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電災都市  作者: あるふぁ
第五章『補給線』
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『補給線』-9

日本平ネストを出発し、遠征の目的である焼津市へと向かう新宿クオムの遠征隊。


ネストで出会った『くるり』とは本当に真達の知るレヴュラと同じ存在なのか。

そして、レヴュラとはいったい何者なのか。

焼津へ向かう車内でひとつの仮説が生まれる。

日本平ネストを発ってから、車列は拍子抜けするほど順調に東名道を東へ進んでいた。


 アスファルトには、かつて物流の大動脈だった頃の名残がまだ濃く残っている。

 大型トレーラーが刻んだ轍、ひび割れた路面にこびりつく黒いタイヤ痕、風雨に削られながらも辛うじて視認できる白線。

 そのすべてが、文明の死骸めいた静けさをまとっていた。


 二号車には、一号車のような対レヴュラ用の衝角は備わっていない。

 鋼鉄の牙を前面に突き出し、群がるレヴュラを文字通り撥ね砕く、あの野蛮な装備がない以上、遭遇戦になれば不利は否めなかった。


 それでも幸運は続いている。


 レヴュラの群れ――スウォームと鉢合わせることもなく、車列は一定の速度を保ったまま、くすんだ空の下を進んでいた。

 エンジンの低い唸り。サスペンションが路面の継ぎ目を拾うたび、鈍い振動が車体を震わせる。

 荷台に積んだ装備が、かすかに金属音を鳴らした。


 そんな単調な走行音に紛れるようにして、相川がぽつりと口を開く。


「なぁ、篠崎……くるりって、本当にレヴュラなんだよな?」

 その声音には、まだ割り切れない戸惑いが滲んでいた。


 真は後方へ流れていく景色へ目を向けたまま、短く息を吐く。

 

 ――誰がどう見ても、あれはレヴュラだ。

 疑う余地など、本来なら微塵の欠片もない。


 真自身、この目で見ている。

 電災発生直後、歌舞伎町を埋め尽くした阿鼻叫喚の只中。

 逃げ惑う人々の背を、無機質な照準で次々となぞり、何の躊躇もなく撃ち抜いていった機械兵器の群れを。


 悲鳴を上げながら崩れ落ちる男女。

 血煙と火花。焦げた肉と脂の臭い。 破裂した変圧設備が吐き出す青白いアーク。

 ガラスは粉々に砕け、アスファルトに咲く花のごとく、いたるところに散らばっていた。

 歌舞伎町の見慣れた風景が、この世の地獄と言って差し支えない様子に変わり果てていく様を。

 

 あの地獄絵図の中、真も撃たれた。

 銃撃が掠めただけなのに、焼けるような激痛。

 死を覚悟した瞬間の記憶はいまも鮮明に脳裏へ焼きついている。


 この車内にいる誰に訊いても答えは同じだろう。


 ――レヴュラは、人類の敵。

 それは電災以降、この世界における絶対不変の原則だった。


 だからこそ、あの『くるり』という存在は異様としか言いようがない。


 ――対話不能。

 意思疎通は不可能で、捕捉した人間を排除するだけの純然たる殺戮機械。

 それがレヴュラというものだ。


 なのに、くるりは違った。


 危害を加えないどころか、人間の生活圏にごく自然に溶け込み、あたかも昔からそこにいた隣人のような顔で、日本平ネストの日常へ紛れ込んでいた。


 子供たちが笑いながらその周囲を駆け回り、小さな手で強化プラスチック製の無機質な外殻を叩く。

 くるりはそれを拒まず、円筒状の胴体に備わるカメラユニットをくるくると回し、愛嬌じみた仕草まで見せていた。


 ――あの光景が脳裏に蘇る。


 電災によって親を失い、あるいは故郷を焼かれ、心の奥底へ癒えぬ傷を刻まれたであろう子供たち。

 本来なら、レヴュラの姿を見ただけで泣き叫んでもおかしくないはずの幼い彼らが、無邪気に笑っていた。

 まるで、そこにいるのが異形などではなく、ありふれた愛玩機械ででもあるかのように。


 

「通常、ディテクター種は単独で行動しないからね」

 助手席で地図を覗いていた山本が、視線を上げずに言う。


「群れから逸れた個体、って可能性もゼロじゃない。でも……一体だけであの辺りを漂っていたってのは、やっぱり引っかかる」

 その口調は穏やかだったが、わずかに思案の色を含んでいた。


 幾多のレヴュラをその手で屠り、誰よりもその習性を知る男でさえ、くるりの不可解さには明確な説明を与えられないらしい。


「迷子だったとか?」

 誰かが冗談めかして口を挟む。


 車内に小さな笑いが漏れたものの、それはすぐに消えた。

 冗談として処理するには、どこか座りの悪い違和感が残っている。


 真もまた、言葉にはしなかった。

 胸の底に、薄い膜のようなひっかかりがある。


 理屈では説明しきれない、ひどく曖昧な感覚。


 たとえば……精巧に作られた人形を前にしたとき、不意に覚える居心地の悪さに似ている。

 笑っているはずなのに、目だけが笑っていない――そんな種類の、説明しづらい異物感。


 くるりは愛嬌があった。

 人懐こく見えた。

 どこか守ってやりたくなる、奇妙な愛らしさすら漂わせていた。


 ……それでも。


 あの円筒のボディで静かに回っていたカメラレンズを思い出すたび、真の背筋を冷たいものが這い上がる。


 あれは本当に、こちらを見ていたのだろうか。

 それとも――もっと別の何かを、測っていたのか。



 そんな折、不意に車内へ別の声が差し挟まれた。

 発したのは、通称メカドール隊――正式にはプリムローズ隊を率いるルナだった。


 座席にもたれたまま、腕を組み、どこか物思いに沈んでいた彼女が、ぽつりと呟く。


「一体だけディテクター種がうろついてて、しかもいつの間にか人間に懐いてるってことはさ……」


 そこで一拍、言葉を切る。


 視線だけをゆっくり巡らせ、皆の顔色を確かめてから続けた。


「レヴュラって、自分の意思で人間を襲ってるわけじゃない――って可能性、ないかな」


 あまりにも素朴な推論。

 拍子抜けするほど単純で、それゆえ見落とされがちな発想。


 だが、その一言は車内の空気を確かに揺らした。


 誰もが一瞬、思考を止める。


 そして次の瞬間、それぞれが無言のまま「なるほど」とでも言いたげな顔を浮かべていた。


「……つまり、D級には人間を攻撃するか否かを判断する意思決定能力そのものがない、と?」


 地図をのぞき込んでいた山本が顔を上げる。

 その目には、純粋な知的興味が宿っていた。


 ルナは肩をすくめ、小さく頷く。


「そう。くるりみたいなD級レヴュラって、もしかしたら自分じゃ何も決めてないのかもしれない」


 真もまた、その仮説を頭の中で反芻する。


 D級レヴュラ……。

 くるりが属する、最下位カテゴリのレヴュラだ。


 一方で、つい先日真が仕留めた“スカラベ”は、明確な上位個体に分類されるB級。


 もちろん、それは誰かが設計図を見て定義した公式区分ではない。


 電災以降、生き残った各クオムやネストが、遭遇した個体の性能、武装、行動特性、サイズを分析し、便宜上つけた脅威分類に過ぎない。

 だが、その曖昧な分類でさえ明確に示している。


 レヴュラの中には、歴然たる“階級”が存在すると。

 単なる個体差では片づけられないほどの、圧倒的な性能格差。


 事実、これまでの調査で判明していることがあった。


 レヴュラ同士は、何らかの通信手段を持っている。

 電波なのか、量子通信的なものなのか、それとも人類の理解を超えた未知のプロトコルなのか――詳細は依然として不明。


 ただ、確かに連携している。

 それだけは、幾度もの戦闘記録が証明していた。


 上位個体が突如として周辺の下位種を呼び寄せ、包囲網を形成した事例は、これまで何度も確認されている。


 そしてディテクター種は、名称が示すとおり索敵と探査を主任務とする観測個体。

 単独で戦場を制圧するための兵器ではない。


 ガード種を随伴させることが多い点から見ても、D級の中では比較的上位寄りとは考えられていたが、それでも命令を下す側ではなく、従う側である可能性が高い。


 ならば――。


「完全なトップダウン型……か」


 山本が低く呟く。


「D級が人を撃つのは、自分の判断じゃなく……もっと上位、少なくともC級以上からの命令だから、って筋書きだね」


 山本の言葉に、ルナがこくりと頷いた。


「そう考えると、くるりの説明がつくんだよ」


 車内に沈黙が落ちる。


 真は後方へ流れていく景色に目を向けた。


 流れてゆく荒廃した防音壁。崩れかけた標識。風に揺れる、黒ずんだ枯れ草。


 その景色の向こうに、電災の日の記憶が重なる。


 陸自のヘリが、突如として空に咲いた閃光に貫かれた瞬間。


 ――白い軌跡を引いて飛来したSAM(地対空誘導弾)

 轟音とともに機体が爆ぜ、燃える残骸を撒き散らしながら都心へ墜ちていった、あの悪夢。


 だが、そんな重武装の個体を、真は一度も見ていない。

 歌舞伎町――いまや新宿クオムの縄張りとなったあの一帯に、そこまでの火力を備えた個体は確認されていなかった。


 真が”狩った”スカラベとて、機銃と擲弾発射器(グレネードランチャー)までしか備わっていない。


 だとすれば。


 ――さらに上。


 B級に命令を下し、SAMすら運用可能な個体が、どこかに存在することになる。


 

 東京のどこか。

 人知れぬ地下か、高層ビルの廃墟か、それとも人類の到達できぬ秘密の区画の奥底か。


 そこに、“王”めいた存在が潜んでいる――。

 


「レヴュラには個体間通信があるのに、くるりは仲間を呼んでない」


 ルナが整理するように続けた。


「……ってことは、呼べなかった。あるいは、通信が届く範囲に仲間がいなかった」


 つまり。


 命令を下す上位個体とのリンクを失った。


 通信圏から切り離され、指示を喪失したことで、本来の目的を見失い、ただ彷徨っていた。

 そして偶然、日本平ネストへ辿り着いた――。


「だったらよ」


 相川が身を乗り出す。

 さっきまでの寂しげな顔が嘘のように、瞳に少年じみた光が宿っていた。


「その上位個体がいない場所なら、他のD級も……くるりみたいに人間に懐く可能性があるってことか?」

 その声には、あからさまな期待が混じっていた。


 くるりだけではない。


 もっと他にも、人と共存できるレヴュラがいるかもしれない。


 そんな希望に胸を膨らませているのが、ありありと伝わってくる。


 だが真は、静かに首を横へ振った。


「だとしても、そう簡単な話じゃねぇ」

 期待へ冷や水を浴びせるようで気が引けたが、否定せざるを得ない。


「仮にその仮説が正しいとしても、C級以上がどこにいるかなんて俺たちにはわからない。通信圏の広さだって未知数だ」


 もし一時的に懐いているように見えたとしても、その通信圏内へと上位個体が入り込み、攻撃命令が下された瞬間――。

 そのレヴュラは、なんの躊躇もなく牙を剥く。

 

 さっきまで尻尾を振る犬のようにじゃれていた存在が、次の瞬間には銃口をこちらへ向け、人類の敵へと変わる。

 そんな事態も、十分あり得るだろう。


「くるりがそうならなかったのは、日本平の地形がたまたま噛み合ったからかもしれねぇな」

 真は続ける。


 日本平ネストは、周囲を未舗装の高台と急斜面に囲まれている。

 レヴュラが苦手とする不整地が天然の障壁となり、接近経路は実質的に高速道路へ限定される。

 平坦な走行面が極端に少ないあの地形では、他個体の接近も通信中継も難しいのかもしれない。


 孤立しやすい構造なのだ。

 ――だからこそ、くるりは“群れ”から切り離されたままなのかもしれない。


 命令を受け取れず。

 ただ、ぽつんと。

 世界から置き去りにされた機械のように。


 

 これまで、新宿クオムでは撃破したレヴュラの残骸を幾度となく持ち帰り、分解調査を重ねてきた。

 外装を剥がし、駆動系をばらし、焼き切れた基板や制御ユニットを解析する。


 電災以前なら研究施設でしか扱えなかったような精密作業を、いまでは煤けた工房の片隅で、生き残りの技術者たちが手探りで続けていた。


 ――その成果として、いくつか判明した事実はある。

 


 だが、肝心の通信機構についてはいまだ決定打がなかった。

 少なくとも、従来型の無線通信――電波を用いた送受信ではないらしい。

 それらしいアンテナもなければ、周波数帯を走査しても目立った信号は拾えない。


 近距離デジタル通信の類なのか。

 電災以前のWi-FiやBluetoothを極限まで発展させたような規格なのか。

 あるいは、人類がまだ知らぬ別種の通信体系なのか。

 尤も、電災前に人類が利用していた高度通信網の類も、今はすべてレヴュラの支配圏だ。

 スマホなどが利用していた5G通信の類にしても、今は使えるのかどうかすら、人類側に確かめる術はない。

 だが、少なくとも、スマホを起動すればレヴュラが襲ってくる以上、通信ネットワークは生きているとみるべきだろう。

 

 あるいは、各所へ巧妙に中継ノードを配置し、蜘蛛の巣めいたネットワークを新たに構築しているのかもしれない。

 推測はいくらでも立つ……だが、唯一、確証だけがない。


 とはいえ、もし通信可能距離に一定の限界があるとすれば――。

 くるりは、他のレヴュラから“はぐれた”可能性が高い。


 真の脳裏に、つい先ほど遭遇したスウォームの光景がよぎる。


 まるで濁流のように、狂ったように押し寄せてきた異形の群れ。

 その中で、本来属していた群れから逸脱した個体がいたとしても、なんら不思議はない。

 なにせ、小型種のレヴュラは簡単に段差で転ぶ。

 たまたま、転んだ末に斜面を転げ落ちたかもしれない。


 

 ――そして孤立したまま、日本平ネストへと流れ着いた。


 命令を受信できぬ状態で。

 指示を失い、仲間の個体とも通信ができぬまま。


 そして、そこで初めて接触した人間たちから、敵意ではなく世話を与えられたとしたら――。


「学習した、ってことか……」


 真は無意識に呟いていた。


 レヴュラへ搭載されているのは、解析結果から見て第二世代相当の自律思考型AIだ。

 環境から経験を蓄積し、自律的に最適化を重ねてゆく学習型。

 電災以前、人々がパーソナルAIとして日常的に接していたものと、根本的な設計思想は近い。


 くるりが相川の差し出した手へ反応し、“お手”を覚えた事実が、それを証明している。


 ――経験から学ぶ。

 命令を受ける前に、人間を“敵”ではなく“自分の仲間”として認識した。


 そう考えれば、辻褄は合う。

 少なくとも、机上では。


 

「……でさ」

 そこで、相川があっけらかんと口を挟んだ。


「結局、そのレヴュラの“頭”って、どこのどいつなんだ?」


 車内が、すっと静まり返る。


 あまりに直截で。


 あまりに性急で。


 そして、いつも通り絶妙に空気を読まない問いだった。


 ――数秒の沈黙。


 真は眉間を揉み、盛大なため息をつく。

 


「……それがわかってりゃ、とっくにクオムレイドでも仕掛けて終わらせてるだろうが」

 思わず即座に突っ込む。


 相川は「そりゃそうか」と悪びれもなく頭を掻いた。


 その天然ぶりに、車内へ小さな失笑が漏れる。

 場の緊張をほぐすには十分だった。



 

 クオム同士が合同でレイドを組む大規模作戦――通称クオムレイド。

 それが実施されたのは、これまでたった一度きり。


 横浜クオムがA級レヴュラ討伐のため、周辺三クオムへ協力を要請した大規模迎撃戦だけだ。


 ――死傷者は甚大。

 撃破には成功したものの、得られた戦果と失われた戦力が釣り合っていたかは、いまなお議論が分かれる。

 おかげで横浜界隈では、ハンターという商売は絶滅危惧種だ。


 その後の漸減作戦すらも、周辺クオムから人員を融通してもらい、やっとのことで継続している有様。


 それほどまでに重い決断なのだ。


 

 だが、もし本当にレヴュラの中枢――いわば親玉の所在が判明するなら。

 ……話は別だ。


 じりじりと弾薬を削りながら、終わりの見えない漸減戦を続けるよりも、残された火力を一点へ集中し、勝負を賭ける方が合理的に映る。


 尤も――それは“居場所がわかれば”の話だが。

 


「そもそもさ」

 山本がぽつりと呟く。


「あれだけの数の機械兵器を、誰がどこで作ってるんだろうね」


 

 その一言に、真はふと王明(ワン・ミン)の顔を思い出す。

 彼が西へ向かわせた部下。

 送り出した部下たちが、ことごとく消息を絶っているという報告。


 王明は言っていた。

 おそらく西日本のどこかに、レヴュラの製造拠点が存在するのではないか――と。


 確証はない。

 だが、消えた部下の数が、その仮説へ不気味な説得力を与えていた。


 西には、日本最大の自動車メーカーの本社工場を持つ愛知県豊田市をはじめ、それ以外にも名だたる重工業メーカーの工場が無数にある。

 もしそれが事実なら……そこは、まさしく敵の本丸だ。


 

 ――だが、真は先ほどのスウォーム戦を思い返す。

 たった一群。

 それだけで、一号車の対レヴュラ衝角は完全にお釈迦になった。


 鋼鉄の牙はひしゃげ、支持フレームは歪み、次の突撃には到底耐えられなくなり、取り外した上で日本平ネストの貴重な資材になった。


 たかが前哨の群れひとつで、その有様。

 敵の生産拠点へ殴り込むとなれば――。


 新宿クオムの戦力だけでは、到底、お話にもならない。


 都内屈指の攻撃力を誇るクオムとされる新宿クオム。

 その矜持をもってしてもなお、圧倒的に戦力は足りない。


 となれば。

 必要なのは情報。

 敵中枢の座標。

 戦力規模。

 進入経路。

 迎撃パターン。


 それらを徹底的に洗い出し、各クオムへ共有する。


 そして東京圏すべてへ呼びかけ、総力を結集したレイドを発動するしかない。


 

 だが――。

 そこまで考えたところで、真の胸中へ別の懸念が影を落とす。


 クオムレイドともなれば、各勢力の精鋭が一堂に会する。


 選りすぐりの戦闘員。

 貴重な重火器。

 限られた弾薬。


 それらすべてを前線へ集中投入することになるだろう。

 となれば当然、残された各クオムは手薄になる。


 守りが薄くなった隙を、レヴュラが見逃すとは到底思えない。


 敵中枢を叩くための一撃が、そのまま各居住区の崩壊へ繋がる可能性すらあるのだ。


 勝っても、帰る場所が失われていては意味がない。

 それこそが、最大の不安材料だった。



 そして、電災以後の世界において、敵はレヴュラだけではない。

 それが、この時代をいっそう救いようのないものにしていた。


 文明が崩壊し、法が消え、秩序という概念が瓦礫の下へ埋もれたとき――最後に牙を剥いたのは、機械ではなく人間だった。


 ――サヴェージス。

 そう呼ばれる連中がいる。


 “最後の敵は人間”――そんな皮肉じみた言葉を、そのまま体現したような連中だ。

 外見だけ見れば、彼らもまた真たちと同じ生き残りに過ぎない。

 二本の腕があり、二本の脚で歩き、言葉を喋る。


 ……だが、その中身はもはや別種の獣だった。


 連中にあるのは、生存本能だけ。

 他者を押しのけ、踏み潰し、食い破ってでも自分だけが生き延びるという、剥き出しの獣欲だ。


 レヴュラを討とうなどとは考えない。

 文明を取り戻そうとも思わない。

 誰かと未来を築こうという発想すらない。


 ただ飢えを満たし、物資を奪い、その日を凌げればそれでいい。


 相手がレヴュラだろうが、人間だろうが関係はない。


 獲れそうなら襲う。

 弱ければ喰らう。


 それだけだ。


 クオム間を結ぶ輸送路を担うトランスポーター。

 食糧や医療品を運ぶキャリアー。


 そうした命綱を、連中は平然と襲撃する。


 積荷だけ奪うならまだいい。


 運が悪ければ護衛ごと皆殺し。

 時には、死体すらまともな形で残らない。


 略奪と凌辱の痕跡だけが路上に散り、乾いた血と焼け焦げた車体が、そこに何があったかを物語る。

 彼らの餌食となったキャラバンの数は、もはや誰も把握してはいない。


 ――小規模ネストに至ってはなおさらだ。

 朝には確かに存在していた共同体が、夜には跡形もなく消えている。

 そんな報せは、いまや珍しくもなかった。


 

 もしクオムレイドで新宿が手薄になれば。

 真っ先に鼻を利かせて群がってくるのは、きっとそういった連中だろう。


 レヴュラ以上に厄介なのは、やつらが人間であることだった。

 機械のような規則性がない。

 論理もない。

 飢えと欲望だけで動くからこそ、行動の予測がつかない。

 それが、何より厄介だった。


 

 そして問題は、敵が内にも外にもいるという現実だけではない。


 新宿クオムの人間は、未だ誰一人として西日本へ辿り着いていないのだ。


 真は外の景色へ視線を流した。

 かつて人々を運び、物流を担った東名道の車線が、灰色の帯となって地平へ伸びている。


 電災以前なら、新幹線が数時間で西へ運んでくれた。

 飛行機なら、もっと速い。


 座席へ身を沈め、コーヒーでも啜り、雑誌に少し目を通している間に目的地へ着く。

 ――そんな時代が、確かにあった。

 

 いまでは、それが遠い神話のように思える。


 

 現在の移動は、文字どおり命懸けだ。


 レヴュラの索敵圏を避け。

 崩落区画を迂回し。

 サヴェージスの縄張りを探りながら、数キロずつ進む。


 一日の行軍距離は、かつての高速移動とは比較にもならない。


 道路ひとつ渡るにも偵察が要る。

 橋ひとつ越えるにも命を賭ける。

 そんな状況で、西日本の偵察や制圧など――。


 夢のまた夢だった。


 


「なんにせよ……」

 山本が、独り言のように呟く。


「銃が使えるうちに、ケリはつけたいよね」

 その言葉に、車内の全員が無言で頷いた。


 誰も異論はない。

 それは、ここにいる誰もが薄々理解している現実だった。


 弾薬は有限だ。


 新たに製造する術は、もはやない。

 火薬の精製設備もなければ、雷管を量産する工業基盤も失われた。


 各地に残された自衛隊駐屯地や在日米軍基地、警察署、備蓄倉庫。

 そこから発掘し、節約し、騙し騙し使っているだけ。


 いま撃っている一発一発は、文明がまだ息をしていた時代の遺産に過ぎない。


 補充のない残高だ。

 底をつけば、それで終わる。


 この世界において、良質な銃器とは命そのものだった。


 ただの武器ではない。

 それは生存権の証明だ。


 信頼できるボルトの閉鎖音。

 薬室へ送り込まれる真鍮の重み。


 引き金へ指をかけたときの、金属の冷たさ。


 そのすべてが、生き延びるための確かな担保になっている。


 

 もしそれを失えば。

 残されるのは、手製の槍や斧、鉄筋を削っただけの粗末な鈍器くらいだ。


 そんなものでレヴュラへ挑むなど、正気の沙汰ではない。


 D級相手なら、数で囲み、どうにか押し潰せるかもしれない。

 だが、相手がC級以上……特に装甲化個体(プレーテッド)となれば、お話にならない。


 こちらが渾身の力で叩きつけた一撃が装甲に弾かれた次の瞬間、機銃の掃射で全身を蜂の巣にされる。

 それが金属片を圧縮空気で打ち出すだけのリベットガンだとしてもだ。


 レヴュラの中には、銃撃ではなく、飛び掛かってくるような個体もいる。

 近接兵装で肉ごと骨を裂かれ、瞬く間に挽肉へ変えられるだろう。


 相手が崩れるより先に、自分の身体の方が原型を失う。

 そんな結末しか見えない。


 

 だからこそ。

 銃が撃てるうちに。

 まだ銃弾が残っているうちに。


 ――この戦いへ決着をつけたい。


 それは山本ひとりの本音ではなく、この車内にいる全員が胸の奥で共有している、切実な願いだった。

本当はもう少し長くなる予定でしたが、この後のストーリーを考えると、

再び15,000文字とか行ってしまいそうなので、あえてここで切りました。


次回は、いよいよ目的地である、焼津の缶詰工場に到着します

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