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電災都市  作者: あるふぁ
第五章『補給線』
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『補給線』-18

今回は『補給線』編の大詰めともなる部分なので、少し長めになっています

「おーい! そっちのフォークリフト、動くか?」


「こっちは駄目だ! 穴だらけにされてる!」


「鍵は見つかったか?」


「まだだ! 誰か物流事務所の方を漁ってこい!」


 ——戦闘が終わっても、プラントは静かにならなかった。

 構内をハンターたちが忙しなく行き交い、むしろ、別の意味で騒がしくなっている。


 倒壊しかけた設備の隙間を抜け、物流搬出口を横切り、使えそうな機材を片っ端から探していく。

 照明器具や車両の部品が散乱し、ところどころにマンティスの攻撃によって抉られたコンクリートの破片まで転がっていた。


 ——なかでも、フォークリフトの確保は急務だ。

 缶詰のケースは、一箱だけなら人間の腕でも運べる。


 ——だが、それが数百、数千となれば話は別だ。

 トラックの荷台を満たすだけの物資を、すべて人力で積み込むなど現実的ではない。


「こいつ……エンジンは生きてるぞ!」


「バッテリーは?」


「まだ確認してねぇ!」


「だったら確認してくれ! 使えるなら整備するぞ!」

 戦闘の熱が冷める暇などなかった。


 ——ほんのつい数時間前まで、ここは銃弾と爆炎が飛び交う戦場だった。


 それが今では、壊れた機械を前に工具を振るい、物流施設を漁り、使える車両を探す人間たちの仕事場へ戻りつつある。


 

 だが、戦場の臭いだけは、いまだ色濃く残っていた。


 焼け焦げた油や溶けたゴム。

 破裂したバッテリーから漏れ出した薬品臭が鼻を衝く。


 鼻の奥にこびりつくそれらの臭気は、昨夜ここで何があったのかを忘れさせてはくれない。


 

 ——やがて太陽が昇る。


 夏の朝日は、決して容赦がなかった。

 夜の間に冷えたはずのアスファルトは、早くも熱を蓄え始めている。


 空だけを見れば、拍子抜けするほど青かった。

 雲ひとつない。


 つい数時間前まで、人間が五人も死に、数え切れないほどの人間が傷つき、四メートルを超える鋼鉄の怪物が暴れ回っていた場所とは思えないほど……空は澄み切っていた。


 ——だからこそ、妙に腹立たしい。


 人間が何人死のうが知ったことではない。


 そんな顔をして、世界は朝を迎えている。


 昨日までと何ひとつ変わらない顔で、世界だけが先へ進んでいく。

 その無関心さが、妙に腹立たしかった。


 それでも、遠征隊は手を止めるわけにはいかない。


 B級レヴュラと殺し合うために、こんな焼津くんだりまでやって来たわけではないのだ。


 戦闘は予定外で、本来の目的は、もっと現実的で、もっと切実なもの。


 それは——食料の確保。


 おとひめフーズのプラント内部には、電災以前に生産され、出荷されることなく眠っていた缶詰が大量に残されている。


 ツナ缶をはじめとする魚介類や、焼き鳥や牛肉などの肉類。

 その他にも、缶詰食品やレトルトパックされた食品が、倉庫の奥にまだ相当数残っている。


 電災から三年以上。


 いまや、それらは金を払えば買える商品ではなくなった。

 電災によって生産設備が失われ、物流網が崩壊し、残された在庫は各地のクオムや居住地が奪い合うようにして消費している。


 数年先まで腐らない缶詰は、大きな価値ある品物となっていた。


 なかでもツナ缶は別格と言える。


 新宿クオムで普及している大衆食——ツナバーガー。

 その主要な材料となるのが、文字通りツナ缶である。


 食料価格が暴騰した世界で、数少ないまともなタンパク源。

 新宿クオムという巨大な居住地を維持するための、重要な食料資源だ。


 誰だって、名前を口にすることすら憚られるような代用品のタンパク食を食いたくはない。


 だから真たちはここまで来たのだ。



 ——そして、蓋を開けてみれば。

 缶詰が眠るプラントは、レヴュラの巣となっており、その奥に待ち構えていたのは……B級レヴュラ——マンティス。


 結果として、多くの重軽傷者を出し、五人が命を落とした。


 昨夜、あの場所で戦った者たちは知っている。

 あと一歩、ほんの少し歯車が噛み合わなければ、死者の数は五人で済まなかっただろう。

 だからこそ、絶対に手ぶらで帰るわけにはいかない。


 

「積めるだけ積め! 食えるもんを置いていくな!」

 誰かの声が飛んでいる。


 汗に濡れた腕で次々と運び出される段ボールを抱え、トラックの荷台へ押し込む。

 そして、フォークリフトが動き始めれば、作業の速度は目に見えて上がっていった。


 ——これだけの犠牲を払ったのだ。


 せめて、持って帰れるものは全部持って帰る。

 それが、生き残った者たちにできることだった。


 プラントの物流搬出口へ横付けされている三号車と四号車。

 どちらも最大積載量が12トン級の大型トラックだ。


 二台へ次々と運び込まれていく段ボール箱の側面には、電災以前から見慣れた商品名が印刷されていた。


 『おとひめツナミール』


 かつてなら、コンビニエンスストアの棚にも、スーパーマーケットの特売ワゴンにも並んでいた、ごくありふれた缶詰。


 だが今は違う。


 明日の飯すら保証されない今の世の中では、生きるために何の役にも立たないダイヤモンドより、缶詰のケースの方が喜ばれるほどだ。


 

 フォークリフトの油圧で爪が持ち上がり、パレットを抱え上げる。

 積み上げられた段ボールが、ゆっくりと地面を離れた。


 運転手は周囲の人間を確認しながら慎重に車体を切り返し、トラックの荷台へパレットを送り込んでいく。


 戦闘中には銃を握っていた手が、今はフォークリフトの誘導や段ボールの積み込みに追われていた。


 ——同じ人間の手なのに、やっていることはまるで違う。

 それでも、どちらも生きるために必要な仕事だ。


「なぁ! 焼き鳥缶も積んで帰るんだよな?」

 荷台へケースを運び込んでいた相川が、声を張った。


「当たり前だろ!」


 三号車の運転席から答えたのは、相川と同じクロウズ隊の二階堂だった。


 運転席の窓から顔を出し、荷台へ積み込まれていくケースを眺める。


「ツナばっかりじゃ、クオムの連中だって飽きんだろ?」


「よっしゃ!」

 相川の顔が、露骨なほど明るくなる。


「俺、おとひめの焼き鳥缶、好きなんだよ!」


「お前、自分が食いたいだけだろ」


「細かいこと言うなよ」


「細かくねぇよ」


 二階堂が呆れたように笑った。


 そのやり取りを耳にした周囲からも、小さな笑いが起こる。


 ほんの数時間前まで、ここは死体と薬莢と破壊された機械が転がる戦場だった。

 誰もが、次の瞬間には自分が死ぬかもしれないと思いながら銃を握っていた場所。


 そこへようやく、人間らしい会話が戻り始めていた。


 マンティスという巨大な脅威が消えたことで、隊員たちの身体から張り詰めていた糸が、少しずつ緩んでいる。


 

 笑える者は笑い、冗談を言える者は冗談を言う。

 

 そうでもしなければ、まともな精神状態を保てないのが、今の世の中だ。


 


 ——もちろん、誰も死んでいった者を忘れたわけではない。

 物流搬出口から少し離れた場所では、すでに遺体がブルーシートに包まれ、並べられている。


 歓声を上げる者がいる一方で、仲間の遺体の前から動けずにいる者もいた。


 デスペラード隊、太田の遺体の前では、同じ隊の男たちが黙ったまま立ち尽くしている。


 誰も大声では泣かなかった。

 ただ、そこから離れようともしない。


 ——勝利と喪失。

 そのふたつが、同じ朝の構内に並んでいた。


 だが、それでも作業は止まらない。

 新宿クオムには、今日も腹を空かせ、遠征隊の帰りを心待ちにしている者たちが大勢いる。


 生きている人間の腹を満たすことを後回しにして、死者を悼むことは、この世界では許されない。


「おい、次のケース来たぞ!」

「よし、そっちは四号車へ回せ!」


 フォークリフトが向きを変え、パレットに積まれたケースが、再び荷台へ運ばれていく。


 陽の光が、段ボールの角を白く照らしていた。

 その向こうでは、マンティスとの戦闘によって黒く焦げた建物が、まだ煙を燻らせている。


 薬莢も、砕けた装甲片も、吹き飛ばされたガラスも、そのままだ。

 ——血の跡も消えてはいない。


 それでも人間たちは、その脇を通り抜けて缶詰を運ぶ。

 戦場だった場所が、少しずつ物流拠点へ戻っていく。


 それは、電災以降の人間たちにとって、決して珍しい光景ではなかった。


 使える機械を探し、食えるものを集める。

 昨日まで当たり前だった世界が失われても、人間は生活というものを手放さなかった。


 死者を悼みながら、生きている者のために働く。

 壊れたものを拾い集め、使えるものは修理する。

 残された食料を、ひとつでも多く持ち帰る。


 それだけは、電災から三年余りの月日が過ぎても、なにひとつ変わらなかった。


 ——今日を生きるために。



 

 ——そんな喧噪から少し離れた場所。

 山本をはじめとするアイアンウルフ隊の面々。

 真とアリス、そしてプリムローズ隊のメンバーが、マンティスの残骸を取り囲んでいた。


 つい数時間前まで、あれほど執拗に人間を追い回していた鋼の巨躯は、いまやアスファルトの上で完全に沈黙している。


 装甲がいたるところで裂け、焼け焦げた内部構造が剥き出しになっていた。


 引き千切られた油圧装置からは黒ずんだ作動油が滲み出し、溶けた被覆材が細い黒糸のように垂れ下がっている。


 

 二発の対装甲兵器を叩き込まれた左前脚付近に至っては、もはや脚だった頃の面影すらない。

 装甲板が内側からめくれ上がり、駆動部は原形を失っていた。


 周囲には、爆発で吹き飛ばされたボルトや金属片が散乱し、焼けた電子部品の破片がアスファルトの上へばら撒かれている。


 

 それでも……その残骸には、妙な威圧感が残っていた。

 四メートル級の巨体そのものが、そこにあるだけで人間を圧倒する。


 そして、その傍らには、人間を恐怖に陥れた巨大な鎌が転がっていた。

 


「見ろ。この鎌……まだ血がこびりついてる」

 岸上がしゃがみ込み、手袋を嵌めた指先で刃の表面を示した。


 焼け焦げた金属の隙間に、黒ずんだ赤色がこびりついている。


 ——血液だけではない。


 肉片なのか、衣服の繊維なのか判然としないものまで、金属の傷へ食い込むように残されていた。

 ——おそらく、青木たちのものだろう。


 マンティスに襲われた人間が、最後に見たもの。

 そう考えてしまうと、目の前の巨大な金属片は、単なる兵器の残骸には見えなくなってくる。


 

「……思ったより、切れ味は良くなさそうだね」

 アリスが鎌の刃を覗き込む。


 真も腰を屈め、その形状を改めて確認した。


 ——確かに妙だ。


 刃物として見るなら、あまりにも鈍い。


 人間の首を落とすような鋭利な刃先があるわけでもない。


 刃物というより、重量物を破壊するための工具。

 そんな印象の方が近い。


「なんのために、こんな形にしたんだろう?」


 アリスの問いに、真はすぐには答えられなかった。


 実際、この鎌によって青木たちは殺されている。


 人間の身体など、あれだけ巨大な質量と機械的な出力を持つ腕で叩きつけられれば、それだけで十分に破壊できる。

 刃の切れ味など、二次的な問題なのかもしれない。


 

 それでも、腑に落ちなかった。

 人類を排除するためだけに造られた戦闘機械なら、もっと合理的な武器はいくらでもある。


「こんなものを二本も積むくらいなら、機銃でも増設した方がいいだろ」

 真が呟く。


 マンティスの固定武装は、前方に据え付けられたガトリングガンが二門。

 そして、前肢部へ巨大な鎌を一本ずつ。


 どうにも釣り合わない。


 

「……武器じゃない、としたら?」

 アリスが小さく呟いた。


 真が顔を上げる。


「え?」


「ううん。なんとなく思っただけ」


 アリスは鎌を見つめたまま、そう言った。

 その言葉を聞いた山本が、黙って鎌へ視線を落とす。


 誰もまだ答えを持っていない。

 ただ、この鎌だけが、マンティスという機体の中で妙に異質な存在感を放っていた。


「……おい。こっち、見てみろ」


 そのときだった。

 少し離れた場所から岸上の声が飛んでくる。


 岸上は、いつの間にかマンティスの後部へ回り込んでいた。


 外装の一部は攻撃の余波で歪み、煤に覆われている。


 そこにあるのは、機体後端から円筒状に張り出した構造物。

 戦闘中、マンティスが奇妙な飛翔体(ドローン)を射出した場所だ。


 その円筒部分には、確かにハッチのような継ぎ目が残っており、岸上が手を掛けた。

 焼け焦げた金属製の蓋が、抵抗を伴いながら持ち上がる。


「開くぞ」


 内部から、外気とは違う熱が流れ出してきた。


 そして、その奥に並んでいたものを見て——岸上は眉を寄せる。


「……なんだ、これ?」


「メカドール隊。お前ら、こういうの分かるか?」

 呼ばれたプリムローズ隊のメンバーが、次々と岸上の後ろへ回る。


 真もアリスと並んで、その隙間から内部を覗き込んだ。


「……なに、これ」

 アイが呟く。


 その声には、さすがの彼女にも戸惑いが滲んでいた。


 円筒状の空間に収められていたのは、戦闘機械の内部としては妙に整然とした装置群だった。


 ——暗い円筒内部。

 そこには、弾薬庫とも、駆動装置の収納スペースとも違う、奇妙な装置群が収められていた。


 細長いユニットが何段にも積み重ねられ、その間を無数のケーブルが走っている。


 アイは内部をしばらく観察し、ケーブルの接続を確認すると、固定具の位置を探す。


 やがて、一基のユニットへ手を伸ばした。


「これ、外せそう」

 固定ラッチを解除し、慎重に引き出すと、内部から黒く煤けたブレードサーバー状の筐体が姿を現した。


 表面には熱で変色した跡が残り、側面には焼けた配線の一部が垂れ下がっている。


 アイはそれを両手で支えながら、裏側を確認した。


「Q.H.P.(量子半導体)……それと、ストレージユニットみたい」


 量子半導体らしきモジュールと、それに接続された記憶装置。

 少なくとも、単なる通信機器ではない。


 そして——それは一基だけではなかった。


 円筒状の空間には、同じようなユニットがいくつも並んでいる。


「……これ、全部?」

 真が訊く。


「たぶん」


 アイは短く答え、手にしたユニットを裏返した。


 何かを探し、やがて、その指が止まった。


 

 そこには、本来あるべきはずのものがない。


 メーカー名や型式番号、製造番号といった識別情報の類が一切ない。

 フォトニックガラスコーティングで覆われたモジュールには、今回も何の刻印も存在しなかった。


 まるで最初から、製造元を知られては困る誰かの手によって造られた部品のように。


「スカラベには、市販品のVortex-7が四基も積まれてたんだよな」

 真が言う。


 以前、自分が撃破したB級レヴュラ——スカラベ。

 あの機体に搭載されていたのは、意外にも特殊な軍用プロセッサではなかった。


 パソコン向けに開発された民生用の量子プロセッサ。

 人間が日常的に使っていたコンピューター向けの部品を、レヴュラはそのまま戦闘機械へ流用していた。


 だからこそ、今回も同じ可能性を考えた。

 既製品を使っているなら、解析の手掛かりになる。


「こいつは……どうだろうな」


 真がアイの手元を覗き込んだ。


「……分かんない」

 アイはユニットを少し持ち上げ、焼け焦げた内部を確認した。


 基板の一部が黒く炭化し、コネクターは熱で歪んでいる。


「いろんなところが壊れてる。熱で基板も変形してるし……これだけじゃ判断できない」


「やっぱり、損傷が酷いか」

 山本がマンティスの前部へ視線を向ける。


 そこには、AT-4と二発のカールグスタフによって徹底的に破壊された爪痕が残っていた。


 装甲は剥がれ、フレームは歪み、内部へ収められていた機器類もあちこち壊れている。


 どれが動力系で、どれが制御系なのか。

 どこまでが単なる補助装置で、どこからがマンティスそのものを動かしていた中枢なのか。


 そして、この巨大な機械に、どこまでの演算能力が与えられていたのか。


 現場にいる人間の目だけでは、もう判断できない。

 


 ただひとつ確かなのは、目の前に転がる残骸が、これまで真たちが相手にしてきたレヴュラとは明らかに違う何かを抱えていたということだった。


 

 そんなとき、山本がふと口を開いた。

「あの小型種どもの動きが、どうにも気になる」

 その一言で、周囲の空気がわずかに変わり、その場にいた全員が、山本へ目を向ける。


「連携しているように見えた。特に、ティックだ」


 山本は少し離れた場所へ視線を送った。


 そこには、小型種と戦い合ったプラント建屋がある。


「あいつは隙を突いて飛び出してきた。こっちの隊列を引っ掻き回して、こっちが対応しようとすると逃げる」


「ところが最後には、まるで俺たちをマンティスのところまで誘導するみたいに撤退していった」

 山本の声は低かった。


 

 ようやく冷静さを取り戻したからこそ、見えてくるものがある。


 戦場にいる最中は、目の前の敵を撃つことで精一杯だった。

 だが、今なら思い返せる。


 ——あの小型レヴュラたちは、本当に無秩序に動いていたのか。


「偶然……そう片付けることもできる」

 山本は一度言葉を切った。


「でも、俺はそうは思わない」


 自衛隊時代から数えれば、山本は数え切れないほどの戦場を経験している。


 銃撃戦では、敵の一発一発だけを見るのではない。


 敵がどこへ移動し、どう避けるのか。

 どこから撃ってくるのか。

 そして、何を目的にしているのか。


 個々の動きではなく、その裏にある意図を読む。


 それが戦場で生き残るための感覚だった。


「もしかすると、このマンティスは純粋な戦闘型じゃないんじゃないかな」

 山本は焼け焦げた巨体へ目を戻した。


「前線管制機……そういう役割なんじゃないかと思う」


「管制機?」

 岸上が眉を寄せる。


「ああ」

 山本はマンティスの前部を指差した。


「考えてみろ。人間を殺すためだけの機械として見ると、どうにも武装がおかしい」


 視線の先には、ガトリングガンがある。


 そして、機体前部には二本の巨大な鎌。


「搭載火器は5.56ミリのガトリングが二門だけ。しかも固定式だ」

 山本は淡々と続ける。


「篠崎君が以前、中野で遭遇したスカラベは、球状タレットにガトリングを二門。それに40ミリの榴弾発射器(グレネードランチャー)まで付いていた」

 真は黙って頷く。


 スカラベは四本の脚で路面を這い回りながら、二門のガトリングとグレネードランチャーを撃ち込んできた。


 単純な火力だけを比較するなら、マンティスの方が明らかに劣っている。


 小銃弾をものともしない装甲を持つ四メートル級の巨体。

 そして、それだけの重量を小型トラック並みのダッシュ力で動かすだけの動力。


 それほど大掛かりな機体でありながら、遠距離火力は5.56ミリの機銃に限られる。

 


「管制機だと考えれば、途中で飛んでいったドローンも説明がつく」

 山本の視線が、マンティス後部の円筒状構造へ移った。


「偵察かもしれないし、通信中継かもしれない。あるいは、別の個体へ情報を渡すためのものだった可能性もある」

 誰も口を挟まなかった。


「それに、俺たちをここへ誘い込むように動いていた小型種の連携もな」

 山本は、戦闘の記憶を拾い上げるように言葉を続ける。


「ティックをはじめとする小型種は、ただ無秩序に襲い掛かってきたわけじゃない」


 

 あのときは、ただ鬱陶しいだけの小型レヴュラにしか見えなかった。

 だが、戦闘を俯瞰してみれば違って見えてくる。


 まるで、見えない手で戦場の形を整えていたかのように、逃げ道を限定し、人間の移動方向を少しずつ変えていく。


 結果として遠征隊は、マンティスの待ち受ける場所へ、まんまと誘導されていた。


 もし、それがすべて偶然でなかったとしたら……あの戦場を俯瞰していた何者かがいたとすれば。


「……つまり、レヴュラには、戦術の概念があるってことか?」

 岸上が低い声を漏らす。


 山本はすぐには答えなかった。


 焼け焦げたマンティスを見つめ、やがて、ゆっくりと頷いた。


「その可能性は高いと思う」


「ただ、それがこのマンティス一体の中で完結していたものなのか。それとも、もっと上位の個体がいて、そいつが周囲のレヴュラを統制していたのかは分からない」


 誰もが黙って聞いている。


「でも……」

 山本の声が一段低くなった。


「少なくとも、目の前の人間へ馬鹿正直に突っ込んでくるだけの機械じゃなかった」


 その言葉が、妙に重い。


「高い確率で、こいつらは人間を殺すために、戦術というものを理解して、実行していると思う」


 沈黙が落ちた。


 プラント構内に響くフォークリフトのエンジン音。


 さっきまでなら気にも留めなかった音が、妙に遠く感じられた。


「それと……」

 山本は足元へ視線を落とした。


 そこには、マンティスから外れた巨大な鎌が転がっている。


「この鎌も、本来は攻撃用じゃないのかもしれない」


「え?」


 岸上が聞き返す。


「クオムのバリケードや、建物の壁。そういう遮蔽物を破壊するための装備だったんじゃないかと思う」

 真も改めて鎌へ目を向けた。


 そう言われてみると、確かに納得できる。


 人間を切り裂くための刃というより、巨大な金属板の先端を斜めに加工しただけに近い。

 だが、あれに機械の重量と駆動力を乗せて振り下ろせば話は変わる。


 コンクリート壁や鉄製のバリケード。


 放置車両や建物の入口を塞ぐ障害物。


 人間が時間を掛けて築いた防壁を、あの鎌なら一撃で破壊できる可能性がある。


「……なるほど」

 真が小さく呟いた。


 戦闘中に見た、あの異様な破壊力。


 人間の身体など、あの鎌本来の対象物ではないのかもしれない。


 ただ、そこに人間という名の異物がいた……それだけ。


「もちろん、人間に使えば洒落にならないけどな」

 岸上が苦い顔をする。



 「レヴュラは、本格的にクオムや居住地を落とすことを想定したタイプを増やしているのかもしれないな」

 山本の言葉に、誰も適切な意見を返せなかった。


 

 もし、それがレヴュラ側の新しい戦術なのだとすれば――。

 狙われているのは、クオムという人間が築いた最後の砦そのものになる。


 しかも、これまで「段差を越えられない」と考えられていたD級レヴュラだが、ここにきて事情も変わった。


 ティックと名付けられたそれは、壁をよじ登ってみせたのだ。

 もはや、クオムの防壁は役に立たなくなるかもしれない。


 

 レヴュラは、少しずつ変わっている。


 人間を見つけて殺すだけではない。

 人間が生き残るために築いた場所を、どうすれば崩せるのか。


 その答えを探し始めているようにも見えた。


 


「……それにしたって……B級一体相手に、この損耗率だぞ」

 岸上がマンティスの残骸を見る。


 五名が戦死。そして重傷七名に、数え切れない軽傷者。


 たった一体のB級レヴュラを倒すために、それだけの人間が血を流し、多くの弾薬が消費された。


「これでA級なんか出てきたら……どうなる?」


 その問いに山本はすぐには答えず、やがて、静かな声を返した。


「……まともにやったら、勝てないだろうね」

 淡々とした声音だった。


「篠崎君や俺みたいに、対装甲兵器を持っている人間ばかりじゃない。そもそも、そんなものを何発も撃ち込めるほど弾薬に余裕のあるクオムなんて、多くない」


 結局、最後に頼れるものは、高価な対戦車兵器でも最新鋭の電子機器でもない。


 最後に残るのは、人間の数……数の暴力だった。


「クオムレイドしかないと思う。数で囲んで、火力を集中させる。それしかないだろう」


 ——過去、横浜にA級レヴュラが現れた際にも、複数のクオムから戦力をかき集めたクオムレイドが組まれた。

 撃退には成功したが、その代償は大きく、そのおかげで、横浜地区では現在もハンターが不足している。



「なんにせよ……新宿へ戻ったら、すぐ技術班を呼ぼう」

 山本が立ち上がる。


「回収するのか?」


「当然だ」

 山本は顎でマンティスの残骸を示した。



「俺たちはレヴュラを狩ることには慣れてるけど、こいつを調べることに関しては素人だ」

 銃を持ち、敵の動きを読みながら弱点を探す。

 そして撃ち倒す……それがハンターの仕事だ。


 だが、内部に何が積まれ、どこのメーカーが部品を作ったのか。

 どんな設計思想で、この機体が造られたのか。


 そういったことを読み解くのは、また別の仕事になる。

 


「技術班をこっちへ派遣してもらう。マンティスの残骸を丸ごと持ち帰れれば一番いい」

 山本はそう言って、もう一度その巨体を見た。


 焼け焦げた装甲、折れた脚。


 砕けたカメラアイ。


 そして、戦闘中にドローンを吐き出した円筒状の後部。


 

 ただの残骸に見えるが、その内部にはまだ、何かが残っている。


 

 今回の戦闘で何が起きたのか。

 なぜ、この場所にマンティスがいたのか。


 あの小型レヴュラたちは、誰の指示で動いていたのか。


 そして、この機体を造ったのは誰なのか。

 


 真は黙ったまま、マンティスを見つめていた。



 

 戦いは終わった。

 だが――この鉄屑が語るものを掘り起こせば、昨夜の戦闘よりもはるかに厄介な何かが見えてくる。


 そんな予感だけが、朝の焼けた空気の中に、いつまでも消えずに残っていた。



「そういえば、缶詰の方……二台で大体四千五百ケースほどになる。日本平ネストには、いくつ融通するんだい?」

 積み込み作業の合間を縫って、二階堂が山本のところへやって来た。


 背後では、12トン級の大型トラックが二台、物流搬出口に並んでいる。

 荷台には、段ボール箱に詰められた缶詰が、パレット単位で次々と積み込まれていた。


 どれも、かつてはスーパーマーケットやコンビニの棚に当たり前のように並んでいた品だ。

 缶詰一個が、人間ひとりの一食を支える。

 それが何百、何千と集まれば、ひとつの居住地を何ヶ月も支える食料になるだろう。


「五百ケースで一万二千缶か……」

 山本が答えた。


「本当はもっと回したいけど……こっちも新宿クオム全員の胃袋を抱えてるからね」


 計算は単純だ。

 一ケース二十四缶。

 それが五百ケースで一万二千缶。


 日本平ネストの規模を考えれば、決して小さな量ではない。

 保存状態が良好なら、数ヶ月単位で食卓を支えるだけの備蓄になるだろう。


「どうせ、ここにはまだまだ大量に残ってるんだろ? だったら、あとで回収隊を出してもいいんじゃないか?」

 二階堂が物流倉庫の方へ目を向けた。


「レヴュラがまた入ってくる可能性はあるぞ」


「でも、連中は缶詰を持っていかない」


 その言葉に、山本も黙って考え込んだ。


 確かに、このプラントはレヴュラの巣になってはいた。

 それでも、倉庫に保管されていた缶詰には手をつけていない。


 レヴュラは人間を殺し、人間が使っていた施設を占拠する。

 だが、食料そのものを奪うことはない。


 人間にとって生存に直結するものであろうと、レヴュラにとっては単なる物体に過ぎないのだ。


「……そうだな」

 山本が顎を撫でる。


「後続の回収隊を組めるなら、もう一度ここへ来てもいい」


「だったら、ネストには千ケースくらい置いていこうか」

 山本がそう言った。


 二階堂が一瞬、目を丸くする。


「千?」


「ああ」


 新宿へ持ち帰る分を確保したうえで、後日あらためて回収隊を派遣する。

 それを前提にすれば、今ここで少し多めに分けても問題はない。


「それなら、向こうも助かるだろう」


「……太っ腹だな」


「今回の借りがあるからね」

 山本は、それだけ言った。


 日本平ネストには、遠征隊がここへ来る途中、世話になっている。

 一号車がスウォームとの戦闘で損傷した際には、整備のための場所を提供してもらい、工具も借りた。


 水も食料も分けてもらった。一宿一飯の恩義がある。


 文明が崩壊した世界では、そうした行為のひとつひとつが重い。


 電災以前なら、金を払えば済んだかもしれないが……いまは違う。


 安全に眠れる寝床を用意し、腹を空かせた人間に食事を出す。

 自分たちが生きるために必要なものを、他人へ分け与える。


 それは、相手の命を自分の命と少しだけ繋ぐ行為だった。


「千ケースでいい」

 山本が決める。


「日本平ネストには、それだけ置いていこう」


 誰も異論を唱えない。

 むしろ、誰かが小さく頷いた。


 ——生き残った人間同士が支え合う。

 それくらいの余裕を持てなくなった時……本当に文明は死ぬのだろう。

 



  ——やがて、撤収の準備が整った。


 三号車と四号車。

 二台の12トントラックは、缶詰のケースで荷台を埋め尽くしている。


 積載重量を確認し、荷崩れを防ぐために固定具を掛ける。

 パレットの隙間には余計な空間を残さない。


 帰路で急制動を掛けた際、荷物が動けば、それだけで事故につながる。

 何トンもの缶詰が一度に片側へ流れれば、トラックそのものが横転しかねない。


 フォークリフトが最後のパレットを運び終えると、爪を下ろし、エンジンを停止する。

 そして、ようやく物流搬出口から機械の音が途切れた。


 戦闘で負傷した者たちは応急処置を受け、そして――五人の戦死者。

 彼らについては、ここへ残すことになった。


 特に青木たちの遺体は損傷が著しい。

 マンティスの鎌によって受けた傷は、とてもではないが、通常の状態で移送できるものではなかった。


 誰も、その決断を簡単に受け入れたわけではない。

 本当なら連れて帰りたい。

 新宿へ帰してやりたい。


 だが――現実は、それを許さなかった。


 真夏の屋外。

 遺体を保存するための専用車両も、十分な冷却設備もない。

 帰路だけでも相当な時間を要し、日本平ネストへ立ち寄る都合もある。

 そんな状態で遺体を車内へ収容すれば、衛生上の問題だけでは済まない。


 戦死者と生存者を同じ空間に詰め込んだまま、数百キロの道程を走ることには問題がある。

 結局、現地で最低限の身元確認と記録を残すと、可能な限り人目につかず、荒らされにくい場所へ移すこととなった。


 ——死者を置いていく。

 共に戦った仲間を。

 電災から三年以上を生き延び、この壊れた世界で肩を並べてきた人間を。


 それをみんな置き去りにして、自分たちは帰る。

 それが、遠征隊という集団の冷酷な現実だった。


 山本は簡素な墓標代わりに印を残し、その前で黙祷する。


「太田、じゃあな」

 デスペラード隊の古賀が、亡骸へ声を掛ける。


「あばよ。あの世に行ったら、たらふく食ってくれ」

 同じ隊の中根が、震える声で続けた。


「レヴュラに勝ったら……迎えに来てやるからな」

 誰かが鼻を啜る。


 ——ファイアレイン隊の損害は、さらに深刻だった。

 スウォームとの遭遇で阿部が重傷を負い、青木たち四名が死亡。


 新宿を出発した時には七名いた隊員も、いま戦闘に参加できるのは二名だけになっている。


 たった一晩。

 それだけで、ひとつの小隊が事実上消滅しかけていた。


 それでも蝉の声だけは、何も知らないように鳴いている。

 焼け焦げたプラントの敷地に、夏の日差しが容赦なく降り注いでいた。




 

 ——やがて、ディーゼルエンジンが始動する。

 低い振動が車体を伝わり、排気管から黒い煙が吐き出された。


 車列が一台、また一台と動き始め、おとひめフーズのプラントを離れてゆく。


 先頭を走るのは二号車。

 その後ろに、缶詰を満載した三号車と四号車、そして一号車と続いた。


 最後尾にはコンバットレスキューの車両がつく。


 全車両が間隔を取りながら、周囲を警戒して進み、県道150号へ。

 そこから先は、ここへ来た時とは逆のルートを辿ることになる。


 だが、行きと帰りでは、車列の中身がまるで違う。

 行きは空荷だった大型トラックが、いまは缶詰で満載になっている。


 真夏の太陽は容赦がなく、アスファルトからの照り返しが車体の底を焼き、入り込む風さえ生温い。

 停車しているだけで滝のように汗が流れる。


 だが、誰も文句を言わなかった。

 荷台には食料がある。

 新宿へ持ち帰れば、それだけ多くの人間が腹を満たせる。


 ——それだけで十分だった。


「日本平ネスト寄るんだよな?」

 車内で、相川が真へ声を掛けた。


「ああ」


「じゃあ、またくるりと遊んでやらねーとな」


 その声には、昨夜のマンティス戦を潜り抜けたとは思えないほど、いつもの軽さが戻っていた。


 真も、思わず口元を緩める。


「お前、完全にくるりの飼い犬みたいな顔してるぞ?」


「誰が飼われてんだよ!」


「いや、どう考えてもお前だろ」


「違ぇよ。あいつが俺を気に入ってんの」


「それを世間では飼われてるって言うんだよ」


「うるせぇな!」


 車内に笑いが起こった。


 決して大きな笑いではない。

 疲れ切った人間が、かすかに口角を上げる程度の、小さな笑いだった。


 だが、それでよかった。

 笑えるということは、まだ生きているということでもある。


 ——おとひめフーズでの戦闘を終えてみれば、仲間を失い、重傷者も出た。

 それでも、当初の目的だった缶詰は手に入れたのだ。


 日本平ネストへ約束した分を届け、あとは新宿へ帰るだけ。


 真にとっても、アリスにとっても帰るべき場所。

 ——愛しい我が家。


 誰もが、そう思っていた。


 だからこそ――。

 その通信は、あまりにも唐突だった。


 無線機から、先頭を走る二号車のドライバー、山口の声が入る。


「……こちら二号車」

 短い言葉。


 それだけなのに、車内の空気が変わった。

 山口の声に、普段の軽さがない。


「どうした?」

 山本が応答する。


 返事がない。


 ——ほんの数秒。だが、その沈黙が妙に長く感じられた。


「日本ネストが……」

 ようやく、山口が口を開く。


 声が掠れている。


 誰もが無線へ耳を澄ませた。


「……燃えてる……」


強敵マンティスを倒し、日本平ネストへ立ち寄る一行ですが、

もう一波乱おこります。


そして、日本平ネストには『あの子』がいます

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