『補給線』-16
B級レヴュラ『マンティス』との攻防。
そこに駆け付ける戦闘救難部隊
反撃の行く末は…?
銃口の先にいるのは、四メートル近い鋼の巨体。
狙う場所は装甲ではない。
……四基のカメラアイ。
マンティスの視覚を担う、機体前面の赤いレンズだった。
7.62ミリ弾ではB級レヴュラの主要装甲を抜けない。
それはアイも承知している。
……だからこそ、狙いを変える。
装甲を破壊できなくてもいい。
撃たれたことを認識させればいい。
引き金を絞るたび、発射された弾丸がマンティスの前面へと吸い込まれる。
——着弾。
僅かな火花が散った。
その瞬間、マンティスの巨体が反応する。
四基のカメラアイが住宅街へ向けられた。
アイは動かない。
潜む民家二階の部屋奥で、じっとサーマルブランケットを被り、わずかに開いた窓からマンティスを睨む。
スコープから目を離すことすらせず、呼吸だけを整えて次弾を送り込んだ。
一発。
また一発。
装甲を撃ち抜くことのできない小銃弾が、それでも確実にマンティスの注意を奪っていく。
機械に恐怖という感情があるわけではない。
だが、視覚センサーを損傷する可能性がある攻撃を脅威として認識し、それに対処しようとすることはできる。
マンティスにとって、アイの射撃は無視できない異物だった。
だから、撃たれるたびに身体の向きを変える。
その僅かな動作が、人間側に時間を与えた。
——ほんの数秒。
それだけでも、この戦場では命ひとつ分の価値があった。
さらに大きいのが、真の撃ち込んだ40ミリ榴弾による右前脚の損傷だ。
四メートル級の巨躯を支える脚。
その一本に生じた不具合は、単なる移動能力の低下だけでは済まない。
姿勢が崩れ、旋回に遅れを生じさせる。
固定されたガトリングガンの射線を合わせるために、機体そのものを動かさなければならないマンティスにとって、それは致命的な誤差へ繋がっていた。
——ガトリングガンは依然として強力な威力を保っている。
しかし、強力であることと、当たることは別問題だ。
散開したハンターたちが左右へ走るたび、マンティスは四脚を使って巨躯を旋回させる。
右前脚の損傷が、動きを鈍らせ、照準がずれる。
人間が走るたび、再び旋回する。
——その繰り返し。
巨大な機体に生じた僅かな遅延が、ハンターたちにとっては生存時間そのものだった。
だが——マンティスのカメラアイが、別の標的を捕捉した。
正面通用門から構内へ滑り込んできた一台のRV車。
——人間。
車両。
新たな装備。
……増援。
機体内部の演算装置が、それらを脅威として分類する。
優先目標が書き換えられた。
マンティスは右前脚を引きずりながら、ゆっくりと車体をそちらへ向け始める。
「砂上くん! 車両を下げろ! そのままだと狙い撃ちにされる!」
山本の怒声が飛んだ。
しかし……砂上は動じなかった。
彼の視線は、マンティスではなく、別の方向へ向いている。
まるで、何かを待っているようだった。
「近田!」
無線機のマイクへ向け、短く叫ぶ。
返答はない。
その必要はなかった。
遠くから、エンジンの咆哮が近づいてくる。
別のルートから回り込んできた車両が、正面通用門前へ姿を現した。
砂上の表情が僅かに緩む。
「来たか」
正面通用門へ滑り込んできたのは、ブリザードファング隊の二号車。
ベースになっているのは、四輪駆動の民生用ワゴン車。
しかし、原型を知る者が見れば、その姿には苦笑するしかないほど手が加えられている。
ボディ各所には増設された鋼板。
フロントガラスの前には、飛来物から乗員を守るための金網。
ルーフには大型の投光器と資材ラック。
側面には追加されたステップとハンドル。
応急処置用の装備や弾薬、工具類を積み込むための収納ラックまで増設されている。
塗装も、民間車両らしい綺麗なものではない。
泥と傷。
そして車体各所に見られる溶接の痕と、補強された外板。
それらが幾重にも重なり、もはや元の車種を辛うじて想像できる程度の姿へ変わっていた。
軍用車両ではない。
メーカーが設計した装甲車でもない。
この壊れかけた世界で、必要に迫られた人間たちが、手に入る部品と技術を寄せ集めて作り上げた戦闘車両。
言ってしまえば、鋼板を着込んだ民間車だった。
だが、この世界では、そういう車こそが人間を生き残らせる。
後部と側面のドアが一斉に開き、車内から複数の隊員が飛び出した。
「降ろせ!」
砂上の号令が飛ぶ。
隊員たちが車両後部へ取り付き、積載されていた装備を次々と降ろし始めた。
車内から二人の隊員が身を乗り出し、スライドレールに固定された銃架を引き出していく。
——姿を現したのは、M2重機関銃だった。
12.7ミリ——五十口径の重機関銃。
その設計が生まれてから、すでに一世紀近い時間が流れている。
それでもなお、世界中の軍隊で現役を続ける、あまりにも息の長い兵器だった。
巨大な銃身と無骨な機関部。
そして、人間の手で扱うには明らかに過剰な大きさの弾薬。
通称、キャリバーフィフティ。
毎分五百発前後という猛烈な速度で、弾頭だけで大人の親指ほどもある太さの12.7ミリ弾を吐き出す。
対人用の機関銃という範疇を越え、軽装甲車両や構造物さえ破壊対象にできる火力。
それを、民生用の四輪駆動車へ無理やり搭載している。
平時ならば乱暴な改造にしか見えないが、ここは平時などではない。
隊員が固定ラッチを解除し、銃架を所定の位置へ滑り込ませる。
ほんの数秒。
それだけでM2は戦闘態勢へ移った。
銃口が持ち上がり、次いで、マンティスへと向けられる。
「撃てっ!」
砂上の号令と同時に——空気そのものを叩き潰すような銃声が構内へ響き渡った。
5.56ミリ小銃弾とは明らかに違う。
一発ごとの存在感が違う。
12.7ミリ弾がマンティスの装甲へ次々と叩き込まれ、黒い外殻の表面が弾け飛ぶ。
塗膜が剥がれ、金属片が散り、装甲板には新しい傷が刻み込まれていった。
マンティスの巨体が揺れる。
それでも倒れない。
M2の弾丸でさえ、装甲を完全に撃ち抜いているわけではなかった。
だが——。
確実に、効いている。
その証拠に、マンティスは一瞬だけ進行方向を乱した。
その隙を逃さない。
別の隊員が大型の救急キットを肩へ担ぎ上げ、車両から飛び出した。
負傷者の位置を確認すると、迷いなく駆け出す。
その背後には、20式小銃を構えた隊員。
救命班の進路を確保するため、素早く遮蔽物へと駆け寄り、周囲へ絶えず視線を走らせている。
——ブリザードファング隊は、単なる護衛部隊などではない。
戦闘区域から生存者を連れ出すことを任務とする、戦闘救難部隊だ。
救うべき人間のところまで辿り着けなければ、救難部隊として存在する意味がない。
だから彼らは、救出のために必要な機材と武力を有している。
レヴュラに囲まれ、生還さえ怪しい絶望的な戦場で、ハンターの誰もが最後に縋る、救いの翼。
それがコンバットレスキューなのだ。
M2の射撃がマンティスの注意を引きつける。
その火線の下を救命班が走り、負傷者を引きずり、担ぎ上げ、回収する。
そこには一切の躊躇がない。
撃つ者と走る者。
守る者と運ぶ者。
それぞれが自分の役割だけを見て動いている。
救命のために磨き上げられた連携だった。
そして、その援護射撃を背に受けながら、一人の男が、真が身を潜めるロードブロックへ向かって走ってくる。
肩に担いでいるのは、大型の行軍嚢。
中身は、ただの救難装備ではない。
それは真が待ち続けていたものだ。
「篠崎さん、お届けものっすよ!」
——ブリザードファング隊、佐倉大輝。
銃弾が飛び交う戦場の真ん中を、まるで配達先を間違えまいとする宅配員のような顔で駆け抜けてくる。
その姿を見た真は、一瞬だけ目を見開いた。
こんな場所まで、本当に持ってきた。
「これで……!」
真が頷く。
「助かった!」
余計な言葉は、それだけだった。
一方、山本の足元にも同じように大型の重火器ケースが運び込まれている。
ケースを置いた隊員と山本が視線を交わす。
言葉はない。
互いに一度だけ頷く。
——それで十分だった。
ようやく、人間側にも牙が戻ってきた。
その頃には、マンティスの動きにも明らかな変化が生じている。
百数十メートル先。
住宅地の一角に潜むアイから、一定の間隔で狙撃が続いていた。
狙うのは装甲の厚い胴体ではない。
四基のカメラアイ。
マンティスが周囲を認識するための、もっとも重要な器官だ。
弾丸がカメラアイの近傍へ着弾するたび、マンティスは反応する。
巨大な頭部を持たない異形の機械が、まるで首を振るように胴体そのものを旋回させ、住宅地へ視線を向ける。
だが、そこにいるはずの狙撃手は見つからない。
アイは撃って、消える。
撃って、また身を沈める。
——狙撃手は射撃地点を知られてはならない。
アイはその鉄則を忠実に守り、マンティスに射撃地点を特定させない。
アイの狙撃が命中するたびに、マンティスの照準が狂った。
さらに、右前脚の損傷。
真が撃ち込んだ40ミリ榴弾によって油圧系へ打撃を受けた脚は、完全には機能していない。
右前脚の代わりに、右前肢の鎌を突き立て、無理やり姿勢を維持している。
四メートル級の巨体にとって、それは決して小さな損傷ではなかった。
ガトリングガンは依然として恐ろしい。
その銃口がこちらを向けば、誰もが反射的に身を伏せる。
だが、以前とは違う。
散開した人間を狙うためには、マンティス自身が機体を旋回させなければならない。
旋回し、照準。
追尾。
……そして射撃。
ひとつの動作が終わるたび、ほんのわずかな遅れが生じる。
人間にとっては、一瞬にも満たない差だ。
しかし銃弾が飛び交い、数メートル先で生死が決まる戦場では、その一瞬が永遠に近い価値を持つ。
そして——マンティスは、その戦場へさらに別の脅威を認識した。
正面通用門へ滑り込んできた車両。
M2重機関銃と、新たに加わった人間。
そして、これまでとは比較にならない密度で飛び交い始めた銃弾。
四基のカメラアイが、それらを順番に捉えていく。
マンティスの演算装置が、標的の優先順位を更新する。
ガトリングガンが、再び火線を吐き出した。
マンティスの正面から放たれた5.56ミリ弾が、構内を横断していく。
建物の外壁が抉られた。
ロードブロックの角が削り取られ、内部のコンクリートが露出する。
放置されていた乗用車は、短い間に車体を穴だらけにされ、ガラスを失った窓から黒い車内を晒した。
だが——。
先ほどまでとは、何かが違う。
射撃そのものは猛烈だった。
それでも、人間たちを追い詰める精度がない。
マンティスが銃口を向ける。
人間が逃げる。
マンティスが機体を旋回させる。
その時には、すでに標的は別の遮蔽物へ潜り込んでいる。
一本の脚を損傷したことで、四メートルの巨体を旋回させる速度そのものが落ちていた。
右へ走る。
左へ逃げる。
壁の向こうへ潜る。
マンティスが追う。
また外す。
撃つたびに、構内のあちこちでコンクリートと鉄板が砕け散っていく。
弾丸だけが、確実に消費されていった。
レヴュラには恐怖という感情がない。
疲労もない。
仲間を失って動揺することもなければ、死を予感して手を震わせることもない。
だが——弾薬だけは別だ。
どれほど高度な演算能力を持とうとも、機関銃から吐き出した弾丸が勝手に弾倉へ戻ってくることはない。
——毎分数百発。
それは、圧倒的な火力であると同時に、猛烈な速度で弾薬を消費するという意味でもあった。
そして。
不意に、戦場から連続する射撃音が消えた。
誰もが動きを止めかける。
耳が、異常なほどの静けさを認識する。
銃声が消えたことで、今度はマンティスの内部から伝わってくる油圧装置の駆動音が、妙に鮮明になった。
「……止まった」
誰かが呟いた。
山本の視線が、マンティスの胴体へ吸い寄せられる。
ガトリングガン。
その銃身は沈黙していた。
「弾切れだ……」
山本の声が低く落ちる。
その一言が、全員へ伝わった。
金属の巨体は、まだ動いている。
それだけは分かる。
だが、あの怪物から遠距離攻撃の手段が消えた。
残っているのは、左右一対の巨大な鎌。
まともに懐へ入れば、人間の身体など耐えられるはずがない。
もっとも、右側の鎌はすでに脚部を支える杖のように使われている。
——そう。
近づかなければいい。
距離を保てるなら。
銃弾が飛んでこない今こそ——最大の好機だった。
真は佐倉から受け取った行軍嚢へ手を伸ばした。
ファスナーを開き、内部から一本の発射筒を引きずり出す。
——黒く細長い筒。
手にしたM4A1とは、まるで別の兵器だった。
M136——AT-4。
装甲車両を破壊するために設計された、使い捨て式の無反動砲だ。
ライフルのように握って撃つ武器ではない。
長さ一メートル近い発射筒そのものを肩へ載せ、その内部に収められた弾頭を目標へ送り込む。
銃器というより、兵器そのものを一本の筒へまとめたような代物だ。
真は両手で持ち上げる。
「……重い」
思わず声が漏れた。
約八キログラム。
人間一人で携行するための兵器としては、決して持てない重量ではない。
だが、数字だけでは分からない重さがある。
——これは銃ではない。
肩へ載せた瞬間、そのことが身体へ直接伝わってきた。
この筒の中にあるのは、ただの弾丸ではない——装甲車両を撃破するための弾頭だ。
そして一度引き金を引けば、それで終わりだ。
AT-4は使い捨てである。
以前、スカラベとの戦闘で使用した69式火箭筒とは違い、再装填はできない。
——撃てば、次はない。
真は発射筒を肩へ載せ直した。
起き上がった照準器へ視線を向ける。
遠くには、脚一本を損傷させながらも、なお立っているマンティス。
外装は傷ついている。
装甲も一部が剥がれ、内部構造まで露出していた。
それでも、あの巨体はまだこちらへ向かってくる。
止まらない。
真たちを一人残らず狩り取るために、脚を引きずりながらも近づいてくる。
——真は息を整えた。
失敗は許されない。
仲間が血を流し、あるいは命を落とし、追い詰められてきた。
そして、ようやく手に入れた一発。
決して、外すわけにはいかない。
「……」
真は発射筒を構えた。
同時に、周囲の隊員たちが後退を始める。
誰も命令を待たなかった。
AT-4の後方。
ロケットモーターの排気が噴き出す危険区域を理解している者たちは、真の背後から速やかに離れていく。
さらに数歩。
もう一人。
最後の隊員が遮蔽物の陰へ滑り込む。
真の背後から、人の気配が消えていく。
目の前には三本の脚と、巨大な鎌で身体を支え、なおも進んでくるマンティス。
右前脚は、もう脚として機能していない。
それでも、一歩ごとに右側の巨大な鎌を地面へ突き立て、その重量を支えながら近づいてくる。
まるで、倒れることそのものを拒絶しているかのようだ。
真は照準器越しに、その巨体を捉える。
狙うのは胴体ではない。
——残った脚。
装甲の隙間。
内部機構が露出した部分。
そこへ一発。
これまでの銃撃では届かなかった場所へ、今度こそ撃ち込む。
真の指が、発射機構へ触れた。
周囲から声が消える。
戦場のすべてが、次の一瞬を待っていた。
視線の先で、マンティスがなおも迫ってくる。
損傷した右前脚を引きずりながら、それでも前へと進もうとする……真たちを『狩る』ために。
右前肢の鎌……巨大な刃がアスファルトへ食い込み、そのまま杖のように身体を支えている。
一歩。
また一歩。
四メートルの鋼鉄の巨躯が、まるで自分自身の損傷など存在しないかのように、距離を詰めてくる。
それは、執念という言葉だけでは足りなかった。
命令を遂行するためなら、自らの損傷すら考慮しない。
壊れた部品を抱えたままでも、残された機能だけで目標へ向かってくる。
それが、機械兵器『レヴュラ』という存在だった。
四基のカメラアイが並び、真を捉えている。
ひびの入ったレンズ。
その奥で、赤い光が明滅しているようにさえ見えた。
光を吸い込むような艶のない装甲。
弾痕と爆発によって削られた外板。
そこから露出した油圧配管と機械部品。
——満身創痍。
それでも、止まらない。
真は照準器越しに、そのすべてを見据えた。
手にしているのは、人間を撃ち倒すための銃ではない。
装甲車両を破壊するために作られた兵器。
小銃弾では傷ひとつ満足につけられない鋼鉄の怪物へ、一発の鉄槌を叩き込むための巨大な牙。
「篠崎くん!」
山本の声が飛ぶ。
「援護射撃! 篠崎をやらせるな!」
散開した隊員たちが一斉に射撃を開始する。
小銃弾がマンティスの装甲を打ち、火花を散らす。
それに重なるように、コンバットレスキューのM2重機関銃が火線を張った。
12.7ミリ弾が鋼板を叩き、マンティスの巨体へ絶え間なく降り注ぐ。
それらは撃破のための射撃ではない。
ほんの数秒……真の時間を稼ぐための一斉射撃だ。
真は静かに息を吸う。
肺へ空気を送り込み、そして、ゆっくりと吐き出した。
照準器の中央へ、マンティスの姿を収める。
——右後脚。
そこへ狙いを定めた。
マンティスが身体を捻る。
こちらへ正面を向けようとしている。
損傷した右前脚を引きずりながら、それでもガトリングガンをこちらへ向けようとしていた。
ガトリングの機構が回転を始める。
だが——弾は出ない。
すでに弾薬を使い果たしている。
空になった機関銃だけが、撃てないままカラカラと回る。
そうだ。
もう、あれに怯える必要はない。
真はAT-4の操作に移る。
発射準備を整える。
安全装置を解除する。
「右後脚!」
真が叫んだ。
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
ただ、周囲に知らせる必要があった。
ここから先は、全員が一斉に動く。
一度、呼吸を止める。
照準。
目標。
背後。
すべて確認する。
問題ない。
右手が発射操作へ移る。
指先に力を込めた。
「——くたばれ、マンティス」
赤いボタンを押し込む。
次の瞬間——世界が白く弾けた。
発射筒の後端から、高温の発射ガスが猛烈な勢いで噴き出す。
地面に積もっていた砂塵が一斉に巻き上げられ、真の背後へ吹き払われていく。
AT-4は弾体を前方へ送り出すと同時に、後方へ大量のガスを逃がす構造だ。
そのままでは危険なバックブラストを抑えるため、発射筒後部から特殊なカウンターマスが放出される。
白い霧のように広がったそれが、真の背後を覆った。
周囲の空気が一瞬で押し退けられる。
真の肩が衝撃に揺れた。
耳を塞ぐ暇などない。
腹の底まで突き抜ける発射音の中で、84ミリの弾体が発射筒から解き放たれた。
白煙を引きながら、弾体が飛ぶ。
距離は、わずか数十メートル。
時間にすれば一瞬にも満たない。
それでも真には、その飛翔が妙に長く感じられた。
——マンティスの右後脚。
そこへ向かって、一直線に飛んでいく。
誰もが見ていた。
小銃弾では止められなかった。
40ミリ榴弾でも倒せなかった。
それでもなお立ち上がり、こちらへ向かってくるB級レヴュラ。
その怪物へ、人間が叩き込む一撃。
白煙の尾を引きながら、AT-4の弾頭がマンティスへ迫る。
そして——。
鋼鉄の右後脚、その装甲の隙間へ吸い込まれるように飛び込む。
ほとんど同時に、弾頭内部の炸薬が作動した。
——成形炸薬。
それは単純に爆薬の破壊力を叩きつけるための弾頭ではない。
爆発のエネルギーを弾頭内部の金属ライナーへ集中させ、その金属を極端な速度で変形させる。
生み出された金属噴流が装甲の一点へ食い込み、穿孔する。
爆発そのものではなく、爆発によって生み出された極端に集中したエネルギーこそが、装甲を破壊する本体だった。
そして今、その兵器が向けられているのは——四メートルの鋼の巨躯……レヴュラ。
——閃光。
視界が白く塗り潰される。
爆発の瞬間、マンティスの右後脚基部を覆っていた装甲が内側から弾け飛ぶ。
着弾の閃光を見た直後、遅れて爆発音が腹を叩いた。
厚い鋼板が歪み、裂け、固定部が引き千切られる。
爆炎が機械脚の内部へ食い込み、油圧配管と駆動機構をまとめて吹き飛ばした。
破砕された金属片が周囲へ飛散する。
灼けた破片がアスファルトへ落ち、路面に新しい傷を刻みつけた。
一気に膨れ上がった黒煙が立ち上がり、マンティスの姿を完全に覆い隠す。
——一瞬。
本当に、一瞬だけだった。
戦場から時間というものが消え失せたような感覚。
誰も声を発しない。
誰も撃たない。
M2の射手さえも、煙の向こうを見つめている。
真も同じだった。
AT-4を撃ち終えた肩に、まだ発射時の衝撃が残っている。
空になった発射筒を握ったまま、ただ煙を見ていた。
——終わった。
そう思いたかった。
これだけやった。
40ミリ榴弾を叩き込み、アイが何度もカメラアイを狙撃し、コンバットレスキューが12.7ミリ弾を浴びせた。
そして最後に、対装甲兵器まで叩き込んだ。
これで立っていられる機械など——。
——だが。
黒煙の奥で、何かが動いた。
「……」
真の喉が、わずかに鳴る。
煙が揺れた。
——風に流されたのではない。
向こう側から、何かが押し分けている。
ゆっくりと。
重々しく。
瓦礫を踏み越えるような気配が、煙の向こうから近づいてくる。
——そして。
黒煙の中から、巨大な影が浮かび上がった。
最初に見えたのは、四基並んだカメラアイ。
そのうちのひとつは完全に砕け、ひとつには亀裂が走っている。
装甲は大きく裂けていた。
右後脚は——。
ない。
基部から吹き飛んでいる。
それでも。
……マンティスは、動いていた。
「……嘘だろ」
誰かの喉から、乾き切った声が零れ落ちた。
マンティスは——まだ動いている。
右側の装甲は、ほとんど原形を留めていない。
爆発によって外殻は大きくめくれ上がり、その内側に収められていたフレームや油圧配管、駆動ユニットが剥き出しになっている。
焼け焦げた配管からは白く気化した冷却水が漏れ、切断されたケーブルが宙に垂れ下がっていた。
——それでも機械は停止しない。
機体前部に固定されたガトリングガンが、なおも動こうとしていた。
弾薬はとうに尽きている。
それでも駆動系だけが射撃動作を繰り返す。
回転する銃身。
空になった給弾機構。
そして、何も吐き出さない銃口。
——撃てない。
それでも射撃命令だけは解除されていない。
命令を実行するために作られた機械が、実行不能になった命令を繰り返している。
あまりにも機械らしい。
そして、それが今は不気味だった。
マンティスは身体を傾けていた。
右側の脚を二本とも失い、自重を支えきれない。
機体が傾き、地面に装甲を擦りながら、アスファルトへ鎌を突き立て、這うように迫ってくる。
一歩。
金属の装甲を引きずる。
もう一歩。
そのたびに、破砕された外装の一部が地面へ落ちる。
それでも前へ進む。
目標との距離を縮めるためだけに。
砕けたカメラアイが、真を捉えていた。
——執念。
誰もが、そう呼びたくなる光景だった。
——だが。
あの機械には、憎しみも恐怖もない。
怒りも、痛みもない。
ただ、排除対象を認識し、排除する。
それだけの命令が残っている。
壊れた機構を抱え、その巨躯を引きずり、弾薬を使い果たしてもなお、その命令だけは止まらない。
だから動く。
だから迫る。
「……これが、B級か」
山本が低く呟いた。
その声音には、わずかな畏怖が滲んでいた。
撃たれても、壊されても、戦闘能力を失いながらなお前進してくる。
人間なら、とっくに戦闘不能になっているだろう。
……いや。
人間なら、生存そのものが成立しないほどの損傷だ。
それでも、あの機械は動いている。
それこそが、機械兵器……レヴュラの恐ろしさだった。
だが——。
山本の表情から、先ほどまでの焦りは消えている。
静かに息を吐き、そして足元に置かれた重火器ケースへと手を伸ばした。
「……だが」
留め具へ指を掛ける。
金属製のロックが外れ、蓋が開く。
「これで終わりだ」
ケースの内部から、黒く長い兵器が姿を現した。
山本はそれを両手で持ち上げる。
ずしりと腕へ伝わる重量。
84ミリ口径の長い発射筒。
その周囲に設けられた照準器と、無反動砲特有の構造。
——カールグスタフ。
スウェーデン生まれの84ミリ無反動砲。
長年にわたり世界各国の軍隊で使われ、自衛隊では84ミリ無反動砲M2として長く運用されてきた歩兵携行式の多用途火器である。
対装甲戦闘を主任務としながら、使用する弾種によってはコンクリート陣地や建造物、軽装甲目標などにも対処できる。
必要な弾薬を選び、その都度、異なる牙を取り替えて使うための傑作兵器。
何も真だけが、切り札を持っていたわけではない。
以前、真がB級レヴュラと突如遭遇した話を聞き、今回の遠征では、最悪の事態に備えていた。
ただでさえ手に入りにくい対装甲兵器ではあるが、山本はなんとかこの兵器を入手し、備蓄していたのだ。
山本は、それを慣れた手つきで肩へ載せる。
目の前には、すでに満身創痍となったB級レヴュラ。
あと一発。
それで終わらせる。
——そういう顔だ。
山本は長大な発射筒を両手で持ち上げた。
この兵器のことは、この場にいる誰よりもよく知っている。
電災前……山本がまだ自衛官だった頃、よく訓練で担いだものだ。
肩へ載せた瞬間、その重量が身体へ沈み込む。
「後ろ、空けろ!」
怒声とともに、山本が振り返る。
カールグスタフは無反動砲であり、発射時に後方へ高温の燃焼ガスを逃がす構造を持つ。
つまり——発射筒の後ろは、ただの空間ではなく、人間が立っていていい場所ではない。
後方へ放出されるガスと圧力は、射手だけではなく、その背後にいる人間へも致命的な危険を及ぼす。
だからこそ、撃つ前に確認する。
何度でも。
どれほど切迫した戦場でも、そこだけは省略できない。
「バックブラスト、クリア!」
即座に周囲から声が返った。
後方の危険区域にいた隊員たちは、すでに退避を終えている。
「後方確認よし!」
山本がもう一度確認する。
返答を聞いた山本は、ようやく前へ向き直った。
装填。
アイアンウルフ隊副隊長の岸上によって、弾薬が発射器へ収められる。
尾栓の機構が閉じられ、射撃準備が整った。
岸上が山本の背中を軽く叩く。
山本は照準器へ目を当てた。
その先に——マンティス。
右側の前後脚ともに機能を喪失し、巨躯を傾けながら、それでも動いている。
もはや歩くというより、残された脚と鎌で這っていると言っていい。
狙うのは——左前脚。
そこを奪う。
右後脚を失い、右前脚はまともに機能していない。ならば、残る左側の支持脚まで破壊すれば、マンティスは自らを完全に支えられなくなる。
少なくとも、自由に動くことはできない。
山本は照準を修正する。
その瞬間だった。
「撃て!」
山本の声を合図に、周囲から一斉に射撃が始まった。
M2重機関銃が再び火線を伸ばし、小銃を持った連中もこれに続く。
マンティスの正面装甲へ弾丸が集中し、カメラアイの周囲で火花が散った。
鋼鉄の頭部が弾かれる。
四基のカメラアイを庇うように、マンティスの機体がわずかに前へ泳いだ。
——その瞬間を、山本は待っていた。
照準器の中央。
左前脚。
大きな機械脚を構成する装甲の隙間。
その奥に見える駆動部。
そこへ照準を置き、呼吸を止めた。
指先が発射操作へかかる。
真が撃ったAT-4は、一発でマンティスの右後脚を奪った。
——ならば。
こちらも一発で終わらせる。
山本は引き金を引き——カールグスタフが吼えた。
気が付けば、この作品中、最長エピソードになってる『補給線』編ですが。
もう少しお話は続きます。




