【3】推しの部屋を劇的ビフォーアフター
鼻血をごまかしながら、視線をさまよわせていると、一見豪華な部屋が、住み心地が悪そうなことに気がついた。
家具は高価そうだけど、なんというかぬくもりが足りないような。寒々しい感じ。もっと、推しにふさわしい部屋があるはずだ。
「あ、あの。お部屋を整えてもいいですか?」
「整える、とは?」
「まず、そうですねえ。あ、分かりました。窓、窓があんな上の方にひとつだけなのはあり得ません」
天井近くに小さな窓があるけど、窓というか通風孔の方が近い。猫ぐらいしか出入りできなさそうだし、鉄格子までついてる。
外も見れない、新鮮な空気の入れ替えもままならない、夜空も見れない。QOLが低すぎる。
『ワールド・エディター、窓とバルコニー』
なんということでしょう。優雅で機能性もバッチリの窓とバルコニーが四方にできあがりました。
「な、これは。すごい」
「まだまだですわ」
アトラスの驚く顔がもっと見たくて、せっせと張り切る。
「床にはフカフカのカーペット。木の床では足元が冷えますものね」
汚れ防止と抗菌機能もこっそり付与しておいた。
天蓋つきのゴージャスなベッドは、なんだかホコリっぽい。きっと、掃除の人もあんまり来ないんじゃないかな。窓を開けたら、自動でホコリを外に排出する魔法陣を部屋全体にかける。それっぽい魔法陣を念じながら描いたら、完成した。さすが、神ペン。
アトラスにふさわしいものを、どんどん増やしていく。
これは贅沢ではない。必要経費だ。アトラスが垂れ流している魔力を金額換算すれば、経費率は限りなく低い。
壁に絵を飾り、ソファーを配置したところで、立ちくらみが起きた。
アトラスが支えてくれる。全身が熱くなる。推しと密着ハプニングをしてしまった。
「大丈夫?」
「大丈夫です。きっと魔力切れです」
羽根ペンをじっと見る。アトラスからの送魔網が羽根ペンにもついているので、順調に魔力が送られているのが分かる。
「あら、魔力切れではないようですね。なにかしら」
ピコン、羽根ペンから吹き出しが出てきた。
『警告:インク残量が不足しています。百いいねでチャージができます』
「百いいねでチャージができるですってー?」
「いいねってなんだい」
「感謝されることですわ」
「ほう。試してみよう」
アトラスが私の両手を取る。
「マリエラ。俺の魔力暴走を防いでくれてありがとう。この部屋を居心地よくしてくれて感謝している」
ヒュンヒュンとアトラスからハートが飛んできて、羽根ペンに吸い込まれた。
『いいねは一日当たりひとり十個が上限です』ピコンと表示される。
「いいねは一日当たり、ひとり十個だそうです」
「俺のいいねだけでは足りないのか」
アトラスがなんだか落ち込んでいる。か、かわいい。いや、そんな感激している場合ではない。考えなきゃ。推しを元気づけるのがファンの務め。
「ひらめきました。私、外に出て人助けをしてきます」
「処刑場から逃げてきたのだろう? 追っ手がかけられていると思うが」
「あ、忘れてました。そうですね」
推しに会えてすっかり浮かれて、処刑場でのことが記憶のかなたに行っていた。
「せっかく窓ができたのだ。試してみよう」
アトラスが棚からパンを持って来る。
「これを窓枠に置いてみるのはどうだろう」
「鳥が食べにくるかもしれませんんわね。鳥からいいねがもらえるかしら」
パンを細かいかけらにし、窓枠に置く。息をひそめて待つと、小鳥がやってきた。サッとかけらをくわえて飛び去る。
チャリンといいねがひとつ入った。その後は、もう鳥はこなかった。
「朗報! 鳥でもいいねがひとつもらえます」
「微々たるものだが、ないよりはましか」
アトラスが肩をすくめて、窓枠に手をつく。風が、彼の髪を揺らした。
絵になる。いいわあ、なにしても様になっちゃう。ああ、スマホがあったら激写するのに。
アトラスが振り返って、少し微笑む。
「もう今日はいいね稼ぎは諦めない? 間もなく日が沈む。何かつまみながら、君のことを話してくれないだろうか」
「喜んで」
私の話はどうでもいいけど、アトラスのことは根掘り葉掘り聞きたい。前世で読んでいたマンガの設定が、この世界でどう反映されてるのかも知りたい。
ふたりでソファーに座る。アトラスがワイングラスを渡してくれた。異世界だから、未成年でもワインを飲んでいいみたい。
チーズとクラッカーも置いてあるけど、推しの前で咀嚼するなんて、考えただけで吐きそうだから、手はつけない。チビチビとワインを飲む。
「それで、マリエラは確か平民出身の聖女だったかな?」
「はい、そうです。孤児院で暮らしていたら、聖女の力が出ました。聖女として神殿で働いていたらなぜかエリオット王子と婚約することになりました。でも男爵家のセレーナ様にも聖女の力があることが分かって、エリオット様はセレーナ様に乗り換えたみたいです」
「そういうことか。元平民のマリエラより貴族のセレーナを選ぶという判断は、王族ならあり得るとは思う。しかし、なにも処刑する必要はなかろうに」
「ですよね。ひどい話です」
マンガ読んでときは、うんうん、よくある主人公の設定だよねって流してた。
アトラスのことも、孤高の王子って素敵、キャって萌えてた。
実際に目の当たりにすると、ひどすぎる。喜んで萌えてた自分が能天気でイヤすぎる。
「ごめんなさい」
思わず謝ってしまった。
「ごめんなさい」
謝ったところでアトラスは救えないんだけど。
「ごめんなさい。アトラス様の置かれている状況を、必ず改善します」
私にできることをしなければならない。
「君が謝る必要はまったくない。それに、君はもうとっくに俺を救ってくれた」
「いいえ。これではまだ足りません」
アトラスを、他の不幸な誰かも、助けなければ。
それが、神ペンをもらった私の務めだと思うから。




