『補給線』-17
B級レヴュラ『マンティス』に対し、反撃を開始した遠征部隊。
脚を一本吹き飛ばされても、なおも迫るマンティスに向けて、
遠征部隊指揮官を務める山本の一撃が放たれた。
——山本のカールグスタフが吠えた。
発射筒の後端から燃焼ガスが噴き抜け、地面に積もった砂埃や薬莢などを一瞬で吹き飛ばす。
猛烈な後方噴射が夜気を押し広げ、その向こうから84ミリの弾頭が飛び出していく。
山本は照準を外さなかった。
狙うのは、マンティスの左前脚。
四メートル級の巨体を支える機械の脚。
その胴体との接続部には、いくら装甲を重ねても完全には覆い切れない構造物がある。
油圧シリンダーや駆動軸。
関節部を支えるフレーム。
機体を歩かせるために必要なものが、そこには集中している。
だからこそ——そこを狙って潰す。
弾頭が夜気を切り裂き、マンティスの左前脚、その付け根へ吸い込まれていく。
次の瞬間、成形炸薬弾頭が装甲へ食い込んだ。
装甲の一点へ集中した爆発エネルギーが、鋼鉄を穿つ。
内部へ突き抜けた高温、高速のメタルジェットが、装甲の裏側に存在する機械構造へと襲い掛かった。
人間が携行する小火器なら、マンティスの外装を撃ってもほとんど意味がない。
それは、この場にいる全員が嫌というほど理解していた。
だからこそ誰も撃たない。
5.56ミリも、7.62ミリも、ただ装甲へ擦れた傷を刻むだけだ。
必要なのは、装甲そのものを破壊することではない。
——その内側にある、機械を壊すこと。
マンティスの左前脚、その付け根から炎が噴き出した。
装甲が内側から膨らみ、黒く焼けた破片が地面へ落ちていく。
山本は照準器越しに、その脚を見続けていた。
「どうだ……」
岸上が低く呟く。
マンティスの左前脚が、わずかに折れた。
巨体を支えていた油圧機構が力を失い、関節が重量に耐え切れなくなっている。
だが、それだけでは倒れず、マンティスは残った脚で踏ん張ろうとしていた。
右前脚は、真がM320から放ったM433多目的榴弾によって機能を大きく損なっている。
右後脚も、AT-4による直撃で駆動部を破壊され、根元から吹き飛んでいた。
それでもマンティスは倒れない。
まるで機械脚そのものが、別々の意思を持って踏ん張っているかのようだった。
左後脚が地面を押し、右前脚が震えながらも機体を支えようとしている。
そして、左前脚までが、いま山本の攻撃によって大きく損傷した。
マンティスの巨体が傾いた。
「来るぞ!」
誰かが叫んだ。
真は反射的に身体を低くする。
「全員、距離を取れ!」
山本の声が飛んだ。
その直後——マンティスの身体が大きく揺れる。
脚部のどこかで残っていた駆動機構が無理矢理に動き、四メートル級の巨体が最後の抵抗を試みた。
しかし——支え切ることがない。
巨大な腹部がゆっくりと高度を失っていく。
装甲板が地面へ近づき、影が広がる。
——そして。
鋼鉄の腹が、アスファルトへ叩きつけられた。
砂埃を舞い上げながら、破壊された装甲片が周囲へと散り、焼けた油の臭いが一気に濃くなる。
真は腕で顔を庇った。
口の中へ、細かな砂が入り、ジャリジャリとした唾を吐き捨てる。
そして、視界の向こうでは、マンティスの巨体が横倒しになっていた。
「……やったか?」
誰かの声が漏れた。
確認というより、願いだ。
誰もが同じことを思ったはずだ。
——今度こそ終わった。
あれだけの損傷を受けたのだ。
右後脚はもう存在しておらず、右前脚もまともに機能していない。
左前脚も、いま潰した。
残るのは左後脚一本だけ。
四メートル級の機体を、そんな状態で支えられるはずがない。
真さえも、そう思っていた。
M4A1を構えたまま、煙の向こうへと視線を固定する。
周囲では、誰かが長く息を吐いていた。
膝に手をつく者や壁際へ背中を預ける者。
負傷者を支えていた隊員が、一瞬だけ肩から力を抜く。
戦場に、ほんのわずかな空白が生まれた。
それは、勝利の予感だった。
だが——。
真は、それを見た。
マンティスの右側……倒れ伏した巨体の陰から、何かが持ち上がる。
「……!」
それは一本の巨大な鎌。
機械仕掛けの刃がゆっくりと持ち上がる。
そして——アスファルトへ勢いよく突き刺さった。
そのまま、鎌が地面を捉え、機体の重量が巨大な刃へ乗る。
次の瞬間、マンティスの身体が、わずかに動いた。
「まだだ! まだ動く!」
真が叫んだ。
「全員、下がれ!」
山本の声が重なり、その声を受け、隊員たちの身体が一斉に後ろへ下がりはじめる。
だが、マンティスは決して起き上がったわけではなかった。
立ち上がることはもうできない。
それでも——進んでいた。
右前肢の鎌を杖のように地面へ突き立て、残された左側へ重量を預けながら、巨体を引きずっている。
機体内部のどこかで駆動音がし、もう一本の鎌が前方へ伸びると、刃先がアスファルトを捉えた。
鎌の刃先が地面を掴み、マンティスの身体が数十センチだけ前へ移動する。
破損した装甲が路面へ擦り付けられるたび、鋼鉄の粉が舞い散った。
「……まだ動くのか」
岸上が呟いた。
「脚が死んでるのに……」
「脚だけで動いてるわけじゃない」
山本が答えた。
その声には、もう驚きはなく、ただ冷静な観察だけがあった。
「鎌を脚の代わりにしてる」
マンティスが、また鎌を伸ばし、地面へ突き立てる。
引く——そして巨体が前へ滑る。
距離にすれば、わずかだ。
だが、確実に近づいている。
「まずい」
誰かが言った。
「このままじゃ、こっちまで来るぞ」
「来させるな」
山本が即答した。
「小銃じゃ効果ありませんよ?」
増田が答えた。
「分かってる」
山本は視線をマンティスから外さない。
「だから撃つな。弾の無駄だ」
その言葉に、誰も反論しなかった。
マンティスの装甲には、これまでに何十発、何百発という銃弾が撃ち込まれている。
しかし、それで足が止まったことは一度もない。
いま必要なのは、装甲を削ることではなく、中身を壊すこと。
真はM4A1を構えたまま、マンティスを見た。
——左前部の装甲は大きく吹き飛んでいる。
カメラアイのひとつは砕け、残ったレンズにも亀裂が走っていた。
油圧系統から液体が漏れ、右後脚の駆動部からは何度も火花が散る。
それでも動く。
——真の脳裏に、スカラベの姿が浮かんだ。
以前、一人で倒したB級レヴュラ。
スカラベには分かりやすい強さがあった。
球状のタレットに内蔵された二門のガトリングガンと、40ミリ榴弾発射器。
明確な殺意を向け、雨霰と銃弾と榴弾を撃ち込んできた強敵。
だが、同じB級レヴュラでありながら、マンティスはそれとも違う。
壊れても、壊れても、まだ動く。
まるで自分の機体の一部が壊れたことそのものを理解していないかのように。
——真は喉の奥が乾くのを感じた。
「……化け物だ」
誰かが思わず漏らす。
だが、その言葉を否定する者はいない。
マンティスが、また一歩進んだ。
——いや。
正確には一歩ですらない。
鎌を突き立て、身体を引きずる、30センチにも満たない前進。
……それだけだった。
しかし、そのわずかな距離が妙に恐ろしい。
これが生物なら、傷つけば痛みを感じる。
恐怖もあれば疲労だってある。
死を予感すれば、逃げようともするだろう。
——だが、こいつにはそれがない。
壊れた機械の中に残された命令だけが、最後まで死なない。
『人類を排除する』
その命令のためなら、脚がなくても進む。
目が潰れても、装甲が剥がれ落ちても進む。
そして最後には、鎌だけで身体を引きずってでも人間へ近づいてくるのだ。
「真……大丈夫?」
隣から声がした。
——アリスだった。
「ああ」
真は短く答えた。
アリスもまた自分の愛銃を構えたまま、マンティスを見ている。
銃口を向けてはいるが、引き金は引かない。
効かないと分かっているからだ。
「もう一度だ! 次弾装填! 成形炸薬弾!」
山本の声が飛ぶと同時に、岸上がカールグスタフへ取り付いた。
戦闘の熱で発射筒は熱を持ち、手袋越しにも金属の温度が伝わってくる。
それでも岸上は躊躇しなかった。
新しい弾頭を取り出し、装填すると尾栓が閉じられた。
金属同士が噛み合う短い音。
それだけで、次の一撃が準備されたことが分かる。
山本がマンティスの左前脚を睨んだ。
「次で潰す」
マンティスが鎌を振り上げ、巨大な刃が夜空へ持ち上がった。
次の瞬間、鎌がアスファルトへ叩きつけられる。
しかし、人間には一切届かない。
全員が距離を取っていた。
マンティスの攻撃範囲を、徹底して外している。
刃が路面を抉るが、そこには誰もいない。
マンティスはもう一度鎌を動かそうとする。
だが、先ほどまでの勢いが失われていた。
刃が途中で止まり、わずかに震える。
その動きを見ていた山本が言った。
「……もう出力も落ちてる」
正面通用門の向こうでは、コンバットレスキューの二号車が停車していた。
——車体後部のM2重機関銃。
その銃座にはブリザードファング隊の浅海が張り付いており、銃身はマンティスへ寸分違わず向けられていた。
撃ってはいない。
なにせ、弾薬には限りがある。
B級の装甲相手に、意味もなく12.7ミリ弾を景気よくばら撒く余裕はない。
浅海が無線を通じ、山本へ尋ねた。
〈——こちらコンバットレスキュー二号車。撃ちますか?〉
「まだ待ってくれるかい? まずは脚を潰す。動きを見てからお願いするよ」
山本が答えた。
〈——了解〉
短い応答のあと、通信が切れた。
——真はマンティスを見る。
不思議なものだ。
これほど破壊されているのに、いまだに立ち向かってくる。
死ぬという概念を持たない機械兵器だからこそ感じる畏怖。
レヴュラは決して恐れない。恐れないから臆することもない。
機能を停止するその瞬間まで、入力された命令にのみ従い動き続ける。
——それがレヴュラという機械兵器の本質だった。
マンティスの左側。
もう一本の鎌も、ゆっくりと持ち上がっていた。
攻撃ではない……あくまで、身体を支えるため。
右前肢の鎌がアスファルトへ突き刺さり、マンティスの右側が持ち上がる。
それだけで、四メートル級の巨体がわずかに姿勢を戻した。
「今だ!」
山本が照準を合わせる。
狙うのは、すでにダメージを受け、装甲が大きく破損している左前脚。
防護性能が失われた被弾箇所へ、もう一度成形炸薬弾を撃ち込み、内部から完全に破壊する。
「これで終わらせるぞ」
山本が言った。
そして——再びカールグスタフが吠えた。
猛烈な後方噴射が戦場を揺さぶる。
——砂埃が吹き飛び、発射の瞬間に残された熱と煙が、夜気の中へ広がった。
84ミリ弾が一瞬だけ白い線を描き、着弾する。
マンティスの左前脚、その付け根。
すでに一度攻撃を受け、装甲が破損したその箇所へ飛び込んだ84ミリの弾頭が、成形炸薬の能力を全解放した。
装甲が内側から弾け、鋼鉄の板が捲れ上がると、内部構造が露出する。
駆動ユニットが大きく歪み、内部フレームが折れた。
油圧配管が断ち切られ、液体が噴き出す。
マンティスの左前脚が沈み込み、今度こそ、支えがなくなった。
巨体が大きく傾く。
まともに動かない右前脚と左後脚。そして二本の鎌。
残されたすべての機構が、最後の力を使って重量を支えようとする。
しかし——足りない。
マンティスの腹部が再び地面へ落ちた。
今度は先ほどよりも低い。
巨大な装甲がアスファルトへ擦れ、火花を散らす。
「……!」
誰も叫ばなかった。
もう、喜ぶ余裕すらなく、誰もがマンティスを見ている。
今度こそ止まった。
そう思った。
だが——。
マンティスの右前肢が再び動いた。
鎌が静かに、そしてゆっくりと持ち上がる。
「まだ動くのかよ……」
相川の声が漏れた。
マンティスは、右前肢の鎌を杖のように再び地面へ突き立て、身体を持ち上げようとする。
——だが、上がらない。
鎌へ力が掛かり、アスファルトが僅かに削れる。
だが、機体そのものは動かなかった。
鎌を前へ伸ばして地面へ突き立てると、機体が引き寄せられる。
三十センチにも満たない前進。
刃が路面を削る。
その動きも、すでに遅い。
一瞬で人間の身体を両断できたであろう鎌が、今では持ち上げるだけでも時間が掛かる。
それでも——人間が近付けば殺せる力はまだ残っている。
その事実だけは変わらない。
「重機! オープンファイヤ!」
山本が無線へ叫んだ。
〈——了解!〉
正面通用門前のコンバットレスキュー二号車。
浅海がM2重機関銃のグリップを握った。
照準をマンティスへ合わせ、12.7ミリの重機関銃弾が、満身創痍の機体へ撃ち込まれる。
すでに対装甲兵器の攻撃を受け、機能を失いかけている外装へ、残った部分を削り取るように撃ち込んでいった。
装甲片が飛び、露出した内部フレームを削られながら、火花が散る。
マンティスの巨体が揺れ、残った装甲がさらに剥がれ落ちた。
「撃ち方止め!」
山本が叫ぶとM2の射撃が止まり、辺りに静寂が戻る。
マンティスの内部で、何かが燃えており、炎が装甲の隙間から漏れ出した。
そして黒煙が夜空へと昇っていく。
それでもマンティスは、まだ鎌を持ち上げようとしていた。
ゆっくりと。
ほんの少しずつ刃が上がる。
真はM4A1を構えたまま、その動きを見ていた。
「……もういいだろ」
誰かが呟く声。
それでも、マンティスは止まらない。
鎌が地面へ突き立つ。
しかし——。
機体は持ち上がらなかった。
機体重量を動かすだけの出力が残っていない。
マンティスはもう一度、鎌を動かした。
刃先がアスファルトを擦り、わずかな溝が残る。
——それだけだった。
それでも、マンティスは諦めない。
前へ進もうとする。
鎌を前へ突き出し、地面を捉えると、身体を引き寄せる。
三十センチ……いや、二十センチ。
それすらも怪しい。
壊れた演算装置の中に、最後まで残っているものがある。
それは高度なAIによる判断でも、感情でもない。
ただの命令。
——人類を排除する。
そのひとつだけ。
「山本さん」
真が呼んだ。
「もう一発、撃てる?」
山本はマンティスを見た。
「……弾はあるけど……多分いらないと思う」
それが、山本の答えだった。
「だから、止まるまで待つよ」
山本はカールグスタフを肩から降ろし、マンティスを見続ける。
誰も動かず、誰も決して近づかない。
それぞれが自分の銃をマンティスに向けたまま、ただ、壊れた機械が死んでいくのを待っていた。
マンティスの内部から、再び炎が漏れ、黒煙が膨らむ。
何かが内部で破裂し、金属片が地面へ落ちた。
それが何なのかは、誰にも分からない。
制御装置なのか……はたまた、駆動系の部品なのか。
ただの外装片なのかもしれない。
それが何なのか、誰にも分からないまま、マンティスの中から何かがひとつずつ失われていく。
それでも、鎌だけはまだ動いた。
一度。
鎌が持ち上がる。
そして——落ちる。
再び持ち上がる。
また落ちる。
その動きは、もはや人間が歩いて避けられるほど緩慢だった。
それでも全員は警戒することをやめない。
相手は、これまで何度も人間の予想を裏切ってきた。
倒れたと思えば動いた。
脚を失っても動いた。
装甲を失っても動いた。
最後まで油断するわけにはいかない。
そして——。
もう一度、鎌がアスファルトへ突き立てられる。
今度は持ち上がらなかった。
機体も動かない。
内部から漏れていた炎が、徐々に大きくなり、黒煙だけが夜明け前の空へ伸びていった。
「…………」
誰も言葉を発しない。
銃口は向けたままで、照準も外さない。
五秒。
十秒。
三十秒。
一分。
——時間だけが流れる。
それでもマンティスは動かなかった。
「まだだ。待て」
山本の判断に誰も異論を挟まない。
三分。
五分。
——やはり、マンティスは動かない。
内部の炎がさらに大きくなり、装甲の表面を焦がし始める。
立ち上る黒煙だけを残し、十分が経過した。
やはり、マンティスは動かない。
山本は目の前の巨体を睨み続ける。
最後まで。
——最後の最後まで。
そして、ようやく口を開いた。
「……マンティス、完全沈黙を確認。戦闘を終了する」
静かな声だった。
——その瞬間。
「終わったぁぁぁ!」
誰かが叫んだ。
「もう動くんじゃねぇぞ、カマキリ野郎!」
「ざまあみろ!」
張り詰めていた空気が、一気に崩れる。
歓声というより、絶叫だった。
拳を突き上げる者や、その場へ座り込む者もいる。
銃を抱えたまま空を見上げる者もいる。
笑っているのか、泣いているのか、自分でも分からない顔をしている者さえいた。
「終わった……」
「本当に?」
「動かねぇぞ」
「十……いや、もう十一分経ったか」
「もういいだろ」
「いや、まだ見とけ。最後に動くかもしれねぇ」
そんな声まで飛び交う。
真も、その場にへたり込むように腰を落とした。
両腕には、まだM4A1が抱えられている。
手が重い。
肩も重い。
約3キロほどの銃がとてつもないほど重く感じた。
身体中から力が抜けていく。
——そして真は、ゆっくりと安全装置を戻した。
そこでようやく、自分がどれほど力を込めて銃を握り締めていたのかに気付く。
手のひらが痛い。
指が強張っている。
真は一度だけM4A1を見て、そして、息を吐いた。
「お疲れ様、真」
すぐ隣からアリスの声がした。
真が顔を上げる。
アリスは、いつもの穏やかな表情でこちらを見ていた。
「……ああ」
それだけしか返せない。
声を出すことすら億劫だった。
それでも、アリスの声が、疲労で霞んだ頭の奥へゆっくり染み込んでくる。
「怪我は?」
「ない」
「本当に?」
「ああ」
「なら、よかった」
アリスはそう言って、真の隣へ腰を下ろした。
真は少しだけ笑う。
「アリスもな」
「うん」
——短い会話。
それだけだった。
……だが、今はそれで十分だ。
周囲では、まだマンティス撃破を喜ぶ声が上がっている。
誰かが仲間の肩を叩き、誰かが抱き合う。
誰かが空へ向かって雄叫びを上げていた。
ルナも自分の愛銃であるMP5を下ろし、真のそばに寄ってきた。
その顔には、いつもの小悪魔めいた笑みが戻っている。
「……やったね」
ルナが呟く。
「お前も結構撃ってたな?」
「当たってた?」
「知らねぇよ。拳銃弾が効く相手じゃねぇだろ?」
「だよねぇ」
ルナは笑った。
それから、マンティスへ目を向ける。
——ほんの一瞬。
その視線が、わずかに迷い……そして、すぐに目を細める。
「……終わったんだ」
誰に言うでもなく呟いた。
アリスはそれを聞いていた。
だが、何も言わない。
——真は気付いていない。
それでよかった。
今は、それでいい。
真は周囲を見回した。
——誰もが疲れ果てている。
泥と煤にまみれ、服には血が付着している者もいた。
銃身はまだ熱が残り、焼けた火薬の臭いが漂っている。
——それでも、みんな生きている。
そう思った。
そして、真は空を見上げる。
——長い夜だった。
実際に経過した時間だけを考えれば、数時間に過ぎない。
だが、何十時間も戦い続けたような疲労が身体へまとわりついている。
濃密すぎる時間だった。
銃声……爆発。炎。
怒号と血、逃げ惑う人間。
——そして、何度倒しても起き上がってくる鉄の巨獣。
そのすべてが、まだ身体の奥に残っている。
——やがて遠くの空が、わずかに白み始めた。
夜が終わろうとしている。
しかし、朝が来れば、すべてが帳消しになるわけではない。
戦死者五名……重傷者七名に軽傷者、多数。
この戦場には、まだ仲間の遺体も残っていた。
数字だけを並べれば、それは報告書の一行になる。
記録の上では、そのどれもがただの数字だ。
——だが、その一人ひとりには名前がある。
仲間がいて、家族がいる。
帰りを待っている者がいる。
それでも、死んだという事実だけは変わらない。
マンティスを倒した。
それは紛れもない勝利だった。
五人の死を代償にし、七人の重傷者を出した。
中には、もうハンターとして再起することは難しいほどの怪我を負った者もいる。
それでも、遠征隊はB級レヴュラを仕留めた……勝ったのだ。
しかし——。
無傷の勝利など、この世界には存在しない。
火災で焼けた物流設備。
破壊された構内道路。
そこら中に散らばる薬莢と、アスファルトに残された血の跡。
そして、夜明けの薄明かりの中で、黒煙を吐き続ける四メートル級の鉄塊。
——あれだけの火力を受けても、最後まで人間へ向かって這い続けた機械。
真はもう一度だけ、その残骸を見た。
怖いとは思わなかった。
ただ——。
あの中に何があったのか。
誰が、何のために作ったのか。
どうして、あれほどまでに人間を追い続けるのか。
その答えは、まだ何も分からない。
今はただ、勝ったという事実だけが残っている。
——真は立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。
「……まだ座ってなくていいの?」
アリスが言った。
「大丈夫? 立てる?」
「……たぶん」
「たぶん……なんだ?」
「……無理かも」
アリスが小さく笑った。
「じゃあ、もう少し休んでたら?」
「……ああ」
真は再びマンティスを見る。
朝の光が、その黒く焼けた装甲を照らし始めていた。
戦場だった場所に、少しずつ朝が戻ってくる。
その光の下には、失われたものがあまりにも多い。
そして——。
それらすべてを残して。
——おとひめフーズプラント攻略戦は、ようやく幕を閉じた。
本作二話で登場したB級レヴュラ『スカラベ』と今回のマンティスでは、
火力的にもスカラベの方が上なのですが、あの時、真はビルの上におり、
アリスの陽動射撃によって、急所である機械脚駆動部に直接RPGを
撃ち込めたからなのです。
今回は高低差もなく、プラント建屋に阻まれて、マンティスの横方向に
回り込めませんから。




