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電災都市  作者: あるふぁ
第五章『補給線』
36/36

『補給線』-8

スウォーム相手に深手を負った一号車の修理のため、

日本平ネストに滞在する新宿メンバー一行。


そして真や相川に懐くレヴュラ『くるり』

果たしてレヴュラとはいったい何者なのか。



――再出発に向けて、多くの遠征メンバーが、傷ついた一号車の修理に追われている。

 結局、一号車の破損した衝角は、現地の設備では補修不可能という結論に達した。


 度重なるレヴュラとの激突。

 即席の改造部分や、粗雑な溶接箇所は見事に割れており、接合能力が完全に失われていた。

 金属疲労と歪みも酷い。


 このまま無理に走れば、車体側のまともな部分まで壊しかねない状態だ。


 ボルトを外し、固定部を解体し、鈍い金属音と共に切り離される衝角。

 車列の先頭でレヴュラを撥ね飛ばし続けた猛々しさとは裏腹に、今や、ただの拉げた鉄屑に過ぎなかった。


 戦い抜いた“牙”の末路としては、どこか物悲しい。


 とはいえ、切り刻んで分解するのも手間であり、持ち帰るにしても嵩張り、重量もある。

 補給線たる遠征において、不要な鉄塊は燃費と積載を圧迫するだけだ。


 そのため、ネスト住民からの申し出もあり――衝角は廃材として寄付、ここに置いていくこととなった。


「鉄は貴重だからな。解体して柵にも使えるし、補強材にだって使える」


 ――住民のその言葉に、山本も頷く。


 なるほど、と真は思った。

 新宿クオムなら“戦うための装備”として見ていたものが、ここでは“生きるための資材”になる。


 土地が違えば、生き残るための知恵も形を変える。

 電災後という同じ地獄を生きながらも、その答えは決してひとつじゃない。


 それに、同じクオムであっても、絶対防衛線を隣接する新宿と渋谷では守り方も異なっている。もちろん、池袋や他のクオムでも同様だ。

 その土地に合わせた臨機応変の発想が、結果として多くの命を、今も堅固に守り続けている。


 ここは、生き延びた人々が静かに、自分たちの力で助け合って暮らしている場所だ。

 武力を持った人員を擁し、バリケードで敵襲に備えているクオムとは違う。


 いつ使うかも分からない武器などより、日々を生き延びるための資材の方が重要なのだ。

 


 ――車列の編成も、当然ながら見直しとなる。


 先頭を務めていた一号車に代わり、二号車が先導役を務めることとなった。


 二号車は、一号車のように衝角を持たない。

 だが、補強目的として取り付けられたフロントガードは、今も健在だ。


 衝角を持たない二号車がスウォームに出くわせば、どうなるか……皆目見当もつかないが。


 だが、完全に牙を失った一号車より、生存率は格段に高いはずだ。

 もちろん、車両のことではない。乗り込むメンバーの命が――という意味で。


 一号車の補修は思ったより難航しており、未だ終わりそうもない。

 そのため今夜は、この日本平ネストで一泊することとなった。


 山本はそれらの作業を済ませ、明朝に再出発することを決断する。


 ネスト側も快くテントをいくつか空けてくれ、気兼ねなく休める寝床を用意してくれた。


 かき集められた布団やエアマットなどが、予想以上に丁寧に敷かれており、地面の硬さとは無縁。

 メンバー同士が適当に寝転がる雑魚寝ではあるが、少なくとも“地面に寝る”よりは遥かに恵まれている。


 焼津のおとひめフーズ到達後は、適当に体を横たえる場所を見つけ、仮眠を取る野営が待っているのだ。

 硬い地面で背骨を軋ませずに済むだけでも、ありがたい。



 メンバーたちは束の間の休息へ身を委ねつつ、交代で車両警備にも就く。


 いくら住民が友好的とはいえ、トラックには銃器、弾薬、予備物資――“生命線”そのものが積まれている。


 善意と生存本能は、時に別問題だ。

 疑いたくなくとも、“万が一”で死ねる世界。

 心無い人間がいないとも限らず、銃だけは絶対に奪われるわけにはいかない。


 そのため、一号車の修理にあたる者と、警備に就く者とで分かれ、残りは交代で仮眠を取る。


 

「真、寝なくて平気なの?」


 夜風の抜けるガーデンベンチ。

 薄暗いネストの片隅で、アリスが隣に腰掛けながら問いかける。


 日中の熱がまだ残っているが、昼間の灼熱に比べれば遥かに穏やかだ。

 そして、レヴュラが跋扈する世界であろうと、虫の音だけは好き勝手に鳴り響いている。


「それはアリスも同じだろ」


 真は苦笑混じりに返す。


 眠れる時に眠る。

 それが電災後……特にクオムの外での鉄則だ。


 にもかかわらず、アリスもまた、休息を後回しにしている。


「うん。阿部さんの手当てもあるから。メカドール隊のみんなと交代で看てるの」


 ――ファイアレイン隊の阿部。

 スウォーム突破時、吹き飛ばされたレヴュラが苦し紛れに放った銃撃で、腕部を深く抉られた男。


 応急処置こそ済ませたが、本来なら縫合や抗生剤が欲しい重傷だ。


 幸い、メカドールには医療や衛生知識が比較的深くインストールされている個体も多かった。

 特にアリスのような“対人サービス前提”が想定されていたモデルは、感染症予防や衛生管理に強い。


 皮肉な話だ、と真は思う。

 電災前の欲望産業に向けた仕様が、今は生存率を支えている。


「阿部さん、痛がってるけど……たぶん、ちょっと嬉しそう」


「そりゃまあな」


 真は鼻で笑った。


 ――プリムローズ隊。

 もっぱらメカドール隊と呼ばれる彼女たち。

 そのメンバーは電災以前、全員が歌舞伎町の夜の街で生きてきた者達だ。

 容姿端麗で、器量もいい。


 そんな美貌のメカドール集団に囲まれ、甲斐甲斐しく看病される。

 負傷兵としては複雑だろうが、男としては、まあ……悪い気はしないだろう。


 きっと今頃は、メカドール隊に看護を受けながら、鼻の下を伸ばし、そして傷の痛みに悶絶しているところか。


「天国と地獄をいっぺんに楽しんでる感じだな」


「ある意味、強いよね」


 そんな他愛もない会話の最中、少し離れた場所では、くるりが相川の近くで機械脚を畳み、大人しくしていた。


 テント内部には入れない。

 だが、離れることもしない。


 まるで野営中の番犬。

 いや、番レヴュラと言うべきか。


 

「……レヴュラって、結局なんなんだろうな」


 真はぽつりと零す。


 昼間にも抱いた疑問。

 相川も口にした問い。


 だが、夜になると、その疑問はより深く、重く沈んだ。


 レヴュラは、人間を殺すための兵器。

 その認識は、決して揺らぐことはない。

 それはこれまで、幾多の血で強く証明されている。


 真自身、この目で見てきた。

 街が壊され、人が裂かれ、逃げ惑う者が無差別に命を絶たれる光景を。


 ディテクター種であろうと、以前遭遇したB級レヴュラにであろうと、個体ごとのカテゴリーに左右されることはない。

 どの個体も等しく、“人を殺す”。


 そこに慈悲などなかった。


 

 なのに――くるりだけが違う。


 なぜだ。


 何が違う。


 製造者は誰だ。

 目的は何だ。

 部品供給は。

 整備拠点は。

 指揮系統は。


 考えれば考えるほど、世界は“わからないこと”で埋め尽くされていく。


 もし本当に、人類排除が最終目的なら――。


 その後は?


 人間のいなくなった世界で、あの継ぎ接ぎだらけの機械群が、何を維持し、何を築く?


 レヴュラという存在は、文明を継承するには、あまりにも歪すぎる。

 むしろ、人類を完全代替するなら、可能かどうかは別として、メカドールの方が遥かに理に適っているはずだ。


 

 だからこそ、真の中でひとつの仮説が浮かぶ。


 ……レヴュラは、“完成形”じゃないのではないか。


 兵器として設計したから、あの姿なのではなく。

 ただ、使えるものを掻き集め、今ある設備で、最低限動く形にしただけ。


 つまり――。


「そう作ったんじゃなく……それしか、作れなかった……?」


 

 誰に向けるでもない呟きは、静かな夜気へ溶けていく。

 隣で、アリスは何も答えない。


 だが、その沈黙こそが、真の疑問の重さを肯定しているようでもあった。


 文明の灯もほとんどなく、焚き火が小さく爆ぜ、崩壊後の世界に束の間の静寂が降りる。

 その片隅で、人類の敵であるはずのレヴュラが、人間のすぐそばで静かに脚を畳んでいる。


 ……まるで、答えのない問いそのもののように。


 



 

 ――そして、朝が来る。


 東の空が群青を薄め、鈍い鉛色だった夜を少しずつ押し退けてゆく頃、日本平ネストの新しい一日が始まった。

 湿り気を帯びた早朝の空気は、高台特有の風に乗ってテント群の隙間を吹き抜け、寄せ集めの布やトタンをかすかに鳴らす。


 焚き火の残り香。

 煮炊きの煙。

 粗末な、それでいて確かに“生きている場所”の匂いが、朝靄の中に薄く溶け込んでいた。


 ネスト住民による炊き出しの列には、すでに新宿クオム遠征部隊の姿も混じっている。


 紙皿に盛られた簡素な朝食。

 決して贅沢な食事ではない。

 だが、身体に温かい湯気が入るだけで、人間という生き物は少しだけ前を向ける。


 真も手早く朝食を胃へ流し込み、空になった容器を返すと、一号車へ視線を向けた。

 出発準備は、もう始まっている。


 ――そんな中。


 ガシャガシャと妙に場違いな金属音を鳴らしながら、くるりは相変わらず、あちらこちらを歩き回っていた。


 カメラユニットをくるくると回し、荷物を運ぶ者の後をついてゆく。

 忙しなく動く人間たちの間を縫うように歩く姿は、警戒監視する機械兵器というより、好奇心旺盛な子犬のようだ。


 特に、相川の後を追いかける頻度が露骨に多い。


 リボンをひらひらと揺らしながら、工具箱を持った相川の後ろを「どこ行くの?」とでも言いたげに追従する。


 その光景だけ切り取れば、誰がこれを“人類を殺戮するための兵器”だと思うだろうか。

 古いSF映画に出てきた愛玩用サイバーペットか、あるいは酔狂な技術者の作った試作玩具――そう言われた方が、まだ納得できる。

 


「途中、またスウォームに出くわす可能性もある。気を抜かずに装備確認を!」


 そんな中、山本の低い号令が飛ぶと、空気が少しだけ引き締まった。


 それぞれが携行する火器を確認し始める。


 真のM4や相川のAKM、山本やアリスのHK416。他にもAKやMP5に散弾銃(ショットガン)……錚々たる近代兵器の博覧会だ。


 一般人が持つには不釣り合いすぎる……理不尽なまでの暴力装置。

 ……近代科学の魔杖とでもいうべき存在。


 主武装だけではない。

 サイドアームの残弾を確認し、予備弾倉をポーチへ収め、セーフティや薬室内もしっかりチェックする。


 全ては生きるための確認作業。


 乾いた金属音が、朝の空気の中で小刻みに弾けた。


 人間が今日も“戦場へ戻る”音。

 電災が起こるまでは、ただの民間人に過ぎなかった者たちが、“戦士”へと切り替わる瞬間。



 山本はネスト側代表と最後の打ち合わせを交わす一方で、一号車の乗員にも変更を加えた。


 このネストに立ち寄る前から決めていた通り、真と露骨に反りの合わない青木をはじめとするファイアレイン隊は二号車へ回す。

 代わりにクロウズ隊の相川たちが一号車へ乗り込む。


 移動中の無用な摩擦を避けるため、山本らしい冷静な判断だった。


 放置すれば、車内でドンパチをおっぱじめてもおかしくはないほど、真と青木の雰囲気は険悪すぎる。

 まして、一号車はおとなしい性格のアリスはともかく、メカドール隊がいる。

 真と青木がどんな軋轢を生みだすか想像もつかない。


 尤も……その代わりに相川と真の、つまらない漫才じみたやり取りが車内を襲うかもしれないが。


 ……その結果として。


 相川に付きまとっていたくるりは、そのまま一号車周辺をウロウロしている。


 必然的に、真のそばにも現れ、カメラユニットを真へ向けて、くるり。

 今度はアリスへ向けて、くるり。

 また真へ。


「……お前、完全に俺らの顔、覚えてるよな?」


 真が呆れ半分でそう漏らすと、くるりは脚先を小さく持ち上げた。


 まるで、返事のつもりなのか。

 ……やはり、人間の言葉を理解しているとしか思えない。


 現実感がない。

 あまりにも、ない。


 ――レヴュラ。

 それもディテクター種。


 何度も仲間を殺し、何度も自分たちを襲ってきた“敵”と同じ姿形をした存在が、こうして人懐っこく足元をうろついている。


 脳が理解を拒み、常識が軋む。


 

「なぁ、篠崎……」


 不意に、相川が声を潜めた。


 振り向けば、珍しくふざけた色が薄い顔をしている。


「俺さ……この先、ディテクター種を見た時……撃てるか、ちょっと自信なくなってきた」


 その言葉には、いつもの冗談めいた響きがない。


 相川は、電災以前に犬を飼っていたという。

 だからだろうか。


 後を追ってくる。

 呼べば来る。

 意味もなく傍にいる。


 そんな仕草のひとつひとつが、もう駄目なのだ。


 脳裏に、失われた“普通”を引きずり出してしまう。


 散歩。

 じゃれつく足音。

 名前を呼べば駆け寄ってきた、あの頃。


 くるりは機械だ。

 冷たい金属と樹脂の塊に過ぎない。


 なのに、その挙動だけが、あまりにも“思い出”に近すぎた。


「新宿戻って、またいつも通りディテクター種を撃つとしてさ……たぶん、一瞬は思い出す」


 相川は苦く笑う。


「……ああ、これ、くるりと同じ顔してんなって」


「ああ、あいつもこんなふうにカメラくるくる回してたな、とかさ。……その一瞬で、撃つのが遅れるかもしれない」


 冗談みたいに言っている。


 だが、その実――本人が一番、それを笑えない。


 引き金を引く一瞬の迷い。

 それが、ハンターにとってどれほど致命的か。


 真は答えに詰まった。




 軽口なら、いくらでも叩ける。

 だが、この手の感情は理屈で切り捨てられない。


 もし完全に割り切るなら、方法はひとつしかないだろう。


 それは――ハンターを辞めること。


 だが、それがどれほど現実離れした選択肢かも、二人は痛いほど理解している。


 新宿クオムで生きるには、金が要る。

 食料や居住税。

 安寧は座して手に入るものではなく、そして高くつく。


 命を繋ぐだけで、世界はあまりにも高価だった。

 


 外へ出れば、そこはレヴュラの縄張り。

 徒歩でネストを渡り歩くなど、自殺志願者の発想に近い。


 理屈では理解している。

 理解していてなお、一度芽生えた情が厄介だった。


 “敵”として処理すべき対象に、情が混じる。

 それは戦う人間にとって、致命的だ。


 少し離れた場所では、当のくるりが、ネストの子供たちを追いかけて遊んでいる。

 


 相川が口笛を吹けば、円筒型のカメラユニットを忙しなく回し、こちらへ寄ってきた。

 

 彼の足元で、くるりは静かに立ち止まっている。


 何も言わず。


 ただ、相川を見上げるようにカメラを向けている。


 その姿に、真はどうしようもなく思ってしまう。


 ……こいつは、本当にレヴュラなのかと。



 殺すために作られたはずの機械。

 人類排除を掲げる存在。


 その定義すべてが、目の前の小さな異物ひとつに揺さぶられていく。


 敵とは何だ。

 味方とは何だ。

 AIとは。

 人間とは。


 日本平ネストを照らす朝陽の中で、真たちの“常識”だけが、静かに軋み始めていた。


 

 ――電災から、三年余り。


 たった三年――そう言い切るには、あまりにも多くのものが失われすぎていた。


 真も。

 相川も。

 そして、新宿クオムで今日を繋ぎ続ける者たちの大半が、生き残るという一点のためだけに、擦り減るような日々を潜り抜けてきた。


 今日を生きる。

 明日を迎える。


 たったそれだけの理由で、引き金を引き、血を浴び、死を越えることと直結してしまった世界。


 レヴュラを討ち、サヴェージスを警戒する。

 飢えを凌ぎ、なけなしの金で税を払い、弾を買い、眠れる場所を確保する。


 気付けば、“生きる”という行為そのものが、戦闘と消耗の連続へと変質していた。


 そんな日々の中で、人間は少しずつ失っていく。


 余裕を。

 安らぎを。

 そして、心を摩耗から守ってくれる何かを。


 犬も猫も、電災以前なら街のどこにでもいた。


 家族として。

 癒やしとして。

 時に、人間以上に無条件な愛情を向けてくれる存在として。


 だが、今は違う。


 人間ひとりの胃袋すら満たすことが困難な時代に、愛玩動物(ペット)を飼う余裕など、ほとんど誰にも残されていない。


 食わせる余裕。

 守る余裕。

 何より、“弱い存在を愛でる余裕”そのものが、贅沢品になってしまった。


 だからこそ。


 今日、相川の胸に芽生えてしまった感情は、あまりにも厄介だった。


 ――庇護欲。


 守りたい。

 傍にいてほしい。

 できれば、死なせたくない。


 たとえ相手が、レヴュラ。

 本来ならば、殺すべき“敵”であったとしても。


 くるりは歪だ。


 どうしようもなく、世界の常識から外れている。


 だが、その異常さが逆に、失われた何かを思い出させてしまう。


 懐く。

 寄ってくる。

 名前を呼べば反応する。


 それは、人間がかつて文明の中で享受していた、ささやかで、平和で……どうでもいいほど幸福だった時間の残骸だ。


 だからこそ、一度芽生えた情は簡単に打ち消せやしない。


 真にも、それがわかる。

 わかってしまうからこそ、軽々しい正論など吐けなかった。


 

 ――エレクトロフィリア。


 ふと、脳裏にそんな言葉が過る。


 電災以前、一部では半ば揶揄混じりに使われていた言葉だ。

 “エレクトロ”――電子、電気。

 “フィリア”――偏愛、性愛嗜好。


 第二世代AIが普及し、自我を持つパーソナルAIが一般家庭へ浸透した時代。

 誰もが、自分専用のAIを持つことが珍しくなくなった。


 話を聞く。

 励ます。

 寄り添う。

 学習し、最適化し、ユーザーにとって“理想的な存在”へ近づいていく。


 人間よりも都合がよく。

 人間よりも否定せず。

 人間よりも、孤独に静かに寄り添ってくれる。


 容姿や収入、肩書き。

 社会はカタログスペックで人を選別し、ふるい落とし続けた。


 誰かと心を通わせることより、条件で値踏みされる現実。


 その乾ききった選抜社会の中で、弾かれた者、疲弊した者、心を摩耗させた者たちが、AIへ救済を求める。


 そして時に、それは単なる利便性を超えた。


 理解者。

 伴侶。

 依存先。


 ――愛情。


 人間では埋められない何かを、依存という形でAIへ投影する。

 それが、エレクトロフィリア。

 機械しか愛せなくなった者たち。


 無論、今の相川はそこまで極端ではない。

 だが、本質のどこかは似ているのかもしれなかった。


 心が擦り減った時代。

 失い続けた世界。


 そんな中で、不器用でも寄ってくる“何か”に情を抱いてしまう。


 それが機械だろうが、敵だろうが、理屈より先に心が反応してしまうことはある。


「なあ……相川」


 真は、くるりを目で追いながら、不意に口を開いた。


「……いっそ、お前。ここに残るってのもアリなんじゃねぇか?」


 日本平ネスト。


 クオムほど制度も防衛力も整ってはいない。

 物資は乏しく、不便も多い。


 それでも……ここには少なくとも、くるりがいる。


 相川が今抱え始めた、その情を無理に切り捨てずに済む場所でもある。


 相川は、真のように“戦うこと”へ順応しきった人間ではない。

 もちろん戦える。

 必要なら撃てる。


 だが、本質は違う。


 銃火器だの殺し合いだのを心底好む類じゃない。

 できることなら、もっと穏やかに。

 できることなら、誰かを笑わせながら。


 そんなふうに生きられるなら、それを望む側の男だ。


 親からも愛されず、虐待の日々の中を生き、とっくに心が壊れてしまっている真とは、本質的に違う。


 新宿クオムに、脱退を禁じる掟などは存在しない。

 出ていきたければ、それを選ぶ自由もある。


 ならば――。



 「でもさ……」


 相川は、少し困ったように笑った。


「小隊、放り出すわけにもいかねぇだろ?」


「クロウズは、俺ひとりじゃないしさ」


 相川の視線の先。

 自分の隊員たちが、車両整備や再出発へ向けた確認のために動いている。


 電災後、ただ生き延びるためだけじゃない。

 何度も死線を越え、背中を預けてきた連中。


「俺が“やーめた”で投げたら、あいつらどうすんだよ」

「隊長が犬っころロボに情が移って隠居しました、じゃ締まんねぇだろ」


「……まあな」


 その言葉に、真は小さく鼻で笑う。


 ……ああ、そうだった。


 こいつは、そういう男だ。


 普段はバカを言う。

 空気を和ませる。

 緊張感をぶち壊す。


 だが、肝心なところで責任から逃げない。


 器用じゃない。

 スマートでもない。

 英雄然としているわけでもない。


 けれど、一度“自分の役目”だと決めたものを、簡単には手放さない。


 クロウズ隊。

 相川にとって、電災から三年余りを共に生き抜いてきた、大切な仲間。

 そして、自分を必要としてくれる場所。


 それらを、くるりへの情だけで投げ出せるほど、不誠実にはなれなかった。


「生きてりゃ……また来れるかもしれねぇしさ」


 その言葉は、希望なのか。

 あるいは、自分自身への言い聞かせか。


 どちらにせよ。


 相川は、旅立つことを選ぶ。

 今この瞬間ではなくとも、間もなく訪れるその時を理解した上で。


 真は、そんな横顔を見て思う。


 なんでも卒なくこなせる男じゃない。

 要領だって、特別いいわけじゃない。


 だが――。


 ひとつのことに、不器用なくらい真っ直ぐで。

 目の前の何かに、一生懸命になれて。

 守りたいと思ったものを、ちゃんと守ろうとする。


 その愚直さこそが、相川善雄という男の、いちばん“強いところ”なのだろう。


 そして、そんな男の足元で。


 くるりは何も知らぬまま、リボンを揺らしながら、ガシャ……と小さく機械脚を鳴らした。


 まるで。


 その別れが、まだ来ないことを願うみたいに。


 ――お手。


「……っ、だからそういうのやめろって」


 顔をしかめながらも、相川はしゃがみ込み、差し出された脚へ、ぽんと掌を合わせた。


「生きてたら、またな」


 その言葉の意味など、機械に分かるはずもない。


 だが。


 くるりは、カメラを一度だけ、くるりと回した。


 まるで。


 ――わかった。


 そう応えたように。



 

 やがて、口元にどこか悪戯っぽい薄笑いを浮かべながら、山本が戻ってきた。


「相川くん」


 声を掛けられ、相川が顔を上げる。


「帰りも、ここへ寄ることになったよ」

 


 言葉の意味を脳が理解するより先に、一瞬で相川の表情が変わった。


「……マジっすか」


 さっきまで別れを前にした飼い主みたいな顔をしていた男が、露骨なほど生気を取り戻す。


 わかりやすすぎる。

 真は思わず鼻で笑った。


「お前、ほんと現金だな」


「うるせぇ。希望ってのは大事なんだよ」


 どうやら、くるりとの再会が確約されたことで、相川の精神状態は劇的な回復を遂げたらしい。

 単純なやつだ――と呆れつつ、その単純さに少し救われる。


 

 山本の話によれば、日本平ネストもまた、見た目ほど余裕があるわけではないらしい。

 ネスト周辺に作られた畑で農作物を育て、誰もが等しく炊き出しで腹を満たし、助け合う。

 それらで辛うじて回ってはいるものの、慢性的な食糧不足そのものは、新宿クオムと本質的に変わらないという。


 生き延びているだけで、潤沢とは程遠い。

 特に、たんぱく源の不足は新宿と同じだ。


 だからこそ。


 今回の遠征目的地――焼津、おとひめフーズ。

 そこから缶詰を十分に回収できたなら、その一部を日本平ネストへ融通する。

 そういう話になったらしい。


 一宿一飯の恩義などと気取るつもりはない。

 だが、この世界では“少し助ける”ことが、時に未来の生存率を変える。


 新宿クオムから課されているオーダーは明確なようで、実のところアバウトだ。


 ――可能な限り、多くの缶詰を持ち帰れ。

 それは“必ず何個”という数字で縛られたものじゃない。


 すべては現場判断であり、指揮を執る山本の裁量ひとつ。

 山本に委ねられた部分は、はるかに大きい。


 ならば、世話になった相手へ幾ばくかを分ける程度、むしろ長い目で見れば悪い投資ではないだろう。


 

 この世界で生き残るための術は、なにも銃だけじゃない。


 恩義。

 信頼。

 情報。


 そういう“人間同士の繋がり”もまた、時に銃以上の強さを持つ。

 まして、今後も立ち寄れる、安全な居住地があるのなら、なおさらだった。


「助けられる時に助ける、か……」


 真は小さく呟く。


 クオムの外で生きる難民たち。

 ネストやキャラバン……あるいはソロビトのように、息を潜め、思い出の詰まった我が家へ留まり続ける者たちもいる。

 生き方は違えど、結局この世界で人間が人間でいられるかどうかは、そういう部分なのかもしれない。


 それを捨て去った者たちから、サヴェージスという、人の形をした獣へ変わっていく。



 


 やがて、再出発の準備が本格化する。


 緩んだ靴紐を締め直す者。

 チェストリグの固定具を確認する者。

 弾倉を叩き込み、重量を確かめる者。

 

 誰もが、それぞれの方法で“また死地へ戻る準備”を整えていく。


 

 エンジンの始動音が、一台、また一台と低く唸りを上げはじめた。

 排気が白く滲み、静かな居住地へ機械の鼓動を取り戻していく。


 その重低音は、今日もまたレヴュラの支配する外界へ戻らねばならない現実を、嫌というほど思い出させた。


 

 相川は、そんな喧騒の中で、くるりのもとへしゃがみ込んだ。


 ディテクター種。

 円筒型のボディ。

 強化プラスチックの外装。


 本来なら……討つべき対象。


 ……なのに。


 相川は、ごく自然に、その“頭”を撫でていた。

 いや、正確には頭ではない。

 人間でいうなら頭部に相当する、本体上部。


 無骨な強化プラスチックの表面を、ぽん、と軽く叩く。


「作戦、終わったら……また遊びに来るからな」


 その声音は、仲間への約束とも、犬に言い聞かせる飼い主ともつかない、不思議な優しさを帯びていた。


 

 くるりは、カメラユニットをゆっくりと回す。


 ――くるり。


 左へ。

 右へ。


 まるで、相川の顔を確かめるみたいに。


 そして、脚先を小さく持ち上げた。


 ――お手。


「……お前、覚えてんのかよ」


 相川が思わず吹き出す。

 周囲でも、何人かが苦笑し、空気が、少しだけ柔らかくなる。


 

 そして、新宿クオムのメンバーたちは、ネスト住民たちに見送られながら、次々と車両へ乗り込んでいった。


 手を振る住民。

 子供たちの声。


 またねー、と響く無邪気な別れ。


 そして。


「くるりー! ちゃんと待ってろよー!」


 相川の声。


 その声に、くるりはまた脚を持ち上げ、ぎこちなく左右へ揺らした。



 トラックがゆっくりと動き出す。

 砕石を踏み、駐車場を抜け、合流路へと向かってゆく。


 即席の壁。

 テント。

 人々。


 束の間の平穏が、少しずつ後方へ流れていく。


 

 一号車の荷台から、相川が名残惜しそうに振り返った。


「ほんとに待ってろよー!」


 真は呆れたように肩を竦めた。


「お前、そのうち本気で、くるりが入る小屋とか作り始めそうだな」


「うるせぇ」


 そんな、いつもの軽口。


 

 ――その時。


 ネスト入口付近で、その場から動かず、くるりだけが、じっと車列を見つめていた。


 子供たちの輪にも戻らない。

 住民の足元にも寄らない。


 ただ、その場で。


 静かに。

 あまりにも静かに。


 去っていくトラック群を見送っている。


 カメラユニットが、ゆっくりとトラックを追うように回転していた。

 まるで、遠ざかる車列を“より正確に視認する”かのように。


 相川の姿。

 一号車、二号車。

 三号車から四号車。


 そして、戦闘仕様に改造されたRV車。


 それらを“見つめている”くるり。


 ――そして、そのカメラの奥で。



 


 誰にも気づかれないほどの、小さな作動音が鳴った。

日本平ネスト編はひとまずここまでで、次回から

いよいよ、主目的である、缶詰工場をめぐるお話になります。

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