ張ると、本棚が動いた。本棚の後ろに隠されていた小部屋に、神殿長が入っていく。
「す、すごい。高そうな壺に絵、金貨もいっぱい」
「なんと、呆れたな」
神殿長は持って来た金貨を無造作に置く。手慣れた様子から、今まで常習的に行ってきたことが感じられた。
神殿長は金貨の隣にある分厚い帳簿を手に取った。ペンで日付、アトラス王子、金貨の枚数をかき込む。
「裏帳簿ー」
「証拠があっさりと見つかった。さすがマリエラ」
「いいえ、アトラス様の案があったから、私が思いつけただけです」
「では、ふたりの手柄ということにしよう」
「はい」
私たちの初めての共同作業は大成功。やったね。




