『補給線』-19
おとひめフーズプラントを後にした、新宿クオムの遠征隊。
一宿一飯の恩義を返すため、日本平ネストに立ち寄ろうとしたその時。
先頭を走る二号車の山口から告げられた一言。
「日本平ネストが燃えている」
おとひめフーズのプラントを出発してから、四十分ほどが経過しただろうか。
夏の太陽が、東名高速道路のアスファルトから容赦なく熱を吸い上げていた。
舗装にはあちこちに亀裂が走り、路肩には枯れ枝やビニール片が散らばっている。
かつて絶え間なく続いていた自動車の流れは、どこにもない。
長い道路を東へ向かうのは、遠征隊の車列だけだった。
先頭を走る二号車から無線が入ったのは、日本平ネストまで残りわずかとなった地点だった。
〈——……こちら二号車〉
山口の声に、いつもの軽さがない。
通信機越しにも、息を詰めているのが伝わってきた。
「どうした?」
山本が応答する。
すぐには返事がなかった。
——ほんの数秒。
しかし、車内の者たちには、それが妙に長く感じられた。
〈——日本平ネストが……〉
そこで言葉が途切れた。
〈——……燃えてる〉
誰もが、自分の耳を疑った。
——日本平ネスト。
かつての東名高速道路、日本平パーキングエリアを拠点に、人々が寄り集まって暮らす場所だ。
遠征隊が昨日立ち寄った際には、少なくとも生活の体裁は保たれていた。
使える建物を補修し、使えるものをかき集め、荒廃した世界の中で、住民たちは自分たちなりの日常を営んでいた。
その場所が燃えている。
「おい、山口! ネストが燃えてるって、どういうことだよ!」
後部座席から誰かが声を張り上げた。
〈——俺にも分からん! ただ、黒煙が上がってる。かなりの量だ。建物も、見える範囲で……〉
再び言葉が途切れる。
無線の向こうで、山口は何を見ているのか。
窓のない荷台からでは、確かめようもなかった。
サンダーバレッツ隊の山口は、新宿クオムでも相当な実績を持つSランクハンターだ。
彼が不用意に人々の不安を煽って騒ぐ男ではないことは、誰もが知っている。
その山口が声を震わせている。
ただ事ではないと察するには、それだけで十分だった。
「事故か、それとも敵襲か……」
山本が低く呟いた。
この世界で人間を脅かすのは、レヴュラだけではない。
熊や猪といった野生の大型獣もいれば、居住地を襲う人間たちもいる。
いずれにせよ、現場を確認しなければ何も始まらない。
問題は、何が待ち受けているのか分からないまま、どこまで接近するかだった。
日本平ネストの周辺でレヴュラが確認されることは珍しいと聞いている。
しかし、あそこには武装したハンターが常駐しているわけではない。
暮らしているのは、一般の生存者が中心だ。
襲撃を受けているのなら、抵抗もできないまま壊滅している可能性がある。
山本は一瞬考え、ヘッドセットのマイクを摘まんだ。
車列には、食料を満載したトラックが含まれている。
おとひめフーズで確保した缶詰は、新宿クオムの住民たちが生き延びるための重要な補給物資だ。
ここで輸送車両を危険にさらすわけにはいかない。
「三号車、四号車は本線上で停車。そのまま待機しろ。積み荷を守れ。車両から離れるな」
〈——三号車、了解〉
〈——四号車も了解した〉
「コンバットレスキューも待機。現場の状況が分かるまで、後続車は動かすな」
〈——こちらブリザードファング。三号車と四号車のことは任せてください〉
電災以前ならば、高速道路の本線上に車両を停止させるなど、絶対に許されなかっただろう。
だが、今の東名高速道路には交通を規制する警察も、事故車両を排除する道路管理者もいない。
道路交通法など、遠い昔の遺物にすぎなかった。
それでも、積載量の大きなトラックを慣れない場所で急停止させたり、無理に転回させたりすれば、横転事故を招きかねない。
荷台に積まれているのは、クオムの命運を左右するほどの食料なのだ。
だからこそ、山本は車列を分けた。
「二号車、一号車の順で先行する。降車後、すぐに戦闘へ移れるよう準備しろ。敵襲の可能性がある」
指示が届くと、車内の空気が変わった。
真は膝の上のM4A1を持ち上げ、弾倉を確認する。
マガジンウェルにしっかりと押し込み、底部を掌で叩いて装着を確かめた。
ボルトを操作し、初弾を薬室へ送り込む。
隣では、アリスがすでに同じ作業を終えていた。
その手つきに無駄はない。
とはいえ、どんな状況にも動じていないというわけではなかった。
必要な動作をひとつずつ確かめ、余計なことを考えずに手を動かしている。
アリスは、銃を握って颯爽と戦場を駆けるタイプの子ではない。
今はただ、戦闘直前の緊張を押し殺しているように見えた。
「……くるり、大丈夫かな」
相川がぽつりと言葉を漏らした。
いつもの軽い調子はどこにもない。
真は相川へ目を向ける。
——くるり。
日本平ネストで出会ったディテクター種……つまり、レヴュラだ。
人類の敵であるはずなのに、あの個体は、なぜかネストの住民たちと奇妙な共存関係を築いていた。
音声による意思疎通はできない。
少なくとも、真たちが接した限り、人間の言葉を発することはなかった。
それでも、くるりは人間の働きかけに反応する。
子供が空き缶を転がせば、前脚で押し返す。
手を差し出せば、ぎこちない動きで脚を持ち上げる。
その『お手』を教えたのが、ほかならぬ相川だった。
最初は、ただの気まぐれだったのだろう。
敵であるレヴュラがどんな反応をするのか、試してみたかっただけかもしれない。
だが、機械が教えられた動作を繰り返し、それを見た子供たちが笑うようになれば、話は違ってくる。
——相川は、あの小さな機械にすっかり情を移していた。
「……無事だといいけどね」
アリスが静かに応じる。
真は何も答えなかった。
無事であってほしい。
そう願う一方、現場にレヴュラがいるのなら、くるりが『生き残っている』保証などない。
人間を襲うはずの機械と、人間が同じ場所で暮らしている。
その奇妙な均衡が、今も保たれていることを願うしかなかった。
先頭の二号車が車線を移り、一号車が続く。
フロントガラスの向こうに黒煙が見え始めた。
青く澄んだ夏空を汚すように、太い煙が立ち上っている。
近づくにつれ、煙の根元にある建物の輪郭がはっきりしてきた。
——日本平ネスト。
かつて駐車場だった場所には放置車両が並び、物資を運ぶためのトラックも見える。
売店などの建物を廃材で補修しながら、人々が暮らしていた場所だ。
だが、昨日までとは様子が違う。
駐車場の一角から煙が上がり、建物の壁には黒い煤が広がっている。
下り線側に建つ、日本平パーキングエリアのシンボルである時計塔。
『日本平』の文字が黒煙に霞んでいた。
山口の報告に疑いを挟む余地はない。
〈——ネスト内にレヴュラが見える。かなり多いぞ!〉
無線から響く声に、真はM4を握る手に力を込めた。
ネスト周辺にレヴュラが出現することと、数多くのレヴュラが生活圏へ侵入していることは、まるで別の話だ。
「全員、降車後はすぐに遮蔽物を確保! 住民がいる。射線の先を必ず確認しろ!」
山本の指示が飛ぶ。
「住民の救助を優先する。ただし、敵を見逃すな。背中を取られたら終わりだ!」
真は深く息を吸い込んだ。
車内にこもった熱気と、装備品の樹脂や金属の匂いが肺へ流れ込む。
二号車が日本平パーキングエリアのランプを抜け、上り線側の駐車場へ滑り込んでいく。
こちらは、日本平ネストの備蓄倉庫や、予備の居住地として使用されているようだ。
そして、目指す居住区の本体は、中央分離帯を挟んだ向こう側、下り線のパーキングエリアにある。
「降車!」
山本の命令が響いた。
停車した車両から、武装したハンターたちが次々と飛び降りた。
東名高速の本線を横断し、下り線側のパーキングエリアへ続く斜面を駆け上がる。
——駐車場には、何台もの放置車両が並んでいた。
長い年月、雨風にさらされた塗装は艶を失い、タイヤは空気が抜けて潰れている。
フロントガラスに蜘蛛の巣状の亀裂が走った車もあれば、側面を何かに抉られたような傷を残すものもあった。
そして、そんな車両の間を縫うように、無人機械兵器——レヴュラが動き回っている。
脚部を折り畳んで車体の下へ潜り込もうとするガード種。建物の陰から機体の一部だけを覗かせている個体もいた。
どれも、真たちがこれまで戦ってきたD級の下位個体だ。
——しかし、数が異常だった。
十体や二十体ではない。
駐車場に見えているものだけでも相当な数に達している。
建物の内部や車両の陰に潜む個体まで含めれば、全体像は見当もつかなかった。
しかも、敵のすぐ近くには人間がいる。
車両の陰から逃げ出す男。
幼い子供を抱きかかえ、建物の入口へ走る女性。
そして、何が起きているのか分からず、茫然と立ち尽くす老人。
武器を持っていたとしても、まともに戦える者ばかりではない。
そもそも、このネストにはレヴュラと戦える人間など、ほとんどいないはずだった。
先行した者が銃を構え、放置車両を遮蔽物として確保しながら周囲を確認する。
別の者は、味方が展開するまで、接近してくるレヴュラを牽制した。
決して、訓練された部隊のように整然とした動きではない。
電災以前は実銃に触れたことすらなかった者の方が多いのだ。
山本のような元自衛官を除けば、装備も経験もまちまちな寄せ集めである。
それでも、ここにいる者たちはレヴュラを狩り、電災後の世界を生き延びてきた。
自分が何をすべきか……これまでの経験で、体が理解している。
「こっちだ! 車両を盾にして展開しろ!」
戸上の指示を受け、真たちは駐車車両の陰へ走った。
アリスは真の右側につき、駐車場の中央へ銃口を向ける。
「いいか! 絶対にネストの住民へ当てるなよ! 敵が見えたからって反射的に撃つな。射線の先を確認しろ!」
戸上の怒声が飛んだ。
返事をする余裕もないまま、すぐに銃声が響き始める。
ガード種が前脚を踏ん張り、胴体前面に備えた二基のリベットガンを交互に作動させた。
金属製のリベットが車両の外板を貫き、案内標識の支柱を削り取る。
射撃は、住民たちが逃げ込もうとしている建物の外壁にも叩きつけられた。
窓ガラスが砕け、壁面の一部が剥がれ落ちる。
銃声の合間から悲鳴が聞こえた。
「こっちだ! 建物の陰へ走れ!」
戸上が叫ぶ。
ファイアレイン隊の中野が、泣きながら駆けてきた少年の腕を掴んだ。
少年は勢いを殺しきれず、中野の胸元へぶつかる。
中野はその身体を抱え込むようにして、近くのワンボックスカーの陰へ押し込んだ。
「頭を下げろ! 絶対に顔を上げるな!」
少年の母親らしい女性が、その身体を抱き締める。
「このまま、じっとしていてください! 外へ出ないで!」
中野はそう告げると、再び銃を構えた。
直後、リベットが頭上を掠める。
背後の案内看板が破損し、支柱の根元から傾いた。
折れ曲がったアルミ板の破片が、鋭い音を立てて地面に散乱する。
「くそっ、好き放題やりやがって!」
クロウズ隊の村上が、放置されたミニバンの陰からライフルを突き出した。
照準の先では、ガード種が車止めを利用して姿勢を安定させ、リベットガンを撃ち続けている。
D級レヴュラの外装は厚くないが、小さな機体は車両や建物を盾にしながら射撃位置を変えていた。
村上が短く引き金を引く。
弾丸が光学ユニットを砕くと、ガード種は前脚を踏み外し、数歩よろめいた末に車止めへ脚を引っ掛けて横倒しになった。
片方のリベットガンが地面を向いたまま作動し、アスファルトに無意味な射撃を刻み込む。
「一体!」
村上の声に、相川が怒鳴り返した。
「喜ぶのは後だ!」
「次が来てる! 次が! なんでこういうときに限って、次から次へと湧いてくるんだよ!」
「文句言ってないで撃てよ!」
「撃ってるだろうが!」
相川のAKMが火を噴いた。
村上の左側から飛び出したティック種が、跳躍の途中で弾丸を浴びる。
小型の機体は空中で姿勢を崩し、前脚を伸ばしたまま駐車場の白線を越えて転がった。
ティック種はガード種より小さく、外装も薄い。
その代わり、四肢を使った跳躍と急激な方向転換を得意としている個体だ。
物陰から突然飛び出し、人間の身体へ鋭い鉤爪を食い込ませる。
遮蔽物の多い場所では厄介な相手で、おとひめフーズのプラントでも手を焼いた。
相川は倒れた機体を一瞥しただけで、次の遮蔽物へ視線を移す。
「篠崎は!?」
「右にいる!」
村上が叫ぶ。
真とアリスは、駐車場の中央に放置された大型観光バスを盾にしていた。
車体には、かつて運行していた観光会社のロゴが残っている。
——塗装は既に色褪せ、窓ガラスの大半が割れていた。
座席の布地は紫外線に焼かれ、運転席の計器類も風雨で傷んでいる。
それでも、分厚い車体は銃弾を遮る壁になった。
リベットが側面を叩くたび、鋼板に新たな傷が刻まれていく。
「アリス、右側!」
「うん!」
真がバスの後部から身を乗り出すのと、アリスが反対側から射撃姿勢を取るのは、ほぼ同時だった。
二人の銃声が重なり、弾丸がガード種の胴体と前脚へ集中する。
機体は姿勢を崩すと、腹部をアスファルトへ打ちつけるように横倒しになった。
だが、その奥から別の個体が、倒れた仲間を避けるように前進してくる。
「多すぎる……!」
真は舌打ちして、再び車体の陰へ引っ込んだ。
日本平ネストは、電災後に生き残った人々が自分たちの手で築き上げた小さな生活圏だった。
パーキングエリアの売店やトイレは居住区に転用され、倉庫には物資が保管されている。
車両を修理する作業場もあれば、敷地の隅には食料を確保するための小さな畑まで作られていたほどだ。
人が暮らすには都合のいい場所だったのだろう。
しかし、ひとたびレヴュラの襲撃を受ければ、その構造は不利に働く。
放置車両は射線を遮り、建物の陰は敵の接近を隠してしまう。
補修用の板材や積み上げられた資材も、身を守る遮蔽物であると同時に、敵を見つけにくくする障害物へと変わっていた。
敵を見つけても、すぐに撃てるとは限らない。
銃口の先に住民がいるかもしれないし、敵の向こう側に逃げ遅れた子供がいるかもしれない。
窓の奥に見える影がレヴュラなのか、人間なのかさえ、瞬時には判断できない場面があった。
新宿クオムのような頑丈な防壁も、組織的な防衛部隊もない。
住民たちは放置車両や資材を使い、できる限りの防御陣地を築いていたようだが、本格的な襲撃に備えられるほどの設備ではなかった。
——守るべき人間が多いほど、引き金を引くことは難しい。
だが、レヴュラはそんな事情などお構いなしに迫ってくる。
「真!」
アリスの声が飛んだ。
バスの反対側からガード種が回り込んでいた。
どうやら、姿勢を低くして接近したらしい。
真が銃口を向けたその瞬間、ガード種の背後から小柄な影が飛び出した。
——ティック種。
その進路には、逃げ遅れた老人がいる。
「ちっ!」
真は狙いをティック種に変え、連射した。
一発目は機械脚の外側を掠め、二発目が胴体へ食い込む。
ティック種は老人の手前で姿勢を崩し、前脚を伸ばしたまま地面へ倒れた。
回り込んできたガード種は、アリスが仕留めていた。
「大丈夫か!」
真が叫ぶ。
老人は腰を抜かしたように座り込み、白髪の混じった頭を両腕で覆っていた。
目の前で何が起きたのか、理解できずにいるらしい。
「そこの車の陰へ! 早く!」
老人は何度か頷き、地面に手をつきながら移動を始めた。
その姿を見届けようとした真へ、アリスの声が鋭く飛ぶ。
「真、伏せて!」
反射的に身を沈めた直後、散弾がバスの側面を叩いた。
鋼板に無数の衝撃が走り、塗装の剥がれた外板へ新たな傷が刻まれる。
「ガンナーか!」
発射音は建物の裏手から聞こえた。バスの陰にいては姿を確認できない。
——ガンナー種。
扇状に散弾をばら撒く、下位レヴュラの中でも厄介な個体だ。
広い範囲を攻撃できる反面、搭載弾薬には限りがある。
だが、弾切れになれば脅威がなくなるわけではない。
残された機体は目標へ接近し、自爆を試みる。
その性質を知る真は、ガンナー種を放置する気にはなれなかった。
「アリス、ここを頼む!」
「分かった!」
真がバスの後方へ回り込むと、視界の端に見知った姿が入った。
——ルナだ。
施設の壁際に陣取り、住民を建物の奥へ誘導しながら射撃を続けている。
彼女は不安に顔を強張らせた女性にも、子供たちにも笑顔を向けていた。
「大丈夫、こっちへ来て! 建物に入ったら、窓から離れてね!」
住民が壁の向こうへ消えるのを確認すると、ルナは銃を構え直した。
照準の先には、射撃を続けるガード種がいる。
引き金を引く。
放たれた弾丸は機体の頭上を抜け、背後の壁面に火花を散らした。
「……っ」
ルナの肩が強張る。
一瞬だけ銃を下げかけたが、すぐに構え直した。
距離を確かめ、もう一度照準を合わせる。
——今度こそ。
しかし、二発目もガード種の外殻を掠めただけだった。
「ルナさん!」
アリスが呼び掛ける。
「大丈夫! ちょっと狙いが逸れただけ!」
ルナは明るい声で答えた。
そのまま、目元へ一度だけ手をやる。
そして、確かめるように瞬きをすると、何事もなかったかのように銃を構え直した。
今は戦闘中だ。自分の身体に起きている些細な違和感など、気にしている場合ではない。
「ルナさん、右!」
アリスの声に反応して、ルナは反射的に身体を開いた。
ティック種が目の前を横切る。
鉤爪がプレートキャリアの肩口を掠め、布地を裂いた。
ルナは後退しながら銃口を追わせたが、ティック種はすでに近くの乗用車の陰に回り込んでいる。
「くっ……!」
アリスが駆け寄ろうとした瞬間、バスの向こうから短い連射音が響いた。
ティック種が車両の反対側へ飛び出し、脚部を折り曲げた姿勢のまま地面へ転がる。
「無事か、ルナ!」
真の声だった。
倒れた機体を一瞥してから、彼はルナへ目を向けた。
「うん! 平気! 助かったよ」
ルナは笑顔を作る。
「なら、もう少し下がってろ! ここは俺たちがやる!」
「はーい!」
いつもの調子で返事をした彼女は、駆け出す真の背中を見送った。
ほんの一瞬、視線が下がる。
自分の手にある銃を見つめ、もう一度だけ周囲を確かめた。
まだ戦闘は続いている。
ルナは息を整え、再び銃口を持ち上げた。
……今は、まだ知られたくなかった。
駐車場の北側では、山本率いるアイアンウルフ隊とホーンドアウル隊が、大型車両を利用してレヴュラの群れを押し返していた。
真たちのいる南側に比べ、こちらは見通しが利く。
長距離輸送に使われていたトラックやトレーラーが並ぶ大型車両用の区画で、ハンターたちは車体を遮蔽物にしながら少しずつ前進していた。
「右の二体、俺がやる!」
山本が告げると、坂本と木村が即座に応じ、左右へ展開する。
正面のガード種は車止めを盾にして、二基のリベットガンを撃ち続けていた。
奴らが撃ち出す金属製のリベットは、車両の外板や薄い鋼板なら容易に貫通する。
まともに身体へ受ければ、プレートキャリアを着用していても無事では済まない。
山本は低く身を沈め、指切り点射で銃撃を加えた。
HK416が吐き出す弾丸は機体前面に集中し、光学ユニットを砕く。
ガード種は射撃姿勢を維持できず、前脚を折り畳むようにして地面へ崩れ落ちた。
「前進!」
アイアンウルフの隊員が一斉に位置を変える。
——だが、山本はすぐには前へ出なかった。
倒れたガード種の向こうで、別の個体が仲間の残骸を避けるように進路を変えていた。
さらに建物の角から、こちらを牽制するように射撃してくる個体もいる。
その隙に、別の二体が右側へ回り込んでいった。
——偶然にしては、動きが噛み合いすぎている。
こちらが前進すれば側面を狙い、射撃を集中させれば別の個体が位置を変える。
ただ目の前の人間へ突進してくるわけではなかった。
「……おいおい」
山本は思わず呟いた。
これまでの戦闘では、レヴュラが戦術的な動きを見せるなど、確認されてこなかった。
だが、目の前のレヴュラは違う。
一体が射撃を続ける間に別の個体が側面へ回り込み、その動きを援護するように、さらに別の個体が射撃を加える。
まるで、防衛線を崩すために役割を分担しているかのようだった。
人間の位置を認識し、遮蔽物を利用し、攻撃の効率を高めている。
目の前で起きていることは、単なる個体ごとの判断だけでは説明しにくかった。
——山本の脳裏に、昨夜のおとひめフーズのプラントでの戦闘が蘇る。
B級レヴュラに管制されていたと思しき、あの戦術的な動き。
まるで自分たちの『狩場』へ人間を誘い込むかのような……。
まさか……ここにもマンティスと同じような管制型の個体がいるのだろうか。
それとも、複数の個体が周囲の状況を共有し、似た判断を同時に下しているだけなのか。
——わからない。
今の段階では何も断言できない。
ただ、これまで相手にしてきた下位レヴュラとは、明らかに何かが違う。
それは確かだ。
「おい!」
岸上の声が飛んだ。
「どうした!」
「西側の車両の陰に、まだ住民が残っている!」
山本はそちらへ目を向けた。
大型トラックの荷台と、隣に停められた乗用車の間。狭い空間に数人の人影が見える。
「救出を優先しろ! 坂本、木村、援護しろ!」
「了解!」
二人が射撃を続ける間に、岸上は身を低くして車両の陰へ走った。
そこには、幼い子供を抱えた女性と、足を負傷した男がいた。おそらく親子なのだろう。
男は地面に座り込んで片脚を押さえている。
ズボンの裾には血が滲み、顔色も悪かった。
「立てますか!」
「足が……!」
「肩を貸します! お母さんは子供をしっかり抱いて!」
岸上は男の腕を自分の肩へ回し、どうにか立ち上がらせた。
そのまま背負うと、負傷者の体重が一気にのしかかる。思った以上に重い。
女性は子供を抱き締めたまま、岸上の後を必死に追った。
岸上に背負われた男は、脂汗を流し、痛みに顔を歪める。
——その直後、車両の向こうからガード種が飛び出してきた。
「岸上!」
山本が叫んだ。
今の岸上は銃を撃てない。
距離もある。
住民たちが射線に入っている以上、山本も撃つわけにはいかなかった。
坂本と木村は別の個体を牽制している。
——だめだ、間に合わない。
その時、乾いた銃声が響いた。
ガード種の本体が砕け、機体が前のめりに倒れる。
ホーンドアウル隊の増田だった。
車両の陰から射撃位置を変え、岸上たちへ迫る個体を正確に撃ち抜いていた。
「礼は後でいいぞ!」
「悪い! 助かった!」
岸上は負傷者を引きずるようにして安全圏へ運ぶ。
山本はその様子を見届けると、前方へ目を戻した。
——救助は間に合った。
だが、同じような場面があと何度続くのか分からない。
負傷者を救うために人員を割けば、その隙を別の個体に突かれる。
かといって、住民を見捨てて射撃を優先するわけにもいかなかった。
この戦場にいるのは、敵と味方だけではない。
『元』が付くとはいえ、山本は自衛官だ。
守らなければならない人間が、そこら中にいる。
そして、自分にはそれができるのだと信じること。
その、たったひとつの信念めいた思いが山本を動かしていた。
——レヴュラの数は、確実に減り始めている。
それでも、まだ終わりは見えなかった。
駐車場の奥、売店棟の裏手に、周囲の個体とは異なる動きを見せる影がある。
山本は目を細めた。
建物の角に遮られ、全体の姿までは確認できない。
「……まだ、何かいるな」
独り言のように呟き、再び前進を指示した。
——まずは、この場にいる住民を守り抜く。それ以外を考えるのは、その後だ。
真がガンナー種を発見したのは、建物の裏手にある搬入口だった。
かつて売店へ商品を搬入するために使われていたらしい。
壁際には錆びた台車が放置され、シャッターの下部は歪んでいる。
地面には腐食した金属部品や砕けたコンクリート片が散乱していた。
その脇から、異様な機体が姿を現している。
——ガンナー種。
簡素な構造ながら、広範囲への射撃に特化した攻撃能力を持つ。
とりわけ屋内や狭い場所では、出会いたくない相手だった。
足元には、弾丸を浴びて動かなくなったガード種の残骸が転がっている。
「いたぞ!」
真は遮蔽物から銃口を突き出した。
ガンナー種がこちらへ向き直る。
——間に合うか。
真は引き金を引いた。
フルオートで放たれた5.56ミリ弾が外殻に集中し、一部を砕いて内部の構造材を露出させる。
だが、機体は姿勢を崩しただけで倒れなかった。
正面が真のいる位置へ向けられる。
「くそっ!」
真が建物の角へ飛び込むのと、轟音とともに散弾が壁面を削り取るのは同時だった。
弾かれるように飛び散ったコンクリート片が頬を掠め、熱い痛みが走る。
顔を背け、壁の陰へ身体を押し込んだ。
ガンナー種は射撃を終えると、発射機構を揺らしながら前進を始めた。
再装填機能はない。
通常のガンナー種は、一度搭載弾薬を撃ち尽くすと、射撃を再開することはない。
弾薬を失った個体は、残された役割を果たすために目標へ接近する。
——つまり、自爆。
簡素な構造の中に、殺意だけをたっぷり詰め込んだような仕様だった。
真はその性質を知っている。
電災の時も、真の視線の先で、人間が吹き飛ばされるのを何度も見た。
——だからこそ、ここで逃げ続けるわけにはいかない。
ガンナー種を建物の外へ出せば、駐車場を逃げ惑う住民へ接近する可能性がある。
狭い搬入口で仕留められれば、それが一番だった。
「来るなら来やがれ……!」
真は息を整える。
頬の傷が熱を持ち、流れ込んだ汗が痛みを強めた。
壁の角から様子を窺うと、ガンナー種は破損した脚部を引きずるように接近してくる。
先ほどの射撃で損傷したらしいが、それでも動きは止まらない。
真は壁の陰から飛び出すと、短い連射を叩き込んだ。
弾丸が脚部へ集中し、簡素な機械脚の関節を破壊する。
ガンナー種は姿勢を維持できず、側面をアスファルトへ打ちつけた。
それでも前進をやめない。
残された前脚で地面を掻き、側面が削れるのも構わず、這い進もうとしている。
「しつこいんだよ!」
真は転がっていた鉄パイプを拾い上げると、機体へ向かって投げつけた。
そして、そのまま銃口を向けて引き金を引く。
短い連射が中央部を貫き、内部構造を破壊した。
ガンナー種は最後の力を振り絞るように震えたものの、やがて駆動を維持できなくなる。
そして、真が即座に物陰へ飛び込んだ数秒後、機体内部で爆発が起きた。
小規模な爆炎が搬入口を舐め、破片が周囲へ散る。
煙が建物の壁面を這い上がり、焦げた金属の臭気が夏の熱気に混じった。
真は腕で顔を庇い、爆風をやり過ごす。
——なんとか始末した。
だが、レヴュラはまだ残っている。
銃口を上げ、煙の向こうを睨んだ、その時だった。
——視界の端を、小さな黒い影が横切っていく。
建物の屋根だ。
太陽を背にした影は、鳥のように羽ばたくこともなく、屋根の縁を越えて移動していく。
姿勢の変化は滑らかだが、生き物特有の不規則さがなかった。
「……なんだ?」
真は目を細める。
鳥ではない。動きには、明らかに機械的なものがあった。
影は屋根の向こうへ消え、すぐに見えなくなる。
——追うべきか。
一瞬、真の思考が揺れた。
しかし、周囲ではまだ銃声が続き、住民の救助も終わっていない。
正体の分からない影を追うために持ち場を離れるわけにはいかなかった。
「真! こっち!」
アリスの声が響く。
真は即座に踵を返した。
今は住民を守ることが先だ。屋根の上の影については、あとで確認すればいい。
そう自分に言い聞かせ、再び戦闘の只中へ戻っていった。
——戦闘が始まってから、二時間ほどが経過していた。
駐車場の中央では、依然として散発的な銃声が響いている。
だが、先ほどまでのように、どこを見てもレヴュラだらけという状況は変わりつつあった。
ガード種が次々と破壊され、移動能力を失ったティック種が逆さまにひっくり返り、千切れた機械脚をばたつかせている。
すでに動かなくなった機体が、駐車場のあちこちに転がっていた。
——それでも、戦闘は終わっていない。
車両の陰から唐突にリベットが飛んでくる。
まだガード種が残っているらしい。
建物の裏手では、射撃を終えたガンナー種が、動かなくなった機体の残骸を乗り越えながら接近していた。
攻撃能力を失ったはずの個体が、最後の手段として人間へ突進してくるのだ。
——何より厄介なのは、敵がどこに潜んでいるのか分からないことだった。
「右の建物!」
戸上が叫ぶ。
中野が即座に銃口を向けた。
休憩施設の窓枠。その奥に、ディテクター種の頭部が見えている。
円筒形の機体に備えられた光学ユニットが、こちらの動きを捉えていた。周囲には数体のガード種も集まっている。
「……あいつ、逃げるぞ!」
中野が引き金を引いた。
弾丸が窓枠を砕き、ガラス片が建物の内部へ飛び散る。
続けて戸上が短く連射すると、ガード種の一体が脚部を撃ち抜かれ、床へ崩れ落ちた。
残りの個体は建物の奥へ引き返していく。
「追うな!」
戸上が即座に制止した。
「建物の中はまだ分からん! 無理に踏み込むな!」
——その判断は正しい。
休憩施設の内部には、避難した住民が隠れている可能性がある。
レヴュラを追って銃撃を続ければ、身を潜めている住民を撃ち抜いてしまうかもしれない。
敵が逃げたからといって、追うことが最善とは限らない。
戸上は銃口を下げず、窓の奥を警戒し続けた。
一方、周囲にいた住民たちは、少しずつ安全な場所へ集まり始めている。
本線を横断し、上り線側へ避難する動きも進んでいた。
電災以前なら、高速道路を歩いて横断するなど、命知らずの迷惑行為でしかなかったが、今は違う。
走っている車など一台もない。
広い高速道路を、住民たちが駆け足で退避していく。
負傷した男を支える女性。
子供の頭を胸へ押しつけ、外の様子を見せまいとする母親。
壁際に座り込み、両手で顔を覆った老人を、男たちが引きずるように連れていく。
誰もが、何が起きたのか理解できずにいた。
「……こんな数、今まで一度も見たことがない」
近くにいた男が、呆然と呟く。
「どうして、いきなり……」
その問いに対して、戸上には何も答えられなかった。
彼らも同じ疑問を抱いている。
日本平ネストの周辺では、レヴュラが目撃されること自体、めったになかったという。
これほどの数が一度に押し寄せ、生活圏の内部へ侵入してきたことなど、一度もなかったらしい。
だが、今回の襲撃はあまりにも唐突だった。
警戒する時間も、住民が避難する余裕もない。
気づいたときには、高速道路から大量のレヴュラがなだれ込んできたという。
——まるで、最初からここを目指していたかのように。
戸上は奥歯を噛み締めた。
「今は考えるな。まずは全員を助ける」
それだけ告げ、再び銃を構える。
——原因が何であれ、今やるべきことは変わらない。
生きている人間を、一人でも多く救い出す。
それができなければ、何が起きたのかを考えることすら許されないのだから。
補給線編もかなり大詰めになってまいりました。
この作品を書き始めてから、一番長いチャプターとなり、
気が付けば、今年の二月から書いてるんですね。
クライマックスのエピソードなので、少し胸焼け
ボリュームでお送りしておりますが、次回は平和なはずの
日本平ネストが何故襲われたのか明らかになります。




