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電災都市  作者: あるふぁ
第五章『補給線』
38/39

『補給線』-10

目的地である、静岡県焼津市へ到着した一行。

物資回収作戦の開始に向け、様々な準備が進められる中、

不穏な動きを見せる者達がいた。

〈――そろそろ目的地に着くぞ〉

 

 先頭を走る二号車。

 そのハンドルを握る、サンダーバレッツ隊、山口の声。

 無線越しの低い声に、車内の空気がわずかに引き締まる。


 ほどなくして車列は速度を落とし、四台のトラックは滑り込むように、並んで停止した。

 少し遅れて、コンバットレスキュー(ブリザードファング隊)の改造戦闘車が、周囲を警戒するように、間隔を空けて停車する。

 

 エンジンが切られると、それまで荷台の床や骨組みを震わせていたディーゼルの重低音が途絶える。焼津の街を包む静寂だけが残った。

 夏の暑さを和らげてくれる、潮混じりの風が、錆びたフェンスを微かに鳴らす。


 一号車と二号車に分乗していたメンバーたちが、次々と荷台から飛び降りてきた。


 日本平ネストからの距離は、通常なら三十分もかからない程度。

 だが、舗装が傷んだ高速道路を、物資と武装を積んだ旧式トラックで走れば話は別だ。


 電災から三年あまり。

 整備用の部品ひとつ手に入れるのも楽なことじゃない。

 へたり切ったサスペンションは、路面の凹凸を律儀すぎるほど乗員へ叩き返してくる。


 そもそも貨物トラックの荷台というものは、人を乗せて運ぶようにはできていない。

 間に合わせの椅子が取り付けてあるとはいえ、荷台内に伝わる振動が和らぐことはなく、中にいる者は常に不快なシェイクに曝され続ける。

 

 揺れに振り回され続けた身体を解すように背筋を反らす者。

 アスファルトへどかりと腰を落とし、煙草の代わりに安物のミントタブレットを噛み砕く者。

 荷台の縁に腰掛けたまま、温い缶コーヒーを黙って煽る者もいる。


 ――遠征部隊の空気は、どこか奇妙だった。


 緊張感がない……というわけではない。

 だが、命のやり取りを目前に控えた人間特有の、張り詰めた殺気とも違う。


 全員が理解しているのだ。

 これから踏み込む場所は、レヴュラを蹴散らすことが目的じゃない。

 

 だからこそ逆に、必要以上に肩肘を張らない。

 電災後の世界を生きる狩人たちなりの、妙に乾いた落ち着きがそこにはあった。

 


「おーし、んじゃ早速くじ引き始めようぜー」

 真っ先に声を張り上げたのは、デスペラード隊の古賀だった。


 場違いなほど気の抜けた調子に、周囲からも笑い混じりの声が返る。


「お、来た来た」

「夜番だけは避けてぇな……」

「お前どうせ寝るだろ?」


 誰かが茶化し、別の誰かが笑う。


 その様子だけ見れば、レヴュラの支配圏で物資回収作戦へ挑む武装集団には見えない。

 だが、それでいいのだと真は思う。


 無理に気を張り続ければ、人間の神経は簡単に摩耗する。

 電災から三年余り。

 この世界で生き延びてきた連中は、その辺りの力の抜き方を嫌というほど理解していた。


「篠崎くん。アーバンフォックスは二人だし、アリスちゃんもいるから、プリムローズと合同でいいかな?」


 山本が振り返りながら声を掛けてくる。


 真は肩に提げたM4A1のスリングを掛け直し、軽く頷いた。


「ルナたちとは何回か合同討伐やってるし、問題ないよ」


「助かるよ。メカドール隊との連携慣れてる人材、貴重だからね」

 山本はそう言って笑った。

 

 だが――そのやり取りを、露骨に不満げな顔で眺めている連中がいる。

 

 ――ファイアレイン隊の青木。

 そして、その取り巻きである玉城、久米、相沢たちだ。


 スウォームと遭遇し、日本平ネストへ立ち寄るまでの車中、真と散々火花を散らしていた連中である。


「おい……ここ、どこだよ?」

 青木が眉間に皺を寄せながら周囲を見回す。


 玉城も不機嫌そうに吐き捨てた。


「工場なんか見当たらねぇじゃねぇか」

「つーか、なんだよこの空気」


 青木からすれば、拍子抜けもいいところなのだろう。

 だが、それも無理はない。


 ――この場所は、目的地である『おとひめフーズ焼津プラント』そのものではない。


 現在、真たちがいるのは、プラントからおよそ800メートルほど離れた一角。


 旧・航空自衛隊静浜基地。

 かつては、将来日本の防空を担う航空学生や操縦課程の訓練生たちが飛行訓練を受けていた場所だった。

 


 電災以前なら、若いパイロット候補生たちがT-7練習機を駆り、青空へ飛び立っていたのであろう滑走路。

 だが今、その広大な敷地には、風に煽られる雑草と、放置車両の残骸だけが転がっている。


 格納庫のシャッターには無数の錆が浮き、管制塔のガラスは埃塗れだ。


 それでも東京都内と比べれば、破壊は驚くほど少ない。

 焼け跡だらけの歌舞伎町とは違う。

 ここにはまだ、“人がいなくなっただけの街”という空気が色濃く残っていた。


 まるで昨日まで住民たちが普通に暮らしていて――ある日突然、その姿だけが消え失せたようにさえ見える。

 穏やかな風が吹き、どこか遠くで、看板の軋む音がした。



 「……なんで呑気にブルーシートなんか広げてやがる。ピクニックじゃあるまいし」

 青木が吐き捨てるように言い、眉間に深い皺を刻んだ。

 

 その視線の先では、トラックの陰になる場所へ手慣れた動きでブルーシートが敷かれ、折り畳み式の簡易アウトドアテントまで次々と展開されている。


 さらに、その上では待機時間を見越してか、寝転がったままエナジーバーを齧る者までいた。


 双眼鏡を首から提げ、周辺建物の位置関係を確認している者。

 中には腕を枕にして空を見上げ、欠伸を噛み殺している者さえいる。


 空気は妙に緩みきっていた。

 物資回収作戦へ赴く部隊に漂うべき殺気や緊迫感は、そこには欠片ほども見当たらない。


 張り詰めた沈黙。

 研ぎ澄まされた警戒。

 引き金に指をかけ、いつでも飛び出せるよう神経を尖らせる――青木たちが思い描いていたのは、そうした死地の前線だったはずだ。


 だが現実に広がっているのは、どこか牧歌的ですらある奇妙な光景。


 それは弛緩ではない。

 場数を踏んだ者だけが纏う、計算された余裕。


 この異様さが何を意味するのか。

 青木たちは、まだ知らない。

 


「お前――あれだけ偉そうに講釈垂れておいて、なんにも知らねぇんだな」

 乾いた声が、背後から聞こえた。


 ――真だった。


 青木がぎろりと振り返る。

 その眼光には、露骨な敵意が滲んでいた。


「……あぁ?」


「俺たちが普段、どうやってレヴュラ狩りの情報を拾ってるか。そこまでは知ってるよな?」


「ふざけんな。そんなもんハンターなら常識だろうが。舐めてんのか、てめぇ」


 苛立ちを剥き出しにして噛みつく青木。


 真は肩をすくめ、小さく鼻を鳴らす。


「なら話は早い」

 真はわずかに口角を上げた。


「今回の作戦には、スカウトが同行してない」


「……は?」


 青木の表情が固まった。


「つまり、これから俺たち自身で偵察して、安全確認を済ませる必要があるってことだ」


 その一言で、青木の顔に浮かんだのは困惑だった。


 真はそれを見逃さない。


 獲物の喉元へ刃を滑らせるように、真は続けた。


「スカウトの基本は最低二十四時間の定点観察。目標地点にレヴュラが常駐しているか、巡回周期はどうか、群れの規模はどれほどか。増援の兆候や移動ルートまで洗い出して、ようやく攻撃の可否を判断する」


 そこでわざと間を置き、薄く嗤った。


「……まさか、それすら知らなかったわけじゃないよな?」


 青木のこめかみに血管が浮き上がる。


「てめぇ……!」


「よくそんな知識でCランクまで来れたもんだ」

 真の声音には、容赦のない冷気があった。


「どうせ戸上さんたちの火力にぶら下がって、後ろからついてきただけだろ」


 そして、決定打を落とす。


「――寄生ってやつか」


 その言葉は、錆びた鉈のように鈍く、だが確実に青木の矜持を抉った。


 真には覚えがある。

 かつて夢中になっていたオンラインゲームの世界にも、似たような連中は掃いて捨てるほどいた。


 他人が膨大な時間を費やして構築した戦術。

 検証に検証を重ねて導き出された最適解。

 それらを何の苦労もなくなぞり、勝利という果実だけを当然の顔で掠め取っていく輩。


 そういう手合いは、決まって同じ名で呼ばれていた。


 ――寄生。


 世界が変わろうと、本質は何ひとつ変わらない。


 

 今回の遠征に参加しているのは、全員がCランク以上のハンターだ。


 ハンターとは、まずは訓練課程のEランクからスタートし、クオム外での討伐任務に随伴するか、あるいは単独で成果を挙げればDランクへ昇格する。

 これで、晴れてレヴュラを狩る者……ハンターを名乗ることが可能となる。

 

 そこから無線機を保有し、一定数以上の依頼達成を積み重ねてようやくCランクへ至るのだ。

 

 表向きだけ見れば、一人前の経験者。

 だが、制度の隙間はどんな世界にも存在する。


 強力な小隊に所属していれば、本人の力量が乏しくとも昇格条件を満たすことは、決して難しいことでもない。


 ――レヴュラとの戦闘は、常に流動的。


 地形。

 敵の数。

 突発的な増援。

 予測不能のイレギュラーが幾重にも絡み合う。


 人数が増えれば、その分だけ弾薬代は嵩み、分け前は減る。

 どれほど精鋭の部隊であろうと、所属する全員へ均等に成果を与え続けるなど不可能に近い。


 それでもなお昇格だけを重ねた者がいるとすれば――それは、自ら戦果を掴んだのではない。

 誰かの背中に貼り付き、吸い上げてきただけの話。


 青木のような人間がこの場にいる。だとすれば、答えはひとつしかない。


 肩書きだけが独り歩きし、中身がまるで追いついていない。

 他人の戦果に便乗し、背中に貼り付き、昇格してきただけの、空虚なハンター。


「それにさ」

 真は畳みかけるように、さらに言葉を落とした。


「お前ら――山本さんに外されたろ?」


 その一言が、青木の表情をぴくりと強張らせる。


「そんなにカリカリしてないでさ、そこで大人しく見学でもしてればいいじゃん」


 あえて軽く言い放つ。

 その何気ない口調が、かえって青木の矜持を深く抉った。


 

 一号車でのやり取りを、真は忘れていない。


 メカドールに対するあからさまな侮蔑。

 典型的なA.I.A.思想。


 その時点で、青木たちは山本の作戦構想から外れていた。


 当然だろう。


 今回の作戦は、新宿クオムから遥か西――土地勘も支援もない焼津で行われる。

 何が起きても不思議ではない。


 万が一にも負傷者が出れば、現場で即座に処置できる医療知識が不可欠になる。


 実際、先日のスウォーム戦で深手を負ったファイアレイン隊の阿部。

 その彼を診ているのも、ルナ率いるプリムローズ隊やアリスだ。


 応急処置や感染対策。止血の判断。

 本職のドクターほどまでとは言わないが、下手な看護師並みの知識が彼女たちには備わっている。

 歌舞伎町という欲望の都で生きてきた彼女たちは、身を護る術のひとつとして、それらの知識を有しているのだ。

 

 そんな重要戦力と露骨に反目する人員を、危険度未知数の作戦へ組み込むなど論外。


 山本の判断は、極めて妥当。

 むしろ温情ですらある。

 


 青木は唇をきつく噛み締めたまま、言葉を失っていた。


 反論したい。

 怒鳴り返したい。

 だが、正論で押し潰された怒りほど、ぶつける場所を失うものはない。


 

 やがて彼は憎悪を滲ませた視線を真へ叩きつけると、踵を返した。


「行くぞ」


 低く吐き捨てると、玉城、久米、相沢たちも無言でそれに従い、トラックの陰へと消えていく。

 その背には、どす黒い苛立ちがまとわりついていた。

 


「……青木くんたち、妙な真似しなきゃいいんだけど」

 彼らの後ろ姿を見送りながら、山本が眉間に皺を寄せる。


 尤も――さすがに遠征隊全体の足を引っ張るような愚行まではしない。

 そう考えたいのは自然だった。


 この作戦が失敗すれば、新宿クオムは深刻な食糧難に陥る。


 おとひめフーズの大型備蓄を確保できなければ、冬を越すだけの蓄えすら怪しくなる。

 最悪の場合、餓死者を出してしまいかねないほどの危機的状況だ。


 その皺寄せは、当然ながら青木たち自身にも及ぶ。


 ――いや。

 それどころか、無事にクオムへ帰還できるならまだいい。

 

 もし輸送トラックを失えば、この焼津から生還する術そのものが絶たれる。


 レヴュラの支配圏を徒歩で突破し、東京まで戻る。

 そんなものは現実的な選択肢ではない。


 道中には、先日のスウォームの残党がまだ散在している可能性だってある。

 補給もないまま、レヴュラの支配圏を200キロ近く踏破するなど、自殺行為に等しかった。


 まして――もし青木たちが本気で味方へ牙を剥くような事態になれば。

 

 ――その瞬間、コンバットレスキューが動く。


 彼らはクオムの秩序を維持するための執行者でもある。

 規律を乱し、共同体へ危機を招く者を見逃さない。


 しかも彼らに与えられているのは、条件付きの制圧権限などではなく、即時致死を含む無条件の発砲権限。


 警告は最小限。

 威嚇射撃などという甘い猶予は存在しない。


 必要と判断すれば、次の瞬間には脳幹を撃ち抜く。

 それがクオムの法だった。


 だからこそ青木たちにできるのは、せいぜいトラックの陰で不貞腐れ、聞こえないように悪態をつく程度。

 山本は、そう高を括っていた。


 

 だが、真だけは、胸の奥底に沈殿するざらつきを拭えずにいる。


 理屈ではない。

 明確な根拠があるわけでもない。


 それでも、確かに何かが引っかかっている。


 胸骨の裏側を、冷たい爪先でゆっくりと掻かれるような、不快なざわめき。


 嫌な予感。

 これまで何度も、その感覚は現実になってきた。


 電災当日の朝。

 出勤途中で目にした、あの異様な車列。


 街の喧騒に紛れてなお、皮膚の奥を刺すような違和感があった。


 

 スカラベと遭遇した時もそうだ。

 クオムを出発する前から感じていた、妙なざわつき。

 保険代わりにと、荷物が増えるのを承知で69式火箭筒(中国版RPG-7)を持ち出し、結果としてその判断に救われた。

 

 

 ――だからこそ、無視できない。

 どれだけ理性が否定しても、身体の奥が警鐘を鳴らしている。


 真は無意識に拳を握り締めた。

「……ほんと、何も起きなきゃいいんだけどな」


 その呟きは、焼津の重たい朝の空気へ溶けるように消えていった。


 

 



 それから、各小隊ごとの交代制による二十四時間監視が開始される。

 だが、おとひめフーズのプラント周辺には、残念ながら全体を俯瞰できるような高所が存在しない。


 飛行場が近いせいなのか、工場全体も低層に抑えられている一方で、敷地面積は広い。

 遠距離からの直接観測には向いていなかった。


 そのため一行は、敷地の入り口を辛うじて見渡せる位置に建つ、二階建ての住宅を観測拠点とする。


 電災以前、そこにはごく普通の家族が暮らしていたのだろう。

 白かったはずの外壁は潮風と歳月に晒されて薄汚れ、庭先には手入れされなくなった雑草が伸び放題になっている。

 玄関脇に据えられた小さなプランターには、とうに枯れ果てた土だけがひび割れたまま残されていた。


 二階の窓から双眼鏡を用いてプラントの入り口を監視し、レヴュラ増援の出入りや群体の移動、あるいは活動兆候の有無を確認する。


 一見すれば地味な作業だ。

 ただ窓辺に張り付き、じっと息を潜めるだけ。


 だが、この単調な工程こそが作戦全体の成否を決める。


 レヴュラ相手に「見落とし」は許されない。

 不用意な突入は、そのまま全滅に直結する。

 


 

 そして、この観測拠点の使用にあたっては、山本から珍しく厳しい通達が下されていた。


「住宅の中は絶対に汚さないこと。埃っぽいだろうけど、土足厳禁。わかったね?」

 その声音には、普段の柔らかな調子は微塵もなかった。


 穏やかな彼にしては珍しい、張り詰めた響き。


 誰ひとり軽口を挟まず、素直に頷く。


 

 ここは自分たちの暮らす、新宿クオムではないのだ。

 

 いつの日か、この焼津に人が戻ってくるかもしれない。

 避難先で生き延びた家族が、ようやく故郷へ帰り、自宅の扉を開ける日が来るかもしれない。


 そのとき。


 土足で踏み荒らされ、生活の痕跡を踏みにじられた我が家を目にして胸を痛める――そんなことだけはあってはならない。


 壊さない。

 汚さない。

 荒らさない。


 ほんの一時、借りるだけ。

 事が済んだら、できる限り元の姿のままで住民へ返す。

 それが、この遠征における絶対の掟だった。

 


 

「じゃあ篠崎ぃ、行ってくるわぁ」


 気の抜けた声とともに軽く手を振ったのは、クロウズ隊の相川だった。

 どうやら正午からの初回観測は、彼の率いる小隊が担当らしい。


 三時間ごとの交代制。


 くじ引きの結果、真たちアーバンフォックスとプリムローズ隊に割り当てられたのは、深夜零時から午前三時までの時間帯となっていた。

 もちろん、それに特別な意味はない。


 完全な偶然。

 ――そのはずだった。


 だが相川は、何やら複雑そうな顔で真を見ている。


 薄暗い住宅の一室。

 深夜、そして静寂。

 同じ空間には、アリスと、揃いも揃って容姿端麗なプリムローズ隊の面々。


 その光景でも想像したのか。

 去り際、相川はこの世の理不尽を凝縮したような眼差しを真へ突き刺した。


「篠崎、爆発しろ」


「藪から棒に何だよ」


 思わず眉をひそめる真。


 相川は唇をへの字に曲げたまま、じっとりとした視線を外さない。


 彼にしてみれば、任務とはいえ美女だらけの閉鎖空間へ放り込まれる真は、もはや羨望を通り越して爆散を願うべき対象なのだろう。

 アリスまでいるとなれば、なおさらだ。


「知らん。とにかく爆発しろ」


「理不尽すぎるだろ」


「いいから吹き飛べ」


 もはや呪詛だった。

 そんな恨み言を残し、相川たちは住宅へと向かっていく。

 

 その背中を見送りながら、真は小さく肩を竦めた。


 いつものような、真と相川の寒い漫才じみたやり取り。

 束の間、周囲に乾いた笑いが広がる。

 

 だが、その空気も長くは続かない。

 観測に出ない者たちは、それぞれの持ち場へ散り、淡々と装備の点検を始めていた。


 ボルトを引き、銃を分解する者。

 内部を丹念に拭い、ガンスプレーを吹き付ける者。

 実弾を込めた弾倉を一本ずつ掌で確かめ、装填状態を確認する者。


 行軍嚢(ダッフルバッグ)から手榴弾やフラッシュバン、簡易地雷といった物騒な代物を取り出し、整然と並べていく者。

 銃身(バレル)の摩耗具合を見極める者もいれば、照準器を細かく再調整している者もいた。


 金属が擦れ合う乾いた音。

 オイルの匂い。

 スライドやボルトを引く甲高い作動音が時折響いた。


 それらが静かな焼津の空気に、規則正しく溶け込んでいく。

 どれも、戦場へ赴く者にとってはありふれた日常だ。

 

 三年前なら、誰もが自分たちが銃を手にするなどと考えもしなかっただろう。

 それでも――電災後の世界を生き抜き、死地を前にした者だけが持つ、静かな支度だった。


 


 ――一方その頃。

 トラックの荷台脇では、山本が各隊のリーダーたちを集め、広げた敷地見取り図を囲んで突入計画の最終確認を進めていた。

 地図はおとひめフーズの施設図面をもとに、事前情報と現地観測を反映して赤字で加筆されたものだ。


 倉庫棟の位置。

 貯蔵庫への搬入口。

 プラント中枢へ続く搬送ライン。

 非常口、搬入口、シャッターの開閉方向。


 さらには、万が一レヴュラの群れと接触した場合を想定した退避ルートまで、細かな注釈がびっしりと書き込まれている。


 誰がどこを担当するかは、単純な人数割りでは決まらない。


 使用銃器の特性。

 射程。

 得意とする交戦距離。

 継戦能力。

 各隊の癖。


 山本がかつて所属した自衛隊のように、統一された軍隊ではない。

 使う銃器も練度も、技術もまちまち……”寄せ集め”の愚連隊。

 それらすべてを踏まえたうえで、最も効率的な配置を細かく組み上げていく。

 まるで巨大な立体パズルを組み上げるような作業だった。

 


 そして今回、山本が下した判断のひとつが――暗視装置(ナイトビジョン)の不使用。

 あれば確かに、夜間突入は格段に容易になる。


 闇に紛れたレヴュラを先んじて補足し、一方的に制圧することもできるだろう。

 だが、現実はそう甘くない。


 暗視装置は高価だ。

 新宿クオムでも所有している者は限られている。

 この遠征隊の全員が装備しているわけではない。


 装備の有無によって視界性能に差が出れば、隊列行動に綻びが生じる。

 暗視下で動く者と、闇の中を手探りで進む者。

 そのズレは、連携を乱し、致命的な判断遅れを生む。


 だからこそ山本は、全員が同条件となる“裸眼での夜間行動”を選んだ。

 


「……俺、今回M110持ってくるべきだったかな」

 ぽつりと漏らした真の呟きに、何人かが顔を上げた。


 先日、王明(ワン・ミン)に半ば押し切られる形で購入したM110A2。

 7.62mm弾を用いるセミオート狙撃銃であり、中距離からの精密射撃に優れた一挺だ。


 だが今回は、大人数による施設制圧戦。

 室内近接戦闘(CQB)が中心になると踏み、取り回しを優先してM4A1のみを選択していた。


 今回、狙撃支援を担えるのは三人だけ。


 アイアンウルフ隊に一人。

 プリムローズ隊に一人。

 そしてホーンドアウル隊に一人。


 広大なプラント全域をカバーするには、どうにも心許ない人数だった。

 だが、狙撃にとって、もっとも好条件となる、高台や高所が存在しないという点もある。

 観測に利用している住宅にしても、プラントを見下ろせるような高い建物はなにひとつない。

 故に、作戦のメインは全員突入で、出くわしたレヴュラを正面から排除する強行突入になるだろう。


「まあ、レヴュラがおとなしくしてくれてるのを祈るしかないね」

 山本が肩をすくめる。


 冗談めかした口調ではあったが、その目には油断の色はない。


「それに、篠崎くんはグレネード持ちだし」

 視線が真のM4A1へ向けられる。


 王明の手によって徹底的にカスタムされたその銃の下部には、新たな装備が追加されていた。

 ――M320グレネードランチャー。

 単発装填式の40ミリ擲弾発射器だ。


 重装甲を誇るB級以上には決定打になりづらい。

 しかし、D級やC級のような、強化プラスチックの外装を持つ個体なら話は別だ。

 炸裂すれば、群れごとまとめて吹き飛ばせる。


 狭所での制圧力は凄まじい。

 いざという時の切り札として、これ以上ない火力だった。


「でも山本さんだって、M203持ってきてるんでしょ?」

 真がそう言うと、山本はにやりと笑った。


 どうやら彼もまた、愛銃への投資を惜しまない性質らしい。

 山本の使用するHK416には、真のM320より一世代前のM203が装着されている。


 彼は携行ポーチから、ずんぐりとした40ミリ榴弾を一本取り出して見せた。

 弾頭が平べったいM433多目的榴弾(HEDP)というやつだ。

 鈍く光る弾体は、小さいながらも確かな殺意を秘めている。


「使わずに済むなら、それが一番だけどね」

 指先でくるりと回しながら、山本は苦笑した。


「これ、結構高いんだよ」

 その場に小さな笑いが起きる。

 だが、それは冗談半分の本音でもあった。


 小型種ならほぼ一撃必殺。

 それだけの威力を持つ代償として……その弾薬は決して安くない。


 気前よく撃ちまくれば、作戦報酬などあっという間に吹き飛ぶ高価な弾薬。

 そして何より厄介なのは――次の補充が一切保証されていないことだ。


 軍需品の供給網は常に不安定。

 今日使った一発が、次にいつ手に入るかは誰にもわからない。


 だからこそ、こうした強力な兵装は本当に必要な局面まで温存する。

 それが生き残る者の鉄則だ。


 


 


 そして、真たちが定点観測のため、プラント近くの民家で先任のサンダーバレッツ隊と交代した頃。

 時刻はすでに日付を跨ぎ、深夜零時を少し回っていた。


 住宅街は完全な静寂に沈み、真の腕時計に仕込まれた発光ダイヤルがぼんやりと光っている。


 遠くで、風に揺れた草木の擦れ合う微かなざわめきが、時折耳をかすめた。

 空は厚い雲に覆われ、月明かりも星明かりもない。

 世界そのものが、底なしの闇へ沈み込んだかのようだった。


 

 そんな闇の底で――。


「これ……さすがにヤバくないですか?」

 不安げに声を漏らしたのは相沢だった。


「何がだよ」

 先頭を歩く青木が、振り返りもせず吐き捨てる。


「俺たち、作戦から外されてるんですよ? こんなのバレたら……」


「だからだろ」

 青木は足を止め、苛立たしげに鼻を鳴らした。


「このまま何もしないで帰ったら、報酬なしだってありえるだろ」


「でも、山本さんがギルドに掛け合うって……」


「そんなもん口約束だろうが」

 その声には、棘立った焦りが滲んでいた。


「ギルドがどう判断するかなんてわかりゃしねぇ。作戦に参加してませんでした、でも金だけください――そんな話が沢村に通ると思うか?」


 ――誰も答えない。


 ギルドマスターである沢村が、情で判断する人間ではないことくらい、ここにいる全員が知っている。

 秩序を乱す者には容赦がない。

 それは先日、発砲騒ぎを起こしたブレイズ隊への処分を見れば明らかだった。


 “何もしなかった連中”に、気前よく金を払うような甘さはない。

 だからこそ青木は、手ぶらで帰るという選択肢をどうしても受け入れられなかった。


 暗闇に紛れるようにして、四つの影がプラントへ近づいていく。


 彼らが進んでいるのは、観測拠点となっている民家からちょうど死角になる側。

 南側にある物流ステーションの搬出口だった。


 


「適当にバラの缶詰を持てるだけかっぱらっていくぞ」

 青木が低く言う。


「しばらく寝かせた後で、クオム外で見つけたってトレーダーに流せば、小遣いくらいにはなるだろ」


 報酬が出るように掛け合う。

 山本は確かにそう言っていた。


 だが、それはあくまで口約束に過ぎない。

 最終的な判断を下すのはギルドだ。


 もし“作戦未参加”を理由に支払いを拒否されれば、Aランク案件の報酬は丸ごと消える。

 それは青木にとって、到底飲み込める話ではなかった。


 

 Aランク報酬。

 それはCランク案件とは比較にならない額だ。

 ハンターの報酬はそのランクに応じて、一定の倍率で追加上乗せが発生する。

 この壊れかけた世界で、貴重な戦力であるハンターを流出させないため、腕のいいハンターには、より多くの報酬を支払うシステムになっているのだ。


 仮に基本報酬が10万円だとして、Cランクなら1.5倍。

 だがAランクなら2.5倍の報酬倍率がかかる。

 その差額は、今の青木にはあまりに大きい。


 ――それがゼロになる。

 そう考えた瞬間、理性より先に欲が勝った。


 四人でひとり十缶ずつ。

 その程度なら、各自の行軍嚢(ダッフルバッグ)へ押し込めば十分隠せる。


 久米も、玉城も、相沢も。

 気づけば誰ひとり異を唱えなくなっていた。


 

 周囲には、灯りひとつなく、当然、ライトも使えない。

 この暗闇で光を灯せば、観測中の連中に見つかる。


 謀りごとが露見すれば、ギルドからの処分は免れない。

 クオム追放――そんな末路はごめんだ。


 四人は何度も足を取られ、壁に手をつきながら、ほとんど手探り同然で倉庫を目指す。


 

 そして――。


「あった!」

 久米が小さく声を弾ませる。


 幸運にも、シャッターは半ば開いたままになっていた。

 薄闇の向こうに、いくつもの段ボール箱が積み上がっている。

 その側面には、見慣れたロゴ。


『おとひめツナミール』


「マジかよ。ツイてんな」

 玉城が喉を鳴らして笑う。


「よし、さっさと頂いたら、戻って寝ようぜ」

 久米が真っ先に駆け出した。


 ――その瞬間。

 

「うおっ!?」

 何かに足を取られ、派手に前のめりに転倒する。


「っつ……なんだよ、これ……」

 悪態をつきながら身を起こし、足元へ手を伸ばす。


 そこにあったのは、膝ほどの高さの円筒状の物体だった。


 配管か、あるいは設備機器か。

 暗闇のせいで判別がつかない。


 だが、その直後。


 ――ピッ。


 乾いた電子音が、異様なほど鮮明に響いた。


「……は?」

 久米が顔を上げる。

 


 だが……。


 そんな久米の理解が追いつくよりも早く。



 

 ――足元の円筒は、白熱するような閃光を放った。

この遠征の目的である『おとひめフーズ』プラントへ到着いたしました。


暗闇に紛れ、私利私欲のために身勝手な行動を見せる者達が見たものは…?

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