『補給線』-15
未知のB級レヴュラ『マンティス』の前に翻弄される真たち。
仲間を失いつつも、正面通用門を目指す。
そして、マンティスの追撃を阻むように一発の銃声が響いた
黒煙の向こうで、戦場の均衡が崩れた。
——それは、あまりにも突然だった。
〈——射撃します〉
静かな無線が耳元に届く。
——その声の主はアイ。
メカドールのみで編成されたハンター小隊『プリムローズ』——通称『メカドール隊』に所属する狙撃手である。
彼女はプラントから百数十メートル離れた民家の二階に潜み、正面通用門周辺を監視していた。
任務は、合流してくるレヴュラの警戒と迎撃。
そして今、その任務は新たな局面を迎える。
アイは静かに、愛銃の引き金に指を掛けた。
照準線の先に映るのは、黒煙の中を歩く四メートル級の巨躯。
スコープ内のレティクルが微動だにしない。
——そして発砲。
銃身から解き放たれた.308ウィンチェスター弾は、約マッハ2.5に達する速度で空気を切り裂く。
わずか10グラムほどの鉛芯弾。
しかし、その小さな弾丸には3,000Jを超える運動エネルギーが宿る。
狩猟用ライフルとして生まれ、軍・警察狙撃銃にも採用され続けてきたこの弾薬は、人間相手ならば防弾装備ごと生命を断ち切るだけの威力を秘めていた。
弾丸は一直線に飛翔し、マンティス前面装甲へ命中する。
——硬質な火花が散った。
そして、半拍遅れて狙撃音が物流搬出口へ届く。
音よりも速く飛ぶ弾丸。
狙撃銃特有の時間差だった。
しかし——その一撃ですら、B級レヴュラの装甲を撃ち抜くには至らない。
7.62ミリ弾では足りない。
装甲表面に浅い痕跡を刻むだけで、内部構造へ到達することは叶わなかった。
——だが、それで十分だった。
マンティスが動きを止める。
マンティスは旋回し、撃たれた方向へと向きを変えた。
——標的を探している。
攻撃を受けた事実だけは認識しているのだ。
だが、そこに射手はいない。
当然だった。
アイが潜む民家二階は、正面通用門から100メートル以上も離れている。
しかも彼女は窓際に張り付いてなどいない。
経験豊富な狙撃手ほど、窓は"撃つ場所"ではなく"撃たれる場所"であることを知っている。
アイも例外ではなかった。
窓から数歩奥へ下がって、室内の暗がりを利用して射撃位置を構築している。
その身体はサーマルブランケットで覆われ、放射される赤外線も極力抑え込まれているはずだった。
仮にマンティスが高性能な赤外線探知装置を備えていたとしても、100メートル以上離れた建物の内部、そのさらに奥に潜む狙撃手を即座に特定することは容易ではない。
まして、周囲には火災によって起こった黒煙。
熱せられた鉄骨、燃え盛る積荷。
赤外線画像は無数の熱源で埋め尽くされ、標的を選別するには極めて厳しい環境となっていた。
レヴュラは『耳』がいい。
わずかな駆動音すら拾い上げる高感度音響センサーを備えているのだろう。
だが、それでも限界はある。
映画やSF作品のように、被弾した瞬間の衝撃だけで射撃位置を正確に逆算できる万能な存在ではない。
もし、そのような能力を備えているのであれば。
アイは発砲した瞬間に撃ち返され、今ごろ民家ごと吹き飛ばされているはずだった。
つまり——。
マンティスは攻撃されたことこそ理解している。
しかし、まだ狩るべき獲物の居場所までは掴めていない。
その数秒の迷い。
それこそが、人類が命を繋ぐために残された、わずかな猶予だった。
——そして、二射目。
乾いた銃声が、再び遠方から響く。
今度の狙点は脚部だった。
重装甲に覆われた胴体ではなく、油圧シリンダーや駆動リンクが露出した関節部を正確に狙っている。
狙撃手らしい判断だった。
弾丸は機械脚の付け根へ吸い込まれ、小さな火花を散らす。
装甲を貫通するには至らない。
それでもマンティスは歩みを止めた。
四基のカメラアイを射撃方向へ向け、再び発砲位置を割り出そうと演算を開始する。
「……」
その様子を見つめながら、山本は静かに目を細める。
「……効いてはいない」
苦々しい声だった。
装甲は健在。
歩行機構にも致命傷は見当たらない。
B級レヴュラの防御性能は、やはり常識外れだった。
「でも、確実に気は引けてる」
隣の岸上が視線を逸らさずに続ける。
その言葉どおりだった。
マンティスは追撃を中断し、射撃位置の特定を優先している。
四基のカメラアイは休むことなく周囲を走査し、膨大な情報を高速処理していた。
動きを止めたのは、ほんの数秒。
しかし戦場において、その数秒は生死を隔てる長さになる。
人間が全力疾走で十数メートルを稼げる時間。
遮蔽物ひとつへ飛び込める時間。
仲間を引きずって退避させられる時間。
それだけあれば十分だった。
「今だ!」
山本の怒号が構内へ響き渡る。
「全員、駆け抜けろ!」
その一声で隊員たちは一斉に飛び出した。
構内道路のアスファルトを蹴り、正面通用門へ向けて全力で走る。
誰も振り返らない。
止まる者もいない。
生き残るためには、1メートルでも前へ進むしかなかった。
——その瞬間だった。
マンティス後部に備えられた巨大な円筒構造が、ゆっくりと展開する。
「……?」
走りながらも、真の視線がそこへ吸い寄せられる。
今まで閉じられていた装甲板が開き、その内部で何かがせり上がってくる。
円筒内部は暗く、詳細までは見えない。
だが、そこに新たな兵装が格納されていることだけは一目で理解できた。
嫌な予感が背筋を走る。
「篠崎くん!」
山本の声が鋭く飛ぶ。
「下がって!」
叫びと同時だった。
円筒内部から甲高い駆動音が響き渡る。
続いて、小型の物体が勢いよく射出された。
「まさか……!」
真の顔から血の気が引く。
「ジャベリンか!?」
脳裏をよぎったのは、FGM-148ジャベリン。
現代戦を代表する携行対戦車ミサイルである。
近年の装甲車両は強固な正面装甲を備える一方、上面装甲は比較的薄い。
ジャベリンは、その弱点を突くために開発された兵器だった。
一度上空へ打ち上がり、目標上空から急降下して天面を撃ち抜く——いわゆるトップアタック方式。
その破壊力は、主力戦車すら撃破できるとされる。
もしマンティスが、それに類する誘導兵器を搭載しているのだとしたら。
この開けた構内道路には逃げ場がない。
遮蔽物へ飛び込む時間すら与えられず、直撃を受けた者は跡形もなく吹き飛ぶ。
誰か一人では済まない。
部隊そのものが、一瞬で壊滅する可能性すらあった。
だが、その軌道は人間たちの予想とはまったく違っていた。
射出された物体は一直線に上昇し、物流プラントの巨大な屋根を軽々と飛び越える。
なおも高度を上げ、百メートル近い上空へ達したところで、外殻が静かに展開した。
「……ミサイルじゃない」
誰かが息を呑む。
「ドローンか……?」
円筒状だった機体は、空中で瞬く間に形状を変え、小型の回転翼を展開した。
細身の機体は一瞬だけ空中で静止すると、まるで目的地が最初から決まっていたかのように進路を定め、高速で東の空へ飛び去っていった。
「落とせ!」
誰かが反射的に引き金を引いた。
数条の曳光が空を切る。
だが、小さな機影は不規則な軌道で高度を保ったまま飛翔し、弾道をことごとく置き去りにする。
やがて、それは曇った空へ溶け込むように小さくなり、誰の視界からも消え失せた。
「……通信か?」
岸上が眉を寄せる。
「いや、それとも増援要請か……」
誰にも答えはない。
ただ一つ確かなのは、あの飛行体はこちらを直接攻撃するための兵器ではなかったという事実だけだった。
ならば、何のために飛ばしたのか。
その疑問は、不吉な予感だけを残して胸の奥へ沈んでいく。
もしレヴュラ同士が戦場の情報を共有し、広域通信網まで構築しているのだとすれば——。
この戦いは、彼らが思っている以上に厄介な局面へ入りつつあるのかもしれない。
その考えを振り払うように、無線へ新たな声が割り込んだ。
〈——こちらコンバットレスキュー。間もなく現着する〉
落ち着き払った報告だった。
その一言だけで、張り詰めていた空気がほんのわずかに緩む。
だが、それも束の間だった。
アイの狙撃地点を特定することを諦めたのか、マンティスは並んだカメラアイを再び人間たちへ向ける。
左右の巨大な鎌がゆっくりと持ち上がり、鋼鉄の関節が重々しく軋んだ。
次の獲物を定めた捕食者そのものの所作。
迷いも躊躇も存在しない。
あるのは、排除対象へ最短距離で接近するという機械的な意思だけだった。
「プリムローズ隊、コンバットレスキューが間もなく到着する」
山本が走りながらマイクを握る。
「それまで時間を稼いでくれ」
返答は一拍も置かなかった。
〈——了解。時間を作ります〉
アイの声は静かだった。
恐怖も高揚も感じさせない。
淡々と任務を受領するだけの、研ぎ澄まされた狙撃手の声。
正面通用門まで、あとわずか。
しかし、その「わずか」が果てしなく遠い。
マンティスは四本の機械脚を規則正しく駆動させながら迫ってくる。
巨体とは思えない。
重量を感じさせない滑らかな加速。
一歩ごとにアスファルトが震え、鋼鉄の脚部が地面を踏み抜くたび、低い振動が足裏から全身へ突き上げてくる。
背後で鳴り続ける駆動音は一定だった。
だからこそ不気味だった。
まるで大型の工作機械が休むことなく稼働し続けるような無機質さ。
その音は、人間の本能へ直接語り掛ける。
——逃げろ、と。
「止まるな!」
山本の怒声が道路へ響き渡る。
「とにかく走れ! 射線を切れ!」
隊員たちは負傷者の肩を支え、ある者は仲間の銃まで抱え込みながら必死に駆ける。
道路脇へ積まれたパレットの陰へ滑り込み、シャッターが開いた建屋へ飛び込み、再び反対側から飛び出す。
遮蔽物を渡り歩くように移動し、少しでも敵の照準を乱そうと試みる。
しかし、マンティスは追撃の手を緩めない。
機体前面へ固定されたガトリングガンが再び火を噴く。
猛烈な弾幕が構内道路を一直線に薙ぎ払い、鉄骨の柱を削り、壁面を穿ち、フォークリフトの鋼板を蜂の巣にしてゆく。
砕けたコンクリート片と鉄片が雨のように降り注ぎ、そのたび隊員たちは身を縮めながら走り続けた。
真は一瞬だけ肩越しに振り返る。
その視線は敵の装甲ではない。
もっと別のものを見ていた。
「……やっぱりだ」
息を切らしながら、小さく呟く。
違和感は確信へ変わっていた。
過去に自分が相対したスカラベとの決定的な違い。
あちらは背部のタレットが独立して旋回し、機体がどちらを向いていようと全周囲へ射撃できた。
だが、マンティスにはそれがない。
銃身は胴体へ完全に固定されている。
だから撃つたびに、必ず機体そのものを旋回させている。
そのわずかな構造上の制約。
そこに——人間が生き残るための突破口が、確かに存在していた。
「山本さん! やっぱりそうだ!」
真は全力で駆けながら叫んだ。
「あいつの機銃は固定だ!」
山本の視線が鋭く真へ向く。
「撃てるのは前だけ!」
短い一言。
しかし、その情報は稲妻のような速さで隊員たちの認識を書き換えた。
誰もが今まで気付かなかった。
いや、気付けなかったと言うべきか。
四メートル級の鋼鉄の巨体。
小銃弾を物ともせず、巨大な鎌で人間を紙細工のように引き裂き、圧倒的な火力で戦場そのものを削り取る怪物。
そんな存在を相手にして、冷静に構造を観察できる人間などいるはずがない。
一瞬でも判断を誤れば、次の瞬間には肉塊となって地面へ転がっている。
だから誰もが生き延びることだけで精一杯だった。
だが——。
恐怖の向こう側でなお敵を見続けていた真だけが、その違和感を拾い上げた。
あれほど凄まじい火力。
あれほど巨大な武装。
だからこそ、人は無意識に思い込んでいた。
——その攻撃範囲に隙などあるはずがないと。
しかし実際には違っていた。
ガトリングガンは胴体へ固定されていた。
射撃のたび、マンティスは必ず四本の脚で機体ごと向きを変えている。
つまり——あの圧倒的な制圧力も、正面という限られた射界でしか発揮できない。
「常に横へ回れ!」
山本が即座に怒鳴る。
「正面へ入るな! 左右へ散れ!」
命令は一瞬で全部隊へ伝わった。
アイアンウルフ隊が左右へ大きく展開する。
クロウズ隊も物陰を伝いながら側面へ移動し、サンダーバレッツ隊がさらに外周へ回り込む。
マンティスはカメラアイをせわしなく動かし、照準を追従させる。
そして機体を旋回させながらガトリングを発射した。
だが、もう遅い。
人間たちはすでに射線から外れていた。
数百発の弾丸は誰一人として捉えることなく構内道路を薙ぎ払い、その先のコンクリート壁を粉砕するだけに終わる。
破砕された壁面から砂塵が噴き上がり、砕けた破片が雨のように降り注いだ。
「……そういうことか」
山本は荒い呼吸を整えながら、小さく呟く。
胸の奥で暴れていた恐怖は消えていない。
手足の震えも収まらない。
それでも、ほんの少しだけ景色が変わって見えた。
目の前にいるのは、得体の知れない災厄ではない。
神話に登場する怪物でもない。
鋼鉄で組み上げられた兵器。
そして兵器である以上、その設計思想から逃れることはできない。
火力を得れば、必ず何かを犠牲にする。
装甲を厚くすれば、別の自由度を失う。
機能を増やせば、必ず構造は複雑になる。
それは人間が造る戦車も、航空機も……そしてレヴュラも変わらない。
万能な兵器など、この世には存在しない。
構造がある以上、限界もある。
限界があるなら、必ず攻略法もある。
山本は静かにライフルを握り直した。
さっきまで視界を覆っていたのは絶望だった。
今、その闇の中に、針の穴ほどの小さな光が見え始めていた。
——勝てる。
いや。
勝つ方法を、ようやく見つけ始めた。
「篠崎君」
山本が無線越しに呼び掛ける。
「スカラベと戦った時、どこを狙った?」
問いは短い。
だが、その意味は重かった。
この場で唯一、単独でB級レヴュラを撃破した実績を持つ男。
未知の敵を前にした今、誰よりも頼るべき経験だった。
「——脚だよ」
真は走りながら視線を外さない。
迫り来るマンティスの四脚を観察し続け、その構造を頭の中で組み立てていく。
「あいつもスカラベと同じだ」
息を整えながら続ける。
「完全に装甲で覆われてるわけじゃない」
巨体を支える四本の脚。
そこには厚い装甲板が取り付けられている。
しかし、関節部までは覆い切れていない。
金属の装甲板は、人間の皮膚のように伸び縮みしたりはしない。
それ故に、可動域を確保するため、油圧シリンダー、各種アクチュエーターや配線、重量を支えるための機械部品が装甲の隙間から覗いていた。
それらは可動の妨げにならないよう、装甲で覆われずに露出している。
「あそこだ」
真は即座に断言する。
「脚さえ潰せば、どれだけ装甲が硬くても動けなくなる」
四メートル級の鋼鉄の巨体。
その質量は、強靭な脚部があって初めて成立する。
逆に言えば、脚を一本でも失えば、その機動力は大きく削がれる。
「あのガトリングも鎌も脅威なのは正面だけだ」
真はマンティスから視線を逸らさない。
「足を止められれば、タレットを積んでいたスカラベより戦いやすい」
全周囲へ火力を投射できたスカラベとは違う。
マンティスは、自ら向きを変えなければ攻撃できない。
その分、機動力へ依存している。
つまり——。
機動力を奪えば、一気に牙を折れる。
「了解した」
山本は短く返した。
迷いはない。
その情報だけで十分だった。
攻略法は見えた。
あとは、それを実行できる火力を手に入れるだけ。
その時だった。
乾いた狙撃音が戦場へ響く。
音より先に、マンティスの前面装甲で火花が弾けた。
百数十メートル離れた民家。
アイのM24SWSから放たれた7.62ミリ弾が再び命中したのだ。
威力不足なのは承知の上。
それでも狙撃は止まらない。
そして。
マンティスの巨体が静かに向きを変える。
——アイが潜む民家の方角へ。
「……気付いたか」
真が低く呟く。
直後、無線が入る。
〈——B級レヴュラ。こちらの射撃方向を推定した可能性があります〉
アイの報告は、どこまでも冷静だった。
声色に焦りはない。
事実だけを淡々と伝えている。
だが、同じ部屋にいたサキは思わず窓際から身を引いた。
「アイ……」
彼女は恐る恐る外を覗く。
百メートル以上離れている。
それでも分かる。
巨大な黒い機影が、まっすぐこちらを見据えていた。
四基の赤いカメラアイ。
まるで獲物を見定める肉食獣の視線。
機械であるはずなのに、その圧迫感だけは生き物以上だった。
「退避しようよ」
サキの声が震える。
「あれ……完全にこっちを見てるよ」
もし相手がスカラベなら、榴弾ランチャーが火を噴き、この民家ごと吹き飛ばされていても不思議ではない。
それほどの距離だった。
しかし。
「——大丈夫」
アイはスコープから目を離さない。
「この距離では、正確な射撃はできない」
落ち着き払った口調。
決して強がりではない。
分析の結果を、そのまま口にしているだけだった。
サーマルセンサーは万能ではない。
映画や映像作品のように、壁越しの人体を透視する魔法の目ではない。
百メートル以上離れた民家。
窓は最小限しか開けていない。
射線を確保するためだけの細い隙間。
アイ自身は室内の奥へ伏せ、全身をサーマルブランケットで覆っている。
放射される熱は背景へ溶け込み、外部から識別することは極めて難しい。
まして、この距離だ。
マンティスが位置を推測できたとしても、正確な照準までは与えられない。
〈——現在位置から射撃を継続します〉
一瞬だけ間を置く。
そして、静かな声で続けた。
〈——この距離なら……私の方が確実に"当てられます"〉
迷いはなかった。
覚悟というより、それは狙撃手としての確信だった。
再び引き金が絞られる。
発射炎は窓の奥で一瞬だけ閃き、.308ウィンチェスター弾が音速の約2.5倍で空気を切り裂く。
マンティス前面装甲へ吸い込まれ、カメラアイのすぐ脇で火花を散らした。
装甲は砕けない。
レンズも割れない。
——それでも。
マンティスはわずかに身を逸らすような挙動を見せ、カメラアイを庇うように機体の向きを変えた。
真はその様子を見逃さない。
「……そうか」
小さく息を吐く。
「お前も"目"は守りたいんだな」
その反応は、人間で言えば無意識に顔を庇う防御反応によく似ていた。
完全に無感情な機械ではない。
少なくとも、自らの視覚センサーを最優先で保護する行動原理が組み込まれている。
またひとつ。
怪物の中から、人間が利用できる"癖"が姿を現した。
その一瞬の隙を、ハンターたちは見逃さなかった。
アイの狙撃によってマンティスの視線が逸れた刹那、それぞれが遮蔽物から飛び出し、一斉に次の陣地へ走る。
その中で、真は足を止めることなくM4A1を構え直した。
銃身下に装着されたM320擲弾発射器。
その存在感が、いつになく重い。
川崎第三クオム陥落の報せを耳にした時、真は最悪の事態を想定した。
B級ではない。さらにその上——A級レヴュラとの遭遇。
その可能性を考え、ようやく手に入れた40ミリ擲弾発射器だった。
決して安い買い物ではない。
それどころか、この世界では一挺のライフルにも匹敵するほどの価値を持つ重装備。
その切り札が、今夜ようやく火を噴く。
「脚を狙う! 巻き込まれるなよ!」
真が叫ぶ。
狙うのは装甲ではない。
四本の脚。
関節部。
油圧シリンダー。
アクチュエーター。
装甲板の隙間から露出した、機械として避けられない急所。
完全な破壊など望んではいない。
ほんのわずかでも損傷を与えられれば、それだけで十分だった。
次へ繋がる——その確信があった。
距離、およそ80メートル。
実戦で撃つのは初めて。
射撃場で数発撃った経験しかない。
しかし、迷う理由にはならない。
今は撃つしかない。
真は照準をわずかに上げ、放物線を計算に入れながら静かに引き金を絞る。
M320がM433多目的榴弾を吐き出した。
榴弾は緩やかな弧を描きながら夜気を裂き、一直線では届かない軌道で目標へ向かう。
そして——右前脚。
油圧ユニット付近へ命中。
爆炎が脚部を包み込み、金属片と火花が四方へ飛び散る。
分厚い装甲は砕けない。
だが、内部の油圧配管へ確かに衝撃が加わった。
マンティスの巨体がわずかに傾ぐ。
それでも四メートル級の機体が揺らぐ光景は、十分すぎる成果だった。
「効いた……!」
誰かが思わず声を上げる。
手応えはあった。
確実に。
だが——。
次の瞬間、その期待は容赦なく踏み砕かれる。
マンティスは損傷した右前脚を引きずりながらも、歩みを止めない。
負荷の掛かった油圧部から火花を散らし、それでも前へ。
さらに右前肢の巨大な鎌を地面へ深々と突き立てる。
まるで杖のように機体を支え、そのまま重量を預けながら再び加速を始めた。
壊れた脚を、武器で補う。
その発想は、人間が松葉杖を使う姿にさえ似ていた。
「……嘘だろ」
真の口から思わず言葉が漏れる。
脚を潰せば止まる。
その読みは間違っていなかった。
だが。
止まりはしない。
止まる前に、別の方法で前進を維持してみせた。
その適応能力は、人間の予想を一歩上回っている。
絶望が再び胸を締め付けようとした、その時だった。
〈——こちらコンバットレスキュー。現着した〉
無線から響いた一言。
待ち望んだ声だった。
張り詰めていた空気が、一瞬だけ変わる。
全員の視線が正面通用門へ集まった。
構内道路の先、一台のRV車が姿を現す。
市販車を徹底的に改造した救難車両。
車体には増加装甲として鉄板が幾重にも溶接され、フロントグリルには巨大なガードフレームが備えられている。
ルーフには大型ラックが組まれ、補助灯が隙間なく並ぶ。その姿は、もはや民生車とは呼べない。
荒廃した世界で生き残るためだけに鍛え上げられた、実戦仕様の機械だった。
そして——その車両が現れたということは。
山本と真が必要としていた"切り札"もまた、ここへ運ばれてきたという意味にほかならない。
戦いは次の局面へ移る。
逃げ延びるための戦闘ではない。
怪物を討ち取るための戦闘へ。
エンジン音が力強く響く。
それは、この壊れた世界で生きるハンターたちにとって特別な音だった。
——討伐に失敗し、レヴュラの群れに取り残された者。
重傷を負い、自力では帰還できなくなった者。
そんな絶望の淵へ駆け付ける最後の部隊。
——コンバットレスキュー。
彼らは決して武勲を競う者たちではない。
それでもハンターたちは知っている。
この車両の姿が見えた時、自分たちはまだ生きて帰れる。
だから誰もが彼らをこう呼ぶ。
この壊れた世界を駆ける、最後の希望と。
——道路。
破壊された設備。
横転したフォークリフト。
弾痕だらけのコンテナ。
粉砕されたパレットから零れ落ちた段ボールが、黒煙混じりの風に煽られて転がっていく。
そして——巨大な鎌を左右に携え、人間を刈り取るためだけに歩み続ける四メートル級のレヴュラ。
まるで死神そのものだった。
「…………」
助手席のドアを開けて降り立ったブリザードファング隊隊長・砂上輝。
その男は異様な光景を目の当たりにし、一瞬だけ言葉を失う。
レヴュラの危険性なら嫌というほど理解している。
救難任務に就く以上、戦闘報告書にも、戦死者の写真にも、何度となく目を通してきた。
だが——紙の上に並ぶ文字と、実際に目の前へ現れる"それ"とでは、迫力がまるで違う。
鋼鉄の四脚。
人間の胴ほどもある巨大な鎌。
四基の並んだカメラアイが、獲物を値踏みするようにこちらを見据えている。
そこには生物らしい息遣いも、感情の揺らぎも存在しない。
ただ、人間を殺すという機能だけが、冷徹に組み込まれている。
「……でけぇな」
誰ともなく漏れた呟き。
それは恐怖というより、純粋な圧倒だった。
B級レヴュラを実際に見た経験を持つ者など、新宿クオムでも数えるほどしかいない。
この場で実際に交戦した経験を持つのは、篠崎真ただ一人。
他の者にとっては、目の前の存在は"報告書の中の怪物"でしかなかった。
その怪物が、今まさにこちらへ歩いて来ている。
「荷物を降ろします!」
ブリザードファング隊の町上が短く告げる。
声に震えはない。
だが、その額には冷たい汗が滲んでいた。
「急げ!」
砂上の号令が飛ぶ。
その瞬間、ブリザードファング隊は一斉に動き始めた。
荷室が開き、ラチェットベルトが外される。
固定されていた大型ハードケースが地面へ降ろされていく。
無駄な動きはひとつもない。
——彼らは戦闘部隊ではない。
だからこそ、救難のための手順だけは身体へ染み込むほど叩き込まれている。
重火器のケース。
弾薬箱。
医療資材。
それらが流れるような連携で運び出され、戦場の最前線へ送り込まれていく。
——反撃の始まりだった。
このマンティスとの攻防は、その登場人物の多さに苦しんでいます。
かといって、この作品を続ける中で、また出てくる可能性が多い
人ばかりなので、そのお披露目も含めて、多くの人数を動かしてます。
本当はもっと長かったんですが、あまりに長くなりすぎたので、
次回にスライドしました。
途中マンティスが飛ばしたドローンですが、ちゃんと理由はあります。




